2024年もあと1日。
チョット感慨深い。
にゃんが存在していた年が終わる、そんな気がしてしんみりする。
2024年を振り返ると激務だったなぁ。
過去ブログを振り返ったり、日記を読み返したり。
元旦早々、能登の大地震で迎えた2024年。
この時は大変な年だなぁと漠然と思っていたけれど、
のちに来る別れといつまで続くか分からない激務が始まるとは、
予想もしていなかった。
2月8日に母が脳出血で入院してからの3週間、
一人の夜を過ごすこととなったにゃん。
少しずつ上向いていたにゃんの貧血の数値が、
また下向をたどり始める
3月になって、母は退院してきたが、
何もできない、覚えられない。
どこへ行くのもついていかないと迷子になる。
辛い状態のにゃんを置いて母に付き合い、あちこち病院のハシゴ。
チャッピは食べが悪くなり、にっちもさっちもいかなくなってきた。
自分のこと、ニャンズのこと、母がやってきたこと、、、、、、、
全部が私の仕事になる。
何か起きた時困るのは、『足』がないこと。
我が家は高齢の母だけが運転をしていて、(父は免許証ゴミ箱に捨てちゃったから)
私は四半世紀来のペーパーで
まず、至急の課題はそれを何とかする。
というわけで4月1日から練習開始!
まず近々の課題が往診後のにゃんの薬をもらいに行くこと。
タクシーはなかなかつかまらないし、なにせ往復1万円位する。
よって動物病院までの道のりを散々練習。
初めてにゃんの薬をもらいに動物病院までいったのが4/7。
にゃんはその2日後に虹の橋を渡った。
『ちゃんとうんてんできるようになったね』
『でも、おれ、もうくすりはいらないよ』
にゃんがいなくなって、寂しいけれど、
そうも言ってられないほどに山ほどの仕事を片付けることに必死。
にゃんの引っ越し後垣根を剪定し始めて、腱鞘炎になり、
中途半端にやり残していた垣根の剪定を再開したのが5月
そして、ayuちゃん菜園のオープン!

7月に入ってからチャッピの体調不良が目に見えてきた
そこで分かったことは肺に大きな嚢胞があるということ。
先天的か後天的かは分からず。
けれど、内科的治療はなく、手術はリスクがありすぎてやらないほうが良いという先生の判断。
もちろん私も。
10月に入り、
テニス肘(選定のし過ぎで)で痛かった腕は多少よくなってきたので、
放置していた垣根の続きと庭木の剪定を
業者廻りやら、DIYやら、、、

それではみなさま、良いお年をお迎えください。
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早くいつもの世の中に
にゃまびえ
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