舟木昭太郎の日々つれづれ -73ページ目

小沢一郎という政治家/浪江町の我が同級生医師/他

・小沢一郎という政治家
 ~政治家の義務と責任~
 
・浪江町の我が同級生医師
 ~患者が殺到した診療所~
 
・スカイツリーの職人達
 
・露地栽培日記
 

 

舟木昭太郎の日々つれづれ

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小沢一郎という政治家

 民主党小沢一郎衆議院議員は、なお国会を跋扈している。政治資金規正法違反罪で強制起訴され、一審で無罪を獲得するも検察官役の指定弁護士から、控訴された。

 控訴理由は「一審判決には見逃せない事実誤認があり、控訴審で十分修正が可能だと判断した」とあります。小沢一郎と政治&金の問題は、依然晴れていないのです。小沢一郎議員には、いつだって胡散臭が付きまとう、まさに疑惑のデパートといったところです。これで日本国をリードできるとお思いでしたらとんだ勘違いです。

 同氏は民主党内で最大のグループを擁するボスである。数を武器に国家・国民の運命を左右しかねない力を持っている。党員資格処分の拙速な解除(一審の無罪で)を果たしたのも、彼を担ぐ恥知らずの輩らがいるからです。だから困るのです。田中角栄の金権政治をまた、復活させるようなことが有ってはなりません。

 限りなくダークなあなたに、国家・国民のため頑張る、なんていわれたくないものです。一日も早く政界を引退して、出身地岩手に帰り、大震災からの復興に手を貸してはどうですか。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある、の箴言もあるでしょう。小沢さん、引退すべき時です。


~政治家の義務と責任~

 ノーブレス・オブリージュという言葉知っていますか。「高貴な者には義務がある」との意味で、つまり、財産、権力、地位のある者は、それに伴った責任と義務がるということです。

 あなたはまったく以てその義務を果たしていません。国会議員なのだから、野党が要求する国会の証人喚問にも、堂々と応じて身の潔白を主張してしかるべきなのに、何かと逃げていますね。だから益々疑われるのです。自業自得ですよ。

 女優・高峰秀子さんが著書の中で含蓄ある言葉を残していますよ。「自分の好むと好まざるに関わらず、人に名前や顔を知られれるようになった人間は、社会に対して責任があります」

 信なくば起たず、です。この人に引導を渡す憂国の政治家が、現れる事を切に私は願って止みません。


浪江町の我が同級生医師

 大震災の罹災者たちはいまも先行きの見えない不安の日々を送っています。瓦礫の山は依然累々と地を覆い、原発事故で退去を余儀なくされた人々は、30万人以上、今日も見知らぬ土地で暮らしています。

 そんな国民の苦しみを政治家は顧みもせず、国会は法案一つ通らず、やれ解散だ、やれ問責決議だとダッチローロル状態です。日本という国は一体どうなるのでしょう。

 ギリシャに端を発した欧州の経済危機は他所(よそ)事ではないのです。与党も野党も党利党略でしか動かないとしか、国民には映りません。情けないことです。

 こういう暗い世相の中で、地域に密着して被災地の人を助ける医師のニュースに、私はこの国を支えているのは、実は名も無い人々なのだとの思いを新たに致しました。
 
 朝日新聞朝刊に連載している「プロメテウスの罠」(注:プロメテウス=人類に火を与えたギリシャ神話の神族)で原発事故の強制避難区域にあった、福島県浪江町下津島の国民健康保険津島診療所の事故当時の生々しい状況が載っていました。
 
 
~患者が殺到した診療所~
 
 事故当時、当の診療所はさながら野戦病院で、放射能から避難した約1万人が津島地区に逃れてきて、患者が殺到したという。この診療所の医師・関根俊二は、なにを申そう私の高校(学法石川)の同級生なのでです。
 
 余りにも身近な友達の記事に驚きました。そして一心不乱に診療し続けたであろう友の姿を想像して、頭が下がいました、いまは二本松市の仮設住宅の一角に在る仮設診療所で、診療に当たっているそうです。
 
 彼は定年後は、郡山市にある自宅に帰り、好きな川釣でもしてのんびり過ごそうと考えていたらしいが、事故に遭遇して「このまま住民を見捨てるわけにはいかない」と白衣を脱ぐことを思い止まったというのです。
 
 
スカイツリーの職人達
 
 医は仁なり…ホロリとする話題であります。政争に明け暮れる政治家達に聞かせたい話です。関連してスカイツリーの秘話をもう一つ。NHKテレビの特集で見ました。
  
 地震当日同時刻、スカイツリーでは完成ま間近の最後の安定機材を職人達が塔のてっぺんに据え付けようとしていました。まさにその時に大地震が起こったのです。
 
 地上600㍍の天空の揺れである。職人達も人の子、恐れ慄いただろうに。私なら一目散に逃げて何処かに身を寄せるていることだろう。ところが、まだ余震が続く中で、彼らは敢然と、しかも淡々と作業を再開したというのである。
 
 
祈りの塔である
 
 この機材を収めないと、スカイツリーの安定は保てないですからと職人達は当たり前のように動いたと…天女のように美しく世界一高い東京スカイツリーの建物は、こうした名も無い職人達の命懸の努力によって完成をみたのです。我々はこういう事をに忘れずに記憶に留めたいものです。
 
 スカイツリーのデザインに当たった方が最後に、スカイツリーを一言で表現すと?と問われ、「祈りの塔です」と答えていました。なるほど、大震災の年に出来上がり、人々の幸せを祈りながら見守る観音菩薩…まことに、震災から立ち上がる日本のシンボルタワーに相応しいものです。 
 
 粋と雅、高さを誇るでもなく天女の如く静かに佇む姿には、手を合せたくなります。これからは心して仰ぎ見たいと私は誓うのです。
 
 
露地栽培日
 
 13日の日曜日の午前中は、じゃが芋の芽かきと土寄せ、追肥(鶏糞)の作業。風が少し強かったが、よく晴れた日で気持ちよくできた。ミニトマトには、雨避けのビニールを張った。
 
 予算がないので、大きなゴミ袋を裂いて代用とした。子供だましだが後でまた善い方法を考える事にした。これから雨が多い季節になり、雨を吸い過ぎるとトマトは、割れたり、甘さが出なくなる。
 
 そういえばトマトの原産地は南米アンデス山脈、雨はほとんど降らないし、寒暖の差が激しい。高原じゃないから、寒暖の差は望むべくない
が、なんとか今年は美味しい、甘いトマトを収穫したい。まさにその一心です。アマチュアの執念です。
 
ビニールで覆ったミニトマト

舟木昭太郎の日々つれづれ
 

手前から胡瓜、次に茄子、土寄せしたじゃが芋、一番奥がミニトマト。

舟木昭太郎の日々つれづれ

 
故郷の福島県鮫川村の実家から送られてきた山の幸
山菜を早速天ぷらに揚げて夕食(14日)。
B級ワインとウイスキーで味わう。
ウドの皮のキンピラはピリリと味付けして美味だった。

舟木昭太郎の日々つれづれ

 

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【特集】プロレス博士・竹内宏介死す

 ・プロレス博士竹内宏介死す

 
 ・霊壇にプロレスラーの献花溢れ

 
 ・弔辞は菊池孝さんが切々と
 

 ・マルチのプロレス編集人
  

 ・週刊化での竹内氏との軋轢
 

 ・退職してから絆が深まる
 

 ・スカイハイの曲に乗り天国へ 

 

  

 
プロレス博士・竹内宏介死す
  
 私の上司であり戦友であった竹内宏介さんが5月3日逝去なされました。

 享年65歳、死因は腸閉塞。

 生涯をプロレスに捧げた、惜しまれる短い命に言葉もありません。

 プロレス博士を偲び心からの叫びを綴ります。
 
 平成18年に中央線高円寺車中で、突然脳溢血で倒れて以来5年半意識を失ったまま、あなたは病床にありました。

私が脳梗塞を患って、3カ月後のことでした。皮肉なもんです。
 
 私が病院に駆けつけた時に、繁子夫人は涙ながらに語りました。「舟木さんの病気のことを随分心配していたのに、今度は自分が倒れてしまいました。」
 
 去年自宅で療養する彼を見舞ったとき、夫人が耳元で声高に話かけていました。「あなた、舟木さんですよ!」の声に、彼は吃驚したかのように、微かに目を動かしました。
 
 ほら、舟木さんの事分かるんですよ、他の人とは反応が違うんです。夫人はその違いを強調しました。5年半の間、夫人の想像を絶する介護のお蔭で、故人は生き延びたといえるのです。
  
 
霊壇にプロレスラーの献花溢れ
 
 3日に亡くなって翌日のお通夜と慌ただしい中、会場となった調布市柴崎メモリアル・ホールには200人を超える参列者が詰めかけた。中央霊壇には、各プロレス団体やレスラーの献花で埋まり、遺影が参列者に向かって、にっこり微笑んでいました。
 
 贈られた生花は十分故人の50年に亘るプロレス界への功績を物語り、改めて彼の偉大さを認識させられました。アントニオ猪木、ジャイアント馬場元子未亡人、坂口征二、百田家、藤波辰巳、長州力、前田日明、タイガーマスク、武藤敬司、天竜源一郎、新間寿等々…昭和プロレスのビックネームが押し合うように彩っていました。
  
 彼らは文字通り故人と共に歩んできた仲間たちである。その中でもミル・マスカラスからの生花は目を引きました。ゴングのマスカラスか、マスカラスのゴングかと謳われた如く、マスカラスの存在は故人無くては語れないものです。それは誰もが認めるところです。
  
 通夜の客には坂口征二(新日本相談役)藤波辰巳、百田光一さん等が駆けつけました。私は坂口さんと隣り合わせに座り導師の読経を拝聴し、一緒に焼香しました。私は遺影に一言、お世話になりました、有難うございましたと呟きました。
  
  
弔辞は菊池孝さんが切々と
 
 弔辞は菊池孝さん(プロレス評論家)が週刊ゴングの名物企画「三者三様」の思い出と、早すぎる死を悔やむ切々たるもので涙を誘いました。所謂竹内チルドレンといわれる月刊ゴング及び週刊ゴングに携わった編集者&カメラマン、スタッフがほぼ全員顔を揃えたのも圧巻でした。
 
 竹内氏を師と仰ぎ成長してきた彼等は、いま各方面で活躍しています。中でも清水勉、小佐野景浩、金沢克彦の各歴代週刊ゴング編集長は低迷するプロレス界を支えるマスメデイアの中軸を担っているいます。
 
 さぞ泉下の故人も喜んでいる事だろう。告別式にはゴング格闘技の元編集長熊久保、副編福島、編集亀池君等も駆けつけてくれました。彼等の参列は、私にとって法外の喜びでした。竹内氏を忘れなかったことが嬉しいのです。
 
  
マルチのプロレス編集人
 
 竹内氏はプロレスコレクターとしても知られ、古い貴重なポスター&パンフやビデオ、写真、内外のプロレス誌などを数えきれないほど保有して、自宅はさながらプロレス博物館の趣をなしています。
 
 その豊富な知識とゴング編集長としてのキャリアで、長年にわたり全日本プロレス中継の解説も務め、故ジャイアント馬場の信頼も厚く同団体のポスター&パンフレットのデザイン編集は全て彼の手になるものでした。まことにマルチのプロレス編集人でした。こんな人、類を見ません。
 
 そう彼には編集取材記者としての表向きの顏の他に、レイアウターとしての顔もあり、一冊丸ごとデザインするという離れ業を持っていていました。とても到底私が足元にも及ぶべくない才能人でした。
 
 
週刊化での竹内氏との軋轢
 
 純粋なプロレスを愛した彼と私が軋轢を生んだのは、私が月刊ゴングから週刊ゴングに切り替えを断行した時のことです。週刊になれば、どうしても、スキャンダラスな記事も扱わなければなりません。彼はそれを嫌がりました。あくまでも月刊に固守し、明るいプロレス誌に拘りました。
 
 それに対し週刊化を推進しなければ会社の展望は開けないと、軋轢が覚悟の上で、私は必死で前進しました。だが私は悩みました。彼の協力を得られなければ、週刊化しても成功はおぼつかないのは自明の理からです。彼とは、しばし冷戦の時が続きました。
 
 しかし時代が、週刊のサイクルになって、月刊では抗し切れないとをやがて知ると彼は納得してくれました。お陰で徐々に協力してくれて、スタッフも付いてきてくれて、半年後には週刊ゴングは軌道に乗り、社のドル箱に成長して行きました。
 
 結果、私は3年に及ぶ初代編集長を全うできて、次の清水編集長にバトンタッチできました。創刊時の思い出は尽きません。走馬灯の如く甦ります。週刊の成功は一重に竹さんとそのスタッフの尽力の賜物です。私の功績といえば週刊化を推進しただけのことです。
 
 
退職してから絆が深まる
 
 やがて竹内宏介氏は社長になると、私が専務取締役に就任して二人三脚で、社の舵取りを任されました。以来私が平成14年退職するまで、公私共に良き相談相手として、私を支えてくれました。ゴング格闘技も社長のたっての依頼で、私が創立したアッパーが制作をお引き受けした訳です。
 
 アッパーを運営してからは彼との絆は以前にも増して強くなりお互いに仕事を紹介し合いしました。2005年12月発売の「伝説の国際プロレス」3巻DVD-BOX(TBS)は竹内宏介監修で、話題を集めましたが、私が故人とTBS&販社(ポニーキャニオン)の橋渡しをしました。結果的に最適の人を紹介してくれたと双方から感謝されました。また作品の出来もよく後世に残るプロレス・アーカイヴになりました。
  
 ささやかな恩返しができたのかなぁと自己満足しております。19歳でベースボール社「プロレス&ボクシング」の編集長に抜擢され、日本スポーツ出版社に移ってからは、創刊まもない月刊ゴングを社の中心雑誌に育て上げ、その功績で代表取締役まで登り詰めた姿…それはまさに編集者の今太閤のような感じを受けます。天晴れな人生でした。
 
 
スカイ・ハイの曲に乗り天国へ
 
今頃、天国で大好きな馬場さんに再会して、週刊ゴングの復刊を話し合っているかも知れません。

 
 

落花寂々、切ないお別れです。
 

心から哀悼の意を表します。
 

竹さん、安らかにお眠り下さい。
 

愛飲してやまないコーラも存分に飲んでください。
 

   
葬儀会場から斎場に棺が運び出されるときに、静かに且つ厳かに”スカイ・ハイ”のメロディーが流れました。

 

きっとこの音楽に乗って稀代のプロレス編集人・竹内宏介は、颯爽と天国に旅立って行かれたことでしょう…。

 


 

舟木 昭太郎


具志堅用高とはなんぞや/ダルビッシュの快投/他

・ダルビッシュの快投
 
・具志堅用高とはなんぞや 
 ~何事も一生懸命~
 ~天然ボケの意味は?~
 ~叱責するときも同じ~
 
・黄金週間を如何お過ごしで
 
・渋田川の土手に咲く芝桜
 
・花のスライドショー
 
・惜春譜のとき
 

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ダルビッシュの快投


 ダルビッシュのヤンキース戦の快投は胸のすく思いでした。黒田との投げ合いは、日本のプロ野球の水準の高さを証明してくれました。ニューヨークタイムスは黒田とダルを称え「一人はGOOD、一人はGREAT!」と報じました。日本人として誇らしい気持ちです。
  
 勝ったダルも、敗れた黒田も長いレギュラーシーズンは始まったばかり。いずれまた対決する機会もあるでしょう。9回途中で降板して失点ゼロ。やはりダルは只者ではないと判明した次第です。
 
 左バッターに弱いと酷評のあったピッチングも、4~7番まで左を並べたヤンキースの策を見事封じ込みました。スイッシャーはいう「体の正面でボールが左右に切れるんだ。こんな投手初めてだよ」
 
 過去の失敗から早速学び修正してきたダル。次回登板は1日(現地時間30日)のカナダ、トロント・ブルージィェズ戦。環境にも少し慣れ本来の投球ができるようになった。もうテレビの前から離れられぬ。
 
 とはいえダルのメジャーの挑戦、大航海は船出したばかり。前途には穏やかな海ばかりでない、嵐の日も、風雪の日も待ち受けていよう。そうした困難を若いダルが立ち向かい、如何に乗り切って行くか、それもまた私の見たいものなのです。
 
 
具志堅用高とはなんぞや
 
 中学時代の同級生で主婦緑川洋子さん(埼玉在住)からA5サイズの封筒が届きました。中身は「具志堅用高 我が道」というスポニチに連載された切り抜きでした。
 
 全31回にわたる長期連載を1回の漏れも無くスクラップして送ってくれたものです。私がスポーツ関係の仕事に携わっていて、具志堅会長とは旧知の仲と知って何か役に立てばと、したためてありました。鶴瓶の「家族に乾杯」流なら、さしずめ「♪幸~せをあ~りが~とう、ぬくもり届きました~♪」です。
   
 有難いことです。31日間まいにち丁寧に切り取って下さったその行為に頭が下がります。じっくり読みたいと思います。記事の内容は現役時代のことから、現在の芸能活動に至るまでまでを記者のインタビューに応えて構成されています。で、ちょっちゅね、具志堅さんの話をします。
 
 
~何事も一生懸命~
 
 ザッと拾い読みしただけですが「ボクシングも芸能活動も一生懸命やっています」との言葉がすぐに目につきました。彼は「一生拳命」と色紙にサインをするのだけれど。私にはその深遠な意味は、多分他人より少しは分かるのです。
 
 グスマンという選手から7回KOでタイトルを奪ってから、4年にわたりタイトルを防衛して、13度。私はず~と密着取材してきました。キャンプも練習も試合も、そしてオフの日々も。だからちょっち偉そうに語れるのです。
 
 で、連続13度の防衛は普段の稽古を一生懸命ベストを尽くした。栄冠はその賜物に他有りません。とてもシンプルな答えです。トレーナーの言う事をよく聞き、一旦ジムに入れば一心不乱に没頭する。隙がない、無駄がない…研ぎ澄まされた稽古の積み重ねが、無敵のカンムリワシを作ったと。決して特別な事をした訳ではありませんよ。努力が天才を生んだんです。後に続く者へのメッセージですよ、これは。
 
 そのボクシング王、具志堅さんが芸能活動でも人気者になっている。ジャンルが変わってもあの時と同じように、一生懸命やっていると自らを語る。そこに芸能界での成功があるんじゃないか、そう私は得心するのです。
 
 
~天然ボケの意味は?~
 
 「テレビで見る具志堅さんは、あれは天然ボケですか?」なんてよく聞かれますが、お笑いだから適当にとは具志堅さんの性格は許さないのです。場違いなシーンに、真剣であれば有る程、逆にお笑いを誘うのではないでしょうか。具志堅さんの天然ボケは、つまりは純粋無垢な心の発露なのです。
 
 私はかつて「舟木昭太郎杯ゴルフコンペ」を10年以上にわたり主催していました。代表幹事を引き受けてくれたのが具志堅さんでした。多い時は12組、48人が集まりました。
 
 常に変わらず盛大でした。格闘家、芸能人、マスコミ関係、友人、知人…こうした多種多彩な人たちが集うコンペが、毎回混乱もなく続けられたのは、勿論彼の名声と人柄のお蔭でした。
 
 
~叱責するときも同じ~
 
 会場に着くのも誰よりも早い徹底ぶりは驚くべきものでした。或るとき後輩の渡嘉敷勝男さんが、プレイ開始ぎりぎりにゴルフ場に車で乗り付けました。それを見つけた具志堅さんが、大声で怒鳴りました。
 
 「渡嘉敷!芸能人のマネするな!」それはタイトルマッチを戦う具志堅さんの形相でした。芸能人が押しなべて、遅刻するとは思いませんが、後輩を叱るその姿勢にある種畏敬の念を私は抱きました。そうなんです、彼は叱責するときも一生懸命なのです。後輩への愛情です、これ。
  
 いま皮肉にも芸能界に身を置く具志堅さん。勿論本業はボクシングジムの経営ですが、このように己に厳しい人だからこそ、芸能界でも生きて行けるのだと感じるのですが。因みに元中日ドラゴンズ坂東英二さんが、タレントとしての目標だそうです。
 
 ちょっちゅね、長い話ですみません。また機会があれば「具志堅用高とはなんぞや」を綴りたいと考えますが…。
 
 
黄金週間を如何お過ごしで
 
黄金週間、皆さんは如何お過ごしですか。私は特に予定がないので例によって、畠と読書で過ごし、気が向けば近郊の行楽地にぶらり旅をしようかなと思っております。
 
 早速ネットを見ていたら、神奈川県伊勢原の芝桜とあったので妻と30日朝10時に小田急線で出掛けました。明日は知らぬ命、思い立ったらすぐ実行。
 
 駅に着き市の案内所を尋ねたら、何のことはない、知らないのでバスの運転手に聞いてくれ、という。これが市の役人か。バスの運ちゃんも「芝桜はこちらで降りると便利です」とかひと言云ってくれればいいものを。なんて伊勢原の人は薄情なんだ。リック背負った叔父さん、叔母さんが 不安げに降りて私たちもその背に付いて行った。
 
 
渋田川の土手に咲く芝桜
 
 芝桜は渋田川の土手に600㍍の距離に咲いていた。見頃はすぎたが川沿いを散策するのも牧歌的で、気に入りました。本腰をいれて市が開発して長い土手を全面的に芝桜にしたら、さぞ一大観光の目玉になるのはと想像しました。
 
 3㍍位の川幅だが水草が水中でなびき、いまが繁殖期の鯉が群れを成して雌鯉に体当たりする思えもよらぬ勇壮なバトルも見た。東京から1時間ちょっと、伊勢原市よ、もったいないぜ。川をもっと綺麗にして、秩父のように本腰を入れて取り組んで下さい。川にタイヤが浮いていたのには幻滅でしたが。
 
 
花のスライドショー
 
 それにしても一足飛びに春が来て、5月1日は夏も近づく八十八夜。自然界の目まぐるしさは、まるでスライドショーを見るようです。まだ草木が目覚めぬ頃に、こぶしが街路に春を囁き出したと思ったら梅が咲き、桜に受け継がれ、さらに木蓮が大きな花弁でワルツを踊り出しました。
 
 こぶしは別名「さくら引き」というのだそうで、確かに春の先駆けの花に相応しい感じがします。で、気が付けば何とハナミズキが女学生のい帽子のように、微風に眩いばかりに揺れています。これでもかと存在感を放つ躑躅とは対照的です。楚々たる美しさ、だから私はハナミズキが愛おしいのです。
 
 
惜春譜のとき
 
 あっという間に春は通り過ぎて初夏の装いに早変わりです。29日朝日朝刊の高橋睦郎「季をひろう 惜春譜」の欄に、行く春を惜しむうた(俳句)を採り上げていました。
 
 その中でも最もポピュラーなものは芭蕉の詠んだ「行く春を近江の人と惜しみけり」は、味が有って、心に沁みます。めくるめく花たちのフアッションショーは、こうして色を変え形を変え、匂いを変えて弛むことなく続きます。 
 
 4月から5月にかけは、まさに神々の季節です。艶やかな菖蒲、5月の女王薔薇、彼女たちは今や遅しとスタンバイしています。花は咲き乱れ木々は一斉に輝きを増し、自然はさっと一筆緑色に染め、萌える若葉に覆われます。生命の躍動、歓喜を体感します。それだけで私は、十分に幸せです。
 

渋田川土手のシバザクラ

舟木昭太郎の日々つれづれ

 

ハナミズキの白い花

舟木昭太郎の日々つれづれ

 

近所の黄色い薔薇がいまが盛り
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ダルビッシュの好投/大リーグ解説について/益軒が教える食事/他

・ダルビッシュの好投
 
・匠の技
 
・球場には夢がある
 
・大リーグ解説について
 
・益軒が教える食事
 
 ~腹八分目の勧め~
 
・露地栽培日誌

 

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ダルビッシュの好投
 
ダルビッシュ有がメジャー3戦目のタイガース戦で2勝目を上げた。7回途中降板で2安打1失点。グレート・ジョブ(大仕事)である。タイガースといえば、中地区首位を走る強豪チーム。
 
 カブレラ、フィルダーというメジャーを代表するスランガーがいる。これらをノーヒットに抑えての勝利は、敵地のファンも驚いたはずだ。次回登板は25日(現地時間24日)の名門ヤンキース戦。ジーター、A・ロドリゲス相手にどんな投球を見せてくれるか、顔合わせを想像するだけでも、私の脳は踊躍歓喜状態です。
 
 力対力の対決、スランガーたちを切り切り舞いさせる力の投球でなくとも、多彩な変化球を駆使したダルビッシュの投法がヤンキース相手に通用するのか。う~ん、千両役者との競演、堪らない!
 
 
匠の技
 
 過去メジャーで成功した日本人投手が二人存在する。一人は野茂茂雄。ドジャースやレドソックスで活躍した。トルネード投法からのフォークを駆使して三振の山を築き元祖ドクターK。
 
 もう一人佐々木主浩投手はマリナーズでクローザーで試合を締め括った。野茂と同じくフォークを連投して、勝利に貢献、大魔神と呼ばれました。
 
 彼等成功者に共通するものは「匠の技」と称して良いでしょう。手先の器用な日本人が編み出した精密な投球術は、さながら那智の滝のように激しくも美しく落下するフォークボールでした。ダルの7色の変化球もまた、メジャーリーガーを驚かす繊細な匠の技なのです。
 
 ダルの匠の技がヤンキース戦で、どうか冴え渡りますように私は祈ります。只、最新ニュースによると25日の試合は元広島黒田博樹投手の投げ合いになる模様で、ダルだけ応援するわけにいかなくなりました。大いに悩むところです。
 
 で、テレビを見ていつも感激する。どの球場も絵のように美しいことです。多分日本選手が大リーグに憧れるものの一つに「あんな美しい球場でプレーしたい」の願望があるのではないかな。
 
 
球場には夢がある
 
 翻って日本のプロ野球、球場からして大部分が人工芝。日本は雨が多いのでドーム球場も仕方がないが、せめて開閉式を義務付けるべきです。晴れた日には、青空の下で見られる解放感…天然芝に陽光が射す。
 
 ピーヒャラドンドンもない、こんな球場なら私も足を運びます。真夏の野球観戦、パナマ帽に短パン、素足のスニカーにサングラスで、手には好きなギネスビール。
 
 カーン!ホームランの音、ボールのゆくへを追えば限りない青空。外野席のしびれるような快感、そんな球場を日本の野球に望むのは無理だろうから、せめて私は大リーグをテレビで楽しむのです。
 
 
大リーグ解説について
 
 幸いかなタイガース×レンジャーズ戦の解説は小宮山悟さんだった。彼の解説は非常に明解である。元ロッテ投手、大リーグメッツにも在籍した経験を生かした、はなしにはなるほどと納得がいきます。
 
 投手交代のベンチの様子が手に取るように分かり、野球のもう一つの面白みが伝わった。ベンチとブルペンのやりとりの作業、およびエピソードなど、いまでの解説者に見られなかったものだ。言葉少なく的を得る解説も耳に心地よい。
 
 そうかといえば、ボソボソと何を喋っているのか分からない元投手、かと思えばやたらどうでもいい薀蓄を傾ける元監督など、せっかく海の向こうの雰囲気に浸っている時に、興醒めもいい処です。
 
 NHKBSも野球解説者の選定を厳しくするべきときだ。大リーグ放送ならせめてそれに見合った知識を備えてもらいたい。日本プロ野球の延長線上の、おおぶりな解説はもう御免蒙りたいのです。
 
 
益軒が教える食事
 
貝原益軒「養生訓」は凡そ300年前に書記したものだが、今に通じる名著である。読む程に敬服する。「凡(すべて)の食、淡薄(たんぱく)なる物を好むべし。肥濃(ひのう)・油膩(ゆに)の物多食ふべからず。生冷・堅硬なる物を禁ずべし。あつ物、只一によろし。肉も一品なるべし。さい(野菜=おかず)は一二品に止まるべし」
 
 要は淡泊な物を食べ、脂っこい物、冷たい物、硬い物は避けること。あつ物(お吸い物)は一椀でよく、おかずも一二品でいい…体に優しい食事を勧める。
 
 また「食少なければ、脾胃(ひい)の中に空処ありて、元気めぐりやすく、食消化しやすくして、飲食する物、皆身の養いとなる。是を以て病少なくなくして身つよくする」
 
 
腹八分目の勧め
 
 これなどは正しく小食の勧めで、いかに小食は体に良いかを説いている。「満意を慎むべし」と満腹を戒めている。ズバリこれは腹八分目の
教えで、300年前にこのようなすぐれた著書を表した益軒には、驚くばかり。
 
 江戸時代にあっては平均寿命が40才台、その中で益軒は83才まで生きている。養生の賜物といってよい。筑前(現在の福岡県)で生まれ、福岡藩士で、儒学者、本草学者、蘭医として多くの著書があり、そのなかでも「養生訓」は不朽の作品として今に伝わる。
 
 酒についてもこう述べている。「酒は天の美禄なり」(酒は天が与えた美味し贈り物である)と益軒は愛でていたが、それでも微酔程度だったようだ。健康で楽しい人生を送るためのまさに「養生訓」は虎の巻です。(参考文献/井上 忠「人物業書・貝原益軒」)
 
   
露地栽培日誌
 
 ゴールデンウィークも今週末、いよいよ一斉に畠に苗を植える。トマト、茄子、胡瓜、ピーマン…植えつけ前の土作りを22日午前に完了。トマトには溝施肥にして、今年は完熟牛ふんを多目に入れた。
 
 1週間後に苗を植えマルチで覆い、今年は裂果や病気を防ぐためにシートをかぶせ屋根を張るつもりでいる。とにかく甘いミニトマトを沢山作りたい。
 
 畑も今年で4年目、いつまでもアマチュアではいられないのです。

 

 
 
拙宅の通りのアスファルトに健気に咲くシクラメン。
生命の力強さを見せてくれる。

舟木昭太郎の日々つれづれ

 

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ダルビッシュ有の苦悶/貝原益軒の老いの生き方/他

・ダルビッシュ有の苦悶
 
・桜の花弁の「水葬」
 
・花の貴婦人モクレン
 
・貝原益軒の老いの生き方
 
・白山神社に参拝

 

舟木昭太郎の日々つれづれ

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ダルビッシュ有の苦悶
 
 華々しくメジャーリーグでデビューしたダルビッシュ有が、苦悶している。初登板のマリナーズ戦では先発して、初回に4点、2回1点奪われて敗戦濃厚だった。
 
 それが見方の強力打線の援護で、奇跡的に勝投手となった。2戦目の敵地ミネソタでのツインズ戦でも、制球が定まらず2点を取られ同点の6回途中で降板した。前回と全く同じイニング数である。どちらもノックアウトに等しい。
 
 ツインズ戦は結果的にダルの所属するテキサスレンジャーズが勝利をものにしたが、ダルに勝ち負けは付かなかった。新天地は想像以上に厳しい事を感じさせた。
 
 しかし私はむしろダルの非凡な才能を目にして、やはり只者ではないと感心した。5点取られても、パニックに陥る事がなく己を修正していく精神力。これがあるからこそバックも援護する気になって逆転に結び付いた。
 
 ツインズ戦で見せた、ワイルドピッチ→捕手後逸→リカバリーで三塁ランナーを本塁でタッチアウトした、一連の機敏な動作、プレィーはダルの潜在能力の高さを表したもので、ピンチに強いダルを印象付けた。
 
 ピンチに立たされた時に、いかに忍耐強くしのぐか、これもまた投手には欠かせない要素。従って2試合の試練は、ダルの今後に必ずや役立つはずだ。だからして大いに悩み、苦しめ!やがてそれが勲章となろう。
 
 焦ることなし、自分を信頼して一歩一歩前進して欲しい。MLBの人生はまだ始まったばかり。道程は果てしない。25才の若い君は、失敗を恐れるなかれ。目先の勝利に、小さく纏らないで欲しい。
 
 私はダルが、MLBでも大投手になれると確信する。
 
 
桜の花弁の「水葬」
 
 14日終日降った春の雨は容赦なく名残の桜を散らした。翌日早朝ラジオ体操に出向いたら、公園の水たまりには、花弁(はなびら)の塊がそこかしこに風に揺れて漂っていた。それは恰も雨が捧げた厳粛な「花弁の水葬」であったような気がした。
 
 梢を仰げば既に幼葉が勢いよく芽吹いている。もう初夏の気配に自然の移ろいのダイナミックさに驚く。やがて燃えるような新緑に公園も包まれる。日新、日日新、又日新…(司馬遼太郎著より)。万物は日々生まれ変わる。
 
 間を置かず八重桜が豊満な装衣で登場するが私の桜狂いは、染井吉野の類の終わりをもって、今年はひとまず終焉となる。目黒川、隅田川河畔、大山公園、そして代々木公園の桜と今年も十分愉しんだ。
  
 
花の貴婦人モクレン
 
 桜が散ったその脇でモクレンが、白や紫のく大きな花弁を広げているのが目に入る。中国四川省が原産だというこの花は、かつては蘭の花に似ていることから「木蘭」と呼ばれていたそうな。
 
 いまはハスに形が近いので正式に「木蓮」と命名され、紫木蓮、白木蓮…いずれもそのふくよかな花姿は、のびやかで大らか、春の柔らかい陽光に映えて美しい。白木蓮はまるでシルクのようで、さしずめ”花の貴婦人”である。
 
 私はどちらかというと紫木蓮が好きで、これを見つけると所構わずカメラを向けてしまうが、白木蓮の花弁には、武士(サムライ)の貞淑な妻の趣を連想してしまう。かくの如く春は、花の連鎖の季節で飽くことがない。
 
 
貝原益軒の老いの生き方
 
 手元にいま貝原益軒の一冊の本がある。図書館で借りてきた。これが面白くて、止められない。丁度、60才以上の年配者にはためになるので
唐突ですが、綴ってみました。
 
 「清福といふ事あり。楽(たのしみ)をこのめる人、必(かならず)これを知るべし」(清福ということがある。楽しみを好むひとは必ずこれを知っていなければならない)貝原益軒『楽訓』「巻之上」
 
 「清福は、いとまありて身やすく、貧賎にしてうれひ無きを云う」(清福とはゆったりとした時間が持てて、金銭的に貧しくとも心配事がない状態をいう)
 
 以上は山崎光男著「老いてますます楽し 貝原益軒の極意」より引用したもので、幕末に来日したシーボルトが益軒を「日本のアリストテレスだ」と評したという。
 
 益軒の「養生訓」は老いたる我身には大いにためになる。「自ら楽み、人を楽まして、人の道を行はんこそ、人と生れたるかひ(甲斐)有りて」 益軒の人生哲学は「楽しむ」こととズバリ。私はいま貝原益軒に傾注してる。今後時々、益軒を論じてみたい。
 
 
 白山神社に参拝
 
 三か月に1度、白山神社に御参りに詣でる。勤めていた会社が白山にあってサラリーマン時代からの慣習になっている。何をお願いするわけでなし。御参りすると何故か心が澄んだ気持ちになる。
 
 16日は晴れ間の覗く暖かい日で、境内には枝垂桜が満開に咲き誇っていた。人影もまばらで、思いがけず絶景を独り占めするような気分に浸った。もう一つ、珍しい桜にも会えた。「白旗の桜」という名の、純白の花弁は、とても神社に相応しい趣だった。
 
 やはり御利益はあったのだ。

 
 
のびやかに咲く紫木蓮の華

舟木昭太郎の日々つれづれ


白山神社の枝垂桜はいまが満開(16日午後)

舟木昭太郎の日々つれづれ
 

神社境内の「白旗の桜」

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北島康介恐るべし/マスターズとウッズ/静かな誕生日に満足/他

・北島康介恐るべし

 
・マスターズとウッズ

 
・さくら、サクラ、桜
 

・静かな誕生日に満足
 

・年寄になり知るもの

  

舟木昭太郎の日々つれづれ

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北島康介恐るべし
  
 北島康介の4連続五輪出場を決めた。彼は鉄人技である。2000年高3の年に初めてシドニー五輪に出場して、’04年アテネで100、200㍍平泳ぎで金メダル。’08年北京でも100、200平泳ぎで同金メダル、連覇した。そしてロンドンへ。当年29歳、只々驚くばかり。
 
 ロンドンでは3連覇がかかる。一時スランプに陥り苦悶したようが、彼の精神はまるで鋼(はがね)のようだ。人間どうしたらかくも強い肉体と精神を兼ね備えることができるのだろうか。
 
 あらゆる誘惑に打ち克ったからこそ北島の現在の姿がある。彼には一種修行僧の風貌がある。スポーツも極限まで突き詰めた人は、宗教家の顏になるようだ。
 
 私の尊敬する黒崎健時さん(新格闘術総帥)が言った。
「目標に何処まで集中できるか、その執念が才能である。」
 北島にぴったり当てはまる言葉である。

彼は全ての日本人の鑑である。

ロンドンではどんな名文句が飛び出すか。
 
 
マスターズとウッズ
 
 アスターズが終わってバブ・ワトソン(33=米国)がPO(プレーオフ)の末初優勝した。 今年も名勝負・名場面が随所に見られた。最終日ルイ・ウェストへーゼンの2番ホール(パー5)でのダブルイーグルには驚いた。残り235yd、4番Iの2打目がグリーンを転がりカップイン!史上初めての快挙を目撃した。
 
 勝負はPO2ホール目、両者ティーショットを林の中に入れたたが、ワトソンは奇跡的なリカバリーショットでグリーに乗せた。結局パーでウエストへーゼンを下した。レフティー(左打ち)のマスターズ勝者はM・ウエアー、F・ミケルソンに次ぐ3人目だそうな。
 
 タイガー・ウッズは5オーバーの40位。ドライバーもアイアンも乱れて、昔日の面影無。全盛時のタイガーがいまさらながら懐かしい。
  
 ショートレンジでの球が右へふけてしまうような光景を目の当たりにして、私は彼の私生活の乱れが、いまゴルフに表れていると感じた。あの無敵の男が断末魔の苦しみを味わっているのだ。
 
 不倫騒動で妻や子供とも離別。12年連れ添ったキャディー、スティーブ・ウイリアムスからも見放されれた。いま改めて彼は失ったものの大きさを後悔しているはずだ。何事も一人の力では為し得ない事がが分かったはずだ。
 
 ちょっとした慢心が致命傷となる。私生活の自己管理が如何に大事であるか、北島と比べるとより鮮明である。タイガーマニアの私としては、兎に角失敗から学んで、真の再起をして欲しい。茨の道は当然の代償である。
 
  
さくら、サクラ、桜
 
 今年の都心の桜は寒い冬を耐えて見事に弾けた。3月31日に開花宣言されるや堰を切ったように競い4月7日には満開となった。こんな濃密な一週間は私も経験がない。お蔭で大いに桜を楽しんだ。
 
 7日は妻と都立大駅まで出掛けP&S社に勤務する奥川正治さんの個展を鑑賞す。繊細なタッチの水彩画で私が特に気に入ったのは、四谷橋から上智大を望む風景画。淡い桃色の桜’が何とも言えない情感を誘う。もはや趣味の域を超えて立派なマエストロで、恐れ入る。
 
 駅前の桜も咲き誇りしばし魅入る。都立大駅から中目黒駅まで戻って、目黒川の桜を散策。噂には聞いていたがこれは圧巻だった。川の両側から折り重なるように伸ばす枝は、まさに桜の錦絵。
 
 ごった返す人だかりで、草々に引き上げた。お天気は良かったが少々底冷えのする気候は、花を長持ちさせるので幸いなのかも知れない。中目黒から六本木へ出て大江戸線で森下まで行く。
 
 田舎より甥たちが桜を見に私の長姉の家に来るというので、合流する。車で到着する間もなく今度は、車で押上を回りスカイツリーを垂直に仰ぎ見て、そのまま隅田川河畔へ。桜を車中から眺めた。
 
 遊歩道には屋台が所せましと並び、5時ごろだというのにもう人の群れは続いていた。何処へ行っても、花見客で溢れている。日本人ほとなる。ど桜が好きな国民もいまい。ヒマラヤにも米国にも桜はあるが…。花見から帰った後は、長姉宅で大宴会となった。
 
 8日、日曜は地元西原町の桜祭りで、たこ焼きを手伝う。こちらも大勢の花見客が押し寄せて、大いに賑わう。すっぽん「田吾作」夫妻や従業員も見いた。カラオケ仲間も7時頃来たので加わって飲んだ。花より団子、それもよし。桜はあとニ三日は見頃で、何となく気ぜわしい。今年も「世に桜のなかりせば」のモード、我ながら呆れる。
 
  
静かな誕生日に満足
 
 2日は誕生日、最近は外で特別なお祝い事をしないのが我流儀。我家で妻手作りの料理で細やかに祝ってもらうのが一番だ。自分から申し出た。外出は面倒だから。
 
 妻が鯛めしを拵えてくれた。その他ホタル烏賊の刺身、大根サラダ、豚ステーキ。最初はぬる燗の日本酒。次いでワインに移る。幸いワインは極上のものをワインセラーに保管していた。
 
 2年前、薬師神芳夫さん(元ミズノ)の還暦祝いの旅行で具志堅用高さんらと日立市に行った折、フランス料理店「デュ・パブレン」のオーナーシェフ石橋さんから頂いたものである。因みに弟・淳さん(元ミズノ社員)と共同経営のお店である。日立へお出での節は是非利用してください。
 
 頂いて在ったワインは、2004年 SaintEmilion ”Virginie de Valandraud”私好みのどっしとした力強い味で、本来ならば鴨料理などこってりした料理に合うのだが、それでも十分に堪能した。この日のために取って置いて正解。
 
 倅が急に帰宅が遅れて今年は妻と二人の誕生会となったが、静かな誕生日を過ごすのもまた年寄に相応しい。翌朝、倅にはブレックファスト用のマグカップをプレゼントされた。気に入って、毎朝愛用している。
 
 
年寄になり知るもの
 
 3日はお祝いに葉加瀬太郎のコンサート(サントリホール)へ誘ってくれた。テレビで「情熱大陸」を見てすっかりファンなっていたので、妻が心がけていたようだ。コンサートは1部がクラッシック音楽で2部が情熱大陸バージョン。
 
 やっぱり2部が圧倒的にお客の反応がよかった。彼は話術が爽やかで垢抜けているので、心地よい。朝ドラの「ひまわり」が演奏されるとウキウキした。嵐の中を行った甲斐があった。
 
 1日はオペラシティの「八っかく庵」という豆腐専門の料理屋さんにカラオケ仲間が誕生夕食会を開いてくれた。53階からの薄暮から夜に映りゆく景色を眼下に見て、豆腐懐石を味わった。
 
 4日は「花にし会」の催しが幡ヶ谷区民会館でありカラオケで、「おとこの涙雨」(北山こうじ)と「男ごころ」(鏡五郎)を唄い日頃の練習の成果を披露した。飲んで唄って、年寄は楽しんでいるのだ。
 
 人は独りじゃ生きられない。人なる字は、なるほどよくできていると感心。支え(つっかえ)棒がなければ、立っていられないのである。年寄になってシミジミ分かる人の(肉親&他人)情け、有難さ哉。
 

  
「さくら、サクラ、桜のみだれ咲き」
 
~隅田川河畔の桜~

舟木昭太郎の日々つれづれ
 

~目黒川の桜~

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~奥川正治さん個展「四谷橋風景」~

舟木昭太郎の日々つれづれ

 
~大山公園の桜~

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~朝の体操のあとでJica脇の空き地で~

舟木昭太郎の日々つれづれ
 

姉宅での甥たちとの宴会

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キョードー東京嵐田会長「お別れ会」に感銘した

・キョードー東京嵐田会長「お別れ会」に感銘した

 
 ~笑顔を絶やさず温厚な紳士~

 
 ~シンプル イズ ベスト!~
 

 ~壁には故人の業績の数々~

 
 ~36年振りに懐かしい人と再会~

 

舟木昭太郎の日々つれづれ

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キョードー東京嵐田会長「お別れ会」に感銘した
 
3月19日に腎不全で逝去した嵐田三郎さん(株式会社キョードー東京代表取締役会長)のお別れ会が、29日午前11時半からホテルニューオータニ「鶴の間」で行われた。享年79歳。
 
 芸能、マスコミ関係の主だった方々が多数集まり故人を偲んだ。キョードー東京は、イベント興行会社として、世界のトップ歌手を日本に招聘している。他に格闘技(K-1など)のチケットも扱い日本はもとより世界屈指のイベント会社である。
 
 当日会場で頂いたお別れ会の案内栞(写真あり)を見れば、同社の存在がいかばかりか一目瞭然である。私の知る限りの有名歌手の殆どが網羅されている。まさに星座の如く。
 
 ルイ・アームストロング、ビートルズ、ダイアナ・ロス、ホイットニー・ヒューストン、マドンナ、マライア・キャリーetc。「キョードーから声がかからない歌手は、一流ではない」といわれる。得心。
 
 
~笑顔を絶やさず温厚な紳士~
 
 嵐田会長は1962年の会社設立当時からの社長(’00年3月代表取締役会長就任)で、同社の売上は現在100億円の売上(従業員50名)を誇っている。私と嵐田さんの接点は1969年(S44年)に傘下の協同プロモーション(同プロ社長も兼任)がキックボクシンを電波に乗せた頃に始まった。
 
 以前にもこの欄で書き印したと思うが、嵐田社長は笑顔を絶やさず温厚な人だったという印象が強い。現場の事は殆ど神村栄一さん(当時・興行部長、現・新空手主宰)に任せていた。
 
 マッチメークは日系のレジ・一ノ瀬さん。嵐田社長の薫陶受けて同プロは格闘技には珍しく紳士の集団だった。事務所で直接取材に応対すのは、もっぱら広報木暮さん。それでも時たま顔を合わせる嵐田社長は、駆け出しの私に丁寧な挨拶をしてくれた。
 
 その故人嵐田会長を神村はいまでも「私の永遠の師匠は嵐田社長、僕の体内にはいつも嵐田イズムが脈打っています」といって憚らない。つまり故人嵐田三郎は、男の心を生涯虜にする魅力を持っている人である。
 
 当時の協同参加選手は鉄腕・錦敏弘、鶴田幸成、江口和明、レイモンド・エドラー、福島三四郎、東昇、近藤一といったキラリと光る個性派揃えで、後楽園ホールの試合日には特に私の心が躍ったものだ。
 
 放映局は日本テレビ、実況アナウンサーは若き日の徳光和夫アナ。結局同局のキック番組はキックブームの終焉と共に足かけ7年で幕を閉じたが、後半には猪狩元秀、長江国政などを輩出。キックの黄金期
に寄与した。選手の勇姿が甦り、開場を揺るがす喚声が未だ木霊する。
 
 同時に嵐田社長のダンディな姿も忘れられない。日本のビックマンがまた一人この世から去ってしまった。多くの世界のアーチストは嵐田会長の死に、さぞや涙していることだろう。御冥福を御祈り致します。
 
 私は数多のお別れの会に出席賜ったが、今回ほど感銘を受けたことはない。只素晴らしい!の一言。何がといえば、全てが垢抜けていて、お洒落。これぞお別れの会のバイブル。流石キョードーです。
 
 
~シンプル イズ ベスト!~

  
 何が私の心を振動させたのか。以下拙い文章で綴る。祭壇中央に微笑みかける遺影は、ヘビースモーカーの故人が右手に煙草を指に挟んでいる。渋いネクタイと薄いブルーのワイシャツはおしゃれな嵐田を表現するに十分で、はにかむような微笑は、故人の仁徳、人柄をストレートに表している。内面まで撮った、カメラマンも凄い!
 
 遺影の下方にはズラリと並ぶ梅と桜の切り花がいまが盛りと咲き誇る。この日のために標準を合わせて咲かしたときく。喪主、会社の故人への熱い思いが伝わってくる。正に「嵐田三郎花の生涯」を具現する見事なステージ、式典である。遺骨も我々に語りかけるかのように手の届くような所に置いてあったのも、永遠の別れを実感させてくれた。
 
 11時半ぴったり式は始まった。横一列に並んで白バラ一輪、手にして献花するのだが、挨拶は一切なし。到着順の献花。供花無し、香典一切無し…。う~ん、シンプル イズ ベスト!
 
 バックには先ずサッチモの「聖者の行進」の歌が流れ、そのあとは次々に招聘した歌手の曲が淀みなく続いた。私の想像ではそうしたアーティストのビデオレターが加わり連綿と続くと予想したしたが、それも無い。
 
 献花が済むと出口付近に喪主の姿があり足元には、さり気なく花が横たわっている。そこを過ぎると宴会場。贅を尽くした飲食が用意された故人をしのぶ歓談の場。
 
 
~壁には故人の業績の数々~
 
 宴会場の壁にはこれもさり気なく故人を偲ぶVIPとの写真や公演入場証、ボクシング本部から贈られた楯などの記念品が飾られてある。
因みにWBCホセ・スライマン会長とは無二の親友である。音楽以外でも、嵐田さんは幾多の世界戦をプロモートした事は余り知られていない。
 
 女優高峰秀子は「水槽の中で綺麗に泳ぐ魚より、はらわたのある女優になりたい」(高峰秀子との仕事=斉藤明美著より)と語っているが、まことはらわたの有る、余分なものを削り取った、スマートな「お別れ会」だった。ただた、感銘、感激。
 
 遺影は明日の我が姿だという。私は故人に手を合わせる度に、己にいい聞かせる文句である。俺の葬式はこうしたい、こうやってもらいたいと。そういった意味で、規模の大きさは真似するべもないが、シンプルさは印象に残るという点で、大いに参考になった。
 
 
~36年振りに懐かしい人と再会~
 
 私はP&S社の横井社長と御一緒した。同社長は亡くなる20日前に嵐田会長と食事を共にして突然の訃報に驚いていた。会場で珍しい人に出会った。キック放映当時日本テレビスポーツ部のプロデューサーだった大久保公男さん。
 
 実に36年振りの再会で、すぐ分かった。昔と変わらない。嬉しかった。元協同プロ社員の神村栄一、榎本浩の御二人もいたので、4人で当時の話に夢中になった。
 
 大久保さんは現在葉山にお住まいで、週3回海辺のカフェで元サッカー監督の経営する店で手伝っているという。「半ズボン、Tシャツでお客様に頭を下げる日々です」と照れるその姿に、穏やかな春の海のような人柄を感じて、羨ましかった。
 
 華やかなテレビ界を定年退職して、静かに第二の人生を愉しむ…いいな。「静かにいく者は、健やかに行く。健やかに行く者は、遠くまで行く」か。長生きするとこんな出会いもある。老いるということは時に思わぬ僥倖、味わいがあるのです。大久保さん、一度、葉山のお店にお邪魔いたします。
 
「嵐田三郎お別れの会」より

 
「お別れの会」の栞。
招聘アーチストの名前が星座の如くずらり。

舟木昭太郎の日々つれづれ

 
36年振りに会った元日テレプロデューサー大久保さん(中央)と元協同プロ神村さんと。

舟木昭太郎の日々つれづれ

 
マイケル・ジャクソンと嵐田会長のスナップ。

舟木昭太郎の日々つれづれ
 

ボクシングのプロモーター、ドン・キングと嵐田会長(右)

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各コンサートの嵐田会長の入場証

舟木昭太郎の日々つれづれ
 

壁にはVIPたちとの思い出の写真が並べられて。

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満開の梅と桜に見送られて遺影が微笑む、手前遺骨。
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大相撲6大関の異様/朝ドラ「カネーション」の魅力/他

・大相撲6大関の異様 

 ~関脇以下に期待がもてない~


・朝ドラ「カネーション」の魅力 
 ~芥川龍之介の「蜜柑」~


・露地栽培日誌

 

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大相撲6大関の異様
 
 大相撲春場所は白鵬の逆転優勝で終わった。千秋楽まで13勝1敗と賜杯に一番近かった鶴竜だが、本割で豪栄道に敗れて失速、決定戦で白鵬にも屈した。
 
 優勝はできなかったものの鶴竜は、1横綱、4大関を下した金星で大関昇進が内定し、今28日の臨時理事会で正式決定されるようだ。そうなれば1横綱、6大関の布陣になる。
 
 鶴竜の活躍に水を差すようだが、手放しで賞賛はできない。それ相応に今場所の活躍は認めるが、兎も角、異様な事態である。6人大関は、ダンゴ6兄弟と揶揄されても仕方がない。
 
 大関にはになれたが、どの力士も横綱になれる力量も覇気も、私には見受けられないからだ。陽当りのいい処で楽しんでいるように見える。
 
 ああ、昭和大相撲が懐かしい。関脇、小結あたりが群雄割拠した時代。番付表を眺めるだけでも、既に戦いのドラマが始まっていた。巨漢(大内山)や巧者(信夫山)など、多種多彩な強者たちがいて、そこに栃若聳えていたオールディーズ。古い話で恐縮です…。
 
  
~関脇以下に期待がもてない~
 
 最近の番付表を眺めるに大関は勿論だが、関脇以下に激しいサバイバルマッチを期待する顔触れは見当たらない。お寒い限りで、情けない。悪く言えば10束一絡げ。国営放送が莫大な放映料を相撲協会に払っているから遣っていられる。
 
 放映から手を引いたら、忽ち立ち行かなくなろう。多大な恩恵に浴していることを協会と力士はよくよく考えてみるべきだ。ライバルがいず、スイスイと大関の昇級試験をパスする現状ではやがて大関8~10人の時代が来るかも知れない。
 
 もはや大相撲の世紀末、八百長問題に端を発した協会の改革も全て済んだ如く、当時の北の湖理事長がまた理事長に再任された。相撲協会というところは、何があっても旧弊を残したいらしい。
 
 改革というなら一層、貴ノ花でも理事長に抜擢る位の肝っ玉が有ってよかった。
 
 
朝ドラ「カネーション」の魅力
 
 NHKの朝ドラ「カーネーション」は近来になく面白いのは、物語に意外性が満ち満ちているからだ。病院でのファッションショーなどはその最たる例である。
 
 末期がん女性患者を最終モデルに起用して涙を誘うあたり花も実もある見せ場になっている。二人の子供たちがステージに駆けあがり母親抱き合うシーンは、これはシナリオの勝利だ。主役・小原糸子の晩年演じる夏木マリの見事。
 
 人気絶頂の尾野真千子から夏木にスイッチして、これは危険な冒険だと案じたが、正解だったことが証明された。若い尾野を90歳ちかくまで引っ張って、老けさせることは確かに無理があり不自然だろう。
 
 短編小説などでも秀逸な作品は、文章力もさることながら、さらっとしている中にきらりと光る意外性が必ず潜んでいる。読者が飽かずに読むのは、まさしく予期していない出来事が現出するからに他ならない。カーネーションの成功はまさしく意外性の連続にある。
 
 
~芥川龍之介の「蜜柑」~
 
 当たり前のストーリーでは読者はバカにしてしまう。余談ながら芥川龍之介に「蜜柑」と題する作品があり、私の好きな短編だ。話の筋はこれから奉公に行くという12、3才の小娘が、2等列車に間違って乗ってきたことから物語は始まる。
 
 手に握り締めているのは3等の切符で主人公の向かいに座り、トンネルに入るとしきりに窓を開けようとする。手はあかぎれで、粗末なこの小娘を主人公は苦々しく見ている。
 
 何とか窓が開くと媒煙が車内に飛び込んでくる。やがてトンネルを抜けると町外れの踏切の向こうに、3人の弟たちが手を振っている。負けじと小娘も窓から身を乗り出して、大きく手を振る。お互いに何かを叫び合ってる。
 
 そのうちに小娘は懐から蜜柑を取り出して、弟たちに向かって放り投げた。見送りに来てくれた勞に報いるために…芥川の大正8年の作品。仄々とする物語で、ある種、ミスティリーの要素を含んでいる。
主人公もこの少女によって心が救われる。
 
 少々横道に逸れてしまった。ドラマに戻そう。大正時代に生まれて、日本のフアッション界の草分けとしてコシノ3姉妹を育てた故・小
篠綾子。その生一本な生涯を描いた物語も、最終コーナー。どんな終焉を迎えるるのか、楽しみなことである。
 
 
露地栽培日誌
 
 21日、水曜日午前中にじゃが芋もを植えた。種芋(メリークイーン)を島忠で購入して、半分に割り天日で2日ほど干した後で埋めた。切り口を乾かしたのは、雑菌に侵されないためである。
 
 畝は幅60㌢、高さ20㌢で種芋の切り口を下に向けて、深さ10㌢の所に牛糞、化成肥料を芋の間に置き土で覆った。今年は文献を調べてしっかりやった。お蔭で体の節々が痛んだ。

 6月下旬から7月初旬の収穫では、苦労の成果が果たして出ているだろうか。農作業というやつは、無心になってできる。都会の真ん中でこんな豊穣な時間を過ごせる事は、なんとも幸せである。
 
 
じゃが芋を植えた畠、土が新しく掘り返したところ。
手前から二つ目から三畝。6月~7月の収穫になる。
舟木昭太郎の日々つれづれ
 

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プロレスは極上の文化/大仁田厚は千両役者/凶器攻撃もプロレスの華/他

・プロレスは極上の文化
 ~大仁田厚は千両役者~

 ~凶器攻撃もプロレスの華~
 
・梅の花の間引き
 ~香梅が見頃~
 
・故郷の山桜への想い

 

舟木昭太郎の日々つれづれ

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プロレスは極上の文化
 
 オールディーズ・プロレスは楽し。初代タイガーマスク、佐山聡氏が主催するプロレス(3月16日、後楽園ホール)を観戦した。長州が出る、藤波が出る、大仁田もタイガーマスクも…昭和プロレスの粋であった。ご招待を受けブログでお世話になっているプロレス狂の藤原女史と御一緒した。
 
 来賓挨拶ではあの”過激な仕掛人”新間寿氏も姿を見せ懐かしい新間節を奏でた。新日本プロレスの絶頂期に、敵方ジャイアント馬場の全日本プロレスを挑発した弁舌の鋭さは見事という他なかった。
 
 私はプロレスは頭を空っぽにして楽しむものだと思う。へんな先入観を持たず、ひたすら目の前に繰り広げられる動きに眼を向ければ、一つ一つの選手の動作、しぐさにもえもいわれぬ味わいがある。
 
 藤波がリングに登場するときのスタイル、長州がここぞという見せ場に必ず取る前ふり、それは両手でさり気なく髪を掻き揚げるポーズなどよく観察すると面白く、マニュアは多分こんな些細な事でもたまらないのだろうと推し量る。
 
 ウルティモ・ドラゴンの入場シーンは、スパンコールの衣装にソンブレロ、軽快なマリアッチの音楽で観客を引き込む。完全なリチャリブレカラー。コーナーポストに登り両手を掲げ雄叫びを上げるさまは、インカの戦士になり切っている。プロレスはメルヘンの世界でもある。
 
 
~大仁田厚は千両役者~
 
 大仁田は千両役者である。自己アピールのタイミングを観客の鼓動の中に常に探っている。無駄なパフォーマンスは一切せず、ここが己の見せどころとなると、一気にエンジン全開で試合を盛り上げる。
 
 タイガーと絡んだダックマッチは見応えがあった。一流の選手は相手の善い処を存分に引き出す。だから面白い。彼らはプロレスに秀でたマエストロたちである。何と言おうとプロレスは観客を楽しませる極上の文化である。結論、プロレスは無垢になって楽しむべし。
 
 懐かしいビッグバン・ベーダーもきた。荒々しく入場するシーンは我ながら陶然した。もう叔父さんだが、立派に昔の面影を残していた。在り日しの勇姿がオーバーラップした。
 
 「気を付けてください!危険です、お客様は絶対に近寄らないで下さい!」。アナウンサーの世紀末のような絶叫も、またプロレスならではのパフォーマンス。あれも試合を盛り上げる重要な仕掛けなのだと得心する。お客も選手も立派に煽動している。
 
 
~凶器攻撃もプロレスの華~
 
 凶器攻撃もしかり。普段はできないことがプロレスの世界では許される。此の夜、観客席の椅子を持ち出して、相手の頭部を殴り3脚を破損させた。その弁償は会場使用料の中に、別項目で主催者に請求される。だから壊されてもホール側は悠然と見守っているのだ。
 
 帰り際、新間さんに会ったら「ああ、丁度良かった。今度昭和プロレスの会を立ち上げるから、ターザン(山本)とあなたは名誉会員だ。是非参加してくれ。」と言われた。新間のお父さん(愛称)じゃ断れない。
 
 
梅の花の間引き
 
 久しぶりに晴れ間が出た日の午前、知人宅の庭に咲く梅の花を摘んだ。粒の揃った大きな実を育てるための所謂間引きというもの。暮に沢山牛糞やら化成肥料を施したので、今年はてんこ盛のように咲き誇った。
 
 梅の木は折れやすいので、梯子を掛けてびくびくしながら花を摘む。老いたる身には、体が硬く手足がままならず我ながら歯がゆい思いをしながらの作業で、芯まで疲れた。
 
 2時間ほどかけてやっと終わった。初めての試みだが収穫期にはどうなっているか。去年はカラオケ仲間に差し上げたら大変喜ばれた。我が家では食前酒として、梅酒をよく飲むのであっという間になくなる。因みに1,8ml×3本の焼酎で壜に仕込む。
 
 砂糖を標準の半分位に抑えるので我が家の梅酒は、辛口なのだがカラオケに梅の実だけを取り出し持参すると、御婦人方に喜ばれる。そんなことが励になっている。「褒める事は人を動かす最良の方法」とはよく言ったものだ。

 
~香梅が見頃~
 
 同じ庭の片隅には2本の香梅が競うように咲き誇る。桃色の、まるで桃花に見間違うような鮮やかなピンクは、思わず立ち止まり見惚れてしまう。何処までも澄んだ碧い空は、あくまでも香梅の引き立役である。
  
 日本の四季の移ろいは花によって実感する。梅が終わると桜が南から北上してきて、本格的な春を迎える。生家のある福島県の狭隘の山村、鮫川の桜は桃花を連れ立って、4月の終わりに一斉に開花する遅い春である。

 
故郷の山桜への想い
 
 里山に咲く山桜を愛す。武骨なほど白く、雑木林の中にひっそりと孤高の誇りをもって咲く姿は喩えようがなく美しい。あれは散りゆく時の白装束姿ではないのか。「しきしまの大和心を人問わば 朝日に匂う山桜花」(本居宣長)
 
 故郷の鄙びた風景を思い起こすたびに、私は何故か亡くなった母を偲ぶ。 20日は彼岸、春分の日…墓参にも三年ほど行ってはいない。「墓には布団は掛けられない」の諺があるように、何一つ親孝行していない。老いて益々悔やまれる。
 
 今年は福島市の花見山公園の桜を見に行きたいという妻の予てからの望を果たしてやろうと、当地在住の同級生高橋敏子さんにメールした。
 
 ところが花見山公園の辺りが放射能の濃度が特に高く入山を許されないのでは、との返事のメールが届いた。原発事故は歓喜の春をも奪ってしまっている。本人は気が滅入って、病に臥すことが多いという。同情を禁じ得ない。遣り切れない。
 
 
知人宅の庭に咲き誇る紅梅

舟木昭太郎の日々つれづれ
 

花を間引きした梅の木
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東日本大震災から1年/プアカーオの全面広告に驚愕/他

東日本大震災から1年で感じた
・文明は自然の力に無力
・プアカーオの全面広告に驚愕
・箱根に1泊旅行

 

舟木昭太郎の日々つれづれ

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東日本大震災から1年で感じた
 
 あの震災から1年が流れた。まさに歳月というものは流れるように速いものである。死者15,854人、行方不明者3,155人、避難者343,935
人という惨状。我々は被災者と共に悲しみ苦しみ、そして、無念、挫折を背負って行かねばならない。
 
 加えて原発事故は震災に更に大きな影を投げかけた。いつ収束すとも知らない悪魔のような影を。作家・高村薫さんがテレビでこんな事を語っていた。
 
 
文明は自然の力に無力
 
 「文明はあらゆることを可能にしたが、自然の巨大な力の前には殆ど無力だった事が、改めて私は認識しました」という主旨の発言で、まことに私も同感である。「自然の前にはいかなる文明も無力」この
一言を今後の復興の基準に据えなくてはいけない。
 
 一日も早い復興が求められるのは勿論だが、あれもこれもと中途半端に終わることが一番よくない。例えば原発事故で故郷を追われた住民には、未来都市を創造して移り住んでもらうとか、国がはっきりと青写真を示すことも重要ではないか。
 
 楽観論を排して、現実を直視した方策だ。福島を第二のチェルノブイリにしない、と強調するのはいいが、現実放射能はなくなる訳で無くて、その恐怖はずーと付いて回るだろう。果たして同じ場所に住むことは幸せなのかどうか。これは国の責任として判断すべきことだ。
 
 この度の原発事故は安全神話を根底から覆して、全てが虚構の世界だったことが露呈した。だからして好むと好まざるに関わらず、世界は脱原発に舵を切る必要に迫られている。
 
 3・11追悼式をニュースで見てとどめなく涙が落ちた。病気を押して出席した天皇陛下夫妻、遺族代表奥田江利子さんの覚悟と決意の言葉…そこに見受けられるのは泰然とした日本人の"誇り高さ”を私は感じた。全ての日本国民が、歯を食えしばって頑張るしかない。  
 
 
プアカーオの全面広告に驚愕
 
 8日朝日新聞朝刊のタイ投資委員会の36面広告には驚いた。プアカーオ・ポー・プラムックが古式ムエタイの装いで、合掌しているではないか。
 
 キャッチがいい。Unbeatable Thailand「不屈のタイ」。写真を見て頂ければ一目瞭然です。プアカオの半身はチョコレート色で、オイルがタップリと塗られ、神々しいばかりに照り映えている。
 
 日本の企業にタイへの投資を呼び掛けるこの広告は、断然インパクトがあるのは、とりもなおさずタイの国技ムエタイ選手を起用したことに尽きる。
 
 去年未曾有の大洪水に見舞われたタイは、多くの日本企業が被害を蒙った。特に自動車メーカーのダメージは大きく当地への進出を見合わせた企業もあるという。
 
 そんな状況を一日も早く払拭しようとタイ政府の肝いりで打ったのが今回のプアカオをイメージキャラクターに起用しての全面広告。古式のムエタイ選手、不屈のタイにぴったりだ。企画の勝利と言っておこう。いま一度篤と写真をご覧あれ…勇気が湧いて来るでしょう。
 
 
箱根に1泊旅行
  
 10日は1泊で仲間5人で箱根に出掛けた。5人の職業はまちまちだ。ゴルフ練習場のオーナー、プロカメラン、塗装業者、建築現場作業員、そして私。
 
 謂わば異種業者の集まりだから、気楽にお付き合いできる。たまには息抜きも必要だ、箱根でも行って風呂にでも浸かってくるかということになった。
 
 宿は渋谷区の施設。二ノ平渋谷荘、彫刻の森駅で登山電車を降りれば、徒歩で2分の近くにある。2日間は生憎の小雨で外出は阻まれたが
、風呂三昧でリフレッシュした。
 
 夕食では大いに飲み歓談したが、何しろ飲み物も区の補助があるので兎に角安い。食後はカラオケで楽しんだ。翌日は何処にも寄らず新宿に帰ってきた。翌日からは其々の職場に戻る。
 
 私は旅をしたときには、つとめて思うことがある。「今日の日はサヨナラ、そしてアリガトウ」と。11日の早朝6時、私は恒例の散歩に出た。小雨の中、強羅公園の急坂を散歩して帰った。
 
 歩きながら思った。同じ仲間と、行楽を共にできる日は後何回出来るのだろうか。そう思うと小旅行もずっしりと価値のあるものになってくる。「一切は過ぎ去って行く、ただ思い出を残して。」

 


宿舎の二ノ平渋谷荘で同行仲間と。

舟木昭太郎の日々つれづれ

 

3月16日に消えるロマンスカー「あさぎり」の前で記念写真(出発前)

舟木昭太郎の日々つれづれ

 
ムエタイ選手プアカーオをキャラクターにしたタイ投資を呼び掛ける広告。
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