舟木昭太郎の日々つれづれ -74ページ目

ジョー・フレージャーの死を悼む~アリとの忘れえぬ2試合~/他

・ジョー・フレージャーの死を悼む
 ~アリとの忘れえぬ2試合~
 
・松井館長100億円報酬に吃驚
 
・清水王座獲得&金子ジム45周年祝賀会

  

ジョー・フレージャーの死を悼む
~アリとの忘れえぬ2試合~

 
 スモーキング・ジョー、蒸気機関車と異名をとった元世界ヘビー級チャンピオン、ジョー・フレージャーが7日、肝臓癌で亡くなった。享年67才。通算戦績37戦32勝(27KO)4敗1分け。ひた向きに闘う私の好きな選手であった。
 
 思い出されるのは、’71年の「ザ・ファイト」と謳われた試合と’75年マニラで繰り広げられた「スリラー・イン・マニラ」の共にモハメド・アリとの試合。
 
 初対決はフレージャー2度目の防衛戦。試合はニューヨークのMSG行われ、3年7カ月ぶりに兵役拒止で戦列を離れていたアリのカムバック戦としても注目された一戦。両雄は15合を闘い抜いた。
 
 ジョーは蒸気機関車のように激しく状態を揺すり、リーチのあるアリに突進を繰り返し、最終15回には得意の左フックでダウンを奪った。ジョーの圧勝だった。
 
 「スリラー・イン・マニラ」はアリのパフォーマンスが話題を呼んだ。アリ4度目の防衛戦で、フレージャーは挑戦者だった。”奴はゴリラだ、俺のパンチで殺してみせる」などと揶揄。こうしたパフォーマンスが受けて空前の盛り上がりをみせた。
 
 勝ったのはアリで、打ち疲れたジョーは14回KOされた。アリとは生涯3度戦い1勝2敗。思えば70年代のヘビー級はとにかく面白く12チャンネル(現テレビ東京)の中継を目を皿のようにして観戦したものだ。
 
 仕事を終え海外から帰国した杉浦滋男アナウンサーに、試合の舞台裏を聞くのが楽しみで、早速居酒屋に誘ったりした。我が盟友、その杉浦アナも鬼籍にある。
 
あの世で、フレージャーと再会しているのではあるまいか…素晴らしい試合を見せてくれて、有難う。そしてGOOD BY! 合掌。
  
  
松井館長100億円報酬に吃驚
 
 極真空手松井章圭館長が、凡そ30億円の追徴課税されていた、とのニュースには吃驚した。なんでも、旧グットウィル・グループの企業買収を仲介していた投資ファンドに出資、凡そ100億円の報酬を受け取っていたという。
 
 松井館長はこれを譲渡所得として申告したが、東京国税局は雑所得として認定し、凡そ30億円を追徴課税したというもの。我々庶民には雲を掴むような数字で、ピントこない。
 
 ゼニ儲けをして悪いという訳ではないが、それがあくまでも合法的であって欲しい。特に武道は礼に始まり礼に終わると殊の外礼儀を重んじる。
 
 その礼を教える長である松井館長には、どうぞ身辺は綺麗にしてもらいたいものだ。とあるマスコミには、闇社会との繋がりなどとよからぬことが書いてあった。真実かどうかは不明だが…。どうぞ、極真で学ぶ青少年達を裏切らないないで欲しいものです。
 
 それにしても、極真会館の創始者大山倍達総裁は天国でこの度のニュースをどう受け止めているのだろうか。
 
 
清水王座獲得&金子ジム45周年祝賀会
 
 WBA世界スーパー・フライ級新チャンピオン清水智信選手の王座獲得と金子ジムの創立45周年記念祝賀会が13日3時から、ホテルオークラ東京「平安の間」で行われた。
 
 壇上歴代の日本、東洋、世界チャンピオンが紹介されるなど、伝統あるジムに相応しかった。日本で初めて東洋チャンピオンになった金子名誉会長も、礼服着用で高見山親方と仲良くテーブルに座って
いた。
 
 残念だったのは村田英次郎さんの姿を見なかったこと。一番会いた人だったのに。いずれにしても、金子繁治さんが元気なうちに世界王者が誕生して良かった。私は現会長健太郎さん(長男)より父親の方が親交がある。それだけに今日のパーテーは思いも特別だった。
 
壇上、歴代の金子ジムチャンピオンが並ぶ。
後列左より二人目が清水。
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金子名誉会長、金子夫人、高見山親方

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恒例の渋谷区”ふるさと祭り”/朝ドラ「カーネーション」他

・恒例の渋谷区”ふるさと祭り”
・秋の一日を大いに楽しむ
・朝ドラ「カーネーション」
・興味津々「シーボルト日記」


恒例の渋谷区”ふるさと祭り”
秋の一日を大いに楽しむ

 新涼の10月はあっという間に過ぎ去って、晩秋の11月。病葉(わくらば)もはらはらと散って、何となく寂寥感にさいなまれる。もうすぐ師走だね、老いて来ると、季節の移ろいも速い気がする。

 3日~5日は穏やかな天候に恵まれた。3日の文化の日は畠の片付けをしたり、本を読んだり気ままに過ごした。5日は妻と代々木公園に出かけて渋谷区主催の”ふるさと祭り”のイベントを探索して回った。

 例年の行事になっていて、我が夫婦の目的は地方の物産店を覗くことで、中でもお気に入りなのが新潟栃尾の油揚げと、鹿児島の黒豚焼きである。辛抱強く並んでゲットすると、生ビール、芋焼酎で忽ち飲み会が始まる。

 野外ステージではシニアクラブの踊りや合唱なども盛り沢山繰り広げられて飽きない。我カラオケ仲間も、合唱に参加していた。東京消防庁音楽隊による演奏は、しばし聴き入った。紅葉の下で秋の一日のんびり過ごすことは、何ともいいもんだ。少し酩酊し、帰りは山形のブースでラフランスと林檎を買った。


朝ドラ「カーネーション」

NHK連続テレビ小説「カーネーション」はなかなかよくできていて、楽しみに見ている。キャスィテングがいい。私の好きな登場人物は、神戸松坂家の祖父清二郎(宝田明)と祖母(十朱幸代)。二人が出てくると、心が暖まる。

 特に宝田はぴったりの役柄で惚れ惚れする。孫娘糸子を溺愛する演技はまさに絶品。宝田さんはミュージカルなど幅広く活躍なさっているが、歳を重ねるごとに、芸域が広がりを見せている。

 宝田さんは一度藤原敏男会長(元キックボクサー)のゴルフコンペのパーティーでお姿を拝見した。もう7、8年前のことだが、大分お年を召された、という印象が当時は強かった。それがどうして、いま画面で見る印象はいたって若い感じがする。

 実在のデザイナー、コシノジュンコ3姉妹をモデルにしたという「カーネーション」はジメジメしたところがなくて、物語の転換が早くていい。祖母役・庄司照枝、父・善作役小林薫も適役で、物語にアクセントが効いていている。朝ドラのティーストととしては申し分ない。

 糸子の前向きな生き方に好感を持ち、つい毎朝見てしまう。


興味津々「シーボルト日記」

 読書三昧、「シーボルト日記」~再来日時の幕末見聞記~(八坂書房)は400頁に及ぶ著書で、図書館で見つけて借りてきた。兎に角読みだしたら面白くて手放せない。

 農民の様子や、ヒラクチ(まむし)を売りに来る話など日常の生活が活き活きと述べられている。ヒラクチは子供の虫下しとして効用がある等とも述べられている。

 「夢物語」を著した高野長英(幕末の蘭学者)はシーボルトに、蘭学を学んだが、逃亡していたが捕えられて舌を噛み切って死んだ、と死を悼んでいる。再度の来日で冷静に物事を見ているのが分かる。

 いずれにしても、激動の幕末期にあってシーボルトの目に映った日本は興味深いものがある。読了したら次は「新シーボルト研究」(全2巻)を読みたいと思う。余談ながら、「長英逃亡」「ふぉんしーぼるとの娘」(いずれも文庫本=吉村昭著)は断然面白いので、お勧め。


東京消防庁音楽隊の演奏


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しぶやふるさと祭りの賑わい

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久々のタイ料理に舌鼓/ワールドシリーズで感じたこと/他

・久々のタイ料理に舌鼓
・長期化する洪水被害を憂う
 ~タイはかつて「東洋のベニス」と呼ばれた~
・ワールドシリーズで感じたこと

 

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久々のタイ料理に舌鼓
 
 29日の夕食は久々に幡ヶ谷駅前の「ヤムヤムキッチン」へ妻と出掛けた。タイ料理が急に食べたくなった。7時頃だったが幸い席が空いていた。ここは一皿平均700円と安いので、気軽に来れる。
 
 我々のオーダーするもので、決まっているものがある。「ヤムウンセン」(春雨サラダ)「パックブンファイデーン」(ピリ辛の空芯菜炒め)の2品である。これをオカズに、先ずビールかサワーを飲む。
 
 春雨サラダは、エビ、イカ、豚の挽肉をつかい、野菜、春雨がタップリ入った、パクチー(ハーブの一種)も添え、酸っぱい激辛で何とも繊細な味である。ピック(唐辛子)が絶妙なポイントになっているが、慣れない方には、耐えられないかも知れない。
 
 空芯菜炒めは、味噌、醤油味で炒める、これだけあればご飯は十分という優れモノ。タイで始めて口にした時にすっかり虜になってしまった。味噌といっても、もろ味噌のような触覚で店によってまちまち。
 
 バンコクに滞在した折はよく夜食におかゆを食べるが、空芯菜炒めは欠かせない。残った汁をおかゆにぶっかけてがつがつ流し込む。これがたまらない。もう心はタイである。
 
 この日は他にさつま揚げ(エビをすり合わせたもの)と、グリーンカレーのチャーハン。さつま揚げは、水あめのようなものを点けて食べる。中々の美味、タイ料理とは不思議なものだ、辛いのから、酸っぱいの、果ては、甘いものまで自由自在にアレンジする。
 
 これだけで腹いっぱいになった。締めて5,000円也。
 
 
長期化する洪水被害を憂う
~タイはかつて「東洋のベニス」と呼ばれた~
 
 ところでタイの洪水被害は、拡大の一途。バンコクの中心部を流れるチャオプラヤ川の水位が大潮で上がり、王宮や日本人が多く住むスクンビット地区にも水が溢れだしたという。
 
 自然の猛威の前に、人間はいかに無力かを思い知ら知らされる。あの地下鉄は大丈夫だろうか。振り返れば、昭和46年8月に初めて、バンコクを訪れたときは市内はに運河があった。
 
 網の目のようにあったそうした運河も次第に埋め立てられて行き、偉大なる田舎は大都市へと発展して行った。
 
 かつてバンコクは「東洋のベニス}と呼ばれていた。海抜0㍍の首都は激しいスコールともなると、あちこちの運河の水は道路に忽ち溢れた。そこで登場するのが子供たち。
 
 道路に予め穴を掘っておき、車が立ち往生すると木陰から現れて、車を押してはちゃっかりお駄賃を頂く。一見、微笑ましい光景に見えた裏に、側こんな真実が隠されていたとは、驚いたものだ。
 
 もう半世紀も前の、追憶の彼方の話。水上マーケットもごく普通に市内にありゆったりした時の流れを実感できたが、いまは観光用に郊外に行かねば体験できない.
 
 そう、タイはずーと昔から水(ナーム)と共存してきた。チャオプラヤ川に沿って、粗末な住宅があり人々は朝から川に飛び込んで身体を洗ったり、歯を磨いたりする長閑な風景に出会った。
 
 そんな牧歌的シーンも消えて、川畔には近代的なホテルやオフイスビルが立ち並ぶ、大都会に変身した。ワットアルン(暁の寺)を焦がすほどの朝日は、昔と変わらねど、世の中の移ろいは激しい。
 
 今回の洪水被害を憂い、タイ国民の皆様には心から御見舞い申し上げます。
  
  
ワールドシリーズで感じたこと
 
 MLB(メジャーリーグベースボール)の世界一を争うワールドシリーズは、ナショナルリーグのセントルイス・カージナルスが、4勝3敗の成績でアメリカン・リーグ代表のテキサス・レンジャースを下して優勝した。
 
 私はノーラン・ライアン(伝説の名投手)が球団社長のレンジャースを密かに応援したが、去年に続いて51年振りの夢は叶わなかった。しかし、何とも凄まじい激突に私は十分満足。これが大リーグの真価を味わった。
 
 特に第6戦の逆転に次ぐ逆転劇は、事実は小説よりも奇なり。あれは神々の闘いであったと、しばし興奮冷めやらなかった。試合内容も最高だけど天然芝の球場、観客の応援、セレモニー、絵のような環境に自宅に居ながらにして、大リーグの雰囲気に耽溺した。
 
 やっぱ、本場の野球を一度見にいかなくちゃ。


空芯菜の炒めもの、春雨サラダ(左)や
グリーンカレーチャーハンなどを堪能

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お気に入りの弁当あり、美味しくボリューム満点/タイの洪水被害/他

・お気に入りの弁当あり、美味しくボリューム満点
・露地栽培
・今週の読書
・タイの洪水被害
・爽やかな女子高生

 

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お気に入りの弁当あり、美味しくボリューム満点
  
 最近はとみに自宅仕事場で作業することが多いので、昼飯は弁当にすることがままある。代々木上原の商店街に自転車を飛ばして買いに行く。飛ばす訳は、行列ができるほどの弁当屋さんだからである。
 
 店の名を「金兵衛商店」という。週刊誌のロケ弁でいつもトップクラスの人気店である。私はいつも370円の小さな弁当を買うのだが、それでも、オカズはたっぷり入っていてボリューム満点。
 
 最近は妻も気に入っている。買うのはしゃけ弁が多い。370円~1000円位までと種類も多い。確かに芸能人に喜ばれような小奇麗な弁当が並ぶ。それがあっという間に売り切れてしまう。
 
 11時開店だが、10分前には並ばないと無駄骨になることがしばしば。兎に角ご飯が旨い、オカズの味付けが上品、魚も肉も上等な素材を使っているのが分かる。箸も、もったいないほど高級である。
 
 オーナーがたけしさんと友人らしい。何はともあれ満足している。
 
 
 露地栽培
  
 茄子が終わり、葱とピーマンが残るのみとなった。今週は収穫が終わった後の畑を耕して、粘土石灰と堆肥を混ぜて寝かせた。既に植え替えた大根の苗も徐々に伸びている。
 
 人参や大根は直まきにしないとよくないらしい。植え替えをすると苗が傷むのだと、雑誌で知った。来年の課題。人参はまだかすかに芽が程度。育ったら茄子が在った場所に、植えようと思ってるのだが。
 
 18日の3時頃畑にをのぞいたら、降り注ぐ太陽の中、なんと赤トンボが泳ぎ、そして竿の先に数匹止まっていた。前回、この欄で赤トンボが東京では見られなくなった、と書いたばかり。嬉しい、秋を全身で感じた。
 
 
今週の読書
 
 「敵討(かたきうち)」(吉村昭著)「白い道」(吉村昭著)「赤絵の桜」(山本一力著)「落語ハンドブック」(山本進編)の4冊。いづれも西原図書館借。脳に優しい本ばかり。
 
 落語はよく知らないので、基礎知識くらいは身に着けようと。これは明解にして、飲み込み易い。名作の鑑賞は紹介と解説付で、なるほどとなる。落語家の系譜から、現代落語家名鑑、落語の用語と至れり尽くせり。
 
 手元に置いときたいので、改めて購入するつもり。吉村作品は熱中し過ぎて困る。まだまだ読み残した本がある。洗いざらい読み尽くす決意である。
 
今まさに「彰義隊」を読書中だが、著者が拙宅から近い幡ヶ谷に昭和45年頃住んでいたと、夫人津村節子著「ふたり旅」で読んだ。何だか吉村先生を身近に思えてきた。
 
19日雨がパラパ降っていたが自転車で図書館へ。「島抜け」「彰義隊」(いずれも吉村昭著)と、文庫本の「あかね空」「いっぽん桜」(いずれも山本力著)を借。文庫本は電車の中で読むので常時鞄の中にある。
 
 いま読書ほど楽しいものはない。終日読んでいても飽きない。土曜の昼下がりは、上原駅中のスターバックスで2時間程読書に耽った。これは間違いなく中毒の様相である。
 
 
タイの洪水被害
 
 タイの洪水は次第に南下して、首都バンコクも大きな被害が出始めた。チャオプラヤの堤防が一部決壊、市内中心部も浸水。ニュースは冠水した模様を伝えている。心痛む。バンコクは海抜0m、深刻な状況だ。
 
 アユタヤの工業団地では日本企業の操業が止まっている。タイは今が雨季に当たる。住民や工場の従業員は土嚢を積み懸命の防御作業を行っているが、他にこれといった対策もないらしい。
 
 親友のマニット氏の住む地域はどうなんだろうか、整形外科医の子息宛に倅がお見舞いのメールを流した。難儀しているだろうと想像する。福島の原発事故の時は真っ先に心配してメールを頂いた。
 
 タイは私の第二の故郷である。町や村が、由緒ある寺院が水害に遭う光景は耐えられないものだ。メ・ナーム、母なる河よ、穏やかであれと祈る。
 
  
爽やかな女子高生
 
 散歩の帰りに女子高生に道を聞かれた。「すみません、スポーツセンターは何処でしょうか」と笑顔で。印象が良かったので、私は丁寧に教えてあげた。
 
 彼女は「有難うございます」と別れたと思ったら、二三歩して、振り返り改めて「有難うございます」とお辞儀した。このような女子高生に、いまだかつて道で会ったことがない。
 
 今どきの若者は…なんていえない。さぞかし親が立派な人なんでしょう。こんな日は特別に嬉しい。

 

お気に入りの金兵衛の弁当
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出よ!平成の川路聖謨!/ベニー・ユキーデ健在/他

・出よ!平成の川路聖謨(かわじ としあきら )
  ~その生涯は官吏の鑑である~
  ~プチャーチンとの交渉~
  ~地震・津波の被害にも迅速な対応~

 
・三枝落語は「落語のダンジリ」

 
・ベニー・ユキーデ健在

 
・体操内村、園遊会の澤


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出よ!平成の川路聖謨(よしあきら)
~その生涯は官吏の鑑である~
 
 秋爽の候とはよく言ったものである。早朝のウオーキングに体操には程よい気候で、疲れも知らない。14日の朝は、映像で見た、満州の曠野に昇るような朝日を目の当りにした。
 
 丁度、大山公園に差し掛かった頃、グラウンドすれすれに見られた。真っ赤な、驚くほど大きなお盆のような太陽で、思わず心の中で手を合わせた。神々しいとはこんな瞬間を言うのであろう。
 
 
~プチャーチンとの交渉~
 
 「落日の宴~勘定奉行川路聖謨~」(吉村昭著)を読み終えた。清々しい気分である。日田代官所の小吏の子として生まれ、小普請組から勘定奉行頭にまで栄達した川路の生涯。
 
 来航したロシア船の使節プチャーチンとの和親条約を纏めたのも川路の功績によるものだが、川路は、幕府の応接掛(今の外務省官僚のようなもの)で条約を巡る日・ロのやり取りは双方相譲らぬ激しいものだった。
 
 川路は交渉の全面に立って延々激論を戦わし、結局思い描いた通りの条約を締結した。本来なら妥協を強いられたロシア側にシコリが残るものだが、川路はその実直さと、類い稀な見識、感性によってロシア側に尊敬されるのだ。
  
 臆することなく、諂う(へつらう)ことなく毅然とした川路の態度にプチャーチンは川路にある種の友情を抱く。外交交渉のお手本のような見事な手腕は、時空を越えて「交渉事はかく在るべし」の教訓になろう。
  
  
~地震・津波の被害にも迅速な対応~
  
 丁度その時期に大地震が襲い、津波で下田は壊滅的被害を受けたが、川路らは迅速な対応で村民を飢餓から救う。
  
 飛脚を下田と江戸を目まぐるしく往復させて幕府と一体となっての救助作戦は、どこぞやの国に爪の垢を煎じて飲ませたい。川路の生涯は何処までも、幕府に忠誠をつくして、江戸城明け渡しの報に自ら命を絶った。
 公僕としてあくまで質素・倹約を旨として、どんなに栄進しても変わらず、子供達も厳しく躾けた、清貧の人であった。幕末の日本を文字通り体を張って守った、あっぱれな官吏といえる。
  
 出でよ、21世紀の川路聖謨!NHKの大河ドラマで是非放送してもらいたい人物だ。

 
 
三枝落語は「落語のダンジリ」
 
 19日夜は「桂三枝・春風亭小朝東西落語名人会」(ティアラ江東)に行ってきた。妻が予定ができて、私に切符が回ってきたもの。小朝が好きなので喜んで出掛けた。
 
 前半は東の林家ひろ木{東北の宿)、春風亭小朝(お菊の皿)で、後半は上方の桂三歩(生まれ変わり)と桂三枝(赤トンボ)で思い切り笑った。
 
 これまで上方落語は好まなかったが、三歩も三枝もテンポがよく笑わせるコツをよく知っている。童謡を巧みに組み合わせた三枝の赤トンボの噺は、押し寄せる波のように畳みかける小気味よさがあった。
  
 差し詰め三枝落語は”落語のダンジリ”である。大いに私は不明を恥じた。せっかくいい落語を聞けたのにティアラ江東の音響は悪く、再三聞き漏れた。我耳を疑ったが、背後のご婦人も同様であった。落語はやっぱり寄席で聞くものだ。
  
 正月は7日から東京の朝日ホールで独演会を連日行うということだが、東京にも三枝ファンが確実に増している証拠だ。私も老境に入り落語と出会い、熱中できる趣味を一つ加えたことは、何かしら人生を豊かにするような感じがする。
  
  
ベニー・ユキーデ健在
 
 柳楽優弥のハリウッド演劇修業というNHKプレミアム「旅のチカラ」で有名な俳優養成スクールが登場した。そこであのベニー・ユキーデが、格闘技演技の指導者として活躍する一コマが映った。
 
 懐かしく思わず画面に引き込まれた。現役時代と変わらないマーシャルアーツの颯爽とした姿で俳優や、その卵を教える職にある事は昔を知る者としては嬉しい限りだ。怪鳥ベニー”ザ・キッド”ユキーデ健在なり!
 
 で、柳楽のような若い前途ある俳優が、映画の本場ハリウッドに出向へて演技の勉強に励むことは大変良いことだ。2004年、カンヌ映画祭で史上最年少14才で最優秀演技賞に輝いた柳樂は、向上心を持って一歩踏み出した。その勇気とハングリー精神に喝采。
 
 「誰も知らない」(是枝監督)では世界がその演技を絶賛、まだ21才、その演技に磨きをかけて、”世界のヤガキ”になってもらいたい。楽しみである。ベニーにつられて、思わぬ夢を駆られる番組を見れた。
  
  
ふるさと祭り
 
 16日の日曜日は11時半から地元渋谷区西原&大山地区の「ふるさと祭り」がスポーツセンターの駐車場であった。私もボランティアで、磯部巻き焼を手伝った。
 
 幸い早暁の驟雨も上がり、爽やかな秋晴れに恵まれた。大勢の老若男女が見えて、バザーや出店は賑わいをみせた。細やかなな地元への私の恩返しである。
  
  
体操内村、園遊会の澤
 
 体操世界選手権で個人総合3連覇を成し遂げた内村航平君の偉業はとほうもないことだ。個人種目のゆかでもG難度技で、15・633点を出し笠松茂以来37振りに日本人が優勝した。
 
 来年のロンドン五輪は勿論のことだが、そのあとのリオディジャネイロも期待できる。伸び盛りのまだ22歳と若い。本人がよほどしっかりして、日常生活のONとOFFの切り替えも上手いのだろう。
 
 浮いた話も聞かないし頼もしい青年、こんな素晴らしいアスリートがいる日本も捨てたもんじゃない。
 
 天皇皇后陛下主催の秋の園遊会で招かれた、なでしこジャパン澤穂希は振袖姿が何ともいえない雰囲気を漂わせていた。やはり日本人は和装が似あう。
  
 特に華やいだ公式の場では一層引き立つ。普段ユニフォーム姿しか見てないので、私はその艶やかに変身した澤に魅入ってしまった。
 
 カワセミは飛んでるときが一番美しいく、止まっているときは何でもな普通の鳥だ、というよな外国の小説で読んだ記憶がある。
 
 が、、ユニフォームでグランウドを駆け回る澤選手も躍動美があるが、あの振袖姿で佇んでいるだけで美しかった。惚れ惚れした。改めて日本人の和装美を認識した。
これぞ誠の「大和撫子」。
  
 
いずれも「ふるさと祭り」のスナップ
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秋晴れの3連休を満喫した/体育の日と2人の格闘家/他

秋晴れの3連休を満喫した


 ~(その1)カラオケ~
 ~(その2)公の場の服装に心がける~
 ~(その3)知人宅の雑草駆除に汗かく~
 ~(その4)読書は快感!~
 ~(その5)体育の日、コンサートと2人の格闘家~

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(その1)カラオケ
 
 
 3連休の初日は渋谷区のはつらつセンターで「はつらつカラオケ会」他の同好会と合同、45名ほどが集まり9時半から唄いまくる。渋谷区桑原区長も忙しい中、駆けつけてくださった。
 
 区長は「君恋し」ともう一曲「銀座の恋の物語」をご婦人方とデュエットして帰った。いつも笑顔を絶やさず区民の行事には率先して参加する。小柄な身体をフル回転させて飛び回る姿は好感が持てる。
 
 1000円会費で、缶ビール、昼食、お菓子付。安上がりなのがいい。一人2曲(2番まで)で、休憩なしで唄い3時半には終わる。小生は「ひぐれ傘」(鏡五郎)と「石ころの歌」(鳥羽一郎)を唄う。
 
 いつも通い慣れた場所なので、思い切って唄うことができた。脳梗塞を患っては5年が経過、最初は発声のリハビリのために始めたカラオケ。すっかりはまってしまった。シルバー仲間が本当に気遣ってくれる。
 
 かくて第1回の「はつらつカラオケ会」は盛況の内に幕を閉じた。進行に多少問題はあったが、初回としては大成功。無事終わることができてなにより。
 
 
(その2)公の場の服装に心がける
 
 印象深かったのは、和服をきりりと着込んだご婦人。たかがカラオケ会、されどだ。華美にならず、奥ゆかしきお洒落は目にして気持ちいいものである。座布団3枚!
 
 やはり公の場では極力に、心地よい服装を心がけるべきだと、常々肝に命じている。当日、私はジャケットを着用て出かけ、唄った。そういえば吉村昭(作家)が、ある知人の家に招かれた折りに、嫌な思いをしたこを著書の中で読んだ記憶がある。凡そ次のようなものだった。
 
 「玄関に彼の奥さんが出てきたのだけど、髪の毛が乱れだらしなく見えた。一瞬で嫌になり、怱々に退散した」というようなことを言っていた。身なりをきちんとしていれば、それだけで良い感じを持つ。他人がどんな印象を抱くかを考えるのは、些細な事だが大切なことだ。
 
 今回でも運動靴にジーパンというラフな服装で参加した方もいた。私はこの種の場では、どんな時でも運動靴は履かない。運動靴は野外で使用するもので、室内ではおかしい(室内の運動は別)と私は、決めているからである。
 
 
(その3)知人宅の雑草駆除に汗かく
 
 9日(日曜)は9時から、友人の西原ゴルフ練習所オーナー石井会長の庭に生い茂った雑草取りで汗を流した。なにしろ200坪もある邸宅だから、骨を折る。
 
 しかし思わぬ恩恵も受けた。塀際の茂みの中に、季節外れのミョウガが、沢山採れたのにはビックリ。光が届かない処にあるので、季節ハズレでも十分瑞々しい。家に持ち帰ると、妻が驚いた。無理もない。
 
 雑草駆除は2日掛けて終わる。人に頼まれても、私は元来がこういう力作業は大好きなので時間が許す限り喜んで手伝う。汗をびっしょりになって、家に帰りシャワーを浴びると、生命が湧きあがるような快感を覚える。
  
  
(その4)読書は快感!
 
 この週読んだ本は、「信長の棺」(加藤廣著)と「暁の旅人」(吉村昭著)。渋谷区西原図書館で借りてきた、もう極力書籍は買わないつもり。家が狭くて置き場所に困り果てている。これ以上本が増えてはかなわない。
 
 信長の棺は、発売当時から読みたい本だった。本能寺で明智光秀に襲われその生涯を閉じた信長。だが探せども信長の遺骨は見つからない。この謎に満ちた物語を、信長に仕え伝記「信長公記」の作者・太田牛一が困難を乗り越えながら真相に迫る。
 
 ミステリアスな物語の展開は読みだした止められない面白さ。本能寺と阿弥陀寺を結ぶ関係など、クライマックスの盛り上がりにぐいぐい引き込まれる。読み応え十分だ。
 
 暁の旅人は、西洋医学の発展に尽くした松本良順の波乱に満ちた生涯を描くもの。最初は徳川幕府に雇われて、長崎遊学。オランダ医師ポンぺ師事、西洋医学術をみにつけて、我が国に近代医学を広めた。
 
 軈て戊辰戦争で、幕府軍は敗れ、良順も時代に翻弄されるが、維新後は新政府に乞われ、初代陸軍軍医総監に登り詰める。その波乱万丈の生涯をあくまでも筆者は優しい眼差しで見つめる。
 
 吉村文学の特徴はホロリとさせる箇所がそこかしこに散りばめられていることだ。文体は読みやすく、淀みない。2日で一気に読み切ってしまった。
  
 次は「落日の宴~勘定奉行川路聖謨~」を読む、吉村先生の本に巡り合える喜びは喩えようもない、快感である。
 
 
(その5)体育の日、コンサートと2人の格闘家
 
 10日体育の日は、妻と松濤美術館に開館30年記念コンサートに行く。抽選で当たったもので、こちらも参加費300円と安上がり。松濤は極近いので、散歩がてら行けるのが嬉しい。クラッシック鑑賞で連休を締め括った。
 
 体育の日といえば、この日に特別の思い入れの格闘家が2人いる。沢村忠さんと具志堅用高さん。沢村さんは52年のこの日を選びキック界から引退した。「引退するなら体育の日と前から決めていましたから」
 
 具志堅さんは昭和51年のこの日に、グスマンをKOしてチャンピオンになった。過ぎ去り日々を思う。両氏とも試合を現場で取材できた。そして今日までお付き合い頂いている。幸せこの上ない。
  
  
渋谷区桑原区長さんもカラオケ会に来てくれて、
2曲歌ってくださった。
舟木昭太郎の日々つれづれ
  

小生は「しぐれ傘」を歌う。

舟木昭太郎の日々つれづれ
 

白い皿に載っているのは「烏ウリ」。
石井邸の庭で採ってきて、綺麗なので妻が飾り付けた。

舟木昭太郎の日々つれづれ  

 
雑草駆除の折、採れた沢山の季節外れのミョウガ。

舟木昭太郎の日々つれづれ

 

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9カ月振りのゴルフ、秋晴れの下満喫!/農業できない罹災者を思う/他

・9カ月振りのゴルフ

 
 ~秋晴れの下、満喫!~

 
 ~元キック選手鈴木兄弟も参加~
 
・露地栽培日記
 
・農業できない罹災者を思う

 
   
舟木昭太郎の日々つれづれ

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9カ月振りのゴルフ秋晴れの下、満喫!
 
 忽ち10月の訪れ、沈丁花の薫りも秋を一層感じさせる。29日は9カ月ぶりでゴルフを愉しんだ。去年11月、具志堅会長と友人でプレーして以来のゴルフは正直いって不安だったが、なんとかホールアウトできた。
 
 平成会という地元のゴルフ練習場に集まる仲間、5組のコンペ。家内も参加した、会場は埼玉県下のオオムラサキカントリークラブ。幸い秋晴れの気温25度、最高のコンデションの中でプレーができた。
 
 私のスコアは54、56で110。まあ予想してたよりはいいスコアで満足。密かに危惧していたのは、70台をオーバーして、途中で棄権することだった。私以上に家内も仲間も心配してくれていた。
 
 早朝のウォーキング、ラジオ体操で基礎体力をつけている努力の結果だと、自負している。脳梗塞を患って以来やはり筋力はどこか微妙な不具合を生じているようで、昔のように思い切りクラブを振れない。
 
 で、ラジオ体操から帰ると、毎朝自宅前で左手1本で、ドライバーの素振りを20回繰り返す。これが良かったのかドライバーは上出来だった。後は実践を積めば、100は切れると感触を得た。
 
 家内はハンディ(H30)に恵まれてスコア51,51のトータル102で、2位に入った。ところが馬券は取れず、取ったのは私で6000円弱の配当金を得た。
 
 
元キック選手鈴木兄弟も参加
 
 優勝候補の本命は元キックボクサー、ミッキー鈴木君(本名・幹吉)だったが、プレッシャーに負けて崩れた。私は鈴木君(8枠)から家内(5枠)の枠を抑えていた。結果的には8枠の別の人が優勝して馬券をゲットできた。
 
 鈴木君は双子の兄弟で、弟にアトム鈴木君(本名・茂吉)がおり、今回も揃って参加した。実は鈴木兄弟は拙宅の真裏のマンションに住んでいる。昭和40年代~50年初頭、TBSキックで”双生児キックボクサー”として華麗なコンビネーションキックで活躍した。
 
 両人とも日本フライ級チャンピオンのベルトを巻いた歴史に残る名選手である。取材する者と、その対象選手が同じ町内に住み、且つゴルフを共に興じる。時空を超えた不思議な因縁を感じる。
 
 プレーのあとは地元居酒屋でパーティー。二次会はカラオケルームで、総勢15名で歌いまくり大いに盛り上がった。人生も終盤に入って沢山の仲間がいることは、幸せであると実感。
 
 
露地栽培日記
 
 現在畑にある野菜は茄子と、葱とピーマンだけ。茄子はそろそろ終わり。先週、ブロコリー3本、カリフラワー1本の苗を植え、大根と人参の種を蒔いた。種はもう芽を出してきた。苗を植える畑を、連日少しづつ耕している。
 
 この作業は結構労力が得るが、それがまた一種の達成感あって苦痛に感じない。大根は土を深く掘り起こして、真っすぐに延びるようにしなくてはならない。で、何回も掘り起こし、土を柔らかにする。
 
 作業が一段落着くと、盛り上がった土をしばし眺めている。大根が大きく成長した光景を想像する。葉の繁り、目に染みる大根の純白を瞼に描きながら。私の独りだけの至福のひと時だ。
   
 
農業できない罹災者を思う
 
 人生の畳み方としては、いい趣味かなと自己満足する。その一方で、農作業がしたくてもできない人々がいる。原発の罹災者たち。実りの秋本番というのにどうすることもできない。
 
 冷酷にして、残酷な仕打ちだ。それでも原発は経済発展に欠かせない、とその必要性を力説する大臣、閣僚多し。とんでもない事だ。今回の事故は、原発の恐ろしさをマザマザと世界に露呈した。人の命を何と思っている。
 
 人間が製造し、いったん事故が起きたら、その人間が制御できない魔物。今後も存続させて良い訳がない。ドイツのように勇気をもって国は脱原発を宣言すべきだ。一刻も早くである。
 
 スローに行こう。少しくらい経済発展が止まっても、街中が多少暗くても、電車が遅れても、自動販売機が夜見えなくても、我慢しようじゃないか。そんなことは、原発事故を思えば耐えしのげる問題だ。
 
 人類は余りにも利便性を追求し過ぎる。幸福とは何かをこの機会に皆で考えてみようじゃないですか…。
  
  
午後のスタート前に。(オオムラサキC.C)

舟木昭太郎の日々つれづれ
 
同組でプレーを御一緒した皆さん。右端が優勝の石本さん。

舟木昭太郎の日々つれづれ
 

畑を耕し、土を掘り起こした畑。

中央に植えたばかりのブロッコリーが見える。

舟木昭太郎の日々つれづれ
 

種から芽を出した大根。太陽を浴び瑞々しい。

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代々木八幡宮八百年祭を見届ける・御宮入り万感のフィナーレ/他

・代々木八幡宮八百年祭を見届ける

 

 ~御宮入り万感のフィナーレ~

 
 ~格闘家佐竹君も来た~
  
・台風一過の畑

 

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代々木八幡宮八百年祭を見届ける
御宮入り万感のフィナーレ
 
 22日~24日まで3日間にわたり行われた代々木八幡神宮の八百年祭も盛大に幕を閉じた。幸い23、24の両日は好天に恵まれた。大いに堪能した。
 
 祭りのクライマクスに当たる24日、夕刻からの宮入まで、つまりは私は今回祭りの”追っかけ”だった。妻がインターネットで本神輿が通る道順、時間の詳細を調べては、我々夫婦は常に先回りして待っていた。
 
 八百年の記念祭だもん、熱狂せねばならない。いまのスマートフォンは役に立つ、動画も鮮明に映し出せる。地元を練り歩く光景から、宮入まで追跡して撮りまくる。
 
 宮入りの光景は感動の余り涙腺が止まらず、カメラを撮るのに困った。狭い階段を木遣りの唄が鳴り響く中、うりゃ、うりゃ、と登って来る様は何とも神々しくあった。本殿の前に神輿が到着すると境内に待ち受ける群衆から、一斉に喚声が挙がった。八百年の喚声である。
 
 八百年祭に運よく立ち会う事が出来て、まさに私は万感の思いに浸った。神社と祭り、大和心を擽るものだ。気分が高揚して、鎮めるためにお酒を飲む。夕食はこれ以上ない幸せに満たされた。
 
  
~格闘家佐竹君も来た~

 

 23日には佐竹雅昭君が富ヶ谷に約束通りにやって来た。田吾作のある商店街も八幡宮の氏子で、近所の人々が出店を開いて賑わいをみせた。佐竹君と私はここで一旦落合い、八幡様に向かう。

 八百年祭と言ったら、彼は是非御参りしたいといった。で、8時頃人で参道が身動きできない中を、かき分けかき分け本殿に到達。佐竹君は、無事参拝できた。佐竹君、ご利益あるよ!

 宮司さんが最後の挨拶で語ったように「神社始まって以来の盛況」のなかで、事故一つ起きず無事終わったことは奇跡に近く、我がことのように嬉しい。我が愚息もお詣りしたと聞く、よかった。
 
 取りあえずは次の百年の九百年祭、その頃はもうとっくにこの世には居無い。そう思うとちょっぴり切ない。当神宮は作家・平岩弓枝さんの御実家。将来は御息女が後を次いて、宮司となると聞いた。。
 
 彼女は禰宜さんとして颯爽と立ち働いていた。雰囲気がある、因みにルックスも母親そっくりであった。氏子として頼もしい限り、将来の宮司さんに、エールをおくるものである。
 
 
台風一過の畑
 
この度の台風は東京も凄まじかった。台風が去った翌日に畑に行ったら、茄子やゴーヤが軒並みに倒れていた。修復には手間取った。ゴーヤは、随分大きく実り改めて肥料の重要性を感じた。
 
 一足飛びに秋の気配が畑にも漂う。トンボが飛んできて支柱の竹竿に止まっている。大きなバッタが跳ねた。農薬を撒かないからだろうか、昆虫、害虫が目につく。それがため、ナスなどは、何処かしら傷物だ。
 
 そのうちにシオカラトンボも姿を見せるはず。どういうわけか都心に赤トンボを見る機会が少なくなった。可憐な姿で群れを成して泳ぐ田舎の景色が懐かしく思う。祭りが終わって秋が急速に深まり行く…。
 
 竹竿のさきに夕日の蜻蛉かな  子規 

 


 

お宮入に向かう御神輿の列

舟木昭太郎の日々つれづれ
 
本殿の前に到着した御神輿

舟木昭太郎の日々つれづれ
 

佐竹君(右)と本殿の前で

舟木昭太郎の日々つれづれ
 

富ヶ谷でトウモロコシをほおばる佐竹君

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鈴木正夫さんの民謡に、われ被災地を思う/佐竹君と飲む/他

・鈴木正夫さんの民謡に、われ被災地を思う
 ~自転車でCCレモンホールへ~
 ~唄に心満たされる~

 
・料理店で佐竹雅昭君と飲む
 

・22日~24日は代々木八幡八宮百年祭
 

・渡嘉敷会長からのメール
 

・ベトナム・フェスティバル


舟木昭太郎の日々つれづれ

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鈴木正夫さんの民謡に、われ被災地を思う
 
~自転車でCCレモンホールへ~
 
 16日(金)は渋谷区の敬老会(CCレモン)自転車で駆けつけた。去年カラオケ仲間に連れられて初めて行ったら、思いの他よかったので1部が地域の功労者の表彰式、2部がマジックショーと民謡があり、実はこの2部がお目当て。
 
 マジックはマギー司郎さん(耳を大きくする人)、民謡は鈴木正夫さん。民謡が聞きたかった。鈴木さんといえば、新相馬節。福島県相馬は鈴木さんの出身地のうたである。
 
 いまは故郷に居住していて、先の東日本大震災でも大きな被害を受けた地域で、幸い自宅が山の方にあるため難を逃れたという。で、先ず被災地3県の民謡を万感の思いで唄ってくれた。
 
~唄に心満たされる~
 
 新相馬節(福島)南部馬追いうた(岩手)大漁節(宮城)が次々に浪々と会場に響き渡る。思わず私はこみ上げてくるものを感じた。津波に飲み込まれていく、石巻や南相馬の無残な映像がオーバーラップした。いつの間にか涙が溢れた。
 
 故郷の父母、兄妹、子供、そして山河…掛け替えのない人、風景を失った方の心情を思う。そして原発事故、避難している多くの人々、やるせない思いで聴き入った。
 
 フィナーレは山形の花笠音頭で飾った。東北はやはり民謡の宝庫で、三味線、尺八と和合した民謡は、東北地方の人々の暮らしに密着している。明るい歌にも哀愁がある、そこはかとなく。私の心は悲しくも満たされた。
 
 
料理店で佐竹雅昭君と飲む
 
 この夜は久しぶりに馴染みの「田吾作」に妻と出掛けた。いつもなら20分ほど歩くのだが、今回はミニバスを利用した。代々木上原駅から、渋谷駅まで、運賃は100円。途中丁度「田吾作」の目の前で停車する。便利なものだ。
 
「田吾作」は本来すっぽんのお店なのだが、付け出しも美味しい。私たちのために小鉢に10種類ほどの懐石料理を親方が作っててくれた。ビールに始まり、芋焼酎、赤ワインと今夜も飲み物のフルコース。
 
 我々は7時半頃入店したが、8時過ぎに「佐竹さん(元K-1選手=雅昭氏)がお見えになりますよ」と電話に出た女将が、私に言った。彼は9時頃やってきて、我々夫婦が偶然いるのを見てびっくり。
 
 彼は現役時代と同じように、特大のすっぽんを貪欲なまでに食べ尽くした。タフだ。「タフでなければ生きて行けない」。飲んで食って、延々深夜の1時過ぎまで談笑した。佐竹君は酒も滅法強い。
  
 政治、道徳、格闘技と話題は、交叉展開した。近く角川書店から彼の思い、志を綴った本が出版されるという。楽しみである。
 
近い将来、彼は政界に打って出るようだ。著名人を集めて勉強会を精力的に開くのも、それに備えてのことだと推察する。だから知識も豊富で、話題が尽きない。格闘技バカでない事が何よりも嬉しい。
 
 
22日~24日は代々木八幡八宮百年祭
 
 今頃になって朝顔が乱れ咲きしている。最も残暑が続く毎日なので違和感はないが。流石にミンミン蝉の声も少なくなってきた。空を仰げば、梢の葉は確実に薄黄色に染まってきている。
 
 今週の22日~24日は氏神様の「代々木八幡宮」の八百年祭!地元はこの話題でもちきりだ。祭り大好きな私は、いまから胸躍る。23日はクライマックス、宮神輿が各町内を練り歩く。八百年の重みを背負って。
 
 佐竹君にも、こないかと声を掛けた。当日は晴天であって欲しい。
 
 
渡嘉敷会長からのメール
 
 「ボクシングパーク」の突然の中止について、遅ればせながら渡嘉敷勝男会長にメールした。事情及びお詫び、ついては近日中にジムに伺いたいとの趣旨で。渡嘉敷会長は全面的に協力して頂いた。
 
 早速返事がきた。「僕にできるこなら何でもします。」と止めるのはもったいないとのエールの返事だった。有難い言葉に、励まされる思いがした。いつの日か再興したいと考えている。
 

ベトナム・フェスティバル
 
 18日(土)は夕刻、散歩がてら代々木公園にベトナム・フェスティバルに行く。3連休の始め、晴れとあって会場は人だかり。世は不景気だというのに、大変な賑わいだ。皆、人が恋しいのかも知れない。
 
 愚息は目ざとい、お昼頃既に自宅を出ている。「行かない?」の妻の呼び掛けに、何となく出掛けたがベトナム料理は正直好きでない。ヘルシーだが、全てに甘く淡泊で、私には物足りない。
 
 でもビールを飲みベトナムのアオザイ姿のスレンダーな歌手の物悲しい歌を聞く。よかった。一度は行ってみたい国である。しばし訪れるタイから、飛行機で1時間位の距離にある。今度こそはと思う。
 
 
朝顔が今頃になって咲き乱れる…。 
舟木昭太郎の日々つれづれ
  
ベトナム祭でアオザイに身を包んだ女性たち。
舟木昭太郎の日々つれづれ  

 

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口内炎に苦しんだ1週間自宅で無益な日々過ごす/シュートボクシングの事

・口内炎に苦しんだ1週間
 ~自宅で無益な日々過ごす~
 ~硝酸銀の地獄の痛さ~
 ~ただ本を読む~
 ~大好きな作家は吉村昭さん~

 
・シュートボクシングの事

 

 ボクシングパーク   
9月30日まで宜しくお願いします。
http://fanplus.jp/_boxingpark_/


 
 
口内炎に苦しんだ1週間

 
~自宅で無益な日々過ごす~
  
 この一週間(4日~9日)は口内炎で、苦しんだ。体がだるくて、唇にできた口内炎のせいで、食事の度に脳天に突き刺さるほどの痛みに見舞われた.このところ発症しなかったのに、風邪と併発したのかも。
 
 昔会社勤めの頃は、出版社というところにいて、何分不規則な生活だったのでしょっちゅうできた。ひどい時には、治った先から、すぐできた。
 
 口の中でも、舌にできる口内炎は一旦できるとゆうに10日間は治らず地獄のような痛みの中、徹夜仕事をやった。売薬の塗り薬(ケナログ)をそーっと患部に塗るのだが、それでも飛び跳ねる程痛かった。
 
 どうしても我慢できなくて、知り合いの病院に飛び込んで最後の手段に出る。この治療がとてつも痛いから、最後の手段になるわけで、決死の覚悟が得る。
 
~硝酸銀の地獄の痛さ~
 
 硝酸銀の棒で患部を焼き尽くすのだ。勿論麻酔などもしない、僅か5~6分だが、押し付けてごりごりやる。頭から火花が散るような激痛は、さながら拷問である。
 
 涙がポロポロ出る。治療が終わり水でうがいすると、ひやっとして吾に返る。硝酸銀を押し当てられた、患部はカルデラ湖のようにへこんでしまう。これをやると二、三日後には嘘のように楽になる。
 
 不規則、不摂生な生活の繰り返しで、出版社に勤務した30年余の歴史は文字通り口内炎の歴史でもあった。硝酸銀で焼き尽くすこと数知れず私の舌は、いつの間にか凸凹になってしまった。
 
 その凸凹も月日が経つうちに、不思議なほど平らになる。とはいっても同じ箇所を何度も治療したものは、やはり凸凹の傷跡は消えない。今回は、硝酸銀のお世話にはなるまいと決めた理由は、勇気の欠如である。
 
~ただ本を読む~
 
 だから長引いた。仕事も手につかず、無益な日々を送ってしまった。前へ進まぬ人生ほど苦痛なものはない。ほとんど自宅で本を読んでいた。年寄になって読書もままならない。眼が弱ってきた。老いるという事は何かと不便なものだ。
 
 特に昔の書籍は字が小さいのですぐに眼が疲れる。昭和40年代に文春が発行した「現代日本文学館」全40巻は、もうダメだ。文字が霞む。それでも志賀直哉「夜明け前」「和解」は何とか読んだ。
 
 何度も読んだ覚えがあるが、読むたびに味わいが違う。時任謙作の心理状態、お栄に対する恋慕の気持ちは、いまなら理解できる。それにしても大正初期~昭和10年代の時世の中、主人公の時任謙作は何とも贅沢三昧に過ごしたものだ。
 
 祖父との間にできた不義の子の出生の秘密を知って、悩み苦しむのだが、やれ旅行だ、やれ温泉だ、やれ芸者遊びだと遊蕩の限りの主人公には、何とも浮世離れした悩みだと突き放したくなる。
 
 志賀直哉を読む気になったのは、やはり小説の神様といわれる名文に接して、少しは我が拙文がましになればと思っての事であるが…。浅田次郎「日輪の遺産」はかけなしの面白さ。エンターテンメントの極みである。
 
~大好きな作家は吉村昭さん~
 
 他に「街のはなし」(古本屋で買った)「ひとり旅」はいずれも吉村昭著。前者は折々の感想を綴ったもの。味わい深い短編集。後者は筆者の取材の裏話などを纏めたもの。
  
 取材姿勢が素晴らしい。自らの足で、丹念に事実を積み上げる。人手を全く借りない実直な人間性が作品の中に滲み出ている。
 
 吉村昭さんは私の大好きな作家である。文庫本の8割強は読んでいる。どれも外れハズレはない、胸躍らせるものばかりだ。旅行のときに持っていくと、きっと楽しめる作家。
 
 2006年7月、お亡くなりになった。長生きしてもっともっと作品を世に出して欲しかった。私の人生の楽しみが一つ消えてしまった。あとはいかに読んでいない作品を掘り起こして読むかだ。夫人の津村節子著「紅梅」はまだ読んでない。
  
  
シュートボクシングの事
 
 シュートボクシングのシーザー武志会長から残暑見舞いと大会開催案内のハガキを頂戴した。先週は9月というのに猛暑日が続き、まさに残暑に相応しいものだ。
 
 シュートボクシングという総合格闘技は、キックボクシンにスタンディングでの投げ技、関節技を加えたものといえば分かり易い。そしてロングスパッツ+レガーズを着用して試合する。シーザー会長が創設者である。
 
 誕生は’85年。浮き沈みはあっても脈々と生きている。80年代人気を博して、昨今再びブームの兆しが見えるようだ。K-1が精彩をなくしたいま、注目を集めている。
 
 それもこれも地道にコツコツ興業を続けて、ファンを引っ張ってきた努力の賜物であろう。シーザー会長のリーダーシップは言うまでもないことだ。
 
 9月10日後楽園ホールでシリーズ最終戦が終わり、今年は11月5,6日と東京シティーホールで、「SHOOT the SHOOT2011}のスペシャルイベントを2日間にわたり開催する。このパワーに敬服する。
 
 ファンとメディアを大事にするからこそシュ-トをボクシングは受け継がれているのだろう。弊社にも一貫して、情報をメールで送ってくれる。中々できないことだ。改めて御礼申し上げます。11月は見に行きます。
 
 
シーザー武志会長から頂いた残暑見舞ハガキ
舟木昭太郎の日々つれづれ

 

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