牛 築路 (岩波現代文庫)/岩波書店
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今回紹介する本は、中国の現代小説家・莫言(1955-)の『牛 築路』です。
作者の莫言は、今年の10月にノーベル文学賞を受賞したので、知っている方も多いと思います。ちなみに、僕はずっと莫言を「バクゲン」と読んでいましたが、中国流に「モー・イエン」と読む方が一般的みたいですね。
本書を読んだ理由は、アジアの文学にも目を向けたいと常々思っていたこともありますが、一番は、ノーベル文学賞を受賞したからです。とはいっても別に、ノーベル文学賞を受賞した小説家が優れた小説家だと思っているわけではありません。具体的には挙げませんが、ノーベル文学賞受賞者の中でも、面白さが分からない作家もいます。
ただ、そんなに外れはないという意味で、ノーベル文学賞は良いブックガイドになるのではないかと思いますね。海外文学は、興味はあるけど何を読んでいいのか分からないという方は、ノーベル文学賞受賞者の作品から読んでみてはどうでしょうか。
さて、本書には、莫言の比較的初期の中編「牛」と「築路」が収録されています。
「牛」は、文化大革命の猛威が振るう文革期(1966-1977)の農村を舞台にした小説です。
村のいたずらっ子のぼくは叔父の家で牛の面倒を見ながら暮らしていた。ある日、叔父は、所有する3頭の牛の去勢を獣医の老董に依頼する。老董はかなり荒っぽいやり方で牛の睾丸(本書では、タマタマ)を引く抜き、その後、昼も夜も絶対に牛を腹ばいにさせるなと無茶を言います。そこで、牛の見張りとして選ばれたのは、ぼくと、年老いた老杜だった。
肉が不足していた文革期では、牛の睾丸とはいえ、立派な肉である。前半は、この睾丸料理にありつこうとするぼくの話がメイン。後半は、3頭の牛うちの1頭の体調が悪くなったために、その牛を遠い町に連れていくというもの。
前後半通して、ぼくと老杜の交流がコミカルに描かれていて、親しみやすい作品だと思います。多少卑猥なところもありますが(笑)
「築路」も文革期の話。築路という単語は多分日本語にはないと思いますが、意味は読んで字のごとく「道路作り」。
とある村では、「窃盗犯、博打常習者、無頼漢、ごろつき、百害あっても一利なしの連中(P328)」を集めて道路工事が行われていた。道路工事のリーダーが所用で現場を離れ、急遽リーダーに抜擢された高向陽。本作は、そんな高向陽と、その部下である孫巴、来書、楊六九などによる群像劇です。
各登場人物には、複雑な過去があり、それが現在にも影響を与えています。それが入り乱れて描かれていてかなり重厚なストーリーです。
出だしはコミカルなので、「牛」と同じようなものかと思いきや、徐々に重苦しく、暴力の臭いがする展開になってきます。その描写が迫力があって、個人的には「牛」よりも優れた作品だと思いますね。
ところで、莫言はノーベル文学賞を受賞した後に、体制側の小説家だという非難を受けたようです。ですが、本書を読む限り、そんな感じはしません。確かに社会批判をメインにしているわけではないですが、社会批判がないわけではないですしね。
「これは無産階級文化大革命の偉大なる勝利である(P163)」なんて文言もありますが、これは読めば分かると思いますけれども、強烈な皮肉です。発禁を食らわずに批判をしようとする、かなり意識的な作品とも読めます。
わりとおススメできる内容だと思いますので、興味ある方は是非読んでみてくださいませ。