穴と橋とあれやらこれやら -227ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2011年12月14日、初めての掛川探索。この日のネタで記事にしているのは百合切隧道牛渕隧道大城隧道岩谷隧道。今宵ご紹介するのは大城隧道のおよそ1時間半後、探索後半に訪ねた物件。

 

 

 

まずはこれ。

帯石、笠石、要石を完備した、美しい煉瓦隧道!場所はコチラ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アーチ環の巻厚は四層。よく見たら、

都合四ヶ所 、計十二枚の煉瓦が竪積みとなっていた。なかなかレアだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お名前は、

「檜坂隧道」。めっちゃ立派な扁額。

 

この隧道のことは、事前に知って来た…はず(記憶が…)。明治38年製(資料により、明治28年とも)、土木学会選近代土木遺産Bランク。今回は登場しないが、近隣に同時代の煉瓦隧道があとふたつ現存しており、それも同じくBランク物件である。

 

 

 

 

 

 

 

 

ポータル一番外側に

ピラスター(と呼んでいいのかな)があり、その部分だけ焼過煉瓦が使用されていた。

 

コダワリを感じられる部分だが、ほとんどが両側ともポータル前の擁壁に埋没しており、全然目立たないのが、奥ゆかしいやらもったいないやら。最初からこんななのかなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、その擁壁も、

どうやら煉瓦製らしい。

 

少なくとも、見えている上端部は煉瓦だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洞内は(も)、

煉瓦。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

煉瓦、煉瓦、

総煉瓦!

 

どうやら、オリジナルのままでほぼ改修を受けていない?これは素晴らしい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何気に一番お気に入りの写真は、これ。

天候とタイミングと隧道の方向がある条件を満たした時に撮れる。この手の写真。煉瓦隧道でこの条件に合致したのは、ここだけじゃないだろうか?ありがたや~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北側へと抜ける、鉄板の構図。

フラッシュ焚いたら逆にわかりにくくなってしまったが、こちら側壁に大きな特徴が。わかるだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

通常の煉瓦と焼過煉瓦を段違いで交互に配した、

いわゆるポリクロミーの技法を用いて積まれていた。現物はもっと美しかったんだけどな~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北側ポータル。

南側ポータルと同様の意匠のはずだが、陽当たりによってこんなにも印象が違うもんなんだな~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、こっち側にもアレがやっぱりあるんだが、

こう見ると、やっぱピラスターとは呼ばないなこれ。なんと呼べばいいんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に、引きで一枚。

手前のお茶畑含め、いいですな~。

 

 

 

 

 

 

以上。

 

 

 

最近何らかの仕様変更があったのか、記事内地図リンクとして使わせてもらっていたゼンリン地図が、上手くリンクが張れなくなった。正確に言えば、リンクは張れるのだが、意図したところじゃない場所に飛ばされてしまう状態。

 

昨日の水梨橋記事に入れてた地図リンクを開いてみて、この状況に気付いた。過去記事をチェックしてみたら、幸い変なことにはなってなかったが、地図上のマーキングは消えてしまってる状態になっていた。なので、単なるわたくしのミスってことじゃなく、やっぱりなんらかの変更が行われたのかな~と。

 

 

とりあえず水梨橋の記事では、試験的にグーグルマップのリンクに張り変えておいたけど、うーーん。使い勝手が微妙?慣れの問題?

 

 

見た感じどうですかねえ。ストビューこそ重宝するものの、地図としてのグーグルマップって好きじゃないのよね…。

 

 

 

 

初期に使っていたヤフー地図が使えなくなって以来重宝していたゼンリン地図なので、変えるのめんどくさいんだけど。とりあえず、当面はマピオン地図でやろうと思います。

 

 

 

2021年3月14日に敢行した、SFAM(篠山・福知山・綾部・舞鶴)遊撃。記事にしているのは一発目の大橋とほぼラストの青葉橋1だが、今宵は「ほぼ真ん中」あたりで通りかかった橋をご紹介。

 

 

 

 

 

タメなく、ドン。

場所コチラ。府道を走ってたら見かけてストップ、っていう、よくあるパターン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お名前は…んん? 

銅板?が損傷して読めなーい。「水」はわかるけど…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、左側の親柱には

河川名、「畑口川」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上流側からのサイドアングルがコチラ。

シンプルで潔い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

変わって、下流側からのサイドアングル。

ファーストコンタクトはこっち側だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

簡単に降りられたので、

下からも観察。

 

橋梁長寿命化の点検など受けているはずだが、チョークによる書き込みなども見れらなかった。が、調べてみると、点検結果は「2」(予防保全段階)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

橋台のそばには、

いにしえの農機らしき残骸が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後付けの金属管は邪魔なんだが、

まあこれはこれで悪くない、と思ってしまった。この欄干のデザイン、ありそうで見ないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

橋上から眺める、

こちら上流側。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、こちら下流側。

実にいい雰囲気。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渡って正対。

実質、この橋の情報がまだ得られていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

左岸側の親柱に期待だったんだが、おっ!

まずはお誕生日判明。「昭和三十一年十月竣工」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして…お名前キタ!

「みずなしはし」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みずなしはし」。ということは?、と、再度損傷した銘板をチェック…。

脳内補完した結果、「水梨橋」で間違いなかろうと判断した(実際、帰ってからの調べで正解と確認できた)。

 

 

 

昭和中期のこういう橋たちって、現状ではまだ土木遺産的価値は付加されるには至らず、インフラ整備や橋梁長寿命化の流れでどんどん姿を消して(変えて)いっている。

橋梁趣味では軽視されがち(偏見?)な類の橋だが、わたくしこういうのが大好きなので、出来る限り記録して残していきたい。

 

 

 

以上。

 

 

 

2013年4月28日。煉瓦祭り@愛知岐阜。煉瓦祭りと謳いながら、煉瓦物件じゃないやつがけっこう混じってたような(笑)。以前記事にしてる新旧の甲川田橋梁もそうだし。

 

 

今宵ご紹介するのは、その甲川田橋梁の直前で出会った物件をご紹介。これは…煉瓦物件ですよ。いや、一応。

 

 

 

 

 

 

…って、

どこがやねん!

 

…ってなりますわな(笑)。まあもうちょい待て。場所はコチラ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず何が楽しいって、この橋梁、下に人道を通してるんだけど、

コレモンの低さなんだな~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お名前は、

霜田橋梁ですと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

くぐって東側からは、

こんな感じ。低いっすな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…って、

仲間の皆様、何してる?

 

実は、この現歩道に埋まる形で、思いがけない遺構が残っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

それが、コチラ。わかりにくいかもしれないが…

これ、円形橋脚の名残では?

 

 

 

 

 

こんなやつね。

(※手持ちで適切な画像がなかったので、ネットからお借りしました。)

 

 

 

もし本当に円形橋脚の遺構だとしたら、この霜田橋梁は最低一度は架け替えられていることになる。河川改修によって川幅が変化したとか、そういう背景があるような、ないような。

 

 

知らんけど。

 

 

 

 

なんにせよ、この仮・円形橋脚は煉瓦で巻かれているようだ。つまりこれ、煉瓦物件と呼んで差し支えないだろう。…ダメ?

 

 

 

 

 

 

 

まあそんなわけで。

この得も言われぬ写真で〆(笑)。

 

 

 

 

 

 

以上。

 

 

 

イレギュラーな時間に失礼~(笑)。
 
 
 
8月3日の20時、BABYMETALの公式インスタグラムに「封印」と大書きされた画像が上がっていた。(気づいたのは4日の午後だったけど)
 
 

 

 

なんぞやと読んでみると…

 

 

キツネ様のお告げ

 

来る、2021年10月10日(日)
「METAL RESISTANCE」全10章の完結と共に
10年間の「LEGEND」は「封印」される

BABYMETALは「封印」が解かれるその時まで
我々の前から姿を消すことになるだろう

残された時間はあと僅か
神の降臨に永遠はない

 

 

ですって。あら~。

 

 

 

 

 

2020年10月10日から「10周年イヤー」でいろいろと動きがあったのはもちろん認識していた。

 

が、正直なところBABYMETALの「キツネ様設定」についてはほぼ興味がないわたくし(あ、言っちゃった)、「METAL RESISTANCE」の第●章とか、いつのライヴが「LEGEND●●」なのか、とかについてもさっぱりわかっていないし、こうした謎かけ的な「キツネ様発信」にもほとんど興味を示してこなかった(笑)。10周年関連のあれこれも完全スルー。

まったくの不良ファンっすな。いや、大好きなんですよ?(笑)

 

 

 

で、今回の内容については、淡々と受け止めた。

 

 

 

 

とりあえずハッキリしているのは、「本年10月10日をもって、当面(無期限で)BABYMETALとしての活動は停まる」ということだろう。まあこの状況ではBMの身上であるライヴやツアーもままならない(不透明)だし、とりあえずここまででやれることはやりきったし、という感じなんじゃないかと想像している。

 

 

「彼女たちと、BMの音楽だけが好きなニワカファン」たるわたくしの希望としては、BM休眠中にSu-METALじゃなくて中元すず香としての、MOAMETALじゃなくて菊地最愛としての、なにか動きなり活動なりがあればいいな~と。

 

 

いや、なければないでいい。もうの~んびりしてくれたって全然構わんのだけど(笑)。

 

 

 

 

 

もし万が一…このまま解散…とかいうことになるならば、それもまた致し方なし。受け入れる。

 

 

 

 

まあわたくしは、変わらずこれまで通りに愛聴していく所存だ。記事も時々書くつもり。