小沢一郎という政治家/浪江町の我が同級生医師/他
・小沢一郎という政治家
~政治家の義務と責任~
・浪江町の我が同級生医師
~患者が殺到した診療所~
・スカイツリーの職人達
・露地栽培日記
小沢一郎という政治家
民主党小沢一郎衆議院議員は、なお国会を跋扈している。政治資金規正法違反罪で強制起訴され、一審で無罪を獲得するも検察官役の指定弁護士から、控訴された。
控訴理由は「一審判決には見逃せない事実誤認があり、控訴審で十分修正が可能だと判断した」とあります。小沢一郎と政治&金の問題は、依然晴れていないのです。小沢一郎議員には、いつだって胡散臭が付きまとう、まさに疑惑のデパートといったところです。これで日本国をリードできるとお思いでしたらとんだ勘違いです。
同氏は民主党内で最大のグループを擁するボスである。数を武器に国家・国民の運命を左右しかねない力を持っている。党員資格処分の拙速な解除(一審の無罪で)を果たしたのも、彼を担ぐ恥知らずの輩らがいるからです。だから困るのです。田中角栄の金権政治をまた、復活させるようなことが有ってはなりません。
限りなくダークなあなたに、国家・国民のため頑張る、なんていわれたくないものです。一日も早く政界を引退して、出身地岩手に帰り、大震災からの復興に手を貸してはどうですか。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある、の箴言もあるでしょう。小沢さん、引退すべき時です。
~政治家の義務と責任~
ノーブレス・オブリージュという言葉知っていますか。「高貴な者には義務がある」との意味で、つまり、財産、権力、地位のある者は、それに伴った責任と義務がるということです。
あなたはまったく以てその義務を果たしていません。国会議員なのだから、野党が要求する国会の証人喚問にも、堂々と応じて身の潔白を主張してしかるべきなのに、何かと逃げていますね。だから益々疑われるのです。自業自得ですよ。
女優・高峰秀子さんが著書の中で含蓄ある言葉を残していますよ。「自分の好むと好まざるに関わらず、人に名前や顔を知られれるようになった人間は、社会に対して責任があります」
信なくば起たず、です。この人に引導を渡す憂国の政治家が、現れる事を切に私は願って止みません。
浪江町の我が同級生医師
大震災の罹災者たちはいまも先行きの見えない不安の日々を送っています。瓦礫の山は依然累々と地を覆い、原発事故で退去を余儀なくされた人々は、30万人以上、今日も見知らぬ土地で暮らしています。
そんな国民の苦しみを政治家は顧みもせず、国会は法案一つ通らず、やれ解散だ、やれ問責決議だとダッチローロル状態です。日本という国は一体どうなるのでしょう。
ギリシャに端を発した欧州の経済危機は他所(よそ)事ではないのです。与党も野党も党利党略でしか動かないとしか、国民には映りません。情けないことです。
こういう暗い世相の中で、地域に密着して被災地の人を助ける医師のニュースに、私はこの国を支えているのは、実は名も無い人々なのだとの思いを新たに致しました。
朝日新聞朝刊に連載している「プロメテウスの罠」(注:プロメテウス=人類に火を与えたギリシャ神話の神族)で原発事故の強制避難区域にあった、福島県浪江町下津島の国民健康保険津島診療所の事故当時の生々しい状況が載っていました。
~患者が殺到した診療所~
事故当時、当の診療所はさながら野戦病院で、放射能から避難した約1万人が津島地区に逃れてきて、患者が殺到したという。この診療所の医師・関根俊二は、なにを申そう私の高校(学法石川)の同級生なのでです。
余りにも身近な友達の記事に驚きました。そして一心不乱に診療し続けたであろう友の姿を想像して、頭が下がいました、いまは二本松市の仮設住宅の一角に在る仮設診療所で、診療に当たっているそうです。
彼は定年後は、郡山市にある自宅に帰り、好きな川釣でもしてのんびり過ごそうと考えていたらしいが、事故に遭遇して「このまま住民を見捨てるわけにはいかない」と白衣を脱ぐことを思い止まったというのです。
スカイツリーの職人達
医は仁なり…ホロリとする話題であります。政争に明け暮れる政治家達に聞かせたい話です。関連してスカイツリーの秘話をもう一つ。NHKテレビの特集で見ました。
地震当日同時刻、スカイツリーでは完成ま間近の最後の安定機材を職人達が塔のてっぺんに据え付けようとしていました。まさにその時に大地震が起こったのです。
地上600㍍の天空の揺れである。職人達も人の子、恐れ慄いただろうに。私なら一目散に逃げて何処かに身を寄せるていることだろう。ところが、まだ余震が続く中で、彼らは敢然と、しかも淡々と作業を再開したというのである。
祈りの塔である
この機材を収めないと、スカイツリーの安定は保てないですからと職人達は当たり前のように動いたと…天女のように美しく世界一高い東京スカイツリーの建物は、こうした名も無い職人達の命懸の努力によって完成をみたのです。我々はこういう事をに忘れずに記憶に留めたいものです。
スカイツリーのデザインに当たった方が最後に、スカイツリーを一言で表現すと?と問われ、「祈りの塔です」と答えていました。なるほど、大震災の年に出来上がり、人々の幸せを祈りながら見守る観音菩薩…まことに、震災から立ち上がる日本のシンボルタワーに相応しいものです。
粋と雅、高さを誇るでもなく天女の如く静かに佇む姿には、手を合せたくなります。これからは心して仰ぎ見たいと私は誓うのです。
露地栽培日
13日の日曜日の午前中は、じゃが芋の芽かきと土寄せ、追肥(鶏糞)の作業。風が少し強かったが、よく晴れた日で気持ちよくできた。ミニトマトには、雨避けのビニールを張った。
予算がないので、大きなゴミ袋を裂いて代用とした。子供だましだが後でまた善い方法を考える事にした。これから雨が多い季節になり、雨を吸い過ぎるとトマトは、割れたり、甘さが出なくなる。
そういえばトマトの原産地は南米アンデス山脈、雨はほとんど降らないし、寒暖の差が激しい。高原じゃないから、寒暖の差は望むべくない
が、なんとか今年は美味しい、甘いトマトを収穫したい。まさにその一心です。アマチュアの執念です。
ビニールで覆ったミニトマト
手前から胡瓜、次に茄子、土寄せしたじゃが芋、一番奥がミニトマト。
故郷の福島県鮫川村の実家から送られてきた山の幸
山菜を早速天ぷらに揚げて夕食(14日)。
B級ワインとウイスキーで味わう。
ウドの皮のキンピラはピリリと味付けして美味だった。



