松井の劇的な復活/恰好よく老いるということ/他 | 舟木昭太郎の日々つれづれ

松井の劇的な復活/恰好よく老いるということ/他

・松井の劇的な復活

 
・隣家に98才のお年寄り
 

・恰好よく老いるということ
 

・タイ国に思いを馳せる
 

・サイアム・スポーツとの縁

 

舟木昭太郎の日々つれづれ

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松井の劇的な復活
 
 松井秀喜選手がメジャーに帰ってきた。レイズとのマイナー契約でスタート、2カ月遅れでメジャーに昇格した。それだけでも松井マニアとしては嬉しいのに、戦列に加わって3試合(6月2日現在)で2ホーマーも打ってくれた。さながらゴジラの雄叫びです。頼もしい復活です。
 
 松井の活躍には元ヤンキース監督トーリさんも「感動した、松井は私の大好きな選手」とエールを送っているという。松井のレイズ入りには
トーリ元監督の盟友ドン・ジマーさん(ヤンキース時代ベンチコーチ)が一役かったようだ。
 
 現在ジマー氏はレイズのシニア・アドバイザーである。松井の復活劇にはこうした人たちの熱い支援があったと、報道で知った。心配された膝も大丈夫のようで、守備でも無難にこなしている。同一リーグのダルビッシュとの対決が楽しみになって、益々私のメジャー熱は高まるばかりです。飛べ!新たな背番号35.
 
  
隣家に98才のお年寄り
 
 拙宅の隣家にKさんという98才のお年寄りがいます。奥さんも92才で共にお元気で、おしどりのような夫婦です。天気の良い日は二人揃って散歩に出掛けます。散歩の時でも奥さんはスーツ姿でとてもお洒落です。公衆の面前に出るときはかくあるべし、というお年寄りの見本を御二人には垣間見る気がします。
 
 先日は御主人独りの散歩でした。白い半袖シャツに折り目の付いたズボン、足元はスニーカーという装い。背筋をピンとはって颯爽と拙宅の前を通りかかりました。顏色も瑞々しく長身の体躯は、無駄肉を削ぎ落としたかのように見事なプロポーションです。とても98才とは思えません。
 
 私が植木鉢の土を入れ替えていると、覗きこんでアドバイスしてくれました。元は植木職人だったので、教えに間違いありません。その通り施すと、必ず次の年には立派に花を咲かせます。
 
 で、Kさんに長生きの秘訣を尋ねたところ、その答えは次のようなものでした。いつも自然に触れ、土いじりを欠かさないこと、味噌汁はタップリ野菜入りで、中に細切れ肉を少々加えて毎日食べる、何よりもよく歩くこと等々…ざっと日常生活のありようを語ってくれました。
 
 散歩の途中では必ず寄る馴染みの喫茶店があり、一杯のコーヒーをゆっくりと味わい、支払いのときは100円のチップを必ず置いてくるのです。お店のマスターから聞きました。何と恰好いいお年寄りでしょう。
 
 
恰好よく老いるということ
 
 恰好いい老後は私の憧れですが、あと2年で100才を迎えるK老人を見るにつけとてもまねの出来ない事と諦めています。30分後、K老人が散歩から帰ってくるのが前方に見えました。5段ほどの階段を何とステッキを肩に担ぎ、鼻歌混じりに上がってくるのです。
 
 人間の可能性を教えてくれるK老人には、驚きの連続です。長男夫婦と同居する屋上には、沢山の植木や花々が咲き乱れているそうです。何とも羨ましい悠々たる人生です。恰好よく老いる術…難しい課題ですが諦めずに私も努力したいと思うのであります。老人よ紳士たれです。
 
 
タイ国に思いを馳せる
 
 前回のブログで藤原敏男会長の軌跡を綴りました。藤原敏男というキックボクサーは、いかに強かったのかをタイの国技ムエタイを通して延べました。永遠不滅のキックボクサーだと…。
 
 現在頸椎の手術でM病院に入院中ですが、手術の経過は良好のようで安心しました。何せ鉄人なのですから、彼はいかなる困難も克服してくれるはずです。
 
 タイでの試合を追憶するうちに、グンティープ(バンコク)には4年余りも行っていないことに気づきました。多い時は年に4~5回も行ったのに。タイ国は私の第二の故郷。恋しさつのります。
 
 当地には無二の親友、多くの知己がいて私が訪問するといつも歓迎してくれます。故に故郷に帰ったような穏やかな気持ちになれます。中でもサイアム・スポーツシンジケート出版社の重役マニット氏とはかれこれ35年のお付き合いになる間柄です。
 
 ’77年10月、具志堅用高選手が3度目の防衛戦をタイのモンシャム・マハチャイと戦うことになり、当時デイリーニュース記者として来日。私はその頃ムエタイ情報を何とかゴング誌に載せたいと腐心しておりました。
 
 そこでタイ側の通訳兼コーデネーターと随行してきたマノロム新野さん(日系タイ人=歯科医師)に相談した。そして適任者としてマニット
氏を紹介してくれた。以来今日まで家族ぐるみのお付き合いしている。
 
 
サイアム・スポーツとの縁
 
 今は鬼籍に入られたが新野さんの推薦は間違いなかった。原稿も写真も締切日までは届き毎月ゴング誌に掲載できた。また藤原選手の試合でタイに行くと会社のカメラマンに指示して私が最高の位置で撮影できるように図らってくれた。写真には素人の私が藤原選手の数々のベストショットが撮れたのもこういう陰の協力があったからこそのです。
 
 有名ジム会長との取材の許諾を労力を惜しまずに取ってくれたのもマニット氏。で、モンシアムの試合に同行した記者に元タイラッドのラウイー・ロートン氏がいた。マニット氏と気の合ったラウイー氏は、帰国後間もなく勤めを辞めて、二人で漫画出版の会社を立ち上げた。
 
 それが今日のサイアムスポーツシンジケイト出版社の前身である。いまやタイ最大のスポーツ紙に成長させ、放送局、サッカーリーグも主宰するグループの会長。タイスポーツ界のボス的存在である。
  
 御曹司ウイラック氏(通称ポク)はいずれ社長の座に座る。弊社の設立パーティーには発起人として、遠路来日してくれた。かように非力な私を側面から支援してくれ今日の私をたらしめてた。かように、有難い友人知己の多いタイ…脳梗塞から完全に恢復した今年こそは御礼の挨拶に行かねばと心に決めているのだが。
 
 久しぶりにルンピーニーで試合も観戦したい、本場のタイ料理も飽きるほど食べたい、SHARK FIN CUISINEのフカヒレおじやも食べたい、マニットとゴルフもしたい。あれやこれや夢馳せるこの頃です。

 

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