大学という斜陽産業 -189ページ目

フット・マッサージ

最近の、というかずっとだけど、足裏マッサージに凝ってます。マッサージ後には、血行も良くなり、足の疲れもとれ、すっきりします。


ちょっと前の新聞記事なのでうろ覚えだが、某大学教授が、研究室にフット・マッサージの機械を置いているとあった。ぬるま湯を入れて、振動させるタイプらしいが、いいアイディアだと思った。講義は立ち仕事だし、机に向かって作業しながらマッサージできるなんて。


でも、さすがに研究費でマッサージ器は買えそうもない。もし機械系の研究者ならば、マッサージ器の構造を調べるからなんて言う理由がつけられれば、買えるのかなあ。

採用人事

先日の教授会で、来年度に着任する採用人事を行うことが承認された。


よく、研究等の活性化のために人事の流動化を、なんて言うが、うちの場合、みなステップアップしていく踏み台にしているのか、毎年のように誰かがやめて、誰かが入ってくる。


もちろん、その一方で長きにわたって勤務している人もいる。このような人たちの中には、運良く出身地の大学に勤務できているとか、生活の拠点ができているので、積極的に異動することを望んでいない人もいる。でも、研究業績が優れている人は、結局いなくなる。


で、ポスドクが多いので、このような採用人事によって彼らにアカポスの道が開けていくのかというと、そうではないところが難しい。我々はやっぱりそれなりの業績がある人を採用してしまうからだ。


研究する日々「人事照会」 のようなことも行われるが、公募だって、結局は同じようなことになる。その人の実力であれ、運であれ、早くにアカポスを得ることができ、研究環境が整い、それを基に研究業績を挙げていく人がさらにステップアップしていく。


最近は、非常勤講師の募集だって、教歴が必要だったり、本務校が必要だったりするケースも多い。


本当に人事って難しいです。

国内留学しようかなあ・・・

研究体制がしっかりしている大学の場合、大学教員として一定年数勤務したならば、国内外の大学等へ留学できる制度や、講義や学内行政が免除されて研究に打ち込めるサバティカル制度がある。


ここのブログのタイトル通り、いまや大学自体が斜陽産業なので、今後の行く末を考えるときに、この留学制度を利用して法科大学院に通うことはできないか、などと考えることがあります。


最近は廃止する大学も増えているようだが、教職員の子弟がその大学に入学した場合、授業料等を免除する制度があるが、もし、自分の勤務先に法科大学院があって、そこに入学したらどうなるだろう、なんて考えると、それはそれでおもしろそうである。免除は無理だろうなあ。じゃあ、奨学金は?これもある程度の所得があるから無理かなあ。で、教壇に立っている人が同僚で、こっちはいいが、向こうはやりにくいだろうなあ、とか。


大学からの電話

昨日は、講義がなかったので、自宅で講義の準備を中心に仕事をしていた。


そこで、電話がなった。


自分「はい、○○です。」


相手「△△学部の××です。お休みのところ、すみません。・・・・・」


毎度のことであるが、お休みじゃないんだけどなあ。中には大学に行かない=休み、という行動原理の人もいるかもしれないけど。


じゃあ、大学にきている人が仕事をしているかっていうと、他の教員と雑談して、食事して、煙草吸って、研究室で居眠りして、ていう感じで時間を過ごしている人だっているぞ。まさにお休み状態じゃないか。


まあ、雑談の中からヒントを得ることもあるので、雑談自体を否定はしないけど。

不健康自慢

先日、職場での定期健康診断の結果が出た。


皆、なぜか不健康さを自慢しあう。やれ、γGTPが高いとか、中性脂肪が多いだの。終いには「要再検査」とか、「要精密検査」まで。健康に気遣う暇が無い程忙しいんだ、だから偉い(仕事をちゃんとやっている?)とでもいうのだろうか。


自分は、「要経過観察」でした。残念ながら(?)、自慢できるほどのものではありませんでした。

本をどうにかしたい

もう、この職業、特に文系の悲しい性なのか、ついつい本を買ってしまう。先日も書いたが、いただいた本もまだ読んでいないって言うのに、どんどん積ん読状態が加速しています。読んだ本も捨てられない質だし。


まあ、師匠の教えも、「何がなんでも本は買いなさい。」 師匠の教えを守っているのはこれぐらいか。


しかし、本当に収納場所がなくなって、困っている。たまにテレビでいろんな家の紹介をしているコーナーとかをみると、どうしてあんなに物が無いの?と思っている。


以前、学会の重鎮の先生が書庫用に3DKぐらいの部屋を借りているという話を聞いたことがあるが、そんなことは経済的にもとても無理。せめてレンタル倉庫とかコンテナでも借りようかと真剣に思案中。

肩こりをどうにかしたい

どうもネタ切れのようで、無理矢理何か書いています。


論文も無理矢理でもいいから書きたいです(笑)。締切をすぎている原稿もあるし・・・。


さてさて、講義の準備も文献を読んでPCで資料を作成、研究も文献を読んでPCで論文作成、と非常に運動不足の日々に加え、同じような姿勢をとり続けているせいか、肩こりがひどいです。これをどうにかしたい。


で、気になっているのが「ゆる体操」。いろんなところで「いいよ」と聞くので、自分もやってみましたが、うまくできずにいます。ネットで調べてやっているのですが、そのようなせこい考え方がいけないのでしょうか。本やビデオでも買おうかなあと思い悩む日々です。


献本

職業柄かどうかはわからないが、毎日DMも含めていろいろな郵便物が届く。


そして今日もまた、その中に書籍小包が。また誰かが研究書かテキストを出版したようだ。


そこでいつも悩むのは、お礼状を出すに当たって、どれだけ目を通すかということだ。


こちらが送った場合、これから読ませていただくという人もいるが、内容に踏み込んだコメントを添えてくれる人もいる。しかも、そのいずれものパターンであっても、数日の間に礼状が届くのだ。前者の場合なら納得できる。まあ、後者の場合も、ざっと読んだだけかもしれないが、さすが研究者、結構ポイントを突いてくるよなあ、と思うことが多い。


自分も前者を目指していたが、どうも本を読むペースが遅くなったみたいで、コメントを添えようと思ったらすぐにお礼状を出せない。そんな本が何冊もたまることもある。今も机にそんな本が数冊。


さて、今日はこれから抱えている原稿を書くべきか、明日の講義の準備をすべきか、これらの本を読むべきか、いっそのこと寝てしまおうか。

新聞の一面に載る方法

今日もまた、くだらないネタですが・・・。


昔、将来大物になる例えとして、「新聞の一面に載る」などと言ったものだが、それに対して、「そんなの簡単だよ。大事件を起こせばいいんだから」というあまり洒落にならないジョークがありましたが、とある日の同僚の会話。


A「そういえばB先生、昨日の日経の一面に先生の出ていましたね。」


(自分:???昨日、B先生の記事が何か出ていたか。なにか凄い研究でもしてたっけ?)


B「ああ、あれね。前のが古くなったから、改訂したんだよ。」


そう、新しいテキストの広告が出ていたという、全然おもしろくもない落ちでした。


でも、確かに新聞の一面に載ったことには違いない。研究で一面を飾ることは絶対と言っていいほどない自分も、この手を目指すことを誓ったのです(笑)。

オフィス・アワー導入を巡る議論

今の勤務先では、現在、週2コマ分のオフィス・アワーが義務づけられている。同業の方には説明不要と思うが、これは、学生からの質問に応対するために、研究室などに確実に居る時間であって、勤務時間ではない。


大学によってはアポイントメントを要求する場合もあるようだが、勤務先はアポなしを前提としたものである。

学生への教育を重視しようと言うことで導入していた訳だが、導入するまでには結構すったもんだがあった。


全体的に週に2コマ分は多いという意見が多数を占めていた。あとは、アポなしに対する反対意見も多かった。その際、アメリカの場合、アポなしは少なく、人気教授の場合、アポなしじゃあえない場合もあるが普通だ、なんてことも言われていたが、アメリカのやり方が常に正しい訳ではないと思うので、あまり説得力はないように思う。


その他の意見としては、理系の側からは、基本的にはいつも研究室にいるので、こんな時間帯をわざわざ設ける必要もない、という主張が多かった。


文系の人でも、基本的に研究室で仕事をしている人は、同様の主張をしていた。


おもしろいのは、元々、担当する講義のノルマがあり、それ以外に2コマも拘束することになるので、これをノルマに入れろ、もしくは増担手当を出せ、という主張である。自分は講義のない日は自宅派なので、心情的にはこちらに賛成したかったのですが(笑)、教育重視という昨今の流れを思うと、さすがにおおっぴらに賛成できませんでした。