前回 、目次 、登場人物 、あらすじ
コリンとデイビットが乗っているフォレスターが、ニックのトレーラーハウスの前に到着したのは、ジュリアンからの電話を受けてから40分後であった。
まだ誰も到着していなかった。
主のいないトレーラーハウスの前には規制線が張られたままで、その光景を見たコリンは、夏なのに肌寒く感じた。
『前にここへ来た時は、ロボが俺を熱く迎えてくれたな。彼の側にはニックもいた。今は誰もいない。寂しいな。』
間もなく、ベンツS HYBRIDが、コリン達の前に止まった。
「良かった。間に合った。」
ブライアンが運転席から降りてきた。
コリン、デイビット、そしてブライアンは、情報を交換し合った。
ブライアンは裏社会の人間が集まる店を中心に回り、ニックの行方を追っていたが、空振りに終わっていた。
「こっちもだよ。」
コリンも疲れた表情を見せた。
「しかし、その医師はニックに関して何か情報を持っていることは掴んだだろ。きっと役に立つ時が来る。その時には、医師に洗いざらい吐いて貰わないとな。」
ブライアンは警官がいないことを見計らい、規制線を越え、トレーラーハウスを一回りし、何か情報は無いかと見渡した。
コリン達も後に続いた。
「気になるな。」
ブライアンは、トレーラーハウスの後ろ側が気になった。
コリンは後ろに生い茂る森を眺めた。
「森の中は、警察が捜索したんだろ。ニックとロボの痕跡がなかったそうじゃないか。」
森から邪悪な気配を感じ、ますますコリンの体温が下がった。
「そうだがコリン、これを見ろ。」
森の入口には、細かく切られ、打ち捨てられた植物の破片が散らばっていた。
植物はかなり腐敗していたものの、ブライアンは器用に破片を集め、つなぎ合わせた。
4メートル以上にもなる植物であった。
「麻だ。」
「ということは大麻草?!ニック、大麻をやっていたのか。」
コリンは驚き、3人はお互いの顔を見合わせた。
丁度、ジュリアンの運転するリンカーンが到着した。
「君達が一番乗りだったか。」
何も知らないジュリアンは明るい笑顔を見せた。
「ここで思わぬ発見をした。これだ。」
ブライアンは、ジュリアンにバラバラにされた麻を見せた。
「ええっ!ニックは大麻を吸う男ではなかった筈です。一体何故?んっ、おかしいですよ。吸うために自家栽培するなら、こんなに成長させませんよ。」
「それもそうだな。所で、ニックに関して警察からの情報を手に入れたか?」
「今の所、ありません。残念ながら。その上、フォルスト捜査官が主任になってから、警察にも締め付けが厳しくなって、情報屋への情報の提供が今のところ難しくなっているのです。時が経てば、規制も緩くなり、情報を得られると思うのですが。」
「融通の利かない堅物で困る。そう言えば、ここを通る途中、ガソリンスタンドの前を走ったが、見張りの警官の姿が無くなっていたな。」
デイビットの指摘に、ジュリアンは頷いた。
「ニックはもうここへは戻ってこないとのFBIの判断で、見張りを解いたのです。トレーラーハウスは、髪一本も落ちていない位、綺麗に清掃されていましたしね。ニックの愛車のジープ・グランドチェロキーZJも同様です。何としても手掛かりを探そうとFBIが車を押収して、鑑識に回しています。昨日までこの近辺をあらかた捜索しましたから、FBIの眼は他へ向いているのです。」
それから暫くして、20年前に製造された型で、シルバーのホンダ・アコードが3人の近くに止まった。
「済まない、お待たせしたね。」
マックス刑事が運転席のドアを開けた。
「君達に報告したいことがあってね。今日、フォルスト主任捜査官に急に呼び出されたんだ。何事かと思ったら、私のコネクションを使わせて欲しいとの依頼だった。私は、動物警察のボランティアを長年している関係で、多くの動物保護団体やブリーダー達に知り合いがいるんだ。その伝手で、ロボを見付けろってね。FBIは、直接ニックを見付けることが出来ないから、ロボから辿っていく戦法を選んだ。動物保護団体の中には、ペットショップを経営している所もあるので、大型犬の餌を買う怪しい客がいるかどうか聞いてみたよ。」
「いましたか?」
コリンは目を輝かせながら尋ねた。
「残念ながら、どこからもいなかったとの答えが返ってきた。」
コリンは非常に落胆した。
デイビットは、ニックの影に隠れていたマックスが膨大なネットワークを持っている事実に感心した。
それと同時に、フォレスト捜査官はマイアミ署の警察官全員を調べ上げ、公私問わず詳細な情報を握っていると、デイビットは理解した。
「前回、ニックがロボを連れて消えたときは、FBIはマックスに協力を頼まなかった。今回の動きを見ると、フォルスト捜査官は、部下のFBI捜査官達に命じて、マイアミ署の警察官を洗いざらい調べている。野郎は、警察も信用していない。FBIだけで、この事件を追うつもりだ。」
ブライアンもデイビットと同じ考えに達していた。
「仕方ないよ。相手は、警察内の秘密結社だからね。私達も秘密結社は噂話だと思って、放置していたからね。そのツケが回ったんだ。」
マックスはFBIの態度に、半ば諦めていた。
「話しを元に戻すと、動物愛護団体からの返事から数時間経って、ペットシッターを生業としている友人から連絡が来たんだ。近所に突然シェパードの雑種を見かけるようになったと。そこの家は、プードルだけを飼っていたのに、2~3日前からシェパードの雑種も散歩させていたというものだった。私は直ぐさまFBIに報告し、我々はそこの家へ行ってみたが、残念ながらロボとは別の犬だった。家主の女性に色々と聞いてみたらば、このシェパードの雑種は彼女の父親の飼い犬だったが、急に入院することになって、預かることになったとの事だった。偶然にも、その女性はWEBデザイナーでね。我々が、ロボの似顔絵しか持っていないのを知ると、父親の犬の写真を元に、我々の証言をフォトショップで加えてくれてね。お陰で、精密な合成写真を手に入れた。沢山コピーしたのを持ってきたよ。きっと役に立つよ。」
マックスは、写真をコリン、デイビット、ブライアン、そしてジュリアンに配った。
「良かった。ニックは17年前に事故に遭って以来、写真嫌いになって、私もロボの写真を1枚も持っていなかったのですよ。」
ジュリアンは素直に喜んだ。
「これはまさしくロボだ。助かるよ。有難う。」
コリンは目を輝かせて礼を言ったが、次の瞬間マックスの事がとても心配になった。
「でも、写真を俺達に配ったことをFBIにバレたら、貴方が怒られるのでは?」
「気にしないでくれ。別に、私がFBIに責任を問われても平気さ。どうせ、1~2年の内に引退する気でいたからね。」
「まだお若いのに。」
ジュリアンが驚いた。
「いや、そろそろ潮時だよ。引退先も既に見付けてある。猫の保護団体の経営しているカフェなんだ。大好きな猫達に囲まれた生活が楽しみだね。」
マックスは引退後を心から待ち遠しい様子であった。
ちらっと、コリンはホンダ・アコードの車内へ視線がいった。
助手席には、世界的に有名な女の子のキャラクターのクッションが置いてあった。
キャラクターに疎いコリンからすると、かわいい猫にしか見えなかった。
「あれっ?可愛いものがお好きなんですね。」
ジュリアンもクッションを見付けると、興味を示した。
デイビットとブライアンもそのクッションを見た。
「さっきも、署で仲間に言われたよ。私の私物じゃないよ。私の猫のお気に入りのクッションなんだ。これがないと機嫌が悪くなるんだよ。今使っているのが古くなったので、昼休みに新しいのを買ったんだ。」
マックスは照れくさそうに答えた。
「優しいお父さんだね。」
コリンはマックスの優しさに触れ、冷えた体が徐々に温まってきた。
「さて、私も今日からこの事件に加わる事になった。残念ながら、今日の収穫はこれだけだけど、新しい情報が入ったら、直ぐに君達へ連絡するからね。」
マックスは口には出さなかったが、FBIがコリン達との協力関係を絶った事を知っていた。
せめて自分が情報をコリン達に提供することによって、ニックとロボを早く発見し、事件の早期解決を望んでいたのだ。
車に乗ろうとしたマックスをデイビットが留めた。
「2つ質問がある。」
デイビットは、ニックが懇意にしている医師が、夜にニックとアジア系の警官が走っている所を目撃した事を話し、心当たりはないかと尋ねた。
「フォイだと思うよ。」
マックスは即座に言った。
マックスによれば、フォイは香港からの移民で、ニックと一時コンビを組んでいたことがあった。
フォイが他の部署へ配属となり、コンビが解消されても二人は仲が良かったと言う。
「でもね、彼は187センチのニックより背が高いんだよ。確か、192センチあるんじゃなかったかな。夜だから、先生の見間違いかも知れないから、署に戻ったら、彼にニックと森の中を走ったかどうか聞いてみるよ。」
「もう一つだが、森の入口で、細かく裁断されて捨てられた麻を見かけたが。警察はそれを何と見ている。」
「流石だな。もう見付けたか。植物の一部をFBIと警察の鑑識課が押収して、分析したところ、この麻は全く手を加えられないまま切断された事が分かった。遺棄したのは、かなり前だとも判明している。スーパーの同僚や、最後にニックと話した男性にも聞いたけど、ニックの言動に怪しい点は無かったと証言している。元相棒としても、ニックは大麻は吸っていないと思っている。FBIと警察は、どうもニックは単なる趣味で麻を栽培していたのではないかと見ている。ここからは私の推測だけど、ニックが逃げると決めたときに、証拠隠滅の為に麻を燃やさずに切断して捨てたのは、ロボがうっかり吸って仕舞わないようにする、ニックの配慮だと思うよ。」
「趣味で麻を育てたか。ニックは不可解な男だ。」
ブライアンのつぶやきに、マックスは同意した。
「刑事だった頃もそうだった。射撃場を真っ暗闇にして、訓練をする男だったからね。」
「州で一番の銃の腕前と云われていた男が、暗闇の中で射撃訓練をしたのか。で、奴は百中百発だっただろ?」
「ブライアン、その通りだ。」
訓練という言葉で、コリンは入院中に猛から借りた本を思い出した。
それは、忍術の入門書で、忍者は庭に、麻や竹等の成長の早い植物を植え、毎日それらの植物を飛び越え、跳躍力を付けていたと記されていた。
コリンが猛にその事を尋ねると、猛は意外な事実を教えてくれた。
『本にはそう記されているが、実際は植物の成長はとても早く、ついていける者は殆どいなかった。私の家では、地面に穴を少しずつ掘り、その穴から飛び出すという飛躍力を身に付ける訓練をしていた。穴の幅は狭く、膝を曲げることも出来ず、足の指を使って飛んでいたのだ。』
「じゃあ、フォイの件は後で連絡するからね。」
マックスはシルバーのホンダ・アコードに乗り、その場から去って行った。
「我々もこれからイサオの所へ行き、今日の事を報告しよう。FBIの連中から、ニックが撃った犯人だと聞かされて、ショックを受けているからな。サラと猛さんもきっと同じ気持ちだ。皆で支えよう。」
ブライアンの声かけで、コリン、デイビット、そしてジュリアンは、イサオが入院している病院へそれぞれの車を走らせた。
=======
夕方になり、マイアミ署では、ルドルフは夜勤に入り、署内で書類仕事をしていた。
いつもの通りに平静を装っていたが、部屋のあちこちに監視カメラと盗聴器が仕掛けられており、内心ではかなり緊張をしていた。
部屋のドアをノック音が聞こえた。
「ルドルフ、忘れ物よ。」
入口には、恋人のマリアンヌが弁当を持って立っていた。
「少しなら休憩を取れるよ。」
久しぶりに署に訪れたマリアンヌに微笑みかけた上司は、ルドルフにウィンクした。
ルドルフは上司に礼を言うと、マリアンヌと署の玄関口に出た。
ルドルフは辺りを見渡した。
「ここなら大丈夫だ。弁当を有難う。実はそれだけでここへ来たんじゃないね。」
「勿論よ。ロボを預かっている親友から連絡が入ったの。あの犬は、FBIと警察が捜している犬じゃないかって。私が『名前が同じだけで、年も形も違う』と何度も言っているのだけど、彼女、非常に気にしているわ。」
ルドルフは舌打ちした。
「困ったぞ。」
「そこで、私は考えたの。この前、私の職場へ来たアジア人の男をちょっとだけ貸してくれない?彼を留学生の同級生として、彼女に会わせ、『ここのロボは留学生の飼っていた犬だ。警察が捜しているロボという犬とは違うよ。』って証言させれば、彼女は信用するわ。早いほうが良いから、今夜彼に頼んでくれない?」
「今夜は無理だ。」
穏やかな口調だが、ルドルフの鋭い目付きに、マリアンヌはハッとした。
「いよいよなのね。」
ルドルフは大きく頷いた。
「分かったわ。彼女は私が何とかする。貴方は今夜の仕事に専念して。FBIは度肝を抜くでしょうね。警察で働いている貴方を見張っている最中に、ブライアン達が襲撃されるなんて思わないでしょうね。愛しているわ。」
マリアンヌは熱い口づけをルドルフにすると、その場をあとにした。
マリアンヌは車を走らせると、後ろからFBIの車が尾行していた。
「忌々しい奴等め。今夜、お前らに吠え面を掻かせてやる。リーダーたる俺が参加出来ないのが、辛い。」
ルドルフは、ガールフレンドの車を見送ると、署の中へ戻った。
続き
コリンとデイビットが乗っているフォレスターが、ニックのトレーラーハウスの前に到着したのは、ジュリアンからの電話を受けてから40分後であった。
まだ誰も到着していなかった。
主のいないトレーラーハウスの前には規制線が張られたままで、その光景を見たコリンは、夏なのに肌寒く感じた。
『前にここへ来た時は、ロボが俺を熱く迎えてくれたな。彼の側にはニックもいた。今は誰もいない。寂しいな。』
間もなく、ベンツS HYBRIDが、コリン達の前に止まった。
「良かった。間に合った。」
ブライアンが運転席から降りてきた。
コリン、デイビット、そしてブライアンは、情報を交換し合った。
ブライアンは裏社会の人間が集まる店を中心に回り、ニックの行方を追っていたが、空振りに終わっていた。
「こっちもだよ。」
コリンも疲れた表情を見せた。
「しかし、その医師はニックに関して何か情報を持っていることは掴んだだろ。きっと役に立つ時が来る。その時には、医師に洗いざらい吐いて貰わないとな。」
ブライアンは警官がいないことを見計らい、規制線を越え、トレーラーハウスを一回りし、何か情報は無いかと見渡した。
コリン達も後に続いた。
「気になるな。」
ブライアンは、トレーラーハウスの後ろ側が気になった。
コリンは後ろに生い茂る森を眺めた。
「森の中は、警察が捜索したんだろ。ニックとロボの痕跡がなかったそうじゃないか。」
森から邪悪な気配を感じ、ますますコリンの体温が下がった。
「そうだがコリン、これを見ろ。」
森の入口には、細かく切られ、打ち捨てられた植物の破片が散らばっていた。
植物はかなり腐敗していたものの、ブライアンは器用に破片を集め、つなぎ合わせた。
4メートル以上にもなる植物であった。
「麻だ。」
「ということは大麻草?!ニック、大麻をやっていたのか。」
コリンは驚き、3人はお互いの顔を見合わせた。
丁度、ジュリアンの運転するリンカーンが到着した。
「君達が一番乗りだったか。」
何も知らないジュリアンは明るい笑顔を見せた。
「ここで思わぬ発見をした。これだ。」
ブライアンは、ジュリアンにバラバラにされた麻を見せた。
「ええっ!ニックは大麻を吸う男ではなかった筈です。一体何故?んっ、おかしいですよ。吸うために自家栽培するなら、こんなに成長させませんよ。」
「それもそうだな。所で、ニックに関して警察からの情報を手に入れたか?」
「今の所、ありません。残念ながら。その上、フォルスト捜査官が主任になってから、警察にも締め付けが厳しくなって、情報屋への情報の提供が今のところ難しくなっているのです。時が経てば、規制も緩くなり、情報を得られると思うのですが。」
「融通の利かない堅物で困る。そう言えば、ここを通る途中、ガソリンスタンドの前を走ったが、見張りの警官の姿が無くなっていたな。」
デイビットの指摘に、ジュリアンは頷いた。
「ニックはもうここへは戻ってこないとのFBIの判断で、見張りを解いたのです。トレーラーハウスは、髪一本も落ちていない位、綺麗に清掃されていましたしね。ニックの愛車のジープ・グランドチェロキーZJも同様です。何としても手掛かりを探そうとFBIが車を押収して、鑑識に回しています。昨日までこの近辺をあらかた捜索しましたから、FBIの眼は他へ向いているのです。」
それから暫くして、20年前に製造された型で、シルバーのホンダ・アコードが3人の近くに止まった。
「済まない、お待たせしたね。」
マックス刑事が運転席のドアを開けた。
「君達に報告したいことがあってね。今日、フォルスト主任捜査官に急に呼び出されたんだ。何事かと思ったら、私のコネクションを使わせて欲しいとの依頼だった。私は、動物警察のボランティアを長年している関係で、多くの動物保護団体やブリーダー達に知り合いがいるんだ。その伝手で、ロボを見付けろってね。FBIは、直接ニックを見付けることが出来ないから、ロボから辿っていく戦法を選んだ。動物保護団体の中には、ペットショップを経営している所もあるので、大型犬の餌を買う怪しい客がいるかどうか聞いてみたよ。」
「いましたか?」
コリンは目を輝かせながら尋ねた。
「残念ながら、どこからもいなかったとの答えが返ってきた。」
コリンは非常に落胆した。
デイビットは、ニックの影に隠れていたマックスが膨大なネットワークを持っている事実に感心した。
それと同時に、フォレスト捜査官はマイアミ署の警察官全員を調べ上げ、公私問わず詳細な情報を握っていると、デイビットは理解した。
「前回、ニックがロボを連れて消えたときは、FBIはマックスに協力を頼まなかった。今回の動きを見ると、フォルスト捜査官は、部下のFBI捜査官達に命じて、マイアミ署の警察官を洗いざらい調べている。野郎は、警察も信用していない。FBIだけで、この事件を追うつもりだ。」
ブライアンもデイビットと同じ考えに達していた。
「仕方ないよ。相手は、警察内の秘密結社だからね。私達も秘密結社は噂話だと思って、放置していたからね。そのツケが回ったんだ。」
マックスはFBIの態度に、半ば諦めていた。
「話しを元に戻すと、動物愛護団体からの返事から数時間経って、ペットシッターを生業としている友人から連絡が来たんだ。近所に突然シェパードの雑種を見かけるようになったと。そこの家は、プードルだけを飼っていたのに、2~3日前からシェパードの雑種も散歩させていたというものだった。私は直ぐさまFBIに報告し、我々はそこの家へ行ってみたが、残念ながらロボとは別の犬だった。家主の女性に色々と聞いてみたらば、このシェパードの雑種は彼女の父親の飼い犬だったが、急に入院することになって、預かることになったとの事だった。偶然にも、その女性はWEBデザイナーでね。我々が、ロボの似顔絵しか持っていないのを知ると、父親の犬の写真を元に、我々の証言をフォトショップで加えてくれてね。お陰で、精密な合成写真を手に入れた。沢山コピーしたのを持ってきたよ。きっと役に立つよ。」
マックスは、写真をコリン、デイビット、ブライアン、そしてジュリアンに配った。
「良かった。ニックは17年前に事故に遭って以来、写真嫌いになって、私もロボの写真を1枚も持っていなかったのですよ。」
ジュリアンは素直に喜んだ。
「これはまさしくロボだ。助かるよ。有難う。」
コリンは目を輝かせて礼を言ったが、次の瞬間マックスの事がとても心配になった。
「でも、写真を俺達に配ったことをFBIにバレたら、貴方が怒られるのでは?」
「気にしないでくれ。別に、私がFBIに責任を問われても平気さ。どうせ、1~2年の内に引退する気でいたからね。」
「まだお若いのに。」
ジュリアンが驚いた。
「いや、そろそろ潮時だよ。引退先も既に見付けてある。猫の保護団体の経営しているカフェなんだ。大好きな猫達に囲まれた生活が楽しみだね。」
マックスは引退後を心から待ち遠しい様子であった。
ちらっと、コリンはホンダ・アコードの車内へ視線がいった。
助手席には、世界的に有名な女の子のキャラクターのクッションが置いてあった。
キャラクターに疎いコリンからすると、かわいい猫にしか見えなかった。
「あれっ?可愛いものがお好きなんですね。」
ジュリアンもクッションを見付けると、興味を示した。
デイビットとブライアンもそのクッションを見た。
「さっきも、署で仲間に言われたよ。私の私物じゃないよ。私の猫のお気に入りのクッションなんだ。これがないと機嫌が悪くなるんだよ。今使っているのが古くなったので、昼休みに新しいのを買ったんだ。」
マックスは照れくさそうに答えた。
「優しいお父さんだね。」
コリンはマックスの優しさに触れ、冷えた体が徐々に温まってきた。
「さて、私も今日からこの事件に加わる事になった。残念ながら、今日の収穫はこれだけだけど、新しい情報が入ったら、直ぐに君達へ連絡するからね。」
マックスは口には出さなかったが、FBIがコリン達との協力関係を絶った事を知っていた。
せめて自分が情報をコリン達に提供することによって、ニックとロボを早く発見し、事件の早期解決を望んでいたのだ。
車に乗ろうとしたマックスをデイビットが留めた。
「2つ質問がある。」
デイビットは、ニックが懇意にしている医師が、夜にニックとアジア系の警官が走っている所を目撃した事を話し、心当たりはないかと尋ねた。
「フォイだと思うよ。」
マックスは即座に言った。
マックスによれば、フォイは香港からの移民で、ニックと一時コンビを組んでいたことがあった。
フォイが他の部署へ配属となり、コンビが解消されても二人は仲が良かったと言う。
「でもね、彼は187センチのニックより背が高いんだよ。確か、192センチあるんじゃなかったかな。夜だから、先生の見間違いかも知れないから、署に戻ったら、彼にニックと森の中を走ったかどうか聞いてみるよ。」
「もう一つだが、森の入口で、細かく裁断されて捨てられた麻を見かけたが。警察はそれを何と見ている。」
「流石だな。もう見付けたか。植物の一部をFBIと警察の鑑識課が押収して、分析したところ、この麻は全く手を加えられないまま切断された事が分かった。遺棄したのは、かなり前だとも判明している。スーパーの同僚や、最後にニックと話した男性にも聞いたけど、ニックの言動に怪しい点は無かったと証言している。元相棒としても、ニックは大麻は吸っていないと思っている。FBIと警察は、どうもニックは単なる趣味で麻を栽培していたのではないかと見ている。ここからは私の推測だけど、ニックが逃げると決めたときに、証拠隠滅の為に麻を燃やさずに切断して捨てたのは、ロボがうっかり吸って仕舞わないようにする、ニックの配慮だと思うよ。」
「趣味で麻を育てたか。ニックは不可解な男だ。」
ブライアンのつぶやきに、マックスは同意した。
「刑事だった頃もそうだった。射撃場を真っ暗闇にして、訓練をする男だったからね。」
「州で一番の銃の腕前と云われていた男が、暗闇の中で射撃訓練をしたのか。で、奴は百中百発だっただろ?」
「ブライアン、その通りだ。」
訓練という言葉で、コリンは入院中に猛から借りた本を思い出した。
それは、忍術の入門書で、忍者は庭に、麻や竹等の成長の早い植物を植え、毎日それらの植物を飛び越え、跳躍力を付けていたと記されていた。
コリンが猛にその事を尋ねると、猛は意外な事実を教えてくれた。
『本にはそう記されているが、実際は植物の成長はとても早く、ついていける者は殆どいなかった。私の家では、地面に穴を少しずつ掘り、その穴から飛び出すという飛躍力を身に付ける訓練をしていた。穴の幅は狭く、膝を曲げることも出来ず、足の指を使って飛んでいたのだ。』
「じゃあ、フォイの件は後で連絡するからね。」
マックスはシルバーのホンダ・アコードに乗り、その場から去って行った。
「我々もこれからイサオの所へ行き、今日の事を報告しよう。FBIの連中から、ニックが撃った犯人だと聞かされて、ショックを受けているからな。サラと猛さんもきっと同じ気持ちだ。皆で支えよう。」
ブライアンの声かけで、コリン、デイビット、そしてジュリアンは、イサオが入院している病院へそれぞれの車を走らせた。
=======
夕方になり、マイアミ署では、ルドルフは夜勤に入り、署内で書類仕事をしていた。
いつもの通りに平静を装っていたが、部屋のあちこちに監視カメラと盗聴器が仕掛けられており、内心ではかなり緊張をしていた。
部屋のドアをノック音が聞こえた。
「ルドルフ、忘れ物よ。」
入口には、恋人のマリアンヌが弁当を持って立っていた。
「少しなら休憩を取れるよ。」
久しぶりに署に訪れたマリアンヌに微笑みかけた上司は、ルドルフにウィンクした。
ルドルフは上司に礼を言うと、マリアンヌと署の玄関口に出た。
ルドルフは辺りを見渡した。
「ここなら大丈夫だ。弁当を有難う。実はそれだけでここへ来たんじゃないね。」
「勿論よ。ロボを預かっている親友から連絡が入ったの。あの犬は、FBIと警察が捜している犬じゃないかって。私が『名前が同じだけで、年も形も違う』と何度も言っているのだけど、彼女、非常に気にしているわ。」
ルドルフは舌打ちした。
「困ったぞ。」
「そこで、私は考えたの。この前、私の職場へ来たアジア人の男をちょっとだけ貸してくれない?彼を留学生の同級生として、彼女に会わせ、『ここのロボは留学生の飼っていた犬だ。警察が捜しているロボという犬とは違うよ。』って証言させれば、彼女は信用するわ。早いほうが良いから、今夜彼に頼んでくれない?」
「今夜は無理だ。」
穏やかな口調だが、ルドルフの鋭い目付きに、マリアンヌはハッとした。
「いよいよなのね。」
ルドルフは大きく頷いた。
「分かったわ。彼女は私が何とかする。貴方は今夜の仕事に専念して。FBIは度肝を抜くでしょうね。警察で働いている貴方を見張っている最中に、ブライアン達が襲撃されるなんて思わないでしょうね。愛しているわ。」
マリアンヌは熱い口づけをルドルフにすると、その場をあとにした。
マリアンヌは車を走らせると、後ろからFBIの車が尾行していた。
「忌々しい奴等め。今夜、お前らに吠え面を掻かせてやる。リーダーたる俺が参加出来ないのが、辛い。」
ルドルフは、ガールフレンドの車を見送ると、署の中へ戻った。
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