第六十二話 ニンゲン調査 | ねこバナ。

第六十二話 ニンゲン調査

第二十六話 黒猫ムーの正体(25歳 男 公務員)もどうぞ。

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限りなく続く宇宙空間。
その片隅にある青い惑星。
軌道上には、私の所属する開拓用作業船が浮かんでいる。
私は久し振りに、この母船に帰還した。

「ご苦労だった」
司令と同僚が出迎えてくれた。
「早速だが、疲労回復の後ですぐに報告を頼む。本星から開拓の基本方針を策定してくれと催促が来ているのでな」
「了解しました」
任務を完了した充足感はある。上司からの信頼を確認出来たことも喜ばしい。
しかし、私の胸中には何故か蟠りが残っていた。
私は睡眠タンクで疲労を回復させた後、会議室に向かった。

  *   *   *   *   *

母船の会議室には、司令と開拓技術監、辺境派遣軍分隊長、そして私の四人が集った。
会議室の中央には、円筒形の情報提示装置がある。我々はこの装置を取り囲むように座った。

「ではこれより、開拓目標10882の惑星アズラについて、諜報員マトゥ3358の報告を聞くことにする」
司令は各員を見渡しながら言った。
「諜報員マトゥ3358は、当該惑星において最も強い勢力を持つ生命体の全容をほぼ明らかにすることに成功した。これまでの我々の開拓事業において、このように短時間で調査を終えることはまずない。今回の成功の一因は、当該生命体の活動に入り込んでいる他の生命体が、我々の外見と非常に近しいことにあった。過去に我々の生命体識別情報が当該惑星にもたらされた記録はないが、数件の情報操作エラーの際に誤って発射された通信レーザーが何等かの関与をしている事はまず間違いなかろう。しかし今回はそれを問題にしない。我々の任務は、あくまで開拓のための準備作業であることを心するように。よろしいかな」
「はい司令」
皆が声を揃える。それを確認し、司令は厳かに告げた。
「ではマトゥ3358、報告を始めたまえ」
「はい司令」
私は中空に現れたキーボードを操りながら、報告を始めた。
「私こと諜報員マトゥ3358は、開拓事業の準備段階として、この惑星で最も強い勢力を持つ生命体の調査を行いました。以下はこの生命体についての報告であります。なお詳細なデータはお持ちの情報端末に転送いたしましたので、のちほどご確認をお願いいたします」

提示装置の中心に、惑星アズラの映像が現れ、私の降下ポイントに向けて拡大してゆく。

「私が降下したポイントは、この惑星において集積される情報が最も雑多で最も変化に富んでいる「ニホン」または「ニッポン」という国家の「トウキョウ」という集落であります。幸いこの集落、いやこの惑星は私達の離着陸用小型ポッドを発見出来る程の科学力を持ちませんから、降下は容易でした」
「その程度の科学力しか持たぬ惑星に、何故そこまで調査の労力をかけるのだ」
軍分隊長が口を挟んだ。それに開拓技術監が応える。
「当該惑星の生態系モデルには、本星の科学省も注目しているのだ。可能ならば全ての生態系構成要素をサンプル採取することが求められている。排除するのは簡単だが、それでは今後の開拓に有益な情報を逸しかねない」
「面倒なことだな」
軍分隊長は不満そうだ。私は続けた。
「では、当該ポイントに生息する生命体「ニンゲン」についてご報告いたします」

惑星の画像が消え、「ニンゲン」の平均的な外形と骨格が表示された。

「基本的な骨格構造は我々と変わりません。二足歩行であり、四肢のうち上肢二本を使用して器用に器物を加工及び操作する事が出来ます。他の生命体からの攻撃には極めて脆弱で、特に「モネラ」と呼ばれる微生物の攻撃にしばしば晒されているようです。これは当該惑星の他の生命体にも同様の傾向がみられます」
開拓技術監がデータを参照しながら言った。
「では、暫く放置してその微生物群による惑星支配を待ってもよいわけだ」
ありがちな結論だが。
「それではこの非常に特殊な生態系モデルの詳細な分析が不可能になります。微生物群による惑星支配はそう珍しいものではないはずです」
「もっともだ。続けたまえ」
「はい。この「ニンゲン」は大規模な共同体を数百種類の交通及び通信網によって連結し、その有機的な運営を保持しております。過去の生命共同体カテゴリを参照するならば、カテゴリ3から4への過渡期に当たるかと思われます」
「全く問題にならん」
軍分隊長が冷ややかに言った。私はそれを無視して続けた。
「この生命体によって構成される共同体は「イエ」という最小単位から、「ムラ」、「マチ」、「シ」という集落単位を経て、「トドウフケン」、「クニ」の順に階層化されており、そのクニが加盟して形成された会議のような組織もみられますが、大きな権限を持っているとは思えません。それぞれの「クニ」が原始的な軍備を持ち、「ニホン」は軍備を持たないことを法で定めておきながら、当該惑星で十指に入るほどの強力な軍備を持っています」
「原始的な軍備と言ったが、その内容は?」
司令が怪訝そうな声で訊ねた。
「金属の塊や化学反応による爆発を利用した破壊兵器が殆どです。大国は核分裂を利用した大量破壊兵器を所有しているようですが、その軍事利用が行われた例は今まで二例に過ぎません」
「その程度なら無視してよかろう。では報告の重要項目である、「ニンゲン」の特異性について報告したまえ」
私は息を大きく吸い込んだ。ここからが最もやっかいなところだ。

「私は「ニンゲン」の生態を詳細に調査するため、その生活に密着できる生命体の行動パターンを習得し、その生命体になりきって、「ニンゲン」の共同体に潜入しました。それは「ネコ」と呼ばれており、先程司令が仰ったとおり、我々と非常によく似た外見を持っています。ただし四足歩行で、「ニンゲン」に比して知能は著しく劣ります」
軍分隊長が嘲るように言った。
「ほほう、君はその下等な生命体になりきって、「ニンゲン」とかいうものの情報を集めたわけか」
たかが分隊長ごときに蔑まれるいわれはない。
「私は今回の任務に臨み、10,000時間単位を超える訓練を行い、「ネコ」の生態を身体に浸透させることに成功しました。その労苦が他愛もないものとお感じになるなら、一度ご経験されては如何ですか?」
「......」
軍分隊長は黙った。当然だ。
「続けます。「ネコ」は多くの「ニンゲン」にとって共に生活するに足る存在であり、古くは「ネズミ」という共同体に害を為す下等な生命体を捕獲するために飼育されていたようですが、私が潜入した共同体では、そのような行為は期待されていませんでした」
開学技術監は興味深そうだ。
「では何の為に「ニンゲン」は「ネコ」を飼育するのかね?」
「それですが...。どうも理解し難いことに、「ニンゲン」の多くは「ネコ」との生活に、快楽に近い感情を持っているようなのです」
「それは、先に開拓に成功した惑星アゴラの主たる生命体のように、飼育した生命体を殺して食糧にするということか?」
「違います。そのための生命体を「ニンゲン」は他に多数飼育していますから。それも種として非常に近しいものも、です」
「なんと下劣な...」
軍分隊長は呻くように言った。
「いや、そういう例が「ネコ」に対して皆無であった訳ではありません。しかし少なくとも、私が潜入した共同体の周囲で、それに類似する例は見られませんでした。飼育される「ネコ」は、「ニンゲン」の巣の中で、食事と休息を与えられ、のうのうと生きているだけなのです」
「それでは「ニンゲン」が「ネコ」に感ずる快楽とは一体何なのだね?」
開拓技術監は何処か納得のいかないところがあるようだ。実は私もなのだが。
「正確にお伝えできるかどうか...。まずこの映像をご覧下さい」


情報提示装置に、「ニンゲン」と「ネコ」の立体映像が映し出された。

「これは、「ニンゲン」が「ネコ」に対してよく行う動作の一例です。「ネコ」の被毛の上に上肢の端部...「テノヒラ」という部分を軽く押し当て、滑らせるという動作です。「ナデル」と呼ばれています。同じ巣に住む「ネコ」の多くはこれを好むようです」
開拓技術監はデータと映像を交互に参照している。実に興味深そうだ。
「不思議な行動だ...。身体の洗浄の意味があるのだろうか?」
「それに近い感触があるのでしょうが、大きな意味を成すわけではありません。ただ、「ニンゲン」と「ネコ」がこの行動を通じて、互いの信頼を確認し合っていると思われるのです」
「信頼...。形のない盟約のようなものか」
「いえ...何と形容してよいのか...。対象に全幅の信頼を置いていることが判るのです。しかも無条件に」

軍分隊長が声を荒げた。
「そんな事が有り得るのか! 近しい種をむさぼり喰らうような低劣な生命体に、そんな関係など構築出来るとはとても思えん」
開拓技術監はじっと映像を見つめている。
「確かに興味深い...。このような異種同士の個体間の関係は、今までにデータがないな」
司令が少し考え込んだ後、私に尋ねた。
「君、「ヒト」がそのような奇妙な関係を構築するのは、「ネコ」だけなのかね?」
「そうとも限らないのです。主に種の近しい生命体、例えば「イヌ」などは、古くから「ニンゲン」と共に生活し、信頼に足る存在とされてきています。ただ、「ニホン」においてこれを食用として扱う習慣が最近まであったことは事実です。他の「クニ」では現在でも「イヌ」を食用としています」
「全く奇妙だ...。種への考察や、生態系保存への関心が殆ど欠如している」
「しかしながら」
私は強調した。
「先に申し上げたような、無条件の信頼という非常に特殊な関係の構築が、事実行われていました。形式上私の飼育者となった個体は、私が負傷を装って横たわっていた時、何の見返りも期待せずに、私を手当てし、治療のための施設へと運んだのです。その後も、私をまるで対等の生活者であるかのように扱いました。このような個体間の関係に、私はただ驚くばかりでした」
「確かに前例がないな。これをどう解釈すべきか...」
「解釈の必要などない。ただ単に生命体として不完全であるに過ぎないではないか」
「しかし、その不完全なところに、生命体の培養や操作の鍵となるところがある」
「全く、科学者という奴は、無駄なことばかり考えおって」
「何だと」
軍分隊長と開拓技術監は激しく言い争った。
「止めないか」
司令は一喝し、私に向き直った。

「君が主張する、生命体「ニンゲン」の特異な点についてはよく判った。それに関するデータの採取の進捗状況は?」
「はい。既に、形式上の飼育者が保有する情報端末を使用し、「ニンゲン」が保有する知的資産のほぼ全てに関する情報を取得しました。皆さんの端末にも転送済みですので、お使いください」
「ふむ...。奇形的な情報伝達手段だな...」
「その他の全ての生命体についても、微生物を除き、小型作業艇の立体スキャン及び生態データの取得が終了しております。必要があればお申し付けください。以上、報告を終わります」

情報提示装置から映像が消えた。司令は暫く黙っていたが、やがて周囲を見渡しながら言った。
「では、それぞれの意見を聞きたい。まずは軍分隊長」
「は。生命体としての精神レヴェルの低劣さに比して、科学力や軍事力が高すぎるように思われます。現在は取るに足らない存在ではありますが、進化の方向によっては我々の脅威となるだけでなく、宇宙全体の安全にも悪影響を及ぼしかねません。サンプル採取など時間の無駄です。即刻惑星上の全生命体を処分し、ステージ1の植民星として開拓を実施すべきです」
「なるほど。では開拓技術監」
「はい。この非常にアンバランスな進化を示す生命体は、研究対象として貴重です。他の生命体についてはデータ採取のみに止め、「ニンゲン」については数体のサンプルを採取することを提案します」
「ふん、技術屋は碌な事を考えないな」
軍分隊長は鼻を鳴らした。
「諜報員マトゥ3358、君の考えを聞きたい」
司令は私に意見を求めた。軍分隊長は驚いて抗議した。
「諜報員の分際で? 司令、奴にそんな権限があるのですか」
「マトゥ3358は本星の軍務省情報部と科学省天体管理部の双方の上級諜報員を兼ねている。そして総督直属の参謀本部にも籍を置いている。諜報員の総合的判断を参考にせよとの総督閣下の指示もある」
司令の言葉に、軍分隊長は何も言い返せずに黙った。
私は実のところ困った。まだ十分なデータの解析と検討を行ったわけではない。
それとも、直接的感覚的要素を尊重すべしとの司令の考えか。ならば。
私は、払いきれぬ蟠りを、そのまま意見として述べることにした。

「データを参照しただけならば、私は軍分隊長と全く同じ結論を出すでしょう。当該惑星の「ニンゲン」に、生命体として有益なところは何一つありません」
「ほう、殊勝なことを言う」
軍分隊長は鼻で笑った。私は無視して続けた。
「しかし、先程皆さんが奇異に感じられた、あの感覚を、私は実際に体験し、非常に興味を持ちました。私の調査した限りでは、形式上私の飼育者であった個体が特殊とは考えられませんでしたが、その個体がユニークなものであるか否かを、私は更に詳しく検討したいのです」
「なるほど」
司令は深く頷いた。
「その個体がユニークであるかどうかは、遺伝情報と環境因子、そして生育過程での変化の観察を、「ニンゲン」自身が収集した記録物と対照することによって明らかになるでしょう。その結果、個体の遺伝子を保存するか否かを判断すればよいかと思われます」
「つまりサンプルは一体でよいと?」
開拓技術監はやや不満そうだ。
「はい。それ以上のサンプル採取は、軍分隊長が仰ったとおり時間の無駄です」
「なるほど、よくわかった」
司令が立ち上がった。

「では、司令としての指示を伝える。これより500時間単位の後、開拓目標10882の惑星アズラに対し、全生命体処分の作業を開始する。軍分隊長、直ちに準備に取りかかりたまえ」
「はっ」
「開拓技術監は、当該惑星のデータ収集と解析を引き続き行うこと。また、諜報員マトゥ3358の採取したサンプルの生育環境を整えること」
「はい」
「そして諜報員マトゥ3358、速やかにデータ転送を終え、サンプル採取に際して適切な処置を行うように」
「了解しました」
「では、これにて解散」
こうして会議は終了した。

  *   *   *   *   *

「マトゥ3358、頼まれた物が出来てるぜ」
同僚が、カプセルに入ったゼリー状の物体を私に見せた。
「生命体処理班の攻撃艇が、採取する個体を避けるようにプログラムしておいた。遺伝情報の破壊からも守られるよう、特殊な酵素を体内に巡らせるようにもしておいた。これを個体の体幹の何処かにセットしておけば、その個体は生き残るだろう」
「ありがとう。これはどうやって使うの?」
「簡単さ。個体が休息あるいは仮死の状態になった時、個体の体表にカプセルを乗せればいい。ゼリー状の物体が体内に浸透し、適当な場所で固着する。それで完了だ」
「そう。じゃあ使わせてもらうわね」
同僚は苦笑しながら言った。
「それにしても、おかしな話だ。俺はてっきり、ぱぱっと片付けてしまうと思っていたのに。お前らしくもない」
「うん。そうね」
「それとも、奴らにお前を惑わす特殊な能力があるとでも?」
「さあね。それは説明できないわ」
「そうか。まあいいや、とにかくヘマはするなよ」
「ありがとう。じゃあ行くわね」
同僚に別れを告げ、私は惑星アズラへと向かうため、離着陸用小型ポッドに乗り込んだ。

スクリーンに私の顔が映り込む。
この黒光りする毛並みを、あの個体は美しいと言った。
まだ蟠りは払拭されない。しかし、私はあれを、守らなければならない。そう本能が告げている。
離着陸用小型ポッドは音も立てず浮き上がり、惑星表面へと瞬間移動した。

  *   *   *   *   *

「ただいまー」
「にゃーん」
「あれ、ムー、お前また何処かに行ってたのか」
「にゃーん」
「全く困った奴だなあ。いったいどうやって外に出たんだか」
「にゃーん、にゃーん」
「ああよしよし、わかったよ、ほらほら、なでなで、どうだ気持ちいいか?」
「ぐーるぐるぐる」
「ちょっと待ってろよ、いまメシやるからな」

私は、この個体を、救わねばならない。


おしまい




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