舟木昭太郎の日々つれづれ -73ページ目

把瑠都の優勝の意味するもの/ダルのレンジャーズ入り/他

・把瑠都の優勝の意味するもの
 

・東京に久し振りの雪に気分高揚
 

・ひれ酒に酔う
 

・ダルのレンジャーズ入り

 
 ~選ばれしダルに恵みあれ~
 

・少年時代の秘密を吐露
 

・傘寿祝いタイ料理店へ
 

 

舟木昭太郎の日々つれづれ

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把瑠都の優勝の意味するもの
  
 初場所で優勝した大相撲大関把瑠都(ばると)は、なかなかチャーミングな力士で、相撲に新風を吹き込む存在である。今場所は突き押に徹して無類の強さを発揮した。
 
 相撲に覚醒した感じがする。会得したともとれる。選手というものは或る日突然目覚め、一気に殻を破る時がある。まさに把瑠都がそれだ。長身198㌢、体重186㌔で体も柔らかい。腕力があり、優勝で慢心しなければ横綱は確実だ。いずれ白鵬&把瑠都時代が来よう。
 
 エストニア出身で、千秋楽ではスタンドに母親と夫人がいた。白鵬に敗れ全勝はならなかったが、引き揚げてくるとき手を上げて応えていた。いい笑顔だった。インタビューでも「母が居なかったら、いまここに僕は居なかった。ありがとう」と感謝を表した。思わずジーンときた。
 
 こういう言葉は日本人力士には恥じらいがあって出てこない。素晴らしい。と、私が褒めるそばから、相撲審議委員なる輩はやれ「品がない」と新聞紙上で、くさしている。
  
 どうやら花道を引き揚げてくるときに母親に手を上げて応えたことらしい。もしかしてあの笑顔も気に食わないのか。バカな、せっかく明るいキャラの力士が育ってきたのに。把瑠都から笑顔を奪ってはならない。
 
 元相撲記者の我が先輩加賀屋氏によれば「せっかく優勝したのだからエストニア国歌を流して、栄誉を称えるべきです」私もこの意見には大賛成!外国人力士が増えて、大相撲ももはや日本だけのものではない。
 
 
東京に久し振りの雪に気分高揚
 
 20日明け方より雪になった。傘を差していつものように散歩に出掛けた。豪雪で悩む地域の人には申し訳ないが、福島の山深い村に生まれ育った私は、雪を見ると童心に還る。
 
 大山公園は静まり返り、街灯の光が照明となり降りしきる雪を宝石のように映えらせた。時折吹く北風に、ブランコが独りでに揺れ思わず黒沢明監督「生きる」のワンシーンを思い浮かべた。
 
 牡丹雪降りしきる中、主人公役志村喬さんが癌で余命いくばくもない体で、完成した公園でブランコを漕ぐ姿…♪命短し 恋いせや乙女と切々と唄う。
 
 詩情溢れるあの名場面忘れることができない。公園を3周して帰宅したが、雪は勢いをまして結局夕方まで続いた。杉木立を揺らす吹雪、川面に舞う粉雪、鈍色の天空。色彩のない東北の冬に思いを馳せる。冬は何故か田舎が恋しくなる。
 
 
ひれ酒に酔う
 
 この日は気分が甚く高揚して、日本酒を飲み過ぎた。丁度故郷から日本酒2本が届いた。1本は会津の「花泉」もう1本は、地元の地酒「東豊国」。先ずは花泉を開けて、ひれ酒にした。
 
 ひれは「田吾作」の親方から頂戴したもので、大きく肉厚なのでよく焦がすと、じゅんわりと味が出てきた。美味くてとうとう3杯も飲んだ。
  
 家内も同じように酒杯を重ねた。冬の夜は日本酒が心暖める。夫婦でノスタルジィックな夜になった。花看半開、酒飲微酔、此中大有佳趣(花は半開きを看[み]、酒は微酔に飲む、この中に大いに佳趣あり)と菜根譚にあるが、凡人はなかなか微酔では止められない。
 
 
ダルのレンジャーズ入り
 
 ダルビッシュ有(25)のレンジャーズ入団が決まった。6年契約で約46億。入札契約金の39億を合せると85億円を超える。レンジャーズの期待の程が分かる。それほど破格の大型契約。サイ・ヤング(年間の最優秀投手賞)を取れば5年でFA(フリーエージェント)できる付帯条件も付いている。
 
 同球団は2年連続でワールド制覇を逃した。ダルを擁して今度こそ世界一への決意の表れだろう。196㌢、98㌔の体躯は、巨体揃えのメジャーにあっても互角以上だ。
 
 幾ら投球術が優れていても体力がなければ、それを活かすことができない。ダルは日ハム在籍中、これといったケガもなくその点でも、高く評価された。
 
 危惧することはなか3日の登板、地元テキサスは暑く野外の球場であること、試合数が多く移動が過酷であるということ。本拠地の球場はセンターが狭くホームランが出やすい事等々。
 

  
~選ばれしダルに恵みあれ~
 
 未知との遭遇は次々に待ち受けているが、ダルならやってくれそうだ。150㌔の速球に、相手に的を絞らせない多彩で鋭い変化球は、メジャーでも通用するはず。
 
 十分通用すると、分析したからこそ多額の契約金を球団は払って獲得した。ダルよ、君は選ばれし恍惚を背負って自信をもって、真っ向勝負すればいい。
 
 開幕が待たれる。全米を熱狂の渦に巻き込む快刀乱麻の活躍を早く見たいものだ。日本プロ野球の”至宝”がテキサスのユニフォームで第1球を投ずる歴史的瞬間、私は祈るだろう。神の恵みあれ!と。
 

   
少年時代の秘密を吐露
 
 故郷の「東京鮫川会」という会報の平成23年12月23日号に私の少年時代の”秘密”を綴った拙文が掲載され、面はゆいような気持ちである。いままで胸に秘めてきた事を初めて吐露した。
 
 6歳の頃、父のヤマメ釣りに連れられた折の思い出で、川辺の流砂が余りにも綺麗で、そこにウンチができずに漏らしてしまった話。その時の父と子の淡いやり取りを書いたものです。
 
 興味のある方は下記にメールして、私の部分だけを抜粋してもらいメールで送ってもらう方法もあるかも知れない。
<福島県鮫川村役場企画調整課>
E-mail;kikaku@vill.samegawa.fukushima.jp
 
  
傘寿祝いタイ料理店へ
 
 21日(土)は義姉の傘寿(80才)のお祝いの食事会を幡ヶ谷のタイ料理「セラドン」で7時から開いた。セラドンは、私のタイ語の恩師・吉川敬子先生が、推奨するお店である。
 
 素材、味には定評があり店内も瀟洒な造りになっている。当初タイ料理は80才の姉にはどうか心配したが、平成16年頃一緒にホアヒンに行って食べた経験があり、本人は「大丈夫、タイ料理は好き」というので安心した予約した。
 
 ヤムウーセン(春雨サラダ)、ピリ辛空芯菜、えび団子揚げ等を先ずオーダーして、妻はビール、私は赤ワイン、姉はウーロン茶、倅は二日酔いでハーブ茶を飲んだ。
 
 その後はココナツミルクのスープ、タイ風オコワ(私の大好きなもので、ナンプラー&唐辛子を少し点けて食べる)、湯そばなどを食べ十分満足した。姉も喜んでくれた。寒い夜の細やかな宴。
「タイ料理セラドン」 mail@cela-don.com
 
セラドンの入り口
舟木昭太郎の日々つれづれ
 
拙宅2階より見た20日雪の朝の風景

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葛飾北斎「樽屋」の絵、樽廻船/ジェーン・バーキンさんの事/他

・葛飾北斎「樽屋」の絵、樽廻船
 
・下り酒のいわれ
 
・ジェーン・バーキンさんの事
 
 ~有名だからこそやらねばならぬ~

   
・風邪予防に体造り


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葛飾北斎「樽屋」の絵、樽廻船
  

 浮世絵師・葛飾北斎(1750~1849)は「富獄三十六景四十六図」を描いた人として、よく知られているが、司馬遼太郎さんの著を読んでハタと思い当たる事があった。
 
 「尾州不二見原」、別名「樽屋」は樽職人が大きな樽を作っていてその真ん中に職人がいる。遥か遠くには富士の姿が樽を通して見える風景は、見事なまでの遠近法で目に迫ってくる。
 
 この樽は酒樽となり大阪方面から樽廻船となって最大の消費地江戸に運ばれた。と、まあ、ここまでは驚く事はないのだが、その他に意外な用途があった。
 
 司馬先生によれば、コンテナなの役割を果たしたようだという。空樽に、色んな食品やものを詰め込んで運んだと。これによって積荷も簡素化し、輸送が飛躍的に発展したと。詰まりは今日のコンテナ船。商人たちの創意工夫は、今も昔も変わらなく逞しい。
 
 
下り酒のいわれ
 
 樽酒は私も好きで、浅草の藪そば「並木」は菊正宗の樽酒に、焼き味噌が付いてくる。これが絶妙な味で、酒が一段と旨くなる。そばは生醤油のようにしょっぱいつゆに、少しだけ触れて口に運ぶ。思わずうまい!となる。
 
 最近はとんと行かないが、私が最も愛する味である。何代目だったか、団十郎さんが死ぬ前にもう一度並木のそばを食べたいので、出前を頼んだら断られた、なんてエピソードもある。
 
 江戸時代の伊丹や灘など上方から江戸に運ばれる酒を「くだり酒」といって別格なものだったらしい。山本一力さんの作品には酒宴の場面ではよく出てくる。「これはうめぇや」「あたぼうよ、くだり酒だもん」。
 
 江戸の人はそのくだり酒を1年に一人7斗も飲み、さらに地の酒も1斗半位飲んだというから、恐れ入る。
 
 「朝によし、昼なほよし、晩はまたよし、飯前飯後、その間もよし」…小原庄助(のんべえの品格より) 
 
 
ジェーン・バーキンさんの事
 
 女性の方はよく御存じだと思うがジェーン・バーキン(Jane Birkin)さん、先般NHKBSで谷村新司さんと対談していた。東日本大震災に真っ先に行動をおこして、’11年4月6日には来日して復興支援のチャリティーコンサートを各地で開き今も世界各国を回っている。
 
 イギリス生まれながらフランスを母国にして活躍する女優で歌手。いまやフランスの顔といわれる。かくも有名な方が放射能も厭わず被災地を駆け回る姿には、ただただ感動を覚えるのです。
 
~有名だからこそやらねばならぬ~ 

 「有名だからこそ、それを生かして役立てなくてはならない」極自然の奉仕だと、なんだか私には神さまのように感じられた。ラフな服装に、高価な装飾品も一切身に着けず格好いいとはこのような人を指すのだろう。65歳、知性に満ちたナイスレディ、知性は美である。
 
 因みに超高級バックの「エルメス バーキン」は彼女の名前を付けたものだ。1個200万~300万円もするセレブ御用達で銀座のクラブホステスの垂涎のバックらしい。我が愚妻には縁のない話であるが…。 
 
 バーキンのバックを手にする人は、彼女のように心も豊かであって欲しいものである。
  
  
風邪予防に体造り
 
 早朝のラジオ体操も年明けからは、北風が一段と冷たくなっている。
そこで負けてはならないと、乾布摩擦を始めた。最初はタオルで上半身裸になって、ごしごし試みていたが最近は冷水に浸したタオルを使う。
 
 これだと衣類を着用した折に一段とぽかぽかとしてくる。来週からは外の寒気に触れながらパンツ一ちょうでやってみようと考えている。
風邪は引いたあとの心配より、如何に引かない体を作るかが重要だと私は思っている。

 


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真樹日佐夫さんの死を悼む/石井慧には興ざめ/他

・真樹日佐夫さんの死を悼む
 ~真樹さんとの最初の接点~
 ~外見とは違う繊細な人~
 

・大晦日の格闘技戦に感じたもの

 
・石井慧には興ざめ
 

・鎌倉で七福神巡り

 

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真樹日佐夫さんの死を悼む
 
 前回もお伝えしましたが、新年早々の真樹日佐夫さん(梶原一騎実弟)の突然のご逝去は衝撃と同時に人生の儚さを痛感しました。真樹さんに最後にお会いしたのは昨年11月、添野義二さんのご子息達一君のジム開きでした。
 
 赤坂のTBS近くにオープンする「NEXT」という多目的ジムのお披露目パーテー前夜、私が見学に行くとほどなく真樹さんも一人で現れました。例によって、長いマフラーを靡かせながら。
 
 私の姿を見つけると、おー、元気?といつものように声をかけてくれた。これがよもや今生の別れになろうとは、神のみぞ知るです。文筆家であり格闘家(真樹道場主宰)でもあった同氏の死去は、誠に惜しまれる。格闘技界にとっても損失は計り知れない。
 
  
~真樹さんとの最初の接点~
 
 私と真樹さんとのコンタクト(接点)は思いもよらない出来事から始まった。ゴングでは、私が入社(日本スポーツ出版社)してほどなくプロレス専門の別冊ゴングを発刊した。
 
 多分、昭和50年の春の頃だったと思うが、大木金太郎の「極真空手・大山倍達に挑戦」というインタビュー記事をこの別冊に掲載した。これに対して極真側は猛反発。発売と同時に会社には門弟達からの抗議の電話が相次いだ。
 
 当時の極真空手といえば梶原一騎の劇画「空手バカ一代」で飛ぶ鳥を落とす勢いで、大山館長は文字通り神聖で、侵すべからざる生きる伝説の人だった。謂わばこのドンに、刃向う記事を載せたというので矛先をゴングに向けてきた。
 
 中でも執拗に電話してきたのが当時本部で黒帯だった真樹日佐夫さん。ドスの効いた脅しに、事務の女の子は「マキ」という名前に怯えた。編集部でも電話を受けたがらなかった。結局私が電話を受けた。
 
 「ゴングの編集部か、極真を舐めているんじゃないぞ。これからそっちへ殴り込みに行くからな」これが真樹さんとの最初の接点。で私は少し上ずった声で「どうぞ」と返事した。
 
 この一語が真樹氏の怒りに拍車をかけてしまった。「何!お前なていう名前だ?何、フナキ、よしわかった。いまいくから待っていろ」電話をガチャンと切った。ざっとまあ、こんな経緯であった。
 
 幸い殴り込みには来なかった。以来私の中で彼は、許されざる格闘人だったが、或る日、赤坂の小料理店で、二人切りで飲む機会あった。そこで先の大木事件を真樹さんは持ち出した。
 
  
~外見とは違う繊細な人~
 
 「あのときは、ゴングにも意気のある男がいるんだなと正直感心したよ。以来あんたの名前は妙に忘れないでいたが、こうしてサシで飲むとはな、アッハッハ。まあ、宜しく頼むよ」
 
実際腹を割って話をしてみると、外見では想像できない繊細で、ピュアな精神の持ち主だった。小説現代新人賞を受賞しただけに文章も秀逸で、その原稿も几帳面で一字たりとも、マスをはみ出すことがなく鉛筆で綺麗に清書されていた。
 
 この一夜で、永年鬱積していた真樹さんへの嫌な気持ちは氷解、よく取材の後で飲み歩く仲となった。滅法お酒が強い人で、六本木では朝まで付き合わされ、ある時は最後はSMクラブに行きついたのには閉口した。
 
 巨体に長いマフラーをなびかせ、威風堂々と格闘技会場に現われる真樹さんの姿が、もう見られないのは寂しい限りだ。天国で大山総裁や実兄梶原一騎さんと今頃、語り合っていることだろう。お世話になりました。合掌。
 
 
大晦日の格闘技戦に感じたもの
 
 大晦日の格闘技は盛り沢山だった。先ずボクシング、井岡一翔×ヨードグン(WBC世界ミニマム級タイトル戦)は、見事なまでの井岡のスキル(技術)に陶酔した。
 
 わずか98秒のKO、凝縮された、まさにボクシングのエッセンス。無駄打ちがない、ゆったりした構えは、攻防いかなる対応もできる理想的なものだ。
 
 そのままの姿勢から、相手の懐に、さながらステルス機の如く入っていくから防御しようがない。しかも繰り出すパンチは鋭角度でコンパクト。右アッパーから左ボディーで態勢を崩し、止めは左フック。
 
 アマチュアで基本をしっかり身に付けたものが、プロで証明されている。亀田兄弟は、井岡のボクシングを参考にするとよい。
 
 内山高志×ホルヘ(WBAスーパーフェザー王座統一戦)は内山が11回TKOで4度目の防衛。この試合はボクシングパークで、内山のトレーニングを追いかけてきたので特に注目した。
 
 やはり右拳の手術後の経過が心配で、11カ月振りの試合で再発しないのかハラハラ見ていた。稽古では左を多用して、「今度は左で倒します」といっていたが、狙いどおり左フック一発でホルヘを仕留めた。
 
 ”KOダイナマイト”伝説は続きそうだ。研究心が旺盛で、ボクシングに打ち込む姿勢がいい。より高みを目指して、パッキャオのように米国で勝負してほしい。
 
 
石井慧には興ざめ
 
 総合の石井慧には興ざめだ。ヒョードルにパンチで狙撃され、無惨にあっさり砕け散った。あの北京のゴールドメダルから今年はロンドン。丸3年の歳月は一体、石井にとって何だったのか。
 
 同じ総合格闘技に転じた吉田秀彦と敢て比べるなら心構えも戦闘魂も月とすっぽんほどの違いがある。シウバ戦で見せたあの相打ちの覚悟、虎穴に入らずばの鬼気迫る吉田の覇気。
 
 こうしたものは石井には見られない。ヒョードルの前で、意味のないパンチを徒に繰り出すだけ。向かっていく気力がないのだから、ヒョードルは小鳥の首を捻るようなものだったろう。
 
 いまからでも遅くはない。石井よ、柔道界に頭を下げて戻れ。決して格闘技が落第というわけではない。殴ったり、蹴ったりすることに不向きだということである。
 
 柔道は君の天職であり、その資質も無尽蔵にあるように思える。金メダルを取ったから、柔道を会得したとはならない。まだ若い、総合に寄り道したことが、君の糧になるかも知れない。またそうして欲しい。
 
 
鎌倉で七福神巡り
 
 正月3が日は鎌倉のリゾートホテルに2泊し、七福神巡りで十分愉しんだ。2日朝10時からは、ホテル前海岸で、漁師が大漁と安全祈願のお祝いの行事が行われこれを見学した。その足で、七福神巡りに出掛けた。
 
 大漁旗を船上に靡かせた光景は、正月に相応しく華やいで、漁師たちがミカンや小銭を船上から蒔き、近所の住民が歓声を上げて群がった。
我々家族も童心に帰って参加した。
 
 収穫はミカン7個に50円が3枚、10円が2枚だった。3日の帰途は江の島に寄って、江島神社に御参り目出度く鎌倉七福神+江島神社の御朱印を印した。それにしても江の島の町の変わりようには驚いた。中学の修学旅行できた55年前はのどかな砂浜だったのに…。
 
 私の今年の座標は「静かに行く者は健やかに行く 健やかに行く者は遠くまで行く」です。作家・城山三郎が座右の銘として愛した言葉で、イタリアの経済学者パレートが言ったそうです。  
 
 今年は愚息も加わり、お天気にも恵まれ幸せな正月休暇だった。

 
 読者諸兄にとって、健やかな1年でありますようにお祈り致します。
 
 
正月グラフィティー: 

江島神社(3日)、鎌倉海岸の夕日(2日)
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布袋尊と腹比べ(浄智寺)、
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漁師の大漁祈願のミカン蒔き

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鶴岡八幡宮の初詣客、江の島と富士

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恵比寿様姿の女性たち(本覚寺)、拙宅の松飾

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【訃報】 真樹日佐夫氏死去

【訃報】 真樹日佐夫氏死去

 

 
 新春の最初のブログで訃報を伝えなくてはならないのは誠に残念でなりません。真樹日佐夫さんが1月2日17時34分急性肺炎のため亡くなりました。

 

 享年71才。突然の訃報に言葉もありません。

 葬儀はご遺族の希望で親族だけの密葬で行われたという。尚、後日改めて故人と親しかった有志によりお別れの会を催すということなので、当然私も出席します。

 

 梶原一騎先生の実弟、親しくお付き合い頂き真樹先生との思い出話も語りつくせぬものがあります。いずれこのコーナーで紐解きたいと思います。

 

 私も正月3が日を鎌倉で過ごして、3日夕刻帰宅したらFAXが届いており、思わず「なんで!!」と声を発してしまいました。早速添野義二氏(国際空手道連盟添野道場館長)に、電話しました。

 

 彼も驚き悲しみにくれ、「先ほどご遺体に会ってきました。まるでまだ生きてるような表情でした。信じられません」と嗚咽していました。

 

 ご冥福をただただお祈りするばかりです。今日はこの辺で。

 

 

今年一年のご愛読に感謝致します!

・今年一年のご愛読に感謝致します

 
・雨と新聞配達

 
・山本一力の小説に夢中

・八ッ場ダム建設再開は裏切り
 

・ダルのテキサス入りは良し
 

・「新」という字の意味

 

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今年一年のご愛読に感謝致します

 今年も残り僅か、オーラス・ランを迎えました。私の拙いブログに1年間お付き合い下さいまして誠に有難うございました。兎にも角にも、無事当ブログが休むことなく完走できました。一仕事を成し遂げたような気分です。
 
 早朝のウォーキング&ラジオ体操も、毎日続けることができました。冬場の早朝は辛いものもありますが、1日のリズムがこれによって取れますので、もう止められません。
 
 今年は少々の雨降りでも散歩に出かけましたが、これがまた素晴らしい事に気づきました。傘を衝く雨音が何かしら音楽のように聞こえるようになって、最近では雨の朝を待つようになりました。
 
 
雨と新聞配達
 
 雨といえば大学時代4年(と浪人時代の1年)間、朝夕新聞配達をしましたが、冬場の雨、特に霙の日は堪えました。自転車で配って回るわけですが、手がかじかんで泣きたい思いをしたものです。
 
 麹町の交差点に今は三菱東京UFJ銀行が建つ辺りに毎日新聞の配達所があって、朝刊の配達が済むと神田にある大学に通うのですが、4時には夕刊が待っていますから、授業どころではありません。
 
 こうして慌ただしく過ぎた5年間でしたが、心に残る事もありました。紀尾井町の大邸宅のオバアチャンは、暮には「今年一年、有難うね。」と必ず下着を呉れたのです。他人の親切が身に染み心を濡らしたものです。
 
 私が配達を始めて半年が過ぎた頃だと思うが、月1回の新聞休刊日というものが設けられて、休みの前日は藪入りのデッチどんのようにウキウキしたのを覚えています。
 
 ですから土曜日の夕刊を廃止したり、もう1日休刊日を増やしたり配達員を休ませてあげれば、何よりの福利厚生になると経験者は語るのです。そういえば直木賞作家の山本一力さんは拙宅の近くの富ヶ谷で一時期新聞配達をしていたそうです。
 
 
山本一力の小説に夢中
 
 江戸時代の主に深川を舞台に繰り広げられ時代物。私はいま夢中になって読みふける作家で、断然面白く痛快である。車中で、就寝時に離せなくなっています。かっぱえびせんの如くきでにハマっています。
余談。
 
 いま振り返るのに、あの辛い5年間があったればこそ己の身体に心棒のような物が出来たと感謝している。人間、風雪にさらされないと強くはなれない気がする。
 
 
八ッ場ダム建設再開は裏切り
 
 八ツ場ダムの建設はどうやら再開するらしい。廃止するよりは完成させた方が、費用が安く済むというのが大方の結論のようです。いやはや、ハコ物から人へと、民主党のマニフェストの一番目に掲げたのに、これでは有権者への裏切りでしょう。
 
 国の借金はまた膨らんで1兆億円になった。そう遠くない日に日本はギリシャのような国になろう。世紀末である。蛮勇をもってお国の大事に立ち向かう政治家はいない。出よ、平成の高橋是清!
 
 
ダルのテキサス入りは良し
 
 ダルビッシュはどうやらテキサスレンジャーズに決まりそうだ。球団社長があの名投手ノーラン・ライアン。2年連続ア・リーグの覇者で、今年はカージナルスに第7戦逆転で世界一を奪われた。
 
 宿願の世界一になるためのエース投手ダルをとして迎えたいというレンジャース。特にア・リーグ西地区はソーシア監督率いる強豪エンゼルス、イチローのマリナーズも所属。大いに遣り甲斐があるというものだ。
 
 球団社長ライアンを目標に切磋琢磨して欲しい。我が愛するヤンキースと対戦するときは、ダル君を応援してもよい。しかしまあ、ヤクルト青木、ソフトバンク和田、西武中島もメジャー入り。名だたる選手が居なくなって、日本プロ野球は衰退の一途だ。
 
 
「新」という字の意味
 
 今年最後のブログになりました。よき新年をお迎え下さい。「新」という字は、再生、瑞々しいことを表すことだと司馬遼太郎さんは「風塵杪」に書いています。瑞々し意味は、木をのこぎりで切った後の姿だと。
 
 なるほど、新の字には木も在るし、ちょっと捻って「斤」は斧にもなる。ということで新たな年が読者諸兄にとって希望に満ちた一年であり且つ再生の年になりますようにご祈念申し上げます。

来年も宜しくお願い致します。

 

 

 
拙宅玄関脇に咲く山茶花。
今年は数は少ない分、花びらが例年になく大きい。


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ダルはハイブリットだ!/クリスマスで思い出す事/他

・楽しみなダルビッシュの大リーグ入り

 
・ダルはハイブリットだ!
 

・クリスマスで思い出す事

 

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楽しみなダルビッシュの大リーグ入り
 
 ダルビッシュの大リーグ入りはどうやら実現しそうだ。どの球団が入札したかは現時点では不明だが、現在の日本プロ野球最高の投手が本場のマウンドを踏むのだから大リーグファンの私として、心躍るものがある。
 
 彼は’86年8月16日生まれだから、まだ25才と若い。いまが旬の№1ピッチャーが行くことに価値がある。これまで大リーグ入りした日本選手は、大部分はピークを過ぎた選手であった。
 
 彼の実績からみて、本場でも十分通用すると思うが、ソコソコの活躍では落第点で、私が期待するのは米国人がなるほどと喝采を送り、納得する目覚ましい活躍だ。
 
 ドライスディール、コーファックス、ライアン…歴史にその名を刻むこれら名投手こそダルビッシュが目指す未来像で、彼は十分に可能性を秘めていると確信している。
 
 今年の戦績が28回先発して18勝6敗、完投10、完封6回、勝率750、防御率1,44。プロ通算(7年)の防御率も1,99と1点台は兎も角凄い。速球は150㌔台で球種も多彩、ツーシーム、カットボールと自在に操る。
 
何よりも196㌢、105㌔と体力的に恵まれていて、本場の選手と遜色がないことである。年間平均試合数は160試合で、日本よりは30試合多い。加えて移動は日本の比ではない。時差を超えて広いアメリカを飛び回る。
 
 
ダルはハイブリットだ!
 
 よほど体力的にも精神的にも強靱でなければ務まらない。そうした観点からいうとダルビッシュは、専門家にいわせると文句なしにタフであるという。頼もしい限りだ。
 
 父親が元サッカー選手でイラン人、母親が日本人という謂わばハイブリット。異質の血が混ざることによりより優れた肉体を生む。ダルビッシュこそ紛れもないハイブリットの結晶である。
 
 入札球団はどこなのか、ヤンキース、レドソックスかそれともレンジャースか。新しい情報ではトロントのブルージェイズが入札したとも…。私の希望は勿論ヤンキース。あの縦じまのユニフォームを身に着けたダルビッシュ見てみたい!ヤンキースタジアムで投げる姿を見てみたい!
  
  
クリスマスで思い出す事
 
 今週末はもうクリスマスが訪れる。振り返ってみるとバブル期のあのクリスマスの喧噪は何だったのだろう。手に手にケーキをぶら下げて、頭には一様に、とんがり帽子をかぶり男どもは街を飲み歩いた。
 
 銀座、新宿、六本木…酔っ払いで街は溢れた。で夜更けに帰宅した時には、せっかく買ったケーキも、無残な形になり首を長くして待っていた子供たちは、既に寝てしまっていた。
 
 さんざんお金を使って、帰りのタクシーが捕まらず、歩いて自宅まで帰った、なんて事もあった。皆バブルに酔いしれていた。私の友人などは、二人の女性を違うスナックに待たして、往復していた。
 
 まさに狂乱のイブで、翌日会社に電話すると彼は二日酔いで具合が悪いと、元気がなかった。その彼も7年程前に亡くなったが、クリスマスの音楽が聞こえてくると彼の笑顔を思い出す。
 
 あの頃のケーキは固くて不味かった。それでも有難たい気分になった。いまは美味しいケーキ屋さんが、沢山できて皆普通に食べている。舌が肥えていて、どこぞのケーキじゃないとダメと注文が付く。
 
 代々木上原には美味しい店が2軒ほどあるが、私は甘党ではないから1年に1回ほどしか行かない。たまにはコーヒーにケーキという時間も欲しと思っている。一人で行くのも気が引けるから、家内でも連れて行くか…。

 

 

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ボクシング界の許しがたき惨状・目を覆うばかりのボクシング団体のモラルハザード/他

・ボクシング界の許しがたき惨状
 
・幕末の侍とシャンパン
 
・居酒屋と演歌
 
・紅白こそお年寄りを大事にすべし
 
・冬の風物詩ストーブ列車

 
 

舟木昭太郎の日々つれづれ

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ボクシング界の許しがたき惨状
 
 先に行われたテーパリット×亀田大毅のWBA世界S・フライ級選手権は、二階級制覇を目論んだ亀田が判定で敗れてた。兄・興毅はランク12位の挑戦者マリオ・マシアス(メキシコ)を4RKOして3度目の防衛。
 
 2試合とも内容に乏しい世界戦であったが、それ以上に問題なのは、スーパーフライ級には正規王者清水智信がいるのにもかかかわらず暫定王者テーパリットが、突如新王者に認定されて、正規のタイトルマッチに格上げされたこと。
 
 理由は「新チャンピオンの清水がケガで、休養のため試合ができず(ランキングが)停滞してしまうから」というのがWBA側の凡その言い分らしい。踏んだり蹴ったりなのは清水だ。
 
 清水側は8月のカサレス戦で文字通り3度目の挑戦で王座を奪って、夢を叶えた。しかし試合後に眼嵩底骨折が判明、3カ月のケガを負ってしまった。謂わばこれは公傷で、試合を延期することは本来少しも問題ない。
 
 過去にそんな選手はいくらでもいる。現に内山選手は拳を痛め長期戦列を離れていても問題になっていない。全ては先の「亀田祭り」を盛り上げるため、何が何でも大毅×テーパリット戦をタイトルマッチにしたかった。いつもの事だが亀田の試合はトラブルが付きまとう。
  
 WBAは認定料が入れば全て善し、ゼニのためなら何でもOKする。いやはや権威も良識も何もない。ボクシングが衰退していく訳である。世の中真っ暗闇でござんす。WBCもしかりだ。
 
 階級の細分化、暫定王者の増設と、ボクシング団体のモラルハザードは目を覆うばかり。許し難し。
 
  
幕末の侍とシャンパン
 
 先般読了したシーボルトの再来日日記に面白いことが載っていた。幕末遣欧使節団として派遣された武士が、バタビア(今のジャカルタ)のアメリカ領事館から、歓迎のもてなしを受けた折の事。
 
 日頃は謹厳実直なサムライ達も相当ハメを外したようで、出されたシャンパンを大いに飲み捲った。で、ホテルで開いた歓迎パーテーの請求書を見たアメリカ側は驚いた。
 
 その額は通常の10倍で、抱いていたサムライ像がいっぺんに吹っ飛んでしまったという。公式の場でのマナー、礼儀を知らない野蛮な輩と見たのだろう。聞いた話としてシーボルトは書いているが、それに対して彼は、私の知る日本人はそうではないと断りを入れている。
 
 それにしても生まれて初めて口にしたシャンパンを旨い!と認めた事実は驚きだ。私などはいまだあの繊細な味を理解しないでいるというのに。多分、その場に饗応されたものは最高級クラスのドンペリではなかったか。
 
 今はかなり円高で安くなったが、銀座あたりのクラブで飲むと1本30万位するという代物である。野蛮どころかその情景を思い浮かべると、愉快である。翻って当時の日本は外国人をもてなすのは、常に最高級の料理や酒をふんだんに出している。
 
 そういう感覚があるからこそ遠慮なく頂こうとなったのではないか。最近は日本でもシャンパンの売り上げが伸びているという。サムライたちは、遥か遠い昔にその味を満喫していたのである。痛快になる。
 
 
居酒屋と演歌
 
居酒屋で演歌が聞かれなくなったことは寂しい。赤ちょうちんに縄のれんをくぐれば、かつてそこには演歌の世界が在った。御主人が料理を作り、女将がエプロン姿で「今日は寒いわねえ、さあ、どうぞ」なんてビールを注ぐ。
 
 有線で演歌が流れていた。♪お酒はぬるめの燗がいい~なんて。カウンターで、女将と世間話をしながら、しんみりと飲む酒も味わいがあった。心が癒やされた。
 
 最近はJ-ポップや軽音楽で情緒も何も有ったもんじゃない。音楽さえ聞かれない店が多い。演歌なんて流したら、若い人がこなくなる、と家内も知ったような口をきく…来なくても結構じゃないか。
 
 冬の季節は特にしみじみと飲みたいものだ。ぬる燗が好きだ。グビッといけば、バックには静かに、大月みやこの「女ーさすらい」かなんか流れる。
 
 走裕介「おんな雪」鏡五郎「しぐれ傘」でもじわ~と心に迫る。いま覚えたての島津亜矢の「恋慕海峡」なら最高だ。♪みじかい秋は 駆け足で ヒュルヒュル泣いて~ああ、やがて冬なのね
 
 阿久悠さんの詞がいい。こんな曲が流れたたら昔の飲み屋の彼女が妙に恋しなったりして、酒も進むというもんです。で、どうして島津亜矢は紅白に出ないんだろう。歌唱力は抜群だし、私は合点いかない。
 
 それにしても昨今の紅白は若い視聴者を取り込もうとして、その結果偉大なる学芸会になってしまった。もはやオヤジの居場所もなくなって、昭和は遠くなりにけり。
 
 
紅白こそお年寄りを大事にすべし
 
 紅白は何といわれようと、年配者を大事にすべきである。1年間首を永くして待つのはお年寄りの方々である。若者に媚を売らなくてもいい。公共放送は視聴率を気にするな。
 
 演歌の話題に戻るが、拙宅から2,3分の処に「大黒湯」という銭湯が在る。歴史のある銭湯で、昔から流す音楽は流行歌で、駅からの帰りにそこを通ると演歌がガンガン聞こえてくる。まさに威風堂々と。
 
 家内は「いやね~、いつも演歌なんだから」とつぶやくが、これこそ銭湯の真骨頂なんだと私は大いに満足している。オーナーは旧知の白倉のオジサンで、今は他人に貸しているが伝統を受け継いでいるのが嬉しい。
 
 風呂のタイル壁は、富士山の絵で音楽は演歌…こうでなくちゃ銭湯は恰好がつかないやねえ。演歌は日本人の心だ。私も古~い親父でござんす。
 
 
冬の風物詩ストーブ列車
 
 ストーブ列車が動き出したとニュースで知った。津軽中原駅から津軽五所川原駅までの津軽鉄道。ストーブの上でスルメを焼き、酒を飲む旅行者の姿。車窓からは降りしきる雪。1度は乗ってみたい。
 
 大分古い話だが、大雪の中を真紅のマフラーをなびかせて、通学する女学生のグラビアを見た記憶がある。セーラー服に、赤のマフラー、雪の白さのコントラストが鮮やかな写真で印象深かった。
 
 あれも五所川原の冬の風景だった。元キックボクサーに若葉茂という選手が目黒ジムにいて、彼の出身地も五所川原だった。昭和40年代ミドル級で活躍して、北国生まれらしく色白のハンサムボーイだった。
 
 インタビューしても朴訥で言葉少ない男で、忘れらない選手の一人である。彼は今何をしているのだろうか。再会して語り明かしたいものだ。勿論季節は冬、肴は炙った烏賊でいい、お酒はぬるめのほうがいい。
 
 
土曜の露地栽培収穫。小松菜、ミニ赤大根、ねぎ、カリフラワーなど。
舟木昭太郎の日々つれづれ

近所の銭湯、大黒湯。いつも演歌が流れる。

舟木昭太郎の日々つれづれ

舟木昭太郎の日々つれづれ
 
10日の満月がくっきりと見られた。この後、皆既月食に。

舟木昭太郎の日々つれづれ

 

 

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雨の日の早朝散歩も情緒あり/世界に431基の原子炉あり/他

・雨の日の早朝散歩も情緒あり
 ~自販機の節電規制はもう終了?~

 
・放射能汚染の恐怖

 
・世界に431基の原子炉あり

 
・福岡国際マラソン、川内選手の激走
 
 

DVD『日本ボクシング不滅の激闘史』も絶賛発売中!!

 
 
  
雨の日の早朝散歩も情緒あり
 ~自販機の節電規制はもう終了?~
 
週末は冷たい雨の日が続いたが、早朝のウォーキングは一種習性になっていて苦も無く歩けた。「習性は第二の天性」という諺があるが、身にしみ込んだものは中々離れないものだ。歩かないと一日がしっくり行かない。日曜日は一転して早暁から晴れ渡った。爽快。
 
 でも雨の日の散歩はそれなりにいいもんです。傘を打つ雨の音、濡れ落葉…まだ夜が終わらないで、眠ったままの公園は我身を優しく包んでくれるような気分になれる。初冬のこんな情緒を貴方も味わって見ては如何ですか。”新しい朝の始まり”を体感すのもリフレッシュになります。
    
 自動販売機の節電はもう関係ないのかしら。早朝のまだ暗い路地裏を通るとこれ見よがしの煌々と明りが灯る自動販売機が、否応なく目に飛び込む。あっちにもこっちにもある。それらが競うように燈を放っている。外国人旅行者が見たらさぞ驚くことだろう。
  
 少なくとも私が散歩する時間に、そこで飲み物を買う人の姿を一度も見たことはない。せめて午前0時から6時までは明りを消すとかできないものだろうか。これこそ電力の無駄遣いだ。
 
 公園の中にも自販機が設置されていて、どれもいつ買いに来るか分からない人のために24時間オープンしている。人っ子一人見えない鬱蒼と繁った木々の下、奥の方にポッンと自販機が立つのは、異常でグロテスクな光景である。
 
 街中には10㍍四方に4台も5台も在って、販売競争も度が過ぎる。自販機はそんなに儲かるのかしらと疑ってしまう。私は飲み物は酒屋かコンビニで買うので、この程度の利便性は全く必要ない。
 
 もう国が何等かの規制を加えるべきだ。電力は限りあるのだと戒めるべきだ。震災での電力パニックをすっかり忘れたかのような有様を見るにつけ私はそら恐ろしい。「冶に居て乱を忘れず」の諺あり。
 
 
放射能汚染の恐怖
 
 朝日新聞12月3日夕刊、「今さら聞けないPLUS」欄に「放射能を消す技術はない」との見出しで次のような事が載っていて興味を引いた。
てっきり私はヒマワリが、放射能の汚染対策として効果があるもんだと思っていたのだが、不見識だった。
 
 当欄の1部を引用すると「ヒマワリを使う除染が試みられているが、そもそも微生物には原子を分解する能力はありません。つまり、放射能は、通常の毒のように中和といったことができず、その量が減るのを待つしかないのです。」
 
 で、どれ位待てば除去できるのかといいば、「放射能の半減期」はヨウ素なら8日、セシウム137だと約30年、プルトニウム239なら、2万4千年」だそうな。プルトニウムは毒性の強い自然界にはない元素なのだそうだ。
 
 謂わば人間技ではいかんとも制御できない化け物を我々は後世の人々に、躊躇いもなく残すのである。罪は免れない。で、因みに日本に原子炉が幾つ存在すると思いますか。
 
 
世界に431基の原子炉あり
 
 54基です。今回の震災で稼働停止になったのは11基。日本は、世界でも3番目の原発先進国なのです。1位がアメリカの104基、2位フランス59基、4位ロシア21基、お隣韓国も20基ありまして、世界の原子炉総数はなんと431基!(2010年度)
 
 これだけ世界に散らばっていて、将来福島のような事故が起こらないとだれが保障できますか。恐ろしいことです。この度、福島県が原子炉の撤廃を決めたのは、至極当然です。
 
 人類の叡智を結集して、自然エネルギーにシフトせなばなりません。世界の国々が私利私欲を捨て、エコに挑戦しなければ、地球の未来はありません。やがて全人類が被ばくすることになります。ノー・モア・フクシマ!です。
 
 
福岡国際マラソン、川内選手の激走
 
 4日に行われた福岡国際マラソンでの川内優輝選手(24)の激走は見事だった。後半9位からの猛烈な追い上げで、堂々3位に入った。公務員ランナーとして仕事と両立しての活躍、その背には彼のひたむきな生き方が感じられる。
 
 全力を出し切ってゴールでは倒れこんだ。その後のインタビューでは清々しく、「前に行けば何とかなると思った」とテレビ画面から受ける印象も好感が持てた。
 
 わが敬愛する黒崎健時先生(新格闘術総帥)は、武道の精神を最も伝えているものに、剣道を挙げる。礼に始まり礼に終わり首尾よく1本勝ちしても、決して勝ち誇る態度を見せない。
 
 そのストイックな心に秘めた精神が剣道には宿ると。川内選手の激走後の姿には、何やらそれとダブルものを感じた。ロンドン五輪の走りを見てみたいものである。酷な事だが世界に通じる記録で。現在のタイムでは心もたない。
 
~代々木上原夜明けのスキャット2題~

 
大山公園付近から上原駅を望む。(3日)
舟木昭太郎の日々つれづれ
   
公園グラウンドの散歩コースからの曙の風景(4日)
舟木昭太郎の日々つれづれ

 

夜明け前のひっそりとした路地裏にある自販機

舟木昭太郎の日々つれづれ  
 

こちらは公園の中にある自販機

舟木昭太郎の日々つれづれ

 

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ゴン格25周年に寄せて/立川談志師匠の死を悼む/他

・立川談志師匠の死を悼む
 ~挨拶を交わした時の事~


・幼馴染と浅草散策


・ゴン格25周年に寄せて


・ベルリンフィルのヴァイオリン演奏


・G1ジャパンカップ


・ニューオータニで夕食会

 

 
 

立川談志師匠の死を悼む
~挨拶を交わした時の事~
 
 立川談志師匠が11月21日喉頭がんのため亡くなった。75才だった。落語界は衛大なる噺家を失った。私は一度も談志師匠のナマの落語を聞いたことがないので、残念である。最近は富に落語に傾注している私としては特に。
 
 談志師匠とは一度夜の銀座で御挨拶したことがある。キックボクシングが盛んな頃の昭和40年代であった。野口プロの西俣寿雄氏と飲み歩き時間が零時を過ぎたあたりで、地下のサパークラブに入ったら談志師匠がホステスに囲まれて飲んでいた。
 
 西俣氏と顏なじみのクラブ「姫」の神マネジャーが同席して居て、私を談志師匠に紹介してくれた。「ああ、ゴング知っているよ。うちにもキックに関係してる奴がいてねえ、お世話になっているんだ。宜しくお願いしますよ」
 
 この夜は機嫌が良かったのか、横柄、生意気と噂に聞いていた人物像とはとんと違った。短い会話だったが、この時の印象がすこぶるいいので以後ずーっと談志師匠には親近感を持っていた。
 
 因みに、うちにもキックにお世話になっていると言ったのは、リングアナウンサー柳家かえる師匠(弟弟子=後の鈴々舎馬風前落語協会会長)のことで、私は恐縮したものである。
  
 かえる師匠のリング狭しと選手をコールするパフォーマンスもまた、懐かしく思い出される。当時は談志師匠もまだ柳家小さん門下にあった。名人がまた一人逝った。ご冥福をお祈りいたします。
 
 
幼馴染と浅草散策
 
 22日は田舎の中学同級生と浅草散策へ出向へた。幸いにも晩秋の日差しがあり、仲見世から観音様の御参りは心地よかった。折から浅草寺では「大絵馬寺宝展と庭園拝観」(11月1日~12月5日)が開催されており、ぶらりと入った。
 
 これが予想外のもので、正直感激した。江戸時代には観音信仰の証として人々は競って絵馬を寄進して、それは豪商や歌舞伎役者などからで、当時の一流の絵師によって描かれた驚くほど価値のあるものであった。
 
 江戸歌舞伎の始祖と言われる猿若(中村)勘三郎(二代目)奉納した猿若人形絵馬は、寛文四年のものだそうで味わいのある見事な作品で感銘を受けた。何故勘三郎が襲名披露の折に、仲見世を何故練り歩くのか今回その謎がやっと分かった。
 
 谷文晁など兎に角当時の絵師たちの絢爛たる絵馬は十分堪能できた。また庭園は今年9月に「国指定名勝 伝法院庭園」ランクされたが、浅草寺の中にかくも静謐な一隅が在ったとは吃驚。
 
 普段は公開ないとのことで本当に幸運であった。女性4人、男性2人の幼馴染が、浅草をぶらぶらした一日は心を癒す一日となった。
  
 
ゴン格25周年に寄せて
 
ゴング格闘技が今号で25周年を迎えた。松山編集長から知らせが在り不覚にも驚いてしまった。自分が生み出した子の歳を全く忘れていたわけで、歳月の速さとともに、この有為転変の世に脈々と発行され続けている事に感慨深いものがある。
 
 月刊ゴングが発展的に解消して週刊ゴング、ワールドボクシング、ゴング格闘技の3つに分割されて行った。いずれも私が産婆役で、全て初代の編集長を務めた。
 
 ゴング格闘技は’86年(S61年)12月号を創刊として、記念すべき第1号は前田日明選手の空手着姿の表紙で、ニールセンとの死闘を制したばかりの時の人で飾った。
 
 スタートは運が味方した。ニューヒローのの誕生に沸き格闘技界は前田選手で明け暮れた時分。お蔭でゴン格は幸先よいスタートで、すんなりと波に乗れた。
 
 視線の先にあるのは先行する格闘技通信で、懸命に追い続けた。前田選手はその牽引車の役割を担った。翌’87年6月号では前田選手憧れの人、極真空手大山倍達総裁との対談も実現した。
 
 あれやこれやゴン格25年の表紙を一挙に眺めるにつけ感慨もひとしおである。私は足かけ19年ほど編集制作に携わっているが、今日の誌面は成熟した素晴らしい内容になっていて、私の影も欠片も感じない。
 
 発行元が変わってよりグレードアップし続けるゴン格を見るにつけ、松山編集長はじめとする編集スタッフには畏敬の念を抱く。月刊の総合格闘技誌は、振り向けば残ったのはゴン格1冊のみ。
 
 故に使命は重大であり、松明の明かりを消すことなく未来永劫に、受け継いで行ってと願うものです。おめでとう、創刊25周年!
  
 
ベルリンフィルのヴァイオリン演奏
 
 26日(土)初台のオペラシティーでベルリンフィル・ヴァイオリンアンサンブルの演奏を鑑賞。学生時代の友人小池君を誘う。席が最前列の18、19番とあってほぼ中央の席で、恐れ入った。
 
 妻が取ったチケットだが急用で鑑賞できず悔しがる。世界のベルリンフィルを目前で聴けるとは友人も感激。バイオリン奏者10人、ピアノ1人で一糸乱れぬ演奏、音色にはうっとり。一流奏者なのだから当たり前か…。
 
 曲目はヴィバァルディ 協奏曲イ短調、同協奏曲ニ短調、バッハ 協奏曲ニ短調、ブラームス 3つのハンガリー舞曲、ビゼイー カルメン組曲、シュトラウス 喜歌劇「こうもり」より序曲。
 
 他にアンコールで2曲…満員の観客の拍手やまず。最高のを演奏を最高の席で聴く事が出来て、幸せだった。至福のひとときとはこんな時をいうのだろう。
  
  
G1ジャパンカップ
  
 27日の日曜はすっぽん「田吾作」の親方に誘われて東京競馬場へジャパンカップを見に出かける。優勝したのはブエナビスタ、2着トーセンジョーダンだった。
 
 私はブエナを外して買ったので、取れず。トーセンは抑えに買ってはいたが、それとて3連単に挑みものの見事にやられた。とは言っても、100円、200円の勝負なのでほんのお遊び。
 
 3連単はスリルがあって面白い。第7レースでは1,2着は当てたが3着は外して、36万ほどの大魚を逸した。これも100円賭け。結局この日は3600円の負けで大いに愉しんだ。椅子に座って綺麗に整備されているる競馬場を見下ろしながらのギャンブルもたまにはいい。
  
  
ニューオータニで夕食会
 
 25日ニューオータニにアオバ企画高橋専務から夕食の招待を受け夫婦でお邪魔した。ザップ白金夫妻と、初代タイガーマスク佐山聡氏も同席。
 
 17階、レストランラウンジで夜景を眺めながらバイキングと談笑にふけった。佐山氏の博学には、妻も驚き話は途切れることはなかった。赤ワイン2杯、ウェスキー水割り1杯。程よく酔って帰る。先週はよく遊んだ。こんなに愉しんでいいものだろうか…。

 
 
いまや浅草の象徴と化したアサヒビールの建物の横にはスカイツリーが見える。

舟木昭太郎の日々つれづれ

 
同級性と浅草散策を楽しむ。

舟木昭太郎の日々つれづれ
 

晩秋のひっそりした伝法院庭園。

舟木昭太郎の日々つれづれ
 

ゴング格闘技12月号は25周年記念号。
舟木昭太郎の日々つれづれ

 

東京競馬場の風景。
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見応えのあった今年の日本シリーズ、覇者にも敗者にも喝采を贈る

■見応えのあった今年の日本シリーズ
 ~覇者にも敗者にも喝采を贈る~
 ~森福の11球は白眉~
 ~試合中の応援は耳障り~
■ブータン国王夫妻の来日
■体調異変
■初雪の便り
■露地栽培

 

  

見応えのあった今年の日本シリーズ
 
~覇者にも敗者にも喝采を贈る~
 
ソフトバンク×中日の日本シリーズは第7戦まで縺れ込んで、優勝したのはソフトバンクだった。日本一を決めた3-0のスコアも息詰まる試合だった。孫オーナー、王球団会長もさぞ嬉しかろう。
 
 秋山監督の涙が印象的だった。心からおめでとう。それにしても、両軍総力戦で最後まで野球の面白さを存分に見せてくれたた。素晴らしい戦いに心から拍手を贈る。勝者も、敗者にも喝采!天晴れ!と言いたい。
  
 
~森福の11球は白眉~
 
 それにしても日本シリーズ第4戦、6回無死満塁の場面は白眉であった。ソフトバンクの大ピンチに登場したのは、りリーフ森福であった。ベンチも最少点は致し方がないと踏んでいたろう。
 
 ソフトバンクを何とか勝たせたいと思う私は、今夜も中日に逆転されてしまうのかと不安でいた。それがどうだ、最初の打者小池を三振、次の平田をレフトフライ(これは実際危なかったが、内川の好捕に救われた)、最後は谷繁をショートゴロに打ち取った。
 
 あの森福の11球は、日本シーズ史上に残る名勝負として語り継がれるだろう。野球の醍醐味を十分堪能させてくれた。若者らしく真正面から戦いを挑む姿に痺れた。’79年の近鉄VS広島の日本シリーズ第7戦の「江夏の21球」に匹敵する快挙であった。
 
 ワールドシリーズも第7戦までもつれ込む激闘を展開、予想を覆してワイルドカードから勝ちあがった、カージナルスが優勝した。敗れはしたがたレンジャースも死力を尽くした。第7戦までしのぎを削った、後世に残るシリーズであった。どうして日本の野球も負けてはいない。
 
 中日とホークスががっぷり四つに組んで火花を散らした。秋山監督も選手時代はスター街道を常に歩いたが、ソフトバンクでは2軍から監督業をスタートした。クライマックスシリーズでは苦汁を飲み続けた。こうした苦労の積み重が秋山監督に成長をもたらした。森福を起用した采配には感心した。
 
 ベンチでのどっしりとした姿は、智将・落合監督にも遜色ない。人は悩んで大きくなるとは良く言ったものだ。秋山監督のように若い世代の監督が台頭することは、日本のプロ野球にとっても歓迎すべきことだ。
  
  
~試合中の応援は耳障り~
 
最後に一言。試合中の楽器や歌は来年から禁止すべきだ。子供の学芸会じゃあるまいし耳障り。試合観戦にはなはだ迷惑で、ウォ~、ウォ~とかハモるものは、ダサくて騒音以外の何物でもない。
  
 サッカーの応援ならまだしも、野球には似合わない。MLBのようにハンカチをふるとか、もっとスマートな応援を心がけるべき。やるなら試合前か、イニングの合間だけにしてもらいたい。
  
 
ブータン国王夫妻の来日
 
ブータンのワンチュク国王夫妻が来日した。国王は大の親日家だという。東日本大震災の時は、国を挙げて「供養祭」を行った。九州とほぼ同じ面積に70万の人口で、インドと中国に挟まれた小国である。
 
 しかし国の指針はGNP(国民総生産)ではなくGNH(国民総幸福)と定める他に類をみない素晴らい国である。ヒマラヤからの豊富な水で余った電力をインドに売るなどして国家財政は黒字であるらしい。
 
 経済発展を競うのではなく国民が等しく幸せになるようにという国家の指針を掲げたブータンに、我々は学ぶものが在りはしないか。ペマ王妃も日本人によく似ていてチャーミング。銀座のユニクロでアンダーウエアーをショッピングしたり好感が持てる。
 
 ワンチュク陛下は、長身でハンサム。アントニオ猪木かと錯覚するほど似ていてはっとする。国会での演説にも、心温まるものがあり、罹災地の福島県相馬市の子供達との交流と、滞在中の行動は全て好ましいものだ。
 
 余談ながら国王夫妻が身に着けていた、日本の「丹前」のようなものは「ゴ」というのだそうで、専門家は日本の「呉服」からきているのではないかとも言っている。
  
 ルーツは同じかもしれないと思うと益々親近感が湧いた。一服の清涼剤のような来日である。日本はブータンのような国こそ大事にしていかなくてはならない。
 
  
体調異変
 
 16、17両日は急に寒くなり、体調に異変をきたした。17日朝はウォーキング&体操に家を出た途端、足元が定まらなくなった。それでも300㍍ほどむきになって歩いたが、真っすぐ歩けず左右に蛇行した。
 
 これは血圧が高いからだと、諦めて家に戻り血圧をはかったら175もあった。朝食後、ベットで安静にして終日読書で過ごしたら、なんとか普通に歩けるようになったが、血圧はそれほど下がらなかった。
 
 脳梗塞で入院した日を思いだしぞっとして、止める勇気も必要と反省した。
 
 
初雪の便り
 
 各地から初雪の便りが届く。公園の落葉もときに突風が吹くと、舞台仕掛の紙吹雪のように枯葉が舞い散る。ラジオ体操する人々はさしづめ役者さんである。晩秋は何となく詩情を感じてしまう。
 
 自然も師走に向かって急ぎ足だ。12月が目前に迫ると何とはなしに気ぜわしくなる。来週はインフルエンザの注射をしに行こう。この頃、歳のせいか、風邪を引くと長引いてしまう。
 
 吹きたまる落葉や町の行き止まり  子規
  
  
露地栽培
 
 大根がようやく葉っぱが繁ってきた。幼虫に食われて全滅すかと危惧したが、根気よく虫退治をしたお蔭かもしれない。種から成長させるのは難しいものだ。カリフラーワーとブロッコリーは苗を買ってきて植たので、すくすく育った。
 
 小さなビニールハウスには小松菜を植えたら、こちらは虫にも食われず順調。そろそろ収穫できる。やはり寒い季節はハウスに限る。大きなハウスで本格的な農業をしてみたいものだ。  
 

  
左からブロッコリー、右端カリフラワー

舟木昭太郎の日々つれづれ

  
種から蒔いた大根も葉っぱを繁らせた

舟木昭太郎の日々つれづれ
 

 

DVD 『カンムリワシ具志堅用高』 第1部&第2部 絶賛発売中!!
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