穴と橋とあれやらこれやら -249ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2019年10月6日に敢行した、大津市南部の仁丹看板一網打尽作戦。大石曽束町を辛くも発見し、やってきた次なるターゲット。

 

この日は計四枚の仁丹看板を記録したが、その中で唯一ストビューでは見つけられなかったのが、今宵ご紹介するもの。

 

 

 

とはいえ、心配はしていなかった。おそらくはグーグルカーにフォローされていない道にあるんだろうと。

 

その予想は的中。

事前に地図でアタリをつけていた、まさにビンゴな位置にそれはあった。

 

 

 

 

 

いただきました、

田上森町(たなかみもりちょう)。

 

完全に予想した通りの場所にあったので、嬉しかった。経験を積んでくると、なんとなくありそうなポイント、わかるようになってくるのよね…。

 

 

 

 

さて、最後にお約束の?リストで〆。

 

1、膳所網町(現地確認済み

2、新栄町(現地確認済み

3、上馬場町(現地確認済み

4、元会所町(現地確認済み

5、上京町(現地確認済み、記事未)

6、山中町(A)(現地確認済み

7、雄琴千野町(現地確認済み、記事未)

8、東浦垣内町(現地確認済み

9、神出小関町(現地確認済み、記事未)

10、船頭町(現地確認済み、記事未)

11、柳町(現地確認済み、記事未)

12、膳所大津町(現地確認済み、記事未

13、膳●●●(現地確認済み

14、大石曽束町(現地確認済み

15、田上森町(現地確認済み、本記事)

16、田上石居町(現地確認済み、記事未

17、田上稲津町(現地確認済み、記事未

18、山中町(B)(探索するも不明)→ほぼ消滅?

19、東上栄町(探索するも不明)→ほぼ消滅?

20、南滋賀町(消滅)

※現地確認済み分は、確認した順

 

 

以上。

 

 

 

2014年11月15日、2日間にわたる煉瓦祭り@愛知の初日。この日のネタで記事にしているのは、後半の山田下橋梁と日没間近の御殿橋。今宵ご紹介するのは、午前中に訪ねた土木遺産物件。


 

 

まずはこれ。

このビジュアルだが、橋ではない。煉瓦祭りではあるが、煉瓦物件ではない。

 

はて、これ如何に(笑)。現在地コチラ

 

 

 

 

 

 

 

お名前は

「明神樋門」。

 

 

 

 

 

引きで見るとこんな感じで、

石造の樋門である。

 

樋門(ひもん)についての解説はしない。各自でお願いね(酷

 

 

 

 

 

解説はしないが、

上に立てられていた大府市教育委員会設置の解説看板の転載は対応しましょう(笑)。

 

大府市史跡案内

名称 明神樋門

寸法 天端幅約十メートル、長さ十五メートル 高さ(川底より)六.四メートル

年代 明治三十四年頃

解説

江戸期に人工的に掘削された五箇村川と西側丘陵地から境川に注ぐ小河川とを立体交差させるために樋門が設けられていた。

たびたび洪水により破損するため、当時人気の人造石工法により改修した。

人造石工法は服部長七という愛知県碧南市出身の人物が考案した。

「たたき」とは消石灰と真砂(サバ土)とを混ぜ、水で練ってたたき固めたもので、土間など湿気防止や水密性をもとめられるところに広く使用され、コンクリート工法が普及するまで施工された。

この樋門はこの人造石工法を使用した貴重な近代化遺産のひとつで、明治期に五箇村川流域で施工された人造石工法樋門の遺構であるとともに、県下に残る人造石の樋門では最初期のものである。

 

 

よく思うことだが…この手の解説看板の多くって、文章おかしいよね(爆)。大丈夫か、「教育」委員会(笑)。

 

 

 

えー、つうわけでこの明神樋門、土木学会選近代土木遺産Bランクに選定されてもいる。

 

 

 

 

 

で、解説の最初に書いてあるように、明神樋門は人工水路である五箇村川と小河川を立体交差させるためのものであり、当然ながらその上にはその小河川が横切っている。地図を見ればよくわかると思う。

 

で、その小河川にも、

樋門があるんだな~これが。

 

 

 

 

 

 

 

明神樋門が立体交差のための樋門だったのに対し、

こちらは小河川が境川に流入するために、境川右岸堤防下を抜けるための樋門である。

 

明神樋門のような扁額もなく、現場の解説看板にすら完全スルーされている悲しさだが、こちらは明神川逆水樋門として、同じく土木学会選近代土木遺産Bランク物件である。


 

気づいてない方もおられるかもなので、ここで書いておくと、解説看板にあった「小河川」は文字通り「小さな川」を指すに過ぎず、河川名は「明神川」なのだった。ちゃんと書けよ、大府市教育委員会さんってば(笑)。失礼しました、暴言でした。

 

 

 

記事を書くにあたって知ったのだが、2020年7月、これら二基の樋門は、国登録有形文化財に指定されたそうだ。おめでとう!(謎)

 

看板直した方がいいっすよ、大府市教いk(ry

たぶん直してるかもな…(笑)。

 

 

 

 

 

さて、こちらも石造樋門で、

ちゃんと要石もある。五角形に成形されているのがささやかなアクセント。

 

 

 

 

 

 

しかしながら、内部はモルタル補修されてしまっている…って、

もしかして、これも「たたき」だったりするのか?

 

たしかに風合いはなんとなくたたきっぽいけど…いや、さすがに違うか。

 

 

 

 

 

 

 

抜けて、吐口と正対。

門構え的な構造物が目を引くが、これはかつて水門が存在した名残だろう。

 

しかし…なんでもうちょい引きで撮らなかったのか、もはや記憶がない。

 

これも今回調べ直して知ったのだが、この吐口の上の方に銘板があったみたいだ。まあこの時はかなり鬱蒼としてた気がするので、いずれ見つけられなかったんじゃないかと思うけど…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水門が設けられていた理由は、境川本流の水が入り込まないように。逆水(さかみず)樋門とはそういうものだ。オリジナルの姿を見てみたかったな~。

 

 

 

 

 

 

最後に、明神樋門全景。

写真右端の堤防下に明神川逆水樋門がある、という位置関係。

 

 

 

 

 

こちらは、

順光で扁額が撮れた。

 

 

 

 

 

 

 

そうそう、最後で申し訳ないが、

樋門の上、斜面を固めているこの部分が「人造石工法」が用いられている部分になる。樋門上部の石材がずり落ちちゃってて残念と言えば残念。まあこれも味か?

 

 

 

 

そういえば、樋門ネタってあんま記事にしてなかったな~、と、思い出したやつを記事にしてみた。今後も定期的にやろうと思う。…たぶん。

 

 

 

以上。

 

 

本日2021年4月11日、以前記事にした某所に至るルートでやり残していた裏ルートを片付けてきた。ワケあって場所は明かさないが、以前からのお客様でピンとくる方はくるかも?いやあ、思ってたよりも疲れましたわ~。体力の衰えを痛感。もっと活動せなイカンな~(謎)。

 

 

行き帰りに拾ったネタも含めてダイジェスト。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここんとこ面白くないことが続いてやな気分(笑)だったが、いい気分転換になった。

 

 

 

某所裏ルートアタックは、早めに記事にしようかと思ってる。忘れないようにしないと・・・・。

 

 

 

2018年12月31日、歳末すべりこみ三重県散策。この日のネタで記事にしているのは、寺渕橋と先代橋遺構落瀬橋。今宵ご紹介するのは、通りすがりに記録した橋と、そっからのわたくし好みな展開のお話。

 

 

まずはこれ。

親柱がささやかに主張してくるものの、まあなんてことない橋。場所コチラ、北側より。

 

ここは何度か走ってる道なのでこの橋にも気付いてたはずだが、そういえばこれまでスルーしてたな~、ってことで、この際記録しておこうと。

 

 

 

 

 

お名前は…ううう~ん?

「寺」はすぐわかったんだが…

 

凝視することしばし、どうやら「寺下橋」かな?ちなみに左側の親柱に刻まれていた文字は、まったく判読できなかった。

 

 

 

 

 

 

渡って、南側より。

矢印は一旦スルーして(笑)。

 

 

 

 

 

右の親柱で…

うむ、やっぱ「寺下橋」で間違いなさそう。

 

 

 

 

 

左の親柱でお誕生日判明。

「昭和三年五月●」。

 

おおお、古そうに見えたがここまで古いとは。欄干は昭和中ごろに改修されたって感じかな。最後のひと文字が判読できないが、「架」かな?

 

 

 

さて…橋については以上なのだが、ここからは先ほどの写真につけてた矢印について。

 

 

 

 

矢印の場所、橋の南詰に

こんな秘密めいた径を見つけてしまってね。

 

ちゃんと階段が組まれているので、杣道や作業道とは違うようだ。気になったので、ちょっと追いかけてみることにした。

 

 

 

 

 

そこからの、寺下橋ビュー。

シンプルな桁橋っぽいな。

 

 

 

 

 

さて、谷を遡上するかに見えた径だが、

すぐに折り返して登ってゆく。

 

ちなみに下の方、白く見えているところが国道である。つまりここからは、左下に国道を見おろしながらのトラバース路となる。

 

 

 

 

 

半ば埋もれているが、

このようにしっかりと造られた階段が一貫して続いていて、明らかにこの先の何かへと続く道のようだ。ただこの状態を見るに、現在ではほぼ使われていなさそうな。

 

 

 

 

 

登り始めて3分、

階段がまともになり、何かが現われた。

 

 

 

 

 

現われましたるは、

三体の石仏。

 

改めて見ると、道はまだ正面に向かって続いているように見えるが、階段は右方向へ向かっている。

 

 

 

 

 

そしてその右方向は…

おおっ!お寺が!

 

この展開はテンション上がった。秘密の径を辿ったら、山中の荒れ寺を見つけちゃったのか!?と。

 

しかし、実際にはそうではなかった。もちろん階段を上ってみたが、そこにあったのは荒れ寺なんて失礼な言い草とは程遠い、龍翔寺という現住っぽいお寺(写真は撮ってない)。

 

 

 

 

 

変な角度からいきなりお寺の境内に侵入しちゃったような感じになったので、すぐに退出したのだが、

どうもこれは昔使われていた裏参道?なのかな?

 

改めて地図を見てみると、寺下橋から300mほど南下したところから龍翔寺まで続く車道がつけられており、現在はほぼそちらのみが使われているということか。

 

とりあえず、上の写真はお気に入りである。なかなか雰囲気良くないすか?

 

 

 

 

 

驚いたことに、地理院地図にはこの「裏参道」が描かれている。

意外なほどポンコツな一面もあるけど、やはりやるな地理院地図(笑)。

 

 

 

 

 

戻ってきた。

そしてここで腑に落ちた。お寺の裏参道入り口だからこその「寺下」橋ってことなのかと。

 

もしかしたら単なる偶然の名称なのかもしれないが、そう考える方が楽しいのでそれで決まり(笑)。

 

 

 

こういうささやかな展開のある物件、大好きだな~。

 

 

以上。

 

 

2020年7月23日に敢行した、雨の佐賀・自転車橋巡り強行作戦。この日のネタで記事にしているのは、白山の門付きトマソン廃橋。今宵ご紹介するのはこれよりも先、この日2本目の橋。立地が…(笑)。

 

 

 

国道264号から、何気ない地味~な道を東へ入る。すると…

突き当たりに、橋がある。…突き当たり?

 

 

 

 

 

突き当たりと見えたのは、橋の先、門で封鎖されているから。

今気づいたけど、かつては手前側に門があったような痕跡があるな。

 

 

左の親柱には看板が括りつけられていて読めないっていう残念あるある状態だが、その看板に書かれた文言は

「犯罪・事故防止のため

無断で校内の立入り

通り抜けを禁ず 学校長」

 

ここで地図を。そう、閉ざされた門の先は学校なんである。

 

 

 

 

 

つうわけで右の親柱、お名前は…

「校西橋」。どストレートな名前だ。

 

 

 

 

 

この高欄を見て、

それなり以上に古い橋であることはわかる。まあ実はちゃんと下調べして来てるから、偶々見つけたわけじゃないのだ。

 

 

 

 

 

この橋はとにかくサイドアングルに恵まれず、

この程度で精一杯。

 

 

 

 

 

では、渡るとする…って、

い(笑)。

 

思わず視線が泳いで防犯カメラを探すが、目視では見つけられなかった。けどなんとも落ち着かない。橋を渡ってるだけなのに(笑)。

 

 

 

 

 

こんな立地&封鎖だから、当然東側からの正対写真は撮れず。つうか、橋から脱出できず。

 

仕方ないので、カメラだけ突き出してブラインドで…

またお名前か。

 

 

 

 

 

こっちはどうだ…?

おおっ!お誕生日キタ!

「昭和九年五月竣功(たぶん)」。古い!

 

学校に架かる橋としては非常に古い。調べてみればこの中学校、オリジナルは明治32年開校の成章高等小学校だということで、この橋からまだ35年ほども遡る歴史を誇る学校なのだった。

 

 

 

 

 

唯一看板で隠されていた親柱にどんな情報があったのか知る由もないが、河川名だけ判明しなかった。

帰ってから調べたところ、「古小川」というようだ。

こちらは上流側。

 

 

 

 

 

 

そしてこちら、

下流側。

 

とはいえ、流れはほとんど感じられないクリーク風な景。佐賀にはこういう川が多いイメージ。

 

 

 

 

 

門扉前から振り返り。

白い車が横切っているところ、もう国道である。

 

ちなみに、国道から学校までのこの道、れっきとした市道で、佐賀市道成章中学校線というそうな。

 

 

 

 

 

最後に、前回忘れてしまったけど、佐賀ネタのお約束。

2回の佐賀市内探索でシバいた橋をプロットしたもので、黄色★印が2017年7月の、そして緑旗印が2020年7月のネタたち。たぶん全てを記事にする前に死ぬと思う(爆)。

 

 

今日のやつはどれかな~?って、今回はわかりやすいな。

 

 

 

以上。