田中大臣、貴女は正しかった/名門太平洋御殿場コース盛衰/他
--------------------------------
・田中大臣、貴女は正しかった
・松井秀喜アストロズ入りか
・名門太平洋御殿場コース盛衰
~パチンコのマルハンが買収~
・秋の一日上野原を歩く
~山紫水明な処~
--------------------------------
田中大臣、貴女は正しかった
田中真紀子文科省大臣の一連の発言は、またもお粗末な印象を与えたが、ある意味正鵠を得ている。これを機会に大学の新設の在り方を洗いざらい見直してもらいたい。
大体に於いて、4年生大学の45%は定員割れを起こしているという現実がある。群馬県の創造大学などは、文科省から解散命令を受けたばかり。少子高齢化が加速する現実と照らし合わせれば、教育の美名の元に安易に大学を増やすのことを案じるのは極自然である。
何かと問題の多い田中大臣だが、メディアや大学側の猛反発を受けて
メルトダウン、前言を翻してあっさり認可したのは頂けない。そもそも
始めに認可ありきのような学校関係者だけによる曖昧な審査方法が問題であるのだ。第三者を入れた厳格な審査委員の選任など大学の新設基準に徹底的にメスを入れてもらいたいものである。国民の税金がなれ合いで投入されてはたまらない。
松井秀喜アストロズ入りか
松井秀喜(38才)がいないメジャーなんて何だかつまらないと思ったら、来季からア・リーグの西地区に編入されるヒューストン・アストロズが獲得に乗り出す模様だとのニュース。久々に松井秀喜の明るいニュースを聞いた。彼はまだメジャーを諦めていないんだ、と知って私は嬉しい。
いままでのアストロズはナ・リーグに属していたためにDH制(打つだけの選手)がなかった。新たにDH選手を探す必要があり、経験豊富な松井がDHの有力候補に浮かび上がったらしい。
ヤンキースを解雇されれた後、エンジェルス、アスレチック、レイズと転々としてきた松井に、アストロズで有終の美を飾ってもらいたいと思うのは私だけであるまい。
ア・リーグの西地区はダルビッシュの在籍するテキサス・レンジャース、オークランド・アスレチック、ロサンゼルス・エンジェルス、イチローが長くチームの顏だったシアトル・マリナーズの既存の4チームに、新たにヒューストン・アストロズが加わり地区優勝争いは相当熾烈になると予想される。
この地区を制するものがア・リーグを制するかもしれない。何より松井対ダルビシュの対決も普段に見られることになる。正式契約の朗報を待ちたい。
名門太平洋御殿場コース盛衰
三井住友VISA太平洋マスターズが今年は2年振りに石川遼選手が優勝して、感激の涙を流した、ドラマチェックなフィナーレだった。太平洋御殿場コースは、私も放映するTBSから招待券を頂いて一度妻と見に行ったこととがある。確かオラサバルが優勝した年で、最終日、その日もよく晴れ渡った穏やかな秋の一日であった。
富士山が面前に雪を抱いて絵のように美しい姿を見る事が出来た。さぞや外国人プレーヤーは、この景色に驚嘆したことであろう、と私が仰ぎ見たものである。
御殿場コースは富士の眺めはもとより、17番ショートホールは池に映る杉の木立も絶景で、恰も鏡に写る日本画のように美しくギャラリーを魅了する。12年程前にキックボクシングの沢村忠さんと一緒にこの御殿場でプレーする僥倖に恵まれた。
~パチンコのマルハンが買収~
私の腕では歯が立たないことは重々解っていたつもりだったが、想像以上の難コースであった。とりわけ富士山を正面にしたグリーンは逆芽のパットは、いくら強く打ってもカップインしなくて苛々したものだ。そうかといえば今度はグリーンが純芽の下りラインになると、触っただけで、あたかも氷の上を滑るように球は何処までもに落ちた。
世界の名プレーヤーをもってしても泣かせ、それだからこそ征服意欲をそそられるといこの名門コース、実はパチンコ大手のマルハンがこの度買収したそうだ。ということはマルハン・コースになるのかしら。う~ん、世の中どんどん変わっていくよね。盛者必滅の理(ことわり)ありか、何が起こっても富士山は泰然として世の移ろいを見守っている。
秋の一日上野原を歩く
11日は地元西原商店街のハイキングに誘われて一行9人は高尾山の麓上野原町まで出掛けた。東京から高尾で乗換てJR上野原町まで約1時間50分。当地は2度目だが、駅まで民宿「長明園」のマイクロバスが迎えに来てくれて、ハイキング・コースに向かうところで我々一行を降ろしてくれた。
紅葉は真っ盛りで、約7㌔の道乗りは秋を全身で満喫できた。楓やもみじの赤と、銀杏の黄色が油絵のように眼を楽しませてくれた。ハイキングに参加したのは8人だけだったが、全員なんとか待機していたバス
に辿り着いた。
薄曇りの日だったことが幸いして、汗もかかず歩けた。ハイキングコースは眼下に渓谷が遥か下に見られ、その流れはどこまでも澄んでいた。地元の釣愛好家に聞くと、ヤマメやイワナが面白いように釣れるということだった。途中犬小屋があって犬は我々が通ると大騒ぎして吠えた。
~山紫水明な処~
ほどなく行くと猟師達の番小屋みたいな家が在り、オジサンが3人いて肉を料理していたので、先の吠えた犬は猟犬だと分かった。この辺はどんな獣が居るんですかと尋ねると、イノシシにシカ、熊もいるよと笑顔で応えた。熊に突然我々が遭遇したら、どうしたらいいんですかね、という問いには「そりゃ~逃げるが勝ちだよ」笑った。
純朴なオジサンに私は心洗われた思いがした。山紫水明な地域に生きるからこそオジサン達は感じがいいのだと得心した。1時半頃「長明園」にバスが着き昼食宴会となった。カラオケをしたり大いに親睦をあたためた。4時半に民宿を出る頃は山が靄で包まれ、既に駅までのマイクロバスの行く道は真っ暗闇になっていた。ハイキング中は雨にも遭わず幸運な一日であったと思いながら、電車に揺られて東京に戻った。
町内の魚屋さんと。今が盛りの紅葉をバックにして。
思い思いの恰好でハイキングを愉しむ。
もうゴール近い、下り道に紅葉が映える。
DVD 『日本ボクシング不滅の激闘史』 いずれも絶賛発売中!!
格闘家 佐竹雅昭 政界進出
党の公認を得られるかどうかは11月中旬に決まるという。佐竹さんとはつい最近すっぽん「田吾作」で飲食を共にして日本維新の会公募の経緯などを伺った。現役を辞めてから2003年に京都に「総合打撃道場」をオープンしている。私も招待を受けて馳せ参じたがこの時も、京都から真の武道精神を世界に発信する、将来は政界に進出すると熱い胸の内を私に語っていたものである。
従ってネットで書き込みされているようなお金に困って政界に出るとか、道場の経営が上手くゆかないので転身するというものではない。もう9年も前から着々と準備して、京都では政財界人との勉強会を精力的に重ねて自らを研鑚してきている。
よく勉強している
彼が政治のことを勉強してるなぁと実際分かるのは、よく本を読んでいることだ。随所に名言箴言が飛び交う。決して受け売りではなく自分の言葉に咀嚼して、分かり易く話す。中々の話術巧者でもある。鞄の中には歴史の書物やら、なにがしかの本が必ず入ってる。私がは本を読む人を信じる。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」
下手な政治家やスポーツで名を挙げて比例区で当選した元アスリート議員は、佐竹さんの爪の垢でも煎じて飲めばよい。人格、見識元格闘家で彼ほど頼りになる男はいまい。
現在は「平成武師道」の塾総長として、企業の社員教育や講演に精力的な活動をして、研修を依頼した経営者からは社員が、見違えるように礼儀正しくなった、何よりも仕事に積極性だ出てきたと喜ばれているそうだ。
故に彼が政界に出ることに私は諸手を挙げて賛成するのです。選挙には金が大層かかる。彼は選挙資金も自己資金で賄うと、面談の折にははっきり明言したそうで、今更ながらK-1とPRIDEで稼いだファイトマネーは相当なものであったのだと私は驚くのである。座右の銘は「闘志天翔」(運命を己で切り開き、人生という戦いを通して更なる高みをを目指すの意)
佐竹さん、国会に正拳突きを!内憂外患、政治も経済も閉塞感漂う日本をその行動力で風穴を開けて下さい。あなたなら国家に役立つ政治家になれます。信念を持って、政界に殴りこんでください。期待しています。最後に佐竹さんからの有難いお言葉をどうぞ。
「運動やりなはれ、運動の運は運をもたらす運ですよ」
塩原温泉から日光へ
トークショーがの翌日は那須塩原駅に向かった。長女の姪から声がかかった。塩原温泉に1泊して、翌日は日光ドライブするという企画で急に決まったらしい。泊まるホテルは渓谷沿いにあり、6階最上階からの紅葉が眼下に眺められる絶好の場所に建っていた。
岩肌に這うカエデは既に赤く染まり、それは正に錦絵のような光景に浴した。全山燃えるような紅葉に覆い尽くされるのは、1週間後くらいだろうとホテルの従業員が教えてくれた。
私の心境は前夜ディナー&トークショーが無事終わって、晴々していて、露天風呂も殊の外愉しめた。夕食でも酒が進んでしまった。実家から来た兄甥達と久しぶりに飲む酒だからと思うが、いくぶん高揚して、夕食後のカラオケでも杯を重ねてしまった。
紅葉燃えるいろは坂
翌日は日光へ出て、いろは坂をを登って車は戦場ヶ原に。坂を上るにつれて両サイドの紅葉が鮮やかさを増した。残念ながら真っ赤に燃える紅葉は車中のため撮れなかった。
戦場ヶ原は、男体山から吹きつける風と雲が湧くと忽ち雨になる。激変する天候は、さすが海抜1,394㍍の高地に来たと実感。レストランで昼食のそばを食べ兄と私と妹でお酒を飲んだ。体が温まった。
宇都宮駅まで甥に車で送ってもらい4時過ぎの新幹線に乗った。兄と甥達は、福島の実家に帰って行った。私は大宮で新幹線を下車新宿へ向かう。姉姪妹は東京駅まで帰った。妹は更に大阪まで先へ行く。姉は今年87才になる。もう姉兄との旅行も限られて行くだろう。
日光戦場が原の寒々とした光景、背後に男体山が聳える。
いろは坂への途中、富士見台で。この日は富士山は生憎望めなかった。
きょうだい、甥姪たちと観光を楽しむ。
矢吹芳一先生の訃報に接して
日本キックボクシング(野口修社長)のコミッション・ドクターを長年務めた矢吹芳一先生が、今年3月1日死去されていた。享年85才。喪中葉書によって初めて私は知った。具志堅用高会長も同様だそうだ。葬式はどうやら密葬で行われたようである。具合が悪いことは知っていたが、ひっそりと此の世から姿を消すなんて、先生らしい。でも線香の1本ぐらいは供えたかったですよ。
先生が私の高校の先輩であると知ったのは私がまだフリーライターの時分だった。野口プロの西俣寿雄マッチメーカーが後楽園ホールで私を見つけて、舟木さんは福島の石川町でしょうと言った。で私は高校は石川ですがというと、リングサイドのあの席にいる矢吹先生も石川ですよと、矢吹先生を紹介してくれた。そして高校(学法石川)の先輩であることも知った。こんな身近な所に先輩が居たことに驚いたものである。
私の高校の先輩
これが先生との初めての出会いである。以来40年余り先生には公私共に御世話になってきた。信濃町駅前にある信濃町診療所には体の具合が悪いい時は先ず先生を訪ねた。具志堅用高さんも現役時代に紹介して親交を深めていました。彼も私と同様に喪中の挨拶で先生の死を知ったそうです。
私は先生の死を知って茫然として、和子夫人に早速電話いたしました。
夫人によるとここ数年は吐血や下血で度々救急車に御世話になって、人工透析で病院に通うなど闘病の明け暮れでした、と内情を語った。誰にも知らせなかったのは、多分痩せ衰えた姿を見せたくなかったからだろう。
死ぬまでダンディズムを貫いた男の姿がそこにはある。キックボクシング界に多大な貢献をされた人が、また一人亡くなりました。本当に辛い。
先生の亡骸は東京・四谷左門町の「本性寺」に眠る。福島の田舎の高校かっら、苦学して慈恵医科大学を卒業、母校の講師を経て開業医となった。酒は一滴も飲めず、プラモデルが唯一つの趣味で、文字通り実直な一生だった。先生、御冥福をお祈り致します。近く本性寺に参ります。
名捕手いるとこ優勝あり
今年の日本シリーズは巨人が4勝2敗でファイターズを下して、て3年振りの優勝、幕を閉じた。巨人の戦力からいって優勝して当然だろうと思っていたので、接戦を演じたファイターズの健闘は褒められて然るべきだ。そうでしょう、ソフトバンクの昨季日本一の原動力投手杉内俊哉とデニス・ホールトンを取ったのですからね。
ファイターズに、ダルビッシュが居たらと考えるのは私だけでないでしょう。思うに優勝するチームは好投手の存在は不可欠だが、それをリードするキャッチャーの役割も重大で、その点巨人の阿部慎之介は優勝の最大の功労者であるかも知れない。
古くは巨人V9時代の森、南海野村、ヤクルト古田、西武伊東、大洋&中日谷繁、この度の阿部と優勝時の捕手には名選手が必ず存在する。キャッチャーは扇の要である。試合中は9人のメンバーの中、唯一人全体を見渡せる位置にいる。
それだけにグラウンドという戦場に入ったら、捕手は誰よりも戦略家であらねばならない。戦局を沈着冷静に分析する頭脳が求められる。今シーズンの阿部は打率、打点の2冠を含めキャプテンとしてチ-ムを優勝に導いた。偉大なる先輩捕手に肩を並べる活躍である。正に名捕手いるところに優勝ありである。巨人の日本一で改めて阿部捕手の存在価値を見直した次第である。
感謝感謝、藤原敏男ディナー&トークショー万感!!/他
--------------------------------
・ディナー&トークショー万感
~トークショーが宴会に~
~ウェブの効用に実感~
~限りなく進化する情報機器~
・ワールドシリーズ予想外れ
・プロ野球ドラフト会議
~大谷翔平指名の栗山監督~
--------------------------------
感謝感謝、ディナー&トークショー万感!!
第1回ディナー&トークショーを29日無事終えることが出来ました。30名限定のところ6人オーバーしての満員盛況の結果に主催者としては、胸を撫で下ろしています。会場となった「アリゾナキッチン」の松本オーナー及びシェフには心より深謝申し上げます。定休日のところ御提供頂き有難うございました。私は万感の思いです。参加者、ゲストの藤原会長には感謝、感謝です。また皆さんお会いましょう!
定員を越えて、4人テーブルに5人が座るという窮屈な思いをさせてしまいましたが、トークショーというよりは限りなく宴会にちかく飲んだワインが10本、ノドグロ(白酒)2升、芋焼酎赤霧島2升、生ビール5~7杯…酒は藤原の差し入れでした、いやはや皆さんお強いのには吃驚。
もう最初から飲み会モードになりましたから、私の用意した台本もボツになりました。本来は第1部生い立ち、第2部プロデビュー、第3部ムエタイ挑戦が大枠でした。従ってDVDを見て試合を藤原会長と私が分析、解説するというコーナーが欠落してしまい、それを目的に参加された方には申し訳なく反省しております。
~トークショーが宴会に~
それでも藤原会長がテーブルまで足を運び熱心なキックファンの質問に丁寧に答えていたのですから、私は傍で見ていて素晴らしい光景だなと思いましたよ。これ以上望むのは贅沢というもんです。あるいわ会長が一升瓶を手に、各テーブルを回り参加者に酒を注いで回っていました。
完全な藤原ワールドに皆さん感激していました。インターネットや私のブログをみて参加した人は、マニアックな方が多く、私も幾つか質問を受けました。藤原選手のタイでの試合DVDを随時流しておりましたが、そこには彼等だけのサークルができ、テレビに釘付けになっていました。
参加者の中には、元全日本キックライト級で活躍した大貫忍さん、女子キックWKA元バンタム級王者熊谷直子さんも参加、珍しい所では元ジェりー藤尾夫人タレントの渡辺とも子さんの笑顔もありました。お店のご厚意で時間の延長に次ぐ延長となり、8時に終了する予定が結局10時過ぎになってしまいました。
それでも大部分の人は去りがたく路上では、浅草の夜空にバンザイを繰り返しておりました。藤原会長バンザイ!舟木さんバンザイ!という歓呼の声に私は正直ジーンときました。色々至らぬ点もありましたが、これに懲りずまた足を運んでください。第2弾は11月24日(土)を予定しています。facebookやブログでまた御案内いたします。お楽しみに。
~ネットの効用を実感~
時代が変わりましたね、インターネットで申し込まれた方もいました。私のブログの愛読者という人もおりました。紙媒体で育った私にとっては、夢のような出来事であります。世の中は進化しているんだなと実感しました。
告知を紙媒体でする場合は相当前から準備しなくてはなりませんでしたが、いまはインターネットを利用して配信すれば、たちどころに読者に伝わるのですから、こんな便利なものはありません。ウエブの勢いはまったく燎原の火のようなものです。
私はつい最近facebookを始めました。要領がやっと掴めたのですが、これも別次元のような気がします。次から次へとお友達ができます。簡単に世界中の見知らぬ人と瞬時に顔見知りになってしまうのですから、魔法みたいです。裏返せば危険がそれだけひそんでいるということで、外国からのものはなるべく承認しないようにしております。
~限りなく進化する情報機器~
しかもfacebookはパソコンからもマートフォンからも可能なのですから、やりだしたらきりがありません。つい先日は、ウインドウズが7に続きスマホ並に進化したタッチ式の仕組みを有した8を出し、画面を取り外して持ち運びができるPC兼iPadのような製品まで発売されました。
いやはや、そんなに急がなくてもいいのに。そんなに便利になってどうするの、企業の生き残りを賭けた戦いというものは本当に際限がありませんね。我々は享受するだけの人間ですが、とても息がつまりそうで追いついては行けそうもありません。
それにしても、日本の電気(電子)メーカーからは、この種のものは何も生まれてこないのが寂しいですね。それはともかく今後もディナー&トークショーの御案内はブログやFACEBOOK、あるいは個人のメールアドレスに連絡を入れさせて頂きます。
ワールドシリーズ予想外れ
私はデトロイト・タイガースが優勝と先週この項で予想したが、緒戦でバーランダー投手が打ち込まれ完敗。打線も自慢の3冠王カブレーラ、フィルダー沈黙して、4連敗を喰らってジャイアンツに敗れた。あの強いタイガースは何処へ行ってしまったのだろう。ヤンキースに4タテして、ジャイアンツ4タテを喰らう…勝負というものは分からないものである。
サンフランシスコが勝て2年年ぶり7度目の優勝。3年連続ナショナルリーグが世界一を独占する。どうしたアメリカン・リーグよ。これじゃ、人気のアメリカン、実力のナショナル・リーグと言われ手も仕方がない。当分このナ・リーグの強さは続くような気がする。
何故そうなのか今度分析してみよう。ジィアンツの勝ちざまは、正に鎧袖一触の感がある。投打に全く隙がない。レギュラーシリーズでもドジャースを10ゲーム引き離して地区優勝を飾った。ああ、それに引きかえ我ヤンキースの凋落、風に彷徨う枯葉の如し。寂しいね。
プロ野球ドラフト会議
25日にあったプロ野球ドラフト(新人選手選択)会議は、注目の藤浪晋太郎(大阪桐蔭高)は4球団競合の結果、抽選で阪神タイガースが交渉権を得た。1位指名の選手をハズスこと12回、阪神にやっと女神が降臨した。よかったねえ、虎キチさん。
指名された藤浪君がその瞬間にっこり微笑んだ。地元球団の、それも人気ある阪神タイガースに指名を受けたのだから御同慶の極みです。高校球児の幸せそうな笑顔を見るのは、いいもんだ。藤浪君はくじ運ももっているんだ。阪神さん、大事に、厳しく育ててよ。
藤波君にはかの偉大なる先輩”ザトペック投法”で歴史に残る村山実さんみたいな大投手になってほしい。197㌢の長身から投げ下ろす、速球は腕の振りが大きくきれがいい。宿敵巨人をその腕でキリキリ舞えさせてくれ。阪神が弱いと野球は盛り上がらないからね。
菅野智之(東海大)は1年浪人して、意中の叔父原監督のいる巨人に指名を受けた。これもハッピーな結果になった。花巻東の最速160㌔投手大谷翔平君は、メジャー入りを宣言していたのに、日本ハムファイターズ栗山監督が強硬指名して、こちらは複雑な心境だろう。
~大谷翔平指名の栗山監督~
巷間、強硬指名した栗山監督を非難する声が聞かれるが、それは違うと思う。そもそもドラフトというものは、各球団が欲する選手を自由に選択する権利がある場。栗山監督は少しも間違ってはいない。もし自由な権利を放棄すれば、ドラフト会議はそれこそ形骸化するだけである。非難覚悟で指名した同氏を、私はむしろ称賛する。
大谷君が受けるショックは計り知れないだろうと察する。それでも苦労を覚悟でルーキーリーグからメジャーに挑戦すと決めたのだから、彼の心は揺るぎはしまい、茨の道を敢然と行く姿を想像するに彼の背にエールをおくらざるを得ない。日米には紳士協定(ドラフトなどで指名された選手には接触しない)があるが、これとて曖昧なものである。
イチローやダルビッシュに憧れる若者がこれから益々増えて、大谷君のような問題は避けて通れなくなる。しっかりした野球協約作りが迫られていることは確かだ。それでも大リーグに行きたいという球児の願望は誰にも止められるものではない。夢に戸は立てられぬ。日本のプロ野球がメジャーに流出するのを恐れるなら、答は明解である。大リーグのような魅力あふれる組織にする以外方法はない。
ディナー&トークショー・フォトグラフ
(10/29 浅草「アリゾナキッチン」にて)
アリゾナキッチン松本オーナー
満員御礼!の賑わい
酒を注いで回る藤原会長
ファンの質問に答える藤原会長
ジム会長とキックボクサー達との記念写真
会長、これからもよろしくお願いしますよ!
第2弾は11月24日(土)を予定しています。
詳細が決定しましたら告知いたしますのでどうぞお楽しみに!!
DVD 『日本ボクシング不滅の激闘史』 いずれも絶賛発売中!!
大谷翔平のMLB挑戦に喝采/ヤンキースの黄昏/ディナー&トークショー
舟木昭太郎プレゼンツだからこそ開催できる、伝説の挌闘家のトークが間近で聞ける貴重なディナー&トークショーです。参加費は食事+ワンドリンクで5,500円、詳細はこちらのPDF
をご覧ください!!
--------------------------------
・大谷翔平のMLB挑戦に喝采
・ヤンキースの黄昏
~老齢化、来季の陣容は~
~世界一はタイガースと予想~
・ディナー&トークショー
--------------------------------
大谷翔平のMLB挑戦に喝采
花巻東の大谷翔平投手(18才)が大リーグ挑戦を明らかにした。その心意気やよし!大リーグには小さいころから憧れを持っていた、ということだ。周囲の反対を押し切っての夢挑戦である。それが素晴らしい。周りがどう言おうと、己の信念を貫く姿に私は共感する。自分の道は自分で決める、なんとも清々しい決断である。日本の若者捨てたもんじゃない。
人間の運命なんぞ神のみが知る。誰も知っちゃいないのだ。運命の扉を開くのもまた人間である。たとえ失敗したとしても、遣らないで後悔するより、遣って後悔する方が納得するはずだ。これ、私の人生哲学。
私は新しい事業を興す時に、いつもこの言葉を噛締める。一度きりの短い人生だから、後々悔いを残したくない、そう決断する。失敗を恐れては何も出来ない。大谷には大リーガーへの道が平坦なものではないことぐらい十分承知だ。それでも敢て狭き門を選んだ。それがオトコ。
身長193㌢の大谷は体格にも恵まれている。最速160㌔の速球は、最大のキラーコンテンツである。大リーグでは真っ向勝負で、三振を取れるピッチャーでなければ注目されない。
ドジャース、レンジャース両球団のスカウトは早くから殊の外熱心に日本を訪れていた。大リーグの厳しい調査を経て、見込まれた大谷。選ばれし者の恍惚と不安我にあり、だ、アメリカンドリームに向かって波涛を超えて飛翔する大谷に GOD BLESS YOU!
ヤンキースの黄昏
イチロー&黒田投手が在籍する名門ヤンキースが、アメリカンリーグ・チャンピオン決定戦でデトロイト・タイガースにスイープ(4連敗)され今年のシーズンを終えた。
常勝を宿命づけられたヤンキースが4タテを喰らったのだから、監督始めコーチの顔触れがいまのままでは済まないだろう。同球団は以前から選手の老齢化が危惧されていたから、チームを若代えさせるのにはいい機会だ。
チームの主砲エー・ロッドこと、アレックス・ロドリゲス37才、クローザーM・リベラ42才、キャプテンで遊撃手ジーターは38才、ポストシーズン大活躍したイバネスも38才、イチロー37才と主力は押しなべて35才を過ぎている。
リベラは試合前の練習でアキレス腱を切断してシーズンを棒に振った。ジーターもポストシーズンの大事なときに足首を骨折した。エー・ロッドは投球を手の甲に受けての長く欠場した。このままの顔触れで来シーズンも前途は暗いが、いくらなんでもイチローと黒田は放出しまい。
~老齢化、来季の陣容は~
ジーターは今年も3割を打ちチームの顏だし要だから不可欠であるが、Aロッドは最大のお荷物で、彼の処遇は大きな課題になるだろう。ポストシーズンではベンチに外された。Aロッドに限らずヤンキースは肝心な所で打てなかった。投手も頼りになるのはサバシアと黒田の二人では勝ち抜く事は出来ない。やり手、キャッシュマン・ゼネラルマネージャーの首が飛ぶかも知れない。
マネーボールで映画にもなったオークランド・アスレチックスのようにヤンキースの年棒の3分の1で、今季ア・リーグに旋風を巻き起こした球団である。年棒の高さが勝敗に比例する訳ではない事を図らずも証明した。いずれにせよ、我が愛するするヤンキース、来季どう変わるか興味が尽きない。
~世界一はタイガースと予想~
ワールドシリーズはヤンキースが出れないので、興味が半減したが優勝は投打にバランスがいいタイガースだろう。何と言っても45年ぶりの3冠王に輝いたカブレラ、投手で絶対的なエース、バーランダーがいるからである。
老将リーランド監督も沈着冷静、醸し出す雰囲気すこぶるよしだ。今日の時点でナ・リーグの覇者は、カージナルスになるかジャイアンツになるか不明だが、どちらが来ても私はタイガースを推す。
ディナー&トークショー
ディナー&トークショー(ゲスト藤原敏男氏、10月29日 浅草アリゾナ・キッチン)の参加希望が、お蔭様で30名に達しましたので募集を締め切りました。有難うございました。メールで応募してくださったた方もおりました。力を得ました。
藤原敏男氏も大いに乗り気です。何とか面白いトークショーになりそうです、17時30分より受付ですので、皆様宜しくお願い致します。
メールで応募頂いたファンの方には、キックボクシングのレアな映像をその場で見られるようにはからいます。誰か一人、パソコンをお持ち頂きたいと存じます。
DVD 『日本ボクシング不滅の激闘史』 いずれも絶賛発売中!!
パーティーで会った元世界王者達/西城正三さんの追憶/多忙な具志堅会長/他
舟木昭太郎プレゼンツだからこそ開催できる、伝説の挌闘家のトークが間近で聞ける貴重なディナー&トークショーです。参加費は食事+ワンドリンクで5,500円、詳細はこちらのPDF
をご覧ください!!
--------------------------------
・パーティーで会った元世界王者達
~多忙な具志堅会長のこと~
~NHK総合で11月「具志堅一族」を放映~
~西城正三さんの追憶~
~全てがナイスだった西城選手~
・金木犀の薫る季節が来た
~しばし芳香を愉しむ~
--------------------------------
パーティーで会った元世界王者達
金平正紀会長を偲ぶ会&WBC世界フライ級チャンピオン佐藤洋太を励ます会は(10月11日、東京ヒルトン)はさながら協栄ジムOB世界チャンプの同窓会であった。西城正三、具志堅用高、上原康恒、渡嘉敷勝男氏らに系列の沖ジムから竹原慎二氏の豪華な顔触れが集結した。竹原と仲良しの畑山隆則氏も駆けつけた。
賑やかなことが好きな故人だったから、さぞ泉下で喜んでいることだろう。現在まで13人の世界王者を輩出している名門のジムである。同ジムの世界王者第1号は”カミソリパンチ”といわれたフライ級海老原博幸。次がシンデレラボーイ(日本人が初めて海外でベルトを取ったから)と騒がれた西城正三。そして13度防衛の”カンムリワシ”具志堅用高と名王者へと続く系譜、はまさに日本ボクシング界の歴史そのものだ。
会場で私が最初に話しかけたのは上原康恒さん。現役引退後、ガッツ石松さんと3人でよく赤坂・新宿を飲み歩いた。そんな思い出話をしていたら、具志堅会長が脇を通りかかったので声をかけ記念写真を1枚撮らしてもらう。具志堅会長と上原さんは同じ沖縄で、具志堅会長が興南高在学中は上原家に下宿してたのが縁で、ボクシングを始めることになった。いわば具志堅ボクシングの原点である。四方山話に話が弾む。
多忙な具志堅会長のこと
具志堅会長と語り合うのもしばらく振り。彼はいまやタレントとしても売れっ子で、ボクシングジムとの二足の草鞋で多忙を極めているからである。私は彼がチャンピオンになる前から密着取材しているが、よもやタレントで人気者になることは想像していなかった。
それも一過性の人気かと思ったら、どうしてテレビの出演回数は依然多い。私には予想外の現象だが渡嘉敷君などは「先輩(具志堅)は面白いですよ」と手放しに、その天然ボケを褒める。楽しそうに遣っているから、彼には芸能界の水も余程合っているのだろう。人間何処に才能が眠っているか分からないものだ。
白井・具志堅ジムに女子世界王者が誕生(WBAスーパーフライ級C山口直子)して、本業のボクシングにも拍車がかかっているようだ。「山口はいい選手ですよ。楽しみな選手です、今度見に来てください」と言って、彼は、11月21日(後楽園ホール)の初防衛戦に熱を帯びていた。世界13度防衛のカンムリワシが折り紙付けるのだから間違いないだろう。皆さん、観戦をよろしくお願い致します。
NHK総合で11月「ファミリーヒストリー具志堅用高」を放映
NHK総合では、11月19日(月)の夜 22時~22時50分の間で、「具志堅用高」をテーマに特集を組むそうだ。沖縄での撮影は既に終わっているそうな。NHKは過去チャンプ時代にも同様の企画を放映している。今回はどんな切り口になっているのか私自身も大いに興味ある。「いいですよ、凄く。」本人が照れずに、マジに言う。こんなところが具志堅会長の天真爛漫な性格。そういった素朴さが茶の間で受けるのかも知れない。具志堅ファン必見ですぞ。
会場の隅の方に西城正三さんの姿を見かけたので、私はあなたのファンでしたよ、と彼に近づくと、へぇ~そうですか、といって身を反らした。そうなんです。
1963年9月、敵地ロサンゼルスでロハス(米)を判定で破りWBC世界フェザー級タイトルを手にした西城は、ジャックサンダースのマークが付いたゴルフウェアーをさらりと着え、羽田に降り立った。甘いルックスのニューチャンプは、紛れもなくシンデレラボーイの雰囲気が漂っていました。各種雑誌、スポーツ紙を飾った新王者の素顔は、本当にナイスでした。
西城正三さんの追憶
ファイトもラスト30秒に賭ける斬新な戦法でした。同王座は4度衛して、’71年8月、A・ゴメスにKOで敗れて、西城はリングから身を引きました。丁度その時期私は3カ月の研修期間を経て、正式にゴング編集部配属になりました。
引退して間もなくの頃でした。私は、野口プロH部長のお誘いを受け目黒にあったサウナに行きました。店に入ると、貴方は帰り支度をしておりました。直接取材したことがなく謂わばこの時が初対面でしたから、私はゴングの舟木というものです、宜しくお願い致しますと丁重に挨拶した覚えがある。
ああ、ゴングね、俺がチャンピオンになってロスから帰国したときに家まで来てくれたんだよね。写真撮ってくれて、それで表紙に載せてくれたの覚えているよ。よろしく、と笑顔で応じてくれたのがいまでも印象に残っている。
全てがナイスだった西城選手
そのあと我々はサウナに入り、出てくるや支配人らしき人が寄ってきて「垢すりのお金も2人分、全部西城さんから頂いていますので」という。思わぬ恩恵に浴して恐縮したが、支払った西城さんは、既に帰ったあと。爾来、私の心にはナイスな西城さんがずーっと、澱(おり)の様に溜まっていたのです。
そんな経緯があったものですから、貴方がキックボクシングに転向して、ムエタイの修業に出るときには、金平会長に依頼されてバンコクでの修業先を私が全面的にコーディネートしました。私にとってこれは、サウナの恩返しだったわけです。
その西城さんも63才、二人の孫がいるんだ、とこの時ばかりは目を細めて完全な好々爺でした。現在はオークラジム会長として、マイペースで第二の人生を歩んでいる。
現役時代は幾つものアパートを持ち、イタリアン料理の店も経営するなどリッチな生活を送っていましたが、それも本人曰く、競艇に全部つぎ込んでパーになりました、アハハ~。何とも潔い言葉に私はここでもナイスな西城さんを発見したのです。普通の人は、自分のマイナスになる事はなるべく言わないもですから。
西城さん、金は遣いばなくなるけど、シンデレラボーイ西城昭三の名声は不滅なんですよ。それでいいんじゃないですか。私は遠い昔の恰好いいあの日を振り返りそういった。この日会場で会った西城、具志堅、上原渡嘉敷の各氏は、私にとっては特別に愛着ある人生の宝物のような存在である。会費2万円、私にとっては心温まるパーティーになりました。金正日(キム・ジョンイル)のそっくりさんにも遭遇した。故・金平正紀会長に感謝、佐藤洋太に声援を送ります。
金木犀の薫る季節が来た
金木犀の香りの漂う季節が今年も遣って来た。毎朝行く公園にも2,3本植えてあり、噎せ返る匂いのなか贅沢極まりないラジオ体操ができる。’71年に初めてバンコクに行って、当地の一般の家庭に滞在した。
そこでも金木犀と同じ芳香を感じた。一風呂浴びようと電気も無い暗い小さな部屋に入るとそこには樽のようなものがあり、その中から強い匂いを放っていた。柄杓で水を掬い体に掛け流す。水は生暖かくても旅の汗を流すのには十分だった。乾季の頃、同じようにタイでも金木犀は咲くのだろうか。あれは紛れもなく金木犀の薫りだった。
一般にタイでは所謂日本の風呂のようなものはなく、先にのべたような方法で済まし、暑い時には何回もそれをする。日本人の様に熱い風呂に入る習慣も、石鹸をタオルに一杯付けてゴシゴシ洗う事もしない。
しばし芳香を愉しむ
日本人とは特別綺麗好きな人種なのかもしれない。銭湯や温泉場などへ行くとよく見かける光景だが、全身を泡だらけにして、タオルで力いっぱい擦っている人が多い。そこまでしなくてもと思うのだが、当人はそうしないと満足できないらしい。
兎も角、金木犀の芳香は凡そ2週間は続くので、お天気の善い日は我家では玄関を開けて置く、そうすると金木犀の匂いが家の中に流れ込んでくる。10月は適度な晴天が続くので、何処か遠くにウォーキングに出掛けたいのだが、この頃右足が痛くて(脳梗塞の後遺症なのかもしれない)それも叶わない。颯爽と歩けないのが辛い。どうやら金木犀だけが私を慰めてくれる気がする。
<金平正紀偲ぶ会&佐藤洋太を励ます会グラフィティー>
西城正三さんと(右)話が弾んだ。
オッと死んだはずのキム・ジョンイル(金日正)さんも来場。
お馴染みのトカちゃんと。
具志堅、上原さんと(右)
祭壇には故・金平正樹先代会長の遺影が飾られ献花した。
山中教授ノーベル賞の意義/ああ、上野駅は今昔/ディナー&トークショー御案内/他
舟木昭太郎プレゼンツだからこそ開催できる、伝説の挌闘家のトークが間近で聞ける貴重なディナー&トークショーです。参加費は食事+ワンドリンクで5,500円、詳細はこちらのPDF
をご覧ください!!
--------------------------------
・山中教授ノーベル賞の意義
・浅草から上野へ
~ああ、上野駅は今昔~
・ディナー&トークショー御案内
・外国人が唄うJ-POP
--------------------------------
山中教授ノーベル賞の意義
2012年のノーベル医学生理学賞が京都大学IPS細胞研究所の山中伸弥教授(50)と英国ケンブリッジ大ジョン・ガードン博士(79)に授与されると8日、発表された。授賞理由は新聞など詳しく御覧になって頂くととして、この賞が国家挙げての協力体制の成果であるということで大変意義があると思う。
IPSの実用化に向けて、日本は京都大学などへ年間100億円規模の研究費を投入している。日本も欧米に遅ればせながら基礎研究費に金を出すようになったことは喜ばしいことだ。これによって少しは頭脳流出に歯止めがかかるかも知れない。
「何故2番じゃいけないんですか?」今回の山中教授のノーベル授賞で、今更ながら蓮舫議員の顏を思い浮かべる。彼女はどう思っているのだろう、聞いてみたいものだ。
尖閣、竹島問題、依然として良くならない経済と、なにもかも閉塞感漂う日本に、ともかくも明るいニュースが飛び込んできた。山中教授、おめでとうございます。
浅草から上野へ
このところ頻繁に浅草に出る。10月29日(月)に決まったディナー&トークショー(ゲスト藤原敏男さん)が浅草「アリゾナキッチン」で開催されるので、なにかと用事ができる。
5日はトークショーのチラシが出来上がりお店にお届けした。まだ16時と日暮れまでは時間があったので、仲見世通りの裏の辺りを散策した。目を凝らして歩くと、こんなところにこんな店がある、というような小さい驚きを味わえる。民俗学宮本常一の父親は息子に向かっていったそうである。人の見残した物を見るようにせよ、その中にはいくつも大事な物があるはずだ、と。
そうした気分になって歩いていると、何となくいままで見過ごしていた草木の一本一本が、目に入り新鮮な気持ちになってくる。帰りがけ地下鉄の入口の上部に目をやると、そこには雷門に下がっていると同じような小型の赤提灯が壁に仕込んであった。いままで気付かなかった。紛れもなく見残したものだ。
~ああ、上野駅は今昔~
浅草から銀座線で上野に出る。地下鉄を出てJRの玄関口に向かう、すっかり変貌した構内をキョロキョロ。もう井沢八郎の「ああ、上野駅」の面影は何処にもない。♪就職列車で揺られて泣いた~上野はおいらの心の駅だ~
エスカレーターで2階に上がる。新装なったレストランフロアは、何処にでもあるような凡庸なデザインに興ざめ、途中で引き返した。せめて歴史を感じさせる彰義隊とか集団就職で上野駅に降り立った光景とか、はたまた西郷さんの銅像と桜に不忍の池とか、銅版画で壁を飾っていたら上野らしい趣になったろうにと、虚しさだけが残った。私は福島県人だから人一倍上野駅には思い入れが深いのである。
私の中学の同級生は集団就職で殆どが東京に来た。福島から汽車に揺られて降り立ったのが上野駅。当時、友達はどんなに不安だったろうか。青春のあの日の旅立ちを上野駅はいつも思い起こさせる。
就職先は荒川区や足立区、川崎などの町工場や個人商店が多かった。彼らは貧しさから抜け出そうと必死でがんばったはずだ。私も高校の卒業式
を待たず、水郡線で上野駅に降り立ち学生服のまま翌日から電気施設会社の資材課に勤めた。世の中はまさに狂ったように高度経済成長期に向かおうとしていた。貧しさと豊かさを同時に体験した我々の世代、上野駅はその歴史の証人として、乗降客を見つめているのだ。
駅を離れ広小路方面に歩くと、西郷さん銅像下の食い物店が入った古色蒼然たるビルが、ガラス張りの瀟洒なビルに生まれ変わっていた。京成電車の連絡通路、西郷隆盛銅像へと通じる階段沿いの建物である。
歩きながらガラス越しになかを覗いていると銀座ライオンの看板が目に止まる。まだ17時に少し前、地下に降りて店に入ると静かな佇まいが気に入り奥の方のテーブルに席を取る。
黒ビールの小にポテトフライをツマミに、私は本を広げてしばし寛いだ。こんな時間もあっていいと自分にいい聞かせて、もう一杯ハーフアンドハーフをおかわり。そろそろお店も混雑する頃だと、ほろ酔い気分で千代田線湯島駅まで歩いた。街には夜の帳(とばり)が下りネオンが眩しかった。浅草から上野までの、たった独りきりの回遊、それでも私には十分満足できた。
ディナー&トークショー御案内
ディナー&トークショーは20日締切ですが30人限定ですので、定員になり次第締切となりますので、御了承ください。念のため申し込み御希望の方は下記宛に、住所、氏名、電話番号、参加人数を明記の上FAXかE-MAILでお申込みください。参加費は食事+ワンドリンクで5,500円です。
■お申込み&お問い合わせ■
渋谷区西原2-2-4(株)アッパー
FAX: 03-3469-0685
E-MAIL: upper@lapis.plala.or.jp
TEL: 03-3469-0620
友人のSさんから電話があり、「当日は舟木さんもよく知っている熊谷直子を連れて行きますからね」と予約してきた。彼女と会うのはかれこれ12~3年振りになるのかな。現役時代の熊谷は比類なき強さで、私の印象は "おんな藤原敏男" そのものだった。私は彼女こそは、日本が生んだ最強の女子キックボクサーであると確信している。来てくれるなんて嬉しいよ!
外国人が唄うJ-POP
何気なくテレビのチャンネルを弄(いじ)っていたら外国人が登場して所謂J-POPを唄っていた。それが余りにも上手に唄うのでずるずると最後まで見てしまった。お蔭で平清盛を見過ごしてしまった。
「日本の歌、世界一決定戦」という番組で、外国人なのにどうしてこんなに上手いんだろう、つくづく感心しました。日本語も正確だし、何よりもどの歌手も日本人の心、ハートを唄っている。途中から家内も加わって吃驚の連続であった。
イタリアやトルコから参加していた女性はスレンダーで美人、歌唱力はとても外人とは思えないものだ。審査委員の方々もゲストのタレントも一様に驚いていたが最もだ。私も家内も、はしたなくも頬を濡らしてしまったのです。
男性陣もいずれも甲乙つけ難く感情の移入がすこぶる上手い。これってインタネット普及の産物?J-POPも捨てたもんじゃない。歌に国境はないと実感した。大晦日に紅白に対抗して、「外国人紅白」でもやったら私は断然こっちを見るね。いや~涙が出るほど愉快であった。☆四つです!
10月8日 代々木公園で行われた北海道物産展は大勢の人で賑わった。
舟木昭太郎PRESENTS★第1回SPECIALディナー&トークショー開催決定!!
舟木昭太郎プレゼンツだからこそ開催できる、伝説の挌闘家のトークが間近で聞ける貴重なディナー&トークショーです。詳細はこちらのPDF
をご覧ください!!
--------------------------------
・ディナー&トークショー開催
・台風で巨木倒れる
・何か変です
--------------------------------
ディナー&トークショー開催
お気に入りの格闘家や関係者をお招きして、トークショーを遣りたいという私の積年の夢がこの度実現の運びとなりました。10月29日(月)18時から台東区浅草の由緒ある「アリゾナキッチン」で開催します。
記念すべき第1回ゲストは、キックの鉄人・藤原敏男さんです。外国人として初めてムエタイ(タイ式ボクシング)の王座に就いた男です。タイ国で最も名の売れた日本人格闘家、キックボクサーであります。
バンコクの2大スタジアムといえば王室系ラジャダムナンと陸軍系ルンピニーで、毎日交代でムエタイの試合を開催しています。この両スタジアムのリングに登場して、1970年代ムエタイを代表する選手たちと死闘、名勝負の数々を展開、いまなおムエタイファンの語り草になっています。
師匠・黒崎健時会長が育てた最高傑作でありましょう。現在、藤原敏男スポーツジムを主宰して、選手の育成に当たっています。トークショーでは、打倒ムエタイに身を挺した日々、黒崎会長の鬼の教えなど、今だから話せるとって置きの秘話を明かします。
更に番外編では機動隊との大立回りの真相など今宵参加したファンだけが聞くことができる、まさに空前絶後のフジワラ・ワールドの全て、スペクタクルトークショーであります。
文豪永井荷風が愛した由緒あるレストラ「アリゾナキッチン」の松本オーナーの全面的な御協力を得て開催する運びとなりました。美味しい料理に舌鼓をうちながら、心ゆくまで浅草の夜をお楽しみください。御来場をお待ち申し上げます。
尚、トークショーの合間には、バンコクでのトップランカーとの死闘、激闘映像を余すところなく御鑑賞頂きます。勿論藤原さん御自身の解説付きですから、臨場感溢れるディナー&トークショーになると自負しております。
<ディナー&トークショーンの御案内>
//舟木昭太郎PRESENTSディナー&トークショー//
~文豪永井荷風も愛した浅草アリゾナで格闘家の本音の夕べ~
「藤原敏男、今宵伝説を語る。」
◎日時:10月29日(月) 18時~20時
◎場所:浅草「アリゾナキッチン」
◎会場住所&TEL:〒111-0032台東区浅草1-34-2 TEL03-3843-4932
※交通:東武、都営、メトロ浅草駅から173m
(松屋デパート正面、レイクとりそな銀行の間の路地を入った右側)
◎参加人数:30名限定
◎参加費:5,500円(食事+ワンドリンク付き)当日受付
◎お申込み方法|FAX03-3469-0685(アッパー)E-mail:.plala.or.jp
奮って御応募ください。尚、第2回のゲストにお招きするのは佐山聡さん(初代タイガーマスク)です。日時が決定次第当ブログでお知らせ致します。場所は同じ「アリゾナキッチン」です。
台風で巨木倒れる
10月1日の東京は台風一過の文字通り突き抜ける如き青空。爽やかな朝で、気分よくラジオ体操に出かけたら吃驚した。代々木大山公園の幹回り80㌢に迫ろうかというポプラの巨木が、昨夜の強風で根本からポッキリ折れていた。
その倒木はランニグコースを完全に塞いでしまいウォーキングも迂回せねばならなかった。件のポプラの木は、幾度もの強風にも耐えてきただろうに、風向きの為せるワザか、いとも簡単に倒れてしまった。自然のチカラとは恐ろしいものである。人間の想像を遥かに越えるパワーにただ肝を冷やした次第です。
何か変です
雄々しく曾び立つポプラは、夏は木陰を作り我々を癒してくれた。樹齢はまだ30年ほどか、まだまだ将来があったのに誠に哀れだ。「あす知れぬ人の命ぞ」であるが、森羅万象すべからく同じで永遠というものはないことを暗黙のうち私に教えてくれたのです。秋の日のビオロンの溜息、そして私は倒木に視線を落して「ありがとう」と一瞬歩みを止め黙礼しました。
10月に入ったのに、東京の気温31度、真夏日のような暑さでありました。何か変だ。あのトラブルメーカー田中真紀子議員が第三次野田改造内閣の文部科学デージンに入閣したのも大いに変だ。中国にリップサービスして、また政局を混乱させなければよいが。夫(直紀)がダメなら母ちゃんの出番か。野田総理の命運ここに極まれりである。
sf_upper@tmail
※御氏名、御住所、電話番号(携帯可)、参加人数を明記の上お申しし込みください。
◎締切:10月20日(土)
浅草寺の五重塔から東京スカイツリーを望む。
「アリゾナキッチン」はこのすぐ近くにある。
店内には文豪永井荷風の写真パネルが…
1969年ムエタイの呼称で侃々諤々、ムエンタイかモエタイか/日馬富士の賜杯勝雑感/他
--------------------------------
・日馬富士の賜杯勝雑感
~張り手が横行すれば~
~出よ、第二の貴闘力!~
・ムエタイの呼称で侃々諤々
~ムエンタイかモエタイか~
・企業に想定外はない
~いつでもルネッサンス~
--------------------------------
日馬富士の賜杯勝雑感
大相撲秋場所は日馬富士が全勝優勝で、来場所の横綱昇進を決めた。2場所連続の全勝優諸は見上げたものだ。先ずはおめでとうございます。それにしても国技日本を代表する力士の歯がゆいことよ。大和魂は何処へ。
日馬富士の強さは張り手に象徴される。彼は小兵だからこそ機先を制する過激な技を考えたのだろう。強烈張り手で、先ず主導権を取り、そして一気に有利な態勢に持っていく。この戦法がグランドチャンピオンへの道を切り開いたといえる。
所謂、喧嘩殺法だ。張り手を喰らった力士は一様に、戦う意識を低下させてしまう。一人位それに対抗する者がいてもよさそうだけれども、そんな反骨精神を持った力士は残念ながら見当たらない。2発やられたら、4発にして返せ。それが勝負というものだ。歯がゆいのはまさにこの事だ。
日本人はどうしてこうも大人しくなってしまったのだろう。格闘技の世界でもこうだから、世の中全体も推して知るべしだ。張り手は反則ではないのだから、堂々と土俵中央で応酬し合ったらよろしい。目には目である。双方鼻から大量の出血をみながら、張り手合戦なぞ断然迫力あると思うね。3D(スリーディ)なら格別の醍醐味だろうよ。
~張り手が横行すれば~
張り手が横行すれば当然相撲協会やNHKに、凄惨過ぎる、見るに耐えかねる、張り手を禁じ手にしろとじゃんじゃん抗議の電話が入るだろうな。朝青龍も荒っぽい相撲をとった。喧嘩ごしの取り口で、日本力士は皆ビビり、惧れをなした。それで彼は横綱になった。モンゴル力士の勝利に対する執念、そのハングリー精神は日馬富士に集約される。
これまでは星の貸し借り、談合相撲などである種テレビに相応しい優雅な相撲が見られた。真剣勝負とあらばそんなことは言っていられない。俗にいう品性の欠いた相撲になる。それも自然の理である。勝ちたい、優勝したいが募れば、反則でない限り何でもやる。総合格闘技に近くなる。日馬富士の過激な相撲、張り手に象徴される横綱の誕生は、今後の大相撲の在り方を考えるいい機会である。
~出よ、第二の貴闘力!~
あの貴闘力なら当然負けずに応戦するだろう。出よ、第二の貴闘力!でもモンゴル人同士の白鵬戦にも、日本力士に見せるような過激な張り手をかまして下さいね、横綱日馬富士さん、期待しています。
ところで相撲の決まり手を調べていたら聞き慣れない決まり手のあることに吃驚。例えば、取組中にまわしが外れた力士が負けになるのを「不浄負け」という。初めて知りました。矢柄(やがら)投げ、といったものもある。
上手をとってプロレス技のように左(右)に振り回してぶん投げるのだそうで、わが先輩加賀屋金二郎氏(元相撲誌編集者=日本スポーツ出版社役員)は、往年の名横綱栃錦が使ったのを1度見たことがあると話してくださった。相撲も文献を検索すると、なかなか面白いものである。
ムエタイの呼称で侃々諤々
1969年(S45)~1970年にかけてキックボクシングマスコミでは、タイ式ボクシングの名称,呼称を決めかねていた。楽屋裏の話だがこれが、重大な決め事のように記者が集まると侃々諤々。それは今日当たり前のように定着している「ムエタイ」についてであった。
そもそも発端となったのは、協同プロ小暮広報担当のこの一言からだった。「タイの方では、タイ式ボクシングのことを通常どう呼んでいるんですかね。タイの選手に聞いても発音がまちまちだし、要領を得ません。そろそろ統一した呼び名を付けた方がいいですね。」
当時はライターが各自の判断でムエンタイとしたり、ムエータイ、あるいはモエタイ、タイ式等々勝手に呼んでいた。所が’70年にはNTV系と2CH系(現テレ東)傘下ジムが一緒になって統一した全日本ボクシング・コミッション(石原慎太郎コミッショナー)が生まれた。関係者はこれに合わせて、タイ式ボクシングの呼称も統一したかったようだ。
試合前の記者席で、あるいはジムの公開練習の場で、それはいつ果てることなく議論を戦わせタイ人通訳のミンさん(故人・元タイ国軍人=日本永住)などは、この論争に笑顔を見せながらも癖癖(へきへき)していた。因みにこのミンさんこそ私がゴング誌のキックコーナーを設けたときに御世話になった恩人である。我が国初のムエタイランキングや情報を掲載できたのも同氏の尽力があったればこそです。
~ムエンタイかモエタイか~
で私はそのミンさんにタイ語で何度も喋ってもらった。ムエンタイかモエタイか、結局微妙な発音でこれだと確信は出来なかったが、何となく私はモエタイに感じ取れた。実際はモとムの中間の発音であった。英語で表記すればmuai(ボクシングの意)で語尾にthai(タイ国の略)付けるとタイ式ボクシングとなる。因みに国際式(様式)はmuaiの語尾にsaakonをつける。タイ人は普通国際式を「ムエ」と呼んでいることも加えておこう。
日刊スポーツ鈴木庄一さん(元運動部長)は頑なにムエンタイを主張して生涯変わらなかった。私は当時報知新聞に小さなコラムを持っていて、時々タイ式の情報を寄せていたが、その欄でもモエタイと呼称していた。
そうこうするうちいつの間にか「ムエタイ」という呼び名が定着して私も自然それに倣った。結局鈴木庄一さんのムエンタイと私の押すモエタイの中間を協同プロの小暮広報は選んだのかも知れない。但し日本キッックボシングの生みの親野口修さんは今も昔も「タイ式」と呼称している。
ムエタイという呼称を巡って、大の大人が口角泡を飛ばして譲らなかったあの日々が懐かしい。歴史というものは、呼び名一つを取っても納まる処に納まるんだなあ~とツクヅク思います。「ムエタイ」の呼称は私も気に入っているのです。
企業に想定外はない
パナソニック、ソニー、シャープなど日本を代表する電気メーカーは軒並み不振に陥っている。つい四、五年前まではテレビで断然世界をリードしていたのに、薄型液晶テレビになって韓国や台湾に完敗している。
携帯電話でも後れをとり、それじゃスマートフォンで勝負とばかりに意気込んだものの、これまた韓国のサムソンやLGに歯が立たない。かつての栄光今いずこである。只指をくわえて韓国勢の独走を見守るだけである。 iPhone5などは、全世界で初動でも1,000万台売れるという。桁が違うのだ。国内で、ちまちま商売する日本メーカーが哀れだ。
そもそも狭い国土に同じ類の電気メーカーが多すぎる。東芝、日立、パナソニック、シャープなど、例えば新型の洗濯機を機能が僅かしか違わないのに各社が過剰競争している。クーラーに於いても然り。なぜ少子高齢化の時代、日本の狭いマーケット相手に商売してるんだろう。素朴な疑問である。
そろそろ電気メーカーも三社位に統合して体質を強化することが第一。それによって上質で廉価な商品を大量に生産して、海外で勝負する。韓国、台湾、中国に勝つには、そうした国策としての大胆な取組が必要ではないか。
~いつでもルネッサンス~
進化に際限はない。iPhoneとてこれが永遠といえばそうでもない。何処かの会社が革命的な次世代機種を発明したなら、その瞬間にアップル帝国は崩れる。発明は一夜ににして企業の運命を変えてしまう。
ソニーがトランジスタラジオやウォークマン、更にはプレステーションで我世の春を謳歌してきたのも、いまや過ぎ去った夢だ。一つの発明・発見に酔いしれて、前進を忘れた時企業はまさに滅びる。
シャープなど今日存亡の危機にあるのは豹変する事態に応えられなかったからだ。企業に想定外はない、あらゆる激変にも応えて行かねばならない。企業とはいつもルネッサンス精神が求められている。
代々木八幡神宮の秋祭り、雨中の神輿がゆく(23日)
見物客も傘をさして…
奇跡の1本松」の剥製とは/ダル×岩隈の投げ合い/他
--------------------------------
・中国の反日デモ
・「奇跡の1本松」の剥製とは
~小ぶりな記念碑を~
・ダル×岩隈の投げ合い
・サッカー選手の海外進出
--------------------------------
中国の反日デモ
尖閣諸島の日本の国有化に反対して、中国各地で反日デモが続いている。一部では暴徒化して、日本企業の工場や、デパートが襲われている。異常な事態だ。略奪したり、火を点けたりもはや無政府状態である。。「グローバル・チャイナ」が虚しく聞こえるぜ。礼節を失った同胞に、かの孔子も泉下で泣いていることであろう。
この異常な事態を中国政府は、速やかに鎮圧すべきだ。邦人の安全を守るため日本政府も断固抗議すべきだ。こんな事態を中国政府が放任していれば、中国に進出した数多の企業も国外へ去るだろう。さすれば、忽ち中国経済はドロップアウトする、国益にそぐわない愚劣な騒ぎと気づいた時には既に遅いのである。
反日デモの集団は、共産党施設も標的にしているとは昨今のニュース。この国は国家に対する人民の不満が折り重なり、暴発する危険を常に孕んでいるのです。切迫したこうした状況を国家も進出企業も、よく肝に命じて置く必用があるのです。
日本政府は、かの国の暴徒らの脅しには、些か(いさか)なりとも譲歩してはならない。「尖閣諸島は我が国固有の領土」である。中国がいかなる挑発に出ても、断固拒否しなければならない。領土問題は政府も国民も不退転の決意有りや無やを試されているリトマス紙なのである。
「奇跡の1本松」の剥製とは
陸前高田市の「奇跡の1本松」が、保存されるという。保存法は「皮だけを残して剥製にする」のだと。なんでも幹をくり貫いて空洞にしたものに、何かを詰め1本の木にするらしい。或いはこれを売り物に観光客でも集める魂胆か、いずれにせよ愚かなことだ。
こな模造品、元在った場所に、これが奇跡の1本松のモニュメントでございます、と置かれて貴方は感動しますか。これこそ俗にいうハコモノ以外のなにものでもないのです。
7万本の1本、生き残った松は被災者に希望と勇気を与え、そして枯木れたになった。これから後人々に口承されていくだろう。生きとし生き250年の生涯を神々しく閉じたのだ。それで十分ではないのか。剥製などして残す必要などない。敢てていうなれば人間とはむごいことをするもんだ。かく私は思うのであるが…。
~小ぶりな記念碑を~
「奇跡の1本松」の 処理に要る費用は1,5億円、年間の維持費は約20万円。耐用年数はとなると、約10年(朝日新聞9月12日夕刊)と見積もる。こんなところに巨額を浪費するなら、難儀している被災者のために有効な使い道が有ろう。
私なら1本松が在った場所に小ぶりな「奇跡の1本松」記念碑を建立するね。その謂れを揮毫した碑(いしぶみ)を置く。その方がよっぽどあの巨大な大津波にも負けなかった、1本松の雄々しい姿を掻き立て、心に響く気がするのです。
私は、その記念碑を訪ねたらきっと心で跪拝するに違いない。巨大で豪奢なモニュメントであればあるほど、虚しい。忌々しくも、聖なるあの地に、グロテスクな剥製の松の木など似合わない。
ダル×岩隈の投げ合い
大リーグ、レンジャーズダルビッシュ有とマリナーズ岩隈久志投手の投げ合いは、まさに圧巻の投手戦だった(9/17アーリントン)。日本を代表する二人が、敵味方に分かれて鎬を削るとは、夢のような光景だ。
岩隈は2ホーマーを浴びて6回に降板、ダルは7回を投げ切って勝利投手、15勝目。どちらもよくやった、と仕事場に戻る。レンジャーズ上原浩冶も連日の好リリーフ、クロザーで勝利に貢献している。
ヤンキース黒田博樹投手も14勝10敗(9/16現地時間現在)の好成績で、同チームの熾烈な地区優勝争いに貢献している。電撃移籍したイチローも伝統のヤンキースの水に慣れ存在感を増している。ブルワーズ青木宣親外野手も打率298厘、いまや同球団にはなくてはならない選手である。
サッカー選手の海外進出
サッカーでは、海外の名門クラブで活躍する選手は枚挙にいとまがない。主だったところでは英国マンチェスターUに移籍して日が浅い香川真司をはじめとして、川島永嗣(ベルギー)、長谷部誠(独)、本田圭佑(露)、松井大輔(仏)、長友佑都(伊)等々。欧州の至る所に散らばる。頼もしや。だからして日本代表イレブンは強いのである。
高卒でいきなりアメリカに単身渡米、つい先頃全米プロツアーで1勝を挙げた宮里美香なども男性に負けず、大いなるチャレンジスピリットを発揮している。ヤマトンチュー(本土)のゴルファーには中々真似のできないことだ。いまの日本人に忘れ去られたハングリー精神という言葉を、私は宮里美香に見るのです。
プロレスライター菊池孝さんの死/有明に2日間通う『WARU~下剋上~』/ムエタイ/他
--------------------------------
・有明に2日間通う
~『WARU~下剋上~』~
~盛り上がる日・タイ戦~
・プロレスライター菊池孝さんの死
~或る夏の夜、焼き肉店で~
~馬場ちゃんと呼ぶ唯一人の記者~
・読書に難渋してます
~石田衣良の小説は面白い~
~ノンフィクションは佐野眞一~
・「最強のふたり」に満足
--------------------------------
有明に2日間通う ~『WARU~下剋上~』~
8,9の両日、ディファ有明に通った。8日は『WARU~下剋上~』という新たに生まれた格闘技。故真樹日佐夫さんの代表作「ワル」を地で行くような試合内容で、何とも評価を下しようがない。ズバリ成人指定格闘技。
暴走族や喧嘩を堂々と売り物にして、選手が登場します!のイントロは映画「仁義なき戦い」のテーマ曲、演出の狙いは完全なアンダーグラウンド・テイスト。
ファイトは例の総合格闘技で着用する5本指のオープンフィガーズグローブ、つまり相手を倒して殴ってもよい。頭突きも許される。まあ、なんでもありのルール、リング下にいるアナも、試合中激しく選手を煽る。「こら、もっとやらんかえ~」…ドスの効いたハッパで叱咤する。でも選手の怪我には最大限注意を払ってくださいな。御健闘お祈りします。
~盛り上がる日・タイ戦~
9日はM-1(ムエタイチャレンジ)で観戦するのは二度目。いつもながら完全な本場タイの雰囲気が充満して、狭い会場は超満員。日曜の午後だというに若いファンで熱気溢れる。
午前11時から試合が行われているそうで、第1部が子供やキャリアの浅い選手たちのアマのヤングファイト。5時過ぎからプロ部で今日は日・タイ5対5マッチがあり大いに盛り上がった。日本人同士の小川翔×稲葉竜太戦など好ファイトが見られた。
試合中はタイ音楽が流れるムエタイスタイル。日本人に受入らたとみえて場違いな感じもしない。それだけ日本人気質ももグローバルになったという証か。試合内容も技が多彩で、スタミナもありレベルは高い。テレビがないのに、選手は鍛えられている。キックは死なず…キックもんの私としては、嬉しい限り。
有明も湘南新宿ラインに乗れば新宿から25分位で到着。何とも便利になったもので、散歩気分で2日間通った。夏を惜しむかのような有明の雲も、心に沁みた。海風が何とも心地よかった。
プロレスライター菊池孝さんの死
プロレス評論家菊池孝さんが1日、誤嚥(ごえん)性肺炎のため死去された。享年79才。半世紀に亘ってプロレスを書き綴ってきた。葬式は密葬
で済ましたという。焼香に行きたかった。故人の意思なのかも知れない。
竹内宏介氏の葬儀で弔辞を読んだ、菊池さんの最後の姿がまだ鮮明に残る。「竹ちゃん、どうしてオレよりはやく行ってしまったの」と哀切極まりない一語一句が甦る。あれは長年の盟友を失った肚からの悲しみであったに違いない。あの日から僅か4カ月後の逝去である。
菊池さんとは強烈な思い出がある。私がゴング編集部に入ったばかりの頃だった。仕事を終えて帰ろうとしたところ、竹内宏介編集長が、これから新宿に菊池さんの原稿をもらいに行くけど、舟木さんも一緒に行かないと誘われた。多分先輩の加賀屋さんもいたと思う。
~或る夏の夜、焼き肉店で~
時計は既に午前0時を回っていた。多分に菊池さんとの親しい時間を持たせてやりたいという、配慮からだったのだろ。タクシーが止まったのが新宿三丁目の焼き肉店前。真夏で夜なお蒸し暑かった。
菊池さんは大ジョッキを手に焼き肉を盛んに食べていた。我々が煙が充満する店内に入るや、竹ちゃーんこっちと手で招いた。一緒に食べない?竹ちゃんはコーラだろう、お宅はビールだね。当時私は下戸だったが、ハイと言ってしまった。かくて深夜の宴は夜明けまで続いた。
凄まじい食欲に、これがリアルな菊池さんの姿かと圧倒された。後で竹さんに伺ったら、いつも原稿を仕上げると定番コースだという。喋り、飲み、食う、ジャーナリストらしからぬ豪放磊落な人柄をあの夜眼の当りにした。文章のほうはペンで綺麗に清書されており、その落差、繊細には驚いたものである。
~馬場ちゃんと呼ぶ唯一人の記者~
もう一つ驚いたことは、ジャイアント馬場さんを「馬場ちゃん」と呼ぶ唯一人の記者だったこと。或るとき試合後の控室を覗いたら、菊池さんが馬場に質問していた。ところで馬場ちゃん、と言った。私は吃驚した。御大馬場に「ちゃん」付けだ。よほど信頼が厚い仲だったのだろう。菊池さんとはそういう人だった。
今頃、天国の馬場さん、竹さん、菊池さんとプロレス談義に花を咲かせていることだろう。昭和の薫りがするプロレスライターがまた一人此の世から去った。昭和は遠くなりにけりだ。御冥福をお祈り致します。
読書に難渋してます
老いるということは辛いことである。長時間読書が出来なくなった。30分もしたら眼が痛くなる。特に左目は会社勤めをしていた頃の40代に、ヘルペスを瞼の上に発症したのが原因で、最近ひどく疲れ難渋している。
仕方がないので眼にアイスを当てたり、目薬を点眼してしばし休憩し、また再開する。情けないものだ。若い時にもっと読書をしておけばよかったと思うが、後の祭りとはこのことだ。愚息は小学時代から図書館通いをしていたというのに。
図書館は徒歩で6~7分の処にあり散歩代わりに出掛ける。行くとあれも読みたいこれも読みたいで、無数の星座のごとき本が書棚に並ぶ。恨めしい。精々1週間に単行本2冊しか読了できない。だから最近は1冊はシリアスなもの、1冊は娯楽的なものを選ぶ。
~石田衣良の小説は面白い~
後者の方では断然石田衣良の小説が面白い。寝る前ベットで読むには最適で、とてもテレビなんて見る気が起こらない。一連の池袋ウエストゲートパークものを初め、赤と黒、夜の桃、明日のマーチ、それに最近読了した、リバース。どれをとっても外れがない。
彼の作品は、一言で表現するとオシャレ、文体も滑らか、とても読み易い、語彙が豊富で音楽(クラッシックからジャズまで)を熟知している。フアッションにも造詣があり、そうした知識が物語に彩りを施している。物語の筋もシンプルで明解、どれも洒落た終わり方をするのが好きだ。
遊んでいるときなど、もう帰って本を読もうと我に還る。ノンフイクションなら断然佐野眞一さんである。「あんぽん」はまだ読んでいないけど、東電OL殺人事件、旅する巨人・宮本常一と澁澤敬三、阿片王・満州の夜と霧、甘粕正彦・乱心の曠野…佐野さんの作品は、筆者と取材を共にしているような気分になれる、そんな至福の臨場感をタップリ味わえる。
~ノンフィクションは佐野眞一~
ノンフイクション作家を目指す人は、佐野眞一さんをモデリングすといい。「私の体験的ノンフィクション術」(集英社新書)は最高のその虎の巻だろう。最後に付け加えておきます。
女優高峰秀子は大変な読書家であり、作家だったが、ホテルのコーヒーラウンジなどで屯する御婦人方を見て作家斉藤明美さん(養女)にいったという。「早く帰って読書でもしなさいよ」…高峰さん、カッコいいね。
高倉健さんの恰好よさ
NHK総合「大人の流儀」でタップリ1時間半、プライベートな高倉健さんを拝見、改めてその恰好よさを確認致しました。でもまあ、NHKはよくも人前に出る事を嫌う大スタアの健さんに、あれ程の密着取材ができたよね、と関心致しました。人間高倉健をストレートに伝える極上の番組でした。健さんの心の豊穣さを感じました。
行きつけの理髪店には、健さん専用の個室がある事も初めて知りました。いま81才、身長180㌢体重67㌔。体重は何十年も変わらずという。これは日常の節制の賜物であろう。健全な身体に、健全な精神が宿るという。かくあればこその名演技と納得。私など身長168㌢しかないのに、体重は72㌔をウロウロ、酒は飲むし食べるわ、趣味はカラオケ、これって論外?
食事シーンまで公開していたので、どんなものを召上っているのだろうと興味津々で見守った。それは至ってシンプルな食事で、酒も煙草も遣らず、大のコーヒー党。オーソン・ウェルズ(米俳優)が何故か頭を過る。静の中に動あり、動の中に静あり、どちらも存在そのものが役者である。
長崎平戸の撮影現場では、撮影の合間に住民と気さくに歓談したり、写真に収まったりと、意外な一面を覗いた。てっきり普段は彫刻のような人かと想像していたから、健さんに一段と親近感が湧きました。
で高倉健というひとは、ストレスの解消をどう克服しているのだろうと常々不思議に思っていたのですが、散歩や散髪屋にある専用の個室へ毎日出掛け、そこで音楽を聴いたり、読書したり気ままに過ごすのだという。
環境の違った、己の好きな場所で寛ぐことで、リフレッシュするという訳ですよ。散髪屋に個室ですよ、流石大スターです、これで得心。「静かに行く者は 健やかに行く 健やかに行く者は 遠くまで行く」この格言こそ健さんにぴったりです。どうぞ御自愛なさって、これからも御活躍ください。愚妻と早速公開中の「あなたへ」を見に行きます。
「最強のふたり」に満足
脊髄損傷で下半身不随の大富豪フィリプッス(F・クリュゼ)と貧しい黒人介護人ドリス(O・シー)の交流を描いたコミカルな作品(2011年フランス映画)は、私のお勧めです。
特に気に入ったのがが介護人役のオニール・シーです。ときにこんな適役の俳優いるんですね、彼のために作られたような映画です。とにかく笑って涙して、十分堪能しました。ビバ、シネマ!
映画って本当にいいですね。
それじゃ、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。またお会いしましょうね。
M-1試合、小川翔×稲葉竜太は小川の判定勝ち好試合でした。



























