前回 目次 登場人物 あらすじ
マックス刑事がたった今警察署内で起きた出来事を、コリンに伝えた。

「ルドルフが署内の射撃場で訓練中に、銃が暴発したんだ。顔を怪我をしていて、仲間が急いで近くの病院へ運んだんだ。目にも怪我を負っていて、暫く入院する事になった」

「えっ、ルドルフは数日前に、不眠を訴えて、イサオの入院している病院を受診しているんですよ。もしかして、そこへ運ばれたのですか?」

「やはり知っていたんだね。ルドルフの入院先は、そことは別の病院だから大丈夫だよ。FBIが家の中まで監視しているから、睡眠障害を患って体調を崩してしまい、今回の事故に繋がったのではないかと警察上層部は見ている。銃を調べたら、きちんと手入れをしていかなったそうだからね。集中力も落ちていたんだろうね」

「へえ、秘密結社の創立者の甥であり、メンバーでもあるルドルフが、FBIの圧力に負けるなんて」

「メンバーとは確定していないんだ。FBIが四六時中監視しているものの、ルドルフは行方不明のシェインや、秘密結社らしき人物と連絡を取っていないんだからね」

「ニックもですか。俺達は、今日も街中を探し回ったのですが、ニックとロボの行方が全く掴めていないんです」

「ニックとも連絡を取っていない。ロボまで消えて、今頃どうしているんだろうね。さて、ルドルフはこの事件が発覚して以来、ガールフレンドとしか会っていないんだ」

「彼女がシェインや秘密結社との繋ぎ役になっているのでは?」

「勿論、FBIも疑って、彼女を尾行しているが、彼女は主に職場と自宅とルドルフの家を行き来し、時たま親友の家を訪問している位で、怪しい行動は取っていないんだ」

「彼女の親友はどうですか?間接的に秘密結社と連絡を取っているとか」

「FBIはそこも調べたよ。親友も怪しい人物とは全く接触していない。警察の一部では、ルドルフはこの事件に無関係じゃないのかと言っている。私の見解は違う。リウマチを患っている独り身のウェルバーをずっと面倒見てきたのは、甥のルドルフだ。ウェルバーを慕って自宅を訪れる警官達をもてなし、体の不自由な伯父の側に寄り添って彼らの面会の手助けをしたのも彼だ。だから、彼が秘密結社とは無縁とは考えにくい」

「俺もそう思います」

「ルドルフの入院先でも、警官がずっと見張っているから、何か変な動きがあれば直ぐに分かる。それが発生したら、真っ先に君に連絡するね」

コリンがiPhoneを切って、目の前にいるブライアンの方を見たら、彼もiPhoneで誰かと話していた。
彼の話し方から察すると、FBIからであった。

「ルドルフが入院したのか。そう言えば、数日前から体の不調を訴えていたからな。病院でも厳重な見張りを続けているか。頼んだぞ」

「フォルスト捜査官からか?」

「ああ、コリンが受けた同じ内容だった。もしかしてこれを好機と捉え、ルドルフが秘密結社と連絡を取るかも知れないから、FBIは目を光らせている」

「所で、口入れ屋の事情聴取は進んでいる?」

「奴は、フランス人と会ったと言い張っている。彼はアメリカに一度も訪れたことが無いのに。秘密結社が潜んでいると思われる隠れ家に関して、少しづつ供述はしているが、肝心な秘密結社の事については、知らないとの一点張りだ。FBIによれば、奴は秘密結社のメンバーのシェインと長い付き合いらしいが、ここ最近会っていないと言っている」

「やはり、長年裏社会にいる人間だ。なかなか口を割らないね」

「ブライアン、奴の供述調書を見たい。そこから、何か事件解決の糸口を見付けたい」

デイビットの申し入れに、ブライアンは一瞬躊躇った。
何故なら、口入れ屋はコリンの事を『ポメラニアンの様』だと表現しているのだ。
コリンの事を深く想っているデイビットがこれを知ったら、激怒するのは間違いないと思ったからである。
しかし、事件を進展させる為には、覚悟をしなければならない。

「分かった。これから、FBIに連絡する」
ブライアンは、再びフォルスト捜査官と話し合った。

「了解してくれた。警察署へ行けば、閲覧できるそうだ。これから行くか」
3人はホテルを出発した。

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「ニューヨークとシカゴの秘密結社の同志が逮捕されたって?」

秘密結社の隠れ家へ戻ったミーシャは、シェインの告白に驚いた。

「心配はいらん。逮捕された連中は、俺達の事は全く知らない。逃走中の連中もだ。各支部のリーダー達しか接触していなかったんだ。ウェルバーが万が一に備えて、そうしたんだ。それが今になって大いに助かっている。FBIは、シカゴのリーダーは自殺、ニューヨークのリーダーは国外逃亡していると思い込んでいる。しかし、ニューヨークとシカゴのリーダーは、ウェルバーの命令でニックが片付けた。これも奴のお陰だな。他のワシントンDCとロスの秘密結社は10年以上前に俺達と絶縁しているから、例え連中がFBIに捕まったとしても、俺達には累は及ばん」

「滅多に使っていないスマートフォンが鳴ったのは、逃走している同志からじゃなかったのか?」

「いや、これはうちの仲間からだ。俺は複数の携帯とスマートフォンを使っていて、滅多に使っていない番号を仲間に教えたんだ。その仲間とは医者だ。普段は、警察と提携している病院で働いている。今年で70歳だから戦力外ではあるものの、俺達に何かあった時は看て貰おうと思い、連絡網を温存していたんだ」

「何が起きた?」

「ルドルフが軽い顔の怪我で運ばれた。勿論、奴はその医者が俺達の仲間だと知っている。ルドルフの奴、以外と頭が良い。初めに、ストレスによる不眠で、イサオがいる別の病院へガールフレンドと行き、体の不調を皆にアピールした。そして、その医者が働いている時間帯を見計らって、わざと銃の暴発事故を起こした。その医者が働いている病院は署の直ぐ近くにあるから、同僚達はそこへ奴を運ぶ事も計算に入れている。恐らく、二人して共謀したんだ。俺抜きで相談したが、この場合仕方あるまい。一応、奴がリーダーだからな。ルドルフを診察した医者は、FBIに『ルドルフは目にも大きな怪我を負ったから、暫く入院だ』と伝えたそうだ。これで、堂々と警察を休職できるし、病院を抜け出して俺達と合流する気でいる。幾らFBIの監視があっても、医者と連携すれば、幾らでも病院からの抜け道があるからな。」

「じゃあ、奴がいよいよ来るのか」

「そうだ。依頼人に気苦労を掛けるが、宜しくな。細かい対応は山本に任せる事にした。アイツは誰にでも好かれるから、ルドルフも気に入るだろう」

ミーシャはシェインの意図を悟った。
「アイツをスパイにするのか」

「察しが良いな。その通りだ。山本にはすでに言い含めてある」

「気を付けろよ。アイツは、金によって平気で友を裏切る男だ」

「ニックの件で気にしているのか。それも問題ない。アイツには極秘に特別手当を渡しているし、それにルドルフはケチだ」

シェインは微笑みを浮かべると、主に使っている携帯をミーシャに見せた。

「奴から、さっきメールが来た。『重い怪我の振りをして、入院した。仲間の医者の手助けで、明日の晩にそっちへ行く』とさ。早速、山本に伝えるか」

シェインは外にいる山本に連絡を入れた。

「今、あいつとエドワードは俺の指示で、密輸商人と会って、武器や備品を受け取りに行っているんだ」

「口入れ屋の代わりに、あいつらが外との交渉係をしているのか。口入れ屋の捜査は進んでいるか?奴はここへ一度訪れている。口が硬くても、足取りは残ってしまう。FBIは奴を徹底的に調べている筈だ。もし、ここがばれたら?」

「それも心配するな。何度も言っているだろ。警察には秘密結社のメンバーや支持者がいるんだからな。奴だって、口を割ったら命が無くなる事は重々に承知している。殺人課の刑事の一人に俺達の仲間がいて、そいつからの情報によれば、奴は、『シェイン達やニックの行方は知らない。俺はだたフランス人に頼まれて高級住宅地にある邸宅を借りただけだ』と言い張っている。邸宅の状況だけを話して、FBIの目を眩ませている。奴等は、あの邸宅に俺達がいると信じ切っている」

「それを聞いて少しは安心した。そう言えば、あそこから引っ越した後で、何か細工をしたよな?一体何だ。爆弾か?」

「ある意味な。近い内に、FBIは警察の特殊部隊を投入するだろう。連中が俺が仕掛けた細工に度胆を抜かれるぞ」

シェインは肩を揺らして笑い、ミーシャに細工の内容を説明した。

「シェイン、お前恐ろしい男だな」
そう言いながら、ミーシャも釣られて笑い出した。

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ブライアン、デイビット、そしてコリンが署へやって来た。

廊下ですれ違うFBI捜査官や警官達が、コリンに声を掛けてくる。
中には笑顔をみせたり、挨拶と共にハイタッチしてくる捜査官もいた。

「良かった。俺達を嫌がっているのは、主任のフォルストだけだ。他の捜査官達は好意的だね」

コリンは後ろにいるデイビットとブライアンに言った。

「そうだな。彼らの期待に応える為に、何としてもニックを見付け出さないといけないな」
デイビットが答え、ブライアンも頷いた。

一人の捜査官が、3人に声を掛けてきた。
「主任は署長との打ち合わせが押しておりまして、私が代わりに応対いたします。捜査の記録は此方に保管してあります。閲覧だけなら可能です」

3人は通された部屋で、資料を読み始めた。
間もなく、デイビットの顔が赤くなった。

「ポメラニアンだと?!」
案の定、デイビットが調書を読んでカッとなった。

コリンは、デイビットを落ち着かせようとした。
「言わせておけば良いよ。俺は気にしない。カマキリだのと言われるよりはましだ」

「コリン、そんな酷い渾名で呼ばれていたのか」
コリンの思わぬ言葉に、デイビットは驚いた。

「同じ高校に通っていた女子学生に影でそう呼ばれただけだよ。どちらも目が大きいからじゃないのかな」
コリンは内心慌てた。

後ろで2人のやり取りを聞いていたFBI捜査官が、含み笑いをして、ブライアンに耳打ちをした。

「どうやら、コリンは肉食系で、言い寄る男達を皆平らげてしまったのではないでしょうか。それをもてないか、男の一人に片思いしていた女性が妬んで、そんな陰口をたたいたんだと思います」

「その推理は当たっているだろう」
ブライアンは苦笑いをした。

デイビットも何かを察した。
「目が大きいだけじゃなかったんじゃないのか」

さりげなくコリンはその話題から逸らした。

「そうだ!ポメラニアンで思い出したよ。幼い頃のケビンに言われたことがあったな。そんな事よりも、口入れ屋が何故邸宅に関してだけ話しているのが気にならない?」

「ああ、そうだな。きっと、何か裏がある」
冷静さを取り戻したデイビットは供述調書をじっくりと読み返した。

『孤高のライオンと例えられた元スパイナーのデイビットが、10歳以上も離れているコリンに翻弄されているなんて、俺がシークレットサービスにいた頃には想像も付かなかった。コリンも俺が思ったよりとても逞しい。17年前に初めて会った時、とてもひ弱な少年だと思っていたのだが』

ブライアンは色々と思いを巡らせた。

「邸宅の内部に関して、細か事は言っていないようだが?」

デイビットの質問に、捜査官が答えた。

「はい。フランス人から、玄関までと言われていたので、それ以上は入れず、奥の部屋から何人が人の声が聞こえたり、庭で射撃訓練をしていた音を聞いただけだそうです。契約書では、改装するなら事前にオーナーである不動産会社の許可が必要となっておりますので、確認を取った所、その申請はなされていないと言うことです。つまり、こちらの設計図通りの構造だと思われます。それでも、10人以上が滞在できる部屋数はあります」

捜査官は不動産会社から押収した邸宅の地図を、机の上に広げた。

「俺達をその邸宅に集中させる策かな?既に、もぬけの殻だとか?」
コリンが顎に手をやった。

「ジュリアンの部下が見張って、彼が言うには移動した形跡は見られないと言っていた」

ブライアンの言葉に続いて、捜査官も邸宅周辺の報告をした。

「警察も近辺を調べましたが、この数週間で目立ったことと言えば、隣のトーマス・サンダー氏の家で、大がかりな庭の手入れがあり、大型トレーナーが出入りした位で、特に怪しげな動きは見当たりませんでした」

デイビットが、左眉をぴんと上げた。
「あの野郎の家でか?」

「そうです。家政婦さんから確認を取りました」

FBIは、実業家で現在は隠居生活をしているトーマスが、コリンの入院費を払った事を掴んでいた。
それは、単に昨年サラが開いたクリスマスパーティで見かけたコリンをトーマスが横恋慕したのが理由だと信じ込んでいた。

実は17年前に、彼の友人であった金持ちの愛人をしていたコリンと一夜の関係を持ったのを、FBIは知らない。
当時コリンは14歳だった。
大病を患っていた父親の命と引き替えに、コリンは金持ちの愛人になり、その彼に命じられ、仕方なくトーマスの相手をしたのが真相である。
コリンはその事を忘れていたが、トーマスは覚えており、昨年のパーティでコリンを見かけ、友人のサラに過去を告白してしまい、絶交された。
彼のせいで、サラはコリンとイサオが金持ちの家で出会った事を初めて知った。

トーマスはコリンに対して罪悪感を持っており、彼が入院している事を知ると、こっそりと入院費を払ったのであった。
怒ったデイビットは、トーマスの家に行き、金を叩き返した。
こうした経緯があり、デイビットは彼を非常に嫌悪していた。
コリンとデイビットも、過去を蒸し返したトーマスに対して「嫌な奴」という感情を抱いていた。

「家政婦?執事がいた筈だが?」

「彼は体調を崩して入院中なので、彼女が臨時で雇われたと言っていました」

デイビットは、その執事が高齢だと知っていたので、疑う事はしなかった。

「とすると、あの邸宅の中には、まだ人がいるな」

ブライアンは一つのアイデアが浮かび、皆に伝えた。

「凄いアイデアだよ。でも、アイツ、いや主任は認めないんじゃ無い」
コリンは危惧した。

内線の電話が鳴った。
捜査官が受話器を取り、少し話しをして切った。

「たった今、署長との打ち合わせが終わったそうです。主任は、これからお会いすると申しております。私からも良い策だと伝えます」

「助太刀、感謝する。早速、みんなでフォルスト捜査官に会うぞ」

フォルスト捜査官がいる部屋に4人は移動した。
「君達も捜査が進展していないそうだな」

「お前さんもな。ここは、秘密結社の動きを探る方から考えないか?」

ブライアンが一つの提案を出した。
「俺の知っている人物で、過去に泥棒をしていた男がいる。彼にあの邸宅へ侵入させてはどうか」
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