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「猫のおはなし集」
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2017-01-09 10:52:57

第三百六十一話 ねこまんま(2)

テーマ:しみじみ
【一覧1】 【一覧2】 【続き物】 【御休処】 【番外】【育児日記】

前回→ 第三百六十話 ねこまんま(1)

-------------------------------

ずいぶん遠くに見えたスーパーの看板が、気がつけば目の前にある。

「にゃーごる」

ぶち猫のだみ声が、商店街に響く。
夕焼けに染まった、人っ子一人いない商店街に。
猫はじいっと、俺を見ている。
あの猫、さっきの黒い仔猫といっしょにいたやつか。
いやまて、その前にどこかで見てないか。

ずっと前、ずうっと昔。
そうだ、あれは俺がガキの頃。
でっかい屋敷の隅っこで、俺は植え込みの蔭に隠れて。
そのとき、塀の上でじいっと俺を見ていた。
ふてぶてしい顔で、夕日に照らされて。

「...おい」

声をかけようとしたら、猫は古びた看板の向こうに、すうっと消えてしまった。

「...そんなことより、味噌だ味噌」

こんな奇妙な商店街、さっさと用事済ませて出て行くに限る。
俺は崩れ落ちそうな軒をくぐって、薄汚れた引き違い戸を開けた。

  *   *   *   *   *

「いらっしゃいませえ」

古びた店構えとは裏腹に、スーパーの中は案外賑わっていた。
年寄りも若いのも、男も女も。あちこちで、おばちゃんたちが話に花を咲かせている。
野菜に、魚に、肉に缶詰。品揃えもけっこう豊富だ。
俺はきょろきょろしながら、ネコマル印の白味噌とかいうのを探した。

「えっと、味噌、味噌...」
「何かお探しですか?」

丸眼鏡をかけた中年の男が声をかけてきた。デニムのエプロンに「ちぐら」と白抜きの文字。どうやら店員らしい。

「あの、ネコマル印の、白味噌ってのは」
「おやお客さん、お目が高い!」

店員の男は、目をまんまるにして、うれしそうに言った。

「最近、この味をわかるお客が少なくてねえ、お若いのにねえ」
「いや、頼まれたんで」
「そうですか! じゃあぜひ、この味を覚えてくださいな。厳選された国産原料! 塩分ひかえめ! しかも無添加! 操業寛政二年の老舗の自信作ですよ」
「はあ」
「ちょっとお値段張りますが、それだけの価値はあります! はいどうぞ」

店員は俺の手に、小さな味噌の袋を、どしり、と置いた。
ひんやりとした味噌の袋には、手拭いを頭にかぶった猫が、円の中で踊る姿がプリントされている。
なんでこんなもん買わなきゃいけねんだ。馬鹿馬鹿しい。俺はため息をひとつ吐いて、とぼとぼとレジに向かった。

「毎度ありがとうございまーす」

元気のいい、目のぱっちりした女の子が、慣れた手つきでレジを打っている。
今どき手打ちのレジなんて珍しい。

「お会計、三千三百円でーす」

俺は自分の耳を疑った。

「...え?」
「三千三百円ですっ」
「さんぜんさ...え、ええっ!」

たかが味噌ひと袋、そんなに高いのか。

「ちょ、ちょっとそんな...」
「...お客さん、どうかなさいました?」

女の子が、不思議そうに俺を見る。
瞳の奥で、ぱちぱちっと、金色の光がきらめいた。

「いや、そ、そんなに高いと思わなかったんで」
「そうですか、じゃあ、他のに替えます?」

女の子はにっこりしてそう言う。しかし、他ので済ませるってわけにもいかないんだろう。
後でなんだかんだ嫌みを言われるのも癪にさわる。
だが、俺の全財産が、あっというまに消えていく。

「くそう、覚えてやがれ」
「は?」
「い、いや、なんでもないです」

俺はのろのろと、財布から代金を取り出した。

「三千五百円お預かりしまーす」

ぜったい倍にして返してもらうぞ。

「二百円のお返しでーす」

俺の手のひらで、百円玉がふたつ踊った。
俺の全財産、あと二百円。

「レシートでーす...あっ、お客さん!」

どんよりと手のひらをみつめる俺に、女の子はなぜか、妙に明るい声をかけた。

「アタリですよ、大当たり!」
「え?」
「三千円分の商品券、大当たりでーす!」

突然、大音量で、店内にファンファーレが鳴り響く。
あっけにとられる俺に、女の子がレシートといっしょに、金色の商品券みたいなものを、ずい、と差し出す。

「はいどうぞ!」
「へ?」
「どうかなさいました?」
「い、いやあの、なにがなんだか...」
「あ、お客さん、初めてでしたか? すみません失礼しました」

女の子はぺこりと頭を下げて、すらすらと説明を始めた。

「当店自慢のおみくじレシートでは、毎月一名様に、商品券をプレゼントしています。そのほか毎週三名様にササミジャーキーひと袋、毎年一名様にネコダケツアーご招待など、お楽しみいろいろですので、今後ともぜひごひいきにっ」
「はあ」
「こちら、有効期限なしでお使いいただけますっ」

そしてまた、商品券をずいっと俺に差し出す。
こんなの貰っても、もう二度と来ねぇよ。そう言いたい気分だが、女の子にじいっと見つめられたら

ぎらり。
ぎらりぎらりぎらりぎらり

「ひぃっ」

いつのまにか、スーパーの客全員が、微動だにせず、俺を見ていた。
みんならんらんと目を光らせて。
俺を、金色の商品券を。

「う、うわああ」

俺は女の子から、商品券とレシートをふんだくって、味噌を抱えて転げるようにスーパーを出た。

「ありがとうございましたあ」

妙に明るい女の子の声が、肩越しに、俺の耳をくすぐった。

  *   *   *   *   *

「な、何なんだ一体」

外に出ると、もう日が暮れかけていた。
あたりはすっかり暗くなり、切れかけの蛍光灯が、頼りなく路地を照らしている。
俺は額の脂汗をぬぐって、スーパーのほうを振り返った。外からは、中の賑わいはまったくわからない。
つくづく奇妙なスーパーだ。そうして、手のひらのレシートと、金色の商品券を見る。
財布の中には百円玉がふたつ。そして右手には高級鰹節と削り器。左手にはバカ高い味噌。
またしても腹が立って来た。

すると、いいタイミングで母親からの電話だ。

「...もしもし」
「どう、お味噌買えた?」
「買えたよ」
「よかった。じゃあ次はおこ...」
「もう金なんかねぇよ! 俺の全財産どうしてくれんだ」
「金がないってどういうことよ」
「そういうことだよ! もう何も買えねえっての」
「ちょっと何なのよ情けないわねえ」
「大きなお世話だ! とにかく、これ以上何も買えねえからな。買ってほしかったら、金持ってここまで来やがれ」
「そんなことが出来たらとっくの昔に行ってるわよ! 動けないからこうやってあんたに」
「だからもう無理なんだって!」
「あのねえ...ちょ、ちょっと待ってよ」

電話の向こうで、くぐもったひそひそ話が聞こえる。 二分ほど待っただろうか。ほう、と大きなため息が聞こえた。

「...何なんだよ」
「何でもないわよ。とにかく、お米買って来てよ。そうじゃないと、猫まんま出来ないじゃないのよ」
「だからあ、金が」
「とにかくなんでもいいから買ってきなさい! シロヒカリの新米じゃなきゃダメよ! わかったわね!」

ヒステリーとともに電話が切れた。

「ったく何なんだあいつ...」

買って来いったって、金がなけりゃ話に...

「...あ」

俺はポケットをまさぐった。今貰ったばかりの、金色の商品券、三千円分。
これを使うしかないか。しかし。
また入るのか。この気色悪いスーパーに。
いろいろムカつくが、母親のあのヒステリー。あのため息。

「...ちぇっ」

やっぱり、やらなきゃいけねえってことなんだろう。
俺は恐る恐る、スーパーの戸を開けて、中に入った。

「...あれ?」

さっきまで、あれほど賑わっていたスーパーに、人影がない。
いや、店の照明までほとんど消えている。
ひとつだけ点いているのは、女の子が立っていたレジの真上。

「す、すいませえん」

ともかくも、米買って帰らなきゃ話にならない。
暗闇に向かって、俺は呼びかけてみた。

「にゃあーごる」

後ろのほうで、猫のダミ声が響いた。
さっきも聴いた、あのぶち猫の声だ。
俺はおそるおそる振り向いた。

「うわああああっ」

いつの間にか俺の背後には、たくさんの人が。
薄暗いスーパーのなかに、ずらずらと。
俺を、じいっと見ている。

「あんた、そうだよ、何処かで会ったと思ったら」

人の群れの中から声がして、小さな影がのそりとこちらに近づいてきた。
この商店街に来て最初に会った、茶屋のばあさんだ。
しわだらけの指を、俺に向けて、

「あんた、ナイトウさんとこの孫だねえ」
「は?」
「まあまあ、すっかり大きくなって」

そうして、にやり、と笑う。

「チヨさんはどうだね。やっぱり危ないのかね」
「え?」
「あんたのおばあさんだよ」

訳がわからない。
なんで俺の苗字を知ってるんだ。
なんで俺も知らない、ばあさんの名前を知ってるんだ。
俺が口をぱくぱくさせていると、

「そうか、ナイトウの家の」
「どうりで若いのに品がある」
「耳のあたりなんか、チヨさんにちょっと似てるじゃないの」
「いや目尻のあたりが…」

周りの人たちが、ざわざわと話を始める。
茶屋のおばあさんは、おほん、と咳払いをして、ずい、と俺に近づいた。そして、

「ほれ」

小さな茶色の包みを俺に押し付けた。

「ちょ、な、何を」
「チヨさんに食べさせてやんな。あの人は、きっとこれでなきゃ駄目なんだろう」
「へ?」
「お米だよ、お米。コイデ名産のシロヒカリだよ」

母親が言ってた米だ。

「いや、あの、なんでこんな」
「チヨさんにゃ、みんな昔から随分世話になってるからね。ほんのお礼のつもりだよ。さあ」

俺はおずおずと、その小さな包みを受け取った。
すると、

「じゃあ僕はカニカマを持って来よう」
「馬鹿ね、そんなんじゃ駄目よ。ウコッケイの卵なんかどうかしら」
「やっぱりビタミン補給には小松菜が…」
「おし!肉屋から上等のササミを…」

また外野がざわざわと騒ぎ出す。
茶屋のおばあさんが、またひとつ大きな咳払いをすると、みんなの声がぴたりと止まった。

「そんなに、なんでもかんでも持って行けやしないよ。ねえ」
「はあ」
「それに、ふん、うまい具合に、鰹節と味噌も持ってるじゃないか」
「…」
「作っておあげよ、猫まんま」

このおばあさん、一体何者だ。

「あのう」

俺が口を開きかけると、

「米とお水はカップ一杯ずつ。研がなくていいよ」

中年の、スーパーの店員が言う。

「ちゃんと土鍋で炊くのよ。はじめは強火、煮立ったら弱火ね。きっかり15分と30秒。むらしは10分」

レジの女の子が言う。

「味噌汁はカップ1杯半の水に、味噌を小さじ2杯。樽の真ん中のやつをね。入れすぎちゃいけないよ」
「鰹節は、ひとつかみ分、丁寧に削って、上からふんわり」
「そうそう、ふんわり、そこが大切」

まわりから、いろんな声が飛んでくる。
人の顔がたくさん、じりじりと近づいてくる。
怖い。

「さあ、早く行っておあげ」

茶屋のおばあさんは、にっこりと笑って、そう言った。
いつの間にか、おばあさんの脇に、小さな男の子がいる。
黒いオーバーオールを着て、おかっぱ頭で。
おばあさんの着物を握りしめて、俺のほうを上目遣いに、じいと見ている。

そうか。

「ほい」

おばあさんは、手のひらを上に向け、何かを、ふう、と俺に向かって吹いた。
懐かしい匂いがする。

「にゃあ」

小さな猫の鳴き声がして。
おばあさんと男の子の目が、きらりと光って。
目の前が、ぐらぐらと揺らめいて。

「ふんがッ」

俺は、気を失った。

  *   *   *   *   *

「ふ、ふが?」
暗く湿った藪の中で、目が覚めた。
ゆっくり身体を起こす。頭がくらくらする。
頼りない光の街灯が、藪と、石塀と、俺を情けなく照らしている。
空には星がまたたいている。すっかり夜だ。

俺の右手には、レジ袋。中身は高級鰹節と削り器。
左手のレジ袋には、バカ高い味噌と、茶色の包み。シロなんとかいう…米。

そうだ。
俺は慌てて、母親に電話をかけた。
つながらない。なんで出ないんだ。

「にゃあーごる」

藪の向こうで、鳴き声がした。
あのぶち猫。座って俺をじいっと見ている。
俺が立ち上がると、

「うにゃっ」

藪の奥へと、走っていった。

「お、おい、待てよ!」

俺は訳もわからず、猫を追いかけた。

そうなんだ。
俺がガキの頃、母親に連れられて、ばあさんに会いに行ったことがあった。
でっかな屋敷の庭を、建物の中を、手を引かれて歩いた。
広い部屋に、母親のでかい声が響いて、怖かった。
背の高い男の手が伸びて、俺をつかまえようとした。
俺は逃げた。真っ黒な男が追ってきた。

俺は屋敷の植え込みに隠れた。
俺の名前を呼ぶ声がした。
俺はちぢこまって、地べたに這いつくばって。
怖くて動けない俺を、塀の上で、夕日に照らされて。

「にゃあ」

ちいさなぶち猫が、俺を見ていたんだ。

「おい、待てったら!」

あのときより、ずいぶんでっかくなったぶち猫の背中を追って、俺は走った。

「にゃあーごる」

あのときもそうだ。
俺はいつの間にか、眠ってしまった。
ちいさなぶち猫が、目覚めた俺の前にいた。
真っ暗な藪の中、猫の背中だけが明るく光っていた。

「待てえっ」

俺は猫を追いかけて。
うっすら明るい、小屋にたどり着いたんだ。
そこには、たくさんの猫が。
ひとりのばあさんの周りで、えさを食べていた。
茶色い着物で、髪を丸くまとめたばあさんは、椅子に座って、猫たちを見ながら、にこにことして。
小さなお椀の中身を、すすっていた。

「おはいり」

ばあさんは、俺を隣に座らせて、小さなお椀を差し出した。
ふんわりと、味噌と鰹節の匂い。

「おいしいかい」

お椀の中身をすすりながら、俺はうなづいた。
ばあさんは、俺の背中をなでながら。

「明日になったら、お帰り」

そう言った。

「あんたは、この子たちと同じさ」
「自分の生きたいように生きればいいさ」

そう言って、俺の背中を、ぽんぽん、と叩いた。
ばあさんの膝には、ちいさなぶち猫がいた。
金色に光る目が、俺をじいと見ていた。

「はあ、はあ、はあ」

「にゃあーごる」

ぶち猫が待っていた。
あの小屋の前で。
光の消えた、あの小屋の前で。

  *   *   *   *   *

「米と水は、カップ一杯」

俺はでっかな屋敷のキッチンで、ばあさんの猫まんまを、作っていた。
あのスーパーで言われたことが、どういう訳か、頭の中からすいすいと出て来る。

「はじめは強火で…」

俺はいつの間にか、ばあさんの屋敷の庭に入り込んでいたようだ。
母親は、買い物が終わったら俺に屋敷に来るよう言うはずだったが、とにかく辿り着いたんだから、と、よく判らないことはスルーしたらしい。
あのスーパーで気を失ってから、どうやってここまで来たのか、俺はさっぱり憶えていない。

「味噌は…真ん中を、小さじ2杯」

ばあさんは、江戸時代から続く大名だか旗本だかの女当主で、昔はあの商店街、いやそのまわり全部が、ナイトウの家の土地だったらしい。
俺の母親以外に子供がなかったから、婿をもらってなんとか家を守ろうとしたが、そううまくはいかなかったと、そういうことだ。
俺を母親から取り上げて、ナイトウの家を継がせようとしたのは、ばあさんの執事の思い付きらしい。もっとも、捕まる前に俺は逃げちまって、結局その話はうやむやになったそうだ。
ばあさんは、猫たちに囲まれて俺と過ごしたあの夜を、憶えているだろうか。

「鰹節は…ていねいに削って…」

ばあさんの屋敷は、あの商店街のいちばん奥、赤い祠の裏にでっかく広がっている。昔来たとき、見ているはずなんだが、あんな商店街や鳥居、お宮があったことなんか、全く憶えていない。

「ひとつまみ分、ふんわりと、か」

ばあさんは、辺りにいる野良猫たちを、あの小屋で世話していたらしい。執事やら住み込みの使用人やらに何度も止めた方がいいと言われたが、聞く耳を持たなかった。
いや、言われれば言われるほど、猫たちを小屋に引き入れ、せっせと世話をしたんだそうだ。
自分の夫をなくしてから、ついこの間病気で倒れるまで、何十年も、ずっとひとりで。

「出来た?」

母親が、頼りない声をかけてきた。

「ああ」

この猫まんまは、猫にやるためじゃなく、自分が猫たちと一緒にいるとき、誰にも邪魔されず楽しめる食事だったと、母親が教えてくれた。

「あたしも、小さいとき、たまに作ってもらったんだよねえ」
「ふうん」
「何てことない、味のうすい味噌汁みたいなもんなのにさ」

お椀の中で、ゆらゆら動く鰹節を、母親は少しの間、黙って眺めていた。
派手な色の唇が、かすかに震えた。

「早く持ってけよ。冷めちまうだろ」
「…そうだね」

ずず、と洟をすすって、母親は髪をかきあげた。

「それにしても、さ」
「あ」
「あんた、よく猫まんまの作り方、わかったね。あたしだってよく憶えてないのに」
「何だよ、やっぱりテキトーなんじゃねえか」
「いったいどこで覚えたのよ」
「…テキトーに作ったんだよ」

どうせ言っても、信じてもらえないだろう。
だから俺は、しらばっくれることにした。

「なになに? 彼女できたなら紹介しなさいよ、あたしが品定め」
「ったくウゼえんだよ! さっさと猫まんま持って行きやがれ!」

悪戯っぽい母親の顔が、一瞬、真剣になった。

「あんた持ってく?」

ふと、あの妙なスーパーで会った、茶屋のばあさんの顔が。
その脇に張り付いていた、男の子の顔が。
薄明かりの中ぼんやりと浮かぶ、俺のばあさんの顔が、頭を駆け抜けた。

「いいよ。俺帰る」
「…そう」
「じゃあな」
「…ちょっと待ってよ」
「あ?」

振り向いた俺に、母親はレジ袋をひとつ、投げてよこした。

「鰹節、持ってきなさいよ」
「…いらねえよこんなもん、それより」

金、と言いかけて、やめた。
こんな時に、どうも気がひける。

「ちぇっ」

俺は鰹節入りのレジ袋を下げて、ぶらぶらと屋敷を出ていった。

  *   *   *   *   *

頼りなく光る街灯の角を曲がると、商店街の奥に見えた、真っ赤に塗られた祠があった。

「にゃあーごる」

お宮の前には、あのぶち猫が。
真っ黒な仔猫と一緒に、座っていた。

「にゃあう」

仔猫が鳴く。
ぶち猫に張り付いて。

「ふん」

俺はレジ袋から鰹節を取り出し、猫たちのほうへ、投げた。
くるくると回って、鰹節は、

「ありがとう」

おかっぱ頭の男の子の手に、吸い込まれた。

「にゃあーごる」

ぶちのばあさん猫は、夜空に向かって、高く長く、鳴いた。




おしまい








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