前回 目次 登場人物 あらすじ
コリン達は、ブライアンのお薦めのイタリアンレストランで、早めの昼食を食べならがら、ニック探索の計画を練っていた。
FBIの新しい主任が、コリン達に非協力的な態度を示しているので、コリンはずっと腹が立っていた。

「何としても、フォレスト捜査官を出し抜いて、ニックとロボを見付けてみせる。」
ダークレッド色の壁に囲まれているせいか、コリンはいつになく情熱的になり、手打ちのタッリアッテレを口に入れた。
美味であった。

「ジュリアンも昨日から、方々あたっているものの、ニックの目撃情報が全く無い状況だ。FBIも同じ状況だ。」
ブライアンは近代的なデザインのフォークを使い、スパゲッティとホワイトソースを絡めながら、今後の捜索に関して考えていた。

ランチタイムには早めに来たので客が少ないのと、店がブライアン達の為に奥の個室を特別に案内してくれたお陰で、彼らは周囲に気兼ねなく、今後の方針を話し合うことが出来た。
ブライアンは、一番親しいベンジャミン捜査官が、主任に対して頭が上がらない態度を見て、今後は彼から頻繁に連絡を取り合うことが出来ないものと覚悟を決めた。
他の捜査官達にしても、今迄の様には積極的に情報をこちらへ渡してくれないと思った。
そうなれば、情報屋の親玉・ジュリアンが持つ情報網しか頼る術はなかった。

「大型犬のロボを連れていると、目立ちそうだが。」
デイビットは、ほうれん草を練り込んだニョッキを食べると、炭酸入りのミネラルウォーターが入ったグラスを口につけた。

「この前の様に、ロボをペットホテルに預けている可能性がある。それは、ジュリアンの部下が調べている最中だ。今の所、ロボを預かっている所は見当たらない。」

「警察を辞める直前まで、一緒に働いていたマックス刑事は?奴は知り合いが多い。その線から見付かるんじゃないか。」

デイビットの問いに、ブライアンは残念な顔付きをして答えた。
「マックスの所は無理だ。彼は大の猫好きで、家で9匹の猫を飼っているそうだ。親友のアーサーもシャム猫3匹を飼っている。困ったことに、ニックの回りには犬好きの友人知人はいないのだ。」

「所で、事件現場に居合わせてしまった、トニーとシンディは元気でいる?秘密結社の襲撃以来、彼らと会っていないんだ。前から気になっていたのだけど、防犯カメラの映像を見てから、余計に。」

コリンは、事件を目撃した若いカップルの今を知りたかった。
若いカップルのトニーとシンディは、偶然にも事件現場近くにいた為、ニックがイサオを撃った銃声を聞いてしまい、いち早く現場に駆け付けてしまった。
野球帽を深く被ったニックは、イサオを手当をし、「撃ったのは赤い髪の男」と咄嗟に嘘を付いた。

それを信じたトニーは、自分の携帯で救急車を呼び、上着をイサオに掛けりして、救助を手伝った。
シンディも救急車が来るまで、イサオの側に寄り添っていた。
救急車を誘導すると言って、ニックは姿を消してしまい、残されたトニーは秘密家結社の詰問を執拗に受ける羽目になった。
トニーは何も知らず、恐れをなして街から姿を消した。
やがて、FBIが事件の影に秘密結社の存在があることを察し始めた為、秘密結社はトニーを口封じをしようと、2人の刺客を差し向けた。

刺客達がトニーの潜伏していたホテルに到着した丁度その時、コリンとサラが彼を探していたシンディを、トニーに会わせていた所であった。
刺客達の初めの襲撃をかわしたコリンは、3人を守るために刺客達と銃撃戦を繰り広げ、刺客の一人を倒した。
この襲撃によって、逆に秘密結社の存在が明るみになった。
事件直後、コリンとサラは事情を聞かれる為、警察署へ連れて行かれてしまい、それ以来トニーとシンディには会っていなかったのである。

コリンはあの頃を思い返した。
イサオが撃たれたのが今年の初めで厳しい冬の時期でもあり、コリンが若いカップルを救った翌日に春の風を感じ、そして今は盛夏である。
時の早い流れを感じた。

「彼らはFBIによって、安全な場所に移動した。現地の大学で勉強も続けている。安心しろ。しかし、落ち着いた暮らしを取り戻していたのに、イサオを助けた野球帽の男が、イサオを撃った真犯人だと知って、彼らはショックを受けるだろう。」
ブライアンの言葉に、コリンは我に返った。

「そうだね。あの二人は、ニックと言葉を交わしているものね。親切な刑事さんと思っていたのに、犯人だったなんて。それに、ニックは彼らを襲った秘密結社のメンバーでもあったから、かなり衝撃を受けるだろうね。」
コリンは暗い表情をした。

「あの二人は若い。すぐに元気になるさ。深刻になるな。皆、食べ終わったな。旨かっただろ。さあ、行くぞ。これは私の奢りだ。」
ブライアンがナプキンで口を拭き、席を立った。

ブライアンはコリン達をホテルまで送り、ホテルで二手に分かれて、ニックを探すことにした。
コリンとデイビットは、借りているスバル・フォルスターに乗り、ニックのいそうな場所を改めて探すことにした。

運転しているデイビットが、助手席のコリンにふと話しかけた。
「コリン、ブライアンが、FBIの書類にサインした所を見たか?」

「ちょこっとだけ。あの時は目の前にいる主任捜査官の態度に腹が立って、それどころじゃなかったな。どうして聞くの?」

「アイツ、利き手の左手じゃなくて、右手で署名をしていた。」

「えっ!気付かなかったよ。」

「冷静沈着に見えるが、あいつなりの抵抗さ。」

「よくやるね。俺は左手で署名すれば良かったよ。」

二人は顔を見合わせて笑った。

二人は、まず親友のアーサーの家を訪ねた。
既に、もう一人の親友・ジュリアンから、アーサーは、ニックがイサオを撃った犯人の可能性が高いと知らされていた。
アーサーは激しいショックを受けつつも、ニックを探すため、あちこちに連絡を入れていたのだ。
しかし、ニックとロボを見た者は誰一人いなかったと言う。

「ニックが殺し屋のアルフレッドと飲んでいたダーツ・バーにも電話を入れたけど、ニックはこのところ来ていないって言っていた。それに、アルフレッドも、ベトナムに一時帰国する前に来店したきりと言っていた。もしも、彼が来店したら、こっちへ連絡する様に頼んどいた。これはFBIに内緒にしてくれよ。」

アーサーは、今迄はジュリアンの情報網を頼りにしていたのに、主任が替わった途端に親友を使い捨てにするFBIの姿勢に反発していた。

「勿論だよ。約束する。」
アーサーの協力は、コリン達にとって大きな助けになった。

「そうだ!この前、ニックが診察を受けたクリニックはどうかな。あそこの医師はとても親切な人でね。何か困った事を抱えている患者がいれば、手を差し伸べる先生なんだ。ニックが、秘密結社に追われていると聞いたならば、こっそりと援助していることもあり得る。」

「アーサー、有難う。早速、先生に会ってみるよ。」

ニックが子供の頃から訪れている海岸へ向かうことにした。
その近くには、昔からニックが世話になっている医師がクリックを開業しているのだ。

年配の医師は迷惑そうだった。
「ここにはFBIや警察、ジュリアン、それに色んな連中が来たけど、本当に私はニックの事を何も知らないんだよ。いい加減にしてくれ。」

「仕事のお邪魔をして申し訳ないのですが、彼が前に行方知れずになった時に、ここへロボと訪れたときたものですから。確か、先生はニックとは古い付き合いがあるのですよね。もう一度だけ、お話を聞かせてくれませんか。ニックは俺の命を救ってくれた恩人なんです。早く彼とロボを助けたいんです。」
コリンは、医師に協力を求めた。

「命を救われた?」
医師の頑なな表情が和らいできた。

「はい。世間を騒がしている秘密結社に、俺は誘拐されました。その時、ニックが俺を助けてくれたんです。ほら、頭を縫った跡があるでしょう。秘密結社にやられたんです。ニックが俺を助けてくれなかったら、俺は命が無かったもしれないんです。」
コリンは、頭の治療の跡を指さした。

「顔にも治療した跡があるね。」
医師が指摘した。

「秘密結社の奴等に殴られたんです。全治3ヶ月の重傷を負いました。その凶悪な秘密結社に、ニックが追われているのです。彼らに捕まる前に、俺達がニックを見付け出したいんです。恩を返したいんです。」

医師は白髪頭を掻き、迷いながらも話した。

「命の恩人を救いたい君の気持ちは良く分かる。だけど、私はニックの居所やいそうな場所を本当に知らないんだ。ここへクリニックを35年前に開業して以来、ニックと家族ぐるみの付き合いだ。医師と患者の垣根を超えた友人だったけど、17年前から、ニックは私とあまり会わなくなった。私は彼が忙しくなったと思っていたから、そんなに気にしなかった。たまに、クリニックに来ていたしね。この前、ニックが来た時は、直前に連絡が入った。『血尿が出たから、薬をくれ』てっね。ここのクリニックは小さいので、詳しい検査が出来ないから、大きな病院を紹介するよ。と言ったのだけど、彼は『唯のストレスによるものだから、大丈夫だ。』と拒否してね。一応、診察して異常は見当たらなかったから、点滴を打ったんだ。それから血尿は治まったとの電話を、翌日に受けたよ。それから、彼と接触は無いのだ。」

「警察に話した通りですね。話しは反れますが、ニックは、段々と痩せてきていますよね。おかしいと思いませんか?」

医師は瞬きが多くなった。
「君、良く見ているね。初めは気になったよ。去年の感謝祭の夜に、街でたまたまニックを見かけたんだよ。痩せて、顔色も悪かったので、今度診察に来いよと言ったんだ。でも、彼が来たのは、去年の・・・、いや、この間だった。痩せていたけど、顔色が良く、おかしな言動も無かったしね。それほど気に留めなかったね。」

「何か気になることがあるのですか。」
コリンは何かあるのではと勘ぐった。
医師の様子に、デイビットも勘が働いた。

「ニックの住むトレーラーハウスに未使用の注射器があったそうです。先生が渡したものですか?」

コリンの追求に、医師は慌てた。
「注射器?私は知らない。どんな型なのかい?種類はいっぱいあるよ。」

「その仲間が言うには、糖尿病患者が使う自己注射型の注射器ではなく、病院で医師が患者に薬剤を注入するものだったそうです。」

「ニックは何と答えたんだ?」

「正直に言うと、仲間はニックのいない隙に、トレーラーハウスへ侵入し、事件の手かがりを探していく内に、引き出しの中から見付けたそうです。だから、彼はニックに問い質すことは出来なかったのです。」

「そんな非合法なやり方をして。」

「事件の早期解決の為に、やむなくやったんです。仲間は、初めニックが麻薬をやっているのではと思ったそうですが、彼の様子を見て、違うと判断しました。」

「君も知っているだろ。ニックは、凶悪犯にバケモノとか言われる位、正義感の強い、真面目な男なんだよ。絶対麻薬はやらないよ。」
医師は落ち着かなくなり、首にかけていた聴診器をいじり始めた。

「先生、ニックについて隠していることがあれば、お話下さい。俺達はFBIや警察には絶対内緒にします。俺達は彼を助けたいのです。」

「隠していることなんて・・・。私は患者に注射器は渡さないよ。うちのクリニックを調べて貰っても構わないから。いやね、ふっと、ニックがやらかしたおかしな出来事が頭の中で蘇ったんだ。数年前の話しだけど、夜に私がニックの住んでいる近辺を車で走っていたら、森の中をロボと、黒髪の男と走っている所を見たんだ。夜の遅い時間にだよ。」

コリンとデイビットは、医師の証言に驚いた。

「私は、動体視力はとても良いんだ。夜でもニックの姿は見えた。でも、黒髪の男の顔までは、はっきりとは見えなかったけど、東洋系なのは確かだ。背がニックよりちょっと小さかった。」

ニックの身長は187センチと聞いている。
殺し屋アルフレッドは、165センチ位である。
一緒に走っていた男は別人である。

『事件とは関係ないな。』
コリンは肩を落とした。

「それから大分経ってから、ニックと会った時にその事を尋ねたんだ。すると本人は、警察仲間と酔った勢いで森の中を走ったと言っていたよ。恐怖心を抑えるトレーニングだと冗談交じりに言っていたけどね。ニックは酒に弱いのを知っていたから、そんなに飲んだのかと聞いた所、旨いワインで、うっかり3杯飲んだら、体が火照り、走りたくなったとさ。」

「俺と飲んだときも、ビールを3本飲んで、饒舌になったり、吐いたりしていました。ニックらしいや。」
コリンはニックと飲んだ日の事を思い出した。
そして、コリンはこの医師がニックの居所を本当に知らないのだと判断した。

デイビットの考えは違っていた。
一緒に森の中を走っていたという警察仲間が気になった。
その東洋系の警官を探してみれば、ニックの居所の手かがりが見付かるかもと思った。

「これで最後にします。ロボを見かけませんでしたか。」

「ロボも知らないんだ。私は哺乳類よりも、爬虫類が好きでね。家族も同じだ。自宅に、可愛いオオアナコンダがいるんだよ。この子だ。」

医師は、机に立てかけている自分のペットの写真を見せてくれた。
蛇は苦手ではないコリンだが、あまりの大きさに目を丸くした。
『ロボは他の所にいるな。』と残念に思った。

「ご協力有難うございます。これで失礼します。」

コリンとデイビットは、診察室のドアを閉めた。
医師はホーッと息を吐き、ペットの写真を眺め、心を落ち着かせようとした、その瞬間であった。
突然、診察室のドアが開き、デイビットが出てきて、医師はビクッと飛び上がらんばかりに驚いた。

「忘れていました。これは私の名刺です。色んな連中が来ていると聞きましたので、何かあれば何時でも連絡を下さい。今でも構いません。警察よりは頼りになります。」
鋭い目付きをしたデイビットが、医師に名刺を差し出した。
医師は震える手で、名刺を受け取った。

「堅気の先生を怖がらせては駄目じゃないか。」
車が留めてある近くの駐車場への道すがら、コリンは両手をデイビットの左腕に絡みつけると、優しく諭した。

「あの医師は、ニックの事について隠している。さっきの一押しで、吐くかと思ったんだが。」
デイビットは、コリンに自分の考えを打ち明けた。

「俺も思うよ。だけど、今はニックの居所を探すのが先だ。ニックの身柄を確保してからでも、先生に聞いても遅くはないよ。ニックは友人や知人が多いんだ。彼の立ち寄りそうな場所を片っ端から当たらなくちゃ。」

この日の午後、コリンとデイビットは、ニックの関係先を訪ねたが、彼の居所の手掛かりすら掴めなかった。
日が暮れかけた頃、ジュリアンから連絡が入った。

「ロボの事で、マックスが何か掴んだと言ってるんだよ。ニックのトレーラーハウスの前で待ち合わせをすることになったから、君達も是非来て欲しい。」

二人は大急ぎで待ち合わせ場所へ向かった。
続き