前回 目次 登場人物 あらすじ
ブライアンの提案に、フォルスト捜査官は渋った。

「進んでいないとはいえ、事情聴取はまだ始まったばかりだ」

側に立っていた捜査官が、ブライアンの意見に賛同を示し、主任の決断を促した。

「私も、彼の考えが良いと思います。今の段階では、おとり捜査官を投入するのは危険です。あの邸宅の内部を調べるには、別のアプローチが必要かと思われます」

「お前も急ぎ過ぎる。慌てて潜入して、万が一の事態が起きたらどうする。FBIの責任問題に発展するのだぞ。秘密結社は、全米中から殺し屋を集めているのだ。奴等はオーナーに内緒で、中を改造しているかも知れん。もっとあの邸宅の内部についての情報を掴めないといけない。行動を起こすのは、その後からでも遅くは無い」

フォルスト捜査官は慎重さが必要だと判断し、ブライアンの提案を一時保留とした。

部屋を出てから、コリンは不機嫌であった。

「本当にアイツは、俺達を邪魔者扱いしているんだから」

「コリン、気持ちはよく分かるが、あの野郎の言い分も一理ある。今夜は帰って、アイデアを練り直そう」
ブライアンは肩をポンポンと叩き、コリンを宥めた。


翌朝、コリンとデイビットは、「普段見かけないシェパートを見た」との警察からの情報を得て、会社員の女性が住むコンドミニアムを訪れていた。

玄関をノックすると、女性がドアを開けた。
出勤前の支度中らしく、スーツを着ているが、頭にカーラーを巻いていた。
彼女側には、ゴールデンリトリバーがおり、ワンワンと訪問客に激しく吠えた。

「こら!トニー静かにして!初めまして。どなた?何か私に御用ですか。」

「お忙しいところ、済みません。それ程時間を取らせません」
コリンは警察から支給された身分証明書を見せた。

「あら、警察の方?どうして?」

「俺達は、この写真の犬を探しています。先日、貴女がよく似た犬を散歩させていたとの情報が入りまして、確認しに来ました」

コリンは、マックス刑事から貰った、フォトショップで作られたロボの写真を彼女に見せた。

「ああ、この犬ね。ネットで見たわ。私が昨日まで預かっていたのはこの犬じゃないのよ。名前は同じだけど」

「ロボというのですか?」

「ええ。でも、警察が探しているロボって、3歳の雑種なんでしょ?私が預かっていたのは、8歳の血統書付きのジャーマンシェパードなのよ」

「そうでしたか。念の為に、彼に会って確認したいのです。今は何処に?」

「返したわ。先日、飼い主が現れて。彼は台湾からの留学生なの。今から2週間前、父親が病気になって一時帰国する事になったから、預かっていたの。で、父親が回復したから、またマイアミに戻ってきたのよ。彼の住所は・・・、ちょっと待ってね」

女性が一旦、コンドミニアムの奥へ引っ込み、1分もしない内に、玄関口に戻ってきた。

「これが彼の名刺。住所はパソコンに登録したから、これあげるわ」

「ご協力、有難うございます」

コリンとデイビットはコンドミニアムを後にして、名刺の住所へフォレスターで向かった。

女性は急いで、親友・マリアンヌの自宅へ電話を入れた。
「貴女の言うとおり警察から委託された男達が来たわ。可愛い男の子と目付きの怖い大男だった」

「ご免なさい。親友に迷惑を掛けたわね」

「いいのよ別に。貴女の名前は言わなかったからね。それに、あの名刺も渡したから」
女性は、マリアンヌに夕べ頼まれた事を実行していたのだ。

昨夜、ルドルフを見舞った際に、警察がロボの情報を得た事を知ったマリアンヌは、急いでロボを親友から引き取って、以前から借りていた潜伏用のアパートへ移す事にした。

ルドルフから連絡を受けたシェインは、山本をマリアンヌのもとへ派遣した。
山本は留学生と偽り、彼女と共に女性の前に現れた。
その時、彼が偽造した名刺を親友に渡した。
女性は、山本が紳士的な態度をした事と、ロボが彼に向かって尻尾を大きく振っていたので、すっかり騙されてしまった。

帰り際、マリアンヌは翌朝警察から委託された男達が来るから、名刺を渡し、自分の名前は言わないで欲しいと親友に頼んだ。

「近所の人が警察に通報したの?嫌だわ。でも、どうして貴女の事を内緒に?」

「ルドルフの件で、散々警察とFBIの事情聴取を受けたのよ。もう心底疲れたわ。もしも、私の名前が彼らの耳に入ると、また痛くもない腹を探られるから嫌なのよ」

親友はマリアンヌの言葉をすっかり信じてしまい、「分かったわ」と承諾してしまった。
こうしてマリアンヌと山本は、怪しまれること無くロボを引き取ったのだ。

マリアンヌは親友に厚く礼を述べた。
「本当に有難う。長年の深い友情に、心から感謝するわ」

「やめてよ。貴女らしくない」

「ご免。ルドルフが入院したから、ちょっとナーバスになっているわね」

マリアンヌはそう言って電話を切った。
彼女は親友とはこれが最後の会話になると思った。


夜になり、コリンとデイビットは警察署へ戻ってきた。

マックス刑事は帰るところであった。
「やあ、お帰り。こちらは秘密結社の行方を掴めないままだよ。
口入れ屋の尋問も、彼は同じ事を繰り返すのみだった。君達のほうはどかね?」

「いや、今日もニックとロボを見付けることは出来ませんでした。今朝、警察から『ロボに似た犬を見た』と連絡があったので、その現場へ行きました。そこに住む女性から話しを聞いたところ、『ロボという名前の犬を預かっていた』というのです。しかし、そのロボの年齢は8歳で、ジャーマンシェパートという事でした」

「同名なんて、珍しいね。で、その犬を確認したかい?」

「その女性は、先日飼い主に返したそうです。飼い主は台湾からの留学生で、家族の看病の為に一時帰国し、彼女がその間ロボを預かっていました。昨夜、彼が戻ってきて、ロボを連れて帰ったとの事でした。彼が彼女に渡した名刺を貰い、その住所へ行きましたが、生憎留守でした。それでメールを送ったら、夕方に返信がありました。添付された写真は、ロボとは似ていないジャーマンシェパートでした。」

「そうなのか。で、ニックの方は?」

「街をこれだけ探してもニックの痕跡が無いので、今日は初心に返って、ニックのトレーラーハウスの裏手にある森を調べる事にしました。警察から金属探知機を借りて、彼の遺留品を捜したのですが、古い菓子の袋を発見した位で、証拠となるものは全く見付けることは出来ませんでした」

「我々も森を捜索して、一緒にいた警察犬も必死になって嗅ぎ回ったけども、何も出なかったね。街にも痕跡が無いし、森もそうだ。友人知人と接触した痕跡が無いし、こりゃ街を出て、国外逃亡したかもね。フォルスト捜査官は、『秘密結社の仲間だから、この街に絶対にいる筈だと。』主張しているけどもね」

「アイツは頑固だから」

「あの人はお堅いからね。困った者だ。君達、誰かと会うのかい?」

「ブライアンとここで会って、情報交換するのです」

「おっと、ブライアンからのメールが入った。『これから警備会社の重役との面会が急に入ったので、今夜は会えない。』だそうだ」
デイビットがスマートフォンの画面を、コリンに見せた。

「じゃあ、俺達も帰るか」

コリンとデイビットは、マックス刑事に別れを告げ、フォルスターに乗り込んだ。
帰宅途中、道路ですれ違い様、ブライアンの運転するベンツS HYBRIDとすれ違った。
ブライアンと、車を運転していたデイビットは手を上げて挨拶を交わした。

助手席に乗っているコリンが、一瞬見ただけでブライアンの変化に気が付いた。
「あれ?着替えているね。今日会った時のスーツよりも高級なものに替えている」

「勤務している会社の上司に会うからじゃないのか。あの方向だと、空港へ向かっている。これから、上司を迎えに行くのだろう」

「えっ、そうかな?なんか別の臭いがするよ。これまで警備会社の人と会う時は、そんなにお洒落をしていなかったよ。恐らく、付き合い始めたばかりのガールフレンドと会うんじゃないかな」

「まあ、今日は金曜だ。彼女が急にやって来てもおかしくは無い」

「そうだったか。すっかり曜日を忘れていたよ。ブライアンも安らぎは必要だね。俺達の様に」
コリンはデイビットに向かってニッコリとした。

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その晩、メールで予告した通り、ルドルフが仲間の医師の協力で、入院先を抜け出して、シェイン達が潜伏しているスワンスン夫人の邸宅へ、レンタカーでやって来た。

「待たせたな。これからは頻繁にこっちへ来られるぞ」
ルドルフは、大広間に集められた殺し屋達一人一人に声を掛けた。

その姿を見て、ミーシャがシェインにポソッとフランス語で語りかけた。
「後ろ姿がウェルバーにそっくりだ。昨年の暮れに初めて会った時を思い出した。彼は同志達へ愛情と恐怖を兼ね備えていた」

「マキャベェッリの『君主論』を思い出したのか。俺が駆け出しの警官だった頃は、ウェルバーはあんなもんじゃなかったぞ。もっとカリスマ性があった。君が会った時には、俺から見るとすでに枯れた老木だった。なのにリーダーの椅子に固執し続けたから、俺達に憎まれ、反乱を起こされたんだ。ルドルフはリーダーシップがあるのは認めるが、大した事はない。今は偉そうにしているけどもブライアン達を倒したら、奴には秘密結社から引退して貰う」

「おい、何を語っているんだ?」
二人の会話が微かにルドルフの耳に入った。

「あなたのカリスマ性に溢れる姿が、ウェルバーに似ていると言ったんだ。あなたが気分を悪くすると思って、気付かれないように言ったつもりだったんだけど、聞こえたか」

「伯父さんに似ているとは、子供の頃から言われている。伯父さんの事は乗り越えた。気にするな」
ルドルフは、ミーシャの「カリスマ性溢れる」という言葉に気を良くした。

山本が大広間に入ってきた。
「お部屋の準備が出来ました」

「これから打ち合わせだ。行くぞ」
ルドルフは、ミーシャ、シェイン、そしてベテランの殺し屋エドワードに声を掛けた。

「分かった」
シェインは副リーダーとして、ルドルフに従いつつ、心の中で彼へ毒づいた。

『ウェルバーは疑り深かったが、こいつは疑う事を知らない。極端な性格も似ている。こいつも追放される運命だ』

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週が明けたが、全く事態は進展しなかった。
警察署内で、FBI捜査官が詰めている部屋へブライアンは訪れた。

フォルスト捜査官は、部下の捜査官達と打ち合わせをしていた。

「やあ、ブライアン。我々は近隣の捜査をしていたが、あの邸宅には口入れ屋の運転するトラックしか出入りしていない事が分かった。彼の行動も調べたが、殆どが食料品や日用品を大型スーパーでの購入だ。気になる点は、武器商人となにやら接触していた形跡があった事実だ」

若手のFBI捜査官がブライアンに伝えた。
ブライアンは、机の上に置かれた書類に手を取り、目を通した。
そこには、口入れ屋の行動や買い物の記録が細かに記されていた。

「私も同様の情報を得ている。大量の
SIG SG553を注文したそうだな。それも大分前の話なので、既に口入れ屋の手によって、あの邸宅の中に運び込まれている可能性が高い。武器以外で、大工道具などを買った形跡がないとすると、邸宅の内部は改装されていても、それほど大かがりのものではない」

「私もそう思う」
フォルスト捜査官も同意見であった。

ブライアンはフォルスト捜査官に、別のアプローチをした。

「偵察ヘリを出して貰えないか?そこに赤外線サーモグラフィーカメラを乗せて、殺し屋達の居場所を探るのだ」

「上空から邸宅の内部を調べるのか。それは良い。早速、部下に命じる」

直ちに、
赤外線サーモグラフィーカメラを搭載したヘリが飛んだ。
結果は、僅かな反応がある位で、分析すると、それは電気類による熱であるとの判断だった。

「誰もいない?」
流石にフォルスト捜査官が驚いた。

「おかしい。ずっとジュリアンの配下の情報屋達が24時間片時も離れず、あの邸宅を見張っているのだ。見張りは、10数人の男達が庭で運動している声や音を聞いていた」

ブライアンも悩み、フォルスト捜査官に再び提案をした。

「やはり、誰か敷地に忍び込む必要がある」


「私が潜入するのですか?」

翌日、経営するダイナーの2階で、ブライアンから事の次第を聞いたジュリアンは驚愕した。

「勝手に私の過去を言わないで下さいよ。私は泥棒だった過去は、裏社会の人間や、親友のアーサーとニックが知っている位なんですから」

「私を信じろ。未だ、お前の名前を出していない」

「私は泥棒家業を辞めて15年にもなるんですよ。逮捕された翌日に保釈された赤毛の泥棒を、使えば良いじゃないですか。彼は現役ですし、貴方に捕まった位しか前科は無く、泥棒としては優秀ですよ」

「FBIが口入れ屋の友を信用すると思うのか?」

「彼は完全に落ちて、口入れ屋の潜伏先を提供したじゃ無いですか。不起訴にすると言えば、協力してくれますよ」

ブライアンの提案に、ジュリアンは拒否の態度を示した。

「親友を追い詰めた秘密結社を、捕まえたくはないのか?」

「気持ちはありますけど、私は昔と比べて体重が倍以上になっているんです。
身軽な動きなんて出来ないですよ。私が引退した理由の一つでもあります。今の私が忍び混んだら、ドジ踏んで、直ぐに見付かってしまいます。腕が立つ泥棒を探して、そいつに頼んだ方が良いですよ」

ジュリアンのあまりの渋り様は、ブライアンにとって想定の範囲外であった。

「コリンがお前に期待しているぞ」

ジュリアンは、コリンを離れて暮らしている息子と重ねている。
ブライアンは卑怯な手だと思ったが、今回だけはジュリアン以外に頼る者などいない。

ジュリアンは頭を抱えてしまった。
暫く考えて、ブライアンに答えた。

「赤毛の泥棒と一緒なら良いですよ。私一人では、あの邸宅には忍び込む事は出来ません」

捜査は進展し始めた。
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