「ADHD(注意欠陥多動性障害」

 

という言葉を私が初めて知ったのは

今から約24年前 2002年のことです

 

 

その頃 私は当時7歳だった息子の

次のようなことでとても困っていました

 

 

・忘れ物が多い 

・整理整頓が出来ず物が散らかる

・学校からの連絡が伝わらない

・とにかく学校生活で様々な問題が起こる

・友達とのトラブルが絶えない

・自分が子供の頃にはしなかったようなことをしでかす

・人に迷惑をかけて謝ることが多い

 

 

それら困っている状態について

ネットで調べていたところ

「ADHD(注意欠陥多動性症候群 当時の名称)」

という言葉に行き当たり

息子はもしかしてADHDなのでは?

と思うようになりました

 

 

ちょうど同時期に保護者面談があり

担任の先生も同じように思っておられたとわかり

その先生がつないでくださり

発達障害のことに詳しい教頭先生と面談

 

「ADHDの可能性は見られるけれど
 まずお母さんが出来ることをして

 しばらく様子を見ましょう」

ということになりました

 

 

でも 息子は体調不良や激情することが多くなり

その後も問題が多発

葛藤する気持ちのまま小児神経科を受診することに

 

さらに息子がパニック状態になったり

など事態が悪化していました

 

 

小児精神科ではまず

病気の可能性を調べるCT検査と

知能検査を受け

息子は数値的にはADHDと位置付けるほどではなく

「ADHD(注意欠陥多動性症候群)ボーダー」

と診断を受けました

 

そして グレーゾーンではあるけれど

「ADHDの傾向があるとして

 対処していくことが望ましいでしょう」

との担当医の先生の勧めで

親である私が半年間ペアレントトレーニングを受講し

発達障害の子供を持つ4人のお母さんと一緒に学びました

 

 

このペアレントトレーニングは当時

病院に隣接された研究機関で受講したのですが

ちょうど2003年のその頃にアメリカから導入され

始まったばかりの取り組みで

トレーナーの方々も初めてとのこと

 

「まだ研究段階で日本人に合う構成にするために

 改良の余地がある」

その前提での受講となる旨 事前に説明を受けました

 

 

その頃の私は

 

・自分と子供は正反対のタイプだと感じる

・自分はダメな母親だと自己嫌悪に陥る

・もう子供にどう対処すればいいかわからない

 

とすっかり自信をなくしていたけれど

他のお母さんも皆  同じような状況と心境でした

 

 

ペアトレを一緒に受講したお母さん方とは

受講後にお茶するなどして色々話してわかったのですが

子供の頃 似たような境遇で育ち 反抗期がなく

同じようなタイプだったことも印象的でした

 

 

ペアレントトレーニングは2週間ごとに月に2回 

その回で習ったツールを家に帰って子供に実践するという

宿題が毎回出て 次の回までに練習と記録を繰り返しました

 

 

講習中にとても印象的だったのは

「お母さん役」と「子供役」

両方の立場を演じるというシュミレーションの回のこと

 

 

 

 

確かセリフも決まっていたのですが

私が「子供役」をした時

お母さん役の方が遠くから話しかけたり

くどくどお小言を言う態度や言葉がけで

本当に気分が悪くなり

逆に目線を合わせてほめてくれた時は

ふわぁーっとものすごく嬉しい気持ちになる

という驚きの体験をしたのです

 

「子供の立場になる」

なんてそれまで考えたこともなかったので

この時は他のお母さん方も皆 同様に驚いていて

子供が感じる思いを親が理解しようとすること

その大切さをまざまざと感じました

 

 

そんな風にお母さん同士 一緒に色々な体験をして

講義を越えての励まし合いもあり

時間はかかりましたが徐々に息子との親子関係が改善されていきました

 

 

また同時に

自分がそれまで「よい」と思っていたことが「違っていた!」
と大きく価値観を崩される驚きの機会にもなりました

 

 

結局 息子は何も治療を受けることはなく

ADHDと出会ったのは

私自身が考え方や捉え方を変えるためだった

と思っています

 

 

そして ペアレントトレーニング終了後

 

「これらのツールは発達障害の子供に限らず

 親がみんな知っていたら

 子供たちはどの子も

 自分の特質や才能を発揮できるだろう」

 

と感じ 最後の感想にそう書いて提出しました

 

 

 

あれから24年

 

現在31歳の息子は

パニック障害てんかんの持病が十代後半になってわかり

体調も上下ジグザグでしたが

少しずつ右肩上がりになり

原付免許 フォークリフト

運転免許も取得することが出来

色々な仕事をしたり経験の幅が広がっています

 

 

息子自身は(これ ADHDだなぁ)

と思うことが今でもあるようですが

自分で対処できるようにもなり

当時 担当医の先生がおっしゃっていたように

困った症状はほとんど見られません

 

 

語彙力が豊富になった息子とは

ADHDのことが今でもよく話題にあがり

子供の頃のあの時 どう感じていたかとか

私が知らなかった思いを初めて聴くこともあります

 

 

(あの頃の自分みたいだ)

と息子が以前経験したことを思い出すような人と

接することもよくあるそうで

そんな時は「自分の体験が活かされたと思った」

と言っていました

 

 

タロットカードと花の写真

 

 

2011年~

私が直感カードリーディングの鑑定をするようになってからは

大人になってから自分がADHDだとわかった方

とご縁をいただくことが多くなり

次のようなことをおっしゃっていました

 

 

・子供の頃からずっと生きにくいと感じていた

・自分の感覚がおかしいと思っていた

・五感が他の人と違う

・まぶしいとかうるさいが人より過敏

・人の思いを感じ過ぎてしまい苦しい

・自分の感覚や気持ちをうまく説明できない

・理不尽に怒られることが多かった

・人が怖い

 

 

独特な感覚をお持ちの方も多く

その感覚の理解を共有するために

鑑定ではホワイトボードを使って図にするなどして

確認しながらお話を伺うようになりました

 

 

 

こんな風に「わたしの感覚はこう!」

と目に見える形でハッキリ納得出来ると

皆さん とても安心されるのね

 

 

私は経験したことがないので

その感覚自体はわからないのだけど

絵に描いたり 図にしてみたり

カードの絵を一緒に見ながら確認することで

ご本人の(感覚)を共有することは出来ます

 

 

一言で言うとそれが「理解」

 

 

お互いに「一致してる!」と感じられると

すごく嬉しい♬

 

でも 通常のコミュニケーションでは

あえて確認しない部分

 


ADHDはすごーーーーく飛びぬけていて

めちゃめちゃ大きくて大胆と感じる部分もあれば

 

一方 すごーーーーく敏感で 鋭くて

めちゃめちゃ小さくて 繊細と感じる部分もあって

 

それが1人1人 みんな違うし

独特なギャップがある

 

 

そのギャップを

自分自身が

自分とは違う人も

理解できるといいですね

 

 

筆文字アート ADHDの個性を表現

 

マサ丸さん書いていただいた名前の書

 

 

自分の名前 恵理子の「理」を説明する時

以前は理科の理って言っていたけれど

 

「理解の理です」

 

そう言うようになりました

 

 

 

参照記事

 

たとえあの人が自分と違ってもその違いをお互い認め合っていこうよ

自分とは違ってもどちらも尊重する

 

敏感さ 過敏さを責めないで 豊かな「感」を大切に

宇宙人さんたちの想い

 

 

 

 

 

 

ホームページはこちら

魂響書宣 たまゆらしょせん 恵理子
プロフィールはこちら
魂響書宣 たまゆらしょせん恵理子プロフィール

見えない心の中を見える形で整理して秘力魅力を発揮!

対面セッションメニュー一覧

本心 本音 本望など心の声とエールを筆文字の書でお届け

魂響 たまゆら 書宣メニュー一覧

お問合せはこちらからお願いします
お問合せフォーム