口内炎に苦しんだ1週間自宅で無益な日々過ごす/シュートボクシングの事 | 舟木昭太郎の日々つれづれ

口内炎に苦しんだ1週間自宅で無益な日々過ごす/シュートボクシングの事

・口内炎に苦しんだ1週間
 ~自宅で無益な日々過ごす~
 ~硝酸銀の地獄の痛さ~
 ~ただ本を読む~
 ~大好きな作家は吉村昭さん~

 
・シュートボクシングの事

 

 ボクシングパーク   
9月30日まで宜しくお願いします。
http://fanplus.jp/_boxingpark_/


 
 
口内炎に苦しんだ1週間

 
~自宅で無益な日々過ごす~
  
 この一週間(4日~9日)は口内炎で、苦しんだ。体がだるくて、唇にできた口内炎のせいで、食事の度に脳天に突き刺さるほどの痛みに見舞われた.このところ発症しなかったのに、風邪と併発したのかも。
 
 昔会社勤めの頃は、出版社というところにいて、何分不規則な生活だったのでしょっちゅうできた。ひどい時には、治った先から、すぐできた。
 
 口の中でも、舌にできる口内炎は一旦できるとゆうに10日間は治らず地獄のような痛みの中、徹夜仕事をやった。売薬の塗り薬(ケナログ)をそーっと患部に塗るのだが、それでも飛び跳ねる程痛かった。
 
 どうしても我慢できなくて、知り合いの病院に飛び込んで最後の手段に出る。この治療がとてつも痛いから、最後の手段になるわけで、決死の覚悟が得る。
 
~硝酸銀の地獄の痛さ~
 
 硝酸銀の棒で患部を焼き尽くすのだ。勿論麻酔などもしない、僅か5~6分だが、押し付けてごりごりやる。頭から火花が散るような激痛は、さながら拷問である。
 
 涙がポロポロ出る。治療が終わり水でうがいすると、ひやっとして吾に返る。硝酸銀を押し当てられた、患部はカルデラ湖のようにへこんでしまう。これをやると二、三日後には嘘のように楽になる。
 
 不規則、不摂生な生活の繰り返しで、出版社に勤務した30年余の歴史は文字通り口内炎の歴史でもあった。硝酸銀で焼き尽くすこと数知れず私の舌は、いつの間にか凸凹になってしまった。
 
 その凸凹も月日が経つうちに、不思議なほど平らになる。とはいっても同じ箇所を何度も治療したものは、やはり凸凹の傷跡は消えない。今回は、硝酸銀のお世話にはなるまいと決めた理由は、勇気の欠如である。
 
~ただ本を読む~
 
 だから長引いた。仕事も手につかず、無益な日々を送ってしまった。前へ進まぬ人生ほど苦痛なものはない。ほとんど自宅で本を読んでいた。年寄になって読書もままならない。眼が弱ってきた。老いるという事は何かと不便なものだ。
 
 特に昔の書籍は字が小さいのですぐに眼が疲れる。昭和40年代に文春が発行した「現代日本文学館」全40巻は、もうダメだ。文字が霞む。それでも志賀直哉「夜明け前」「和解」は何とか読んだ。
 
 何度も読んだ覚えがあるが、読むたびに味わいが違う。時任謙作の心理状態、お栄に対する恋慕の気持ちは、いまなら理解できる。それにしても大正初期~昭和10年代の時世の中、主人公の時任謙作は何とも贅沢三昧に過ごしたものだ。
 
 祖父との間にできた不義の子の出生の秘密を知って、悩み苦しむのだが、やれ旅行だ、やれ温泉だ、やれ芸者遊びだと遊蕩の限りの主人公には、何とも浮世離れした悩みだと突き放したくなる。
 
 志賀直哉を読む気になったのは、やはり小説の神様といわれる名文に接して、少しは我が拙文がましになればと思っての事であるが…。浅田次郎「日輪の遺産」はかけなしの面白さ。エンターテンメントの極みである。
 
~大好きな作家は吉村昭さん~
 
 他に「街のはなし」(古本屋で買った)「ひとり旅」はいずれも吉村昭著。前者は折々の感想を綴ったもの。味わい深い短編集。後者は筆者の取材の裏話などを纏めたもの。
  
 取材姿勢が素晴らしい。自らの足で、丹念に事実を積み上げる。人手を全く借りない実直な人間性が作品の中に滲み出ている。
 
 吉村昭さんは私の大好きな作家である。文庫本の8割強は読んでいる。どれも外れハズレはない、胸躍らせるものばかりだ。旅行のときに持っていくと、きっと楽しめる作家。
 
 2006年7月、お亡くなりになった。長生きしてもっともっと作品を世に出して欲しかった。私の人生の楽しみが一つ消えてしまった。あとはいかに読んでいない作品を掘り起こして読むかだ。夫人の津村節子著「紅梅」はまだ読んでない。
  
  
シュートボクシングの事
 
 シュートボクシングのシーザー武志会長から残暑見舞いと大会開催案内のハガキを頂戴した。先週は9月というのに猛暑日が続き、まさに残暑に相応しいものだ。
 
 シュートボクシングという総合格闘技は、キックボクシンにスタンディングでの投げ技、関節技を加えたものといえば分かり易い。そしてロングスパッツ+レガーズを着用して試合する。シーザー会長が創設者である。
 
 誕生は’85年。浮き沈みはあっても脈々と生きている。80年代人気を博して、昨今再びブームの兆しが見えるようだ。K-1が精彩をなくしたいま、注目を集めている。
 
 それもこれも地道にコツコツ興業を続けて、ファンを引っ張ってきた努力の賜物であろう。シーザー会長のリーダーシップは言うまでもないことだ。
 
 9月10日後楽園ホールでシリーズ最終戦が終わり、今年は11月5,6日と東京シティーホールで、「SHOOT the SHOOT2011}のスペシャルイベントを2日間にわたり開催する。このパワーに敬服する。
 
 ファンとメディアを大事にするからこそシュ-トをボクシングは受け継がれているのだろう。弊社にも一貫して、情報をメールで送ってくれる。中々できないことだ。改めて御礼申し上げます。11月は見に行きます。
 
 
シーザー武志会長から頂いた残暑見舞ハガキ
舟木昭太郎の日々つれづれ

 

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