具志堅用高とはなんぞや/ダルビッシュの快投/他
・ダルビッシュの快投
・具志堅用高とはなんぞや
~何事も一生懸命~
~天然ボケの意味は?~
~叱責するときも同じ~
・黄金週間を如何お過ごしで
・渋田川の土手に咲く芝桜
・花のスライドショー
・惜春譜のとき
ダルビッシュのヤンキース戦の快投は胸のすく思いでした。黒田との投げ合いは、日本のプロ野球の水準の高さを証明してくれました。ニューヨークタイムスは黒田とダルを称え「一人はGOOD、一人はGREAT!」と報じました。日本人として誇らしい気持ちです。
勝ったダルも、敗れた黒田も長いレギュラーシーズンは始まったばかり。いずれまた対決する機会もあるでしょう。9回途中で降板して失点ゼロ。やはりダルは只者ではないと判明した次第です。
左バッターに弱いと酷評のあったピッチングも、4~7番まで左を並べたヤンキースの策を見事封じ込みました。スイッシャーはいう「体の正面でボールが左右に切れるんだ。こんな投手初めてだよ」
過去の失敗から早速学び修正してきたダル。次回登板は1日(現地時間30日)のカナダ、トロント・ブルージィェズ戦。環境にも少し慣れ本来の投球ができるようになった。もうテレビの前から離れられぬ。
とはいえダルのメジャーの挑戦、大航海は船出したばかり。前途には穏やかな海ばかりでない、嵐の日も、風雪の日も待ち受けていよう。そうした困難を若いダルが立ち向かい、如何に乗り切って行くか、それもまた私の見たいものなのです。
具志堅用高とはなんぞや
中学時代の同級生で主婦緑川洋子さん(埼玉在住)からA5サイズの封筒が届きました。中身は「具志堅用高 我が道」というスポニチに連載された切り抜きでした。
全31回にわたる長期連載を1回の漏れも無くスクラップして送ってくれたものです。私がスポーツ関係の仕事に携わっていて、具志堅会長とは旧知の仲と知って何か役に立てばと、したためてありました。鶴瓶の「家族に乾杯」流なら、さしずめ「♪幸~せをあ~りが~とう、ぬくもり届きました~♪」です。
有難いことです。31日間まいにち丁寧に切り取って下さったその行為に頭が下がります。じっくり読みたいと思います。記事の内容は現役時代のことから、現在の芸能活動に至るまでまでを記者のインタビューに応えて構成されています。で、ちょっちゅね、具志堅さんの話をします。
~何事も一生懸命~
ザッと拾い読みしただけですが「ボクシングも芸能活動も一生懸命やっています」との言葉がすぐに目につきました。彼は「一生拳命」と色紙にサインをするのだけれど。私にはその深遠な意味は、多分他人より少しは分かるのです。
グスマンという選手から7回KOでタイトルを奪ってから、4年にわたりタイトルを防衛して、13度。私はず~と密着取材してきました。キャンプも練習も試合も、そしてオフの日々も。だからちょっち偉そうに語れるのです。
で、連続13度の防衛は普段の稽古を一生懸命ベストを尽くした。栄冠はその賜物に他有りません。とてもシンプルな答えです。トレーナーの言う事をよく聞き、一旦ジムに入れば一心不乱に没頭する。隙がない、無駄がない…研ぎ澄まされた稽古の積み重ねが、無敵のカンムリワシを作ったと。決して特別な事をした訳ではありませんよ。努力が天才を生んだんです。後に続く者へのメッセージですよ、これは。
そのボクシング王、具志堅さんが芸能活動でも人気者になっている。ジャンルが変わってもあの時と同じように、一生懸命やっていると自らを語る。そこに芸能界での成功があるんじゃないか、そう私は得心するのです。
~天然ボケの意味は?~
「テレビで見る具志堅さんは、あれは天然ボケですか?」なんてよく聞かれますが、お笑いだから適当にとは具志堅さんの性格は許さないのです。場違いなシーンに、真剣であれば有る程、逆にお笑いを誘うのではないでしょうか。具志堅さんの天然ボケは、つまりは純粋無垢な心の発露なのです。
私はかつて「舟木昭太郎杯ゴルフコンペ」を10年以上にわたり主催していました。代表幹事を引き受けてくれたのが具志堅さんでした。多い時は12組、48人が集まりました。
常に変わらず盛大でした。格闘家、芸能人、マスコミ関係、友人、知人…こうした多種多彩な人たちが集うコンペが、毎回混乱もなく続けられたのは、勿論彼の名声と人柄のお蔭でした。
~叱責するときも同じ~
会場に着くのも誰よりも早い徹底ぶりは驚くべきものでした。或るとき後輩の渡嘉敷勝男さんが、プレイ開始ぎりぎりにゴルフ場に車で乗り付けました。それを見つけた具志堅さんが、大声で怒鳴りました。
「渡嘉敷!芸能人のマネするな!」それはタイトルマッチを戦う具志堅さんの形相でした。芸能人が押しなべて、遅刻するとは思いませんが、後輩を叱るその姿勢にある種畏敬の念を私は抱きました。そうなんです、彼は叱責するときも一生懸命なのです。後輩への愛情です、これ。
いま皮肉にも芸能界に身を置く具志堅さん。勿論本業はボクシングジムの経営ですが、このように己に厳しい人だからこそ、芸能界でも生きて行けるのだと感じるのですが。因みに元中日ドラゴンズ坂東英二さんが、タレントとしての目標だそうです。
ちょっちゅね、長い話ですみません。また機会があれば「具志堅用高とはなんぞや」を綴りたいと考えますが…。
黄金週間を如何お過ごしで
黄金週間、皆さんは如何お過ごしですか。私は特に予定がないので例によって、畠と読書で過ごし、気が向けば近郊の行楽地にぶらり旅をしようかなと思っております。
早速ネットを見ていたら、神奈川県伊勢原の芝桜とあったので妻と30日朝10時に小田急線で出掛けました。明日は知らぬ命、思い立ったらすぐ実行。
駅に着き市の案内所を尋ねたら、何のことはない、知らないのでバスの運転手に聞いてくれ、という。これが市の役人か。バスの運ちゃんも「芝桜はこちらで降りると便利です」とかひと言云ってくれればいいものを。なんて伊勢原の人は薄情なんだ。リック背負った叔父さん、叔母さんが 不安げに降りて私たちもその背に付いて行った。
渋田川の土手に咲く芝桜
芝桜は渋田川の土手に600㍍の距離に咲いていた。見頃はすぎたが川沿いを散策するのも牧歌的で、気に入りました。本腰をいれて市が開発して長い土手を全面的に芝桜にしたら、さぞ一大観光の目玉になるのはと想像しました。
3㍍位の川幅だが水草が水中でなびき、いまが繁殖期の鯉が群れを成して雌鯉に体当たりする思えもよらぬ勇壮なバトルも見た。東京から1時間ちょっと、伊勢原市よ、もったいないぜ。川をもっと綺麗にして、秩父のように本腰を入れて取り組んで下さい。川にタイヤが浮いていたのには幻滅でしたが。
花のスライドショー
それにしても一足飛びに春が来て、5月1日は夏も近づく八十八夜。自然界の目まぐるしさは、まるでスライドショーを見るようです。まだ草木が目覚めぬ頃に、こぶしが街路に春を囁き出したと思ったら梅が咲き、桜に受け継がれ、さらに木蓮が大きな花弁でワルツを踊り出しました。
こぶしは別名「さくら引き」というのだそうで、確かに春の先駆けの花に相応しい感じがします。で、気が付けば何とハナミズキが女学生のい帽子のように、微風に眩いばかりに揺れています。これでもかと存在感を放つ躑躅とは対照的です。楚々たる美しさ、だから私はハナミズキが愛おしいのです。
惜春譜のとき
あっという間に春は通り過ぎて初夏の装いに早変わりです。29日朝日朝刊の高橋睦郎「季をひろう 惜春譜」の欄に、行く春を惜しむうた(俳句)を採り上げていました。
その中でも最もポピュラーなものは芭蕉の詠んだ「行く春を近江の人と惜しみけり」は、味が有って、心に沁みます。めくるめく花たちのフアッションショーは、こうして色を変え形を変え、匂いを変えて弛むことなく続きます。
4月から5月にかけは、まさに神々の季節です。艶やかな菖蒲、5月の女王薔薇、彼女たちは今や遅しとスタンバイしています。花は咲き乱れ木々は一斉に輝きを増し、自然はさっと一筆緑色に染め、萌える若葉に覆われます。生命の躍動、歓喜を体感します。それだけで私は、十分に幸せです。
渋田川土手のシバザクラ
ハナミズキの白い花
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ダルビッシュの好投/大リーグ解説について/益軒が教える食事/他
・ダルビッシュの好投
・匠の技
・球場には夢がある
・大リーグ解説について
・益軒が教える食事
~腹八分目の勧め~
・露地栽培日誌
ダルビッシュの好投
ダルビッシュ有がメジャー3戦目のタイガース戦で2勝目を上げた。7回途中降板で2安打1失点。グレート・ジョブ(大仕事)である。タイガースといえば、中地区首位を走る強豪チーム。
カブレラ、フィルダーというメジャーを代表するスランガーがいる。これらをノーヒットに抑えての勝利は、敵地のファンも驚いたはずだ。次回登板は25日(現地時間24日)の名門ヤンキース戦。ジーター、A・ロドリゲス相手にどんな投球を見せてくれるか、顔合わせを想像するだけでも、私の脳は踊躍歓喜状態です。
力対力の対決、スランガーたちを切り切り舞いさせる力の投球でなくとも、多彩な変化球を駆使したダルビッシュの投法がヤンキース相手に通用するのか。う~ん、千両役者との競演、堪らない!
匠の技
過去メジャーで成功した日本人投手が二人存在する。一人は野茂茂雄。ドジャースやレドソックスで活躍した。トルネード投法からのフォークを駆使して三振の山を築き元祖ドクターK。
もう一人佐々木主浩投手はマリナーズでクローザーで試合を締め括った。野茂と同じくフォークを連投して、勝利に貢献、大魔神と呼ばれました。
彼等成功者に共通するものは「匠の技」と称して良いでしょう。手先の器用な日本人が編み出した精密な投球術は、さながら那智の滝のように激しくも美しく落下するフォークボールでした。ダルの7色の変化球もまた、メジャーリーガーを驚かす繊細な匠の技なのです。
ダルの匠の技がヤンキース戦で、どうか冴え渡りますように私は祈ります。只、最新ニュースによると25日の試合は元広島黒田博樹投手の投げ合いになる模様で、ダルだけ応援するわけにいかなくなりました。大いに悩むところです。
で、テレビを見ていつも感激する。どの球場も絵のように美しいことです。多分日本選手が大リーグに憧れるものの一つに「あんな美しい球場でプレーしたい」の願望があるのではないかな。
球場には夢がある
翻って日本のプロ野球、球場からして大部分が人工芝。日本は雨が多いのでドーム球場も仕方がないが、せめて開閉式を義務付けるべきです。晴れた日には、青空の下で見られる解放感…天然芝に陽光が射す。
ピーヒャラドンドンもない、こんな球場なら私も足を運びます。真夏の野球観戦、パナマ帽に短パン、素足のスニカーにサングラスで、手には好きなギネスビール。
カーン!ホームランの音、ボールのゆくへを追えば限りない青空。外野席のしびれるような快感、そんな球場を日本の野球に望むのは無理だろうから、せめて私は大リーグをテレビで楽しむのです。
大リーグ解説について
幸いかなタイガース×レンジャーズ戦の解説は小宮山悟さんだった。彼の解説は非常に明解である。元ロッテ投手、大リーグメッツにも在籍した経験を生かした、はなしにはなるほどと納得がいきます。
投手交代のベンチの様子が手に取るように分かり、野球のもう一つの面白みが伝わった。ベンチとブルペンのやりとりの作業、およびエピソードなど、いまでの解説者に見られなかったものだ。言葉少なく的を得る解説も耳に心地よい。
そうかといえば、ボソボソと何を喋っているのか分からない元投手、かと思えばやたらどうでもいい薀蓄を傾ける元監督など、せっかく海の向こうの雰囲気に浸っている時に、興醒めもいい処です。
NHKBSも野球解説者の選定を厳しくするべきときだ。大リーグ放送ならせめてそれに見合った知識を備えてもらいたい。日本プロ野球の延長線上の、おおぶりな解説はもう御免蒙りたいのです。
益軒が教える食事
貝原益軒「養生訓」は凡そ300年前に書記したものだが、今に通じる名著である。読む程に敬服する。「凡(すべて)の食、淡薄(たんぱく)なる物を好むべし。肥濃(ひのう)・油膩(ゆに)の物多食ふべからず。生冷・堅硬なる物を禁ずべし。あつ物、只一によろし。肉も一品なるべし。さい(野菜=おかず)は一二品に止まるべし」
要は淡泊な物を食べ、脂っこい物、冷たい物、硬い物は避けること。あつ物(お吸い物)は一椀でよく、おかずも一二品でいい…体に優しい食事を勧める。
また「食少なければ、脾胃(ひい)の中に空処ありて、元気めぐりやすく、食消化しやすくして、飲食する物、皆身の養いとなる。是を以て病少なくなくして身つよくする」
腹八分目の勧め
これなどは正しく小食の勧めで、いかに小食は体に良いかを説いている。「満意を慎むべし」と満腹を戒めている。ズバリこれは腹八分目の
教えで、300年前にこのようなすぐれた著書を表した益軒には、驚くばかり。
江戸時代にあっては平均寿命が40才台、その中で益軒は83才まで生きている。養生の賜物といってよい。筑前(現在の福岡県)で生まれ、福岡藩士で、儒学者、本草学者、蘭医として多くの著書があり、そのなかでも「養生訓」は不朽の作品として今に伝わる。
酒についてもこう述べている。「酒は天の美禄なり」(酒は天が与えた美味し贈り物である)と益軒は愛でていたが、それでも微酔程度だったようだ。健康で楽しい人生を送るためのまさに「養生訓」は虎の巻です。(参考文献/井上 忠「人物業書・貝原益軒」)
露地栽培日誌
ゴールデンウィークも今週末、いよいよ一斉に畠に苗を植える。トマト、茄子、胡瓜、ピーマン…植えつけ前の土作りを22日午前に完了。トマトには溝施肥にして、今年は完熟牛ふんを多目に入れた。
1週間後に苗を植えマルチで覆い、今年は裂果や病気を防ぐためにシートをかぶせ屋根を張るつもりでいる。とにかく甘いミニトマトを沢山作りたい。
畑も今年で4年目、いつまでもアマチュアではいられないのです。
拙宅の通りのアスファルトに健気に咲くシクラメン。
生命の力強さを見せてくれる。
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ダルビッシュ有の苦悶/貝原益軒の老いの生き方/他
・ダルビッシュ有の苦悶
・桜の花弁の「水葬」
・花の貴婦人モクレン
・貝原益軒の老いの生き方
・白山神社に参拝
ダルビッシュ有の苦悶
華々しくメジャーリーグでデビューしたダルビッシュ有が、苦悶している。初登板のマリナーズ戦では先発して、初回に4点、2回1点奪われて敗戦濃厚だった。
それが見方の強力打線の援護で、奇跡的に勝投手となった。2戦目の敵地ミネソタでのツインズ戦でも、制球が定まらず2点を取られ同点の6回途中で降板した。前回と全く同じイニング数である。どちらもノックアウトに等しい。
ツインズ戦は結果的にダルの所属するテキサスレンジャーズが勝利をものにしたが、ダルに勝ち負けは付かなかった。新天地は想像以上に厳しい事を感じさせた。
しかし私はむしろダルの非凡な才能を目にして、やはり只者ではないと感心した。5点取られても、パニックに陥る事がなく己を修正していく精神力。これがあるからこそバックも援護する気になって逆転に結び付いた。
ツインズ戦で見せた、ワイルドピッチ→捕手後逸→リカバリーで三塁ランナーを本塁でタッチアウトした、一連の機敏な動作、プレィーはダルの潜在能力の高さを表したもので、ピンチに強いダルを印象付けた。
ピンチに立たされた時に、いかに忍耐強くしのぐか、これもまた投手には欠かせない要素。従って2試合の試練は、ダルの今後に必ずや役立つはずだ。だからして大いに悩み、苦しめ!やがてそれが勲章となろう。
焦ることなし、自分を信頼して一歩一歩前進して欲しい。MLBの人生はまだ始まったばかり。道程は果てしない。25才の若い君は、失敗を恐れるなかれ。目先の勝利に、小さく纏らないで欲しい。
私はダルが、MLBでも大投手になれると確信する。
桜の花弁の「水葬」
14日終日降った春の雨は容赦なく名残の桜を散らした。翌日早朝ラジオ体操に出向いたら、公園の水たまりには、花弁(はなびら)の塊がそこかしこに風に揺れて漂っていた。それは恰も雨が捧げた厳粛な「花弁の水葬」であったような気がした。
梢を仰げば既に幼葉が勢いよく芽吹いている。もう初夏の気配に自然の移ろいのダイナミックさに驚く。やがて燃えるような新緑に公園も包まれる。日新、日日新、又日新…(司馬遼太郎著より)。万物は日々生まれ変わる。
間を置かず八重桜が豊満な装衣で登場するが私の桜狂いは、染井吉野の類の終わりをもって、今年はひとまず終焉となる。目黒川、隅田川河畔、大山公園、そして代々木公園の桜と今年も十分愉しんだ。
花の貴婦人モクレン
桜が散ったその脇でモクレンが、白や紫のく大きな花弁を広げているのが目に入る。中国四川省が原産だというこの花は、かつては蘭の花に似ていることから「木蘭」と呼ばれていたそうな。
いまはハスに形が近いので正式に「木蓮」と命名され、紫木蓮、白木蓮…いずれもそのふくよかな花姿は、のびやかで大らか、春の柔らかい陽光に映えて美しい。白木蓮はまるでシルクのようで、さしずめ”花の貴婦人”である。
私はどちらかというと紫木蓮が好きで、これを見つけると所構わずカメラを向けてしまうが、白木蓮の花弁には、武士(サムライ)の貞淑な妻の趣を連想してしまう。かくの如く春は、花の連鎖の季節で飽くことがない。
貝原益軒の老いの生き方
手元にいま貝原益軒の一冊の本がある。図書館で借りてきた。これが面白くて、止められない。丁度、60才以上の年配者にはためになるので
唐突ですが、綴ってみました。
「清福といふ事あり。楽(たのしみ)をこのめる人、必(かならず)これを知るべし」(清福ということがある。楽しみを好むひとは必ずこれを知っていなければならない)貝原益軒『楽訓』「巻之上」
「清福は、いとまありて身やすく、貧賎にしてうれひ無きを云う」(清福とはゆったりとした時間が持てて、金銭的に貧しくとも心配事がない状態をいう)
以上は山崎光男著「老いてますます楽し 貝原益軒の極意」より引用したもので、幕末に来日したシーボルトが益軒を「日本のアリストテレスだ」と評したという。
益軒の「養生訓」は老いたる我身には大いにためになる。「自ら楽み、人を楽まして、人の道を行はんこそ、人と生れたるかひ(甲斐)有りて」 益軒の人生哲学は「楽しむ」こととズバリ。私はいま貝原益軒に傾注してる。今後時々、益軒を論じてみたい。
白山神社に参拝
三か月に1度、白山神社に御参りに詣でる。勤めていた会社が白山にあってサラリーマン時代からの慣習になっている。何をお願いするわけでなし。御参りすると何故か心が澄んだ気持ちになる。
16日は晴れ間の覗く暖かい日で、境内には枝垂桜が満開に咲き誇っていた。人影もまばらで、思いがけず絶景を独り占めするような気分に浸った。もう一つ、珍しい桜にも会えた。「白旗の桜」という名の、純白の花弁は、とても神社に相応しい趣だった。
やはり御利益はあったのだ。
のびやかに咲く紫木蓮の華
白山神社の枝垂桜はいまが満開(16日午後)
神社境内の「白旗の桜」
北島康介恐るべし/マスターズとウッズ/静かな誕生日に満足/他
・北島康介恐るべし
・マスターズとウッズ
・さくら、サクラ、桜
・静かな誕生日に満足
・年寄になり知るもの
北島康介恐るべし
北島康介の4連続五輪出場を決めた。彼は鉄人技である。2000年高3の年に初めてシドニー五輪に出場して、’04年アテネで100、200㍍平泳ぎで金メダル。’08年北京でも100、200平泳ぎで同金メダル、連覇した。そしてロンドンへ。当年29歳、只々驚くばかり。
ロンドンでは3連覇がかかる。一時スランプに陥り苦悶したようが、彼の精神はまるで鋼(はがね)のようだ。人間どうしたらかくも強い肉体と精神を兼ね備えることができるのだろうか。
あらゆる誘惑に打ち克ったからこそ北島の現在の姿がある。彼には一種修行僧の風貌がある。スポーツも極限まで突き詰めた人は、宗教家の顏になるようだ。
私の尊敬する黒崎健時さん(新格闘術総帥)が言った。
「目標に何処まで集中できるか、その執念が才能である。」
北島にぴったり当てはまる言葉である。
彼は全ての日本人の鑑である。
ロンドンではどんな名文句が飛び出すか。
マスターズとウッズ
アスターズが終わってバブ・ワトソン(33=米国)がPO(プレーオフ)の末初優勝した。 今年も名勝負・名場面が随所に見られた。最終日ルイ・ウェストへーゼンの2番ホール(パー5)でのダブルイーグルには驚いた。残り235yd、4番Iの2打目がグリーンを転がりカップイン!史上初めての快挙を目撃した。
勝負はPO2ホール目、両者ティーショットを林の中に入れたたが、ワトソンは奇跡的なリカバリーショットでグリーに乗せた。結局パーでウエストへーゼンを下した。レフティー(左打ち)のマスターズ勝者はM・ウエアー、F・ミケルソンに次ぐ3人目だそうな。
タイガー・ウッズは5オーバーの40位。ドライバーもアイアンも乱れて、昔日の面影無。全盛時のタイガーがいまさらながら懐かしい。
ショートレンジでの球が右へふけてしまうような光景を目の当たりにして、私は彼の私生活の乱れが、いまゴルフに表れていると感じた。あの無敵の男が断末魔の苦しみを味わっているのだ。
不倫騒動で妻や子供とも離別。12年連れ添ったキャディー、スティーブ・ウイリアムスからも見放されれた。いま改めて彼は失ったものの大きさを後悔しているはずだ。何事も一人の力では為し得ない事がが分かったはずだ。
ちょっとした慢心が致命傷となる。私生活の自己管理が如何に大事であるか、北島と比べるとより鮮明である。タイガーマニアの私としては、兎に角失敗から学んで、真の再起をして欲しい。茨の道は当然の代償である。
さくら、サクラ、桜
今年の都心の桜は寒い冬を耐えて見事に弾けた。3月31日に開花宣言されるや堰を切ったように競い4月7日には満開となった。こんな濃密な一週間は私も経験がない。お蔭で大いに桜を楽しんだ。
7日は妻と都立大駅まで出掛けP&S社に勤務する奥川正治さんの個展を鑑賞す。繊細なタッチの水彩画で私が特に気に入ったのは、四谷橋から上智大を望む風景画。淡い桃色の桜’が何とも言えない情感を誘う。もはや趣味の域を超えて立派なマエストロで、恐れ入る。
駅前の桜も咲き誇りしばし魅入る。都立大駅から中目黒駅まで戻って、目黒川の桜を散策。噂には聞いていたがこれは圧巻だった。川の両側から折り重なるように伸ばす枝は、まさに桜の錦絵。
ごった返す人だかりで、草々に引き上げた。お天気は良かったが少々底冷えのする気候は、花を長持ちさせるので幸いなのかも知れない。中目黒から六本木へ出て大江戸線で森下まで行く。
田舎より甥たちが桜を見に私の長姉の家に来るというので、合流する。車で到着する間もなく今度は、車で押上を回りスカイツリーを垂直に仰ぎ見て、そのまま隅田川河畔へ。桜を車中から眺めた。
遊歩道には屋台が所せましと並び、5時ごろだというのにもう人の群れは続いていた。何処へ行っても、花見客で溢れている。日本人ほとなる。ど桜が好きな国民もいまい。ヒマラヤにも米国にも桜はあるが…。花見から帰った後は、長姉宅で大宴会となった。
8日、日曜は地元西原町の桜祭りで、たこ焼きを手伝う。こちらも大勢の花見客が押し寄せて、大いに賑わう。すっぽん「田吾作」夫妻や従業員も見いた。カラオケ仲間も7時頃来たので加わって飲んだ。花より団子、それもよし。桜はあとニ三日は見頃で、何となく気ぜわしい。今年も「世に桜のなかりせば」のモード、我ながら呆れる。
静かな誕生日に満足
2日は誕生日、最近は外で特別なお祝い事をしないのが我流儀。我家で妻手作りの料理で細やかに祝ってもらうのが一番だ。自分から申し出た。外出は面倒だから。
妻が鯛めしを拵えてくれた。その他ホタル烏賊の刺身、大根サラダ、豚ステーキ。最初はぬる燗の日本酒。次いでワインに移る。幸いワインは極上のものをワインセラーに保管していた。
2年前、薬師神芳夫さん(元ミズノ)の還暦祝いの旅行で具志堅用高さんらと日立市に行った折、フランス料理店「デュ・パブレン」のオーナーシェフ石橋さんから頂いたものである。因みに弟・淳さん(元ミズノ社員)と共同経営のお店である。日立へお出での節は是非利用してください。
頂いて在ったワインは、2004年 SaintEmilion ”Virginie de Valandraud”私好みのどっしとした力強い味で、本来ならば鴨料理などこってりした料理に合うのだが、それでも十分に堪能した。この日のために取って置いて正解。
倅が急に帰宅が遅れて今年は妻と二人の誕生会となったが、静かな誕生日を過ごすのもまた年寄に相応しい。翌朝、倅にはブレックファスト用のマグカップをプレゼントされた。気に入って、毎朝愛用している。
年寄になり知るもの
3日はお祝いに葉加瀬太郎のコンサート(サントリホール)へ誘ってくれた。テレビで「情熱大陸」を見てすっかりファンなっていたので、妻が心がけていたようだ。コンサートは1部がクラッシック音楽で2部が情熱大陸バージョン。
やっぱり2部が圧倒的にお客の反応がよかった。彼は話術が爽やかで垢抜けているので、心地よい。朝ドラの「ひまわり」が演奏されるとウキウキした。嵐の中を行った甲斐があった。
1日はオペラシティの「八っかく庵」という豆腐専門の料理屋さんにカラオケ仲間が誕生夕食会を開いてくれた。53階からの薄暮から夜に映りゆく景色を眼下に見て、豆腐懐石を味わった。
4日は「花にし会」の催しが幡ヶ谷区民会館でありカラオケで、「おとこの涙雨」(北山こうじ)と「男ごころ」(鏡五郎)を唄い日頃の練習の成果を披露した。飲んで唄って、年寄は楽しんでいるのだ。
人は独りじゃ生きられない。人なる字は、なるほどよくできていると感心。支え(つっかえ)棒がなければ、立っていられないのである。年寄になってシミジミ分かる人の(肉親&他人)情け、有難さ哉。
「さくら、サクラ、桜のみだれ咲き」
~隅田川河畔の桜~
~目黒川の桜~
~奥川正治さん個展「四谷橋風景」~
~大山公園の桜~
~朝の体操のあとでJica脇の空き地で~
姉宅での甥たちとの宴会
キョードー東京嵐田会長「お別れ会」に感銘した
・キョードー東京嵐田会長「お別れ会」に感銘した
~笑顔を絶やさず温厚な紳士~
~シンプル イズ ベスト!~
~壁には故人の業績の数々~
~36年振りに懐かしい人と再会~
キョードー東京嵐田会長「お別れ会」に感銘した
3月19日に腎不全で逝去した嵐田三郎さん(株式会社キョードー東京代表取締役会長)のお別れ会が、29日午前11時半からホテルニューオータニ「鶴の間」で行われた。享年79歳。
芸能、マスコミ関係の主だった方々が多数集まり故人を偲んだ。キョードー東京は、イベント興行会社として、世界のトップ歌手を日本に招聘している。他に格闘技(K-1など)のチケットも扱い日本はもとより世界屈指のイベント会社である。
当日会場で頂いたお別れ会の案内栞(写真あり)を見れば、同社の存在がいかばかりか一目瞭然である。私の知る限りの有名歌手の殆どが網羅されている。まさに星座の如く。
ルイ・アームストロング、ビートルズ、ダイアナ・ロス、ホイットニー・ヒューストン、マドンナ、マライア・キャリーetc。「キョードーから声がかからない歌手は、一流ではない」といわれる。得心。
~笑顔を絶やさず温厚な紳士~
嵐田会長は1962年の会社設立当時からの社長(’00年3月代表取締役会長就任)で、同社の売上は現在100億円の売上(従業員50名)を誇っている。私と嵐田さんの接点は1969年(S44年)に傘下の協同プロモーション(同プロ社長も兼任)がキックボクシンを電波に乗せた頃に始まった。
以前にもこの欄で書き印したと思うが、嵐田社長は笑顔を絶やさず温厚な人だったという印象が強い。現場の事は殆ど神村栄一さん(当時・興行部長、現・新空手主宰)に任せていた。
マッチメークは日系のレジ・一ノ瀬さん。嵐田社長の薫陶受けて同プロは格闘技には珍しく紳士の集団だった。事務所で直接取材に応対すのは、もっぱら広報木暮さん。それでも時たま顔を合わせる嵐田社長は、駆け出しの私に丁寧な挨拶をしてくれた。
その故人嵐田会長を神村はいまでも「私の永遠の師匠は嵐田社長、僕の体内にはいつも嵐田イズムが脈打っています」といって憚らない。つまり故人嵐田三郎は、男の心を生涯虜にする魅力を持っている人である。
当時の協同参加選手は鉄腕・錦敏弘、鶴田幸成、江口和明、レイモンド・エドラー、福島三四郎、東昇、近藤一といったキラリと光る個性派揃えで、後楽園ホールの試合日には特に私の心が躍ったものだ。
放映局は日本テレビ、実況アナウンサーは若き日の徳光和夫アナ。結局同局のキック番組はキックブームの終焉と共に足かけ7年で幕を閉じたが、後半には猪狩元秀、長江国政などを輩出。キックの黄金期
に寄与した。選手の勇姿が甦り、開場を揺るがす喚声が未だ木霊する。
同時に嵐田社長のダンディな姿も忘れられない。日本のビックマンがまた一人この世から去ってしまった。多くの世界のアーチストは嵐田会長の死に、さぞや涙していることだろう。御冥福を御祈り致します。
私は数多のお別れの会に出席賜ったが、今回ほど感銘を受けたことはない。只素晴らしい!の一言。何がといえば、全てが垢抜けていて、お洒落。これぞお別れの会のバイブル。流石キョードーです。
~シンプル イズ ベスト!~
何が私の心を振動させたのか。以下拙い文章で綴る。祭壇中央に微笑みかける遺影は、ヘビースモーカーの故人が右手に煙草を指に挟んでいる。渋いネクタイと薄いブルーのワイシャツはおしゃれな嵐田を表現するに十分で、はにかむような微笑は、故人の仁徳、人柄をストレートに表している。内面まで撮った、カメラマンも凄い!
遺影の下方にはズラリと並ぶ梅と桜の切り花がいまが盛りと咲き誇る。この日のために標準を合わせて咲かしたときく。喪主、会社の故人への熱い思いが伝わってくる。正に「嵐田三郎花の生涯」を具現する見事なステージ、式典である。遺骨も我々に語りかけるかのように手の届くような所に置いてあったのも、永遠の別れを実感させてくれた。
11時半ぴったり式は始まった。横一列に並んで白バラ一輪、手にして献花するのだが、挨拶は一切なし。到着順の献花。供花無し、香典一切無し…。う~ん、シンプル イズ ベスト!
バックには先ずサッチモの「聖者の行進」の歌が流れ、そのあとは次々に招聘した歌手の曲が淀みなく続いた。私の想像ではそうしたアーティストのビデオレターが加わり連綿と続くと予想したしたが、それも無い。
献花が済むと出口付近に喪主の姿があり足元には、さり気なく花が横たわっている。そこを過ぎると宴会場。贅を尽くした飲食が用意された故人をしのぶ歓談の場。
~壁には故人の業績の数々~
宴会場の壁にはこれもさり気なく故人を偲ぶVIPとの写真や公演入場証、ボクシング本部から贈られた楯などの記念品が飾られてある。
因みにWBCホセ・スライマン会長とは無二の親友である。音楽以外でも、嵐田さんは幾多の世界戦をプロモートした事は余り知られていない。
女優高峰秀子は「水槽の中で綺麗に泳ぐ魚より、はらわたのある女優になりたい」(高峰秀子との仕事=斉藤明美著より)と語っているが、まことはらわたの有る、余分なものを削り取った、スマートな「お別れ会」だった。ただた、感銘、感激。
遺影は明日の我が姿だという。私は故人に手を合わせる度に、己にいい聞かせる文句である。俺の葬式はこうしたい、こうやってもらいたいと。そういった意味で、規模の大きさは真似するべもないが、シンプルさは印象に残るという点で、大いに参考になった。
~36年振りに懐かしい人と再会~
私はP&S社の横井社長と御一緒した。同社長は亡くなる20日前に嵐田会長と食事を共にして突然の訃報に驚いていた。会場で珍しい人に出会った。キック放映当時日本テレビスポーツ部のプロデューサーだった大久保公男さん。
実に36年振りの再会で、すぐ分かった。昔と変わらない。嬉しかった。元協同プロ社員の神村栄一、榎本浩の御二人もいたので、4人で当時の話に夢中になった。
大久保さんは現在葉山にお住まいで、週3回海辺のカフェで元サッカー監督の経営する店で手伝っているという。「半ズボン、Tシャツでお客様に頭を下げる日々です」と照れるその姿に、穏やかな春の海のような人柄を感じて、羨ましかった。
華やかなテレビ界を定年退職して、静かに第二の人生を愉しむ…いいな。「静かにいく者は、健やかに行く。健やかに行く者は、遠くまで行く」か。長生きするとこんな出会いもある。老いるということは時に思わぬ僥倖、味わいがあるのです。大久保さん、一度、葉山のお店にお邪魔いたします。
「嵐田三郎お別れの会」より
「お別れの会」の栞。
招聘アーチストの名前が星座の如くずらり。
36年振りに会った元日テレプロデューサー大久保さん(中央)と元協同プロ神村さんと。
マイケル・ジャクソンと嵐田会長のスナップ。
ボクシングのプロモーター、ドン・キングと嵐田会長(右)
各コンサートの嵐田会長の入場証
壁にはVIPたちとの思い出の写真が並べられて。
大相撲6大関の異様/朝ドラ「カネーション」の魅力/他
・大相撲6大関の異様
~関脇以下に期待がもてない~
~芥川龍之介の「蜜柑」~
・露地栽培日誌
大相撲6大関の異様
大相撲春場所は白鵬の逆転優勝で終わった。千秋楽まで13勝1敗と賜杯に一番近かった鶴竜だが、本割で豪栄道に敗れて失速、決定戦で白鵬にも屈した。
優勝はできなかったものの鶴竜は、1横綱、4大関を下した金星で大関昇進が内定し、今28日の臨時理事会で正式決定されるようだ。そうなれば1横綱、6大関の布陣になる。
鶴竜の活躍に水を差すようだが、手放しで賞賛はできない。それ相応に今場所の活躍は認めるが、兎も角、異様な事態である。6人大関は、ダンゴ6兄弟と揶揄されても仕方がない。
大関にはになれたが、どの力士も横綱になれる力量も覇気も、私には見受けられないからだ。陽当りのいい処で楽しんでいるように見える。
ああ、昭和大相撲が懐かしい。関脇、小結あたりが群雄割拠した時代。番付表を眺めるだけでも、既に戦いのドラマが始まっていた。巨漢(大内山)や巧者(信夫山)など、多種多彩な強者たちがいて、そこに栃若聳えていたオールディーズ。古い話で恐縮です…。
~関脇以下に期待がもてない~
最近の番付表を眺めるに大関は勿論だが、関脇以下に激しいサバイバルマッチを期待する顔触れは見当たらない。お寒い限りで、情けない。悪く言えば10束一絡げ。国営放送が莫大な放映料を相撲協会に払っているから遣っていられる。
放映から手を引いたら、忽ち立ち行かなくなろう。多大な恩恵に浴していることを協会と力士はよくよく考えてみるべきだ。ライバルがいず、スイスイと大関の昇級試験をパスする現状ではやがて大関8~10人の時代が来るかも知れない。
もはや大相撲の世紀末、八百長問題に端を発した協会の改革も全て済んだ如く、当時の北の湖理事長がまた理事長に再任された。相撲協会というところは、何があっても旧弊を残したいらしい。
改革というなら一層、貴ノ花でも理事長に抜擢る位の肝っ玉が有ってよかった。
朝ドラ「カネーション」の魅力
NHKの朝ドラ「カーネーション」は近来になく面白いのは、物語に意外性が満ち満ちているからだ。病院でのファッションショーなどはその最たる例である。
末期がん女性患者を最終モデルに起用して涙を誘うあたり花も実もある見せ場になっている。二人の子供たちがステージに駆けあがり母親抱き合うシーンは、これはシナリオの勝利だ。主役・小原糸子の晩年演じる夏木マリの見事。
人気絶頂の尾野真千子から夏木にスイッチして、これは危険な冒険だと案じたが、正解だったことが証明された。若い尾野を90歳ちかくまで引っ張って、老けさせることは確かに無理があり不自然だろう。
短編小説などでも秀逸な作品は、文章力もさることながら、さらっとしている中にきらりと光る意外性が必ず潜んでいる。読者が飽かずに読むのは、まさしく予期していない出来事が現出するからに他ならない。カーネーションの成功はまさしく意外性の連続にある。
~芥川龍之介の「蜜柑」~
当たり前のストーリーでは読者はバカにしてしまう。余談ながら芥川龍之介に「蜜柑」と題する作品があり、私の好きな短編だ。話の筋はこれから奉公に行くという12、3才の小娘が、2等列車に間違って乗ってきたことから物語は始まる。
手に握り締めているのは3等の切符で主人公の向かいに座り、トンネルに入るとしきりに窓を開けようとする。手はあかぎれで、粗末なこの小娘を主人公は苦々しく見ている。
何とか窓が開くと媒煙が車内に飛び込んでくる。やがてトンネルを抜けると町外れの踏切の向こうに、3人の弟たちが手を振っている。負けじと小娘も窓から身を乗り出して、大きく手を振る。お互いに何かを叫び合ってる。
そのうちに小娘は懐から蜜柑を取り出して、弟たちに向かって放り投げた。見送りに来てくれた勞に報いるために…芥川の大正8年の作品。仄々とする物語で、ある種、ミスティリーの要素を含んでいる。
主人公もこの少女によって心が救われる。
少々横道に逸れてしまった。ドラマに戻そう。大正時代に生まれて、日本のフアッション界の草分けとしてコシノ3姉妹を育てた故・小
篠綾子。その生一本な生涯を描いた物語も、最終コーナー。どんな終焉を迎えるるのか、楽しみなことである。
露地栽培日誌
21日、水曜日午前中にじゃが芋もを植えた。種芋(メリークイーン)を島忠で購入して、半分に割り天日で2日ほど干した後で埋めた。切り口を乾かしたのは、雑菌に侵されないためである。
畝は幅60㌢、高さ20㌢で種芋の切り口を下に向けて、深さ10㌢の所に牛糞、化成肥料を芋の間に置き土で覆った。今年は文献を調べてしっかりやった。お蔭で体の節々が痛んだ。
6月下旬から7月初旬の収穫では、苦労の成果が果たして出ているだろうか。農作業というやつは、無心になってできる。都会の真ん中でこんな豊穣な時間を過ごせる事は、なんとも幸せである。
じゃが芋を植えた畠、土が新しく掘り返したところ。
手前から二つ目から三畝。6月~7月の収穫になる。
プロレスは極上の文化/大仁田厚は千両役者/凶器攻撃もプロレスの華/他
・プロレスは極上の文化
~大仁田厚は千両役者~
~凶器攻撃もプロレスの華~
・梅の花の間引き
~香梅が見頃~
・故郷の山桜への想い
プロレスは極上の文化
オールディーズ・プロレスは楽し。初代タイガーマスク、佐山聡氏が主催するプロレス(3月16日、後楽園ホール)を観戦した。長州が出る、藤波が出る、大仁田もタイガーマスクも…昭和プロレスの粋であった。ご招待を受けブログでお世話になっているプロレス狂の藤原女史と御一緒した。
来賓挨拶ではあの”過激な仕掛人”新間寿氏も姿を見せ懐かしい新間節を奏でた。新日本プロレスの絶頂期に、敵方ジャイアント馬場の全日本プロレスを挑発した弁舌の鋭さは見事という他なかった。
私はプロレスは頭を空っぽにして楽しむものだと思う。へんな先入観を持たず、ひたすら目の前に繰り広げられる動きに眼を向ければ、一つ一つの選手の動作、しぐさにもえもいわれぬ味わいがある。
藤波がリングに登場するときのスタイル、長州がここぞという見せ場に必ず取る前ふり、それは両手でさり気なく髪を掻き揚げるポーズなどよく観察すると面白く、マニュアは多分こんな些細な事でもたまらないのだろうと推し量る。
ウルティモ・ドラゴンの入場シーンは、スパンコールの衣装にソンブレロ、軽快なマリアッチの音楽で観客を引き込む。完全なリチャリブレカラー。コーナーポストに登り両手を掲げ雄叫びを上げるさまは、インカの戦士になり切っている。プロレスはメルヘンの世界でもある。
~大仁田厚は千両役者~
大仁田は千両役者である。自己アピールのタイミングを観客の鼓動の中に常に探っている。無駄なパフォーマンスは一切せず、ここが己の見せどころとなると、一気にエンジン全開で試合を盛り上げる。
タイガーと絡んだダックマッチは見応えがあった。一流の選手は相手の善い処を存分に引き出す。だから面白い。彼らはプロレスに秀でたマエストロたちである。何と言おうとプロレスは観客を楽しませる極上の文化である。結論、プロレスは無垢になって楽しむべし。
懐かしいビッグバン・ベーダーもきた。荒々しく入場するシーンは我ながら陶然した。もう叔父さんだが、立派に昔の面影を残していた。在り日しの勇姿がオーバーラップした。
「気を付けてください!危険です、お客様は絶対に近寄らないで下さい!」。アナウンサーの世紀末のような絶叫も、またプロレスならではのパフォーマンス。あれも試合を盛り上げる重要な仕掛けなのだと得心する。お客も選手も立派に煽動している。
~凶器攻撃もプロレスの華~
凶器攻撃もしかり。普段はできないことがプロレスの世界では許される。此の夜、観客席の椅子を持ち出して、相手の頭部を殴り3脚を破損させた。その弁償は会場使用料の中に、別項目で主催者に請求される。だから壊されてもホール側は悠然と見守っているのだ。
帰り際、新間さんに会ったら「ああ、丁度良かった。今度昭和プロレスの会を立ち上げるから、ターザン(山本)とあなたは名誉会員だ。是非参加してくれ。」と言われた。新間のお父さん(愛称)じゃ断れない。
梅の花の間引き
久しぶりに晴れ間が出た日の午前、知人宅の庭に咲く梅の花を摘んだ。粒の揃った大きな実を育てるための所謂間引きというもの。暮に沢山牛糞やら化成肥料を施したので、今年はてんこ盛のように咲き誇った。
梅の木は折れやすいので、梯子を掛けてびくびくしながら花を摘む。老いたる身には、体が硬く手足がままならず我ながら歯がゆい思いをしながらの作業で、芯まで疲れた。
2時間ほどかけてやっと終わった。初めての試みだが収穫期にはどうなっているか。去年はカラオケ仲間に差し上げたら大変喜ばれた。我が家では食前酒として、梅酒をよく飲むのであっという間になくなる。因みに1,8ml×3本の焼酎で壜に仕込む。
砂糖を標準の半分位に抑えるので我が家の梅酒は、辛口なのだがカラオケに梅の実だけを取り出し持参すると、御婦人方に喜ばれる。そんなことが励になっている。「褒める事は人を動かす最良の方法」とはよく言ったものだ。
~香梅が見頃~
同じ庭の片隅には2本の香梅が競うように咲き誇る。桃色の、まるで桃花に見間違うような鮮やかなピンクは、思わず立ち止まり見惚れてしまう。何処までも澄んだ碧い空は、あくまでも香梅の引き立役である。
日本の四季の移ろいは花によって実感する。梅が終わると桜が南から北上してきて、本格的な春を迎える。生家のある福島県の狭隘の山村、鮫川の桜は桃花を連れ立って、4月の終わりに一斉に開花する遅い春である。
故郷の山桜への想い
里山に咲く山桜を愛す。武骨なほど白く、雑木林の中にひっそりと孤高の誇りをもって咲く姿は喩えようがなく美しい。あれは散りゆく時の白装束姿ではないのか。「しきしまの大和心を人問わば 朝日に匂う山桜花」(本居宣長)
故郷の鄙びた風景を思い起こすたびに、私は何故か亡くなった母を偲ぶ。 20日は彼岸、春分の日…墓参にも三年ほど行ってはいない。「墓には布団は掛けられない」の諺があるように、何一つ親孝行していない。老いて益々悔やまれる。
今年は福島市の花見山公園の桜を見に行きたいという妻の予てからの望を果たしてやろうと、当地在住の同級生高橋敏子さんにメールした。
ところが花見山公園の辺りが放射能の濃度が特に高く入山を許されないのでは、との返事のメールが届いた。原発事故は歓喜の春をも奪ってしまっている。本人は気が滅入って、病に臥すことが多いという。同情を禁じ得ない。遣り切れない。
知人宅の庭に咲き誇る紅梅
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東日本大震災から1年/プアカーオの全面広告に驚愕/他
・東日本大震災から1年で感じた
・文明は自然の力に無力
・プアカーオの全面広告に驚愕
・箱根に1泊旅行
東日本大震災から1年で感じた
あの震災から1年が流れた。まさに歳月というものは流れるように速いものである。死者15,854人、行方不明者3,155人、避難者343,935
人という惨状。我々は被災者と共に悲しみ苦しみ、そして、無念、挫折を背負って行かねばならない。
加えて原発事故は震災に更に大きな影を投げかけた。いつ収束すとも知らない悪魔のような影を。作家・高村薫さんがテレビでこんな事を語っていた。
文明は自然の力に無力
「文明はあらゆることを可能にしたが、自然の巨大な力の前には殆ど無力だった事が、改めて私は認識しました」という主旨の発言で、まことに私も同感である。「自然の前にはいかなる文明も無力」この
一言を今後の復興の基準に据えなくてはいけない。
一日も早い復興が求められるのは勿論だが、あれもこれもと中途半端に終わることが一番よくない。例えば原発事故で故郷を追われた住民には、未来都市を創造して移り住んでもらうとか、国がはっきりと青写真を示すことも重要ではないか。
楽観論を排して、現実を直視した方策だ。福島を第二のチェルノブイリにしない、と強調するのはいいが、現実放射能はなくなる訳で無くて、その恐怖はずーと付いて回るだろう。果たして同じ場所に住むことは幸せなのかどうか。これは国の責任として判断すべきことだ。
この度の原発事故は安全神話を根底から覆して、全てが虚構の世界だったことが露呈した。だからして好むと好まざるに関わらず、世界は脱原発に舵を切る必要に迫られている。
3・11追悼式をニュースで見てとどめなく涙が落ちた。病気を押して出席した天皇陛下夫妻、遺族代表奥田江利子さんの覚悟と決意の言葉…そこに見受けられるのは泰然とした日本人の"誇り高さ”を私は感じた。全ての日本国民が、歯を食えしばって頑張るしかない。
プアカーオの全面広告に驚愕
8日朝日新聞朝刊のタイ投資委員会の36面広告には驚いた。プアカーオ・ポー・プラムックが古式ムエタイの装いで、合掌しているではないか。
キャッチがいい。Unbeatable Thailand「不屈のタイ」。写真を見て頂ければ一目瞭然です。プアカオの半身はチョコレート色で、オイルがタップリと塗られ、神々しいばかりに照り映えている。
日本の企業にタイへの投資を呼び掛けるこの広告は、断然インパクトがあるのは、とりもなおさずタイの国技ムエタイ選手を起用したことに尽きる。
去年未曾有の大洪水に見舞われたタイは、多くの日本企業が被害を蒙った。特に自動車メーカーのダメージは大きく当地への進出を見合わせた企業もあるという。
そんな状況を一日も早く払拭しようとタイ政府の肝いりで打ったのが今回のプアカオをイメージキャラクターに起用しての全面広告。古式のムエタイ選手、不屈のタイにぴったりだ。企画の勝利と言っておこう。いま一度篤と写真をご覧あれ…勇気が湧いて来るでしょう。
箱根に1泊旅行
10日は1泊で仲間5人で箱根に出掛けた。5人の職業はまちまちだ。ゴルフ練習場のオーナー、プロカメラン、塗装業者、建築現場作業員、そして私。
謂わば異種業者の集まりだから、気楽にお付き合いできる。たまには息抜きも必要だ、箱根でも行って風呂にでも浸かってくるかということになった。
宿は渋谷区の施設。二ノ平渋谷荘、彫刻の森駅で登山電車を降りれば、徒歩で2分の近くにある。2日間は生憎の小雨で外出は阻まれたが
、風呂三昧でリフレッシュした。
夕食では大いに飲み歓談したが、何しろ飲み物も区の補助があるので兎に角安い。食後はカラオケで楽しんだ。翌日は何処にも寄らず新宿に帰ってきた。翌日からは其々の職場に戻る。
私は旅をしたときには、つとめて思うことがある。「今日の日はサヨナラ、そしてアリガトウ」と。11日の早朝6時、私は恒例の散歩に出た。小雨の中、強羅公園の急坂を散歩して帰った。
歩きながら思った。同じ仲間と、行楽を共にできる日は後何回出来るのだろうか。そう思うと小旅行もずっしりと価値のあるものになってくる。「一切は過ぎ去って行く、ただ思い出を残して。」
宿舎の二ノ平渋谷荘で同行仲間と。
3月16日に消えるロマンスカー「あさぎり」の前で記念写真(出発前)
雪に立ち向かう桜の蕾/国家国民のため己を捨てる/他
・雪に立ち向かう桜の蕾
・汚れっちまった悲しみに
・国家国民のため己を捨てる
・薄っぺらな絆
・高森篤子さんの誕生パーティ
・畠を耕す意味
雪に立ち向かう桜の蕾
2月の終わりの日に、東京は早暁から雪となった。都心でも3センチの積雪となった。昼過ぎになって雪掻きをしたが、夕刻には路面の雪も、あらかた溶けてなくなった。東京に降る雪で積もるのは稀だ。
早朝の5時半頃大山公園をウォーキングしたら、グラウンドも白銀の世界で、雨傘は忽ち雪の重さを感じた。公園内の桜の木々の枝は、風に揺れるて、寒そうに震えていた。
だが、よく目を凝らして見ると、桜の小枝のまだ硬い蕾は、イリュージョンだろうか、街灯に浮かび上がって、かすかなピンク色を放っているのがおぼろげながら分かった。有るか無きかの淡い、それはさながら霞のような桃色だった。
汚れっちまった悲しみに
立ち止まって近寄り、もう一度桜の木を仰ぎ見て確認すると、幻想ではないと確信した。あたかも、それはやがて訪れる春に向かって「さあ、来い雪!」と雄叫びを上げ、身構える蕾のファイティングポーズのように捉えられた。
来る春に咲き遅れまいとして、降りかかる雪に必死で挑むかのような佇まい、神々しいまでの生命の息吹を感じさせた。気が付いたら私はいつの間にか、中原中也の詩を吟じていた。
汚れっちまった悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れっちまった悲しみに
今日も風さえ吹きすぎる
国家国民のため己を捨てる
半導体DRAM製造で世界3位エルピーダメモリが倒産(負債総額4500億円)したり、パナソニックやソニーなど日本を代表する企業が軒並み巨額の赤字決算。国の借金も凡そ100兆億円、我が日本は何処へ行くのだろう。
震災、原発事故、円高、国会の混迷…出口の見つからない水族館の水槽の中で、四六時中回遊している秋刀魚の群れに似た…重要課題を悉く決められない、お粗末な政治には暗澹たる気分になる。
夏目漱石の言葉に「則天去私」がある。今こそ政治家は己を捨て国家、国民のため与野党問わず、国難に立ち向う勇気と覚悟を持たなくてはならないと願う。繰り返す、只、己を捨てよ。
国を救うキーワードは「ゼロ、空」である。全ての国会議員が己を空しくして、ゼロになって天下国家、国民のために、何をなすべきかを考えて行動すれば、自ずと答は出てくる。徒な駆け引きは無用である。
薄っぺらな絆
いま日本は存亡の危機にある。この時に、解散総選挙などもっての外だ。一刻の猶予も許さない時期に莫大な選挙費用遣い、加えて政治の空白期を作る愚行は、どんな理由があろうとも許されない。
いまなお仮設住宅に住む人は25万余、我々は一時もこの人々を忘れてはならない。絆、絆と叫んでいる一方で、被災地の瓦礫は引き受けない。同情は寄せるが、自分に関わる物はお断り。
いやはや、薄っぺらな絆である。そんな中でも東京と山形は早々と受入を表明した。私は都民として嬉しい。被災地の悩み苦しみは同じ国民が等しく分かち合うべきだ。
高森篤子さんの誕生パーティ
3月3日はお雛様の日、この日が誕生日な方に故梶原一騎先生夫人高森篤子さんがいる。その恒例の誕生パーティが、4日午後1時から、六本木のディスコ「ナバーナ」で今年も開かれた。
招待状には「感謝の心を軸として沢山の笑顔にお会いしたいので」と心の籠った言葉が綴られていた。食べ物だけは参加者が持ちよりで、アットホームなバースデーパーティである。
私は今回先約があり、開場前に細やかな食べ物を持参した。丁度会場の近くで、車でやってきた夫人に偶然お会えした。失礼をお詫びして別れた。
夫人も私と同様に昨年4月、脳梗塞を患っている。梶原先生の膨大な著作権を一手に管理しているのも、あるいは心労に繋がっているのかも知れない。お元気になってディスコで踊る姿を梶原先生は、天国の割れ目から眺めて、さぞや安堵していることだろう。
会社を始めてから私が最もお世話になっている方である。健康に注意なさって、いつまでもお元気でいてください。誕生日、おめでとうございます。余談だがかのキックの鉄人・藤原敏男さんも3日が誕生日。似あわない~、ホントだね。
畠を耕す意味
2,3日の両日は露地栽培の畠の土を掘り返した。寒い時期に土を耕すことで、虫や土の殺菌になるという訳で、根詰めたら、体の芯までへこたれた。
4月には胡瓜、茄子、トマトなどの苗を植えるための準備期間で、今年は堆肥も十分作ってある。特にトマトに至っては、イタリアなどの珍しい種類にも今年は挑戦してみたい。
何事も入念な準備が要る。飛行機がTAKE OFF(離陸)するには、長い助走が必要であることと同様である。去年より今年は満足のいくものを作りたい。細やかな願望である。
自宅前の通りも雪が積もった。
健康は体を動かすことから/他力本願の意味は?/他
・健康は体を動かすことから
・先ず正しい歩き方を身に付ける
・他力本願の意味は?
健康は体を動かすことから
東京マラソンは26日に行われ今年も大盛況で幕を閉じた。参加者は市民ランナーを含め35,000人余という。沿道の観衆は150万を超えて、もはや日本一のマラソン大会に成長した。
私も都庁前からのスタート風景をテレビで見たが、壮観だった。紙吹雪が舞う中、続々と出発する人の群れは、あたかも生命の躍動体として目を奪われ、我心に広がった。
走りたいという一般の申し込みが殺到したらしい。大小様々な市民マラソンが、どこでもこうした人気で、世は空前のマラソンブームになっている。
東京マラソンは2007年に第1回大会が始まり、早くも6回を重ねすっかり定着した。先輩格のニューヨークマラソンは、50%は外国人ランナーで、世界各国から走者が集まって観光収入にも寄与しているとのこと。
東京もやがてはニュ―ヨークのように国際的になってもらいたいものだ。市民が運動に興味を持つことは、国家のためでもある。体を動かす、運動することは健康増進に繋がる。よって膨張する医療費も少なからず減少するはずだ。
先ず正しい歩き方を身に付ける
そういう観点から、私は国民総ウオーキング、ジョギングの勧めを提唱したい。人間の体は50%は筋肉でできている。70㌔の人なら35%だ。使わなければ筋肉は衰退して、病気の原因にもなる。
先ずは歩くことから始めよう。「長く座っていると疲れる、少し歩くと疲れるのは、筋肉不足のせい」とは、理学療法士田中尚喜先生。毎日歩くことによって、この種の疲れは解消すると分析する。
それには中高年の人は特に姿勢をただして、正しい歩き方を学ぶことが重要であると。即ち背筋を真っすぐ伸ばし、前足はかかとをしっかりと地面に着き、後ろ足は拇趾で地面を蹴る、これが正しい歩き方だと田中先生はとなえる。
中高年からは歩数を稼ぐよりは、正しい歩き方を身に付ける方が健康への効果あるという。現代人が病気になり易く軟弱になったのは、二足歩行人間の基本的な営み「立つ、歩く」の行為の減少にあるらしい。
それは何よりも車などの発達で、歩くことが少なくなっていること最大の原因のようだ。私は時々田中先生の「百歳まで歩く」~正しく歩けば寿命は延びる~(幻冬舎文庫457円+税)を読む。大いに為になり、本を参考に、毎日ウォーキングに勤しんでいる。
お蔭でいまの所は風邪ひとつ引かないし、食事も酒もすこぶる美味しい。他にラジオ体操から帰宅すると、タオルを冷水に浸し絞って上半身裸になって、ゴシゴシとやる。
タオル摩擦というやつだ。もうかれこれ1カ月続いている。忽ち体が温まり薄着でもポカポカする。これが舟木流健康法である。生来懶惰な私だが、ウォーキング、ラジオ体操、タオル摩擦は不思議に続いている。健康万歳!サプリメント無用!
他力本願の意味は?
「他力本願」という言葉があって、我々は極普通に「他力本願じゃだめだよ、自分の力を信じなくては」などと口にする。どうやらこの言葉遣いは、本来の持つ意味からすると間違いであるらしい。
本来の意味は「阿弥陀(如来)の本願の力で、成仏すること」だそうで、国会の代表質問などでも「○○大臣、そういう他力本願の考えじゃだめなんですよ!」なんて、叱り飛ばすのをテレビでしばしば見受けるが、たちまち本願寺の方から、クレームがくるらしい。
「入れこむ」という言葉も「入れあげる」の誤用であると。スポーツなどでではしばしばこの「入れこむ」という言葉が遣われる。例えば競馬がいい例で、馬がなかなかゲートインせず興奮状態にあるとき「大分入れこんでいますね」とアナウンサーは声高に言う。
だが、正しくは「入れあげる」と言わないといけないという。いずれも作家・司馬遼太郎さんが指摘している。私も初めて知った。これから注意しよう。
因みに「入れこむ」は、一般的には、電源を入れる、耳に入れる連絡をいれる―の意味らしい(ネット調べ)。う~ん、日本語は難しい。参考までに。
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