前回 、目次 、登場人物 、あらすじ
マックスの過激な発言に、ブライアンは驚いた。
「『遠慮するな』とは。私達は、マックスのキャリアを潰す気はない。口入れ屋と話すだけだ」
「構わないよ。前にも言った様に、私はあと1~2年で引退するつもりなんだ。それを早めるだけだ。口入れ屋は裏社会に長年いる男だ。一筋縄ではいかない。短い時間で、彼の口を割らすには、手段を選んでいる暇はないんじゃないのかな。アイツの犯した罪に比べたら、君達がこれからやる事は微々たるものだ」
ブライアンはデイビットと顔を見合わせ、お互い覚悟を決めた。
マックスの案内で、デイビットとブライアンは男性用の留置場に着いた。
まだ朝早い為、牢に入れられた男達は寝ている者が大半で、起きている者はごく僅かであった。
彼らはぼーっとした目付きで、デイビット、ブライアン、そしてマックスを見た。
三人は、彼らを無視して、一番奥にある特別牢へ向かった。
口入れ屋は、警察の秘密結社と組んでいるので、メンバーと極秘に接触する可能性があり、その為凶悪犯が入る特別な牢に入れられていた。
特別牢を見張る警官は、内部調査室とFBIが徹底的に調査して、秘密結社と関わりが無いと判断された者だけが選ばれていた。
牢の前に厚い鉄の扉が閉まっており、外界と遮断していた。
見張りの警官がドアの前で座っていた。
「口入れ屋は、今どうしている?」
「起きています」
「それは丁度良かった。口入れ屋と会いたい。開けてくれ」
マックスが見張りの警官に頼んだ。
「取り調べはFBIだけが行うと聞きましたが」
「正式なものじゃない。単に、話を聞きたいだけだ。短い時間で済む。FBIが来る前に済ませるよ」
納得した見張りの警官は、腰に付けていた鍵を取り出すと、鉄の扉の鍵穴入れた。
ドアを開けると、ブライアンとデイビットが入ろうとすると、見張りの警官は一旦制止した。
「私が許可した。彼らを入れてくれ。彼らが口入れ屋と話をするのだよ」
マックスがそう声を掛けると、見張りの警官は戸惑いながらも、二人を特別牢へ入れた。
「君、済まないが、殺人課のオフィスへ行って、私の机の上にあるポットを取ってきてくれるか?シルバーの小さな型だ。その間、見張りは私が代わるから」
見張りの警官に頼むと、マックスはドアの前に立った。
特別牢と言われるだけあって、広い間取りの中に、銀色のベットやトイレ、椅子とテーブルが完備され、清潔に保たれているが、窓は無く、自殺防止の為に監視カメラが常時作動し、椅子以外の家具は固定されていた。
口入れ屋はベットに腰掛けて、雑誌を読んでいた。
「お前達、一体何の用だ?FBIは?」
「奴等はいない」
「じゃあ、事情聴取じゃないのか?」
「正式にはな」
口入れ屋は雑誌をポンッとベットの脇に置き、足を組んだ。
「で、俺に何を聞きたい?シェインの行方なら知らないね。本当だよ。嘘発見器に俺は何度も掛けられた。その結果、器械は俺が正直に答えたと証明してくれたぜ。お前らもFBIから教えて貰っただろ」
「昨日お前が見た、コリンの写真の事だ。コリンによれば、16の時のものだそうだが、お前何処から手に入れた?」
ブライアンから質問した。
「さあねぇ。いや~、あれを見た時は、目ん弾が飛び出そうだったぜ。爆弾の脇にあったんだってな。衝撃的だよな。火薬よりも威力があったぜ。色っぽいガキだと思っていたが、10代の頃はまさかあんなに色気があるなんてな。16歳かぁ~。もうちょっと若く見えるよなぁ」
口入れ屋は、嫌らしそうな目付きで下からデイビットを見た。
デイビットは殺気のある視線で返したが、口入れ屋は目を逸らさなかった。
「お前さん、あの色男を独り占めするなんて果報者だな。へへへ」
デイビットは顔を紅潮させ、口入れ屋の気管を左手で締め上げると、足が床に着くか着かないか位の高さまで上げた。
今度は口入れ屋が顔を赤くた。
息が出来なくなり、両手で強くデイビットの左腕を掴んだものの、デイビットの力は弛む事は無かった。
「彼を怒らすと、こうなるのだ」
ブライアンは下から、口入れ屋を睨み付け、続けて質問した。
「正直に答えろ。我々はFBIと違うぞ。写真をどうやって手に入れた?」
デイビットは手を放した。
床に崩れ落ちた口入れ屋は、ゼーゼーと息を吐き、首を大きく振った。
「何の事だ?シェインに聞けよ」
デイビットは、口入れ屋のみぞおちにパンチを見舞った。
口入れ屋は、声も出せずにうずくまった。
隣室で監視カメラをチェックしている若い警官は、口入れ屋がデイビットから暴行を受けているのを見て、慌てて飛び出してきた。
ドアの前に立っているマックスは、中の様子がドア越しに聞こえていたので、若い警官を宥めるように言った。
「気にしなくて良いよ。口入れ屋は大げさな演技をしているだけだ」
「でも、デイビットが口入れ屋に暴力を振るったのは事実ですよ。もしも訴えられたらどうするんですか?」
「それは私が責任を持つ。上司に問われたら、私が君達を止めたと証言して良いから。私からも上司に話すよ。君達に迷惑が掛かる様な事は絶対しないよ。それに、ブライアンが側にいるから、デイビットの行動がエスカレートする事はないよ。ほらね、牢の中は静かになっただろう。大丈夫だから、君はもといた場所へ戻るんだ」
責任を取るというマックスの言葉に、若い警官は従い、隣室へ戻った。
若い警官は秘密結社と関わりがないが、殺人課にいる一匹狼の刑事から、口入れ屋の動きに変化があったら敬愛に電話するようにと頼み事をされていた。
若い警官は、一匹狼の刑事には色々と仕事の面で世話を受けているので、彼の頼みを断る理由が無かった。
加えて、彼は一匹狼の刑事がFBIより先に情報を得たいのだと思い込んでおり、まして一匹狼の刑事が秘密結社と繋がっているとは考えもしなかった。
何も知らない若い警官は、口入れ屋がデイビットとブライアンから厳しい聴取を受けているのを見て堪らず、電話の外線ボタンを押し、一匹狼の刑事に連絡を取ってしまった。
牢の中では、ブライアンが口入れ屋の詰問を続けていた。
「お前がシェインと長年の付き合いがあることは、掴んでいる。それに、全米中から殺し屋をこのマイアミに呼んでいることも」
床に蹲りながらも口入れ屋は、頑なに拒否した。
「何の証拠がある。シェインとは暫く会っていない。あの屋敷は、フランスから来た男に頼まれただけだ」
「その男は、ニースにずっといるぞ。お前が会ったのは別人だと、とっくの昔に分かっている。その男はミーシャと友人なのも判明している。お前は、ミーシャからその男の身分証明書を借りて、あの屋敷の賃貸契約を結び、そこにミーシャとシェインや秘密結社の連中を入れた筈だ。お前は、大量の日用品を持って、連中がいた屋敷に頻繁に足を運んでいる事は、ジュリアン率いる情報屋達が目撃している。証拠の写真もある。お前が連中に依頼されて、色んなものを手配していた証だ。その時に、コリンの写真を持ってきたのだろ?お前以外、あの屋敷から外出した者は一人も目撃されていない。つまり、コリンの写真を手に入れるのは、お前一人しかいないという事だ」
ブライアンは自分の足を、口入れ屋の背中にドンッと置いた。
「お前が否定しているのは、秘密結社からの報復を恐れているからだろう。お前の命は守ってやる。だから、吐け!」
若い警官が電話を掛けてから程なくして、一匹狼の刑事が、血相を変えて留置場へ駆けてきた。
「おはよう。お前さん、随分早くに来たな」
特別牢の前に立っていたマックスは、驚きつつも冷静に対応した。
「そんな事は後だ!早く、ドアを開けろ!さっきそこで、デイビットとブライアンが口入れ屋を殴っているて聞いたぞ!お前だけじゃなく、殺人課全体の責任になるぞ!」
一匹狼の刑事が、マックスに怒鳴った。
牢の中から、一匹狼の刑事とマックスのやり取りが聞こえていた。
『助かった』
口入れ屋は安堵するものの、次の瞬間絶望に変わった。
「駄目だ!」
マックスが拒否したからだ。
「何でだ?お前、口入れ屋が過去に猫を大けがを負わせた事件を知って、かなり怒っていたな。それが理由か?でも、お前言っていたじゃないか、『奴は刑務所で罪を償った』と。それなのに、どうして奴に暴力を振るうあいつらの肩を持つんだ?もしかして、そうなのか?」
「そうなのかとは?」
「あいつらみたく、コリンに惚れたのか。昨日、コリンの過去の写真をバラされて、秘密結社に怒っているんだろ?だから、それと繋がっている口入れ屋の野郎を憎んで、あいつらに協力しているのか?」
マックスは顔を真っ赤にし、激しく反論した。
「そんなんじゃない!昨日の件では、彼を可哀想にとは思うが、それとこれとは違う!」
「気持ちは分かるぜ。昨日見た写真は、警察中大騒ぎになる位、かなりセクシーだったもんな。俺だって、コリンが男じゃなかったら、昨晩のおかずにしていた」
一匹狼の刑事の言葉に、マックスはカッとなり、彼の襟を掴むと、背負い投げをしてしまった。
バーン!!
勢いよく、床に背中を打ち付けられた一匹狼の刑事は、一瞬呻ったが、直ぐに体制を立て直し、マックスに殴りかかった。
「何しやがる!」
マックスは両手でガードして、一匹狼の刑事のパンチを避けた。
「お前こそ、暴言を吐くなんて許せん!」
二人の刑事は取っ組み合いを始めた。
「喧嘩だ!」
見張りの警官達が叫ぶと、署内から野次馬が集まってきて、止めるどころか遠巻きに見て騒ぎ始めた。
牢屋に入れられている男達も二人の刑事を煽った。
マックスは、一匹狼の刑事の腕を掴んで、床に倒れた。
喧嘩だと聞いて、ポットを持って来た警官が急いで戻ってきた。
彼の目にしたのは、マックスが一匹狼の刑事と、特別牢の前で床に転がりながら関節技を掛けようと格闘している姿であった。
慌てた野次馬を押しのけ、マックスと一匹狼の刑事を剥がし、間に入った。
「止めて下さい!マックス刑事、あなたが喧嘩するなんて!らしくない!」
「こいつが、コリンに侮辱的な事を言ったんだ!昨日の写真を見て、おかずにしたいだと!俺達の仲間だぞ!」
間に入った警官、野次馬の警官達は、一匹狼の刑事をギョッとした目で見た。
一匹狼の刑事は、猛烈に反論した。
「俺はそんなことは言っていないぞ!『女だったら』と仮の話をしただけだ!お前らだって、昨日の写真を見て、びっくりしただろ?!皆、誤解すんなよ!俺はバツイチだ!女が好きだ!それはそうと、マックス、お前はどうだ?結婚15年目で別れた俺と違って、お前はたった3年で離婚したんじゃねえか!それも、かみさんが男と駆け落ちしたんだよな!きっと、お前の事を察したんだろ。その証拠に、お前は、コリンのこと随分と可愛がっているじゃないか?」
警官達はマックスの方へ振り向いた。
「何が察してだ!コリンに対して、邪な感情は一切無い!彼は、我々に非常に協力的で、捜査を手伝ってくれるし、とても優しい子だから、可愛がっている!それの何処が悪い!それに、私の前妻が逃げたのは、私が仕事に集中し過ぎたのが理由だ。それで、ジムで出逢った二枚目のトレーナーと・・・。そんな事、どうでも良いだろ!!」
再びマックスの怒りに火が付き、間に入った警官をのけると、一匹狼の刑事の両腕を掴むと、出払いをかけた。
バランスを崩し、床に倒れた一匹狼の刑事は、マックスの膝を蹴り、隙を突いたところに、三角絞めを仕掛けた。
マックスは怯む事無く、一匹狼の刑事を一旦持ち上げ、床に叩き付けて技を解くと、寝技に持ち込んだ。
ドアの外から、騒ぎの声が聞こえてきた。
「警官は、外の騒ぎに忙しいようで、お前を助ける暇はなさそうだな」
ブライアンはほくそ笑んだ。
口入れ屋の顔は、恐怖で引きつり、顔面蒼白となった。
「コリンの写真は何処で手に入れた?さっさと吐け!」
デイビットは口入れ屋を床に伏せさせ、右腕を後ろへ回すと、左手を使って口入れ屋の右指を後ろへ逸らし始めた。
「指の骨折は痛いぞ。デイビット、一本ずつ折ってくれ」
ブライアンは冷たく言い放った。
「了解した。ゆっくりと折るか」
デイビットの左手に力が入った。
「いてててて!止めてくれー!!俺じゃない!山本だ!奴が持ってきたんだ!」
口入れ屋がようやく吐いた。
デイビットは、口入れ屋の手を放した。
ブライアンが激しく問うた。
「山本?誰だ?」
「日本の日光からやって来た元ヤクザだ。アメリカ中を彷徨っていた所に、知人の紹介で知り合い、スカウトした。で、そいつをシェインに渡した。」
体制を直し、ベットに座り直した口入れ屋は痛めた右手を庇いながら、話し続けた。
「秘密結社に紹介した殺し屋の一人か。その山本という男と、あの写真と何の関係がある?」
「数ヶ月前に、シェインに言われて、ニックの調査の為にシアトルへ行ったんだ。17年前にシアトルに捜査で行ってから、アイツは変わった。シェインはその理由を知りたかった。しかし、ニックが捜査した金持ちはとっくの昔に死んでいたし、他の関係者もなかなか見付けることが出来なかった。そこで、俺は山本に助けを求めた」
「何故だ?」
「奴は、過去にラスベガスで探偵の助手をしていた。調査の基礎は身に付けている。俺の仕事は、裏社会での仲介業だ。探偵には及ばん。だから頼んだ。奴も、シアトルに知り合いがいるというので、頼みを引き受けてくれたんだ。そうしたら、直ぐにニックのシアトルでの足跡を掴んでくれた。イサオとカフェで会い、そこで人助けをした事も拾ってくれた。あの写真もそうだ。『知り合いから貰った』と言っていた。その時に、コリンが金持ちの愛人をしていた過去を教えてくれたんだ。その後、俺はあたかも自分一人で見付けたと見せかけて、シェインに写真を渡した」
「山本とかいう殺し屋は、黙ってお前に協力したというのか?随分とお人好しだな」
「奴は金さえ払えば、何でもやってくれる。今迄に随分と助けて貰った」
部屋の外では、ようやくFBIのフォルスト捜査官が、捜査官達と殺人課の課長を引き連れて到着した。
彼は、署から離れたレストランで、担当検事と朝食を兼ねた打ち合わせをしていた。
その為、騒ぎを聞きつける迄に時間が掛かってしまった。
大勢の野次馬に阻まれて、フォルスト捜査官は特別牢の前に行くことが困難であった。
「野次馬をどけろ!」
部下のFBI捜査官達に命じた。
「何をしているのだ。貴方の部下達は。」
フォルスト捜査官は、冷たい眼差しを殺人課の課長に向けた。
「そう言われましても」
課長はしどろもどろに答えた。
「どうしてこうなった?」
近くにいた見張りの警官に、課長が尋ねた。
「デイビットとブライアンが、口入れ屋に尋ねたい事があるといって、留置場へやって来ました。一緒にいたマックス刑事が許可すると言ったので、二人を特別牢の中へ入れました。私はその後、マックス刑事に命じられて、荷物を取りに殺人課のオフィスへ行っていました。その間に、一匹狼の刑事が血相を変えて飛んできて、ドアの前でマックス刑事と押し問答の末、大喧嘩に発展したそうです」
「コリンはいないのか?」
フォルスト捜査官が警官に聞くと、彼は「はい」と答えた。
「ベンジャミン捜査官!こっちへ来るのだ!」
野次馬をどかしていたベンジャミン捜査官を呼ぶと、まだアパートにいるコリンを迎えに行くようにと命じた。
その頃アパートでは、コリンが何時もよりも遅めに目覚めていた。
「もうこんな時間だ。あれ?」
隣で寝ている筈のデイビットがいないことにようやく気が付いた。
続き
マックスの過激な発言に、ブライアンは驚いた。
「『遠慮するな』とは。私達は、マックスのキャリアを潰す気はない。口入れ屋と話すだけだ」
「構わないよ。前にも言った様に、私はあと1~2年で引退するつもりなんだ。それを早めるだけだ。口入れ屋は裏社会に長年いる男だ。一筋縄ではいかない。短い時間で、彼の口を割らすには、手段を選んでいる暇はないんじゃないのかな。アイツの犯した罪に比べたら、君達がこれからやる事は微々たるものだ」
ブライアンはデイビットと顔を見合わせ、お互い覚悟を決めた。
マックスの案内で、デイビットとブライアンは男性用の留置場に着いた。
まだ朝早い為、牢に入れられた男達は寝ている者が大半で、起きている者はごく僅かであった。
彼らはぼーっとした目付きで、デイビット、ブライアン、そしてマックスを見た。
三人は、彼らを無視して、一番奥にある特別牢へ向かった。
口入れ屋は、警察の秘密結社と組んでいるので、メンバーと極秘に接触する可能性があり、その為凶悪犯が入る特別な牢に入れられていた。
特別牢を見張る警官は、内部調査室とFBIが徹底的に調査して、秘密結社と関わりが無いと判断された者だけが選ばれていた。
牢の前に厚い鉄の扉が閉まっており、外界と遮断していた。
見張りの警官がドアの前で座っていた。
「口入れ屋は、今どうしている?」
「起きています」
「それは丁度良かった。口入れ屋と会いたい。開けてくれ」
マックスが見張りの警官に頼んだ。
「取り調べはFBIだけが行うと聞きましたが」
「正式なものじゃない。単に、話を聞きたいだけだ。短い時間で済む。FBIが来る前に済ませるよ」
納得した見張りの警官は、腰に付けていた鍵を取り出すと、鉄の扉の鍵穴入れた。
ドアを開けると、ブライアンとデイビットが入ろうとすると、見張りの警官は一旦制止した。
「私が許可した。彼らを入れてくれ。彼らが口入れ屋と話をするのだよ」
マックスがそう声を掛けると、見張りの警官は戸惑いながらも、二人を特別牢へ入れた。
「君、済まないが、殺人課のオフィスへ行って、私の机の上にあるポットを取ってきてくれるか?シルバーの小さな型だ。その間、見張りは私が代わるから」
見張りの警官に頼むと、マックスはドアの前に立った。
特別牢と言われるだけあって、広い間取りの中に、銀色のベットやトイレ、椅子とテーブルが完備され、清潔に保たれているが、窓は無く、自殺防止の為に監視カメラが常時作動し、椅子以外の家具は固定されていた。
口入れ屋はベットに腰掛けて、雑誌を読んでいた。
「お前達、一体何の用だ?FBIは?」
「奴等はいない」
「じゃあ、事情聴取じゃないのか?」
「正式にはな」
口入れ屋は雑誌をポンッとベットの脇に置き、足を組んだ。
「で、俺に何を聞きたい?シェインの行方なら知らないね。本当だよ。嘘発見器に俺は何度も掛けられた。その結果、器械は俺が正直に答えたと証明してくれたぜ。お前らもFBIから教えて貰っただろ」
「昨日お前が見た、コリンの写真の事だ。コリンによれば、16の時のものだそうだが、お前何処から手に入れた?」
ブライアンから質問した。
「さあねぇ。いや~、あれを見た時は、目ん弾が飛び出そうだったぜ。爆弾の脇にあったんだってな。衝撃的だよな。火薬よりも威力があったぜ。色っぽいガキだと思っていたが、10代の頃はまさかあんなに色気があるなんてな。16歳かぁ~。もうちょっと若く見えるよなぁ」
口入れ屋は、嫌らしそうな目付きで下からデイビットを見た。
デイビットは殺気のある視線で返したが、口入れ屋は目を逸らさなかった。
「お前さん、あの色男を独り占めするなんて果報者だな。へへへ」
デイビットは顔を紅潮させ、口入れ屋の気管を左手で締め上げると、足が床に着くか着かないか位の高さまで上げた。
今度は口入れ屋が顔を赤くた。
息が出来なくなり、両手で強くデイビットの左腕を掴んだものの、デイビットの力は弛む事は無かった。
「彼を怒らすと、こうなるのだ」
ブライアンは下から、口入れ屋を睨み付け、続けて質問した。
「正直に答えろ。我々はFBIと違うぞ。写真をどうやって手に入れた?」
デイビットは手を放した。
床に崩れ落ちた口入れ屋は、ゼーゼーと息を吐き、首を大きく振った。
「何の事だ?シェインに聞けよ」
デイビットは、口入れ屋のみぞおちにパンチを見舞った。
口入れ屋は、声も出せずにうずくまった。
隣室で監視カメラをチェックしている若い警官は、口入れ屋がデイビットから暴行を受けているのを見て、慌てて飛び出してきた。
ドアの前に立っているマックスは、中の様子がドア越しに聞こえていたので、若い警官を宥めるように言った。
「気にしなくて良いよ。口入れ屋は大げさな演技をしているだけだ」
「でも、デイビットが口入れ屋に暴力を振るったのは事実ですよ。もしも訴えられたらどうするんですか?」
「それは私が責任を持つ。上司に問われたら、私が君達を止めたと証言して良いから。私からも上司に話すよ。君達に迷惑が掛かる様な事は絶対しないよ。それに、ブライアンが側にいるから、デイビットの行動がエスカレートする事はないよ。ほらね、牢の中は静かになっただろう。大丈夫だから、君はもといた場所へ戻るんだ」
責任を取るというマックスの言葉に、若い警官は従い、隣室へ戻った。
若い警官は秘密結社と関わりがないが、殺人課にいる一匹狼の刑事から、口入れ屋の動きに変化があったら敬愛に電話するようにと頼み事をされていた。
若い警官は、一匹狼の刑事には色々と仕事の面で世話を受けているので、彼の頼みを断る理由が無かった。
加えて、彼は一匹狼の刑事がFBIより先に情報を得たいのだと思い込んでおり、まして一匹狼の刑事が秘密結社と繋がっているとは考えもしなかった。
何も知らない若い警官は、口入れ屋がデイビットとブライアンから厳しい聴取を受けているのを見て堪らず、電話の外線ボタンを押し、一匹狼の刑事に連絡を取ってしまった。
牢の中では、ブライアンが口入れ屋の詰問を続けていた。
「お前がシェインと長年の付き合いがあることは、掴んでいる。それに、全米中から殺し屋をこのマイアミに呼んでいることも」
床に蹲りながらも口入れ屋は、頑なに拒否した。
「何の証拠がある。シェインとは暫く会っていない。あの屋敷は、フランスから来た男に頼まれただけだ」
「その男は、ニースにずっといるぞ。お前が会ったのは別人だと、とっくの昔に分かっている。その男はミーシャと友人なのも判明している。お前は、ミーシャからその男の身分証明書を借りて、あの屋敷の賃貸契約を結び、そこにミーシャとシェインや秘密結社の連中を入れた筈だ。お前は、大量の日用品を持って、連中がいた屋敷に頻繁に足を運んでいる事は、ジュリアン率いる情報屋達が目撃している。証拠の写真もある。お前が連中に依頼されて、色んなものを手配していた証だ。その時に、コリンの写真を持ってきたのだろ?お前以外、あの屋敷から外出した者は一人も目撃されていない。つまり、コリンの写真を手に入れるのは、お前一人しかいないという事だ」
ブライアンは自分の足を、口入れ屋の背中にドンッと置いた。
「お前が否定しているのは、秘密結社からの報復を恐れているからだろう。お前の命は守ってやる。だから、吐け!」
若い警官が電話を掛けてから程なくして、一匹狼の刑事が、血相を変えて留置場へ駆けてきた。
「おはよう。お前さん、随分早くに来たな」
特別牢の前に立っていたマックスは、驚きつつも冷静に対応した。
「そんな事は後だ!早く、ドアを開けろ!さっきそこで、デイビットとブライアンが口入れ屋を殴っているて聞いたぞ!お前だけじゃなく、殺人課全体の責任になるぞ!」
一匹狼の刑事が、マックスに怒鳴った。
牢の中から、一匹狼の刑事とマックスのやり取りが聞こえていた。
『助かった』
口入れ屋は安堵するものの、次の瞬間絶望に変わった。
「駄目だ!」
マックスが拒否したからだ。
「何でだ?お前、口入れ屋が過去に猫を大けがを負わせた事件を知って、かなり怒っていたな。それが理由か?でも、お前言っていたじゃないか、『奴は刑務所で罪を償った』と。それなのに、どうして奴に暴力を振るうあいつらの肩を持つんだ?もしかして、そうなのか?」
「そうなのかとは?」
「あいつらみたく、コリンに惚れたのか。昨日、コリンの過去の写真をバラされて、秘密結社に怒っているんだろ?だから、それと繋がっている口入れ屋の野郎を憎んで、あいつらに協力しているのか?」
マックスは顔を真っ赤にし、激しく反論した。
「そんなんじゃない!昨日の件では、彼を可哀想にとは思うが、それとこれとは違う!」
「気持ちは分かるぜ。昨日見た写真は、警察中大騒ぎになる位、かなりセクシーだったもんな。俺だって、コリンが男じゃなかったら、昨晩のおかずにしていた」
一匹狼の刑事の言葉に、マックスはカッとなり、彼の襟を掴むと、背負い投げをしてしまった。
バーン!!
勢いよく、床に背中を打ち付けられた一匹狼の刑事は、一瞬呻ったが、直ぐに体制を立て直し、マックスに殴りかかった。
「何しやがる!」
マックスは両手でガードして、一匹狼の刑事のパンチを避けた。
「お前こそ、暴言を吐くなんて許せん!」
二人の刑事は取っ組み合いを始めた。
「喧嘩だ!」
見張りの警官達が叫ぶと、署内から野次馬が集まってきて、止めるどころか遠巻きに見て騒ぎ始めた。
牢屋に入れられている男達も二人の刑事を煽った。
マックスは、一匹狼の刑事の腕を掴んで、床に倒れた。
喧嘩だと聞いて、ポットを持って来た警官が急いで戻ってきた。
彼の目にしたのは、マックスが一匹狼の刑事と、特別牢の前で床に転がりながら関節技を掛けようと格闘している姿であった。
慌てた野次馬を押しのけ、マックスと一匹狼の刑事を剥がし、間に入った。
「止めて下さい!マックス刑事、あなたが喧嘩するなんて!らしくない!」
「こいつが、コリンに侮辱的な事を言ったんだ!昨日の写真を見て、おかずにしたいだと!俺達の仲間だぞ!」
間に入った警官、野次馬の警官達は、一匹狼の刑事をギョッとした目で見た。
一匹狼の刑事は、猛烈に反論した。
「俺はそんなことは言っていないぞ!『女だったら』と仮の話をしただけだ!お前らだって、昨日の写真を見て、びっくりしただろ?!皆、誤解すんなよ!俺はバツイチだ!女が好きだ!それはそうと、マックス、お前はどうだ?結婚15年目で別れた俺と違って、お前はたった3年で離婚したんじゃねえか!それも、かみさんが男と駆け落ちしたんだよな!きっと、お前の事を察したんだろ。その証拠に、お前は、コリンのこと随分と可愛がっているじゃないか?」
警官達はマックスの方へ振り向いた。
「何が察してだ!コリンに対して、邪な感情は一切無い!彼は、我々に非常に協力的で、捜査を手伝ってくれるし、とても優しい子だから、可愛がっている!それの何処が悪い!それに、私の前妻が逃げたのは、私が仕事に集中し過ぎたのが理由だ。それで、ジムで出逢った二枚目のトレーナーと・・・。そんな事、どうでも良いだろ!!」
再びマックスの怒りに火が付き、間に入った警官をのけると、一匹狼の刑事の両腕を掴むと、出払いをかけた。
バランスを崩し、床に倒れた一匹狼の刑事は、マックスの膝を蹴り、隙を突いたところに、三角絞めを仕掛けた。
マックスは怯む事無く、一匹狼の刑事を一旦持ち上げ、床に叩き付けて技を解くと、寝技に持ち込んだ。
ドアの外から、騒ぎの声が聞こえてきた。
「警官は、外の騒ぎに忙しいようで、お前を助ける暇はなさそうだな」
ブライアンはほくそ笑んだ。
口入れ屋の顔は、恐怖で引きつり、顔面蒼白となった。
「コリンの写真は何処で手に入れた?さっさと吐け!」
デイビットは口入れ屋を床に伏せさせ、右腕を後ろへ回すと、左手を使って口入れ屋の右指を後ろへ逸らし始めた。
「指の骨折は痛いぞ。デイビット、一本ずつ折ってくれ」
ブライアンは冷たく言い放った。
「了解した。ゆっくりと折るか」
デイビットの左手に力が入った。
「いてててて!止めてくれー!!俺じゃない!山本だ!奴が持ってきたんだ!」
口入れ屋がようやく吐いた。
デイビットは、口入れ屋の手を放した。
ブライアンが激しく問うた。
「山本?誰だ?」
「日本の日光からやって来た元ヤクザだ。アメリカ中を彷徨っていた所に、知人の紹介で知り合い、スカウトした。で、そいつをシェインに渡した。」
体制を直し、ベットに座り直した口入れ屋は痛めた右手を庇いながら、話し続けた。
「秘密結社に紹介した殺し屋の一人か。その山本という男と、あの写真と何の関係がある?」
「数ヶ月前に、シェインに言われて、ニックの調査の為にシアトルへ行ったんだ。17年前にシアトルに捜査で行ってから、アイツは変わった。シェインはその理由を知りたかった。しかし、ニックが捜査した金持ちはとっくの昔に死んでいたし、他の関係者もなかなか見付けることが出来なかった。そこで、俺は山本に助けを求めた」
「何故だ?」
「奴は、過去にラスベガスで探偵の助手をしていた。調査の基礎は身に付けている。俺の仕事は、裏社会での仲介業だ。探偵には及ばん。だから頼んだ。奴も、シアトルに知り合いがいるというので、頼みを引き受けてくれたんだ。そうしたら、直ぐにニックのシアトルでの足跡を掴んでくれた。イサオとカフェで会い、そこで人助けをした事も拾ってくれた。あの写真もそうだ。『知り合いから貰った』と言っていた。その時に、コリンが金持ちの愛人をしていた過去を教えてくれたんだ。その後、俺はあたかも自分一人で見付けたと見せかけて、シェインに写真を渡した」
「山本とかいう殺し屋は、黙ってお前に協力したというのか?随分とお人好しだな」
「奴は金さえ払えば、何でもやってくれる。今迄に随分と助けて貰った」
部屋の外では、ようやくFBIのフォルスト捜査官が、捜査官達と殺人課の課長を引き連れて到着した。
彼は、署から離れたレストランで、担当検事と朝食を兼ねた打ち合わせをしていた。
その為、騒ぎを聞きつける迄に時間が掛かってしまった。
大勢の野次馬に阻まれて、フォルスト捜査官は特別牢の前に行くことが困難であった。
「野次馬をどけろ!」
部下のFBI捜査官達に命じた。
「何をしているのだ。貴方の部下達は。」
フォルスト捜査官は、冷たい眼差しを殺人課の課長に向けた。
「そう言われましても」
課長はしどろもどろに答えた。
「どうしてこうなった?」
近くにいた見張りの警官に、課長が尋ねた。
「デイビットとブライアンが、口入れ屋に尋ねたい事があるといって、留置場へやって来ました。一緒にいたマックス刑事が許可すると言ったので、二人を特別牢の中へ入れました。私はその後、マックス刑事に命じられて、荷物を取りに殺人課のオフィスへ行っていました。その間に、一匹狼の刑事が血相を変えて飛んできて、ドアの前でマックス刑事と押し問答の末、大喧嘩に発展したそうです」
「コリンはいないのか?」
フォルスト捜査官が警官に聞くと、彼は「はい」と答えた。
「ベンジャミン捜査官!こっちへ来るのだ!」
野次馬をどかしていたベンジャミン捜査官を呼ぶと、まだアパートにいるコリンを迎えに行くようにと命じた。
その頃アパートでは、コリンが何時もよりも遅めに目覚めていた。
「もうこんな時間だ。あれ?」
隣で寝ている筈のデイビットがいないことにようやく気が付いた。
続き