前回 目次 登場人物 あらすじ
コリンのもとへ1本の電話が入ったのは、翌朝の事であった。

「フォルストだ。君に確認して貰いたいものがある。これから署まで来てくれ」

フォルスト捜査官はそれだけを言うと電話を切った。

「確認して貰いたいもの?一体何だ?昨日の邸宅の捜査で俺に関するものが出たのかな?」
アパートにいたコリンは、支度をしながら考えていた。

デイビットもフォルスト捜査官の言葉を計りかねていた。
「署に行けば分かると思うが、何で電話できちんと言わないのか。全く、礼儀知らずの男だ」

コリンはデイビットの運転するフォレスターで、署まで向かった。

「ブライアンが何か知っているかも。聞いてみるね」
助手席に座っているコリンは、iPhoneを取り出した。

「私には何も連絡が無いぞ。ベンジャミン捜査官に問い合わせてみる。私も後から署へ行く」
ブライアンは初耳であった。

「ブライアンも知らないと言うんだ。一体、どういうことなんだろ?」
コリンはますます疑問に思った。

間もなくフォレスターは署へ到着した。

玄関口で、ブライアンの友人でもあるベンジャミン捜査官が待っていた。
ソワソワしていた。

「おはよう。ブライアンから連絡があった?」

周囲に聞こえない位、コリンの小声の問いかけに、ベンジャミン捜査官は目を見開いて首を振った。

『主任のフォルストに知られるのが怖いんだな』
コリンは彼の心情を察し、彼と目を合わして肯いた。

「何か言いたそうだな」
デイビットが彼の表情で察した。

「いや、その、コリン、ちょっと良いかな?」

「俺だけ?デイビットと一緒の方が良いな」

「あっ、いや、君だけに話したいことが・・・。」
ベンジャミン捜査官が周りをキョロキョロした。

「何なのさ。デイビットとじゃなきゃ駄目だ」
コリンがそう押すと、ベンジャミン捜査官は苦い顔で、近くの部屋に案内しようとした。

「何をしているんだ?」
別の捜査官が3人に声を掛けた。

「いや、コリンにあの話しをしようとしたんだ」

「それは主任がする事だろ?」

「だから、ショックを受けると思って、その前にやんわりと話そうかと。それに、もうじきブライアンが来るから、それまで別室で待とうかと思った」

「主任は冷血なところがあるけど、別にコリンを傷つけようとしているんじゃないぞ。それに今回の事は、ブライアンは関係無いだろ。さっさと、主任のところへ案内しろよ」

二人の捜査官のやり取りに、コリンとデイビットは怪しんだ。

「俺のことで何かあるのか?」
コリンが口を開いた。

「ここでちょっと話すけど、君に関する重大な情報が、昨夜邸宅に仕掛けられた爆弾入りの箱の中から発見されたんだ。主任は、君にその件について聴取したがっている。君の事、ブライアンが凄く心配してね」

ベンジャミン捜査官がコリンに打ち明けた。

「俺の?裏社会にいた頃の話しか?いいよ。別に。ここにいる全員が知っている事だし」

「いや、その前の事なんだよ」
ベンジャミン捜査官は唇をへの字に結んだ。

「ああ、それで、俺一人に話したかったのか。大丈夫だよ。デイビットには俺について全て話してあるから。主任に何聞かれても、どうってことは無い。ブライアンにも気にしないでと言ってくれ」

コリンはオロオロするベンジャミン捜査官に微笑むと、デイビットと一緒に主任が待つ奥の部屋へ歩いて行った。

「コリンが裏社会にいた頃よりも前の頃か。23歳より前の話か?何かあったのか?」
デイビットは問いに、コリンは首を傾げた。

「何も無いよ。シアトルにある中堅の自動車整備工場で働いていた、ごく普通の男さ」

『もしかして、コリンが14歳時の話しか?』
デイビットは嫌な予感がした。

「ブライアンが来るまで待とう」
デイビットがコリンを止めた。

奥の部屋から、フォルスト捜査官が出来てきた。
「おはよう。待っていた。デイビットも一緒か。君が良いというのなら、構わない」

「いや、ちょっと待ってくれ」

「大丈夫だよ。デイビット。ブライアンが来るのなら、後から部屋に通して貰おうよ。それで良いだろ?」

「君が良いと言うのなら。彼が来たらここへ通してくれ」
フォルスト捜査官はコリンの提案を受け入れ、近くにいた部下の捜査官に命じた。

コリンとデイビットは奥の部屋に通された。
部屋には誰もおらず、取り調べ用の机と椅子があるのみだった。

「マジックミラー越しに、隣の部屋で俺達を監視しているのか」
コリンが壁を睨んだ。

『この男、睨むと色気が出る。これが、コリンを逮捕した事がある捜査官が言っていたことか』

フォルスト捜査官が椅子をひき、コリンに座るように促した。
「監視じゃない。見守りだ。これから非常にプライベートな質問をするから、いろいろと配慮しているのだ。そうきつく睨むな」

「プライベート?」
コリンもようやく事態が飲み込んだ。

フォルスト捜査官が深呼吸した。
「まずはこれを見て欲しい」

手元からビニール袋に収められた写真をコリンの目の前に差し出した。

写真では、10代半ばと思われるコリンが、高級ベットの上に全裸で横になっている写真であった。
コリンはうつ伏せで、シーツは下半身しか覆って織らず、上半身を出していた。
朝方に撮られたもので、窓から差し込む日の光がコリンの陸上で鍛えられた背中に反射して、部屋全体に濃厚な色気を醸し出していた。

この写真を見たコリンは目を見開いたまま、体を硬直させた。

デイビットは写真を見た瞬間、激しいショックを受け、体が震えた。
『これ程、妖しく美しい少年だったのか・・・』

「パートナーの君でも驚くか。別室で休んだほうが良さそうだな」

フォルスト捜査官の配慮を、デイビットは拒否した。

「いや。平気だ」

『写真は、あの忌まわしい14歳の夏のものだ。写真は全て処分したとブライアンが言っていたのに、まだ残っていたとは・・・』

デイビットは激しいショックを受け、秘密結社に対して憤怒した。

『くっそ!秘密結社の野郎共、コリンの過去を調べやがって!あいつら、この写真を見たのか!くそったれめ!!』

「この写真が、爆弾の隣にあったの?」
固まっていたコリンがようやく口を開いた。

「その通りだ。この写真が封筒の中に入っていた。我々としては、どうしてこの写真が爆弾の横にあったのか、不可解に思っている。君がどう思っているのか聞きたい」

「俺にだって分からないよ。恐らく、連中は俺の過去を探して、俺の全てを知っていると言いたいんだろ。俺に恐怖を与えようとしているんだろ。俺を怯えさせて、イサオの事件から手を引けって言いたいんだろうよ」

「この写真に身に覚えはないか。日の光から推定すると時期は夏だ。10代の夏を思い出してくれ」

「コリンの過去は、事件に関係ないだろ!」
デイビットがきつい口調で、フォルスト捜査官に答えた。

「デイビット、君に質問しているのでは無い。私はコリンに質問しているのだ」
フォルスト捜査官は冷たく言い放った。

「大丈夫だよ。デイビット。俺を守ろうとしている君の気持ちは嬉しいよ。でも、俺答える」

「それは必要無い」

「でも、答えなきゃ。事件解決の糸口になるかも知れないのだから」

デイビットの心臓の鼓動がとても高まった。

「この写真は、俺が16の時に撮られた写真だよ」

デイビットは息が止まるくらい驚いた。
「16・・・?」

「そうだよ。俺が高校生の時だ。資産家の青年と付き合っていたんだ。短い期間だったけどね。俺が彼のベットで寝ている時に撮られたんだろうね。彼は写真が趣味だったから。名前は、確かスチュワート、いや、スコッチ、多分スコットだったかな」

「恋人の名前を覚えていないのか」
フォルスト捜査官は、コリンの嘘を薄々感じた。

「いちいち記憶していられないよ。貴方の様な勉強一筋な捜査官と違って、高校時代の俺は陸上部部員で且つ、アメフト部のマネージャーもしていて、スクールカーストの上層部『ジョック』に所属していた。そのお陰で、俺は学校内外問わず、かなりもててね」

コリンはフォルスト捜査官にフッと笑った。

「誤解して貰っては迷惑だ。私は唯のガリ勉じゃない。野球で大学の奨学金を得た人間だ」
珍しく、フォルスト捜査官は表情を露わにして、反論した。

「風の便りによれば、彼は俺と別れた後、ヨーロッパへ渡り、財閥令嬢と結婚して子供がいるって聞いたよ。
別にやましい恋愛じゃなかったんだけど、なんで秘密結社がその頃の写真を持っていたのか、俺としては逆に聞きたいね。口入れ屋は何か言っていないの?」

「彼は何も知らない様子だった。写真を見て驚いた位だ」

「奴に、この写真を見せたのか!!」

デイビットは机を叩き、フォルスト捜査官に怒りをぶつけた。
机がへこんだ。
慌てて、隣の部屋からFBI捜査官が入ってきたが、フォルスト捜査官は「大丈夫だ」と言って、退室させた。

「デイビット。気にしないで。俺は平気だからね」

コリンはデイビットを宥めた。
激情に駆られるデイビットと反比例して、コリンは冷静沈着であった。

「秘密結社の連中を捕まえない限り、どうして君の写真を現場に残したのか分からないままだな。私の推測では、事件とは無関係の昔の君の写真を我々に見せることによって、捜査を撹乱させるのが連中の目的かも知れん。君達、協力してくれて有難う」

「きっと貴方の推理が当たっているよ。ねえ、連中の行方は?」

「下水道を中心に捜索しているが、未だ行き先は見付かっていない」

「そうなのか。俺達は、今日もニックとロボの捜索を行うよ」

コリンはデイビットを促して、部屋を出た。

『この男、写真について嘘を付いている。10代の夏に何か起きたのか。それが事件に関係あるのか』


警察署内は、クーラーがきいているがデイビットは汗を掻いていた。
廊下ですれ違う警官やFBI捜査官は、何時もと変わりなくコリン達に挨拶をした。
しかし、デイビットは彼らの顔を見る度に、『こいつはコリンの写真を見たのか』と疑心暗鬼が生じた。
特に、一匹狼の刑事がコリンと目を合わせず、どこか心あらずな顔付きのまま挨拶をしていたので、余計デイビットは疑った。

心乱れるデイビットの手をコリンは優しく握った。

「済まん、コリン。俺の方が落ち着かないといけないのに」

「良いんだよ。フォルストの奴、高校時代はモテなかったんだね。俺がモテた話しをしたらムッとしていたよね」
コリンは悪戯っぽい顔をした。

警官達がいる廊下なので、コリンは本音を話せないのだとデイビットは思った。

向こうからブライアンが険しい顔付きでやって来た。

「到着が遅くなって済まん。事故のせいで、道路が大渋滞だった」

「おはよう。大変だったね。ベンジャミン捜査官に会った?彼から俺の伝言は聞いたでしょ。俺の用事は終わったよ。秘密結社は、俺が16歳の時に恋人に撮られた写真を、爆弾の横に置いていたんだ。理由は分からないけど、フォルストの推理では事件と関係の無い写真を見せて、捜査関係者を混乱に陥れようとしている。俺もそう思うよ。だって、ありふれた高校生の写真だからね」

コリンがにこやかに、さっきまでの出来事を話した。

「16歳・・・?!」

ブライアンもデイビットと同じ反応を示した。
ベンジャミン捜査官の話を聞いた彼は、てっきりコリンが14歳の時に、シアトルの金持ちの家で盗撮された写真だと思っていたからだ。
事実その通りであるが、人前でコリンはあえて嘘を付いていた。

「うん。16歳の俺は、20代の青年実業家と付き合っていたんだ。その時のものさ」

ブライアンは一瞬戸惑ったが、コリンの嘘に付き合った。

「若いときは色々とやるもんだ。私だって、ベットで撮られた写真は1~2枚はある。秘密結社の次の手は、私の過去の写真だろう。もしも、コリンの写真がインターネットに流れたら、私の警備会社のスタッフに頼んで削除して貰う。彼らは凄腕のハッカーだから、世界中に拡散する前に対処してくれる」

「頼りになる兄貴だ。恩に着るよ」
コリンとブライアンはハグをした。

「写真は14歳のものだった。連中は俺の過去を洗い出している。でも、平気だからね。だって、君達が付いてくれているから」
コリンが周りに気付かれないように、そっとブライアンの耳に囁いた。

「コリンのことは、デイビットと俺が守る。FBIに漏れないようにする。それに、ジュリアン、サラ、そしてイサオも支えてくれるぞ」
ブライアンもコリンに囁き返し、強くハグをした。

『無事に会えて良かった。コリンも災難だったな。昔の恋人に撮られた写真を公表されるなんて。ブライアンも辛そうだな』
ベンジャミン捜査官は、三人のやり取りを遠巻きに見ていた。

「あの三人を見て、何か思わないか?」
彼の後ろから、フォルスト捜査官が問うた。

「えっ?!主任、いや別に。ブライアンとコリンは家族同然の付き合いと聞きました。デイビットともブライアンは仲が良いですし。今回の件で、お互い支え合って、微笑ましいと思います」

「君もブライアンと仲が宜しいのだろ?数年来の友人と聞いた」

「そうですが。秘密結社の事件でここへ派遣される時に、前の主任に報告しています。彼は問題無いと判断しています。私だって、ブライアンの友人の前にFBI捜査官です。公私の区別は付けています。ブライアンとは、あくまで捜査協力者として接しています。彼だってそれは承知しています。」

ベンジャミン捜査官は、背中にべったりと汗をかいていた。

「私は君を信頼出来る部下だと信じている。では尋ねるが、ブライアンとコリンは何処で出会った?」

「確か、ブライアンによれば、17年前にイサオさんの勤務していたシアトルの病院で、たまたま出会ったそうです。コリンはお母さんが日本人ですし、ブライアンは仕事で過去に日本を何度か訪問した事があって、お互い日本文化に関する話題で親睦を深めたと言っていました。あの、それが何か、今回の件と関わりがあるのですか?」

「無い。単に、イサオを含めた4人の絆が深いので、好奇心が湧いただけだ。それとは別に、昨日発見した爆弾の隣にあの写真があった。単なる陽動作戦だと思うが、これにより、
秘密結社が彼らに気付かれずに周りを探っていた事実が判明した。連中は隠れ家を移動しながら、この街で活動している。君も彼らの周辺を探り、気になった事があれば私に報告してくれ。そこから、秘密結社の居所が分かるかも知れん。今、捜査が行き詰まっている状況だ。どんな些細な情報でも集めたいのだ

「了承いたしました」
ベンジャミン捜査官は、ブライアンの後を追った。

『私の勘は当たった。イサオ・アオトは、主に高齢者専門の病院や施設で働いている。そこへ若者がたまたま訪れるだろうか?コリンは早くに父方の祖父母を亡くし、母方の祖父も夭折して、祖母は日本にいる。ブライアンはシアトルに親族は一人も居ない。やはり、イサオを含めた彼らには何か重大な秘密が隠されている』

フォルスト捜査官はFBIの詰め所に戻り、改めて彼らの経歴が記されたファイルを読んだ。


駐車場へ出て、フォレスターにデイビットとコリンは乗った。
辺りを見たが、フォレスターの近くに人はいなかった。

「ここなら、もう大丈夫だ。苦しかったろう」

デイビットとコリンは熱く抱擁した。

「有難う。俺は大丈夫だからね。さあ、捜査へ行こう」

「しかし、良いのか。コリン、あんな嘘を付いて。FBIが調べたら忽ちバレるぞ」

済まなそうにコリンが告白した。
「嘘じゃないんだ。16の時に、スコットという青年実業家と付き合ったのは本当なんだよ」

デイビットは戸惑った。
「そうだったのか・・・。まあ、その話はこれでお終いだ。さて、捜査へ行くか」

デイビットは車を発進させた。

コリンのiPhoneが鳴った。
イサオからであった。

「捜査に復帰してから、短い時間しか会えなくて、気になっていたんだよ。コリンの怪我の具合とか。検査をおろそかにしていると噂で聞いたんだ。捜査も大事だけど、ちゃんと検査しないと駄目だ。今日にでもこっちへ来てくれよ」

「う~ん。イサオ、俺が消毒薬の臭いが嫌いだって、知っているじゃないの。骨折した顔やあばらは、全く痛く無くなったんだから、怪我は完治しているよ」

「頭蓋骨にひびが入っていただろ。頭の怪我をおろそかにしちゃいけないぞ。ちゃんと来るんだ」

警察署内で見せた暗い表情とは違って、イサオとのやり取りでコリンは子供の様に大げさで明るい表情を見せた。

「分かったよ。捜査が終わったら行くからね」

コリンはそう返事をすると、iPhoneを切った。

「イサオから、『検査を受けろ』って言われた。次から次へと俺に困難が降りかかってくるよ。日頃の行いが悪いのかな」

「何を言っている。コリンは、イサオを守る為に動いているのではないか。この所、忙しさにかまけて病院から足が遠のいていたからな。予定を変更して、捜査の前に検査を受けに行こう」

デイビットの提案に、コリンは渋々了解した。

======

秘密結社が潜伏しているスワンスン夫人の豪邸では、事件が起きていた。

シェインは、同志である一匹狼の刑事から送られてきたメモを見るなり、握りつぶした。
「くそっ!ストリップバーからの足取りは全く掴めていないとさ」

側にいるミーシャも苦虫を噛み潰したような表情をした。

「警察が、コリンの写真で混乱している時に、襲撃を再開する筈だったのに。こんな事じゃ、出来ない。悔しい。ルドルフが門限時間を延ばしたから、こんな事態が起きたんだ。奴のせいだ」

「責任追及は、ブライアンを倒した後だ。今は、二人の行方を捜すのが先決だ。何処へ行った」

昨日から外出した殺し屋二名が、午前十二時の門限を超え、翌朝になっても戻って来ないのだ。
続き