ニンジャの子供(108)収束
前回、目次、登場人物、あらすじベンジャミン捜査官が車を急いで走らせ、コリンのアパートへ着いた。走って部屋の前で行くと、激しくノックをした。ドアが開き、コリンがiPhoneを耳に当てたまま、ベンジャミン捜査官を招き入れた。どうやらフォルスト捜査官から連絡が入った様で、バスタオルを首に掛け、緋色のトランクス姿のコリンは、不機嫌なトーンで応対していた。ベンジャミン捜査官は、引き締まったコリンの上半身に銃創が幾つかあるのを見付け、改めてコリンが裏社会にいたのだと思った。「分かった。ちょっと待てよ。たった今、シャワーから出てきたばかりなんだ。そうせかすな。迎えが来たから、切るぞ」ベンジャミン捜査官へ振り向いたコリンは、何時もの様な穏やかな顔をして、声を掛けた。「お茶飲んでいく?朝早くからだから疲れただろう」「今、署内は大騒ぎなんだよ。急いで着替えてくれ。君は、デイビットとブライアンが、口入れ屋に聴取していた事は知っているのか?」コリンは首を大きく振り、バスタオルを洗濯かごの中に放り込んだ。「全然。教えてくれれば良かったのに。デイビット、俺が眠っている最中に出掛けちゃったんだ。全然気が付かなかったよ。」「君にも内緒で出掛けたのか。おかしいね。君達は何時も一緒にいるのに。今朝に限って、彼一人で署へ行くなんて」ベンジャミン捜査官は怪訝な顔をした。「もしかして昨日何かあったのかい?」「あの写真以外は何も起きなかった。今朝遅めに起きてしまったのは、アラームを掛けていなかったから。普段は彼が起こしてくれるので、アラームを設定していなかったんだ。ベットの脇に置かれたメモには、『署の射撃場で汗を流してくる。朝食の時間迄には戻ってくる』って書いてあったから、きっと戻ってくる予定だったんだ。それがどうして、ブライアンと騒ぎを起こしちゃったのかな」コリンは、話ながらベットへ行き、乱れたままの毛布の上に置かれていた灰色のTシャツを手に取ると、着始めた。「僕も知りたいね。主任によれば、『ブライアンはこれからシアトルへ飛ぶから、その前に口入れ屋から色々と情報を引き出したいのでは』と言っている」「シアトル?」コリンは、青のストライプのシャツを纏う手を止めた。「ブライアンが、シアトルで口入れ屋が裏社会の人間と出会ったと情報を手に入れた。彼は、本日情報提供者と会って細かい話を聞いてくると、主任にメールを出していた。そういえば、君の故郷だったね」「うん。そうだよ。口入れ屋の奴、色んな地域へ行っているんだな」コリンは薄い黒色のパンツを履きながら、ブライアンが主任に嘘を付いてまで、昨日の写真の出所を探るためにシアトルへ飛ぶのだと感づいた。そして、その情報を聞き出すために、デイビットと今回の騒動を起こしているのも悟った。考えながらコリンはベルトを締め、iPhone、財布をポケットに入れ、愛用のベレッタM92FSを腰に仕舞い、ベンジャミン捜査官に言った。「準備が出来たよ。お待たせ」「肝心な事を忘れているよ。足下を見てご覧」ベンジャミン捜査官は微笑みながら、指摘した。「おっと、いけない。忘れてた。慌てちゃいけないね」コリンは下をみると、裸足のままであった。考え事に集中していたので、コリンは足下を見過ごしていた。笑って誤魔化しながら、靴下と靴を履いた。コリンのお茶目な姿を見て、ベンジャミン捜査官は少し和んだ。ベンジャミン捜査官の車で、コリンは署へ着いた。早速、留置場へ案内された。そこには、署長もおり、フォルスト捜査官と共に、事態の収拾を図っていた。署長が警官達に落ち着くようにと命令を出したが、騒動は収まる気配は無かった。その理由として、警官達は長期に渡りFBIが我が物顔で捜査を指揮していることに苛立っていたからである。FBI捜査官達が警官達をのけようとすると、かえって反発を招き、どこからかともなく小競り合いが起きた。マックスと一匹狼の刑事は、殺人課の課長やFBI捜査官達によって、引きはがされていたものの、口喧嘩が続いていた。「やっと来たか」フォルスト捜査官がコリンに嫌味を言った。「何度も言うように俺はお前の部下じゃない。来いと言われて、ホイホイとやってくると思っていたのか」コリンも言い返した。「君の助けが必要なんだ。奥のドアの向こうに、特別牢があって、そこに口入れ屋と、デイビット、そしてブライアンがいるんだ。何度も呼んだが、開けてくれなくて困っている」コリンを宥めながら、ベンジャミン捜査官が状況を伝えた。「鍵は外から開けられるんじゃないの?」コリンは疑問に思った。「ブライアンとデイビットが防いでいるんだ。君が声を掛けてくれれば、開けてくれると思う」ベンジャミン捜査官に連れられて、コリンは群衆の中へ入った。コリンが入ってくるのを見た警官達は、小競り合いを止めた。「昨日の写真のガキか」野次馬の警官の一人がポツリと言った。コリンはキッと警官を睨んだ。凄みと色気が入り混じった睨みをされて、警官は恐れ、口を噤んだ。コリンの険しい視線に圧倒された警官達は、次々とコリンに道を空けた。ベンジャミン捜査官は、コリンがアパートで見せた表情とは真逆の姿を目の当たりにして、心が乱れた。「ほほう、あの男、猛者共を押しのける力があったとはな。やはり、裏社会にいた人間だ」フォルスト捜査官は、コリンの行動に感心していた。ドアの前で、FBI捜査官達に押さえられていたマックス達もコリンの視線に驚き、口喧嘩を止めた。コリンはマックスを見ると、何時もの顔付きに戻った。「大丈夫?」コリンの優しく気遣う言葉に、マックスも普段の温和な状態に戻った。「ああ、平気だよ。二人は中にいる。私が入れたんだ。君にも迷惑を掛けたね」コリンはゆっくりと首を大きく振り、ドアに向かうと深呼吸をすると、ドアをノックした。「コリンだよ。開けて」コリンがドア越しに、二人に呼びかけた。暫しの沈黙の時間が経ち、ドアが開いた。最初に出てきたのは、デイビットであった。「騒がせたな。済まん」「良いんだ」コリンはデイビットの胸に飛び込んだ。デイビットの後ろから、口入れ屋を脇に抱えたブライアンが出てきた。口入れ屋は左手で右手を庇いながら、コリンとデイビットを見ることも無く、ブライアンに引き摺られるように群衆の中を歩いた。フォルスト捜査官の前に来ると、ブライアンは口入れ屋を彼の足下へ放した。「流石は裏社会で長年生き抜いた男だ。私達がいくら吐かせようとしても駄目だった」「いてててて・・・。た、助けてくれ・・・。殺されるかと思った」口入れ屋は右手を押さえ、フォルスト捜査官に請うた。「何をやっている!拷問なんかするとは!秘密結社を裁判にかける時、我々は不利な立場に立たされるのだぞ!」フォルスト捜査官がブライアンに怒鳴った。「うるさい!!責任は私が取る!それで文句は無いだろ!!」冷静沈着なブライアンなのだが、この時ばかりはカッとなり、フォルスト捜査官の胸元を小突いた。「私に触るな!!」フォルスト捜査官は、ブライアンの顔面に指を差した。ブライアンは、フォルスト捜査官の指を払いのけた。「今回の件は、私が事前に計画したものだ。たまたま署の射撃場にいたデイビットとマックス刑事を巻き込んでしまった。彼らに責任は無い!私は、今後署には寄りつかないし、あんた達と離れて秘密結社を追いかける。これで良いだろ!私はこれから、シアトルへ飛ぶ。以上だ!」「ああ、さっさと行け!しかし、デイビットにも責任の一端がある。暫く、捜査本部へ立ち入る事は禁ずる!」フォルスト捜査官はブライアンとデイビットにそう叫んだ後、ちらっと胸元を見た。「当分なら構わないが、コリンは?」群衆の奥から、デイビットが問うた。コリンもデイビットの腕の中で不安そうに、見詰めた。「コリンは今回の騒動とは関係が無い。お前達の様に、我々の足を引っ張らければ、出入りは構わない」スーツの乱れを直しながら、フォルスト捜査官はデイビットとコリンに告げた。二人は安堵した表情をして抱き合った。彼の言葉を聞いて安心したのか、ブライアンは何時もの冷静さを取り戻し、コリンとデイビットに目で別れの挨拶を送ると、その場を去って行った。フォルスト捜査官は、ベンジャミン捜査官に視線を一瞬合わせ、次に足下へ目の向きを変えた。未だ口入れ屋が、縮こまっていた。「病院に連れて行け。万が一の場合も考えて、精密検査も受けさせろ」近くにいたFBI捜査官達に命じた。FBI捜査官に抱えられて、口入れ屋は病院へと向かった。署長が、警官を数名付けようとしたが、フォルスト捜査官が制した。「今後、口入れ屋の警護は我々のみが行うことにしました」「何を仰るのですか!今の出来事は、ブライアンとデイビットのせいですよ!彼らは警官じゃない!」署長が驚き、反論した。「反論は、後でお聴きします。私はこの件について、検事に連絡を入れてきます。失礼」フォルスト捜査官は、さっさと捜査本部へ行ってしまった。署長の怒りの矛先は、マックスへ向けられた。「マックス・カールマン刑事!騒ぎを起こすとは何事だ!君は首だ!」警官達がざわついた。「待って下さい!いきなり首とは、内規に違反しています!彼が騒ぎを起こしたという理由で首ならば、ここにいるみんなも首にしなくてはなりませんよ」殺人課の課長が、マックスを庇った。他の警官も肯いた。「責任は俺にあります。マックスは俺達に巻き込まれただけです」デイビットもマックスを守ろうとした。「マックス刑事がいなくなれば、捜査は停滞してしまいます。どうか首にしないで下さい」コリンも加勢した。周囲に押されて、署長は黙ってしまった。「課長、みんな、庇ってくれて有難う。良いのです。二人を牢に入れたのは私です。責任の一旦はあります。辞職します」マックスは皆に謝意の気持ちを述べると、警察バッジを課長に渡そうとした。課長は拒否した。「マックス、コリンの云う通り、君は貴重な戦力だ。たださえ殺人課は人が足りなくて困っているんだ。分かっているだろ」「署長。ここで感情的に刑事を処罰してしまっては、組合が黙っちゃいないですよ。なあ、みんな」今度は、マックスと喧嘩をしていた一匹狼の刑事が発言した。その場にいた警官達は「そうだ!」と言って、彼に同意を示した。彼の場合は自己保身によるものであった。マックスが処罰されれば、自分にも火の粉が降りかかってしまうからだ。『ここでサツを首になっちゃあ、シェインに合わせる顔が無い』秘密結社と通じている一匹狼の刑事としては、何としてでも警察にいなければならなかった。「皆の言う通りです。このまま、我々が言い争いをしてしまっては、秘密結社が喜ぶだけです。ひとまず、今回騒ぎを起こした者達には、自宅謹慎させ、それから内規に則って処分を決めてはどうでしょうか?そうすれば、組合だって文句は言わないでしょう」隣にいた副署長に助言された署長は、「そうしよう」と受け入れた。「マックス、他に喧嘩をした者達も自宅謹慎だ。処分は追って沙汰する。関係無い者は、自分の部署へ速やかに戻れ」副署長に命じられ、警官達は散り散りになった。「さっきは、悪かった」マックスは、見張りの警官に詫びた。「仲間じゃないですか。謝罪は不要です。復帰を待っています」見張りの警官はそう答えながら、猫のシールが貼られたシルバーの小型ポットをマックスに渡した。マックスは礼を言ってポットを受け取った。「俺達も待っているよ。署長には、寛大な処分をお願いするからね」コリンがマックスとハグをした。「気持ちだけで十分だよ。君が捜査に残ることが出来てホッとした。でも、今日はデイビットと帰った方が良いね。彼から、色々と話があるだろうからね」マックスは、逆にコリンを労った。「連絡を入れる」デイビットがマックスにコッソリと告げた。マックスは何かを察して、デイビットと固い握手をすると、家に帰っていった。「お疲れ様。アパートへ帰ろう」コリンは肩をデイビットに寄せると、二人は留置場を出た。『ふう、助かったぜ。急いで、シェインに口入れ屋がFBIに渡った事を知らせねえとな。それと、ブライアン達の事もだ』一匹狼の刑事も群衆に交じって、帰路を急いだ。留置場での騒ぎの後片付けを副署長に任せると、署長はその足で捜査本部へ向かい、フォルスト捜査官と面会した。「口入れ屋をFBIが独り占めするのですか?それはあんまりです。私達は、協力して秘密結社を追っていたじゃありませんか。口入れ屋の聴取を貴方方にお任せし、その足取りを我々が追っていて、関係は友好だったじゃないですか。それなのに、今更どうして、貴方方だけでやるなんて、仰るのですか」「これをお読み下さい」フォルスト捜査官がワイシャツの胸ポケットから、一枚のメモを署長に渡した。「おーっ!何ですと!!」メモを見た署長は驚きの声を上げ、手が震え出した。そこには、ブライアンの筆跡でこう書かれていた。『奴は吐いた。殺人課の中に秘密結社の狗(いぬ)がいる』続き