舟木昭太郎の日々つれづれ -76ページ目

出よ!平成の川路聖謨!/ベニー・ユキーデ健在/他

・出よ!平成の川路聖謨(かわじ としあきら )
  ~その生涯は官吏の鑑である~
  ~プチャーチンとの交渉~
  ~地震・津波の被害にも迅速な対応~

 
・三枝落語は「落語のダンジリ」

 
・ベニー・ユキーデ健在

 
・体操内村、園遊会の澤


舟木昭太郎の日々つれづれ

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出よ!平成の川路聖謨(よしあきら)
~その生涯は官吏の鑑である~
 
 秋爽の候とはよく言ったものである。早朝のウオーキングに体操には程よい気候で、疲れも知らない。14日の朝は、映像で見た、満州の曠野に昇るような朝日を目の当りにした。
 
 丁度、大山公園に差し掛かった頃、グラウンドすれすれに見られた。真っ赤な、驚くほど大きなお盆のような太陽で、思わず心の中で手を合わせた。神々しいとはこんな瞬間を言うのであろう。
 
 
~プチャーチンとの交渉~
 
 「落日の宴~勘定奉行川路聖謨~」(吉村昭著)を読み終えた。清々しい気分である。日田代官所の小吏の子として生まれ、小普請組から勘定奉行頭にまで栄達した川路の生涯。
 
 来航したロシア船の使節プチャーチンとの和親条約を纏めたのも川路の功績によるものだが、川路は、幕府の応接掛(今の外務省官僚のようなもの)で条約を巡る日・ロのやり取りは双方相譲らぬ激しいものだった。
 
 川路は交渉の全面に立って延々激論を戦わし、結局思い描いた通りの条約を締結した。本来なら妥協を強いられたロシア側にシコリが残るものだが、川路はその実直さと、類い稀な見識、感性によってロシア側に尊敬されるのだ。
  
 臆することなく、諂う(へつらう)ことなく毅然とした川路の態度にプチャーチンは川路にある種の友情を抱く。外交交渉のお手本のような見事な手腕は、時空を越えて「交渉事はかく在るべし」の教訓になろう。
  
  
~地震・津波の被害にも迅速な対応~
  
 丁度その時期に大地震が襲い、津波で下田は壊滅的被害を受けたが、川路らは迅速な対応で村民を飢餓から救う。
  
 飛脚を下田と江戸を目まぐるしく往復させて幕府と一体となっての救助作戦は、どこぞやの国に爪の垢を煎じて飲ませたい。川路の生涯は何処までも、幕府に忠誠をつくして、江戸城明け渡しの報に自ら命を絶った。
 公僕としてあくまで質素・倹約を旨として、どんなに栄進しても変わらず、子供達も厳しく躾けた、清貧の人であった。幕末の日本を文字通り体を張って守った、あっぱれな官吏といえる。
  
 出でよ、21世紀の川路聖謨!NHKの大河ドラマで是非放送してもらいたい人物だ。

 
 
三枝落語は「落語のダンジリ」
 
 19日夜は「桂三枝・春風亭小朝東西落語名人会」(ティアラ江東)に行ってきた。妻が予定ができて、私に切符が回ってきたもの。小朝が好きなので喜んで出掛けた。
 
 前半は東の林家ひろ木{東北の宿)、春風亭小朝(お菊の皿)で、後半は上方の桂三歩(生まれ変わり)と桂三枝(赤トンボ)で思い切り笑った。
 
 これまで上方落語は好まなかったが、三歩も三枝もテンポがよく笑わせるコツをよく知っている。童謡を巧みに組み合わせた三枝の赤トンボの噺は、押し寄せる波のように畳みかける小気味よさがあった。
  
 差し詰め三枝落語は”落語のダンジリ”である。大いに私は不明を恥じた。せっかくいい落語を聞けたのにティアラ江東の音響は悪く、再三聞き漏れた。我耳を疑ったが、背後のご婦人も同様であった。落語はやっぱり寄席で聞くものだ。
  
 正月は7日から東京の朝日ホールで独演会を連日行うということだが、東京にも三枝ファンが確実に増している証拠だ。私も老境に入り落語と出会い、熱中できる趣味を一つ加えたことは、何かしら人生を豊かにするような感じがする。
  
  
ベニー・ユキーデ健在
 
 柳楽優弥のハリウッド演劇修業というNHKプレミアム「旅のチカラ」で有名な俳優養成スクールが登場した。そこであのベニー・ユキーデが、格闘技演技の指導者として活躍する一コマが映った。
 
 懐かしく思わず画面に引き込まれた。現役時代と変わらないマーシャルアーツの颯爽とした姿で俳優や、その卵を教える職にある事は昔を知る者としては嬉しい限りだ。怪鳥ベニー”ザ・キッド”ユキーデ健在なり!
 
 で、柳楽のような若い前途ある俳優が、映画の本場ハリウッドに出向へて演技の勉強に励むことは大変良いことだ。2004年、カンヌ映画祭で史上最年少14才で最優秀演技賞に輝いた柳樂は、向上心を持って一歩踏み出した。その勇気とハングリー精神に喝采。
 
 「誰も知らない」(是枝監督)では世界がその演技を絶賛、まだ21才、その演技に磨きをかけて、”世界のヤガキ”になってもらいたい。楽しみである。ベニーにつられて、思わぬ夢を駆られる番組を見れた。
  
  
ふるさと祭り
 
 16日の日曜日は11時半から地元渋谷区西原&大山地区の「ふるさと祭り」がスポーツセンターの駐車場であった。私もボランティアで、磯部巻き焼を手伝った。
 
 幸い早暁の驟雨も上がり、爽やかな秋晴れに恵まれた。大勢の老若男女が見えて、バザーや出店は賑わいをみせた。細やかなな地元への私の恩返しである。
  
  
体操内村、園遊会の澤
 
 体操世界選手権で個人総合3連覇を成し遂げた内村航平君の偉業はとほうもないことだ。個人種目のゆかでもG難度技で、15・633点を出し笠松茂以来37振りに日本人が優勝した。
 
 来年のロンドン五輪は勿論のことだが、そのあとのリオディジャネイロも期待できる。伸び盛りのまだ22歳と若い。本人がよほどしっかりして、日常生活のONとOFFの切り替えも上手いのだろう。
 
 浮いた話も聞かないし頼もしい青年、こんな素晴らしいアスリートがいる日本も捨てたもんじゃない。
 
 天皇皇后陛下主催の秋の園遊会で招かれた、なでしこジャパン澤穂希は振袖姿が何ともいえない雰囲気を漂わせていた。やはり日本人は和装が似あう。
  
 特に華やいだ公式の場では一層引き立つ。普段ユニフォーム姿しか見てないので、私はその艶やかに変身した澤に魅入ってしまった。
 
 カワセミは飛んでるときが一番美しいく、止まっているときは何でもな普通の鳥だ、というよな外国の小説で読んだ記憶がある。
 
 が、、ユニフォームでグランウドを駆け回る澤選手も躍動美があるが、あの振袖姿で佇んでいるだけで美しかった。惚れ惚れした。改めて日本人の和装美を認識した。
これぞ誠の「大和撫子」。
  
 
いずれも「ふるさと祭り」のスナップ
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秋晴れの3連休を満喫した/体育の日と2人の格闘家/他

秋晴れの3連休を満喫した


 ~(その1)カラオケ~
 ~(その2)公の場の服装に心がける~
 ~(その3)知人宅の雑草駆除に汗かく~
 ~(その4)読書は快感!~
 ~(その5)体育の日、コンサートと2人の格闘家~

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(その1)カラオケ
 
 
 3連休の初日は渋谷区のはつらつセンターで「はつらつカラオケ会」他の同好会と合同、45名ほどが集まり9時半から唄いまくる。渋谷区桑原区長も忙しい中、駆けつけてくださった。
 
 区長は「君恋し」ともう一曲「銀座の恋の物語」をご婦人方とデュエットして帰った。いつも笑顔を絶やさず区民の行事には率先して参加する。小柄な身体をフル回転させて飛び回る姿は好感が持てる。
 
 1000円会費で、缶ビール、昼食、お菓子付。安上がりなのがいい。一人2曲(2番まで)で、休憩なしで唄い3時半には終わる。小生は「ひぐれ傘」(鏡五郎)と「石ころの歌」(鳥羽一郎)を唄う。
 
 いつも通い慣れた場所なので、思い切って唄うことができた。脳梗塞を患っては5年が経過、最初は発声のリハビリのために始めたカラオケ。すっかりはまってしまった。シルバー仲間が本当に気遣ってくれる。
 
 かくて第1回の「はつらつカラオケ会」は盛況の内に幕を閉じた。進行に多少問題はあったが、初回としては大成功。無事終わることができてなにより。
 
 
(その2)公の場の服装に心がける
 
 印象深かったのは、和服をきりりと着込んだご婦人。たかがカラオケ会、されどだ。華美にならず、奥ゆかしきお洒落は目にして気持ちいいものである。座布団3枚!
 
 やはり公の場では極力に、心地よい服装を心がけるべきだと、常々肝に命じている。当日、私はジャケットを着用て出かけ、唄った。そういえば吉村昭(作家)が、ある知人の家に招かれた折りに、嫌な思いをしたこを著書の中で読んだ記憶がある。凡そ次のようなものだった。
 
 「玄関に彼の奥さんが出てきたのだけど、髪の毛が乱れだらしなく見えた。一瞬で嫌になり、怱々に退散した」というようなことを言っていた。身なりをきちんとしていれば、それだけで良い感じを持つ。他人がどんな印象を抱くかを考えるのは、些細な事だが大切なことだ。
 
 今回でも運動靴にジーパンというラフな服装で参加した方もいた。私はこの種の場では、どんな時でも運動靴は履かない。運動靴は野外で使用するもので、室内ではおかしい(室内の運動は別)と私は、決めているからである。
 
 
(その3)知人宅の雑草駆除に汗かく
 
 9日(日曜)は9時から、友人の西原ゴルフ練習所オーナー石井会長の庭に生い茂った雑草取りで汗を流した。なにしろ200坪もある邸宅だから、骨を折る。
 
 しかし思わぬ恩恵も受けた。塀際の茂みの中に、季節外れのミョウガが、沢山採れたのにはビックリ。光が届かない処にあるので、季節ハズレでも十分瑞々しい。家に持ち帰ると、妻が驚いた。無理もない。
 
 雑草駆除は2日掛けて終わる。人に頼まれても、私は元来がこういう力作業は大好きなので時間が許す限り喜んで手伝う。汗をびっしょりになって、家に帰りシャワーを浴びると、生命が湧きあがるような快感を覚える。
  
  
(その4)読書は快感!
 
 この週読んだ本は、「信長の棺」(加藤廣著)と「暁の旅人」(吉村昭著)。渋谷区西原図書館で借りてきた、もう極力書籍は買わないつもり。家が狭くて置き場所に困り果てている。これ以上本が増えてはかなわない。
 
 信長の棺は、発売当時から読みたい本だった。本能寺で明智光秀に襲われその生涯を閉じた信長。だが探せども信長の遺骨は見つからない。この謎に満ちた物語を、信長に仕え伝記「信長公記」の作者・太田牛一が困難を乗り越えながら真相に迫る。
 
 ミステリアスな物語の展開は読みだした止められない面白さ。本能寺と阿弥陀寺を結ぶ関係など、クライマックスの盛り上がりにぐいぐい引き込まれる。読み応え十分だ。
 
 暁の旅人は、西洋医学の発展に尽くした松本良順の波乱に満ちた生涯を描くもの。最初は徳川幕府に雇われて、長崎遊学。オランダ医師ポンぺ師事、西洋医学術をみにつけて、我が国に近代医学を広めた。
 
 軈て戊辰戦争で、幕府軍は敗れ、良順も時代に翻弄されるが、維新後は新政府に乞われ、初代陸軍軍医総監に登り詰める。その波乱万丈の生涯をあくまでも筆者は優しい眼差しで見つめる。
 
 吉村文学の特徴はホロリとさせる箇所がそこかしこに散りばめられていることだ。文体は読みやすく、淀みない。2日で一気に読み切ってしまった。
  
 次は「落日の宴~勘定奉行川路聖謨~」を読む、吉村先生の本に巡り合える喜びは喩えようもない、快感である。
 
 
(その5)体育の日、コンサートと2人の格闘家
 
 10日体育の日は、妻と松濤美術館に開館30年記念コンサートに行く。抽選で当たったもので、こちらも参加費300円と安上がり。松濤は極近いので、散歩がてら行けるのが嬉しい。クラッシック鑑賞で連休を締め括った。
 
 体育の日といえば、この日に特別の思い入れの格闘家が2人いる。沢村忠さんと具志堅用高さん。沢村さんは52年のこの日を選びキック界から引退した。「引退するなら体育の日と前から決めていましたから」
 
 具志堅さんは昭和51年のこの日に、グスマンをKOしてチャンピオンになった。過ぎ去り日々を思う。両氏とも試合を現場で取材できた。そして今日までお付き合い頂いている。幸せこの上ない。
  
  
渋谷区桑原区長さんもカラオケ会に来てくれて、
2曲歌ってくださった。
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小生は「しぐれ傘」を歌う。

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白い皿に載っているのは「烏ウリ」。
石井邸の庭で採ってきて、綺麗なので妻が飾り付けた。

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雑草駆除の折、採れた沢山の季節外れのミョウガ。

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9カ月振りのゴルフ、秋晴れの下満喫!/農業できない罹災者を思う/他

・9カ月振りのゴルフ

 
 ~秋晴れの下、満喫!~

 
 ~元キック選手鈴木兄弟も参加~
 
・露地栽培日記
 
・農業できない罹災者を思う

 
   
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9カ月振りのゴルフ秋晴れの下、満喫!
 
 忽ち10月の訪れ、沈丁花の薫りも秋を一層感じさせる。29日は9カ月ぶりでゴルフを愉しんだ。去年11月、具志堅会長と友人でプレーして以来のゴルフは正直いって不安だったが、なんとかホールアウトできた。
 
 平成会という地元のゴルフ練習場に集まる仲間、5組のコンペ。家内も参加した、会場は埼玉県下のオオムラサキカントリークラブ。幸い秋晴れの気温25度、最高のコンデションの中でプレーができた。
 
 私のスコアは54、56で110。まあ予想してたよりはいいスコアで満足。密かに危惧していたのは、70台をオーバーして、途中で棄権することだった。私以上に家内も仲間も心配してくれていた。
 
 早朝のウォーキング、ラジオ体操で基礎体力をつけている努力の結果だと、自負している。脳梗塞を患って以来やはり筋力はどこか微妙な不具合を生じているようで、昔のように思い切りクラブを振れない。
 
 で、ラジオ体操から帰ると、毎朝自宅前で左手1本で、ドライバーの素振りを20回繰り返す。これが良かったのかドライバーは上出来だった。後は実践を積めば、100は切れると感触を得た。
 
 家内はハンディ(H30)に恵まれてスコア51,51のトータル102で、2位に入った。ところが馬券は取れず、取ったのは私で6000円弱の配当金を得た。
 
 
元キック選手鈴木兄弟も参加
 
 優勝候補の本命は元キックボクサー、ミッキー鈴木君(本名・幹吉)だったが、プレッシャーに負けて崩れた。私は鈴木君(8枠)から家内(5枠)の枠を抑えていた。結果的には8枠の別の人が優勝して馬券をゲットできた。
 
 鈴木君は双子の兄弟で、弟にアトム鈴木君(本名・茂吉)がおり、今回も揃って参加した。実は鈴木兄弟は拙宅の真裏のマンションに住んでいる。昭和40年代~50年初頭、TBSキックで”双生児キックボクサー”として華麗なコンビネーションキックで活躍した。
 
 両人とも日本フライ級チャンピオンのベルトを巻いた歴史に残る名選手である。取材する者と、その対象選手が同じ町内に住み、且つゴルフを共に興じる。時空を超えた不思議な因縁を感じる。
 
 プレーのあとは地元居酒屋でパーティー。二次会はカラオケルームで、総勢15名で歌いまくり大いに盛り上がった。人生も終盤に入って沢山の仲間がいることは、幸せであると実感。
 
 
露地栽培日記
 
 現在畑にある野菜は茄子と、葱とピーマンだけ。茄子はそろそろ終わり。先週、ブロコリー3本、カリフラワー1本の苗を植え、大根と人参の種を蒔いた。種はもう芽を出してきた。苗を植える畑を、連日少しづつ耕している。
 
 この作業は結構労力が得るが、それがまた一種の達成感あって苦痛に感じない。大根は土を深く掘り起こして、真っすぐに延びるようにしなくてはならない。で、何回も掘り起こし、土を柔らかにする。
 
 作業が一段落着くと、盛り上がった土をしばし眺めている。大根が大きく成長した光景を想像する。葉の繁り、目に染みる大根の純白を瞼に描きながら。私の独りだけの至福のひと時だ。
   
 
農業できない罹災者を思う
 
 人生の畳み方としては、いい趣味かなと自己満足する。その一方で、農作業がしたくてもできない人々がいる。原発の罹災者たち。実りの秋本番というのにどうすることもできない。
 
 冷酷にして、残酷な仕打ちだ。それでも原発は経済発展に欠かせない、とその必要性を力説する大臣、閣僚多し。とんでもない事だ。今回の事故は、原発の恐ろしさをマザマザと世界に露呈した。人の命を何と思っている。
 
 人間が製造し、いったん事故が起きたら、その人間が制御できない魔物。今後も存続させて良い訳がない。ドイツのように勇気をもって国は脱原発を宣言すべきだ。一刻も早くである。
 
 スローに行こう。少しくらい経済発展が止まっても、街中が多少暗くても、電車が遅れても、自動販売機が夜見えなくても、我慢しようじゃないか。そんなことは、原発事故を思えば耐えしのげる問題だ。
 
 人類は余りにも利便性を追求し過ぎる。幸福とは何かをこの機会に皆で考えてみようじゃないですか…。
  
  
午後のスタート前に。(オオムラサキC.C)

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同組でプレーを御一緒した皆さん。右端が優勝の石本さん。

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畑を耕し、土を掘り起こした畑。

中央に植えたばかりのブロッコリーが見える。

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種から芽を出した大根。太陽を浴び瑞々しい。

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代々木八幡宮八百年祭を見届ける・御宮入り万感のフィナーレ/他

・代々木八幡宮八百年祭を見届ける

 

 ~御宮入り万感のフィナーレ~

 
 ~格闘家佐竹君も来た~
  
・台風一過の畑

 

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代々木八幡宮八百年祭を見届ける
御宮入り万感のフィナーレ
 
 22日~24日まで3日間にわたり行われた代々木八幡神宮の八百年祭も盛大に幕を閉じた。幸い23、24の両日は好天に恵まれた。大いに堪能した。
 
 祭りのクライマクスに当たる24日、夕刻からの宮入まで、つまりは私は今回祭りの”追っかけ”だった。妻がインターネットで本神輿が通る道順、時間の詳細を調べては、我々夫婦は常に先回りして待っていた。
 
 八百年の記念祭だもん、熱狂せねばならない。いまのスマートフォンは役に立つ、動画も鮮明に映し出せる。地元を練り歩く光景から、宮入まで追跡して撮りまくる。
 
 宮入りの光景は感動の余り涙腺が止まらず、カメラを撮るのに困った。狭い階段を木遣りの唄が鳴り響く中、うりゃ、うりゃ、と登って来る様は何とも神々しくあった。本殿の前に神輿が到着すると境内に待ち受ける群衆から、一斉に喚声が挙がった。八百年の喚声である。
 
 八百年祭に運よく立ち会う事が出来て、まさに私は万感の思いに浸った。神社と祭り、大和心を擽るものだ。気分が高揚して、鎮めるためにお酒を飲む。夕食はこれ以上ない幸せに満たされた。
 
  
~格闘家佐竹君も来た~

 

 23日には佐竹雅昭君が富ヶ谷に約束通りにやって来た。田吾作のある商店街も八幡宮の氏子で、近所の人々が出店を開いて賑わいをみせた。佐竹君と私はここで一旦落合い、八幡様に向かう。

 八百年祭と言ったら、彼は是非御参りしたいといった。で、8時頃人で参道が身動きできない中を、かき分けかき分け本殿に到達。佐竹君は、無事参拝できた。佐竹君、ご利益あるよ!

 宮司さんが最後の挨拶で語ったように「神社始まって以来の盛況」のなかで、事故一つ起きず無事終わったことは奇跡に近く、我がことのように嬉しい。我が愚息もお詣りしたと聞く、よかった。
 
 取りあえずは次の百年の九百年祭、その頃はもうとっくにこの世には居無い。そう思うとちょっぴり切ない。当神宮は作家・平岩弓枝さんの御実家。将来は御息女が後を次いて、宮司となると聞いた。。
 
 彼女は禰宜さんとして颯爽と立ち働いていた。雰囲気がある、因みにルックスも母親そっくりであった。氏子として頼もしい限り、将来の宮司さんに、エールをおくるものである。
 
 
台風一過の畑
 
この度の台風は東京も凄まじかった。台風が去った翌日に畑に行ったら、茄子やゴーヤが軒並みに倒れていた。修復には手間取った。ゴーヤは、随分大きく実り改めて肥料の重要性を感じた。
 
 一足飛びに秋の気配が畑にも漂う。トンボが飛んできて支柱の竹竿に止まっている。大きなバッタが跳ねた。農薬を撒かないからだろうか、昆虫、害虫が目につく。それがため、ナスなどは、何処かしら傷物だ。
 
 そのうちにシオカラトンボも姿を見せるはず。どういうわけか都心に赤トンボを見る機会が少なくなった。可憐な姿で群れを成して泳ぐ田舎の景色が懐かしく思う。祭りが終わって秋が急速に深まり行く…。
 
 竹竿のさきに夕日の蜻蛉かな  子規 

 


 

お宮入に向かう御神輿の列

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本殿の前に到着した御神輿

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佐竹君(右)と本殿の前で

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富ヶ谷でトウモロコシをほおばる佐竹君

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鈴木正夫さんの民謡に、われ被災地を思う/佐竹君と飲む/他

・鈴木正夫さんの民謡に、われ被災地を思う
 ~自転車でCCレモンホールへ~
 ~唄に心満たされる~

 
・料理店で佐竹雅昭君と飲む
 

・22日~24日は代々木八幡八宮百年祭
 

・渡嘉敷会長からのメール
 

・ベトナム・フェスティバル


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鈴木正夫さんの民謡に、われ被災地を思う
 
~自転車でCCレモンホールへ~
 
 16日(金)は渋谷区の敬老会(CCレモン)自転車で駆けつけた。去年カラオケ仲間に連れられて初めて行ったら、思いの他よかったので1部が地域の功労者の表彰式、2部がマジックショーと民謡があり、実はこの2部がお目当て。
 
 マジックはマギー司郎さん(耳を大きくする人)、民謡は鈴木正夫さん。民謡が聞きたかった。鈴木さんといえば、新相馬節。福島県相馬は鈴木さんの出身地のうたである。
 
 いまは故郷に居住していて、先の東日本大震災でも大きな被害を受けた地域で、幸い自宅が山の方にあるため難を逃れたという。で、先ず被災地3県の民謡を万感の思いで唄ってくれた。
 
~唄に心満たされる~
 
 新相馬節(福島)南部馬追いうた(岩手)大漁節(宮城)が次々に浪々と会場に響き渡る。思わず私はこみ上げてくるものを感じた。津波に飲み込まれていく、石巻や南相馬の無残な映像がオーバーラップした。いつの間にか涙が溢れた。
 
 故郷の父母、兄妹、子供、そして山河…掛け替えのない人、風景を失った方の心情を思う。そして原発事故、避難している多くの人々、やるせない思いで聴き入った。
 
 フィナーレは山形の花笠音頭で飾った。東北はやはり民謡の宝庫で、三味線、尺八と和合した民謡は、東北地方の人々の暮らしに密着している。明るい歌にも哀愁がある、そこはかとなく。私の心は悲しくも満たされた。
 
 
料理店で佐竹雅昭君と飲む
 
 この夜は久しぶりに馴染みの「田吾作」に妻と出掛けた。いつもなら20分ほど歩くのだが、今回はミニバスを利用した。代々木上原駅から、渋谷駅まで、運賃は100円。途中丁度「田吾作」の目の前で停車する。便利なものだ。
 
「田吾作」は本来すっぽんのお店なのだが、付け出しも美味しい。私たちのために小鉢に10種類ほどの懐石料理を親方が作っててくれた。ビールに始まり、芋焼酎、赤ワインと今夜も飲み物のフルコース。
 
 我々は7時半頃入店したが、8時過ぎに「佐竹さん(元K-1選手=雅昭氏)がお見えになりますよ」と電話に出た女将が、私に言った。彼は9時頃やってきて、我々夫婦が偶然いるのを見てびっくり。
 
 彼は現役時代と同じように、特大のすっぽんを貪欲なまでに食べ尽くした。タフだ。「タフでなければ生きて行けない」。飲んで食って、延々深夜の1時過ぎまで談笑した。佐竹君は酒も滅法強い。
  
 政治、道徳、格闘技と話題は、交叉展開した。近く角川書店から彼の思い、志を綴った本が出版されるという。楽しみである。
 
近い将来、彼は政界に打って出るようだ。著名人を集めて勉強会を精力的に開くのも、それに備えてのことだと推察する。だから知識も豊富で、話題が尽きない。格闘技バカでない事が何よりも嬉しい。
 
 
22日~24日は代々木八幡八宮百年祭
 
 今頃になって朝顔が乱れ咲きしている。最も残暑が続く毎日なので違和感はないが。流石にミンミン蝉の声も少なくなってきた。空を仰げば、梢の葉は確実に薄黄色に染まってきている。
 
 今週の22日~24日は氏神様の「代々木八幡宮」の八百年祭!地元はこの話題でもちきりだ。祭り大好きな私は、いまから胸躍る。23日はクライマックス、宮神輿が各町内を練り歩く。八百年の重みを背負って。
 
 佐竹君にも、こないかと声を掛けた。当日は晴天であって欲しい。
 
 
渡嘉敷会長からのメール
 
 「ボクシングパーク」の突然の中止について、遅ればせながら渡嘉敷勝男会長にメールした。事情及びお詫び、ついては近日中にジムに伺いたいとの趣旨で。渡嘉敷会長は全面的に協力して頂いた。
 
 早速返事がきた。「僕にできるこなら何でもします。」と止めるのはもったいないとのエールの返事だった。有難い言葉に、励まされる思いがした。いつの日か再興したいと考えている。
 

ベトナム・フェスティバル
 
 18日(土)は夕刻、散歩がてら代々木公園にベトナム・フェスティバルに行く。3連休の始め、晴れとあって会場は人だかり。世は不景気だというのに、大変な賑わいだ。皆、人が恋しいのかも知れない。
 
 愚息は目ざとい、お昼頃既に自宅を出ている。「行かない?」の妻の呼び掛けに、何となく出掛けたがベトナム料理は正直好きでない。ヘルシーだが、全てに甘く淡泊で、私には物足りない。
 
 でもビールを飲みベトナムのアオザイ姿のスレンダーな歌手の物悲しい歌を聞く。よかった。一度は行ってみたい国である。しばし訪れるタイから、飛行機で1時間位の距離にある。今度こそはと思う。
 
 
朝顔が今頃になって咲き乱れる…。 
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ベトナム祭でアオザイに身を包んだ女性たち。
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口内炎に苦しんだ1週間自宅で無益な日々過ごす/シュートボクシングの事

・口内炎に苦しんだ1週間
 ~自宅で無益な日々過ごす~
 ~硝酸銀の地獄の痛さ~
 ~ただ本を読む~
 ~大好きな作家は吉村昭さん~

 
・シュートボクシングの事

 

 ボクシングパーク   
9月30日まで宜しくお願いします。
http://fanplus.jp/_boxingpark_/


 
 
口内炎に苦しんだ1週間

 
~自宅で無益な日々過ごす~
  
 この一週間(4日~9日)は口内炎で、苦しんだ。体がだるくて、唇にできた口内炎のせいで、食事の度に脳天に突き刺さるほどの痛みに見舞われた.このところ発症しなかったのに、風邪と併発したのかも。
 
 昔会社勤めの頃は、出版社というところにいて、何分不規則な生活だったのでしょっちゅうできた。ひどい時には、治った先から、すぐできた。
 
 口の中でも、舌にできる口内炎は一旦できるとゆうに10日間は治らず地獄のような痛みの中、徹夜仕事をやった。売薬の塗り薬(ケナログ)をそーっと患部に塗るのだが、それでも飛び跳ねる程痛かった。
 
 どうしても我慢できなくて、知り合いの病院に飛び込んで最後の手段に出る。この治療がとてつも痛いから、最後の手段になるわけで、決死の覚悟が得る。
 
~硝酸銀の地獄の痛さ~
 
 硝酸銀の棒で患部を焼き尽くすのだ。勿論麻酔などもしない、僅か5~6分だが、押し付けてごりごりやる。頭から火花が散るような激痛は、さながら拷問である。
 
 涙がポロポロ出る。治療が終わり水でうがいすると、ひやっとして吾に返る。硝酸銀を押し当てられた、患部はカルデラ湖のようにへこんでしまう。これをやると二、三日後には嘘のように楽になる。
 
 不規則、不摂生な生活の繰り返しで、出版社に勤務した30年余の歴史は文字通り口内炎の歴史でもあった。硝酸銀で焼き尽くすこと数知れず私の舌は、いつの間にか凸凹になってしまった。
 
 その凸凹も月日が経つうちに、不思議なほど平らになる。とはいっても同じ箇所を何度も治療したものは、やはり凸凹の傷跡は消えない。今回は、硝酸銀のお世話にはなるまいと決めた理由は、勇気の欠如である。
 
~ただ本を読む~
 
 だから長引いた。仕事も手につかず、無益な日々を送ってしまった。前へ進まぬ人生ほど苦痛なものはない。ほとんど自宅で本を読んでいた。年寄になって読書もままならない。眼が弱ってきた。老いるという事は何かと不便なものだ。
 
 特に昔の書籍は字が小さいのですぐに眼が疲れる。昭和40年代に文春が発行した「現代日本文学館」全40巻は、もうダメだ。文字が霞む。それでも志賀直哉「夜明け前」「和解」は何とか読んだ。
 
 何度も読んだ覚えがあるが、読むたびに味わいが違う。時任謙作の心理状態、お栄に対する恋慕の気持ちは、いまなら理解できる。それにしても大正初期~昭和10年代の時世の中、主人公の時任謙作は何とも贅沢三昧に過ごしたものだ。
 
 祖父との間にできた不義の子の出生の秘密を知って、悩み苦しむのだが、やれ旅行だ、やれ温泉だ、やれ芸者遊びだと遊蕩の限りの主人公には、何とも浮世離れした悩みだと突き放したくなる。
 
 志賀直哉を読む気になったのは、やはり小説の神様といわれる名文に接して、少しは我が拙文がましになればと思っての事であるが…。浅田次郎「日輪の遺産」はかけなしの面白さ。エンターテンメントの極みである。
 
~大好きな作家は吉村昭さん~
 
 他に「街のはなし」(古本屋で買った)「ひとり旅」はいずれも吉村昭著。前者は折々の感想を綴ったもの。味わい深い短編集。後者は筆者の取材の裏話などを纏めたもの。
  
 取材姿勢が素晴らしい。自らの足で、丹念に事実を積み上げる。人手を全く借りない実直な人間性が作品の中に滲み出ている。
 
 吉村昭さんは私の大好きな作家である。文庫本の8割強は読んでいる。どれも外れハズレはない、胸躍らせるものばかりだ。旅行のときに持っていくと、きっと楽しめる作家。
 
 2006年7月、お亡くなりになった。長生きしてもっともっと作品を世に出して欲しかった。私の人生の楽しみが一つ消えてしまった。あとはいかに読んでいない作品を掘り起こして読むかだ。夫人の津村節子著「紅梅」はまだ読んでない。
  
  
シュートボクシングの事
 
 シュートボクシングのシーザー武志会長から残暑見舞いと大会開催案内のハガキを頂戴した。先週は9月というのに猛暑日が続き、まさに残暑に相応しいものだ。
 
 シュートボクシングという総合格闘技は、キックボクシンにスタンディングでの投げ技、関節技を加えたものといえば分かり易い。そしてロングスパッツ+レガーズを着用して試合する。シーザー会長が創設者である。
 
 誕生は’85年。浮き沈みはあっても脈々と生きている。80年代人気を博して、昨今再びブームの兆しが見えるようだ。K-1が精彩をなくしたいま、注目を集めている。
 
 それもこれも地道にコツコツ興業を続けて、ファンを引っ張ってきた努力の賜物であろう。シーザー会長のリーダーシップは言うまでもないことだ。
 
 9月10日後楽園ホールでシリーズ最終戦が終わり、今年は11月5,6日と東京シティーホールで、「SHOOT the SHOOT2011}のスペシャルイベントを2日間にわたり開催する。このパワーに敬服する。
 
 ファンとメディアを大事にするからこそシュ-トをボクシングは受け継がれているのだろう。弊社にも一貫して、情報をメールで送ってくれる。中々できないことだ。改めて御礼申し上げます。11月は見に行きます。
 
 
シーザー武志会長から頂いた残暑見舞ハガキ
舟木昭太郎の日々つれづれ

 

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金子ジム悲運の歴史に幕/亀田は王者に相応しい試合を/他

・金子ジム悲運の歴史に幕

 
  ~清水が晴れの世界チャンプ~
  ~金子繁治さんの悲運と村田~
  ~そして新王者が誕生した~
  ~「ボクシングパーク」でどうぞ~

 
・亀田は王者に相応しい試合を

  

ボクシングパーク  
9月まで宜しくお願いします。
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金子ジム悲運の歴史に幕~清水が晴れの世界チャンプ~
 
 清水智信が宿願の新チャンピオンになった。WBA世界スーパーフライ級タイトルマッチで、ウーゴ・カサレス(メキシコ)を2-1のスプリットデシジョン(判定)で下した。涙の王座奪取。
 
 30歳、3度目、背水の陣で望んだ今回の試合。フライ級から1階級上げての挑戦で掴んだ栄冠。際どい判定で勝者、青コーナーをコールされると場内はウォーという歓喜が上がった。
 
 久しぶりに私も武道館に出かけ感動の瞬間を味わう事ができた。清水の所属する金子ジムは、東洋無敵とうたわれた金子繁治さん(元東洋フェザー級C)が引退後に開いたジム。開設50年目の快挙である。
 
 
~金子繁治さんの悲運と村田~
 
 金子さん自身元役時代に、フラッシュ・エロルデ(比=元世界S・フェザー級C)に4戦4勝しながら、ついぞ世界には手が届かなかった。こんな伝説もある。宿敵中西清明との試合には、会場となったメモリアルホール(元両国日大講堂)に、入りきらない観客の列が両国橋まで続いていたと。
 
 機動隊が出動して行列の整理に当たった、というから当時の金子の人気がいかばかりだったか想像できる。実力がありながら、それでも世界王者になれない金子は、ある意味、運のないボクサーだった。
 
 その悲運は、愛弟子村田英次郎も、その影を背負うことになる。バンタム級で3度世界に挑戦して、夢叶わなかった。先ずWBC王者ピントール(メキシコ)に挑戦('80年6月)して、15回引分け。次はWBA王者チャンドラー(米)に挑戦(’81年4月)して、同じように15回引分け。
  
 あと一歩のところで世界を奪いない村田をファンは会長金子繁治と重ね合わせた。8ヶ月後の’81年12月今度は敵地アトランチェックシティーに乗り込んでチャンドラーに再度挑戦したが、13回TKOで返り討ちされた。
 
~そして新王者が誕生した~
 
 清水が2度挑戦して、世界が取れなかった時に「やっぱりね…」という諦めの声が聞かれた。2度目の内藤戦は、圧倒的に試合を支配しながら、逆転でKO負けした。かくのごとく金子ジムは連綿と悲劇の歴史を繰り返してきた。
 
 そして今回の新チャンピオン誕生、何よりも金子繁治さん自身が嬉しかったに違いない。さぞや、苦難の一コマ一コマが頭を過ったこと事だろう。察して余りある。
 
 最近は脳梗塞を患い体調も万全ではないが、当日は会場にきて戴冠の瞬間をリングサイドで見守った。長男・健太郎氏に会長を譲ったんのは3年前。次男・賢司もトレーナーとしてジムを営む。一家上げて、「世界王者」育成に取り組んできた。努力がやっと実った。報われた。
 
 日頃の努力に対しての、神様が呉れたご褒美とも取れる。そうえいば家族は熱心なクリスチャン。ジムは拙宅から自転車で15分程の下北沢ににある。時折ジムに伺って金子繁治さんと、昔話をしてくる。それが私の楽しみの一つ。
 
~金子名誉会長とのお付き合い~
 
 で、「日本ボクシング不滅の激闘史」のDVDをTBSから制作を私が依頼されてご相談に伺ったら、現役時代の貴重な映像を提供してくれた。他にも白井×マリノの歴史的なポスターも、「舟木さんだから」と貸してくれたのだ。
 
 ボクシング専門誌などが、再三再四懇願したが出さなかったものを、快く私のために応じてくれた。こうして11時間に及ぶ大長編のボクシング史が、4巻セットで完成をみて3年前の秋に発売された。
 
 それだけに金子ジムからの世界王者誕生は、我がことのように嬉しい。落ち着いたら、お祝い方々出掛けてみようと思う。よかった、本当によかった。
 
  
~「ボクシングパーク」でどうぞ~
 
 「ボクシングパーク」では清水智信のチャンピオンへの道と題して3回にわたり配信している。ズバリ的中した恰好で、何かしら宝くじに当たったような気分で、悦に入っている。
 
 
亀田は王者に相応しい試合を
 
 WBAバンタム級タイトルマッチは、亀田興毅が辛くも2度目の防衛。但し試合内容は褒められたものではない。3回に挑戦者デラモラからダウンを奪い、そして最終回にも連打で圧倒したのが見せ場。
 
 それ以外はデラモラの、多彩な連打に完全に主導権を握られていた。亀田はフットワークがないので、左右に揺さぶられると弱い。単にガードを固めるだけで攻撃しないから、相手は思う壺。
 
 守勢一方のチャンピオンは、見た目も悪すぎる。3回のダウンがなかったら、挑戦者が勝っていたかも知れない。亀田には王者に相応しい、攻防一体の積極的なファイトをして欲しいものだ。
  
カサレス×清水(右)の試合。1階観客席から撮った。
舟木昭太郎の日々つれづれ
 
新チャンピオンに湧くリング上!

舟木昭太郎の日々つれづれ

 

 

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徳光さんで思い出すこと/花火の日浅草散策/他

・徳光さんで思い出すこと
 ~駆け出し時代の遠い出来事~
 ~30数年振りの再会を果たす~
 ~昔、徳光さんから頂戴した年賀状~
 
・花火の日浅草散策
 
・「ボクシングパーク」の閉店

 

ボクシングパーク  
9月まで宜しくお願いします。
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徳光さんで思い出すこと
 
~駆け出し時代の遠い出来事~
 
 24時テレビのチャリティーマラソンで、70歳の徳光和夫アナが完走
したシーンを見て感慨深かった。徳光さんも私も駆け出しの頃、片や日テレのキックアナウンサー、片やゴングの編集記者として試合場でよく顔を合わせた。遠くいまから40年前の出来事である。
 
 或るとき、名古屋での試合後に、プロモーション側の接待でクラブのような店に行った。そこで見せた徳光さんの軽妙な余興は、後の成功を予感させるものだった。
 
 司会をかって出て他人が歌うと、そのイントロナレーションを情緒たっぷりに即席で語る。まるで歌番組の専門アナウンサーのようで兎に角そのウマさには、下を巻いたものである。
 
 その場にいる人は、やんやの喝采で徳光ワールドの虜になった。この人を単にスポーツアナウンサー(当時は主にキックや、プロレス)にして置くのは、もったいないと誰もがその時感じたに違いない。そのキックの放映も6年余りで打ち切りとなった。
 
  
~30数年振りの再会を果たす~
 
 そんなことがあってしばらくして、徳光さんは多方面で活躍する姿をテレビで拝見するよういなった。特にズームイン朝は印象深い。すっかり局のエースにのし上がった。
 
 あの時の予感が的中したことで、我ながら嬉しくなったものだ。日テレ退社後はフリーとして益々その芸幅を広げている。そして件のマラソン、心筋梗塞を克服しての70才のチャレンジには驚いた。
 
 梶原一騎先生の17回忌(平成15年1月)が、赤坂プリンスホテルで行われた折に凡そ30年振りに徳光さんに再会した。会の発起人として私は出席したもので、前もって梶原未亡人から「司会は徳光さんなのよ」と聞かされていた。
 
 で私としては、昔のことだし、俺の事なんて忘れているだろうとタカをくって徳光さんと再会した。折しも徳光さんは打ち合わせの最中であった。
  
 そこへ私が近づいて行くと、すぐ気が付づいてくれた。丁度、キックの鬼・沢村忠さんも帯同していたので、目につき易かったのかも知れない。
 
 「ふなきちゃん、久しぶりだね」と開口一番、例の柔和な顔で歩み寄って来てくれたのには、正直感激した。私の名前を忘れてはいなかった。かれこれ30年の歳月が流れたというのに。
 
 傍らの沢村さんを紹介すると「ふなきちゃんだから、来たんでしょう、沢村さん」と過分な言葉も頂いて、恐縮した。公衆の前に出るのをはばかっていた、沢村さんを思い諮っての表現だったが…。
 
 あれから40年の歳月、しかし徳光さんの人に接する姿はあの時とちょっとも変わっていなかった。いつまでも人気者たる所以は、実力もさることながら、誰からも愛されるのはこの人柄にある事は確かであ
る。
 
  
~昔、徳光さんから頂戴した年賀状~
 
 ここに1枚の年賀状がある。昭和46年、新年のものである。「公正に取材をお願いいたします」と書いてある。この頃、徳光さんは茅ヶ崎に住んでいた。人柄が滲みでている。キック放送では、当時TBSに後れをとった日テレ。
 
 本来なら「是非わがキック(日テレ)を宜しく」と書くのだが自然だが、彼は敢てしなかった。この一事でも人間性が読み取れる。12チャンネル(現テレビ東京)の大沢、日テレは錦を擁し、TBS沢村キックに激しく競り掛けていた45~47年頃。懐かしい、駆け出し時代だ。
 
 私は今でも大事に持っていて、時折眺める。「公正に取材してください」と徳光さんが、心で叫んだ文字を噛締めるために…。70歳の徳光さんのゴールは、過去を甦らせたばかりか、私にも勇気をも与えてくれた。
 
 
花火の日浅草散策
  
 27日(土)はカラオケの仲間の皆さんと浅草散策。仲見世をぶらぶら、観音様にお参りした。当日は隅田川花火の日で、大変な人出で、歩くのもやっとだった。
 
 2時頃だったが言問橋の上は、眺めのいい場所を求めて行きかう人でごった返していた。さすが浅草、どの角度からでもスカイツリーが見られる。なんだか忽然と現れたような不思議な感じだ。
 
 三定で天丼を食べた。昔ながらのしっかりした醤油味は美味しかった。1,735円(上)は、それだけで十分満腹。ビール少々、お酒、ぬる燗1合で、ほろ酔い。
 
 舟和で芋羊羹を買って、4時頃浅草をを出る。花火が近づくにつれて、どんどん人が増え出して来た。バスで上野へ回り、大江戸線に乗り換えて新宿に帰着。浅草散策は、風情があってなかなかいいもんだ。又、行きたい。
 
 
「ボクシングパーク」の閉店
  
 「ボクシングパーク」は残念ながら、今般閉店のやむなきに至りました。いち早くお知らせ致します。NTTFan+よりの「閉店の御挨拶」が近く発表されますが、視聴者の方、ご協力頂いたジム関係者には申し訳なく思います。(但し購入した商品は視聴者のもです)
 
 改めて感謝申し上げます。4月15日に配信スタートして、8月末までの(実際は9月閉店)の、僅か5カ月ばかりの期間でしたが、制作請負の身ですから、制作の発注がなければ、当然辞める他ありません。
 
 震災で配信が1ヵ月遅れたり、悪条件が重なりましたが私としては、最高のコンテンツを提供したとの自負があります。この度、新しい仕事に挑戦できた事は、私にとって貴重な体験として残ります。
 
 御多分にもれず不景気な世の中ですから、これは行けると思って始めても、失敗する事はままあります。運営社(ショップオーナー)の都合で配信事業から撤退しますが、恨む気持ちはありません。
 
 NTTFan+はこれからも存続するわけですから、いずれまた違った形でアッパーが登場する機会があば幸いですが。既に新たな仕事に着手しております。何事もプラス志向で行きたいと思うのです。
 
 ユニクロ柳井会長が何かで語っておりました。「事業とというものは99%の失敗、1%の成功です。」と。1%の成功がユニクロだ、と。味のある言葉です。ショップ運営社にはこの言葉を、はなむけにお贈りいたします。
 
 スマートフォンなど目を見張る普及は、将来のNTTFan+の成功を予言しています。それが商売に繋がる時期が早いか遅いかの問題です。いずれFan+の時代が来ると、私は確信しております。
 

  

露地からのスカイツリーの眺めは風情がある。
舟木昭太郎の日々つれづれ
  
五重塔をバックにパチリ!カラオケ仲間の皆さんと。

舟木昭太郎の日々つれづれ
 

アサヒビールを背に記念の写真。

舟木昭太郎の日々つれづれ
 

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内山高志「驚異の世界」をボクシングパークで/佐野眞一著本に嵌る日々/他

・内山高志「驚異の世界」をボクシングパークで
・佐野眞一著本に嵌る日々
・栄冠は君に輝く
・炎天下の草とり
・一雨ごとに忍び寄る秋

 

ボクシングパーク  
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内山高志「驚異の世界」をボクシングパークで
 
「ボクシングパーク」の内山高志コンテンツは更新されました。ハイスピードカメラによる「内山ボクシングを科学する」を是非ご覧になってください。強打の秘密が明らかになります。まさに「内山高志驚異の世界」です。
 
 解説はボクシング殿堂入りの評論家ジョー小泉さん。わかりやすく端的に説明してくれています。10月頃には防衛戦を行う予定という内山選手。ファン諸氏には、これを見れば試合が10倍楽しく観戦できます。
 
  
佐野眞一著本に嵌る日々
  
 先週読んだ本。佐野眞一著「甘粕正彦 乱心の曠野」「旅する巨人」と、いま佐野本に嵌っている。最初に「阿片王 里見甫」を読んで病みつきになった。
 
 手放しに面白い。フィクションの面白さではない。事実、証言の積み重ねで、真実を掘り下げる。畳み掛けるその迫力に圧倒される。いずれの本(文庫本)も、500頁を越すボリュームなのだから、読み応えがある。
 
 甘粕正彦は、映画「ラストエンペラー」で、坂本龍一が扮している。無政府主義者の大杉栄一家を殺したとされる陸軍憲兵大尉。殺人の罪で入獄。その後満州に渡り満州映画理事長。満州国「夜の帝王」として暗躍する。
 
  「旅する巨人」は民俗学者として、柳田国男以降最大の業績を上げた宮本常一と、パトロンとして彼の学問を支える財界人渋沢敬三の交流。瀬戸内海の離島に生まれ、全国を隈なく歩き空前の民俗学を確立した。 
 膨大な宮本の業績に光を当てたもので、同書において初めて私は宮本常一の偉大なる生涯を知る。恥ずかしい。我が愚息は少年の頃より民俗学を志していた。従って十分に彼を知っていた。「忘れられた日本人」を薦めてくれた。
 
 次は「巨怪伝」か「凡宰伝」、いずれかを読む。読む前から胸がワクワク。当分は佐野眞一著専門だ。読書ほど安く、心豊かになれるものはない。「東電OL殺人事件」もタップリと堪能。
 
 
栄冠は君に輝く
 
 甲子園での夏の高校野球は、日大三高が制した。投打共、高校生離れしていた。都会のチームらしい洗練されたプレーで、決勝戦も青森の光星学院を圧倒した。11-0シャットアウト。吉永投手は長身で、直球は速く、シンカーも鋭い。
 
 恵まれた体躯、下半身もどっしりしている。プロ向きだ。プロで鍛えればスケールの大きいピッチャーになれると確信する。大学なぞ行かず卒業後は、プロ球団に行ってもらいたい。
 
 ダルビッシュや、田中のマー君のように是非活躍して欲しい。最も伸び盛りの時期に、プロで鍛えることでその稀なる天賦の才は、より研かれる。それにしても日大三は圧倒的パワー野球で、勝つべくして勝った。
 
 
 「栄冠は君に輝く」は日本人の琴線に触れる曲だね。作曲者はわが福島県の生んだ西条八十だ。、この曲を聞くたびに胸が熱くなる。夏の大会は、この歌と始まり、そして終わる。心に残る名曲である。
 
 震災で何かと心配されたが、無事終わった。甲子園、球児の夏は終わった。また来年を楽しみに…。
 
 
炎天下の草とり 
 
 連日の猛暑で外出も気が進まない。炎天下の作業は脳梗塞を患った者としては、最も危険と担当医に釘を刺された。それでも気になって、畑の草むしりをやってしまった。
 
 午後2時、35度を越す暑さはたちまち滝のような汗が顔を伝った。すかさず水を補給して、僅か30分余りで作業を切り上げた。5年前のあの日の悪夢がスーと甦った。
 
 油断は禁物と我を戒めた。もう二度とあの脳梗塞はやりたくない。年寄だけじゃなく、昨今は若年者にも多いという。気をつけてください。兎に角水を小まめに飲のが予防になる。
  
  
一雨ごとに忍び寄る秋
 
 お盆も過ぎて、蝉の鳴き声もめっきり少なくなってきた。結局、故郷には帰れなかった。花火のあった日(15日)、東京は猛暑だったが、故郷は午前中雨で、幸い午後には晴れだと電話で知った。
 
 暗闇に炸裂する田舎の花火を想像しながら、仕事部屋で静かに本を読んだ。それにしても夕方聞こいてきたひぐらしの声、あの「カナカナ」と何とも愛らしい鳴き声。都心ではほとんど聞かれなくなった。
 
 どうしたんだろうか…夏の風物詩がまた一つ消えていった。18日は10時頃から驟雨。久しぶりの大量の雨が降り木々も、畑も生き返った。一雨ごとに、秋が忍び寄ってくる。

 


大きく実ったゴーヤ
舟木昭太郎の日々つれづれ
 
小丸スイカも食べごろに成長。苗2本を植え4個成った。

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基本に忠実な井岡・目指すはパッキャオ/日韓戦で見せた日本の力/他

・基本に忠実な井岡
 ~目指すはパッキャオ~
 ~階級を上げる事に賛成~
 
・亀田兄&清水のダブルタイトル戦
 
・日韓戦で見せた日本の力

 


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基本に忠実な井岡
~目指すはパッキャオ~
 
 井岡一翔(22)の初防衛戦は見事だった。挑戦者1位ファン・エルナンデス(メキシコ=24)を相手に大差の判定勝ちだった。1、2回の立ち上がりをみて、これは挑戦者は手強いぞと思った。
 
 アグレッシブに果敢に攻め込んできた。身体ごとぶつかってくるようなアッパーが、怖いと私は見た。ところが井岡は、ガードをがっちりと固めて、相手の先制攻撃にも冷静だった。
 
 2回を過ぎると、エルナンデスの攻めの雑さが目立った。やみくもに放つ連打は、正確さを欠いた。距離感がない。これなら大丈夫と安心して試合を見守った。
 
 4回、井岡のボディーブローがコンパクトに決まると、潮目は明らかに王者に傾いた。的確にパンチを打ち分て挑戦者を翻弄した。井岡に大向うを唸らせる派手さはないが、攻撃の手順は正に緻密。なかなかのテクニシャンだ。
 
~階級を上げる事に賛成~
 
 もう1回防衛したら、階級を1つ上げるという。それがいい。ウェートがきついのに無理して守ると、身体に悪い。無理な減量、食事の制限等いいことはない。
 
 マニー・パッキャオのようにフライ級から初めて、いま現在はウェルター級で活躍する。世界№1のボクサー。井岡もパッキアオのようになって欲しい。井岡は基本に忠実で、いうことなし。
 
 あとは天狗にならないこと。それには周囲が、井岡自身が耳に痛いことでも言うべきことは言う…それが求められる。これからどんな風に成長し、変貌して行くのか見守りたい。
  
  
亀田兄&清水のダブルタイトル戦
 
31日(日本武道館)はWBA世界ダブルタイトルマッチ。バンタム級はチャンピオン亀田興毅×挑戦者同級6位デビット・デ・ラ・モーラ(メキシコ)、スーパーフライ級はチャンピオン、ウーゴ・カサレス(メキシコ)×挑戦者世界フライ級4位清水智信(金子)。
 
 亀田の相手モーラの戦績は、23勝(16KO)無敗。まだキャリアが浅い選手なだけに、亀田の豊富な経験で防衛しそう。一方のカサレス×清水は、清水の3度目の世界挑戦。
 
 「ボクシングパーク」でも早くから情報を入手して、世界王者への道と称して追跡してきた。フライ級で2度挑戦、失敗。今回は1階級上げて挑む。相手のカサレスは’10年5月に名城信男から王座を奪取。
 
 その後、同年12月には久高寛之も判定で退け現在4度防衛。名城との試合を取材したライターによれば「清水に勝つチャンスはある」と語る。男・30歳、3度目の正直と行きたいもの。イケメンの新王者誕生に期待!
 
 
日韓戦で見せた日本の力
 
 なでしこジャパンの優勝を受けて、男子サッカーも鮮やかな試合を見せてくれた。日本は韓国に3-0の快勝。あのライバルを全く寄せ付けなかった。
 
 韓国という自縛から、解放されたような、躊躇しないパス回しはかつて記憶にない。何だか欧州サッカーの試合を見ているような錯覚に襲われたものだ。自信たっぷりにゴールを狙う姿は頼もしいものだ。
 
 こうした変身は多分に、なでしこの影響はあるだろう。が、勿論それだけではない。やはり海外にプレーする選手が多くなったことがあげれよう。
 
 海外で身に着けた個々の経験と技術が、日本チームの全体のレベルアップに繋がったと。異国の地で、苦労することは血となり肉となる。どんな職業でも、同じだ。若者よ、曠野を目指せ!



自宅近くの雲照寺の正門、石段に強烈な真夏の太陽が射す。
私の好きな場所の一つ。(8月11日、午後2時頃)

舟木昭太郎の日々つれづれ


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