前回 、目次 、登場人物 、あらすじ
事件を担当する新しい主任のやり方に、コリンは怒りを覚えた。
「貴方は、イサオの事件を、急病で入院した前任者から引き継ぎました。今迄の捜査方法も引き継ぐべきではないでしょうか。兎に角、ニックを探してく下さい。彼は、今愛犬のロボと共に行方知れずなんです。急いで下さい。」
コリンの反論に、ジョナサン・フォルストFBI捜査官は、右の一差し指をコリンの前に出すと、左右に振った。
人を小馬鹿にした対応に、コリンはキッと睨んだ。
コリンの強い目力に、FBI捜査官は息を呑んだ。
しかし、フォレスト捜査官は冷静そのものであった。
「ニック刑事の追跡は昨日からとっくに始めている。君は心配しなくて良い。前の主任は、元シークレット・サービスのブライアンや、君の様な裏社会にいた人間すらも捜査に加えていた。彼のやり方は、従来のFBIの捜査手法から逸脱していた。私はそれを元に戻したまでだ。」
「前任者が、俺達を捜査協力者に加えてくれたこそ、事件の真相に一歩近づいたんじゃありませんか。」
コリンはひるまずに反論した。
「事件を糸で引いている秘密結社は何処にいる?君達がちょろちょろ動くから、連中は逃げてしまったではないか。」
「それはお前らも動いていたからだろ。警察OBと現役の警察官がいる秘密結社だ。お前達の動きなど、手に取る様に分かる。だから、前任者は俺達外部の力を必要としていたんだ。」
ブライアンは怒りの余り、フォルスト捜査官に敬語を使うのを止めた。
デイビットとジュリアンは、フォルストに鋭い視線を送った。
「気分が悪くなったから、休ませて貰うわ。」
突然、ジョーニーが捜査官達に告げた。
この中で彼女だけが、ニックがこの世にいないことを知っていた。
このままいたら、演技がばれると思い、その場を去ろうとした。
「貴女は父親の代から、裏社会の人間も利用している何でも屋のオーナーではないのですか?元警察官が民間人を撃った事件をごまんと知っているのでは無いですか。その貴女が、元刑事が善良な看護師を撃った容疑者と知った位で、体調を崩されるとは。」
ジョーニーの行動は、かえってフォルスト捜査官の疑惑を招いてしまった。
「子供の頃、同じカトリックの教会に通っていた友が、事件を引き起こしたのですよ。唯さえ、彼女は夫に不貞行為をされ、離婚訴訟の真っ只中にあり、強いストレスの環境に置かれています。体調も悪くなりますよ。」
弁護士が代わりに答えた。
妹も姉ジョーニーを庇った。
「先生の言うとおりですよ。ニックは、子供の頃正義感溢れる警官の継父に育てられていたのです。これは両親から聞いた話ですが、ニックが幼い頃に亡くなった実父も同じような性格だったと。成長したニックは、教会から足が遠のき、不良の道に踏み入れた事もありましたけども、更生して実父と継父と同じく、警察官になったのです。周囲には、真面目で正義感溢れる警官と言われていました。私達も彼の評判を信じていました。それが、無抵抗な一般市民に銃を向けたとは。ゾッとしました。私よりも、ニックと付き合いの長い姉ならば、尚更ショックを受けますわよ。」
フォレスト捜査官は、弁護士達の答弁に納得した様子だった。
「貴女方は、ニックとは子供の頃からの友人でしたか。それは無理もありませんね。では、休養される前に今見聞きした事は、事件解決まで一切他言しないとの誓約書に、署名して頂きたい。」
後ろに立っていた捜査官が鞄から書類とペンを出した。
「彼女は具合が悪いと言っているのですよ!」
何でも屋の店主が怒り出した。
「あんたは黙って。主任の捜査官が言っていることは正しいわ。もしかして、私が寝室からインターネットで、ニックの情報を流すかもしれないでしょ。私がFBI捜査官なら、同じ事を思うわよ。フォルストさん、サインますわ。それぐらいの気力はありますもの。」
ジョーニーは、離婚裁判で争っている夫にピシャリと言った。
彼女は夫を無視して、弁護士による書類のチェックを受けた後にサインをすると、弁護士に後を頼み、奥の寝室へと向かった。
一連のジョーニーの態度を見て、何でも屋の店主はもう妻は二度と自分とヨリを戻す気は無いのだと、ようやく悟った。
「君達もな。」
フォルスト捜査官は、その場にいた全員に署名を要求した。
ジョーニーの妹夫婦は、さっさと書類にサインをした後、姉を追って奥の部屋へと消えた。
何でも屋の店主は、溜め息交じりにサインをすると、近くの椅子に力なく座った。
コリンは初めは署名を拒否した。
「では、我々と同行して貰おうか。」
「俺は何もしていない。違法な逮捕になるぞ。」
「我々は君を保護するまでだ。君は重要な証拠を見た。何しろ、相手は警察の秘密結社だから、命を狙われる可能性は非常に高い。それに、君は3ヶ月前に秘密結社に誘拐された時、ニックに助けて貰った。その後も君はニックと何度も会っている。沢山の情報を持っている君から、色々と話を聞きたい。」
フォルスト捜査官の後ろに立っていた捜査官達が、コリンの前に出た。
咄嗟に、デイビットはコリンを庇い、前に出た。
「コリン、大人しく従っていた方が賢明だぞ。この書類では、今回の事は外部に一切漏らすなということしか書いていない。例え署名したところで、俺達の行動が制限される訳じゃない。」
先に署名したブライアンの説得に、コリンはムスッとした表情のまま署名をした。
その後、デイビットも無表情のまま署名して、ペンと書類をFBI捜査官に渡した。
「制限はかけないが、今後我々の邪魔をしたら、容赦なく公務執行妨害で逮捕する。そのつもりで。」
フォルスト捜査官は、コリン達に釘を刺した。
「では、我々は失礼する。先生、ジョーニーの体調が回復したら、友人のニックについて、お聴きしたいことがあります。協力を願います。」
弁護士は『後ほど連絡します』と了承した。
「何でも屋の店主殿。君には我々と同行して貰わなくてはならない。」
捜査官に両脇を抱えられた何でも屋の店主は、慌てた。
「そんなぁ。確かに事件当夜は店にいて、ニックにアリバイ工作を手伝わされ、FBIに偽証したことは認めます。しかし、私は事件に直接関わりはありません。私は奥の部屋へずっと引っ込んでいました。その奥の部屋からは外へは出られない構造になっています。確認してもらえば分かります。もう一つお話ししますと、私は事件の後、リコーダーを見て、驚き、ニックに問い質しました。『お前はあの看護師を撃ったのか?』と。ニックの答えは、『撃ったかどうかは言えない。カメラは事件現場を撮っていないだろ。知らない方が身の為だ。』でした。私は怖くて、それ以上追求できませんでした。言われてみれば、あの映像はニックがイサオさんを撃った瞬間を捉えていませんし、第三者が撃った可能性も捨てきれません。」
「一理ある。リコーダーを詳しく解析しなければ、正確な答えは出ないな。直ちに鑑識へ回せ。」
フォルスト捜査官は、部下にリコーダーを押収させた。
「疑問がまだある。なにゆえ、リコーダーを破棄せずに金庫にしまった。」
「ニックが、『万が一、お前が事件の共犯にされそうになった時は、防犯カメラの映像をFBIか警察に見せろ。外にいなかった証拠になる』と言ったのです。」
店主の言葉を聞いて、フォルスト捜査官は「ほおっー。」と呟いた。
「ニックは、おかしな男だ。」
「えっ?」
「一般市民を撃った刑事が、友の身の安全を守ろうとしたのだ。自分が事件の容疑者の確定に繋がる証拠を使って。」
ジュリアンが悲しそうな表情になった。
「ニックが人情に厚い男の証拠です。ニックがイサオさんを撃ったのは、秘密結社からの魔の手を防ぐ為だと思います。イサオさんを逃がそうとても、秘密結社の連中はどこまでも追ってくることをとても良く知っていました。奴も組織にいたからです。連中を混乱させ、襲撃を止めさせるには、あえて怪我を負わせるしかないと、奴は思ったのでしょう。だから、愛用のワルサーP99じゃなく、威力の弱い小型拳銃を使ったのです。何でも屋に、証拠のリコーダーを保存させたのも、奴なりの優しさなんです。どうして事を起こす前に、親友である自分に相談してくれなかったのか悔しいですがね。二人なら、何とかイサオさんを守る手立てを考えられたのに。」
何でも屋の店主は抵抗虚しく、両脇の捜査官に引き立てられて外へ出されようとしていた。
「偽証罪の容疑で捕まえる訳では無い。前任者との約束は守る。少しばかり話を聞きたいだけだ。今日中には家に帰してやる。さあ、車まで案内しろ。」
フォルスト捜査官が店主に告げた。
「行けません。私はこれからどうしても会って、謝らなければならない人がいるんですぅ。」
店主は、浮気相手に自分はマフィアのボスと偽っていた事が、本人の耳に入り、怒りを買っていたのだ。
「今日中に家に帰るなら、問題ないよ。その方とは、明日会うことになっているじゃあないか。」
間に入ったジュリアンの尽力で、店主がマフィアのボスに直接謝罪することで話はついていた。
「事情はよく分からんが、私は言った事を実行する人間だ。明日の予定を狂わせることはしない。だた、お前の協力次第で、夕飯前に帰宅するか、夜食前に帰宅するかだ。」
フォルスト捜査官は言い放った。
「頼みますよ。明日の予定だけは、どうしても変更は出来ませんので。遅くなりそうだったら、弁護士に連絡しますからね。」
ジュリアンがそう答えると、安心したのか両脇を捜査官に挟まれた店主は大人しく外へ出た。
彼らの後に続いたフォルスト捜査官は、コリン達を一瞥して家を出た。
ベンジャミン捜査官は汗を拭きながら、萎縮したまま彼らの後ろについて行った。
「我々も失礼しよう。」
ブライアンが声を掛け、弁護士に協力してくれた礼を述べると、コリン達を引き連れて家を出た。
「くそっ、新しい主任は腹が立つ!」
ブライアンの運転するベンツS HYBRIDの後部座席に座ったコリンが、怒りを露わにした。
「奴よりも早く、ニックの行方を掴もう。」
コリンの隣に座った、デイビットが言った。
「そうだ。今迄の様に、FBIとは緊密に連携が取れなくなるが、我々は我々なりにベストを尽くそうじゃないか。」
「その通りだ。もう昼近くなったか。ロボはちゃんとご飯を食べているかな。」
コリンはロボの身を案じた。
「もうそんな時間か。ニックのことだ。キチンとロボの世話をしてるさ。我々も何か入れないとな。早くて、旨い店があるんだ。」
ブライアンは、ホテルから1ブロック前で左へハンドルを回した。
=====
「FBIの新しい主任はかなりの堅物だな。こちらとしては好都合だ。感謝するぞ。」
隠れ家の外へいたシェインは、ジョーニーから連絡を受けていた。
外では、山本と他の殺し屋達が、バンを確認していた。
携帯を切って、中に入り、ホールへ行くと、殺し屋達が襲撃の準備をしていた。
「いよいよだな。」
ミーシャはうずうずしていた。
「長いこと訓練をした甲斐があったというものだ。」
エドワードがSIG SG553を念入りに手入れをしていた。
「奴等は、ニックの事でかなり衝撃を受けている。この隙に、今夜襲撃するぞ。」
シェインが皆に号令をかけた。
続き
事件を担当する新しい主任のやり方に、コリンは怒りを覚えた。
「貴方は、イサオの事件を、急病で入院した前任者から引き継ぎました。今迄の捜査方法も引き継ぐべきではないでしょうか。兎に角、ニックを探してく下さい。彼は、今愛犬のロボと共に行方知れずなんです。急いで下さい。」
コリンの反論に、ジョナサン・フォルストFBI捜査官は、右の一差し指をコリンの前に出すと、左右に振った。
人を小馬鹿にした対応に、コリンはキッと睨んだ。
コリンの強い目力に、FBI捜査官は息を呑んだ。
しかし、フォレスト捜査官は冷静そのものであった。
「ニック刑事の追跡は昨日からとっくに始めている。君は心配しなくて良い。前の主任は、元シークレット・サービスのブライアンや、君の様な裏社会にいた人間すらも捜査に加えていた。彼のやり方は、従来のFBIの捜査手法から逸脱していた。私はそれを元に戻したまでだ。」
「前任者が、俺達を捜査協力者に加えてくれたこそ、事件の真相に一歩近づいたんじゃありませんか。」
コリンはひるまずに反論した。
「事件を糸で引いている秘密結社は何処にいる?君達がちょろちょろ動くから、連中は逃げてしまったではないか。」
「それはお前らも動いていたからだろ。警察OBと現役の警察官がいる秘密結社だ。お前達の動きなど、手に取る様に分かる。だから、前任者は俺達外部の力を必要としていたんだ。」
ブライアンは怒りの余り、フォルスト捜査官に敬語を使うのを止めた。
デイビットとジュリアンは、フォルストに鋭い視線を送った。
「気分が悪くなったから、休ませて貰うわ。」
突然、ジョーニーが捜査官達に告げた。
この中で彼女だけが、ニックがこの世にいないことを知っていた。
このままいたら、演技がばれると思い、その場を去ろうとした。
「貴女は父親の代から、裏社会の人間も利用している何でも屋のオーナーではないのですか?元警察官が民間人を撃った事件をごまんと知っているのでは無いですか。その貴女が、元刑事が善良な看護師を撃った容疑者と知った位で、体調を崩されるとは。」
ジョーニーの行動は、かえってフォルスト捜査官の疑惑を招いてしまった。
「子供の頃、同じカトリックの教会に通っていた友が、事件を引き起こしたのですよ。唯さえ、彼女は夫に不貞行為をされ、離婚訴訟の真っ只中にあり、強いストレスの環境に置かれています。体調も悪くなりますよ。」
弁護士が代わりに答えた。
妹も姉ジョーニーを庇った。
「先生の言うとおりですよ。ニックは、子供の頃正義感溢れる警官の継父に育てられていたのです。これは両親から聞いた話ですが、ニックが幼い頃に亡くなった実父も同じような性格だったと。成長したニックは、教会から足が遠のき、不良の道に踏み入れた事もありましたけども、更生して実父と継父と同じく、警察官になったのです。周囲には、真面目で正義感溢れる警官と言われていました。私達も彼の評判を信じていました。それが、無抵抗な一般市民に銃を向けたとは。ゾッとしました。私よりも、ニックと付き合いの長い姉ならば、尚更ショックを受けますわよ。」
フォレスト捜査官は、弁護士達の答弁に納得した様子だった。
「貴女方は、ニックとは子供の頃からの友人でしたか。それは無理もありませんね。では、休養される前に今見聞きした事は、事件解決まで一切他言しないとの誓約書に、署名して頂きたい。」
後ろに立っていた捜査官が鞄から書類とペンを出した。
「彼女は具合が悪いと言っているのですよ!」
何でも屋の店主が怒り出した。
「あんたは黙って。主任の捜査官が言っていることは正しいわ。もしかして、私が寝室からインターネットで、ニックの情報を流すかもしれないでしょ。私がFBI捜査官なら、同じ事を思うわよ。フォルストさん、サインますわ。それぐらいの気力はありますもの。」
ジョーニーは、離婚裁判で争っている夫にピシャリと言った。
彼女は夫を無視して、弁護士による書類のチェックを受けた後にサインをすると、弁護士に後を頼み、奥の寝室へと向かった。
一連のジョーニーの態度を見て、何でも屋の店主はもう妻は二度と自分とヨリを戻す気は無いのだと、ようやく悟った。
「君達もな。」
フォルスト捜査官は、その場にいた全員に署名を要求した。
ジョーニーの妹夫婦は、さっさと書類にサインをした後、姉を追って奥の部屋へと消えた。
何でも屋の店主は、溜め息交じりにサインをすると、近くの椅子に力なく座った。
コリンは初めは署名を拒否した。
「では、我々と同行して貰おうか。」
「俺は何もしていない。違法な逮捕になるぞ。」
「我々は君を保護するまでだ。君は重要な証拠を見た。何しろ、相手は警察の秘密結社だから、命を狙われる可能性は非常に高い。それに、君は3ヶ月前に秘密結社に誘拐された時、ニックに助けて貰った。その後も君はニックと何度も会っている。沢山の情報を持っている君から、色々と話を聞きたい。」
フォルスト捜査官の後ろに立っていた捜査官達が、コリンの前に出た。
咄嗟に、デイビットはコリンを庇い、前に出た。
「コリン、大人しく従っていた方が賢明だぞ。この書類では、今回の事は外部に一切漏らすなということしか書いていない。例え署名したところで、俺達の行動が制限される訳じゃない。」
先に署名したブライアンの説得に、コリンはムスッとした表情のまま署名をした。
その後、デイビットも無表情のまま署名して、ペンと書類をFBI捜査官に渡した。
「制限はかけないが、今後我々の邪魔をしたら、容赦なく公務執行妨害で逮捕する。そのつもりで。」
フォルスト捜査官は、コリン達に釘を刺した。
「では、我々は失礼する。先生、ジョーニーの体調が回復したら、友人のニックについて、お聴きしたいことがあります。協力を願います。」
弁護士は『後ほど連絡します』と了承した。
「何でも屋の店主殿。君には我々と同行して貰わなくてはならない。」
捜査官に両脇を抱えられた何でも屋の店主は、慌てた。
「そんなぁ。確かに事件当夜は店にいて、ニックにアリバイ工作を手伝わされ、FBIに偽証したことは認めます。しかし、私は事件に直接関わりはありません。私は奥の部屋へずっと引っ込んでいました。その奥の部屋からは外へは出られない構造になっています。確認してもらえば分かります。もう一つお話ししますと、私は事件の後、リコーダーを見て、驚き、ニックに問い質しました。『お前はあの看護師を撃ったのか?』と。ニックの答えは、『撃ったかどうかは言えない。カメラは事件現場を撮っていないだろ。知らない方が身の為だ。』でした。私は怖くて、それ以上追求できませんでした。言われてみれば、あの映像はニックがイサオさんを撃った瞬間を捉えていませんし、第三者が撃った可能性も捨てきれません。」
「一理ある。リコーダーを詳しく解析しなければ、正確な答えは出ないな。直ちに鑑識へ回せ。」
フォルスト捜査官は、部下にリコーダーを押収させた。
「疑問がまだある。なにゆえ、リコーダーを破棄せずに金庫にしまった。」
「ニックが、『万が一、お前が事件の共犯にされそうになった時は、防犯カメラの映像をFBIか警察に見せろ。外にいなかった証拠になる』と言ったのです。」
店主の言葉を聞いて、フォルスト捜査官は「ほおっー。」と呟いた。
「ニックは、おかしな男だ。」
「えっ?」
「一般市民を撃った刑事が、友の身の安全を守ろうとしたのだ。自分が事件の容疑者の確定に繋がる証拠を使って。」
ジュリアンが悲しそうな表情になった。
「ニックが人情に厚い男の証拠です。ニックがイサオさんを撃ったのは、秘密結社からの魔の手を防ぐ為だと思います。イサオさんを逃がそうとても、秘密結社の連中はどこまでも追ってくることをとても良く知っていました。奴も組織にいたからです。連中を混乱させ、襲撃を止めさせるには、あえて怪我を負わせるしかないと、奴は思ったのでしょう。だから、愛用のワルサーP99じゃなく、威力の弱い小型拳銃を使ったのです。何でも屋に、証拠のリコーダーを保存させたのも、奴なりの優しさなんです。どうして事を起こす前に、親友である自分に相談してくれなかったのか悔しいですがね。二人なら、何とかイサオさんを守る手立てを考えられたのに。」
何でも屋の店主は抵抗虚しく、両脇の捜査官に引き立てられて外へ出されようとしていた。
「偽証罪の容疑で捕まえる訳では無い。前任者との約束は守る。少しばかり話を聞きたいだけだ。今日中には家に帰してやる。さあ、車まで案内しろ。」
フォルスト捜査官が店主に告げた。
「行けません。私はこれからどうしても会って、謝らなければならない人がいるんですぅ。」
店主は、浮気相手に自分はマフィアのボスと偽っていた事が、本人の耳に入り、怒りを買っていたのだ。
「今日中に家に帰るなら、問題ないよ。その方とは、明日会うことになっているじゃあないか。」
間に入ったジュリアンの尽力で、店主がマフィアのボスに直接謝罪することで話はついていた。
「事情はよく分からんが、私は言った事を実行する人間だ。明日の予定を狂わせることはしない。だた、お前の協力次第で、夕飯前に帰宅するか、夜食前に帰宅するかだ。」
フォルスト捜査官は言い放った。
「頼みますよ。明日の予定だけは、どうしても変更は出来ませんので。遅くなりそうだったら、弁護士に連絡しますからね。」
ジュリアンがそう答えると、安心したのか両脇を捜査官に挟まれた店主は大人しく外へ出た。
彼らの後に続いたフォルスト捜査官は、コリン達を一瞥して家を出た。
ベンジャミン捜査官は汗を拭きながら、萎縮したまま彼らの後ろについて行った。
「我々も失礼しよう。」
ブライアンが声を掛け、弁護士に協力してくれた礼を述べると、コリン達を引き連れて家を出た。
「くそっ、新しい主任は腹が立つ!」
ブライアンの運転するベンツS HYBRIDの後部座席に座ったコリンが、怒りを露わにした。
「奴よりも早く、ニックの行方を掴もう。」
コリンの隣に座った、デイビットが言った。
「そうだ。今迄の様に、FBIとは緊密に連携が取れなくなるが、我々は我々なりにベストを尽くそうじゃないか。」
「その通りだ。もう昼近くなったか。ロボはちゃんとご飯を食べているかな。」
コリンはロボの身を案じた。
「もうそんな時間か。ニックのことだ。キチンとロボの世話をしてるさ。我々も何か入れないとな。早くて、旨い店があるんだ。」
ブライアンは、ホテルから1ブロック前で左へハンドルを回した。
=====
「FBIの新しい主任はかなりの堅物だな。こちらとしては好都合だ。感謝するぞ。」
隠れ家の外へいたシェインは、ジョーニーから連絡を受けていた。
外では、山本と他の殺し屋達が、バンを確認していた。
携帯を切って、中に入り、ホールへ行くと、殺し屋達が襲撃の準備をしていた。
「いよいよだな。」
ミーシャはうずうずしていた。
「長いこと訓練をした甲斐があったというものだ。」
エドワードがSIG SG553を念入りに手入れをしていた。
「奴等は、ニックの事でかなり衝撃を受けている。この隙に、今夜襲撃するぞ。」
シェインが皆に号令をかけた。
続き