- 大東亜戦争を体験した人は高齢になり、戦争を体験した人の話を聞ける機会が徐々に少なくなってきています。戦争体験者の話は貴重なものですので、彼らが存命のうちに様々なことを聞いてみたいと思っています。
しかし、戦争を体験した人の言葉だからといって、全てを鵜呑みにするのは危険です。中には中国帰還者連絡会(以下、中帰連)の人達のように、信憑性に欠けることを証言する人がいるからです。
中帰連は、中国の撫順(ぶじゅん)戦犯管理所に戦争犯罪人として抑留された旧日本軍の軍人が、日本に帰国後に結成した団体です。中帰連の会員資格は、中国を侵略して戦犯となり中国の寛大政策により帰国した者となっていました。
中帰連は、731部隊、南京事件、強制連行などについて、積極的に証言をしたり証言者への協力を行ったりしていました。平成14年に中帰連は解散し、その後身団体として撫順の奇蹟を受け継ぐ会が結成されています。
大東亜戦争終結後に、中国共産党により969名の日本軍人が、撫順戦犯管理所に抑留されました。収容された者は、旧満州国で終戦を迎えた後にシベリアで抑留されていましたが、昭和25年に中国に移送されてきました。中国共産党は、彼らを洗脳して様々なことに利用することを考えていました。
シベリア抑留時とは異なり、栄養豊富な食事、病人・怪我人への手厚い看護、衛生的で文化的な生活が保障されていました。
しかし、これは洗脳への第一歩でした。日本人捕虜の自尊心を侮辱するのではなく、寛大に扱って自尊心を理解していると思わせることによって、洗脳に巧妙に誘導していくようになります。
まずは学習会というものが頻繁に開かれるようになります。そこでは、中国共産党の方針に沿ったことを学び合わせました。その方針というのは、共産主義を叩きこむなど、当然事実とは異なるような中国共産党に都合の良いことばかりでした。本や資料を読んだり、討論会をしたりして、抑留者の考えが中国共産党の望む方向へと深化していきました。
学習会では、認罪という自分の罪を自ら語り出す行動をするように促していました。学習によって「自分は天皇陛下に騙されていたのではないか」「自分はアジアの人達にとんでもなく酷いことをしたのではないか」などということが芽生えさせられたことによって、自分は悪いことをしていたということを話すようになっていきました。自分の悪事といっても、些細なことを針小棒大にしたり、やってもいないことを行ったというように思い込んでいたりということでした。
初期段階は個人の認罪が行われ、その次の段階では同じ部隊や職場にいた者がグループになってグループ別の認罪が行われました。
自分の罪と向き合って手記を書き上げたものを、皆の前で読み上げて自分の積みを告白することは、坦白(たんばい)と呼ばれていました。
坦白をすると、仲間から「まだ隠していることがあるはずだ」「被害者に対する謝罪の気持ちが足りない」などの声が上がりました。それにより、更にありもしない自分の罪を告白していくというように、自己批判と相互批判が繰り返されました。
これらのことを聞くと、カルト宗教や自己啓発セミナーが行っているようなことを思い起こす人もいるのではないでしょうか。撫順戦犯管理所では、隔離、人格破壊、刷り込み、強化といった洗脳するための基本的な手順が行われていたのです。
昭和32年に釈放されて帰国した人達の一部が中帰連を創立して、反戦平和運動や日中友好運動を展開するようになります。
昭和57年頃から、中帰連による活動が目立つようになってきます。昭和57年と言えば、高校教科書誤報問題が起こった年であり、この頃から中帰連の活動が活発になったのは単なる偶然ではなく、日本を貶めようという勢力と連動していたと推測されます。
平成元年にNHKで放送した「戦犯たちの告白-撫順・太原戦犯管理所1062人の手記」で、中帰連の知名度が飛躍的に上がり、その後に中帰連に対する取材や講演依頼が急増していきました。
朝日文庫は「天皇の軍隊」という本を出版して、日本軍が異様な残虐行為をしたことを広めました。しかし、この本に出てくる証言者は全員中国抑留者でした。
NHK、共同通信、朝日新聞などは、中帰連の証言などや手記などを盛んに伝えましたが、その内容について検証など裏取はほとんど行なわれていません。それにもかかわらず、あたかも事実のように伝えていました。
中帰連は解散しましたが、撫順の奇蹟を受け継ぐ会と看板を変えて活動は継続しています。彼らの主張には十分気を付けてください。
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