「今回は戦後朝鮮人の集団不法行為に戻るよ」
「久々の再開だね」
「サボりをごまかすストック原稿がなくなったんやねw」
「ち、違うよはやてちゃん!仕事の方が少し落ち着いたから再開ってことなんだよ(汗)今回は1949(昭和24)年1月26日に起こった島根県の警察署襲撃事件について見るんだよ」
「島根県?シネマ県やったら知ってるでw」
「はやて、それは韓国マスコミがよくやる語訳だよ。砂丘のある県だよね?」
「フェイトちゃん、地味にひどいこと言ってるよw 砂丘があるのは鳥取県で、島根県は鳥取県の西…あれ?東隣だったっけ?」
「なのはちゃんがいっちゃんひどいやんw 作者には島根・鳥取出身の後輩がおるんやで」
「二人がボケるから乗っちゃったんだよw で、その島根県の西部にある益田市、当時は益田町で起こった事件なんだけど、島根県警察史編さん委員会『島根県警察史 昭和編』(島根県警察本部 1984)のp784~788を見るよ」益田町警察署襲撃事件 昭和二十四年一月二十六日益田町警察署が、朝鮮人の集団によって襲撃されるという事件が発生した。新警察制度が発足して約一年、諸種の困難を乗り越えて、ようやく軌道に乗りかかった時の事件であった。益田町公安委員会では、中国地方で初の応援要請を県及び各市町村公安委員会に発し、国警・自治警各署から多数の応援を得て対処した。この事件は、多分に軍政部将校の特権意識に起因している点があり、占領下ならではの特殊な事案として苦労した事件であった。また、「第三国人の警察署襲撃事件」としてUPやAP電(米国の通信社)にのって国際的ニュースともなったのである。
同事件の発端は、美濃郡益田町高津(現益田市)の朝鮮人集落における密貿易捜査によるもので、民間情報を得た島根軍政部のパレット少尉とフェリー伍長が、島根地方経済調査庁の原田調査官他二名とともに、同年一月二十五日午前一〇時三〇分ごろ、同集落に赴き捜索を開始しようとしたが、令状がなく不当であるとして拒否された。しかしパレット少尉は捜索するよう命令したため、朝鮮人数名と押し問答となった。この時は原田調査官の仲介によりパレット少尉も納得し、フェリー伍長と原田調査官で令状請求に赴くこととなった。ところが少尉は、同時に武装警察官一〇名の派遣を町警察に依頼するよう命じた。
原田調査官らは途中町警へ立ち寄り、署長は不在であったが七名の警察官の応援を得たので、令状発付後急行すべく検察庁へ赴いたところ、フェリー伍長はそれを待たず警察官とともに現場に急行した。これを待ち受けていたパレット少尉は「軍政部将校が命令する。令状は到着しなくても良いから、容疑家屋を捜索して違反物資を押収せよ」と命じたので、止むなく警察官及び調査庁職員は同集落の八戸を捜索し、柳行李及びトランク等七個、密造酒樽七個などを押収した。
一方、令状の発付を得た原田調査官は現場へ急行したが、時既に遅く捜索は終了していた。このため、バレット少尉の命により押収物資を、警察官の乗車して来たトラックヘ積載して引き揚げることとした。ところが、附近の朝鮮人約八〇名がトラックを包囲して気勢をあげ、押収物資の奪還を始めたので、警察官が実力でこれを阻止しようとしたが、数名の朝鮮人はトラックに飛び乗り、濁酒の容器を投げ下して破壊し、他の物資容器も奪還されるに至った。パレット少尉が、けん銃二発を威嚇発射したところ、一人の朝鮮人が胸を開いて「ここを射て」と居直ったため、発射をやめたところますます騒然となり、警察官や調査官に直接暴行を加えるに至り事態は険悪化した。このため午後一時ごろ、空行李一個と紙包二個を押収して益田町警察署に引き揚げた。
パレット少尉は町警署長に対し「この事件を警察官が処理しないならば自分は第二四師団の軍隊を出動させることを考慮する」と、強硬な申入れをするとともに、島根軍政部隊長に前記状況を直接電話報告した。これに基づき軍政部隊長より、県警察隊長に対して「朝鮮人の行為は日本法規に反している、至急警察官を応援派遣し即時犯人を逮捕せよ」との厳命があった。国警県本部では事件発生を全く知らず、直ちに地元国警に電話で調査したところ、美濃地区署も知らない状況であった。同じ建物の中にある町警察の動きを知らなかったとは、国警と自治警は互いに干渉しないという原則が悪い面に出た例である。美濃地区署では直ちに事実を調査し国警県本部に報告した。当日は運良く国警県本部において全県下公安委員長会議が開催されており、益田町公安委員長より各公安委員長に応援方の依頼がなされ、各委員長の承認を得た。これにより第一次応援部隊として安濃地区署以西の国警・自治警両警察一〇署より、合計九〇名の応援警察官を益田町警察署に急派することが決定された。
国警県本部では、美濃地区署長に対し、積極的な応援と全被疑者の検挙方を命じた。当時の美濃地区署は定員三〇名、益田町署は二九名であったが、実人員は地区署二七名、町署二六名であり、応援警察官の到着を待って現地捜索を開始することとなった。しかし応援警察官の到着までは、六時間を要する遠隔地であるため、夜に入ってからの捜索は困難であった。
翌二十六日には既に第一次、第二次の応援警察官の到着もあり、被疑者等に対する貿易等臨時措置令違反並びに公務執行妨害事件としての、逮捕状及び容疑物資差押令状の発付も得たので、部隊編成を整え現地に赴いた。午前一一時までには、主たる被疑者九名の逮捕及び容疑物資の押収を行い、順調に目的を達して引き揚げ取調べを開始した。
これに対し朝連(在日本朝鮮人連盟)幹部ら一〇名が、検挙は不法なりとして釈放要求のため来署した。一方、事件当初において軍政部及び調査庁が令状なき不法捜索を行ったとの情報を知った朝鮮人が各地から続々と来援し、朝連前に約二〇〇名が集結した。その間、取調べが終了した同名を釈放したため、交渉に来署していた代表者らはやや軟化した感があった。しかし、朝連前に集結した約二〇〇名は、警察署に向かって前進し道路上に待機していたが、午後九時四〇分突如として益田町署に気勢をあげて押し寄せて来た。この時、警察署には約六〇名の警察官がいたが、投石等をしながら子女を先頭に押し寄せて来る群集を、ついに支えきれず一部の者が署内に乱入し、相互に多数の負傷者を出すなど緊迫した事態となったので、益田町署長は最後の手段として武器の使用も止むを得ないと判断しけん銃の威嚇発射をしたが、かえって事態を悪化させることとなった。この間、在町内全警察官の召集、消防団の出動もあったが混乱は容易に治まらなかった。時あたかも同町に出張中の軍政部員ニップ氏が突如来署し「軍政部隊長の命令である、退去せよ、しからざれば厳重処罰する」と、大声で命令したためようやく平静となり、両者対峙のまま二十七日午前一時ごろになり、ようやく群集は逐次退散を始めた。なお、この間双方で二三名の負傷者が出たが、応援出動し現場で指揮をとっていた本部捜査課長錦織福悦警部も前歯二本を折るけがをした。この間町警察襲撃の報告を受けた国警県本部では、直ちに警備本部を設置し全県下各警察署に対して、全員待機方指示(依頼)するとともに、第三次応援警察官四四名をジープ及びトラックにより現場に急行させた。
一月二十七日午後五時までには、第一次の公務執行妨害、密貿易容疑事件の被疑者五名は取調べを終了し、全員釈放して捜索妨害事件関係の捜査は打ち切られた。しかしその後は、警察署襲撃事件の捜査に全力を挙げなければならなかった。国警県本部では、断固検挙しなければその威信を失墜するとして、刑事部長を現地に急行させ、松江地検次席検事らの到着とともに徹底検挙を開始することとした。
翌二十八日より活動を開始して、美濃郡内において三二名、浜田市内で九名の逮捕状発付を受け、二五〇名をもって検挙隊を編成、逮捕後の移送、警戒計画もたてられた。翌二十九日には主諜者の大部分を逮捕し、同月三十一日までには全員を逮捕した。被疑者は三次にわたり松江刑務所に移送収容され、二月一日には益田町内も全く平静となった。第一次事件発生以来、八日間で延一、〇九一名の警察官(当時時の定員八四四名)が応援出動したこの事件も、これで一応の終息をみたのである。
長期化が懸念された同事件が早期に解決できたのは、警察の断固たる措置によることはもとより、一月二十八日付島根軍政部布告「公共建築物の前における示威行為禁止」の第一軍団命令が、相当の効果をもたらしたのであった。また管区本部からも他府県よりする応援の可能性について、積極的な連絡があり、特に山口県からの応援はいつでもできる旨の通報を受けており、本県としてはこれが大きな精神的支えとなった点がうかがえる。
なお、逮捕された被疑者四一名中八名については容疑薄弱のため即日釈放されたが、他の者には勾留状が発付された。最終的には、白川玉基こと姜示範以下九名が騒擾並びに建造物侵入罪で起訴され、姜示範は懲役一〇月執行猶予三年、他の七名は執行猶予つきの懲役刑、一名には無罪の判決が言い渡された。
「密貿易について朝鮮人集落への強制捜査をしたのが発端なんだね」
「それも進駐軍の軍政部が令状なしの捜査を強行させたうえに、警察にその尻拭いまでさせたような感じやね」
「そうだねぇ。日本警察の消極的態度はあったにしても、島根軍政部の少尉と伍長は強引過ぎるところがあったようにも思うね」
「たしかにそういうところはあるよね。でもだからといって朝鮮人たちが集団で警察署に押しかけるのも妥当じゃないよね」
「早期鎮静化については、警察の姿勢も一貫しとったし、それと山口県からの応援体制の完備って大きかったんかなぁ?」
「山口県は当時の県知事が独自に情報収集者を朝鮮半島に派遣して情勢を探っていたくらいだしね。中央以上に朝鮮関係については敏感だったってことはあるんじゃないかな」
「なんにしても、この事件も所謂『朝鮮進駐軍』の実在を裏付けるものにはならないよね」
「うん。朝鮮進駐軍なんて名乗ったり、そう自任して行動した証拠もないしね。それに日本警察に鎮圧されてるしねw」
「軍政部の姿勢や支援体制とも関係するんやろけど、この事件の場合は警察も強硬な態度を貫き通せたんやね」
「そうだね。じゃ、ちょっと短いけど、今回はここまでにするね」
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