前回 、目次 、登場人物 、あらすじ
病院へ着いた、コリン達はイサオと面会した。
会う前は、コリンの気持ちが重かったが、イサオの何時もの穏やかな表情を見て、とても心が軽くなった。
「意外と元気そうで安心した。」
ブライアンも安堵の表情を浮かべた。
「イサオの事件の元担当刑事であり、コリンを助けてくれたニックが、イサオを撃ったとFBIから聞かされた時は、私達はとても驚いたわ。」
イサオの側に座っているサラは両手に胸をやった。
「辞めたとは言え、武器を持たない民間人を撃つとは警官にあるまじき行為だ。」
警察OBの猛は怒っていた。
「でも、ニックが僕を撃ったのは僕を秘密結社の襲撃から守ろうとしてくれたんだろ。」
イサオは怒れる父親を宥めた。
「そうだとしても、お前を瀕死の重傷を負わせるなんて、私は許せん。秘密結社がお前達を襲うと決めた時に、ブライアンやジュリアンにどうして打ち明けなかったのか。そうすれば、幾らでも手が打てた筈だ。そこがどうも理解できん。」
息子に説得されても、猛は怒りを抑えることが出来ずにいた。
「私も同感ですわ。」
サラも猛と同じ気持ちであった。
「イサオさんとサラさんを逃がしても、秘密結社は何処までも追ってくると思ったんでしょう。兄弟達を刑務所へ放り込んだブライアンに、身内を奪われたミーシャは激しい憎悪を向けていますから。連中は、一人息子で、両親は他界しているブライアンにとって、イサオさん夫妻は家族同然の付き合いをしています。お二人を襲うことは、ブライアンに精神的な苦痛を与えることになりますから。ニックは、秘密結社の残酷さを身に染みて知っていたからこそ、事件を引き起こしたんだと思います。親友である私に打ち明けてくれれば、きっと違う選択が出来ました。当時のニックは、切羽詰まっていたのでしょう。私がもっとニックに気をかけていれば良かった。」
ジュリアンは事件の数日前に、少しの時間会っていたのだが、ニックが痩せて顔色が悪くなった事が気になっただけで、彼の心の動きまで察する事が出来なかった自分を責めていた。
そして、イサオを撃った犯人だと判明する前に、コリンの件で喧嘩別れしたまま別れてしまった事も非常に悔いが残っている。
何としてもニックを見付け、秘密結社の野望を挫かねばならないと心の中で固く誓った。
「ジュリアン、自分を責めないでくれ。ニックは視野が狭まっていたんだ。悪いのは、秘密結社とブライアンを逆恨みしたミーシャだ。僕は、ニックを憎んだりしていない。むしろ哀れみを感じるんだ。」
ジュリアンを慰めるイサオの言葉に、皆は驚いた。
「お前を重体にした男だぞ。勲、それで良いのか?!」
猛が息子に厳しい言葉で問うた。
「そりゃ、FBIから真実を聞かされた時はとても腹が立ったよ。でも、ニックは僕とサラを助けようとしたんじゃないか。例えやり方が非情だとしても。結果的に、僕達はFBIの保護を受けることになったし、秘密結社の存在も暴かれることになった。ここまで回復するまで、きつかったけど、ニックだって苦しんでいたと思う。長年いた秘密結社の方針に反論出来ず、その事を40年以上の付き合いのある親友・ジュリアンに、何も話せなかったのだから。」
ジュリアンはイサオの優しい言葉に涙が出そうになった。
イサオは更に続けた。
「それに、ニックは命の危険を冒してまでも、誘拐されたコリンを救出してくれた。僕はそれを思い出し、ニックに対してわだかまりが解けたんだ。僕の気持ちとしては、ニックに自首して欲しいと同時に、秘密結社を倒して欲しいという相反するものが複雑に入り混じっているんだ。僕は、秘密結社と依頼人のミーシャに憤怒を覚えるから。」
コリンはイサオの穏やかな口調ながらも、ニックに対して様々な感情を持っていることに、胸が痛んだ。
「秘密結社を倒すのは、俺達がやる。その前に、ニックを早く見付けて、自首するように説得するよ。これ以上、イサオを悩ませないからね。」
「コリンの言うとおりだ。私達が事件を解決してみせる。ニックには退場をして貰う。イサオ、君は犯人に情けをかけ過ぎるぞ。私は君の様に優しく出来ない。ニックに対して怒りがある。彼を発見したら、一発殴ってしまうかも知れん。」
怒りを露わにするブライアンを、デイビットは優しく利き腕の左肩を叩いた。
「そろそろ面会時間が終わりますよ。」
看護師が病室へ入ってきた。
「おや、私達に対して特別な配慮があった筈だか?どうして急に規則通りになったのですか?」
猛は怪訝そうに、看護師に尋ねた。
「あら?連絡がいっていませんでしたか。警護しているFBIから、病院に規則厳守のお達しがあったのです。」
戸惑いながら、看護師は答えると、病室を出た。
「新しい主任のフォルストが差し向けたんだ。あいつ、FBIと警察だけで事件を解決しようとしているんだ。毎日、俺達がここで捜査の報告と今後の打ち合わせをしているのを知って、邪魔しようとしているんだ。」
コリンはムッとした。
「ええっ!それじゃ、コリン達は捜査から外れたの?」
サラが悲しそうに聞いた。
「FBIから閉め出されただけだ。私達は、独自に捜査を始めている。ジュリアンがこの街中の情報屋を束ねているから、彼の情報網を使っている。裏を知り尽くしている連中からの情報だから、FBIよりも頼りになる。」
ブライアンが自信ありげに答えた。
「サラさん、ご心配なく。警察にも協力者がいます。今はFBIの目が厳しいので連絡が大変ですが、隙をみて接触してますから、大丈夫ですよ。」
ジュリアンもそう付け加えたので、サラは安心した。
逆に猛は険しくなった。
「これからなのに、我々がバラバラになって、かえって秘密結社の力が増大するのではないか。もしも私が連中ならば、この時を逃さず狙う。特に今夜だ。我々は、勲を撃った犯人を知り、大きく動揺している。忍術では、敵が揺れ動いている時こそが、攻撃の好機と見る。」
猛の言葉に皆は緊張したが、ジュリアンの一言が心の張りを緩めた。
「今夜は大丈夫でしょう。何故なら、今夜はルドルフが夜勤だからです。監視付きですが、交通課として夜のパトロールに出ています。秘密結社の主要メンバーの彼が警察にいるので、秘密結社は動けないと思いますよ。それは、ルドルフがリーダーシップの強い男ですので、部下だけで我々を襲撃させることはしないでしょう。それに、街に放った情報屋からも、裏社会に怪しい動きは無いとの報告があったばかりです。」
「フランスから来た裏社会の男が、借りている邸宅はどうなっている?」
ブライアンは念を押した。
「見張ってる情報屋からは、何も動きが無いと言っています。彼が言うには、灯りが一日中ついているけども、以前と違ってとても静かだそうです。」
「それを聞いて少しは不安が解消された。猛さんの言葉を忘れること無く、今夜は用心して休むことにしよう。」
「じゃあ、お大事にね。」
コリンはイサオに別れのハグをした。
その際、イサオは小声でコリンに耳打ちをした。
「僕の勘だと、今夜は恐ろしいことは起きないと思う。そんなに体を硬くしては駄目だよ。」
=======
コリン達が帰宅したのは、夜の8時過ぎであった。
それから2時間後、スワンスン夫人の別荘では、シェインと殺し屋達が襲撃の最終確認を行っていた。
全員、迷彩服を着用し、目出し帽を被り、暗視装置を頭部に付け、アサトライフルのSIG SG553を肩に掛けていた。
殺し屋達は数台のトラックに分乗して、イサオの入院している病院、サラと猛が住んでいる家、ブライアンが借りている高級ホテル、そしてコリンのアパートを狙う計画であった。
トラックには偽装のペイントが施されており、外から見ると大手宅配便の車だと錯覚させた。
「何度も秘密結社を邪魔している殺し屋のアルフレッド・ハンはどうなっている?カナダの国境を越えたと聞いても、どうも気になる。念には念を入れないと気が済まない性分なんだ。」
エドワードは胸騒ぎを感じていた。
「ニックから奪った携帯に奴の携帯番号が登録されていた。奴の携帯の電波を確認した所、カナダのナイアガラフォールズ市にいることが分かった。ナイアガラの滝の一つであるカナダ滝近辺だ。奴はそこから、動いていない。万が一に備え、この街の裏社会を探りを入れたりもしたが、怪しい男は現れていない。最終の打ち合わせから、奴の動きに何も変化はない。」
シェインの答えに、エドワードはようやく納得した。
「済まん。どうも心がざわつくんだ。」
「長いこと訓練に追われていたからな。久しぶりの仕事で、武者震いをしているのさ。そう、神経質になるな。」
シェインの言葉に、エドワードは笑顔を見せた。
レッグバックにしまっていたシェインの携帯が鳴った。
シェインが確認すると、公衆電話からの発信であった。
隣にいたミーシャが怪訝そうに画面を見た。
「俺と通じているFBI捜査官からだな。」
シェインが電話にでると、彼の勘は的中していた。
「やあ、シェイン。今、大丈夫か?」
FBI捜査官は辺りを見渡しながら、怯えるように聞いた。
「ああ。短い時間ならな。」
「たった今、君が前に借りた邸宅の件で、口入れ屋に逮捕状が出た。それだけだ。気を付けろ。詳しい事は明日話す。」
それだけ言って、公衆電話は切れた。
「何か起きたのか?」
ミーシャが質問した。
「お前さんの友達がフランスにいることがバレた様だ。前にいた邸宅の件で、口入れ屋に逮捕状が出たと連絡が来た。恐らく、友達の身分を使って、賃貸契約書にサインしたことでだろ。」
「口入れ屋に逮捕状が?今夜は中止になるのか?」
二人の話を聞いて、エドワードがシェインに尋ねた。
心のざわつきはこれが原因かと思った。
「いや、計画は続行する。口入れ屋はとっくにこの街から出ている。一応、奴には連絡するが、もう知っているかもな。アイツは逃げ足は早い。そうやすやすとFBIと警察のご用にはならないさ。」
そう言うと、シェインは口入れ屋に連絡を入れた。
やはり、彼も警察の知り合いから情報を得ており、これから滞在しているホテルをこっそりと出ると言った。
「ほらな。さあ、皆トラックに乗り込め。」
殺し屋達は計画通り、テキパキと自分に割り当てられたトラックに乗り込んだ。
シェインとミーシャは、ブライアンが滞在している高級ホテルへ向かうトラックの荷台の奥へ座った。
荷台の小さい窓から運転席が見えていた。
運転する殺し屋は、周囲に迷彩服を気付かれないように、大きいサイズの宅配便の制服を上から着て、目出し帽を外し、制帽を被った。
エドワードは、コリンとデイビットが住むアパートへ向かうトラックの荷台に乗った。
山本は、猛とサラの住宅へ向かうトラックの運転をすることになっていたので、初めから制帽を被り、運転席に着くと宅配便の制服を着用した。
「用意は出来たか?」
シェインが無線機で、それぞれのトラックに連絡した。
「完了しました。」
全てのトラックから無線で応答した。
「出発だ。」
シェイン達を乗せたトラックから動き出した。
次に、山本が運転するトラックが続いた。
ドーーーンッ!!
トラックが門の前まで来た時に、斜め前の豪邸から大音量が響いたかと思うと、水道管が破裂して、水が勢いよく噴き出し、マンホールの蓋を吹っ飛ばした。
マンホールの蓋は豪邸の庭に落ちた拍子に、庭の置物に当たったらしく、何かが破損した音が、シェインの耳にまで届いた。
更に、十数メートルまで水は噴き出し、止む気配は無かった。
辺りは濡れ、シェイン達のトラックの上にも霧雨の様に降り注いだ。
「止まれ。」
シェインが無線機を通じて、運転手に命令した。
ミーシャは、荷台の窓越しに目をこらし、目前で発生した大噴水の様子を確かめた。
「事故か?」
「ミーシャ、恐らくそうだろう。」
シェインは無線機で、後ろのトラックを運転している山本に、現場を見てくるように命じた。
山本は、上は宅配便の制服で、下は迷彩色のズボンだと、近所に怪しまれてしまうと判断し、宅配便の制服と制帽と迷彩服のジャンパーを急いで脱ぎ、白のTシャツ姿と迷彩色のズボンだけになると、SIG SG553を脇に置き、護身用の銃だけをズボンの後ろに隠し、トラックを降りた。
これなら近所に格好を聞かれても、「シューティングゲームをしていた。」と言えば、納得して貰える格好であった。
別荘の門を出て、噴水が起きている現場へ走って行った。
現場の豪邸の前には近所から野次馬が集まっていた。
中には、雨合羽を着る者、傘をさす者もいた。
山本は野次馬の中から顔見知りを見付けた。
その男性は、隣の屋敷で働く執事であり、長年この地域に住んでいる為、情報通でもあった。
執事は、飄々としていながらも、礼儀正しく接する山本に親近感を持っていた。
山本が挨拶すると、彼は事故にまつわる詳しい話しをしてくれた。
山本は話しを聞き終わると、執事に礼を言って、駆け足で夫人の別荘へ戻った。
「近所の人間から聞いたのだが、あそこの豪邸は大分前から殆ど使っていないらしく、手入れも雑らしい。その為、近くに住んでいる大金持ちのガキ共が、よく不法侵入して悪戯しているということだ。今回もそうじゃないかと言っている。この邸宅を管理している警備会社が、破裂した水道管を直すため、業者を呼んでいる所だそうだ。」
「全く、これからって時に、とんでもないことをしやがって。」
トラックの荷台から降りて、山本の報告を聞いたシェインは舌打ちをした。
破裂したのが上水管だったらしく、水が霧雨の様に降ってきても、臭いは無く、迷彩服を汚すことはなかった。
やがて、パトカーや消防車のサイレンが遠くから聞こえてきた。
「くそっ、近所の誰かが警察を呼んだのか。これだけの噴水じゃ当然かも知れんが。」
シェインが門から外を覗くと、かなりの数のパトカーや消防車、水道業者のトラック、そして地元のマスコミの車までやって来て、辺りは大騒ぎになっていた。
シェインは一瞬考え、ゴーグルと目出し帽を取り、殺し屋達に無線で伝えた。
「こんなに警察やマスコミがウヨウヨしては動けん。やむを得ない。今夜は中止だ。警察に怪しまれる前に、トラックを奥に戻しておけ。」
シェインは濡れた髪を後ろへ撫でると、運転手達に命じた。
事態を飲み込んだ運転手達は、静かにトラックをバックさせ、通りに止まっている警官に見付からないように隠し、荷台に乗っていた殺し屋達を降ろした。
殺し屋達もトラックから降りて、近所の豪邸から湧き出る大噴水を見ると、中止に納得した。
中には、大噴水がもたらした霧雨を楽しむ者も現れたが、エドワードは大噴水を一瞥するだけで別荘の中へ消えた。
門の手前にいたシェインはルドルフに連絡をしようとしたが、山本が止めた。
「今到着したパトカーの中を見ろよ。ルドルフだ。俺が野次馬に紛れて、彼の元へ行ってくるよ。」
「いや、よく見ろ。ルドルフはこっちを見ている。」
パトカーの運転席から、ルドルフは別荘の方を見ていた。
門越しに、シェインと目が合った。
シェインは大きく首を左右に振った。
それで、ルドルフはこの騒動で、今回の襲撃が中止になったことを知った。
ルドルフは無表情のまま小さく頷くと、パトカーから降り、霧雨にあたりながら、相棒と共に野次馬とマスコミを制し始めた。
残念な気持ちのシェインとは裏腹に、ルドルフは内心喜んでいた。
『中止は無理もない。こんな大騒ぎだからな。俺にとってかえって良かった。リーダーが何もしないのは嫌だ。この次は、俺が皆んなを引き連れて、ブライアンを倒す。』
=======
マイアミ近郊の高級住宅地で、水道管が破裂して上水が止まらず、噴水の様に湧き出ている様子が、早速地元のニュースで流れた。
アパートのベットの上でコリンは、ストレッチをしながら、その映像をiPhoneで見ていた。
「凄い噴水だぁ。」
この事故が、まさか自分達の身を助けてくれたとは思いもしなかった。
続き
病院へ着いた、コリン達はイサオと面会した。
会う前は、コリンの気持ちが重かったが、イサオの何時もの穏やかな表情を見て、とても心が軽くなった。
「意外と元気そうで安心した。」
ブライアンも安堵の表情を浮かべた。
「イサオの事件の元担当刑事であり、コリンを助けてくれたニックが、イサオを撃ったとFBIから聞かされた時は、私達はとても驚いたわ。」
イサオの側に座っているサラは両手に胸をやった。
「辞めたとは言え、武器を持たない民間人を撃つとは警官にあるまじき行為だ。」
警察OBの猛は怒っていた。
「でも、ニックが僕を撃ったのは僕を秘密結社の襲撃から守ろうとしてくれたんだろ。」
イサオは怒れる父親を宥めた。
「そうだとしても、お前を瀕死の重傷を負わせるなんて、私は許せん。秘密結社がお前達を襲うと決めた時に、ブライアンやジュリアンにどうして打ち明けなかったのか。そうすれば、幾らでも手が打てた筈だ。そこがどうも理解できん。」
息子に説得されても、猛は怒りを抑えることが出来ずにいた。
「私も同感ですわ。」
サラも猛と同じ気持ちであった。
「イサオさんとサラさんを逃がしても、秘密結社は何処までも追ってくると思ったんでしょう。兄弟達を刑務所へ放り込んだブライアンに、身内を奪われたミーシャは激しい憎悪を向けていますから。連中は、一人息子で、両親は他界しているブライアンにとって、イサオさん夫妻は家族同然の付き合いをしています。お二人を襲うことは、ブライアンに精神的な苦痛を与えることになりますから。ニックは、秘密結社の残酷さを身に染みて知っていたからこそ、事件を引き起こしたんだと思います。親友である私に打ち明けてくれれば、きっと違う選択が出来ました。当時のニックは、切羽詰まっていたのでしょう。私がもっとニックに気をかけていれば良かった。」
ジュリアンは事件の数日前に、少しの時間会っていたのだが、ニックが痩せて顔色が悪くなった事が気になっただけで、彼の心の動きまで察する事が出来なかった自分を責めていた。
そして、イサオを撃った犯人だと判明する前に、コリンの件で喧嘩別れしたまま別れてしまった事も非常に悔いが残っている。
何としてもニックを見付け、秘密結社の野望を挫かねばならないと心の中で固く誓った。
「ジュリアン、自分を責めないでくれ。ニックは視野が狭まっていたんだ。悪いのは、秘密結社とブライアンを逆恨みしたミーシャだ。僕は、ニックを憎んだりしていない。むしろ哀れみを感じるんだ。」
ジュリアンを慰めるイサオの言葉に、皆は驚いた。
「お前を重体にした男だぞ。勲、それで良いのか?!」
猛が息子に厳しい言葉で問うた。
「そりゃ、FBIから真実を聞かされた時はとても腹が立ったよ。でも、ニックは僕とサラを助けようとしたんじゃないか。例えやり方が非情だとしても。結果的に、僕達はFBIの保護を受けることになったし、秘密結社の存在も暴かれることになった。ここまで回復するまで、きつかったけど、ニックだって苦しんでいたと思う。長年いた秘密結社の方針に反論出来ず、その事を40年以上の付き合いのある親友・ジュリアンに、何も話せなかったのだから。」
ジュリアンはイサオの優しい言葉に涙が出そうになった。
イサオは更に続けた。
「それに、ニックは命の危険を冒してまでも、誘拐されたコリンを救出してくれた。僕はそれを思い出し、ニックに対してわだかまりが解けたんだ。僕の気持ちとしては、ニックに自首して欲しいと同時に、秘密結社を倒して欲しいという相反するものが複雑に入り混じっているんだ。僕は、秘密結社と依頼人のミーシャに憤怒を覚えるから。」
コリンはイサオの穏やかな口調ながらも、ニックに対して様々な感情を持っていることに、胸が痛んだ。
「秘密結社を倒すのは、俺達がやる。その前に、ニックを早く見付けて、自首するように説得するよ。これ以上、イサオを悩ませないからね。」
「コリンの言うとおりだ。私達が事件を解決してみせる。ニックには退場をして貰う。イサオ、君は犯人に情けをかけ過ぎるぞ。私は君の様に優しく出来ない。ニックに対して怒りがある。彼を発見したら、一発殴ってしまうかも知れん。」
怒りを露わにするブライアンを、デイビットは優しく利き腕の左肩を叩いた。
「そろそろ面会時間が終わりますよ。」
看護師が病室へ入ってきた。
「おや、私達に対して特別な配慮があった筈だか?どうして急に規則通りになったのですか?」
猛は怪訝そうに、看護師に尋ねた。
「あら?連絡がいっていませんでしたか。警護しているFBIから、病院に規則厳守のお達しがあったのです。」
戸惑いながら、看護師は答えると、病室を出た。
「新しい主任のフォルストが差し向けたんだ。あいつ、FBIと警察だけで事件を解決しようとしているんだ。毎日、俺達がここで捜査の報告と今後の打ち合わせをしているのを知って、邪魔しようとしているんだ。」
コリンはムッとした。
「ええっ!それじゃ、コリン達は捜査から外れたの?」
サラが悲しそうに聞いた。
「FBIから閉め出されただけだ。私達は、独自に捜査を始めている。ジュリアンがこの街中の情報屋を束ねているから、彼の情報網を使っている。裏を知り尽くしている連中からの情報だから、FBIよりも頼りになる。」
ブライアンが自信ありげに答えた。
「サラさん、ご心配なく。警察にも協力者がいます。今はFBIの目が厳しいので連絡が大変ですが、隙をみて接触してますから、大丈夫ですよ。」
ジュリアンもそう付け加えたので、サラは安心した。
逆に猛は険しくなった。
「これからなのに、我々がバラバラになって、かえって秘密結社の力が増大するのではないか。もしも私が連中ならば、この時を逃さず狙う。特に今夜だ。我々は、勲を撃った犯人を知り、大きく動揺している。忍術では、敵が揺れ動いている時こそが、攻撃の好機と見る。」
猛の言葉に皆は緊張したが、ジュリアンの一言が心の張りを緩めた。
「今夜は大丈夫でしょう。何故なら、今夜はルドルフが夜勤だからです。監視付きですが、交通課として夜のパトロールに出ています。秘密結社の主要メンバーの彼が警察にいるので、秘密結社は動けないと思いますよ。それは、ルドルフがリーダーシップの強い男ですので、部下だけで我々を襲撃させることはしないでしょう。それに、街に放った情報屋からも、裏社会に怪しい動きは無いとの報告があったばかりです。」
「フランスから来た裏社会の男が、借りている邸宅はどうなっている?」
ブライアンは念を押した。
「見張ってる情報屋からは、何も動きが無いと言っています。彼が言うには、灯りが一日中ついているけども、以前と違ってとても静かだそうです。」
「それを聞いて少しは不安が解消された。猛さんの言葉を忘れること無く、今夜は用心して休むことにしよう。」
「じゃあ、お大事にね。」
コリンはイサオに別れのハグをした。
その際、イサオは小声でコリンに耳打ちをした。
「僕の勘だと、今夜は恐ろしいことは起きないと思う。そんなに体を硬くしては駄目だよ。」
=======
コリン達が帰宅したのは、夜の8時過ぎであった。
それから2時間後、スワンスン夫人の別荘では、シェインと殺し屋達が襲撃の最終確認を行っていた。
全員、迷彩服を着用し、目出し帽を被り、暗視装置を頭部に付け、アサトライフルのSIG SG553を肩に掛けていた。
殺し屋達は数台のトラックに分乗して、イサオの入院している病院、サラと猛が住んでいる家、ブライアンが借りている高級ホテル、そしてコリンのアパートを狙う計画であった。
トラックには偽装のペイントが施されており、外から見ると大手宅配便の車だと錯覚させた。
「何度も秘密結社を邪魔している殺し屋のアルフレッド・ハンはどうなっている?カナダの国境を越えたと聞いても、どうも気になる。念には念を入れないと気が済まない性分なんだ。」
エドワードは胸騒ぎを感じていた。
「ニックから奪った携帯に奴の携帯番号が登録されていた。奴の携帯の電波を確認した所、カナダのナイアガラフォールズ市にいることが分かった。ナイアガラの滝の一つであるカナダ滝近辺だ。奴はそこから、動いていない。万が一に備え、この街の裏社会を探りを入れたりもしたが、怪しい男は現れていない。最終の打ち合わせから、奴の動きに何も変化はない。」
シェインの答えに、エドワードはようやく納得した。
「済まん。どうも心がざわつくんだ。」
「長いこと訓練に追われていたからな。久しぶりの仕事で、武者震いをしているのさ。そう、神経質になるな。」
シェインの言葉に、エドワードは笑顔を見せた。
レッグバックにしまっていたシェインの携帯が鳴った。
シェインが確認すると、公衆電話からの発信であった。
隣にいたミーシャが怪訝そうに画面を見た。
「俺と通じているFBI捜査官からだな。」
シェインが電話にでると、彼の勘は的中していた。
「やあ、シェイン。今、大丈夫か?」
FBI捜査官は辺りを見渡しながら、怯えるように聞いた。
「ああ。短い時間ならな。」
「たった今、君が前に借りた邸宅の件で、口入れ屋に逮捕状が出た。それだけだ。気を付けろ。詳しい事は明日話す。」
それだけ言って、公衆電話は切れた。
「何か起きたのか?」
ミーシャが質問した。
「お前さんの友達がフランスにいることがバレた様だ。前にいた邸宅の件で、口入れ屋に逮捕状が出たと連絡が来た。恐らく、友達の身分を使って、賃貸契約書にサインしたことでだろ。」
「口入れ屋に逮捕状が?今夜は中止になるのか?」
二人の話を聞いて、エドワードがシェインに尋ねた。
心のざわつきはこれが原因かと思った。
「いや、計画は続行する。口入れ屋はとっくにこの街から出ている。一応、奴には連絡するが、もう知っているかもな。アイツは逃げ足は早い。そうやすやすとFBIと警察のご用にはならないさ。」
そう言うと、シェインは口入れ屋に連絡を入れた。
やはり、彼も警察の知り合いから情報を得ており、これから滞在しているホテルをこっそりと出ると言った。
「ほらな。さあ、皆トラックに乗り込め。」
殺し屋達は計画通り、テキパキと自分に割り当てられたトラックに乗り込んだ。
シェインとミーシャは、ブライアンが滞在している高級ホテルへ向かうトラックの荷台の奥へ座った。
荷台の小さい窓から運転席が見えていた。
運転する殺し屋は、周囲に迷彩服を気付かれないように、大きいサイズの宅配便の制服を上から着て、目出し帽を外し、制帽を被った。
エドワードは、コリンとデイビットが住むアパートへ向かうトラックの荷台に乗った。
山本は、猛とサラの住宅へ向かうトラックの運転をすることになっていたので、初めから制帽を被り、運転席に着くと宅配便の制服を着用した。
「用意は出来たか?」
シェインが無線機で、それぞれのトラックに連絡した。
「完了しました。」
全てのトラックから無線で応答した。
「出発だ。」
シェイン達を乗せたトラックから動き出した。
次に、山本が運転するトラックが続いた。
ドーーーンッ!!
トラックが門の前まで来た時に、斜め前の豪邸から大音量が響いたかと思うと、水道管が破裂して、水が勢いよく噴き出し、マンホールの蓋を吹っ飛ばした。
マンホールの蓋は豪邸の庭に落ちた拍子に、庭の置物に当たったらしく、何かが破損した音が、シェインの耳にまで届いた。
更に、十数メートルまで水は噴き出し、止む気配は無かった。
辺りは濡れ、シェイン達のトラックの上にも霧雨の様に降り注いだ。
「止まれ。」
シェインが無線機を通じて、運転手に命令した。
ミーシャは、荷台の窓越しに目をこらし、目前で発生した大噴水の様子を確かめた。
「事故か?」
「ミーシャ、恐らくそうだろう。」
シェインは無線機で、後ろのトラックを運転している山本に、現場を見てくるように命じた。
山本は、上は宅配便の制服で、下は迷彩色のズボンだと、近所に怪しまれてしまうと判断し、宅配便の制服と制帽と迷彩服のジャンパーを急いで脱ぎ、白のTシャツ姿と迷彩色のズボンだけになると、SIG SG553を脇に置き、護身用の銃だけをズボンの後ろに隠し、トラックを降りた。
これなら近所に格好を聞かれても、「シューティングゲームをしていた。」と言えば、納得して貰える格好であった。
別荘の門を出て、噴水が起きている現場へ走って行った。
現場の豪邸の前には近所から野次馬が集まっていた。
中には、雨合羽を着る者、傘をさす者もいた。
山本は野次馬の中から顔見知りを見付けた。
その男性は、隣の屋敷で働く執事であり、長年この地域に住んでいる為、情報通でもあった。
執事は、飄々としていながらも、礼儀正しく接する山本に親近感を持っていた。
山本が挨拶すると、彼は事故にまつわる詳しい話しをしてくれた。
山本は話しを聞き終わると、執事に礼を言って、駆け足で夫人の別荘へ戻った。
「近所の人間から聞いたのだが、あそこの豪邸は大分前から殆ど使っていないらしく、手入れも雑らしい。その為、近くに住んでいる大金持ちのガキ共が、よく不法侵入して悪戯しているということだ。今回もそうじゃないかと言っている。この邸宅を管理している警備会社が、破裂した水道管を直すため、業者を呼んでいる所だそうだ。」
「全く、これからって時に、とんでもないことをしやがって。」
トラックの荷台から降りて、山本の報告を聞いたシェインは舌打ちをした。
破裂したのが上水管だったらしく、水が霧雨の様に降ってきても、臭いは無く、迷彩服を汚すことはなかった。
やがて、パトカーや消防車のサイレンが遠くから聞こえてきた。
「くそっ、近所の誰かが警察を呼んだのか。これだけの噴水じゃ当然かも知れんが。」
シェインが門から外を覗くと、かなりの数のパトカーや消防車、水道業者のトラック、そして地元のマスコミの車までやって来て、辺りは大騒ぎになっていた。
シェインは一瞬考え、ゴーグルと目出し帽を取り、殺し屋達に無線で伝えた。
「こんなに警察やマスコミがウヨウヨしては動けん。やむを得ない。今夜は中止だ。警察に怪しまれる前に、トラックを奥に戻しておけ。」
シェインは濡れた髪を後ろへ撫でると、運転手達に命じた。
事態を飲み込んだ運転手達は、静かにトラックをバックさせ、通りに止まっている警官に見付からないように隠し、荷台に乗っていた殺し屋達を降ろした。
殺し屋達もトラックから降りて、近所の豪邸から湧き出る大噴水を見ると、中止に納得した。
中には、大噴水がもたらした霧雨を楽しむ者も現れたが、エドワードは大噴水を一瞥するだけで別荘の中へ消えた。
門の手前にいたシェインはルドルフに連絡をしようとしたが、山本が止めた。
「今到着したパトカーの中を見ろよ。ルドルフだ。俺が野次馬に紛れて、彼の元へ行ってくるよ。」
「いや、よく見ろ。ルドルフはこっちを見ている。」
パトカーの運転席から、ルドルフは別荘の方を見ていた。
門越しに、シェインと目が合った。
シェインは大きく首を左右に振った。
それで、ルドルフはこの騒動で、今回の襲撃が中止になったことを知った。
ルドルフは無表情のまま小さく頷くと、パトカーから降り、霧雨にあたりながら、相棒と共に野次馬とマスコミを制し始めた。
残念な気持ちのシェインとは裏腹に、ルドルフは内心喜んでいた。
『中止は無理もない。こんな大騒ぎだからな。俺にとってかえって良かった。リーダーが何もしないのは嫌だ。この次は、俺が皆んなを引き連れて、ブライアンを倒す。』
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マイアミ近郊の高級住宅地で、水道管が破裂して上水が止まらず、噴水の様に湧き出ている様子が、早速地元のニュースで流れた。
アパートのベットの上でコリンは、ストレッチをしながら、その映像をiPhoneで見ていた。
「凄い噴水だぁ。」
この事故が、まさか自分達の身を助けてくれたとは思いもしなかった。
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