前回 目次 登場人物 あらすじ
思わぬ人物からブライアンに連絡があった。
それは、ブライアンの所属している警備会社の社長からであった。

社長はブライアンを高く評価しており、今回の事件に非常に心を痛め、彼への協力を惜しまず、部下のジョン・シグルを現場へ派遣させたのもその為であった。

今、ジョンは殺し屋のアルフレッド・ハンを探しに、一時滞在していた西海岸を回っている。

社長は、他の社員からもたらされた情報を直接ブライアンに教えてきたのだ。
その情報とは、コリンの部屋へ侵入し、Tシャツを盗んだ赤毛の泥棒が、フロリダ州タンパに住む女性のアパートにいるところを、彼らの所属している警備会社の社員が発見したというのだ。

泥棒は旅行中に、酒場で働いている女性と懇意になり、女性が借りているアパートに転がり込んでいたのだ。
警察から狙われていると知ってからは、携帯も持たず、友人知人と連絡を一切絶ち、女性のパソコンすら触ろうともしなかった。
しかし、何も知らない女性は職場で泥棒と撮影した写真をソーシャルネットワークに投稿してしまい、その写真を警備会社の社員が偶然に見付けたのがきっかけであった。

「彼は、たまたま別の警備の下見でタンパに滞在したんだ。仕事も終わり、旨い酒場をインターネットで探していた時に、男を発見したそうだ。彼は、私から君の一件を聞いていたので、すぐにピンときて、社長の私に報告してきた。彼には、その男を見張る様に命じたから、君も向かってくれ」

ブライアンはiPhoneを切ると、今度はジュリアンに電話を掛け、赤毛の泥棒が見付かった事を告げた。
「それは良かったじゃないですか!」

「しかし問題がある。ここからタンパへは300キロメートル以上の距離がある。飛行機で行った方が早い。お前、この近くで小型機のパイロットの知り合いはいないか?」

「はい、います。この近くに小型機用の飛行場があるんです。私も何度か利用しています。直ぐにタンパへ飛ばせるように手筈を整えます。あと、タンパから奴のアパートまで向かうレンタカーも手配しておきます。後の事はお任せ下さい。口入れ屋の捜索も続けますし、貴方のベンツもホテルへ戻しておきます」

「流石だ。頼みにしているぞ」

ブライアンは、ジュリアンに教えられた飛行場へ飛んで行き、セスナ機へ乗り、タンパへ向かった。
機内でも社長と密に連絡し、細やかな計画を練り上げた。

1時間後、タンパ近郊の飛行場に到着すると、駐車場にはレンタカー会社の人間とブライアンの愛車と同じ型の
ベンツS HYBRIDが待っていた。
素早く手続きを済ませると、車に乗り、現場へ急行した。

車内に搭載されているナビゲーターが示した現場近くの有料駐車にベンツS HYBRIDを止めると、先にアパートの前に到着していた同僚のバンに乗った。
会社のバンなので、中はパソコンやモニターなど器械でかなりのスペースが埋められていた。
アパートの前で待ち伏せしながら、ブライアンは同僚に社長と立案した計画を話した。

「了解。さっき、部屋の前をさりげなく通り過ぎたが、まだ奴は部屋の中にいる気配がした。郵便受けには郵便物がまだ残っている。ネットで女の投稿した写真をざっと見たが、奴は夕方から動く傾向が見られるので、もうじき外へ出る可能性がある」

同僚がブライアン状況を説明した。

「女は?」

「それもチェックした。現在、職場で開店準備をしている。今から30分前に自分のコミュニケーション・ネットワークに投稿していたから、間違いない」

「それは好都合だ。奴を出てきたら始めるぞ」

同僚の推測通り、夕方になり、買い物しにアパートから出てきた泥棒をブライアンは素早く捕まえた。
驚きのあまり声も出せない泥棒をバンへ乗せた。

前科のある泥棒は、警察とは違うブライアン達の姿を見て怯えていた。
「だ、だ、誰だ?」

「心配するな。見ての通り、私達は警察の者じゃない。さる警備会社の者だ。お前が正直に、私達の質問に答えるならば、警察へ突き出す時に腕の良い弁護士を用意してやる」

「な、何を?何もやっちゃいないぜ」

「とぼけるな。お前が、コリン・マイケルズという男性のアパートへ泥棒に入ったことはとっくに知っているんだ。それに、お前は口入れ屋と親しい事もな。お前には一切危害を加えないから、正直に吐け。弁護士をつけるのは本当だ。約束する」

泥棒はブライアンの黒い瞳を見た。
『この男は嘘を付かない』

ブライアンを信用した泥棒は、口入れ屋から金を渡され、アパートに住む男性の持ち物を一つ盗めと奇妙な依頼を受けたことを白状した。

「そのアパートには、大柄の男と小柄な男が住んでいるが、小柄の方の持ち物を盗ってくれと頼まれた」

コリンのアパートへ侵入した泥棒は、クローゼットを漁り、奥にしまってあった墨色のTシャツを盗んだ。

「奥にあったから、直ぐにバレないと思ったんだ。それを渡したら、口入れ屋の奴、大変喜んでいたよ。不思議に思って聞いたんだ。『こんな着古したシャツをどうずるんだ。』って。そしたら、奴は『頼まれたものだ。済まねえが、詳しい事は言えないんだよ。』と答えたんだ」

「良し。約束は守る」
ブライアンは同僚にバンの発信を促すと、iPhoneを取り出し、弁護士へ連絡を入れた。

「3ブロック先のビルの前で、弁護士がこのバンへ乗ってくる。警察には自首という形で話しを進めていくそうだ。後、彼女に上手く伝えておくとも言っていた」
泥棒はホッとした。

そこを狙っていたかの様に、ブライアンが尋ねた。

「ところで、今FBIが口入れ屋を探しているんだ。奴の居そうな場所は知らないか?」

「えっ?警察じゃなく、FBI?!何の容疑で」

泥棒は口入れ屋が秘密結社の為に動いている事は全く知らなかったので、ひどく驚いた。

「口入れ屋は、警察内にあった秘密結社に雇われて動いている」

「えっ?!ニュースになっている、ニンジャの息子を撃ったという、あの・・・」

「あの秘密結社だ。連中は、ロンドンにいたロシアン・マフィアの生き残りに雇われていて、口入れ屋は連中の為に、隠れ家をフランスのニースにいる男の名義で借りた。勿論、その男はこのマイアミには一度も足を踏み入れたことはない。FBIは、偽名で家を借りた詐欺罪と私文書偽造の罪で、口入れ屋を追っている。お前は運が良かったな。もし、私達がお前を見付けなければ、彼女共々秘密結社に消されるところだった」

ブライアンの言葉に、泥棒は口をぽかんとさせていた。
「消される・・・。嘘だ。口入れ屋とは友達なんだ。そんな男じゃない」

「口入れ屋はそうかも知れんが、秘密結社は違うぞ。連中は非道だ。武器を持たないごく普通の看護師を平気で撃った。もしかすると、口入れ屋も消されるかもな。いや、既に口を封じられているかも知れん。何しろ、FBIがどんなに探しても見付からないからな」

口入れ屋は、まだ秘密結社にとって役に立つ存在であるので、その存在を消すはずはないとブライアンは確信していたが、あえて確信とは真逆なことを発言し、泥棒に秘密結社の怖さを植え付けて、彼に口入れ屋の居所を吐かせようとしていた。

「まさか。口入れ屋は、仲の良い警察官がいて、彼女から情報を貰っているんだ。その他にも裏社会にもネットワークがあって、逃げ足が速いんだ。危なかったら、このフロリダ州を抜け出して、バージニアの」

恐ろしさのあまり泥棒は、つい口を滑らしてしまった。

「バージニア州の何処だ?言った方が、口入れ屋の為になる。FBIなら、秘密結社から奴の命を守ることが出来る」

泥棒の口はわなわなと震えた。

「それなら、こうしよう。バージニアの事は、私が調べたとFBIに伝える。そうすれば、口入れ屋を裏切った事にはならない。」

「お願いだ。そうしてくれ。バージニア州にある小さな町に、父親違いの妹が住んでいる。その縁で、近くの山に小屋を持っているんだ。奴は何があったら、そこへ雲隠れして、ほとぼりの冷めるのを待っているんだ。今もそうしているんじゃないか」

ブライアンは泥棒を褒めた。
「良くぞ答えてくた」

『野郎の情報を引き替えに、私はFBIの捜査に再び参加する』
ブライアンは心の中でガッツポーズをした。

途中で弁護士を拾い、バンはマイアミ警察署へ向けてハイウェイに乗った。
弁護士は優秀な腕を持つ若者で、以前にも警備会社の社長から依頼を受けた経験があった。
今回は、急な依頼であったものの、高額な謝礼を提示されて直ぐに承諾した。
バンの後部座席では、弁護士が泥棒と打ち合わせを始めた。

ブライアンは助手席に移り、ブライアンの携帯に連絡を入れた。

「バージニア州には、私の仲間が州都・リッチモンドにおります。山間部までは目が届くかどうかわかりませんが、口入れ屋がいるという山小屋へ向かう様に頼んでおきます」

「彼には『見張るだけで、動かないで欲しい』と伝えてくれ。地元警察かFBIに口入れ屋を逮捕させる」

次に、デイビットへ連絡を入れ、一連の報告をした。

「いよいよ事態は動くな」
デイビットの声の後ろで、コリンとサラ、そしてイサオがハイタッチをしているのが聞こえた。

「こらこら皆んな、まだ口入れ屋は捕まっていないんだぞ。安心するのはまだ早いぞ」
ブライアンは口入れ屋の居所が見付かった安堵感か、笑ってiPhoneを切った。

ブライアンと警備会社の同僚は運転を交代しながら、一路警察署へ車を走らせ、約3時間後に到着した。
泥棒を弁護士と同僚に任せて、ブライアンはFBIに主任との面会を申し出た。

「主任のフォルスト捜査官に重要な情報を持ってきた。直ぐに会わせてくれ」

若手の捜査官が、怪訝な表情で対応した。
「一緒に来た泥棒の件でしょうか?彼も秘密結社の人間なのですか」

「いや、彼は何も知らない。秘密結社とは無関係だ。私が主任に言いたいのは、独自に入手した情報の事だ」
ブライアンは目の前にいたFBI捜査官にそっと耳打ちした。

「口入れ屋の居所が分かったのだ。一対一で話しがしたい」

若手の捜査官は驚き、急いで奥の会議室へ駆け込み、フォルスト捜査官に取り継いだ。
「今すぐにお目にかかるそうです。どうぞこちらへ」

会議室で、フォルスト捜査官が一人で待っていた。

「口入れ屋の居所が分かったそうだな」

「その通りだ。教える前に、私を捜査に再び加えるという約束をして貰いたい」

ブライアンが持ちかけた取引に、フォルスト捜査官は憮然とした顔をし、腕を組み、顔を天井に上げ、考えていた。

「君、一人だけだ。他の連中との連絡は止めにして欲しい」

「そいつは無理だ。ジュリアンや、デイビット、それにコリンの協力が無ければ、この情報を得ることは出来なかった」

更にフォルスト捜査官は考えた。

「君らが絶対に外部に口外しないと誓約書にサインするならば、良いだろう。外部とは、イサオさんとその家族も含まれる。分かったか」

今度はブライアンが天井を向いて考えた。

「良かろう。彼らには話しをしておく。イサオの見舞いには行くことがあっても、決して捜査状況を話さない」

「守れるか」

ブライアンは口を真一文字に結び頷いた。

「それでは、口入れ屋の居所を教える」

バージニア州の山小屋に隠れていると聞いたフォルスト捜査官は、直ぐに部下を呼び、『地元警察に連絡を取り、この山小屋へ向かうようにと伝えろ』と命じた。

「私も現地へ飛ぶとも伝えろ。早速、君にも協力して貰う」
フォルスト捜査官は現地への飛行機の手配を命令し、ブライアンに同乗を許可した。

車で空港に向かう途中、ブライアンはデイビットに再び連絡をし、捜査機関に戻れる事を伝えた。
デイビットとコリンは、先程の連絡の後に病院を出て、ニックとロボの捜索を続けていた。

「良かった。ブライアンが捜査に再び加わる事になったんだね」
フォレスターを運転しているデイビットに代わって、スマートフォンに出たコリンは自分の事のように喜んだ。

「君達もだ」

「嬉しいよ!ブライアン、有難う」

「だが、イサオを含め、捜査関係者以外の者に、捜査情報を漏らしてはならない事になった。後ほど、FBIが誓約書を持ってくる。それをよく読んでくれ」

「えー、イサオに話しちゃ駄目なの?イサオは事件の被害者だよ」
コリンは不服であった。

「仕方ないさ、コリン。折角、ブライアンが俺達を捜査に再び加えて貰えるようにしてくれたんだ。じゃあ、ブライアン頼んだぞ」
デイビットがコリンに言い聞かせ、スマートフォンを切らせた。

「抜け道は幾らでもある。表面上は、フォルストに従おう」

「分かったよ。相手はFBIだ。したたかに対処しないとね」
コリンは自分自身に納得させた。


車中で、ブライアンは隣に座っているフォルスト捜査官に告げた。
「彼らは了解してくれた」

「だと良いが。コリンは大分不満そうだったぞ」

「おい、私達の話を盗み聞きするな」

「コリンの声が大きかったから、私の所まで聞こえたんだ」
フォルスト捜査官はしれっと答えた。

「彼は大丈夫だ。デイビットが説得してくれるし、彼もこの世界の事は重々理解している。時間が経てば冷静に判断する男だ」

「外部への情報漏れは厳重に防いでくれ。何処に秘密結社の耳があるかも分からんからな」
フォルストは釘を刺した。

それからFBI捜査官達とブライアンは、特別機でバージニア州の空港へ向かった。
普通の航空便だとアトランタ経由で4時間以上掛かってしまうからである。
特別機だと2時間位で到着する。

飛行機が飛び立ってから30分もしない内に、地元警察から緊急の報告が入った。

「山小屋へ警官隊が突入しましたが、もぬけの殻でした。でもご安心下さい。被疑者が先程迄いた形跡がありました。まだそう遠くには逃走しておりません。付近を緊急配備し、捜索している所であります」

フォルスト捜査官が珍しく溜め息をついた。
「既に、情報は漏れていたか」
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