「さっそく、救世軍の活動について『統監府文書』の6・8巻に収録されている憲兵・警察報告を見ていくよ。最初は明治42(隆煕3・1908)年1月27日付『憲機第182号』」憲機第182号 救世軍参謀長趙重吉の救国のための寄附金募集に関する件
西大門内 救世軍参謀長 韓人 趙重吉
右者該参謀長となるには金千円を寄附したる結果現在の位置に撰任せられたりと然るに彼は近来各韓人の家を訪ひ救世軍なるものは将来韓国を独立せしむるの一大目的にて其計画中に付各身分に応し相当費用の補助を仰く旨を訴へ出て出金を促しつゝありとの説あり注意中
明治四十二年一月二十七日
「趙重吉?獄長日記の『併合前のキリスト教団体状況(二)』に出てきた4月15日付『憲機第785号』で参謀として出てきたやんなぁ」
「1000円寄付して参謀長になったって…売官みたいだよ…」
「韓国独立のためといって寄付を募ってるんだね…次は2月4日付『憲機第250号』」憲機第250号 救世軍の近況
一.京城に於ける信者は現今七八百名なりと而して近来は教勢稍不振の状態にありと同教大佐「ホツカード」(許嘉斗)は大に将来を憂慮し一月三十日午後七時より西小門内同軍第一営に於て約二百名の教徒を集め(其他非教徒にして傍聴せしもの約百名ありしと云ふ
一.尚演説終了後血火員たらん者には衣服の前部に「血火員」と記せし証票を縫着し一見他の教徒と区別せんことに決せりと(血火員とは極力該教を信する所謂決死の信者なりと云ふ意味なるも同教に若干の寄附金を為したるものにあらされは血火員の証票を附与せさるものなりと)
以上
明治四十二年二月四日
「一心不乱の大演説ってやつかな?」
「『血火員』ちゅうのも寄附金次第かいな…韓国の国権恢復とか言うとるけど、まだそんなに過激なことは言うてへんみたいやな」
「少なくともホッカードはそうみたいなんだけどね。趙重吉のほうはこんなことをやってるんだよねぇ」憲機第309号 救世軍の定期兵士会開催排日講義実施に関する件
救世軍に於ては毎火曜日に兵士会なるものを開き教徒を集め聖書の講義を為す由なるか近来会集する信者日一日と減し昨今西大門内第一営の如きは七十名内外に過きすと之れか為め同軍参謀長趙重吉は教徒の猛省を促かす為めとて聖書の講義の終に於て左記の如き言辞を弄するを例とすと
曰く我等は本教軍の力にて我国内に居る日韓の魔鬼を討滅し進て渡日し同地の魔鬼をも自滅せしめ我韓を世界の一等強国とせさる可らす故に各自奮て本教を信し且つ多数の教徒募集に尽力す可し云々と
(魔鬼とは韓国の現大臣並に日本人を云ふこと)
明治四十二年二月十二日
「『魔鬼とは韓国の現大臣並に日本人』ってすごい言い方だね。『我等は本教軍の力にて我国内に居る日韓の魔鬼を討滅し』ってまさか軍事行動とか直接行動とかじゃないよね?!」
「『進て渡日し同地の魔鬼をも自滅せしめ』って日本侵略する気かいなwww」
「漢城だけじゃなくて、地方でも布教活動してるんだよ」憲機第423号 忠北報恩郡に救世軍支営設置件
救世軍本営隊長「ホツカード」は同軍正校前陸軍正尉班禹巨なる者を忠清北道報恩郡に派遣し救世軍支営設置を命したる由なるか同人は去る一月下旬頃同地方に往き同郡邑内前郷校たりし家屋を占領し同月三十日支営を設置し教徒募集に努めつゝあり其成績良好にして目下五六百名の教徒あり而して募集に関しては大要左の如き遊説を為しつゝありと
左記
我々同胞は方今米国に頼らされは将来皆日本人の奴隷扱をせらるゝ而已ならす圧制を免れさる可し米国政府は我等の境遇を憐み特に保護せむとの目的にて救世軍隊長「ホツカード」を渡韓せしめ我同胞を総て救世軍とし日本人の指揮圧制を受けさる様に為さんとす而して「ホ」氏か既に渡韓し現今我同胞を多数保護しつゝあり故に公等も一日も早く加入し日本人の圧迫を受けさる様にせられよ云々と
明治四十二年二月二十四日
「『我同胞を総て救世軍とし日本人の指揮圧制を受けさる様に為さんとす』ってだんだん煽ってきよったなぁ。ま、班禹巨が言うとるだけで、ホッカードは関知してへんのかもしれへんけど」
「多分ね。ただ次の『憲機第361号』も、1月・2月の忠北報恩郡での布教活動について報告してるんだけど、ここで出てくる『パンウコウ』が班禹巨のことだったら、少し事情は違ってくるかもしれないね」憲機第361号 報恩郡救世軍大尉「パンウコウ」演説要旨報告件
一.一月十日報恩郡邑内に来着の救世軍将校大尉「パンウコウ」は目下同邑内郭武鍾方に滞在中にて両三回の演説を試みたるか其要旨は「吾は決して政治上の目的にて渡韓したるに非す唯当国の人民を救はん為めなり」と
一.右救世軍は同邑南端の丘上に教会堂を建築する計画なりとの説あり
一.救世軍に対しては邑内及附近の人民は非常なる歓迎をなしつゝあり
以上 明治四十二年二月十六日
「班禹巨の朝鮮語読みは반우거だから、パンウコウとかなり近いけど…でも正校と大尉の違いもあるし言動も違うよね。違う人だったら、韓国人幹部は煽り、外国人幹部は穏健っていうことになるかな?」
「まぁ、同一人物やったかて、1月10日に報恩郡に来た当初は憲機第361号のような穏便なことを演説しといて、1月下旬には憲機第423号のように『公等も一日も早く加入し日本人の圧迫を受けさる様にせられよ』って言うようになったんかもしれへんなぁ」
「とりあえず今回はここまで。次回は1909(明治42・隆煕3)年3月・4月の活動についてみていくね」救世軍(1)






