ゴン格25周年に寄せて/立川談志師匠の死を悼む/他 | 舟木昭太郎の日々つれづれ

ゴン格25周年に寄せて/立川談志師匠の死を悼む/他

・立川談志師匠の死を悼む
 ~挨拶を交わした時の事~


・幼馴染と浅草散策


・ゴン格25周年に寄せて


・ベルリンフィルのヴァイオリン演奏


・G1ジャパンカップ


・ニューオータニで夕食会

 

 
 

立川談志師匠の死を悼む
~挨拶を交わした時の事~
 
 立川談志師匠が11月21日喉頭がんのため亡くなった。75才だった。落語界は衛大なる噺家を失った。私は一度も談志師匠のナマの落語を聞いたことがないので、残念である。最近は富に落語に傾注している私としては特に。
 
 談志師匠とは一度夜の銀座で御挨拶したことがある。キックボクシングが盛んな頃の昭和40年代であった。野口プロの西俣寿雄氏と飲み歩き時間が零時を過ぎたあたりで、地下のサパークラブに入ったら談志師匠がホステスに囲まれて飲んでいた。
 
 西俣氏と顏なじみのクラブ「姫」の神マネジャーが同席して居て、私を談志師匠に紹介してくれた。「ああ、ゴング知っているよ。うちにもキックに関係してる奴がいてねえ、お世話になっているんだ。宜しくお願いしますよ」
 
 この夜は機嫌が良かったのか、横柄、生意気と噂に聞いていた人物像とはとんと違った。短い会話だったが、この時の印象がすこぶるいいので以後ずーっと談志師匠には親近感を持っていた。
 
 因みに、うちにもキックにお世話になっていると言ったのは、リングアナウンサー柳家かえる師匠(弟弟子=後の鈴々舎馬風前落語協会会長)のことで、私は恐縮したものである。
  
 かえる師匠のリング狭しと選手をコールするパフォーマンスもまた、懐かしく思い出される。当時は談志師匠もまだ柳家小さん門下にあった。名人がまた一人逝った。ご冥福をお祈りいたします。
 
 
幼馴染と浅草散策
 
 22日は田舎の中学同級生と浅草散策へ出向へた。幸いにも晩秋の日差しがあり、仲見世から観音様の御参りは心地よかった。折から浅草寺では「大絵馬寺宝展と庭園拝観」(11月1日~12月5日)が開催されており、ぶらりと入った。
 
 これが予想外のもので、正直感激した。江戸時代には観音信仰の証として人々は競って絵馬を寄進して、それは豪商や歌舞伎役者などからで、当時の一流の絵師によって描かれた驚くほど価値のあるものであった。
 
 江戸歌舞伎の始祖と言われる猿若(中村)勘三郎(二代目)奉納した猿若人形絵馬は、寛文四年のものだそうで味わいのある見事な作品で感銘を受けた。何故勘三郎が襲名披露の折に、仲見世を何故練り歩くのか今回その謎がやっと分かった。
 
 谷文晁など兎に角当時の絵師たちの絢爛たる絵馬は十分堪能できた。また庭園は今年9月に「国指定名勝 伝法院庭園」ランクされたが、浅草寺の中にかくも静謐な一隅が在ったとは吃驚。
 
 普段は公開ないとのことで本当に幸運であった。女性4人、男性2人の幼馴染が、浅草をぶらぶらした一日は心を癒す一日となった。
  
 
ゴン格25周年に寄せて
 
ゴング格闘技が今号で25周年を迎えた。松山編集長から知らせが在り不覚にも驚いてしまった。自分が生み出した子の歳を全く忘れていたわけで、歳月の速さとともに、この有為転変の世に脈々と発行され続けている事に感慨深いものがある。
 
 月刊ゴングが発展的に解消して週刊ゴング、ワールドボクシング、ゴング格闘技の3つに分割されて行った。いずれも私が産婆役で、全て初代の編集長を務めた。
 
 ゴング格闘技は’86年(S61年)12月号を創刊として、記念すべき第1号は前田日明選手の空手着姿の表紙で、ニールセンとの死闘を制したばかりの時の人で飾った。
 
 スタートは運が味方した。ニューヒローのの誕生に沸き格闘技界は前田選手で明け暮れた時分。お蔭でゴン格は幸先よいスタートで、すんなりと波に乗れた。
 
 視線の先にあるのは先行する格闘技通信で、懸命に追い続けた。前田選手はその牽引車の役割を担った。翌’87年6月号では前田選手憧れの人、極真空手大山倍達総裁との対談も実現した。
 
 あれやこれやゴン格25年の表紙を一挙に眺めるにつけ感慨もひとしおである。私は足かけ19年ほど編集制作に携わっているが、今日の誌面は成熟した素晴らしい内容になっていて、私の影も欠片も感じない。
 
 発行元が変わってよりグレードアップし続けるゴン格を見るにつけ、松山編集長はじめとする編集スタッフには畏敬の念を抱く。月刊の総合格闘技誌は、振り向けば残ったのはゴン格1冊のみ。
 
 故に使命は重大であり、松明の明かりを消すことなく未来永劫に、受け継いで行ってと願うものです。おめでとう、創刊25周年!
  
 
ベルリンフィルのヴァイオリン演奏
 
 26日(土)初台のオペラシティーでベルリンフィル・ヴァイオリンアンサンブルの演奏を鑑賞。学生時代の友人小池君を誘う。席が最前列の18、19番とあってほぼ中央の席で、恐れ入った。
 
 妻が取ったチケットだが急用で鑑賞できず悔しがる。世界のベルリンフィルを目前で聴けるとは友人も感激。バイオリン奏者10人、ピアノ1人で一糸乱れぬ演奏、音色にはうっとり。一流奏者なのだから当たり前か…。
 
 曲目はヴィバァルディ 協奏曲イ短調、同協奏曲ニ短調、バッハ 協奏曲ニ短調、ブラームス 3つのハンガリー舞曲、ビゼイー カルメン組曲、シュトラウス 喜歌劇「こうもり」より序曲。
 
 他にアンコールで2曲…満員の観客の拍手やまず。最高のを演奏を最高の席で聴く事が出来て、幸せだった。至福のひとときとはこんな時をいうのだろう。
  
  
G1ジャパンカップ
  
 27日の日曜はすっぽん「田吾作」の親方に誘われて東京競馬場へジャパンカップを見に出かける。優勝したのはブエナビスタ、2着トーセンジョーダンだった。
 
 私はブエナを外して買ったので、取れず。トーセンは抑えに買ってはいたが、それとて3連単に挑みものの見事にやられた。とは言っても、100円、200円の勝負なのでほんのお遊び。
 
 3連単はスリルがあって面白い。第7レースでは1,2着は当てたが3着は外して、36万ほどの大魚を逸した。これも100円賭け。結局この日は3600円の負けで大いに愉しんだ。椅子に座って綺麗に整備されているる競馬場を見下ろしながらのギャンブルもたまにはいい。
  
  
ニューオータニで夕食会
 
 25日ニューオータニにアオバ企画高橋専務から夕食の招待を受け夫婦でお邪魔した。ザップ白金夫妻と、初代タイガーマスク佐山聡氏も同席。
 
 17階、レストランラウンジで夜景を眺めながらバイキングと談笑にふけった。佐山氏の博学には、妻も驚き話は途切れることはなかった。赤ワイン2杯、ウェスキー水割り1杯。程よく酔って帰る。先週はよく遊んだ。こんなに愉しんでいいものだろうか…。

 
 
いまや浅草の象徴と化したアサヒビールの建物の横にはスカイツリーが見える。

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同級性と浅草散策を楽しむ。

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晩秋のひっそりした伝法院庭園。

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ゴング格闘技12月号は25周年記念号。
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東京競馬場の風景。
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