地元の人たちに聞くと、その多くから「田舎には何もない。田舎は遅れている」という答えが返ってきます。しかし、それは前の時代の価値観で見た場合のことであって、今少しずつ現れようとしている「次の時代の価値観」から見れば、その田舎こそが「進んだ生き方を実践できるところ」になるのではないでしょうか。では、その新しい価値観とは何か?それは、自然とのつながりを回復し、自然からの恩恵を享受しながら、心身のバランスをうまくとり、なおかつ進んだ情報技術を駆使して世界とつながった生き方をするということです。もちろん、田舎には依然としてさまざまな問題があり、だれもがそこで快適な暮らしができる環境には、まだなっていません。それに、だれもがそうした生き方を望むわけではないでしょう。しかし、これまでの生き方(そして社会のあり方)に疑問を持ち、新しい生き方・あり方を模索している一部の人たち――特に一部の頭脳労働者――には、その気になりさえすれば、一足先にそうした新しい生き方を実践できる時代がすでに訪れています。このブログでは、長年にわたる「外地生活」を経て郷里に復帰した私の田舎におけるロハス的生き方とともに、外部世界と田舎を結んだ新しい形の地域活性化活動について、ときには写真やビデオを交えながらレポートしていきます。
  • 24 Nov
    • 20年以上も前に旅先で感じたことが今に生きているとの発見

      先週金曜日に取材で訪れた「Region」の編集者から「昔の写真を貸してください」とお願いされたので、さきほど昔の写真が入った箱の中を調べていたら、おもしろいものが出てきました。昔の手帳です。日付はあるものの年号が記されていないので正確なところは不明ですが、内容からしてどうも1990年代初めの記録のようです。懐かしい記録ばかりです。それはともかく、その手帳の中におもしろい記述が出てきたのです。二つ紹介します。まず初めはタイのある島を訪問したときのことについて書かれた箇所です。「人々が平凡な日常生活を営むところこそ、人生または命の息吹というものが感じられる。この島のように観光地化されてしまった土地には、そのような純粋な意味における人々の暮らしは感じられない。そこにあるのは日常を逃れ、つかの間の『楽園』を楽しむ西洋人の集団と、観光客から金を巻き上げようとする現地人との非日常的な関係が存在するにすぎない。すべてが『虚構の世界』だ。虚構の世界に真実の生は存在するのか?」次は(こちらは年号を覚えていて)1991年春に初めてオーストラリアを訪れた際に記した一文です。「昼食時、イタリアから移住したという夫婦とテーブルを伴にした。定年退職した後、ブリスベンに住む3人の息子を訪れたという。ゆったりとした話しぶり、話好きのおばさんに、実に表情豊かなご主人。人生を楽しんでいる様子がありありと感じられる。両親の世代には、生活するだけで精いっぱいという状態、生活を楽しむ余裕はなかったという。おじさんも言っていた。『お金をかけなくても人生を楽しむ方法はあるんだ』――本当にそうあるべきだと思う」どちらも20年以上も前に旅先で書かれたものですが、今やろうとしていることと直結していることに驚かされます。スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式のスピーチで話していた「点をつなげる」、そのものではないですか。そのときは、なぜそのようなことをしていたのかわからなくても、時がたてば、それが今につながっていることがわかる――20年以上もたってから、旅先のタイやオーストラリアで感じたことが今につながるなどとは、当時は思ってもみませんでした。過去の数々の「点」が今このようにして少しずつつながりつつあることを実感できるのは、とてもハッピーなことといえます。これからそうした点がどんどんつながり、面となり立体となるよう、努力を続けていきたいですね。フィリピンのバシラン島を訪れた際に撮影した写真(おそらく1996年か97年ごろに撮影)

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  • 05 Oct
    • まっとうに生きていくことの大切さと難しさ

      見返りを求めない生き方――それは理想的な生き方の一つといえるが、そう簡単にできるものではない。でも、身近にそういう人がいると、やる気が出るというか、その人のまねをしたくなったりするものだ。幸い、ぼくのまわりには、そういう生き方を実践している人がいる。30年ほど前から自分の土地に文字通り埋もれていた史跡を自分の手で掘り出し、地域の歴史を見直すうえで大きな貢献をした人だ。その人がよくぼくに言う。「あのね、いいかい。お金とかなんとか、見返りを求めて行動したらダメだよ」その結果、彼の人生で何が起きたかというと、彼の打算のない行動を見て感動する人、大きく評価する人が出てきて、その史跡を核としてさまざまな動きが生まれているのである。純粋で無垢な気持ちに裏付けられた行動が人々の感動を呼んでいるわけだ。彼には遠く及ばないにせよ、ぼくもそういう気持ちで今の仕事に取り組みたいものだ。

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  • 31 May
    • アメニモマケズ、カゼニモマケズ

      きのう、東京にいる旧友と仕事のことで話をしました。といっても電話で話したのではなく、スカイプを通じてのテレビ電話会議でした。向こう側にいたのは彼を含めて3名、そしてこちら側は自分ひとり。1時間くらいの話し合いでしたが、改めて「便利な世の中になったもんだ」と感じたのでした。QOLという表現がありますよね。"Quality of Life"の略で「生活の質」と日本語では訳されます。そのQOLという観点からしますと、たとえば東京といま自分が住んでいる田舎を比べると、田舎のほうが数値は高いと思います。自然との近さ、空間の広さ、混雑のなさ、食との近さ、移動の自由、より親密な隣人との関係などなど、都会と比べていい点がたくさんあります。ただし、欠点としては文化的なものが少ないという点です。都会のように一流の芸術や文化的な楽しみは、うちの田舎に限っていえば、ほとんどありません。でも、それはあくまでも娯楽という側面に限ったことであって、自分のようにそういうものに必ずしも重きを置かない人間にとってはあまり問題とはなりません。映画やコンサート、展覧会に行けなくても本は読めるし、音楽も聴けるし、映画だって、ちょっと迫力は劣りますが家でビデオを見ることができます。今の自分にとっては、先に挙げた自然との近さや空間の広さ、移動の自由やより緊密な人間関係というもののほうが、はるかに大事だと思います。そちらのほうが、人間存在を根源的に支える大事なものだという気がするからです。唯一というか唯二の問題があるとすれば、それは一つには多様な雇用の機会が田舎にはあまりない点、そして第二が、多様な経験をした話せる友が見つかりにくい、あるいはつくりにくいという点でしょうか。まぁ、第二の点については、きのうがそうだったようにスカイプや、あるいはフェイスブックなどを使い、ときどきつながりを確認できますのでなんとか対処できます(たまには東京に行って彼らと会って話せればなおいいですけどね)。深刻なのは第一の雇用機会の少なさです。こればっかりはどうしようもありません。特に、これといったスキルがない、アイデアのない人にとっては厳しいでしょうね。言い換えると、他力本願の人にとっては厳しい環境だといえそうです。でも、自力でなんとかしようと思っている人にとっては、田舎にいてもある程度食べていける環境はあります。どこにいても通用するスキルがあれば、アイデアがあれば、東京あたりから仕事をとってきて、田舎にいながら仕事をこなすことは可能です。あるいは、いっそのこと自分で起業することだってできます。その際、田舎を市場としてとらえるのではなく、全国を対象にして展開する事業であれば、そこそこの利益を上げることだって不可能ではありません。それこそ、世界を相手にした仕事だってできないことはありません。それに田舎の場合、食べ物も含めて物価は都市部より比較的低いわけですから、東京ほど稼ぐ必要はありませんしね。帰国から6年が経ちましたが、依然として理想とする状態からはかけ離れているといわざるをえません。行政(=税金)というパトロンがいてなりたつ事業ですから、内心じくじたる思いがあります。早く自立して税金に支えてもらわなくてもいい状態にもっていきたいし、数年後にはそうならないといけないと自分にも、そしてまわりの人たちにもいい続けています。簡単にはいかないでしょうが、不可能ではない――そう確信しています。今の時代には、こうして世界とつながることのできるツールがあるわけですから、ぜひそれを活用して、この田舎と外部世界を結んだ事業をそう遠くない将来に手がけたいと思っているところです。諦めなければ、きっと道はひらけていく――その思いを忘れずに一歩ずつ歩みを進めている限り、光が差し込んでくるものと信じたいし、きっとそうなるという気がします。アメニモマケズ、カゼニモマケズ、ナニガナンデモヤリトオス、ソンナツヨイイシヲモッタニンゲン二、ボクハナリタイ。

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  • 29 May
    • 自然の恵みに感謝の一日

      今日は二つのモノを通じて、自然の恵みに浴することのできた一日でした。まず初めはハチミツ。数日前に町内の養蜂家から「今度ハチミツをとるから見に来ないかい?」という連絡が入り、午後2時くらいから採蜜の現場に立ち会うことになったのです。梅雨時の晴れ間が広がる中、かなり蒸し暑かったです。帽子をかぶっていないと熱中症にやられてしまうのではないか、と思わせるほどの熱さでした。「念のため」ということでハチに刺されないためのネット状の帽子をかぶり、採蜜の様子を間近で見ながら、その人の説明に耳を傾けました。今日見たのは西洋ミツバチの巣です。一つの巣箱に何万匹というハチが住み、半径4キロ四方のところから花の蜜を運んできて、一匹の女王蜂が産み出す何万という卵が孵化するのを助けていくのだそうです。ちなみに、こうしたコロニーは一匹をのぞいて残りはすべてメスだそうです。まるでアマゾネスの世界です。帰り際、その人から「これ、もっていきなさいよ」といって今とれたばかりのハチミツを瓶詰めにしたものをもらってきました。添加物も何も混じっていない、文字通り100%天然のハチミツです。ハチミツ好きのぼくにはたまらないお土産です。Tさん、ありがとうございました!それが第一の自然の恵みとしたら、夕方自宅前の道路に落ちていた梅は第二の恵みといえるでしょうね。今年はビワもそうでしたが、梅も当たり年のようです。いつもはめったにならない大粒の梅も今年はちらほら見かけ、それが路上に次々と落ちてきます。いつもだと放っておくところですが、あまりの見事なその姿に「このままにしておくのはもったいない!」ということで、今日は道路脇の土手に落ちていた大粒の梅を10個ほどひろい、それを鍋で煮てジャムをつくりました。砂糖を混ぜただけで、こちらも100%自然モノです。以前はこれにクエン酸を混ぜたものですが、今回は量が少ないので入れなくてもいいかな。その分、早く食べれば大丈夫でしょう。たった10個ほどの梅でしたが、何せ大きいので、結構な量のジャムができました。明日はヨーグルトに混ぜて食べてみようと思っています。田舎にいると、いろいろな意味で自然の恵みに浴する機会があります。こうした食べ物もそうです。今日Tさんからもらったハチミツ、そして自宅前でとれた梅からつくったジャム、完全手づくりの、ある意味とてもぜいたくな食べ物です。こうした恵みをもたらしてくれる自然に感謝しながら、たっぷり味わうことにします。※左が梅ジャム、右がハチミツです。

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    • 雨上がりの光には特別な輝きがある?!

      九州南部はおととい梅雨入りして、今日(といって日付はすでに翌日になっているけど……)は夕方まで雨が降りました。ああ、いつもの、あのうっとおしい梅雨……正直、あまり好きな季節ではありませんが、仕方がないですね。と思っていたら、夕方になって雨が上がると、事務所の窓越しに美しい光が見えてきました。ときどき雨上がりの後に見かける、あの特別な光です。神々しいまでの輝きをもった光といえるでしょうか。理由はよくわかりません。おそらく大気中の水分の関係であのような輝きが生まれるのではないでしょうか。とにかくすばらしい光がときたま世間を照らすのです。光が美しいと、当然、それに照らしだされたモノも光り輝くことになります。ときにはこの世のものとは思えないような光景が広がることがあります。あれは10年以上前にスペインのマドリッドを訪れたときでした。大学院時代の友人夫妻と街中を歩いていると、突然、雨上がりの西の空に浮かぶ雲に切れ目ができて、そこからものすごい光が差し込んできました。あんなに神々しい光を見たのは生まれて初めて。とにかく、この世のものとは思えないほどの輝きです。今でも強烈な印象として残っています。もう二度とあのような光に遭遇することはないだろうな……そう思っていたところ、驚いたことに、数年前にこの田舎でも同じような光に出会いました。同じように雨上がりの空でした。低く垂れこめた雲に切れ目ができて、そこから西日が差し込んできます。神々しいまでの光が田んぼに注ぎ込んでいます。まるで極楽浄土で見る光景といったらいいすぎでしょうか。今日の特別な光を目にしながら、そのような過去に見た特別な光のことを思い出したのでした。さて、明日(というか今日)はどんな光が見られるのでしょうね。予報では晴れとなっています。※写真は雨が上がった後の国見山の風景(若干HDR化されています)

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  • 27 May
    • ブログ再開(の予定)宣言!

      みなさ~ん、お久しぶりでーす。軽く半年はブログの記事をアップデートしてなかったことになりますね。本業が忙しくて、アメーバのほうはすっかり放置状態でした。耕作放棄地ではなくて、執筆放棄ブログですね。今日からはまた復活させようと思っています。とはいえ、毎日というわけにはいきそうにないですので、ときどきアップデートすることにしましょう。まずは、今日「きもつき情報局」にアップしたコラム記事がありますので、それをご紹介することにします。(※ちなみに「きもつき情報局」とは鹿児島県大隅半島にある肝付町を拠点として地域の情報を発信している地域メディアです。)タイトルは「スローダウンしないと見えてこない地域の魅力」です。要は、車だと速すぎて身の回りのモノやところに気づきにくいので歩きや自転車といった具合にスピードを落としてみてください、ということですね。そうすれば、見慣れた風景、当たり前だと思っていた風景の中に隠れている素敵なモノやところに気づく可能性が高くなるのではないでしょうかね。そんなことをつづっていますので、お時間のある方はぜひご覧ください。では、また!※下は、今朝田んぼ道で撮影した雲の写真です。

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  • 26 Nov
    • Long Time No See!

      英語の表現にLong time no see!というのがあります。久しぶりだね(長いこと会ってないね)!というのがその意味ですが、元の表現は中国語の好久不見!です。みなさんにこのブログでお目にかかるのも本当に!"Long time no see!"ですね。まったく更新していないにもかかわらず、アクセスしてくださる方がいるのには感謝の気持ち以上に申し訳ない気持ちでいっぱいです。本当はこちらのブログでも書き続けたいのですが、なかなかその余裕がなくて……今の仕事が始まって以来、すっかりご無沙汰になったままです。春から夏にかけては、文字通り忙殺と呼ぶにふさわしい多忙な日々が続きました。一時は、トラブル続きでどうなることやらと心配されたときもありましたが、なんとかその難しい局面を乗り切ることができて、ようやく落ち着いた日々が戻ってきているといえます。その意味で、これからはこちらのブログでもときどきは新しい文章や写真がアップできそうな気がするのですが、さてどうでしょうか……そう努力します、という言葉でもって今日の好久不見的文章を終わることにします。また、近いうちにお目にかかりましょう!

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  • 18 Sep
    • 危機的な日中関係とマクナマラの遺言

      危機的状況にある日中関係を考える際、ロバート・マクナマラ(ベトナム戦争時の国防長官)が戦争の教訓を語るドキュメンタリー映画「戦争の霧」が参考になると思います。その中でマクナマラは教訓の1として「敵(相手)の立場に立って考える」ということをまずあげています。いわく、キューバ危機の際にはソ連指導部の立場を理解したうえでの対応ができたことで世界を破滅の危機から救うことができた。が、ベトナム戦争ではそれができずに、アメリカは敗北した。話を日中関係に戻すと、前回(2005年)の反日デモのときと(そのとき自分は上海在住でした)、今は次元が違います。あのときは過去の問題でしたが、今回は「今」の問題。落とし所を見つけることがきわめて困難です。日中双方に存在する拳を振り上げることで政治的な利益を得ようとする政治家や部数を伸ばそうとするマスコミにこの大事な二国間関係を台無しにされてはならないと思います。が、ここまで来たら、かなり難しい……しばらくは綱渡りをしながら、衝突を避けるための最大限の努力を双方に求めるというか祈るしかなさそうです。

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  • 04 Sep
    • 「きもつき情報局」が試験開局しました

      読者のみなさん。ここしばらくブログ記事が更新できなくて、本当に申し訳ないです。ここ数カ月取り組んでいた新しい町のポータルサイトの構築作業で半端じゃない人生を送ってました(と過去形ではいえませんね。今も続いています)。これまでの人生でいちばん働いたと自信をもっていえるくらいの仕事の量と質でしょうね。正直、精神的なプレッシャーと肉体の疲労で、ときには押しつぶされそうになりました。おまけに、タイミングの悪いことに老人介護施設にいた母親の状態がここ1ヶ月、特にここ1週間足らずのうちに急速に悪化。体重がみるみるうちに減ってしまい、いまでは25キロないのです。人間一人の身体の重さがたったの25キロ――信じられないほどの軽さです。今日はそのことで医師を交えての相談。このままいくと生命が危ないということで、施設から病院に移されることになりました。これについては自分でも反省するところが多くあります。あまりに忙しくて、母親のことをケアする心の余裕がなくなってしまっていたのです。ほとんど毎日のように訪れてはいましたが、母親のときどき発する要望などにちゃんと向きあっていなかったのです。ですから、今日は母親にひたすら謝りました。そして、「今度から母ちゃんのいうことはなんでも聞くから」といって、ここしばらくの不義理を謝りました。もちろん、仕事がこういう状態なので、世間的に見れば、それも仕方がないんじゃないの?という人がいるかもしれません。でも、状況がなんであれ、母親がこういう状態まで陥ったのは自分のせいでもあります。これからは本気で母親のケアをして、早く回復するよう、真剣に祈ろうと反省しているところです。ほんと、早く体重がせめて前の27キロに戻ってもらいたいです。おっと、話がだいぶヨコにそれました。今日のブログでみなさんにお伝えしたかったのは、これまで必死につくってきたポータルサイト(「きもつき情報局」)がついに公開されたということです。いちおうベータ版ではありますが、コンテンツの数が少ないだけで、基本的には本番と同じです。もしよろしければ、アクセスしてみてください。ちょっと変わった視点といいますか、切り口でうちの田舎のことを多面的に伝えるサイトですので、好き嫌いが割とはっきりわかれると思います。できれば、過半数の人が気にいってくれるといいのですが、ま、それは期待しすぎかな。いずれにせよ、ようやくサイトが立ち上がりましたので、そのことを報告しておきます。時間のあるときにでもご覧くださいね。

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  • 29 Aug
    • スピーチの力

      もう少しで終わりの入り口に立てるかな……そう思って毎日、仕事をしているのだけど、そう思ったとたんに次の仕事がふりかかってきて「行っても行っても到達できない終着点」を目指しているような気になる。正直、モチベーションを保つのが、この夏の夏風邪や夏バテもあって一時期はけっこう厳しかったが、なんとかつぶれずに来られたようだ。ただ、ご覧のとおり、ブログを書く頻度が激減している。まぁ、一つには時間的余裕がないというのもあるし、新聞や雑誌、本をあまり読む時間がないのでインプットに乏しく、よってアウトプットが鈍化しているというのがある。また仕事づけの日々を送っているので、感性が鈍っているのも否定できない。この傾向、すぐに直すのは難しそうだ。まぁ、それでもときにはまとまったものを書こうと思っているので、辛抱づよくお付き合いくださいませ。ところで、今日は夕食をとるときユーチューブでアメリカ大統領選の前の共和党大会関連のビデオを少し見た。その中で特に印象に残っているのが、ミット・ロムニー候補の妻、アナさんの演説だった。女性票でオバマ大統領に差をつけられているロムニー候補にとって、この奥さんのスピーチは、その女性票を獲得するうえできわめて重要なイベント。かなり緊張しているのでは?と思いながら見ていると、どうしてどうして、堂々としてユーモアを交えながら、すばらしい演説だったと思う。前回の大統領選で見せたオバマさんのスピーチ力もそうだが、アメリカではスピーチの力量が本当に重要だ。おそらく今回の演説でロムニー候補に対する支持は多少上昇するのではないだろうか(女性票を含めて)。お時間と興味のある方はどうぞ下のビデオをご覧あれ。

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  • 26 Aug
    • ふるさとを「核のゴミ捨て場」にしてはならない

      きのうの地元紙に非常に気になる記事が掲載された。福島第一原発事故で生じた放射能汚染土の最終処分場候補地として大隅半島にある南大隅町(佐多岬などがある地域)が浮上してきたとの一部報道を細野環境大臣が記者会見で否定したという記事だ。こういう記事が出るということ自体、非常に怪しい。政府がかなり真剣に南大隅を候補地として考えているということの証拠にほかならない。こういう具合に報道でアドバルーンをあげて、世論の動向を見ながら、少しずつ外堀を固めていく気に違いない。この動きに対して、地元はほとんどが反対しているようだ。唯一「賛成」意見に近いというか、中立的な意見として掲載されていたのは、「高齢化の町で産業も衰退している。受け入れの是非を議論することも重要では」というものだけだ。確かに、高齢化の度合いが高い鹿児島県内の自治体の中でも南大隅町は43%と県下ナンバーワン。以前にも書いた通り、佐多の中心街にいくと他の町に比べて空き家が目立つ。このままいけば、自然死を迎えてしまう可能性が高い。が、だからといって町というより地域全体の宝である自然を金で売ってしまっていいのか。そのあたりは町民も十分わかっているようだ。記事に載っている反対意見として、以下のようなものが紹介されている。「人口減を見越して選んでいるのではないか。許せない」「一次産業はもちろん、観光にも大きな影響が出る。佐多岬観光を中心に、頑張らなければならない時に迷惑だ」当然の反応だろう。お金という意味でいけば、受け入れれば、毎年億単位の金が入ってくる可能性がある。でも、それは原発誘致を進めた東北をはじめとする地方(田舎)と同じで、結局そうした「イージー・マネー(簡単に手に入る金=あぶく銭)」が受け入れた町や村を本当に活性化することにつながったとは到底思えない。確かに、南大隅町を含む大隅半島の将来、特に経済的将来には厳しいものがある。でも、そこに住む人たちが本物の危機感を持ち、知恵や技術をもった外部の人たちとつながり、懸命に働いていけば、必ずや活路は見いだせるはずだ。多少時間はかかっても、それはできるはずなのだ。せっかくそうした「自立」に向けた動きが各地で始まっている時に、そういう「イージー・マネー」の話が出てくるのは迷惑千万だ。道は険しくても、自分たちの努力で道を切り開いていく――そこにしか本物の地域再生はないはずなのだ。なにより、この大隅半島には私たちをいろいろな意味で助けてくれる豊かな自然があるではないか。というか、その自然に頼ることでしか、ふるさとの再生はありえないように思う。であればこそ、その大切な自然を壊そうとする勢力に対しては、断固、闘う必要がある。要は、すでに破綻をきたしている原子力政策のつけをこれ以上、田舎に押しつけさせてはいけないということだ。「どうせ、田舎の連中は金が欲しいんだから、そのうち提案を飲むさ」なんて、中央の権力者が考えているとしたら、思い違いも甚だしい。私たちは大切なふるさとを中央のゴミ捨て場にさせてはならないのだ。大きな地図で見る

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    • 草と格闘

      きのうは朝から次兄が家にやってきて畑の草刈りを始めた。正直、風邪が完全に治りきっていない状態ではお手伝いする気にはなれなかったが、そのまま寝ているわけにもいかないので、腹を決めて、野良仕事をする服装に着替えて、畑に繰り出した。次兄がもってきたのは自分がもっている電動式ではないエンジン式のやつ。電動に比べて強力だ。にもかかわらず、畑の草があまりに大きくなっているので、次兄も苦戦している。エンジン式でも簡単には刈り取れないようだ。自分はというと、エンジン式に比べて非力な電動式を使い、ちまちまと周辺の草を刈ることにした。ところが途中でトラブル発生。モーターに刃を固定しているネジが外れてしまったのだ。場所が場所だけに、小さなネジを見つけるのは一苦労。15分ほど懸命に探したが、とうとう見つからずに断念した。その代わりといってはなんだが、次兄からエンジン式の草刈機の使い方を習うことにした。電動式に比べると面倒は面倒だ。でも、めちゃくちゃ面倒というわけではない。重さも見た目ほどは重くない。一つ問題があったのは、腰が疲れること。たぶん、まだ使い方になれていないので姿勢が悪く、それで腰に負担がかかるのだろうと思うのだが、すぐに腰が痛くなった。さすがに強力だ。でも、さきほど書いた通り、畑の草があまりに伸びているものだから、根本から刈り取ることはほとんどできない。まずは頭のほうを刈り取り、それから下の方を刈るという二段構えの作戦に出るが、当然時間がかかる。結局、午前中の作業を終えて、夕方から再び、草刈りを再開することにした。畑が割と広いので、なんとか刈り取れたのは畑の半分に満たない程度だろうか。草の中には幹の部分が固く、根をはるとやっかいなものがあるので、まずはそれを引っこ抜いてから低い草を刈ったほうがよさそうだ。次兄のヘルプで、なんとかここまで草刈りができて一安心だ。ただし、残りはまだ半分ある。台風が通り過ぎた後にでも改めて畑の草と格闘することにしたい。草刈りはほんとうに大変だ!

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  • 22 Aug
    • アメリカ・ワシントン時代の知り合いと15年ぶりにつながる!

      つい先日、アメリカ・ワシントンの大学院に通っていたころに知り合ったアメリカ人とネットを通じてふたたびつながることができた。というか、久しぶりに彼の名前をグーグルで検索してみて、彼の近況が掲載されたページに行き着き、そこに載っていたメルアドにメールすると、すぐに返事が来たのだ。以前探したときには見つからなかったので、ちょっとびっくりもしたが、とにかく、再びつながることができて本当にうれしい。その知人とは、以前ワシントン・ポストの記者をしていたジョンさん。たまたま在学中に、彼が講師を務める特別授業(だったと思うけど)があって、ぼくは当時の台湾人の同級生と一緒に、その授業に出ていた。彼はワシントン・ポストの東京支局長もしていて、アジア問題の専門家でもあり、アメリカ人の目で見たアジアについて彼から話を聞くのはとても参考になったものだ。その彼に最後に会ったのはいつだったのか……彼が東京を訪れ、六本木のホテルで会ったのは覚えているのだが、それがいつかは忘れていたところ、彼の方から「あれは確か、1997年だったと思うよ」というコメントが返ってきたので、15年ぶりということになる。本当にあっという間にそれだけの時間がたってしまった感じだ。それでいまの彼が何をしているのかというと、新聞社を早期退職して、アジア問題に関する本を書いているのだという。最近ではカンボジアの歴史について一冊出版したというので、今度アマゾンで探して買うことにした。さて、彼に連絡をとりたかった理由は単に懐かしかったからだけではない。ワシントンという権力の中枢で長年記者をしていた人だけあって、彼の人脈にはそれなりのものがあるに違いない――そう思って、連絡を以前からとりたかったのだ。一つには、アメリカ人をぼくらの住む田舎に連れてくるにはどうすればいいのか。彼自身に名案がなくとも、彼ならそれをもっていそうな人につないでくれる可能性が大きい。実際、偶然ではあったが、彼がいまフリーランスでお手伝いしている組織が、これまたターゲットとしてはすばらしいところで、以前、アメリカに住む別の知人に相談したときに名前が出てきた組織なのだ。偶然にしては出来過ぎた偶然だ。早速、その組織の知り合いに紹介状を書いてくれることになった。もちろん、それが具体的な何かにつながるかどうかはわからないが、少なくとも何らかのきっかけになることだけは確かだ。大事なことは、どんなに小さなチャンスであっても絶対にそれを取り逃さないこと。トライしてダメなら諦めはつくが、何もしないで諦めるほどアホなことはない。せっかく彼が紹介してくれるのだから、このチャンスを絶対ものにするぞ!の気構えで、彼の紹介してくれる人にしっかり手紙を書こうと思う。人間、ある程度長く生きていると昔のつながりが、どこで、どのように活きてくるか、わからないものだね。もちろん、「何かに利用しよう」と思って友だちや知人をつくるわけではないが、結果として、自分を助けてくれたり、あるいは逆に自分が彼や彼女を助けることができれば、それはそれでうれしいものだ。そういう意味でも人とのつながりは一生大事に保っていきたいものだね。

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  • 20 Aug
    • やっぱ、願いはかなう?!

      相変わらず具合が悪いので、初めて仕事を休んだ。きのうに引き続き、ただひたすら寝た。寝ているうちに汗がどんどん出てきて、起きてはタオルでからだをふいてまた寝た。起きたのは午後5時前。きのうとほぼ同じくらいの時間を寝たことになる。で、どうなったかというと、多少はよくなったと思うのだが、相変わらずのどに痛みはがあり、せきとタンも出るし、関節の痛みも少しある。頭もふらっとする。この汗が出るというのが気になる。熱があるのだろうか……栄養剤と薬の組み合わせも効かないのだろうか。困ったもんだ。さて、夏風邪の症状に悩まされながら、ひとつ思いついたことがある。それは、「願いはかなう」ということ。いきなりなんだ、それ?といわれそうなので簡単に解説すると、それはつまり、こういうことだ。まずは、今年の春のこと。左の肩から始まった痛みが首、そして左の腕から手先にかけて移り、整骨院に行ったことは前にも書いた通りだ。腕から手先にかけて電流が走ったような痛みだったが、それは整骨院の先生の治療(主にハリ)によってだいぶよくなった。そのとき、病院にいた母親に半分冗談でいっていたのが、「母ちゃんの痛みがおれにも移ったみたいだよ」ということ。実は、日々痛みに苦しむ母親の姿を見ていて、朝起きて仏壇に向かうとき「母親の痛みが自分に移って彼女の痛みが少しでも和らぎますように」と祈ることがしばしばあった。彼女の痛みは神経性の痛みであって、身体中に電流のような痛みが走るのだそうで、それが自分にも移ったのだ。つまり、祈りが通じた、ということだろう。今度もそうだ。ここ2ヶ月くらいだろうか。「タンが出る」といって母親が苦しみ始めたのだ。といって、本当にタンが出るわけではなく、出るのはつばだけなのだが、夜中じゅうタンを吐き出そうとしてゲー、ゲーいっているのだという。しまいには、同室のおばちゃんたちが困って、母親は個室に移されたほどだ。それを見ながら、同じような祈りが心に浮かんだ。「母親が楽になるのなら、その苦しみの一部を自分に分けてください(ただし、どっさりくると大変なので、一部だけ)」という祈りというか願いだ。するとどうだ。今度もその願いどおりのことが起きている。まぁ、偶然かもしれないが、偶然にしてはできすぎた偶然である。やっぱ、願いはかなうとしかいいようがないのだが、みなさん、どう思う?

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  • 19 Aug
    • 再び、夏風邪

      あ~あ、どうもいかん。先週半ばくらいから体調が回復し、仕事に対するヤル気も急上昇してきたと思ったら、金曜日の午後あたりから再びのどが痛くなった。おいおい、夏風邪君の復活かいな。土曜日になるとのどの痛みに加えて、せきとタンが出始めた。声がしわがれてきて話すのもおっくになってきた。当然食欲はなくなるし、しまいには下半身の関節に痛みも感じられるほど……ちょいとやばい状態である。どう考えてもやはり事務所のエアコンが悪いようだ。前回の反省をもとに温度を29度に設定して、冷え過ぎないように注意していたにもかかわらず、このとおり、再びやられてしまった。そして日曜日の今日は完全にダウン。栄養ドリンクと薬を飲んで、ただひたすら寝た。結局、起きたのは午後の4時半ごろ。頭がふらふらするにはするが、歩けないわけではない。飲み物やおかゆ用の食材を買うためにドラッグストアに出かけた。そして帰りにはちょっとだけ母親のもとをたずねた。本来なら今日は行きたくなかったのだが、朝方施設から連絡があり、今日は調子がふだんより悪く、食事も満足にとっていないらしい。ああ、自分のからだだけでも大変なのに母親の心配までするというのはしんどい。行くと、見た目ではそれほど悪そうにないのだが、「きのうの晩は苦しくていっそ死んでしまいたかった」なんてのたまうではないか。いまの状態でこういうネガティブトークに陥れば、自分もやられてしまうと思い、滞在時間は5分程度で引き上げた。もちろん、いつものマッサージもしなかった。母親には悪いが、この風邪の菌が施設に移ってしまっては大変だ。引き上げるに限る。ああ、それにしても夏風邪は本当にやっかいなもんだね。夏風邪なんてほとんど引いたことがないだけに、その大変さが身にしみている。幸い、朝方に比べるとよくはなってきているものの、相変わらず、頭がぼーっとしてのどが痛く、つばを飲み込むのもちょっとつらい。明日は月曜日だけど、あまり無理をしないほうがよさそうだね。夏風邪君よ、早くこのからだから離れてくれないかい?じゃないと、ロクに仕事もできないじゃないのさ。お願いだから、早くどっか行ってくださいな。お願いします。

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  • 16 Aug
    • 一期一会のシャッターチャンスを活かすために

      今日は二度のすばらしいシャッターチャンスに遭遇した。まず初めは、午後6時前の東の空に突然現れた虹。久しぶりの虹だ。山肌にまぶしいほどの西日が当たっているところで、その山にかかっている白い雲の一端から美しい色の虹がにょきにょき伸びてきている。きのうもそうだったが、今日の西日もすばらしくいい色をしている。そのせいか、今日の虹も普通以上に美しい色をしているように思えた。残念だったのは、カメラが手元になかったこと。せっかくのシャッターチャンスを逃してしまった。ほんとうに残念。それから小1時間ほどして、母親のいる介護施設に向かった。着いたのは午後7時ごろだっただろうか。夕食が終わり、ダイニングから部屋に戻ろうとしている一人の老婆の姿が眼に入った。廊下につけてある手すりにつかまりながら、ゆっくりとではあるが、自分の足でしっかりと歩いている。目の前では、今にも沈もうとしている太陽が今日最後の光を盛んに放っている。強烈な光だ。もちろん方角は西。まるで、その老婆が西方浄土に向かって歩いているといえばいい過ぎか、あるいは罰当たりか……いずれにせよ、二度目のシャッターチャンスにカメラを持参できていたことは実にラッキーだった。今日のこの二つの出来事からわかるとおり、日々の暮らしにシャッターチャンスはいくらでも転がっているのであって、それをとらえるには、やはり常にカメラを近くに置いておくべきなのだと改めて気づいた。それぞれのシャッターチャンスはもう二度とはめぐりあえない貴重な瞬間。それをとらえるために、明日からは傍らにカメラを常に置いておこうと思う。

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  • 15 Aug
    • 暑いからといって暑さから逃げていてはいけないのだ!?

      先週土曜日から続いた5連休。今日が最後の日となったが、ほとんど仕事らしいことはひとつもせずに終わりそうだ。まぁ、そういう時があってもいいさ。というか、今度の休みは「仕事を忘れなさい」ということだったのではないかと、つくづく思う。仕事をしなかったかわりに、ここ3日間はとにかくからだを動かすことに専念した。一つは草取り。おととい、きのうに引き続き、今日も草取りを1時間半ほどした。今日は本丸ともいえる畑の草取り。気合を入れて、できるだけ丁寧にやったところ、予想よりも早く終えることができた。とはいえ、始めたのが12時だったので(今日は朝から洗濯が続いた)、照りつける太陽光線は強烈。途中、何度か中断して水を飲まずにはいられなかった。やっぱ、草が刈り取られた畑を見るのは気分がいい。いい加減な草刈りではあるのだが、それでも草ぼうぼうよりずっといい。「よくやった」と自分をほめてやりたいくらいだ。少々HDR化されてます夕方になってからは、こちらもきのうに続いてクロスバイクで河原を走った。サイクリングするなんて、何ヶ月ぶりだろうか。長いことクロスバイクに乗っていなかったので、タイヤの空気圧もすっかり減ってしまっていたし、スピードメーターも壊れているのがわかった。1時間ちょっと走ったのだが、やっぱりこうやって自然の中を走るのは本当に気持ちがいいものだ。なんだか、初心に戻ったというか、いまの仕事をはじめる前の気持ちに戻れたような気がしてならなかった。つまり、自然に抱かれながらの暮らしを尊び、楽しむという生き方だ。いまの仕事に就いてからというもの、とにかく忙しすぎて、ストレスが半端ではないものだから、そういう気持ちがどこかに置き去りにされていたように思う。たまにはこうやってクロスバイクにまたがり、自然と対話しながら走るということも必要なんだと改めて気づいたのだった(ただし、久しぶりに乗ったせいで腕とお尻が痛くてどうにもならなかった。慣れるまで痛みは続きそうだ)。それで、今回、3日間ほどからだを動かしてみてわかったことがある。それは、暑いからといって暑さから逃げていてはダメだ、ということ。今年の夏、夏風邪にかかったり、夏バテに見舞われた最大の原因はずばりエアコンである。去年までは、あってもほとんど使わないことが多かったので、冷房機の害にやられることはなかった。ところが、今年は冷房の効いた部屋にいることが多くなり、状況が変化して、からだがついていけなかったのだろうと思う。もともとぼく自身は暑さも寒さもある程度までなら耐えられる体質。暑いといってもせいぜい33度くらいであって、上海に住んでいた頃の40度近い気温に比べればなんてことはない(ただし、上海時代は近くにスタバやホテルなどがあったので、そこで涼んではいたのだが)。また、よく訪れた東南アジアの国々の暑さに比べれば、本当にどうってことない。今回、暑い中、からだを動かしてみて、熱中症にならないかと一瞬心配はしたのだが、幸い、そうはなっていないようだ。ちゃんと帽子をかぶり、途中で休んで水を飲んだりしたし、それなりに注意しながらやったのがよかったのだろうと思う。要は、自分のからだの能力を信じて、過保護(冷房のある部屋に逃げ込まない)にならないように気をつけるべきだということだ。実際、冷房機の害にあたってからは、事務所の冷房機の温度は29度にしてあり、しかも途中でこまめに切るようにもしている。体感的にはちょっと暑いな、くらいがいちばんいいのではないかと思う(扇風機がまわっているので、そこまでは暑くない)。暑いからといってその暑さから逃げていては逆にからだを弱めることになるのではないだろうか――今年夏、体調を崩したおかげで、そのことに気づかされたような気がする。夏は暑いのが当たり前、なのだ。(注:以上は、あくまでも自分という特定の人間の体質に基づいていっているのであって、当然、すべての人にあてはまるわけではありませぬ。)

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  • 14 Aug
    • 独りブレスト

      夏バテの影響なのか何なのか、正確なところはよくわからないが、ここ1週間ほど不調に「絶」がつくほど、久しぶりに調子が悪かった。仕事をしようにも、どうにもエンジンがかからない。今の仕事を始めてから初めてのことだ。それだけ、いままでの累積疲労が多かったということなのだろうか……一時はどうなることかと心配したが、ようやく穴というかトンネルから脱しつつあることを感じる。そもそも夏バテにつながる夏風邪の原因になったエアコンとの付き合い方を変えたのが回復のひとつの理由だろうし、この前の芸術祭で気分転換できたことも助けになっているだろう。また、同じ時期に調子がすこぶる悪かった母親の調子がようやく回復基調になったことも関係しているに違いない。そういうもろもろの要素が絡み合って、ようやく回復基調に乗ったということだろう。とはいえ、完全に復調したというわけではない。いまだにエンジン全開というわけにはいかない。それでも、多少は仕事モードに戻れているようで、きのうは夜、ホワイトボードに向かって「独りブレインストーミング(ブレスト)」をやってみた。残念ながら、中身は「企業秘密?!」なので写真ではぼかしてあるが、要は、今の仕事というより、それを超えたところで町の活性化をどのような切り口で、どのようにしてやるかということに関する、まぁ、いってみれば地域再生のためのグランドデザインというやつだ。といっても、今回新しく考えたものではなくて、この5、6年、ずっと考え続けてきて、企画づくりしてきたものを改めて総合的に組み合わせたものといえばいいだろうか。今手がけている仕事は、その大きな構図の中のひとつの要素であり、自分の中では、これだけやっていればそれでいいという類のものではない。それ以外にもやるべきこと、やりたいことはたくさんある。やる気が落ちているからこそ、いま改めて将来の目指すべき方向性を再確認することで、いまやっていることの位置づけが明らかになり、やる気が戻ってくるのではないかとの思いもあってのことだ。いまやるべきことを懸命にやることも大事だが、人間、それだけではよくない。やはり行くべき方向、先の目標が見えていないと、いまやっていることにも力が入らないというか、足元に気をとられて思わぬところで足をとられる可能性だってある。その意味で、きのうの夜の独りブレストは意味のあることだったと思う。もちろん、これを自分だけのものにしておくつもりはなくて、近い将来、しかるべき人に見てもらい、できることならその人にも協力してもらい、その実現に向けて、前に進めたらと思う。さぁ、もう少しだ。もう少しでいつもの調子に戻れそうな気がする。

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    • 三味線がロックする瞬間

      先週日曜日のおおすみ夏の芸術祭では、三味線を演奏してくれた田中悠美子さんのパフォーマンスがいちばん強く印象に残っている。前半部分ではいわゆる古典的な義太夫三味線を演奏(いや、単に三味線を爪弾いてくれただけではなく、ナレーション部分まで一人でこなす)。その圧倒的な声量とエネルギーに度肝を抜かれた。そして後半が即興演奏。実は、ここが圧巻だった。アヴァンギャルド(前衛的)と呼べばいいのか、よくいえばシュールであり、ちょっと悪くいえばわけがわからない音楽である。しかも、田中さんは途中で三味線をひくバチを放り投げたり、三味線を頭上高々と持ち上げてみたりと、まさにわけがわからないの世界(!?)。それを見ながら思い出したのが、イギリスのロックグループ、THE WHO。リードギタリストのピート・タウンゼントは演奏の途中、ギターやアンプをぶち壊すことで知られているのだが、田中さんがバチを投げたところで、ぼくの頭の中では、ピートがギターを壊すイメージとダブって仕方がなかった。三味線を回転させる田中さんそして次の田中さんの即興演奏で思い出したのが、今度はハードロックではなく、プログレッシブロックの巨匠、ピンクフロイドだった。三味線を予想もしない方法で演奏するのだが、そこから爪弾きだされる音楽は、ときとして雑音に聞こえないこともない。まさに実験的な音楽というしかない。もしも田中さんが今回のような演奏を1960年代のロンドンでやっていたなら、確実に彼女はプログレ系ミュージシャンの仲間入りをしたのではないだろうか。彼女の演奏を聴きながら、ぼくの心は大隅半島から60年代のロンドンへとトリップしたのであった。こちらは田中さんと松本充明さんによる即興演奏

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  • 13 Aug
    • 夏バテか

      きのうの夜、知り合いから久しぶりに電話がかかってきた。最近、ブログが更新されていないので心配になって電話してみました。夏風邪がまだ治ってないの?心配させてごめんなさい。夏風邪は治ったようなんですが、今度は夏バテのようで、どうもからだがだるくてやる気がでません。困りました。そう、ここ数日、仕事をしようと思ってもどうにもやる気が起きない。とにかくからだがだるくて、いくら寝ても疲れがとれない感じなのだ。やっぱ、夏バテかもしれない。うちの事務所もお盆休みに入り、今度の水曜日まで休みとなった。予定では、五連休となった土曜日から水曜日までに「あれもこれも」片づけるはずだったのに、ありゃぁ、すでに半分が過ぎたというのにほとんど何も手をつけていない。気分はあせるばかり。これじゃぁ、体調が回復するわけがない。そう思って、今日はほとんど一日、家のことをすることにした。梅雨の時期にかびくさくなった衣料品や寝具の一部を洗濯したほか、伸びていた庭の草などを電動草刈機である程度まで切った。ただし、お昼から午後にかけての時間帯は、はっきりいって熱中症にかかる危険があるので、その時間帯は避けて、主に母親の施設に行って、母親にマッサージをしたり、リハビリで一緒に散歩をしたりした。実は、母親、病院から施設に移るなり食事がとれなくなり、さらには夜中、たんが引っかかるといってこの1週間ほど、「絶」がつくほど不調だった。なので、ほとんど話さなくなって、聞かれたことには首を振って答えるくらい……これには正直まいった。自分の体調が悪いときに、母親の調子まで悪いと、余計にストレスがかかったようで、たぶんそれもあってここのところ調子が悪かったのだろうと思う。ところが今日行ってみると、調子が若干よさそうで、ここ1週間ではいちばん状態がいい。聞くと、きのうの夜はめずらしくたんがからまなかったのだという。このままの状態がしばらく続けばいいのだが、まぁ、それは期待薄というしかない。いつ何時、調子が悪くなるか、まったく予測できないのがつらいところだ。さ~て、いまのストレスまみれの生活、いったいいつまで続くのだろうか。少なくともからだの調子が戻れば、何とかなりそうなのだが……休みは明日とあさっての二日間あるので、あまり仕事のことは考えずに、とにかく体調をもとに戻すことだけを考えて、すごすことにしたい。

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いなかSAM

性別:
Male
血液型:
大隅産のA型
自己紹介:
田舎の狭苦しい世界が嫌で小学生のときにアメリカ留学を決意して以来、米英中の3か国で過去10年以上にわ...

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