写経屋の覚書-なのは「今回は戦後朝鮮人の集団不法行為に戻るよ」

写経屋の覚書-フェイト「久々の再開だね」

写経屋の覚書-はやて「サボりをごまかすストック原稿がなくなったんやねw」

写経屋の覚書-なのは「ち、違うよはやてちゃん!仕事の方が少し落ち着いたから再開ってことなんだよ(汗)今回は1949(昭和24)年1月26日に起こった島根県の警察署襲撃事件について見るんだよ」

写経屋の覚書-はやて「島根県?シネマ県やったら知ってるでw」

写経屋の覚書-フェイト「はやて、それは韓国マスコミがよくやる語訳だよ。砂丘のある県だよね?」

写経屋の覚書-なのは「フェイトちゃん、地味にひどいこと言ってるよw 砂丘があるのは鳥取県で、島根県は鳥取県の西…あれ?東隣だったっけ?」

写経屋の覚書-はやて「なのはちゃんがいっちゃんひどいやんw 作者には島根・鳥取出身の後輩がおるんやで」

写経屋の覚書-なのは「二人がボケるから乗っちゃったんだよw で、その島根県の西部にある益田市、当時は益田町で起こった事件なんだけど、島根県警察史編さん委員会『島根県警察史 昭和編』(島根県警察本部 1984)のp784~788を見るよ」

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益田町警察署襲撃事件 昭和二十四年一月二十六日益田町警察署が、朝鮮人の集団によって襲撃されるという事件が発生した。新警察制度が発足して約一年、諸種の困難を乗り越えて、ようやく軌道に乗りかかった時の事件であった。益田町公安委員会では、中国地方で初の応援要請を県及び各市町村公安委員会に発し、国警・自治警各署から多数の応援を得て対処した。この事件は、多分に軍政部将校の特権意識に起因している点があり、占領下ならではの特殊な事案として苦労した事件であった。また、「第三国人の警察署襲撃事件」としてUPやAP電(米国の通信社)にのって国際的ニュースともなったのである。
 同事件の発端は、美濃郡益田町高津(現益田市)の朝鮮人集落における密貿易捜査によるもので、民間情報を得た島根軍政部のパレット少尉とフェリー伍長が、島根地方経済調査庁の原田調査官他二名とともに、同年一月二十五日午前一〇時三〇分ごろ、同集落に赴き捜索を開始しようとしたが、令状がなく不当であるとして拒否された。しかしパレット少尉は捜索するよう命令したため、朝鮮人数名と押し問答となった。この時は原田調査官の仲介によりパレット少尉も納得し、フェリー伍長と原田調査官で令状請求に赴くこととなった。ところが少尉は、同時に武装警察官一〇名の派遣を町警察に依頼するよう命じた。
 原田調査官らは途中町警へ立ち寄り、署長は不在であったが七名の警察官の応援を得たので、令状発付後急行すべく検察庁へ赴いたところ、フェリー伍長はそれを待たず警察官とともに現場に急行した。これを待ち受けていたパレット少尉は「軍政部将校が命令する。令状は到着しなくても良いから、容疑家屋を捜索して違反物資を押収せよ」と命じたので、止むなく警察官及び調査庁職員は同集落の八戸を捜索し、柳行李及びトランク等七個、密造酒樽七個などを押収した。
 一方、令状の発付を得た原田調査官は現場へ急行したが、時既に遅く捜索は終了していた。このため、バレット少尉の命により押収物資を、警察官の乗車して来たトラックヘ積載して引き揚げることとした。ところが、附近の朝鮮人約八〇名がトラックを包囲して気勢をあげ、押収物資の奪還を始めたので、警察官が実力でこれを阻止しようとしたが、数名の朝鮮人はトラックに飛び乗り、濁酒の容器を投げ下して破壊し、他の物資容器も奪還されるに至った。パレット少尉が、けん銃二発を威嚇発射したところ、一人の朝鮮人が胸を開いて「ここを射て」と居直ったため、発射をやめたところますます騒然となり、警察官や調査官に直接暴行を加えるに至り事態は険悪化した。このため午後一時ごろ、空行李一個と紙包二個を押収して益田町警察署に引き揚げた。
 パレット少尉は町警署長に対し「この事件を警察官が処理しないならば自分は第二四師団の軍隊を出動させることを考慮する」と、強硬な申入れをするとともに、島根軍政部隊長に前記状況を直接電話報告した。これに基づき軍政部隊長より、県警察隊長に対して「朝鮮人の行為は日本法規に反している、至急警察官を応援派遣し即時犯人を逮捕せよ」との厳命があった。国警県本部では事件発生を全く知らず、直ちに地元国警に電話で調査したところ、美濃地区署も知らない状況であった。同じ建物の中にある町警察の動きを知らなかったとは、国警と自治警は互いに干渉しないという原則が悪い面に出た例である。美濃地区署では直ちに事実を調査し国警県本部に報告した。当日は運良く国警県本部において全県下公安委員長会議が開催されており、益田町公安委員長より各公安委員長に応援方の依頼がなされ、各委員長の承認を得た。これにより第一次応援部隊として安濃地区署以西の国警・自治警両警察一〇署より、合計九〇名の応援警察官を益田町警察署に急派することが決定された。
 国警県本部では、美濃地区署長に対し、積極的な応援と全被疑者の検挙方を命じた。当時の美濃地区署は定員三〇名、益田町署は二九名であったが、実人員は地区署二七名、町署二六名であり、応援警察官の到着を待って現地捜索を開始することとなった。しかし応援警察官の到着までは、六時間を要する遠隔地であるため、夜に入ってからの捜索は困難であった。
 翌二十六日には既に第一次、第二次の応援警察官の到着もあり、被疑者等に対する貿易等臨時措置令違反並びに公務執行妨害事件としての、逮捕状及び容疑物資差押令状の発付も得たので、部隊編成を整え現地に赴いた。午前一一時までには、主たる被疑者九名の逮捕及び容疑物資の押収を行い、順調に目的を達して引き揚げ取調べを開始した。
 これに対し朝連(在日本朝鮮人連盟)幹部ら一〇名が、検挙は不法なりとして釈放要求のため来署した。一方、事件当初において軍政部及び調査庁が令状なき不法捜索を行ったとの情報を知った朝鮮人が各地から続々と来援し、朝連前に約二〇〇名が集結した。その間、取調べが終了した同名を釈放したため、交渉に来署していた代表者らはやや軟化した感があった。しかし、朝連前に集結した約二〇〇名は、警察署に向かって前進し道路上に待機していたが、午後九時四〇分突如として益田町署に気勢をあげて押し寄せて来た。この時、警察署には約六〇名の警察官がいたが、投石等をしながら子女を先頭に押し寄せて来る群集を、ついに支えきれず一部の者が署内に乱入し、相互に多数の負傷者を出すなど緊迫した事態となったので、益田町署長は最後の手段として武器の使用も止むを得ないと判断しけん銃の威嚇発射をしたが、かえって事態を悪化させることとなった。この間、在町内全警察官の召集、消防団の出動もあったが混乱は容易に治まらなかった。時あたかも同町に出張中の軍政部員ニップ氏が突如来署し「軍政部隊長の命令である、退去せよ、しからざれば厳重処罰する」と、大声で命令したためようやく平静となり、両者対峙のまま二十七日午前一時ごろになり、ようやく群集は逐次退散を始めた。なお、この間双方で二三名の負傷者が出たが、応援出動し現場で指揮をとっていた本部捜査課長錦織福悦警部も前歯二本を折るけがをした。この間町警察襲撃の報告を受けた国警県本部では、直ちに警備本部を設置し全県下各警察署に対して、全員待機方指示(依頼)するとともに、第三次応援警察官四四名をジープ及びトラックにより現場に急行させた。
 一月二十七日午後五時までには、第一次の公務執行妨害、密貿易容疑事件の被疑者五名は取調べを終了し、全員釈放して捜索妨害事件関係の捜査は打ち切られた。しかしその後は、警察署襲撃事件の捜査に全力を挙げなければならなかった。国警県本部では、断固検挙しなければその威信を失墜するとして、刑事部長を現地に急行させ、松江地検次席検事らの到着とともに徹底検挙を開始することとした。
 翌二十八日より活動を開始して、美濃郡内において三二名、浜田市内で九名の逮捕状発付を受け、二五〇名をもって検挙隊を編成、逮捕後の移送、警戒計画もたてられた。翌二十九日には主諜者の大部分を逮捕し、同月三十一日までには全員を逮捕した。被疑者は三次にわたり松江刑務所に移送収容され、二月一日には益田町内も全く平静となった。第一次事件発生以来、八日間で延一、〇九一名の警察官(当時時の定員八四四名)が応援出動したこの事件も、これで一応の終息をみたのである。
 長期化が懸念された同事件が早期に解決できたのは、警察の断固たる措置によることはもとより、一月二十八日付島根軍政部布告「公共建築物の前における示威行為禁止」の第一軍団命令が、相当の効果をもたらしたのであった。また管区本部からも他府県よりする応援の可能性について、積極的な連絡があり、特に山口県からの応援はいつでもできる旨の通報を受けており、本県としてはこれが大きな精神的支えとなった点がうかがえる。
 なお、逮捕された被疑者四一名中八名については容疑薄弱のため即日釈放されたが、他の者には勾留状が発付された。最終的には、白川玉基こと姜示範以下九名が騒擾並びに建造物侵入罪で起訴され、姜示範は懲役一〇月執行猶予三年、他の七名は執行猶予つきの懲役刑、一名には無罪の判決が言い渡された。


写経屋の覚書-フェイト「密貿易について朝鮮人集落への強制捜査をしたのが発端なんだね」

写経屋の覚書-はやて「それも進駐軍の軍政部が令状なしの捜査を強行させたうえに、警察にその尻拭いまでさせたような感じやね」

写経屋の覚書-なのは「そうだねぇ。日本警察の消極的態度はあったにしても、島根軍政部の少尉と伍長は強引過ぎるところがあったようにも思うね」

写経屋の覚書-フェイト「たしかにそういうところはあるよね。でもだからといって朝鮮人たちが集団で警察署に押しかけるのも妥当じゃないよね」

写経屋の覚書-はやて「早期鎮静化については、警察の姿勢も一貫しとったし、それと山口県からの応援体制の完備って大きかったんかなぁ?」

写経屋の覚書-なのは「山口県は当時の県知事が独自に情報収集者を朝鮮半島に派遣して情勢を探っていたくらいだしね。中央以上に朝鮮関係については敏感だったってことはあるんじゃないかな」

写経屋の覚書-フェイト「なんにしても、この事件も所謂『朝鮮進駐軍』の実在を裏付けるものにはならないよね」

写経屋の覚書-なのは「うん。朝鮮進駐軍なんて名乗ったり、そう自任して行動した証拠もないしね。それに日本警察に鎮圧されてるしねw」

写経屋の覚書-はやて「軍政部の姿勢や支援体制とも関係するんやろけど、この事件の場合は警察も強硬な態度を貫き通せたんやね」

写経屋の覚書-なのは「そうだね。じゃ、ちょっと短いけど、今回はここまでにするね」

 大阿仁村事件        生田警察署襲撃事件    大滝事件
 富坂警察署襲撃事件    七条警察署事件      直江津事件
 坂町事件           新潟日報社襲撃事件    首相官邸デモ事件
 曽根崎警察署襲撃事件   長崎警察署襲撃事件    尾花沢派出所襲撃事件
 津別事件           大野事件           宮城県内の事件
 浜松事件


 渋谷事件

写経屋の覚書-なのは「今回も府知事引継文書を見るよ。たぶん最終回になるかな」

写経屋の覚書-知事引継_5章1
写経屋の覚書-知事引継_5章2
写経屋の覚書-知事引継_6章1
写経屋の覚書-知事引継_6章2
写経屋の覚書-知事引継_6章3
写経屋の覚書-知事引継_6章4
写経屋の覚書-知事引継_7章1節1
写経屋の覚書-知事引継_7章2節1
写経屋の覚書-知事引継_7章2節2

   第五章 要査察朝鮮人の状況


一、要査察鮮人は客年末統計に於て特要鮮甲一三三名同乙号三一三名 容疑鮮人五三五名計九八一名にして一昨年末統計に比し一〇七名の減少を示せるが右は左翼運動の低調に依り左翼民族主義者等の表面的策動の衰微に依るものにして一面各署員中新任警察官の増加並に内鮮係員の頻繁なる更迭に依り斯種要警戒人物の新規発見の減少等にも一部の原因を認めらるゝを以て之が欠陥是正のため内鮮警察の専門的講習或は一般警察官の教養上の一資料としての巡回講習等に努力しつゝあり

二、尚事変の影響に依る右翼運動の勃興と共に之を民族主義運動に利用せんとして之に投ずる者等相継ぎ朝鮮人の政治的進出に依り政治的運動に趨る者等相当増加し之等は漸次編入し視察線内に於て厳重注意の要あるべく 最も多数を占むる左翼鮮人間に於ても表面露骨なる運動を差控え居ると雖も従来の極左分子及び旧労農救援会、全評等の組織分子は冠婚葬祭に際し常に階級的イデオロギーの下に団結し不即不離の左翼組織を形成しつゝあるのみならず工場労働者たる多数左翼鮮人の動向に就ても厳重視察の要あるを以て視察外分子の内査に一段の努力を払ひつゝあり



写経屋の覚書-はやて「世間的なイメージの「特高」っぽい内容やねw」

写経屋の覚書-フェイト「思想の左右関係なく監視対象なんだね。「事変の影響に依る右翼運動の勃興」って満洲事変のことだよね」

写経屋の覚書-なのは「うん。左翼のほうは冠婚葬祭とかも利用しているんだねぇ」

   第六章 在住朝鮮人の政治的進出状況

一、管下在住朝鮮人の大多数は下層階級に屈し一般的に政治的関心に乏しかりしも鮮人多数在住の選挙区にありては其の向背は当落に多大の影響あるを以て選挙毎に各候補者競ひて鮮人有権者の歓心を得るに努めたる結果漸次政治常識の涵養を見るに至りつゝあり就中鮮人の最も多数在住する選挙区にありては鮮人のみの得票を以て優に当選可能の状態にあるを以て鮮人の立候補者漸増の傾向にあり

二、客年六月十日選挙施行の池田市会議員選挙に際し当府鮮甲李福祚は鮮人有権者二九五名の得票を目標に立候補せるが五二票の得票にて落選し九月二十五日選挙施行の府会議員選挙には
東成選挙区より
  本籍 黄海道延日郡松逢面□□□
  住所 大阪市□□□□□□□□□□□
     保険外交員 李在鶴 当年五〇年
東淀川選挙区より
  本籍 平安南道平壌府□□□□□
  住所 大阪市□□□□□□□□□
      天理教布教師 鄭仲禮 当年四二年

  本籍 慶尚北道聞慶郡麻城面□□□□□□
  住所 大阪市□□□□□□□□□□□□□
      古物商 金達成 当年三三年
の三名立候補し何れも鮮人有権者の得票を目標に運動せるも三名とも落選せり

三、次いで十月十八日選挙施行の泉北郡大津町々会議員選挙に当りては
    本籍 慶尚北道慶山郡珍良面□□□□□□
    住所 大阪府泉北郡大津町□□□□□
         土木請負業 陳瓔杓 当四二年
  立候補し定員三十名中二十五位にて当選し

四、本年五月施行の吹田市会議員選挙には
    本籍 京畿道済川郡南洞面□□□

    住所 吹田□□□□
         古物商 黄七成 当三二年
  立候補し定員三十六名中第三十二位にて当選せる状態にして漸次政治的関心を深めつゝありて現在任期にある議員左記の通りなり
  堺市会議員      呂硯石 当三七年
  泉北郡春木町会議員  金萬業 当二七年
  同  樽井村会議員  金福甲 当三四年
  同  南王子村会議員 申正湜 当五一年
  中河内郡(ママ)岡町会議員 李在煥 当四五年
  右同         姜態瑞 当二七年
  同  瓜破村会議員  金高述 当四〇年
  泉北郡大津町町会議員 陳瓔杓 当四二年
  吹田市会議員     黄七成 当三二年


*「牧岡町」は「枚岡町」の誤記

写経屋の覚書-フェイト「選挙の話だね。以前にハングル投票の話があったけど、ここでは立候補するほうの話だね」

写経屋の覚書-はやて「府会のほうは落選しとるけど、市町村の議会のほうはけっこう当選しとるんやね」

写経屋の覚書-なのは「そうだね。下位での当選が多いけど、意外と若い人が多いね」

   第七章 事変下に於ける朝鮮人の動向
    第一節 思想動向
長期戦下に於ける朝鮮人は表面平静にして事変当初に見るが如き特筆すべき積極的活動見受けられざるも 然も協和会の指導下に各種精神作興運動を通じ堅実なる思想の要請に努力しつゝありて 内鮮同化方策の徹底と共に漸次皇国臣民としての自覚を深めつゝあり 然れ共左翼残留分子、民族主義偏見を有する者等は表面的活動は衰微しつゝあるも 凡ゆる機会を捉へて反国家的言動をなすのみならず 何等かの積極的意図を蔵せる容疑相当濃厚なるものあり殊に知識階級に於ては事変後一般鮮人の経済的実力の旺盛を過信し 益々反国家的意識を抱懐せるもの増加し民族意識濃厚となりつゝあり

写経屋の覚書-フェイト「「経済的実力の旺盛を過信し益々反国家的意識を抱懐せるもの増加し民族意識濃厚となりつゝあり」って、前に大阪に於ける朝鮮人問題(23)に出ていた、「斯くして実力の伸長は商業戦に於て朝鮮民族は優秀なりとの自己陶酔に陥り延いては内地人を蔑視するに至り民族意識は益々昂揚せらるゝ結果となるは鮮人の民族性に徴し明らかにして」と同じ話だね」

    第二節 経済状況
戦時下に於ける朝鮮人企業家等は競つて軍需産業の下請其他の時局産業に投じ彼等一流の巧妙なる小企業運営に成功し短時間に相当の財をなすもの続出の傾向にありて諸統制の影響を受けたる産業を経営せるものにありても巧に転業をして打開を図りつゝあるを以て一部を除きては生活の安定を得るに至り 尚益々般(ママ)盛を極め内地人を凌駕するもの相当数に上り 殊に或る地区に於ては中産階級を為すに至る虞あり 殊に外聞に介意せず□意功利的企業に没頭するに対し内地人の蒙る打撃は相当甚大なるものあり
只労働者方面に於ても時局産業の激増と労働力の払底は影響に依り頓に活気を呈し従来の浮動性を一擲し失業者の激減を見る実情にして 此侭彼等の思想状態をして経済的勢力を増長せしむるに於ては将来寒心に堪へざるものあり

写経屋の覚書-はやて「戦争による特需と労働力の需要増加が経済格差を解決したってことなんやろね」

写経屋の覚書-なのは「キムラお兄さん曰く「莫大な消費を伴うイベントはあと」だもんねぇ(苦笑)

写経屋の覚書-フェイト「最後の段落は、朝鮮人の未来についてかなり警戒的な感じだね」

写経屋の覚書-なのは「そういう感じはするね。経済的実力がついたら次は政界ってのはよくある道だけど、そこに思想運動を持ち込まれると危険というのはあるんだけどね」

写経屋の覚書-はやて「政治思想の運動を合法の範囲内でやる限りはしゃーないけどね。武力革命とか政権転覆とかやられたら困るんよw」

写経屋の覚書-なのは「じゃ、この大阪府知事引継書はここでおしまい。次回は何を見るかは未定だよ」

大阪に於ける朝鮮人問題(1)  大阪に於ける朝鮮人問題(2)  大阪に於ける朝鮮人問題(3)
大阪に於ける朝鮮人問題(4)  大阪に於ける朝鮮人問題(5)  大阪に於ける朝鮮人問題(6)
大阪に於ける朝鮮人問題(7)  大阪に於ける朝鮮人問題(8)  大阪に於ける朝鮮人問題(9)
大阪に於ける朝鮮人問題(10) 大阪に於ける朝鮮人問題(11) 大阪に於ける朝鮮人問題(12)
大阪に於ける朝鮮人問題(13) 大阪に於ける朝鮮人問題(14) 大阪に於ける朝鮮人問題(15)
大阪に於ける朝鮮人問題(16) 大阪に於ける朝鮮人問題(17) 大阪に於ける朝鮮人問題(18)
大阪に於ける朝鮮人問題(19) 大阪に於ける朝鮮人問題(20) 大阪に於ける朝鮮人問題(21)
大阪に於ける朝鮮人問題(22) 大阪に於ける朝鮮人問題(23) 大阪に於ける朝鮮人問題(24)
大阪に於ける朝鮮人問題(25)
写経屋の覚書-はやて「今回も府知事引継文書やね。前回は短かったけど、今回はもうちょっと長くやるよね?」

写経屋の覚書-なのは「前回はあそこで切らないときりが悪くなったんだよね。今回は第4章を見ていくよ」

写経屋の覚書-知事引継_4章1節1
写経屋の覚書-知事引継_4章1節2
写経屋の覚書-知事引継_4章1節3
写経屋の覚書-知事引継_4章2節1
写経屋の覚書-知事引継_4章2節2
写経屋の覚書-知事引継_4章3節1
写経屋の覚書-知事引継_4章3節2
写経屋の覚書-知事引継_4章3節3
写経屋の覚書-知事引継_4章3節4
写経屋の覚書-知事引継_4章3節5
写経屋の覚書-知事引継_4章4節1
写経屋の覚書-知事引継_4章5節1
写経屋の覚書-知事引継_4章5節2
写経屋の覚書-知事引継_4章5節3
写経屋の覚書-知事引継_4章5節4
写経屋の覚書-知事引継_4章5節5
写経屋の覚書-知事引継_4章5節6
写経屋の覚書-知事引継_4章5節7
写経屋の覚書-知事引継_4章5節8
写経屋の覚書-知事引継_4章6節1
写経屋の覚書-知事引継_4章6節2

   第四章 朝鮮人思想運動状況
    第一節 共産主義運動

一、朝鮮人共産主義運動は昭和十三年九月十三日日本共産主義者団の一斉検挙に際し鮮人団員中の中心人物たる□□□(昭和一四年一二、一三懲役四年判決)□□□(昭和一五、四、二)懲役二年判決)□□□(起猶)以下影響下分子を掃蕩以来露骨なる非合法活動は中絶し居れるも 之等残留分子は曽て日本共産党、全協等に加盟果敢なる斗争経歴を有し治維法に依り処刑されたる左翼陣営の先輩格にして非転向分子の指導下に於て常に密接なる連繋を採りつゝあり最近内外時局の変転に依り内地人左翼組織よりの連絡皆無なるに依り自立組織の困難性を認識しつゝあるも依然左翼グループを形成し元全評、労救等の分子と共に親睦関係と称して同志間に於ける吉凶、禍福、慰安会、休日、或は凡ゆる社会的行事を利用して会合し共産主義的立場より時局を批判し朝鮮民族の解放を論議する等理論的、組織的訓練に狂奔しつゝあり

二、旧労農救援会残留分子の策動に成る朝鮮夜学は其の後依然として場所を転々として非合法裡に活動し朝鮮人労働者の子弟を中心に朝鮮語、諺文、等を講習し一週一回位科外講話として左翼運動の経歴者等より民族意識の注入を受け学芸会に籍口しては不穏唱歌を合唱する等民族意識の昂揚と併行して左翼意識の注入社会情勢の批判等に寧日なき策動を続けつゝある外協和会のふらく活動に就ても機を窺ひ居れる形跡ありて厳重内査中なり

三、尚本年 聖上陛下関西行幸並満洲国皇帝陛下御来訪警衛警備実施に伴ひ相当多数の共産主義的色彩を有する朝鮮人を発見し引続き特別要視察人或は容疑者として編入注意視察中なり



写経屋の覚書-フェイト「伏字はやっぱり個人プライバシーの保護とか配慮のせいだよね。どうしても共産主義運動とかかわりが出てくるんだね…」

写経屋の覚書-はやて「教育や学校を介してのオルグや思想啓蒙は常道やよね」

    第二節 民族主義運動

一、朝鮮人の民族主義運動に関しては其の温床たるべき各種悪質親睦団体の解体以来表面的活動の見るべきものなく僅かに左翼運動に便乗して結束を図らんとするに過ぎざる 状態なるが 之が底流に漂ふ一貫せる民族意識に至りては今尚差別云々等を口にして意識の培養を為さんとしつゝあり 一部鮮人中には依然民族主義意識の旺盛なるものあり現に
  本籍 慶尚南道醴泉郡龍門面□□□□□□
  住所 大阪市□□□□□□□□□□□□□ 方
      大阪市立商科大学予科二年
             □□□(二一)
の如きは学生々活中の体験及文献等に依り民族意識極めて熾烈となり民族的偏見より今次支那事変に対し反日反戦的意識を学生日誌及原稿用紙に手記したる外

天皇神聖を冒瀆する目的を以て昭和十四年八月二十八日自宅に於て学生日記に 天皇神聖尊厳を冒瀆する不敬記事を 手記したる事実を発見検挙し 刑法第七十四条天皇に対する 不敬罪として 七月九日大阪地方裁判所検事局に送致せる外学生其他一般朝鮮人間に同様思想を抱持せるもの多数あり 寒心に堪へざる実情なり

二、尚本年 聖上陛下関西行幸並に満洲国皇帝陛下御来訪警衛警備実施に対し相当多数の民族主義的色彩を有する者を発見夫々特別要視察人或は容疑者に編入の上注意視察中なるが
  本籍 平壌府□□□□□
  住所 吹田市□□□□□□□ □□□内
    関西大学経済科二年 □□□(二五)
の如きは自己所有の雑記帳に旧韓国旗を記し其の下部に無限成の旗と題名せる外 各所に断片的なるも 官憲軍隊に対する 不穏文句を記述し 左翼文献等も相当多数所持し居りたり

三、■在布哇中韓同盟団の他海外不逞団体よりの宣伝不穏文句の内査取締に関しては特に関係当局と密接なる連繋の下に事前発見のための警戒を励行しつゝあり



写経屋の覚書-はやて「大阪市立商科大学いうたら、大阪市立大学の経済学部や法学部、商学部の前身やね。その予科も設置されてたんやな」

写経屋の覚書-フェイト「予科?」

写経屋の覚書-なのは「説明はちょっと難しいんだけど、今の大学の1、2回生くらいの教養課程にあたるかな。専門教育を行う大学本科の前段階なんだよ」

写経屋の覚書-フェイト「ってことは、この朝鮮人学生はけっこうエリートなんじゃないかな?」

写経屋の覚書-なのは「そうだね。「学生々活中の体験及文献等に依り民族意識極めて熾烈となり」ってあるけど、どんな体験をしたかは気になるところだよ」

写経屋の覚書-はやて「ま、今でいう「民族差別」になるやろかなぁ…」

    第三節 国家社会主義運動

一、右翼国家社会主義陣営内に於くる朝鮮人の活動は旧態依然として伸張せず彼等は離合集散常なきに依り各団体首脳部より歓迎せられず僅に選挙其他の方便として加入を承認する程度にして現在大日本生産党堺支部に鮮人党員四〇名を擁し居れるも独自の活動なく其他各右翼団体に寄生虫的に少数宛加盟せるも 有名無実の存在たるに過ぎざる状況((な))

二、日本革新党系にありては大阪東成支部準備会の□を以て昭和十三年初頃より組織活動を起し鮮甲□□□を中心に大部分鮮人を以て演説会の開催スローガン((のカ))宣伝等を以て相当活溌なる活動を為しありしも客年□□□((以来何))等の活動なく現在自然消滅の状態なり

三、大日本青年党に於ては 近畿連合会長に元革新党江藤源九郎少将を迎へ大阪府連遊説部長に元社大党員大阪市議岩田譲就任し党勢の拡大教化に努めつゝあり
目下同党には鮮人党員として元全評組合員約三十名及び区支部に夜店組合を中心として約二十名の朝鮮人の加入あり
((同))党は今回近畿地方の拡充を機として朝鮮人有力者を物色し朝鮮人方面にも党員獲得に積極的努力を為す模様なるが元来朝鮮人中には事大思想の影響を受け一時的には之等国家主義運動に参加するものあるも 民族性の相異移動の頻繁会費滞納等に基因し一般的に不評にして発展性に乏しき実情なり

四、国粋大衆党にありては本年五月十五日総裁笹川良一名を以て指令を発し党務、組織、情報、遊説、調査、青年、労農、庶務、会計、□□((文化))、半島の十一部を新設し特に半島部を設け広く朝鮮人の獲得に進出せるが未だ部長の任命はなし居らざるも取敢ず
  本籍 慶北達成郡求智面□□
  住所 大阪市□□□□□□□□□□□□□□
      金箔工 □□□□こと □□□(三〇)
を副部長に任命せり本名は昭和八年四月以来党員として活躍し客年十一月二十九日幹事となり東成区方面に於ける朝鮮人層に働き掛け本年三月一日飛行隊々外員獲得を策し居住地附近の鮮人より勧誘し逐次拡張に狂奔し現在隊員四十名を入隊せしめ近く五十名に達せば支隊を編成すべしと称し居れり
尚之と併行して党員の獲得を策し現在十二名の入党者あり鮮人党員に於ては斯の如き国家主義団体を背景に渡航問題其他各種の要求に利用せんとする傾向あり注意中なり
一方 慶尚南道釜山府□□□□□□
     自称実業日報社長 □□□(三六)
より五月初旬予て交友関係を有する国粋大衆党系大阪今日新聞編輯局長□□□□に対し

「鮮内に国粋大衆党支部設置の意思なきや 鮮内に於ては支部設置を要望するもの相当数あり 自分としても党員獲得に努力と自信を有す」

旨の申込を為したる模様にして□□□□は其の旨党首笹川良一に諮りたる結果

「最小限度党員百名以上獲得の可能性あらば支部設置の要望に応ず」

との回答を為したる事実あり推移注意中
同党にありては六月三十日午後六時より天王寺公会堂に於て対欧方針変改南進政策確立要求国民大会((並))演説会を開催せるが同党半島部副部長□□□は「親英米勢力を掃蕩し日独伊枢軸外交を確立し仏印、蘭印を確保すべき」要旨の決議文を朗読せり



写経屋の覚書-フェイト「右翼国家社会主義っていうから、共産主義じゃなくてファシズムのほうなんだろうね」

写経屋の覚書-はやて「ま、どっちも大して中身は変わらへんよw 国粋大衆党の笹川良一ってむっちゃ有名やんw 一日一膳」

写経屋の覚書-なのは「にゃはは、はやてちゃん、平成生まれには分からないよw」

写経屋の覚書-フェイト「戦前の特高警察って左翼ばかり監視して取り締まってたと思ってたけど、右翼も監視対象だったんだね。知らなかった」

写経屋の覚書-なのは「そりゃ、特高は公安警察として公共社会の安寧秩序を守るのが役目だから、左翼だろうと右翼だろうとマークするんだよ。これは戦前も戦後も変わってないんだよ」

    第四節 労働運動
各種労働運動は衰退の一途を辿り過去に於けるが如き悪質なる労働争議等全く後を絶ち 事変下産業報国運動に邁進し 漸次産業報国会の結成を見つゝある模様なり 然れ共之等労働者は時局を認識し自覚せるものに非ず稍々もすれば低級なる労働争議を繰り返さんとする傾向も認めらるゝを以て 在阪鮮人三十万余の大部分を占むる鮮人労働者の動向に就ては厳重視察中なり

写経屋の覚書-はやて「ようは、好況で金回りもようなって、労働運動やるより働いたほうが儲かるようになったいうこともあるんと(ちゃ)うの?w」

    第五節 宗教団体の活動
一、基督教関係の活動
  現在管下所在朝鮮人関係基督教会は
教派系統別教会数会員数
旧朝基(長老主義)教会系一四九八四
日本聖公会、東洋宣教会 日本ホーリネス教会、ナザレン教会、日本聖書(元ペンテコステ)教会、其の他一〇四一二
二四一、三九六

尚本年四月一日を以て実施を見たる宗教団体法施行対策として 之等朝鮮基督教関係団体は逐次日本基督教其の他内地系各教会に加入すると共に体系の整備に努めつゝあるも之等教会関係者及信者中には民族主義者多く動もすれば反国家的言動を為し視察取締上等閑に附し得ざる実情なるを以て従来より厳重なる視察取締を実施し特に邦語による布教を慫慂したる結果一部に於ては相当好成績を来し居れるも尚依然として朝鮮語に依る布教を為す向多く却而邦語を使用する教会に対し揶揄的態度を以て牽制する等の事(ママ)あり注意中の処最近英国人基督教関係者等の外諜行為に依る敵性暴露を機に各教会責任者を個々に当庁特高課に召致の上今後朝鮮語に依る布教を絶対に禁止し布教は勿論聖書、讃美歌、祈祷等も一切邦語を使用すべき旨を厳達すると共に今後は日本主義的基督教への強化に努力すべき旨を誓約せしめ引続き各教会の内部並関係者個人的行動に関し鋭意注意視察中なり尚信者中には多数の学生々徒あり之等学生々徒に対し特に民族意識の昂揚を諮りつゝある実情にあり為に何れも民族意識濃厚となり純真性を欠き偏狭なる観念に捉はれ礼拝日等の会合を利用しては朝鮮民族の特殊性を強調し官憲の同化政策に基く取締処置に対しては暗々裡に反抗的態度を来し内鮮帰一上の障碍を惹起しつゝあるに鑑み斯種学生々徒の視察取締に関しては格段の留意を為し指導教化に努力しつゝあり

写経屋の覚書-フェイト「朝鮮語による布教と日本語による布教の対立なんてあったんだね」

写経屋の覚書-なのは「同化政策に対する反発のよりどころになってたんだろうね」

二、朝鮮仏教

1、鮮人僧侶の大部分は従来何等僧侶の経験資格なく□□((最上カ))等が僅に巫覡方法を習得しては僧侶を擬装しつゝある状況にして何等の教養なき低級なる徒輩多く甚だしきは諺文をすら解せざるものあり其他の朝鮮僧籍を有し居れる僧侶と雖も殆ど初等科たる沙弥科((四カ))集科の講習過程を終へたる程度にして高等科たる大((教カ))を卒業せるものは僅かに二名(内一名は邦語を解せざる)に過ぎず一般信者のレベル低き為め擬装方法に依りて僧侶的体裁を保持し居れるも之が実質的内容に至りては噴飯に耐へざるものあり
経文を知悉せざる結果如何なる場合も単に南無阿弥陀仏の念仏を唱ふるのみにして荒唐無稽なる加持祈祷行為に依りて無智蒙昧なる信者より金品を騙取し或は医療を妨害したる等の事実あり
尚之等僧侶中には民族的謬想に捉はれ表面内鮮同化の国策に順応し迎合的態度を示し居れるも裏面に於ては偏狭なる民族的布教を為し弱小民族たる朝鮮人の憐れむべき現状の救済は仏教に依るの他なしと称し宗教的救慰に籍口して朝鮮民族の窮境を誇大に吹聴しては一般信者の反国家的なる内鮮離間思想の扶植に努めつゝある疑濃厚なり
当府に於ては一面取締一面教化の二面政策に依り不良僧侶に対しては厳重なる取締を加ふると共に無智なる信者の物心向上のため協和事業と緊密なる聯携を保持しつゝ指導教化に努めつゝあり

2、管下に散在せる朝鮮仏教布教所は客年末十九ヶ所を数へ信者獲得の為活動を為しつゝありしが其後布教責任者の婦人信者との姦通事件其の他の不良行為に依る本籍地送還等の事由に依り自然閉鎖の止むなきに到りたるもの三件に及び現在布教所の残存せるもの十六ヶ所に減少したるも其の大部分は内地仏教の面目を理解せず徒らに巫覡類似行為を以て無智なる鮮人の歓心を買ふべく努め居れるを以て風教上適切なる取締の要あり
尚布教師中には婦人信者との間に醜関係を生じ甚だしきに至りては有夫の婦たる信者と姦通したる等の事例あり現に
  本籍 慶南釜山府□□□□□□
  住所 大阪市□□□□□□□□□
     円光寺東淀川布教所布教師
            □□□こと□□□(三五)
は有夫の婦たる信者
  本籍 京畿道仁川府□□□□□
  住所 大阪市□□□□□□□□□□□□□□□
     □□□の妻□□□(四二)
と醜関係を結び客年十一月以来数十回に亘り姦通行為をなしたる事実あり本籍地へ向け送還の予定なり
叙上の如く朝鮮人僧侶中には本来の仏道を没却して邪道に趨るもの多き状態なるを以て個人行動に関しても厳重なる注意視察を為しつゝあり


三、其の他の宗教団体

其他天道教大阪宗理院は信者約七〇名を有し毎月機関紙「新人間」の送附を受け居れるも其の指導原理不透明に((し))て衰微の一途を辿り天理教布教所一ヶ所あるも発展性なく((尚))天主教信者約五〇名ありて管下三箇所の内地人教会に所属し時々白耳義人宣教師の来阪に依り之が伝導を受け居り之等は何れも表面民族意識を解消し日本精神の昂揚時局認識の徹底を強調せるが一時的迎合態□□((度た))るを免れず常時注意中なり


写経屋の覚書-はやて「「僅に巫覡方法を習得しては僧侶を擬装しつゝある状況にして何等の教養なき低級なる徒輩多く甚だしきは諺文をすら解せざるものあり」って、もともと朝鮮では仏教が盛んじゃなかったいうても、少し寒い状況やね」

写経屋の覚書-フェイト「「経文を知悉せざる結果如何なる場合も単に南無阿弥陀仏の念仏を唱ふるのみにして荒唐無稽なる加持祈祷行為に依りて無智蒙昧なる信者より金品を騙取し或は医療を妨害したる等の事実あり」って、完全にゴロツキの所業だよね」

写経屋の覚書-はやて「水滸伝にそういう僧侶の風体で悪事を働くゴロツキが出とったような気ぃするわw」

写経屋の覚書-なのは「しかも不倫問題まで起こしてるしね…仏教の皮をかぶったナニかをやっているだけという感じすらするよ」

写経屋の覚書-はやて「天理教も一応布教しとるけど振るわへんみたいやね」

    第六節 学生運動
管下朝鮮人学生団体は
   関西大学鶏林学友会
   日本大学専門学校朝鮮人学友会
   浪速商業朝鮮人学友会
の三団体にして各々毎年新入学生並に卒業生の歓送迎会総会等を随時行ふ外特殊会合なかりしが時局の推移に伴ひ体位向上の為めのハイキング或は事変に関する講演の聴取等を漸次計画しつゝ時局認識の把握に努めつゝありと雖も元来朝鮮人学生中には民族主義共産主義思想を抱持せるもの多数ありて斯種学生に対しては厳重なる注意視察を加へ改過遷善に努めつゝあり而も朝鮮人学生は累年増加の傾向にあり本年六月末統計に依れば二、七六〇名にして客年末統計に依る二、三五九名に比し四〇一名の増加を見たる実情にあり
彼等は将来鮮人各層の指導的立場にあり之が指導は相当重要視し対策を講するの要あり
尚前記関大、日大専門、両学友会に於ては機関紙として「鶏林」並「会誌」を夫々発行し居りたるが内容軟調にして時局に添はざる点多きのみならず民族意識をも散見し得られたるを以て諭旨廃棄せしめたり

写経屋の覚書-フェイト「さっきは大阪商科大学の予科生が出てきたけど、学生の活動も盛んだったのかな?」

写経屋の覚書-なのは「特高は、ハイキングや講演会などに事寄せて何かしないかと観察しているようだね。これらの高等教育機関の学生はやっぱりエリートだし、将来の朝鮮人知識層を形成するから、その動向には注意を払うってことだね」

写経屋の覚書-はやて「インテリが赤化して妙な運動に走ったらめんどくさいもんなぁw」

写経屋の覚書-なのは「戦前でも、大学や師範学校の学生といった知識層予備軍が共産主義にかぶれるケースが多かったもんねぇ。じゃ、今回はここまでにするね」

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