よくスポーツの団体競技のチームが負けると、「○○選手がA級戦犯だね」ということが言われます。この場合は、そのチームが負けた責任の多くは「○○選手」にあるという意味で使われています。では、A級戦犯というのは、どこから出てきた言葉でしょうか。多くの人は、第二次世界大戦で戦争犯罪をした人だと考えているのだと思います。そこで、A級戦犯がどのような罪を犯したのか、もう少し詳しくみていきます。

 

A級戦犯は、極東国際軍事裁判所条例の平和に対する罪に該当する者となっています。極東国際軍事裁判とは、第二次世界大戦で日本が降伏した後の1946年(昭和21年)53日から1948年(昭和23年)1112日にかけて行われ、連合国が「戦争犯罪人」として指定した日本の指導者などを裁いた一審制の裁判のことです。東京裁判(とうきょうさいばん)とも言われています。この裁判では、A級戦犯以外にも、通例の戦争犯罪に該当する者をB級戦犯、人道に対する罪に該当する者をC級戦犯として裁きました。

 

それぞれの罪について、どのような罪なのかは以下のとおりです。

 

①平和に対する罪

侵略戦争や国際条約等に違反する戦争を計画・開始・遂行し、また、その目的で共同の計画や謀議に参画した行為を指します。国際法で不法に戦争を起こす行為のことをいい、侵略戦争または国際条約・協定・保障に違反する戦争の計画・準備・開始および遂行、もしくはこれらの行為を達成するための共同の計画や謀議に参画した行為が該当します。

 

②通例の戦争犯罪

戦争法規または慣例に違反したとする「通例の戦争犯罪」に該当する罪です。戦時国際法に違反する罪のことで交戦法規違反を指します。通常は戦闘員や司令官(交戦者)、あるいは非戦闘員の個人の犯罪行為を対象とし、交戦規則を逸脱する罪が問われます。

 

③人道に対する罪

一般民衆に対する大量殺人・虐待・追放などの非人道的行為や、政治的・人種的・宗教的理由による迫害行為を指します。「国家もしくは集団によって一般の国民に対してなされた謀殺、絶滅を目的とした大量殺人、奴隷化、追放その他の非人道的行為」と規定される犯罪概念です。



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平和に対する罪については、問題だらけと言われています。戦時国際法に則っている限り、戦争は犯罪ではありません。国家は戦争権(開戦と交戦の権利)を持っており、その行使は国際法的に合法です。戦時国際法では、戦争を始めること、それを遂行することは犯罪ではありません。戦争を始めるかどうかを検討したり、その準備をしたりすることも犯罪ではありません。したがって「平和に対する罪」を問う根拠がなく、そうした罪状で戦犯とみなされた人々を裁くことはできないのです。

 

日本が共同謀議により侵略戦争を計画・実行したと断罪されました。しかし、被告が一堂に会したことなど一度もなかったのです。「全面的共同謀議」では被告が共同謀議を行ったとする立証がなされておらず、仮に共同謀議があったとしてもそれは国際法に違反はしません。裁判では戦争準備も共同謀議とされました。日本は、軍艦、飛行機、戦車を作って戦争の準備をしました。しかし、そんなことはどこの国も行っていたことです。戦争をした全ての国が共同謀議をしていたことになります。

 

侵略戦争についても、その定義はパリ不戦条約(ケロッグ・ブリアン協定)で示されたのですが、自衛か侵略かは当事国が決定するとなっています。当事国が自衛戦争と言えば、侵略戦争ではないのです。もちろん日本は自衛戦争と主張しました。実際、GHQのマッカーサー元帥本人が、後にアメリカ上院の軍事外交合同委員会で、「日本が戦争に入った目的は、主として自衛によるものであった」(Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated bysecurity.)と証言をしています。

 

「平和に対する罪」「人道に対する罪」の適用は事後法であり、法の不遡及原則に反しており、国際法上でも違法となります。極東国際軍事裁判は、開始する時点で存在した法律に基づいて行われていません。こんなことが許されてしまうと、誰でも有罪にすることができます。文明国では、このようなことはしません。

 

戦後、国会で「戦犯所在者の釈放等に関する決議」「戦争犯罪による受刑者の釈放等に関する決議」がされて、戦犯とされた人々の釈放、戦犯指定解除が行われています。戦犯の釈放は、東京裁判に関わった11カ国に全て正式に手続きを踏んで了承を得た上で行っています。つまり、国際的にもABC級戦犯は、戦犯の指定が解除され、戦犯ではなかったことになっています。

 

以上のことから、「○○選手がA級戦犯だね」ということは、責任の所在がはっきりしない状態で、試合のときにはなかった作戦、それも競技のセオリーとは矛盾している作戦を守っていなかったという理由で責任を押し付けられ、後でよく試合を分析してみたら責任がなかったと判断された選手という意味になるのではないでしょうか。