穴と橋とあれやらこれやら

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

 

明けました!

皆さま、本年もよろしくお願いいたします!

 

 

今年は午年、新年恒例の干支ネタは2題予定しております。

そのあと、いつやるかは未定ながら、ちょっと新しい試み…でもないか、温故知新な企画をやってみようかな~なんて思っております、今のところ。まあ気が変わってやらないかもしれないけど。

 

そんな感じで、今年も隔日更新ペースでやっていけたらと、こう思っております。どうぞ、引き続きお付き合いのほど。

 

 

今年も例年同様、1年を振り返る日がやってきました~。これが、今年最後の投稿でございます。

 

 

なんか冬っぽい曲…で思い出したのがこちら、大瀧詠一さんの名曲「さらばシベリア鉄道」。

以前もどっかで記事にした気がするんだけど、まあいいか。気のせいかもしれない。そういや、奇しくも本日は大瀧さんの命日ですね。

 

 

さて、振り返ろうにも…シケた1年でしたわ。特に前半ときたら…。まあ無理くり振り返ってみますか。

 

 

 

 

昨年(2024年)末に3度目の左目手術をした影響で、年末年始にかけて最悪な状況だった。初詣はもちろん、実家にも行かず。左目は大きく腫れ、痛みとともにずーっと涙が出続け、しかも連夜のうつぶせ寝。腫れと痛みは1ヶ月くらい、うつぶせ寝は4月くらいまで続いたかな。

 

ちなみに、目は今も完治しておりません。年明けにまた経過観察の診断を受けて、そこで何ら動きがあるのかないのか。もう慣れたし。一生このままでも仕方ないな、って覚悟はね、もう結構早い段階でしちゃってるので、そこまで悲壮感はないです。

 

 

 

この頃の印象に残ってるお出かけはこれ。

 

 

 

あと、大阪万博に行きましたな。

 

このふたつは楽しかった~。

 

 

 

今年前半は、基本的に何もなし。ひたすら職場と家の往復で、休みの日はたまに数時間程度近場を散歩したりした程度。いやもう、ストレス溜まった溜まった(笑)。万博はもっと行ってもよかったけどな~。

 

 

 

そんな中、この時期唯一にして最大の心のよりどころだった、6月20日のBAND-MAIDライヴ。

 

さすがにオールスタンディングで3時間は大変だったけど、最&高!地蔵野郎のせいで完全に心身全開放!とはいかなかったものの、これを楽しみに春から初夏を乗り切ってたな~。

 

 

 

思えばこの時期は、活動再開のための地ならし期間だった感じですな。わたくしの心身もだし、奥様が安心して送り出してくれるように、運転その他を問題なくできると承知してもらうため、みたいな。ざっくり言えば。

 

 

 

 

活動再開のささやかな第一歩は、これだった。

 

暑さにバテて、もっと回りたかったのにちょっと消化不良ではあったけど、1年近くぶりの趣味活のみでのお出かけ、とっても楽しかった。

 

 

 

その勢いで敢行したこれ。

 

この時に、高速道路の夜間走行・狭小路の走行・それなりにまとまった距離の運転といった課題(笑)をクリアし、もう完全にイケるな、と自信を深めた…ってか、自分ではとっくにそう思ってたけど、奥様にもそう認識してもらえたかな、って。

 

 

 

8月頭には、年イチペースで起こるビッグウェーブ到来。今回も「狂小屋」でした~。

 

 

 

 

 

そして9月、遂に本格再始動となる、YHST周遊を敢行。待ちに待った!

 

 

 

この時初めて、遠征時の泊まりでホテルを利用した。奥様のおごりで、無理せず泊まれと。優しい~(笑)。いや、確かにいいもんですな。ベッドで眠れるから身体もほぐれるし。

 

 

 

 

10月頭には、人生初の。

 

いい経験をした。

 

 

 

11月中旬、ブログには書かなかったけど、我々兄弟姉妹(ウチは4人きょうだいなのです、当然全員老人ですけど)で老母と1泊旅行に。めっちゃ近場だったけど、岡山と千葉にいる姉たちにとっては遠出ね。

 

 

 

そして12月半ば、記憶に新しい活動再開第2弾の遠征。当然楽しかった!

 

 

 

遠征って近場やん、って思った方、泊りを含むものはすべて遠征って呼んでます、わたくし。今回はホテルじゃなく1年4ヶ月ぶりの車中泊。

 

 

 

 

うーーーーーん、なんか書き忘れてる気がするんだが、思い出せない~。まあいいか。

 

 

 

 

 

こうして振り返ると、今年前半は暗黒期だったはずが、それでも振り返りに載せるようなイベントが3つもあったのは意外。「全然眠れなかったと思っている時間の7割は、実は寝てるらしいよ」って以前どっかで聞いたんだが、そういう感じなのかな(なんじゃそれ)

 

 

活動再開後、もっと趣味活で出かけたかったけど、なかなかうまくいかなかったのが残念だった。来年はもうちょい頻度を上げられたらいいなあ~。あと、たまには同業の仲間とご一緒したい。

 

 

 

 

それでは皆さま、本年もお世話になりました。どうぞ良いお年をお迎えください!

 

 

【16】より続く。

 

 

5号隧道からは、ほんの2~3分。

最奥の6号隧道に、遂に到達した。時刻は16時11分。

 

 

大塔川遡上の旅、その起点とも言うべきかつての林鉄起点である広瀬土場を発ったのが、8時25分だった。もちろんこの間、およそ5時間かけた黒蔵谷へなちょこアタックを挟んでいるのだが、それでも遡上(と撮影)だけで2時間50分近くかかったわけだ。

 

それはもちろん、パンクを恐れて超慎重に進んできたという事情があるんだけど、ともあれ「ようやく!」感は大変強かった。やっと着いた~!

 

 

まず往路は無事。が、同じ道のりをまた延々と戻っていくわけだから、復路も緊張を解くことはできない。

 

 

 

 

まあとりあえずは、ようやくたどり着いた最終ターゲットを愛でよう。

まずはこの断崖っぷりにうっとりしながら、

 

 

 

 

のぞいた洞内は

当然、完全素掘り。

 

山深いので、明るさはすでに夕暮れレベル。いや、焦らせないで~。

 

 

 

 

最奥の、鉄板の構図。

いや~沁みる~。

 

 

 

 

そして振り返りの、最奥の坑口。

いや~、思えば遠くへ来たもんだ~。

 

現在地はこのへん。当日はよくわかってなかったが、広瀬土場で通行止めが予告されていた弘法杉林道の分岐まで残すところ約1kmほどのところ。なんとか6本の隧道すべてを押さえることができた。

 

 

 

 

隧道手前に置きっぱにしていたノートさん。

ハイビームね。このへん、ひときわ薄暗かった気がするな~。

 

 

 

 

この後ノートさんを動かしてさらにちょっと進み、転回してきた。この「真の最奥到達点」の写真はなし。

 

そして~、

 

最奥記念?この日初めて隧道に入れての記念撮影!よく頑張った。

 

 

 

 

最後に、奥地方向を一瞥。

消耗したけど楽しかった!

 

 

 

 

さあ復路。

気を引き締めて戻ろう。時刻は16時18分(ナビの表示との違いは気にしないで)

 

 

 

 

もちろん油断することなく、慎重に慎重に戻っていったのだが、ここで、もはやだれ一人覚えてないであろう伏線を回収しよう。時刻は17時8分。

 

【3】の末尾で書いた、つゞら谷橋たもとでわたくしを抜いていった1台の車。それが、

突如前方に現れた。

 

 

わたくしに先行して奥地方向へと向かったはずだが、あの後一度も(というか、いかなる他者とも)出会うことはなかった。それが往路で前に現れたってことは、黒蔵谷へなちょこアタックで車を離れている間に奥地方向から戻ってきていたのに違いない。

 

まあそれはともかく、けっこうなスロー走行をしていて、1人はそれに伴走するように道を歩いてる。これに追いついた時は、正直「チッ」って思っちゃった。なにをトロトロやっとんねん、こっちは早く人里に帰り着いてホッとひと息入れたいねん、って。

 

 

と、伴走していた人がこっちへ向かってきた。おっと…なによ?なんなのよ?と突然ビビり始めるわたくし。しかし、彼の言葉に思わず背筋が凍ったね。

 

 

 

 

 

「すいません、

パンクしてしもて~」

 

わわわわ…

 

 

 

 

わたくしがずっと恐れて、精一杯避け続けてきたパンク。やっぱり~。そうなのよ、この道やっぱりヤバかったのよ~。写真ではチョロく見えるんだろうが…。

 

お気の毒だが向こうは2人おられることだし、わたくしにできることもなさそう。それに、幸いにもすでにだいぶ下ってきており、静川の集落までさほど距離もない。路肩に寄せてくださったので、とりあえず追い抜かせてもらった。どうぞご無事で…。

 

わたくしがああなっていた可能性も十二分にある。あー怖かった…。

 

 

 

 

17時13分、無事に旧・静川小学校手前まで戻ってきた(ここ)

さすがにどこにも立ち寄らなければ、慎重に走っても小一時間。日の長い季節であることも幸いして、全然明るい内にここまで戻ってこれた。パンクに関してはもう安心だろう。広い路肩に停めて、大きくひと息、ふぅ~~っと。

 

楽しけれども神経摩滅…な大塔川遡上の旅は、何とか無事に終えることができた。

 

 

 

 

最後に、ご紹介したい記事がある。五位堂さんのサイト「Frost Moon Project」より、「大塔森林鉄道のインクライン跡と大塔支線」。

 

 

直接本連載に関係する部分はそれほどないけど、基本情報含めてこの連載で大いに参考にさせていただいた。そうそう、内容はこちらのほうがよほど濃い(笑)。もちろん黒蔵谷の驚くべく情報のことも。感謝。

 

 

 

 

朝からこの時間まで、大塔川に沿った林道を遡って、多くの橋と隧道を愛でることができた。とにかく楽しかったが、パンクへの恐れからずーっと気は張っていた…が、それでも楽しかった(笑)。

 

記事にするにあたり、この道程をうまく形容できずに悩んだ結果、こんな変なタイトルになった。ダラダラと長い連載だったがなんとか年内にやり終えることができて良かった。

 

 

以上、完結。

 

 

 

 

【前篇】より続く。

 

 

隧道を抜けてすぐ、両側に倉庫っぽい建屋。

ここには誰もおられなかった。そして…民家へ一直線に伸びた道。ハードル高ぁ。

 

 

 

 

振り返って、

謎の隧道、デリケートゾーン側(笑)。

 

 

 

 

こちらは植生もあいまって、ほぼアーチ環しか見えてないような状況だが、

これは扁額か!?

 

たぶんそう。しかしながら、いくら拡大しても、そもそも文字が刻まれているのかさえも判別不能だった。

 

 

 

 

さて…。道の先の民家、改めて様子をうかがうものの、人影は見当たらなかった。そうタイミングよくはいかんか。残念!

 

時刻はまだ朝の7時前。道がどこかへ抜けている可能性はあったものの、さすがにこれ以上の進入は憚られた。撤収。

 

 

 

 

撤収点から望んだ隧道。

入口と印象がぜんぜん違うが、これまたイイ。

 

 

 

 

本来そこまで狭小ではないんだが、

 

いろいろな資材が置かれているため、普通車ギリくらいの幅員となっているな~。

 

 

 

 

戻ってきた先は、

車が行き交う二車線道路。ギャップが凄い。いや、素晴らしくも謎多き隧道、堪能した…いや、させていただいた。

 

 

 

 

帰ってから、改めてこの隧道について調べてみたところ、なんとほぼすべての疑問への答えを網羅した記事を発見した!しかもアメブロで。ありがたや!

 

「kaクンの道路探検隊ブログ」様よりリブログさせていただく。ぜひご覧いただきたい。

 

 

 

こちらの記事情報による重大情報を箇条書き(青字はわたくしの感想)にすると、

・個人所有の、私道の隧道 →やはりな。

・建造は昭和11年~13年にかけて →やはり昭和初期か。

・所有者自らが設計・掘削・施工 →えええ!凄っ。

・幅員3m、高さ4m →うん、そんなもんですな。

・隧道の上は畑(畑を潰さないように切り通さず隧道とした) →うん、知ってる。

・扁額の文字は「さぎをとん祢る」→「さぎを」だったか~。

・「さぎをトンネル」は「作業トンネル」のこと(雨の日は隧道内で作業をするため) えええええ!

 

 

 

 

ここまでだけで、知りたいと思っていた以上の情報量にビビったが、さらに意匠について。

正面(ポータル)には「正門」と書かれている →「門」が隠れてたのかーー!!

・扁額のところにあるのは「キキョウor梅」の家紋と平和のハト →ふつうにハトって言っちゃってるよ…

 

 

そう、ポータル向かって左上、植生に隠されてしまってるが、実はあそこに「門」の文字があったのだった。リブログさせていただいた記事の中には、植生のないスッキリした姿の写真が掲載されている。

 

 

 

 

しかし、しかしだ。何よりも驚いた情報があった。隧道内に書かれていたという「詩」の数々のこと。

 

えええ??そんなのあったの全然気づかんかったんだけど!?

こうして写真を見返しても…って、んんん??

 

これかーー!!

 

まあこれは我が両のマナコが節穴だったと言わざるを得ない…けど!ふつうそんなん書いてると思いませんやん…。いや、この見落としは痛恨だった~。

 

 

 

それにしても、「正門」に家紋、そして自作の詩の書きつけと、まさにプライベート隧道の面目躍如。しかもそれを所有者自ら設計・掘削・施工したとか凄い。いやそれ以上に、技術が凄い。家紋やハトなんかも自作されたのか?素人仕事には見えなかったが。

 

ほぼ間違いなく、隧道の先のあのお宅が所有者なのだろう。いや~、お話伺いたかったなあ。掘ったご本人、ご存命だったらなお素晴らしいな。

 

 

 

 

話を当日に戻す。

 

隧道上に上がってみた。

これを残すために隧道掘削が選択されたというその畑は、今も現役で耕作されているようだ。もちろん当日はそうした情報は知る由もなかったわけだが。

 

 

 

 

現在地は、隧道前からスロープを上がってきたところだが、

擬木できれいに整備された細道が見えた。

 

さすがにここは私有地感マシマシ、これ以上は進まなかったが、もしかしてこれが隧道掘削前の道の名残りなのかもしれないな~とか思ったり。

 

 

 

 

隧道掘削時、

この道はまだなかったはず。

 

 

 

 

今は道に面してぽっかり、って感じだが、

かつては、隧道からさらに続く道もあったのかもしれない。

 

 

改めて、素晴らしい物件を教えてくださったハルニチさんに感謝。ありがとうございました!

 

 

 

2025年9月24日、本格再始動のYHST周遊1日目。この日のネタで記事にしているのは、南桑隧道筒賀隧道

今宵から2回に分けてご紹介するのは、初日の(ほぼ)一発目に訪ねたメインターゲット。

 

 

ここは、以前ハルニチさんに東京で再開した際(この日だ)に教えていただいてた物件で、ただこの日は場所がはっきり思い出せないってことだったのだが、わたくしがこっち方面に遠征するにあたり、改めて場所を教えてくださった。絶対見たい!ってことで、いの一番にこれ目指して高速を飛ばしてきた次第。

 

ハルニチさんへのご報告としてせめて年内には記事にしないと、と思ってたので、ここでようやく。ハルニチさん、改めましてありがとうございました!

 

 

 

でー。

着きました。

 

ハルニチさんから聞いてたとおり、またストビューで見てきたとおり、二車線道路に面してあからさまにぽっかりと、穴。これは気になる~。めっちゃ気になる~。

 

 

 

 

おもむろに、接近。

隧道…ですな。滋賀県民からすると天井川っぽいが、地図で見る限り河川をくぐるのではなさそうだ。

 

そうそう、今回は地図の掲載は控えておく。理由は…この先を読んでお察しを。

 

 

 

 

そして正対…したのだが、

これは…素晴らしい。経年感が重厚さを醸し出すコンクリートポータル。個人的には、我がホームの谷出山隧道を思い出した。が、それよりもはるかに装飾性に富んでいる!

 

いやこれは、いい意味でツッコミどころが多くて大変だ。順に見ていこう。

 

 

 

 

まずはこれ、

ポータル前の、門柱のような構造物…ってか門柱でしょこれは。もしかして…いわゆるひとつのプライベート物件?

 

 

 

 

このように、

ポータルや擁壁とほぼ一体化してるもんね。人造石の洗い出し仕上げ、かなり古そうに見える。

 

 

 

 

そして、この辺にギュッとツッコミどころが。楽しすぎるぞ。

まず矢印のところ、がいるのよ。ハト。

 

もちろん本物ではない。ポータルと同じコンクリで作られているようだが、こんなん見たことない!

 

 

 

 

そしてこれは…紋!?

家紋じゃないのか?これもう、プライベート隧道確定か?

 

 

 

 

で、その下…めっちゃ読みづらいが、扁額だ!

これ、現場では判読できなかった。帰ってから拡大して観察した結果、「●●をとん祢る(トンネル)」と刻まれているようだ。

 

 

 

 

さらに、スパンドレル右上のこれが謎だった。

「正」…よね?なんなんだ??

 

 

幸い、これらの謎はすべて答えを知ることができた。その結果無事に記事タイトルもつけられたのだが、そのあたりは【後篇】にて。

 

 

 

 

さて…。

どうすっかな~。

 

 

 

 

これで例の門柱に表札やポストが掛かってるとか、「私有地につきこの先立入禁止」とかの表示があれば、もちろん入りはしなかったんだが、そういったものはなかった。

 

それと、うちの近所でも同様なんだけど、こういう田舎の道って一見私道にしか見えなくてもどっかに抜けてたりするので、

入らせていただきました。

 

 

 

 

…が、この様子を見る限りは、

隧道自体は実際プライベート使用されているっぽいよな~。

 

 

 

 

わかりにくいが、その先左側には、

横穴を発見。奥は素掘りだった。

 

ちなみに本坑は全面的に場所打ちコンクリート巻きだ。印象としては、昭和初期…戦前の完成ではないかと思われた。

 

 

 

 

抜けてすぐにも建屋があるようだ。倉庫っぽいが。

人目を忍ぶというよりも、むしろ誰か人がいてほしいと思っていた。挨拶して、この隧道のことを伺いたかった。

 

 

 

 

果たして…

どなたか、おられるだろうか?

 

 

 

【後篇】に続く。