前回 、目次 、登場人物 、あらすじ
紺色のガウンを羽織ったルドルフは、玄関の下の隙間から投げ入れられた紙を拾った。
紙はA4サイズで、半分に折られていた。
ルドルフのと色違いで緋色のガウンを纏ったマリアンヌは、玄関に出て確認しようとしたが、ルドルフは首を振って制した。
「ニュースを見たいな。あの水道管の事故はどうなったかな。」
ルドルフはわざとFBIに盗聴される様に声を大きく出して言い、テレビのリモコンのスイッチを押した。
朝のテレビのニュースは、昨夜の事件を取り上げていた。
水道会社の夜を徹した作業で、大きな噴水は明け方未明に収まったと報じていた。
ルドルフはテレビの音量を上げ、紙を広げた。
紙には以下の言葉がタイプされていた。
“あの後、シェインが、ミーシャとエドワードと次の襲撃計画について協議。次回は間もなく決行、そしてリーダーも参加させる事に決定。”
リーダーとは勿論、ルドルフを指している。
『タイプライターを使うなんて、年取った男みたいなことをするな。それにしても、シェインがリーダーの俺抜きで、事を勝手に決めるなんて。隠れ家に俺が居ないから、仕方ないとはいえ、何とかしなければ。このままだと、皆がシェインをリーダーだと誤解してしまう。いよいよ俺も、連中と行動を共にする時が来たな。』
不機嫌そうに紙を見ていたルドルフは、マリアンヌに紙を渡した。
ルドルフはテレビのソファに座り、ニュースを見続けた。
ニュースは始まったばかりで、大統領夫妻がホワイトハウスで客をもてなしている様子が映し出されていた。
この後、地元の出来事を報じるのがこの番組の流れであった。
マリアンヌは近くの棚の上に置かれているペン立てに手を伸ばした。
ペン立ての脇には、ルドルフの家族写真が沢山飾られていた。
その中には、幼い頃のルドルフ、ルドルフの母親、刑事だった父親、そして母親の兄で、秘密結社の創立者であり、伝説的な刑事だった伯父のアルベルト・ウェルバーが一枚の写真に収められているものもあった。
ルドルフを除いた3人は既にこの世にはいなかった。
マリアンヌは一瞬その写真が目に入ったが、直ぐにペン立てに視線を戻し、ペン立ての中から1本の黒のボールペンを取り出すと、紙にササッと文章を書いて、ルドルフに見せた。
“シェイン達はリーダーの貴方抜きで事を起こそうとしているわ。大丈夫なの?”
「ねえ、見てご覧。コマーシャルの後で、昨夜の事がニュースで流れるよ。」
そう言いながら、ルドルフは彼女からペンを借りると、返事を書いた。
マリアンヌはルドルフの隣に座った。
「無事に収まっていると良いわね。」
彼女は紙を見た。
“仕方ないよ。隠れ家に俺がいないから、シェインが俺に代わって皆を束ねないといけないんだ。それも俺が警察を一旦離れて、連中と合流するまでだ。そう遠くない時期に実行する。君も覚悟をしていてくれ。”
『いよいよね。』
ルドルフの文章を読んだマリアンヌは真剣な眼差しで、彼を見た。
ルドルフも彼女の方へ振り返り、お互い視線を長い間交わし、マリアンヌは彼の顔をそっと撫でた。
TVでは、リポーターが昨夜高級住宅地で発生した配水管の事故が今朝になってようやく収まったと、現時から報告していた。
=======
ブライアンが口入れ屋が滞在していたホテルに着いたのは、明け方近くであった。
既に、FBIと警察は引き上げていた。
ブライアンはホテルの関係者に聞き込みをしたが、思わしい収穫は得られなかった。
デイビットはイサオの病室で、ブライアンからの報告を受けた。
「残念だったな。こっちか?変わりない。猛さんの危惧が外れてよかった。」
「私も昨夜は気が張っていたが、何も起きなくて安堵した。これから秘密結社に気付かれる事無く、口入れ屋がFBIに逮捕されて、情報を得られれば尚安心だ。これから、ジュリアンと奴の捜索に入る。後で会おう。では。」
デイビットの側にはコリンがおり、二人のやり取りを聞いていた。
「ブライアンがFBIよりも早くに、口入れ屋が見付かると良いよね。」
サラと猛も病室で彼の報告を聞いていた。
「その男が捕まれば、秘密結社の居場所が本当に判明するの?唯の下っ端じゃないわよね。」
「サラ、そいつは秘密結社に殺し屋を紹介しているし、あの邸宅にも何度も行き来している。FBIは、あの邸宅の他にも隠れ家を持っていると見ている。そいつが鍵を握っている。」
「彼が捕まって、あの邸宅の詳細が分かれば、家宅捜査が行われるのですね。」
猛が質問した。
「そうです。邸宅の中の様子が分かれば、FBIも特殊部隊を突入させる事が出来ます。」
デイビットは答えた。
「じゃあ、俺達もブライアン達と合流しよう。一刻も早く見付け出さなきゃ。」
コリンはデイビットに声を掛けて、病室を後にしようとした。
「済まないが、もう少し勲の側にいてくれないか。どうしても胸騒ぎが収まらないのだ。昨夜は何も無かったが、これから何が起きることもあり得る。」
猛が二人を止めた。
「親父、心配しすぎだよ。この病院には警察が警備しているんだ。コリン、デイビット、僕達の事は気にしなくて良いからね。」
イサオは父親を制し、二人を捜索に促した。
「出発が少し遅れても大丈夫だから。ね、デイビット。」
コリンは椅子に座り、デイビットへ賛同を求めた。
「そうだな。この病院を一回りして何も無ければ出発します。」
デイビットはコリンの肩に手を回しながら、猛に一つ提案した。
「済まない。そうして下さい。年のせいか。神経が過敏になっているのかも知れないな。」
猛はデイビットの提案を受け入れ、コリンも同意し椅子から立ち上がり、二人は病室を後にした。
その頃、マイアミ警察署では、FBIとの朝の合同会議が開かれていた。
FBI捜査官と殺人課の刑事達が同じテーブルにつき、正面には主任のフォルスト捜査官と殺人課課長が座り、皆支給されたノートパソコンを机の前に置き、情報を共有していた。
最初に、FBI捜査官の一人が席を立ち、全州に口入れ屋の手配書を配布した事、今のところ彼の行方が掴めていない事、そしてホテルから逃げ出したタイミングは余りにも早い為、警察内で内通者がいると思われ、その捜査を内務調査室の刑事と共にしている事を報告した。
次に、殺人課の刑事が、ニックが昨年の暮れにシアトルの裁判所に接触し、17年前に彼が関わった不良少年の裁判記録を求めていた事が分かったと報告した。
フォルスト捜査官と殺人課課長がノートパソコンを見詰め、ニックが請求した裁判記録を読んだ。
裁判記録には、不良少年がニックとイサオがいたカフェの前で喧嘩を起こし、相手に小型拳銃で頭を撃たれたものの奇跡的に助かった経緯が細やかに記述されていた。
「ニックはこの事件を参考にして、イサオさんを撃ったのですね。」
課長がフォルスト捜査官に言った。
フォルスト捜査官は画面を見たまま、素っ気く「確定ではないが、その可能性が非常に高い。」と返事した。
「ニックと言えば、愛犬ロボの行方はどうなっている?カールマン刑事。」
フォルスト捜査官の問いに、刑事マックス・カールマンが答えた。
「通報があった家々を回りましたが、駄目でした。恐らく、ロボはこの街にいないものと思われます。捜索範囲をフロリダ州全域に広げます。」
マリアンヌの親友は愛犬とロボを仕事の関係で早朝に散歩させている為、気付く者が居なかった。
「それは無駄だ。ロボは、このフロリダにいる筈だ。ニックは行方不明になる前日午後まで自宅にいた。その時間に、ニックと電話で話した男性はロボの吠える声を聞いている。ニックはロボと共に、車を使わずに姿を消した。大型犬を遠くに移動させられる訳がない。もう一度当たれ。」
フォルスト捜査官の冷たい指示に、課長が口を挟んだ。
「もしかして、ロボを預かっている人間が、ロボを車に乗せて遠方に移動したと言うことも考えられますが。」
「何を言っている。街中の監視カメラや道路のカメラを分析しただろう。ロボらしき犬を乗せた車は見付からなかったではないか。」
ぴしゃりと言うフォルスト捜査官に課長は萎縮させた。
殺人課の刑事達の間に気まずい雰囲気が流れた。
フォルスト捜査官はその空気を無視し、シェイン達を捜索している刑事を名指しして、捜査状況を報告させた。
合同会議がようやく終わり、捜査官と刑事達は会議室を出て、皆それぞれの任務に出向いて行った。
フォルスト捜査官は、担当検事と打ち合わせをしに検事局へ向かった。
課長は自分のオフィスへ戻り、砂糖がたっぷり入れたコーヒーを飲んで一息付けていると、間もなくマックスがドアをノックして入ってきた。
「お疲れ様でした。これどうぞ。」
左手には手作りのドーナツが幾つも入っているパックを持っていた。
マックスは課長が甘党だと知っていた。
「有難う。丁度、甘い物が欲しかった所なんだよ。」
課長はパックの蓋を開け、シナモンシュガーが掛けられているドーナツを手にすると口にした。
「旨いね。君が作ったのか。あれっ、捜査に行かなくて良いのか?」
課長が今頃になって尋ねてきた。
「これから行きます。もう一度、ペットホテルを回る予定です。でも、課長の事がどうも気になってしまって。あの主任の態度はいけません。」
「気にするな。FBIと何度も組んでいるから慣れているよ。君もよく分かっているだろ。あいつらは俺達を下だと思っている。困ったものだ。しかし、前の主任は今迄の捜査官達とは違って、フランクで良い性格の人だった。その彼が急病で捜査から外れ、新しい主任が来たら、又、振り出しに戻ったよ。いや、それ以上だ。新しい主任は冷たい。前の主任が良い分、余計きつく感じるね。」
マックスは課長に同情する振りをしたが、課長はとても嬉しく感じ、話しが止まらなくなった。
「今度のヤマを引き起こしたのが、警察内の秘密結社だったから、あの主任は俺達警察を信用していない。毎朝開く合同会議だって、FBIは刑事達に隠している事が一杯ある。会議の前に、私、署長、そしてあの主任が集まって情報を交換しているんだ。主任は、俺達殺人課の中にまだ秘密結社のメンバーがいると思い込んでいるんだから。きっと、私と署長の事も隠れて調査しているね。あ~、ニックのせいでいい迷惑だ。あいつが辞めたから、うちの課には秘密結社の人間はおるまい。本当、あいつは疫病神だった。いなくなって清々した。マックス、君も苦労したよね。」
課長は、元々ニックと相性が合わなかった上に、辞職前の彼にカツラ着用しているのを皆にバラされた事も重なり、ニックへの悪口を吐いた。
周りに知られてしまっても課長はロマンスグレーのカツラを被り続けている。
「彼の事は水に流しました。それにしても会議の前に、情報交換ですか?FBIは我々を疑っているのに、課長と署長も大変ですね。」
「まあー、調査で私達がシロと分かったから、主任はこっそりと極秘情報を教えてくれるんだな、きっと。」
「FBIは口入れ屋の事も何か隠しているのですか。もしかして、行方を既に知っているとか。」
「彼については、会議で報告された通りだ。FBIもまだ居場所を掴めていない。これからの話しは、ここだけの話しにしてくれ。ルドルフが体調を崩して、今日病院へ行っている事を教えられた。けども、主任は内緒にしてくれってさ。FBIがルドルフのコンドミニアムに盗聴器をあちこち仕掛けている事が漏れたらいけないからって。連中がルドルフを四六時中見張っている事は、署の連中全員が知っているのに。」
「見張っていると言っても、電話のみならず、自宅の中に複数の盗聴器を仕掛けているまでは知りませんでした。FBIはそこまでやるんですか?!それで、彼はどこが悪いのですか?」
「今朝、ガールフレンドに打ち明けていたらしいけど、ここ数日眠れないそうだ。ルドルフは病院が嫌いだから、市販の薬でどうにか持ちこたえているそうだが、彼女が受診するように説得し、付き添うということで、ようやくルドルフは病院に行く決心がついたそうだ。」
「10年以上付き合っているガールフレンドがいると聞きましたが、FBIに彼女との会話が筒抜けなのは可哀想ですね。」
「名前はマリアンヌだ。長年大手英会話学校で教師をしていて、海外の校舎で教鞭をとった経験の持ち主でもある。FBIは、ルドルフと秘密結社とのつなぎ役だと思い、徹底的にマークしているものの、彼女は誰とも接触していない。FBIの中で、彼女は無関係だと思い始めている。ある意味、彼女も秘密結社の被害者だよ。」
マックスは腕時計を見た。
「済みません。ペットホテルを回る時間になりました。ドーナツは全て差し上げます。空いたタッパは、私の机の上に置いて下さい。失礼します。」
マックスが課長のオフィスを出て、廊下を歩いたらば、すれ違い様に一匹狼の刑事とすれ違った。
その刑事はマックスに挨拶をすると、課長のオフィスへ入っていった。
彼も課長から話しを聞き出そうとしていた。
マックスは、その刑事が秘密結社と繋がりがあるとは知らなかった。
暫くして、コリンとデイビットが再びイサオの病室を訪れた。
「病院を一回りして怪しい所は無かったけど、ビックニュースが飛び込んだ。この病院にルドルフが診察を受けていることが分かったんだ。」
コリンから、病室にいた者達に驚愕のニュースがもたらされた。
「秘密結社の創立者の甥じゃないか。そんな人物がここにいるなんて。警察と提携している病院だからしょうがないか。親父の胸騒ぎが続くのはこれが原因か。親父、悪かった。」
コリンの話しを聞き、イサオは父・猛に謝った。
「いや、それはいい。ルドルフは優秀でタフな警官と聞いているが、何か病気になったのですか?」
猛は息子の謝罪を受け入れると、疑問をデイビットにぶつけた。
「関係者に尋ねた所、不眠を訴えているそうです。FBIに四六時中監視され、仲間と連絡が取れないストレスから来ているものと思います。イサオがここに入院している事も知らされていないのでしょう。ガールフレンドに付き添われているので、診察を受けた後は真っ直ぐに帰ると思います。警備もいますが、彼らが病院を去るまで、我々はイサオの側から離れません。」
「デビット、コリン、頼むわね。」
サラは夫の病床の近くに座っていたが、もっと夫の側に寄り添うべく、ベットの脇に座り直した。
「そんな事があったのか。あの頑丈なルドルフが睡眠障害とはな。それに、イサオが入院している病院へノコノコと彼女と行くなんて、アイツの不調は本当の様だ。イサオ達の事、頼んだぞ。」
ブライアンはデイビットからの連絡の後、ジュリアンと手分けして口入れ屋の捜索を続けた。
手かがりが掴めないままランチタイムが過ぎた頃、ブライアンのもとへ思わぬ人物から電話が入った。
続き
紺色のガウンを羽織ったルドルフは、玄関の下の隙間から投げ入れられた紙を拾った。
紙はA4サイズで、半分に折られていた。
ルドルフのと色違いで緋色のガウンを纏ったマリアンヌは、玄関に出て確認しようとしたが、ルドルフは首を振って制した。
「ニュースを見たいな。あの水道管の事故はどうなったかな。」
ルドルフはわざとFBIに盗聴される様に声を大きく出して言い、テレビのリモコンのスイッチを押した。
朝のテレビのニュースは、昨夜の事件を取り上げていた。
水道会社の夜を徹した作業で、大きな噴水は明け方未明に収まったと報じていた。
ルドルフはテレビの音量を上げ、紙を広げた。
紙には以下の言葉がタイプされていた。
“あの後、シェインが、ミーシャとエドワードと次の襲撃計画について協議。次回は間もなく決行、そしてリーダーも参加させる事に決定。”
リーダーとは勿論、ルドルフを指している。
『タイプライターを使うなんて、年取った男みたいなことをするな。それにしても、シェインがリーダーの俺抜きで、事を勝手に決めるなんて。隠れ家に俺が居ないから、仕方ないとはいえ、何とかしなければ。このままだと、皆がシェインをリーダーだと誤解してしまう。いよいよ俺も、連中と行動を共にする時が来たな。』
不機嫌そうに紙を見ていたルドルフは、マリアンヌに紙を渡した。
ルドルフはテレビのソファに座り、ニュースを見続けた。
ニュースは始まったばかりで、大統領夫妻がホワイトハウスで客をもてなしている様子が映し出されていた。
この後、地元の出来事を報じるのがこの番組の流れであった。
マリアンヌは近くの棚の上に置かれているペン立てに手を伸ばした。
ペン立ての脇には、ルドルフの家族写真が沢山飾られていた。
その中には、幼い頃のルドルフ、ルドルフの母親、刑事だった父親、そして母親の兄で、秘密結社の創立者であり、伝説的な刑事だった伯父のアルベルト・ウェルバーが一枚の写真に収められているものもあった。
ルドルフを除いた3人は既にこの世にはいなかった。
マリアンヌは一瞬その写真が目に入ったが、直ぐにペン立てに視線を戻し、ペン立ての中から1本の黒のボールペンを取り出すと、紙にササッと文章を書いて、ルドルフに見せた。
“シェイン達はリーダーの貴方抜きで事を起こそうとしているわ。大丈夫なの?”
「ねえ、見てご覧。コマーシャルの後で、昨夜の事がニュースで流れるよ。」
そう言いながら、ルドルフは彼女からペンを借りると、返事を書いた。
マリアンヌはルドルフの隣に座った。
「無事に収まっていると良いわね。」
彼女は紙を見た。
“仕方ないよ。隠れ家に俺がいないから、シェインが俺に代わって皆を束ねないといけないんだ。それも俺が警察を一旦離れて、連中と合流するまでだ。そう遠くない時期に実行する。君も覚悟をしていてくれ。”
『いよいよね。』
ルドルフの文章を読んだマリアンヌは真剣な眼差しで、彼を見た。
ルドルフも彼女の方へ振り返り、お互い視線を長い間交わし、マリアンヌは彼の顔をそっと撫でた。
TVでは、リポーターが昨夜高級住宅地で発生した配水管の事故が今朝になってようやく収まったと、現時から報告していた。
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ブライアンが口入れ屋が滞在していたホテルに着いたのは、明け方近くであった。
既に、FBIと警察は引き上げていた。
ブライアンはホテルの関係者に聞き込みをしたが、思わしい収穫は得られなかった。
デイビットはイサオの病室で、ブライアンからの報告を受けた。
「残念だったな。こっちか?変わりない。猛さんの危惧が外れてよかった。」
「私も昨夜は気が張っていたが、何も起きなくて安堵した。これから秘密結社に気付かれる事無く、口入れ屋がFBIに逮捕されて、情報を得られれば尚安心だ。これから、ジュリアンと奴の捜索に入る。後で会おう。では。」
デイビットの側にはコリンがおり、二人のやり取りを聞いていた。
「ブライアンがFBIよりも早くに、口入れ屋が見付かると良いよね。」
サラと猛も病室で彼の報告を聞いていた。
「その男が捕まれば、秘密結社の居場所が本当に判明するの?唯の下っ端じゃないわよね。」
「サラ、そいつは秘密結社に殺し屋を紹介しているし、あの邸宅にも何度も行き来している。FBIは、あの邸宅の他にも隠れ家を持っていると見ている。そいつが鍵を握っている。」
「彼が捕まって、あの邸宅の詳細が分かれば、家宅捜査が行われるのですね。」
猛が質問した。
「そうです。邸宅の中の様子が分かれば、FBIも特殊部隊を突入させる事が出来ます。」
デイビットは答えた。
「じゃあ、俺達もブライアン達と合流しよう。一刻も早く見付け出さなきゃ。」
コリンはデイビットに声を掛けて、病室を後にしようとした。
「済まないが、もう少し勲の側にいてくれないか。どうしても胸騒ぎが収まらないのだ。昨夜は何も無かったが、これから何が起きることもあり得る。」
猛が二人を止めた。
「親父、心配しすぎだよ。この病院には警察が警備しているんだ。コリン、デイビット、僕達の事は気にしなくて良いからね。」
イサオは父親を制し、二人を捜索に促した。
「出発が少し遅れても大丈夫だから。ね、デイビット。」
コリンは椅子に座り、デイビットへ賛同を求めた。
「そうだな。この病院を一回りして何も無ければ出発します。」
デイビットはコリンの肩に手を回しながら、猛に一つ提案した。
「済まない。そうして下さい。年のせいか。神経が過敏になっているのかも知れないな。」
猛はデイビットの提案を受け入れ、コリンも同意し椅子から立ち上がり、二人は病室を後にした。
その頃、マイアミ警察署では、FBIとの朝の合同会議が開かれていた。
FBI捜査官と殺人課の刑事達が同じテーブルにつき、正面には主任のフォルスト捜査官と殺人課課長が座り、皆支給されたノートパソコンを机の前に置き、情報を共有していた。
最初に、FBI捜査官の一人が席を立ち、全州に口入れ屋の手配書を配布した事、今のところ彼の行方が掴めていない事、そしてホテルから逃げ出したタイミングは余りにも早い為、警察内で内通者がいると思われ、その捜査を内務調査室の刑事と共にしている事を報告した。
次に、殺人課の刑事が、ニックが昨年の暮れにシアトルの裁判所に接触し、17年前に彼が関わった不良少年の裁判記録を求めていた事が分かったと報告した。
フォルスト捜査官と殺人課課長がノートパソコンを見詰め、ニックが請求した裁判記録を読んだ。
裁判記録には、不良少年がニックとイサオがいたカフェの前で喧嘩を起こし、相手に小型拳銃で頭を撃たれたものの奇跡的に助かった経緯が細やかに記述されていた。
「ニックはこの事件を参考にして、イサオさんを撃ったのですね。」
課長がフォルスト捜査官に言った。
フォルスト捜査官は画面を見たまま、素っ気く「確定ではないが、その可能性が非常に高い。」と返事した。
「ニックと言えば、愛犬ロボの行方はどうなっている?カールマン刑事。」
フォルスト捜査官の問いに、刑事マックス・カールマンが答えた。
「通報があった家々を回りましたが、駄目でした。恐らく、ロボはこの街にいないものと思われます。捜索範囲をフロリダ州全域に広げます。」
マリアンヌの親友は愛犬とロボを仕事の関係で早朝に散歩させている為、気付く者が居なかった。
「それは無駄だ。ロボは、このフロリダにいる筈だ。ニックは行方不明になる前日午後まで自宅にいた。その時間に、ニックと電話で話した男性はロボの吠える声を聞いている。ニックはロボと共に、車を使わずに姿を消した。大型犬を遠くに移動させられる訳がない。もう一度当たれ。」
フォルスト捜査官の冷たい指示に、課長が口を挟んだ。
「もしかして、ロボを預かっている人間が、ロボを車に乗せて遠方に移動したと言うことも考えられますが。」
「何を言っている。街中の監視カメラや道路のカメラを分析しただろう。ロボらしき犬を乗せた車は見付からなかったではないか。」
ぴしゃりと言うフォルスト捜査官に課長は萎縮させた。
殺人課の刑事達の間に気まずい雰囲気が流れた。
フォルスト捜査官はその空気を無視し、シェイン達を捜索している刑事を名指しして、捜査状況を報告させた。
合同会議がようやく終わり、捜査官と刑事達は会議室を出て、皆それぞれの任務に出向いて行った。
フォルスト捜査官は、担当検事と打ち合わせをしに検事局へ向かった。
課長は自分のオフィスへ戻り、砂糖がたっぷり入れたコーヒーを飲んで一息付けていると、間もなくマックスがドアをノックして入ってきた。
「お疲れ様でした。これどうぞ。」
左手には手作りのドーナツが幾つも入っているパックを持っていた。
マックスは課長が甘党だと知っていた。
「有難う。丁度、甘い物が欲しかった所なんだよ。」
課長はパックの蓋を開け、シナモンシュガーが掛けられているドーナツを手にすると口にした。
「旨いね。君が作ったのか。あれっ、捜査に行かなくて良いのか?」
課長が今頃になって尋ねてきた。
「これから行きます。もう一度、ペットホテルを回る予定です。でも、課長の事がどうも気になってしまって。あの主任の態度はいけません。」
「気にするな。FBIと何度も組んでいるから慣れているよ。君もよく分かっているだろ。あいつらは俺達を下だと思っている。困ったものだ。しかし、前の主任は今迄の捜査官達とは違って、フランクで良い性格の人だった。その彼が急病で捜査から外れ、新しい主任が来たら、又、振り出しに戻ったよ。いや、それ以上だ。新しい主任は冷たい。前の主任が良い分、余計きつく感じるね。」
マックスは課長に同情する振りをしたが、課長はとても嬉しく感じ、話しが止まらなくなった。
「今度のヤマを引き起こしたのが、警察内の秘密結社だったから、あの主任は俺達警察を信用していない。毎朝開く合同会議だって、FBIは刑事達に隠している事が一杯ある。会議の前に、私、署長、そしてあの主任が集まって情報を交換しているんだ。主任は、俺達殺人課の中にまだ秘密結社のメンバーがいると思い込んでいるんだから。きっと、私と署長の事も隠れて調査しているね。あ~、ニックのせいでいい迷惑だ。あいつが辞めたから、うちの課には秘密結社の人間はおるまい。本当、あいつは疫病神だった。いなくなって清々した。マックス、君も苦労したよね。」
課長は、元々ニックと相性が合わなかった上に、辞職前の彼にカツラ着用しているのを皆にバラされた事も重なり、ニックへの悪口を吐いた。
周りに知られてしまっても課長はロマンスグレーのカツラを被り続けている。
「彼の事は水に流しました。それにしても会議の前に、情報交換ですか?FBIは我々を疑っているのに、課長と署長も大変ですね。」
「まあー、調査で私達がシロと分かったから、主任はこっそりと極秘情報を教えてくれるんだな、きっと。」
「FBIは口入れ屋の事も何か隠しているのですか。もしかして、行方を既に知っているとか。」
「彼については、会議で報告された通りだ。FBIもまだ居場所を掴めていない。これからの話しは、ここだけの話しにしてくれ。ルドルフが体調を崩して、今日病院へ行っている事を教えられた。けども、主任は内緒にしてくれってさ。FBIがルドルフのコンドミニアムに盗聴器をあちこち仕掛けている事が漏れたらいけないからって。連中がルドルフを四六時中見張っている事は、署の連中全員が知っているのに。」
「見張っていると言っても、電話のみならず、自宅の中に複数の盗聴器を仕掛けているまでは知りませんでした。FBIはそこまでやるんですか?!それで、彼はどこが悪いのですか?」
「今朝、ガールフレンドに打ち明けていたらしいけど、ここ数日眠れないそうだ。ルドルフは病院が嫌いだから、市販の薬でどうにか持ちこたえているそうだが、彼女が受診するように説得し、付き添うということで、ようやくルドルフは病院に行く決心がついたそうだ。」
「10年以上付き合っているガールフレンドがいると聞きましたが、FBIに彼女との会話が筒抜けなのは可哀想ですね。」
「名前はマリアンヌだ。長年大手英会話学校で教師をしていて、海外の校舎で教鞭をとった経験の持ち主でもある。FBIは、ルドルフと秘密結社とのつなぎ役だと思い、徹底的にマークしているものの、彼女は誰とも接触していない。FBIの中で、彼女は無関係だと思い始めている。ある意味、彼女も秘密結社の被害者だよ。」
マックスは腕時計を見た。
「済みません。ペットホテルを回る時間になりました。ドーナツは全て差し上げます。空いたタッパは、私の机の上に置いて下さい。失礼します。」
マックスが課長のオフィスを出て、廊下を歩いたらば、すれ違い様に一匹狼の刑事とすれ違った。
その刑事はマックスに挨拶をすると、課長のオフィスへ入っていった。
彼も課長から話しを聞き出そうとしていた。
マックスは、その刑事が秘密結社と繋がりがあるとは知らなかった。
暫くして、コリンとデイビットが再びイサオの病室を訪れた。
「病院を一回りして怪しい所は無かったけど、ビックニュースが飛び込んだ。この病院にルドルフが診察を受けていることが分かったんだ。」
コリンから、病室にいた者達に驚愕のニュースがもたらされた。
「秘密結社の創立者の甥じゃないか。そんな人物がここにいるなんて。警察と提携している病院だからしょうがないか。親父の胸騒ぎが続くのはこれが原因か。親父、悪かった。」
コリンの話しを聞き、イサオは父・猛に謝った。
「いや、それはいい。ルドルフは優秀でタフな警官と聞いているが、何か病気になったのですか?」
猛は息子の謝罪を受け入れると、疑問をデイビットにぶつけた。
「関係者に尋ねた所、不眠を訴えているそうです。FBIに四六時中監視され、仲間と連絡が取れないストレスから来ているものと思います。イサオがここに入院している事も知らされていないのでしょう。ガールフレンドに付き添われているので、診察を受けた後は真っ直ぐに帰ると思います。警備もいますが、彼らが病院を去るまで、我々はイサオの側から離れません。」
「デビット、コリン、頼むわね。」
サラは夫の病床の近くに座っていたが、もっと夫の側に寄り添うべく、ベットの脇に座り直した。
「そんな事があったのか。あの頑丈なルドルフが睡眠障害とはな。それに、イサオが入院している病院へノコノコと彼女と行くなんて、アイツの不調は本当の様だ。イサオ達の事、頼んだぞ。」
ブライアンはデイビットからの連絡の後、ジュリアンと手分けして口入れ屋の捜索を続けた。
手かがりが掴めないままランチタイムが過ぎた頃、ブライアンのもとへ思わぬ人物から電話が入った。
続き