読んだ本
新しい人間、新しい社会 復興の物語を再創造する 災害対応の地域研究
清水展、木村周平 編著
京都大学学術出版会
2015.12

 

ひとこと感想

災害後の建て直しは常套句で「復興」と呼ぶが、本書のタイトルが物語るように、単なる「原状回復」ではなく「再創造」が求められている。事例が幅広く各国から選ばれているのが本書の持ち味。国内では神戸、阪神淡路大震災、男鹿半島、東日本大震災、復興ツーリズムがとりあげられている。

 

***

 

いずれも興味深い論考が並んでいるが、以下、本書の第10章 復興ツーリズム(山下晋司)のみをとりあげる。

 

福島県への観光客は「3.11」を境に大きく減少した。

 

「とくに福島県の場合、原発事故の影響で修学旅行客が戻ってきておらず、とりわけ原発事故避難地域を含む浜通りは依然として厳しい状況にある。」(330-331)

 

観光(ツーリズム」という観点から東日本大震災からの「復興」を考える場合、以下の点がキーワードとなる。

 

 ・ボランティア → ボランティアツーリズム

 ・まなび → スタディツーリズム

 ・つながり → ソーシャルツーリズム


観「光」とはいうが、これらのツーリズムは「影」の部分にも光をあてることにほかならない。それゆえ「ダークツーリズム」という言葉も嫌がられながらも使われている。特に井出明はダークツーリズムのことを「悼む旅」(井出2013:145)とみなしている。


ただし、こうした大枠は、基本的に「東日本大震災」に対して向けられており、「フクシマ」にはそれほど比重がおかれていない。

 

それどころか、どこまで現実味があるのかわからない東浩紀たちの観光化「計画」を次のように書いたりしている。

 

「福島においては、事故から25年後の2036年に向けて福島第一原発を観光地にしようという計画もある」(344ページ)

 

いや、今のところ、ない(何らかの「観光地化」が目指されるのは必然だと思うが、これを安直に全面に打ち出すことは、かえって反発があることは想像に難くない)。

 

また、楽観的に次のようにも書いている。

 

「ヒロシマが平和観光のシンボルになったように、フクシマが原発事故の記憶とそこからの復活のシンボルとなる日もくるだろう。」(344ページ)

 

いや、今のところこれも、少し違う。果たして本当に「記憶」のシンボルになるだろうか。「復活のシンボル」となるだろうか。このあたり、ある種の「匙加減」が難しい。

 

ただし、次の一文はきわめて重要である。

 

「東日本大震災における震災・津波、原発事故というネガティブな経験は、新しい観光(ツーリズム)概念を生み出すきっかけになるかもしれない。」(344ページ)

 

この指摘は、きわめて重要である。そして、必要なことだ。

 

だが、実際はどうか。

 

ふくしま観光復興支援センター(現ホープツーリズム推進課)では「来て見て知ってふくしま」という冊子を刊行している。

 

第1号 2013年7月 特集=福島を語る人に出会う旅

第2号 2013年10月 特集=ふくしま復興ツーリズムガイドブック
第3号 2014年8月 特集=県内での視察やお話のコンテンツを紹介します

第4号 http://ふくしま観光復興支援センター.jp/file/plan/574b86b253aa0.pdf)

 

本論考は、こうした「フクシマ」における「復興ツーリズム」にのみ焦点をあてていればよかったように思われる。他の事例とともに語られると、今ひとつ「フクシマ」の問題が見えにくくなるからである。

 

***


公的制度に規定された日本の復興事業は被災者の創造力を奪っていないか?国内外の被災地を見てきた研究者が災害対策を現場から捉え直す。災害を生みの苦しみに転換する。


目次      
第1部 紡ぎ出す、読み替える

先住民アエタの誕生と脱米軍基地の実現―大噴火が生んだ新しい人間、新しい社会 清水展

現場で組み上げられる再生のガバナンス―既定復興を乗り越える実践例から 大矢根淳

復興の物語を読み替える―スマトラの「標準の復興」に学ぶ  山本博之

 

第2部 忘れる、伝える

神戸という記憶の“場”―公的、集合的、個的記憶の相克とすみわけ 寺田匡宏
プーケットにおける原形復旧の一〇年―津波を忘却した楽園観光地 市野澤潤平

制度の充実と被災者の主体化―生活再建をめぐるせめぎあいの二〇年 重川希志依

トルコ・コジャエリ地震の経験の継承―私の声が聞こえる人はいるか? 木村周平


第3部 作り出す、立ち上がる

小さな浜のレジリエンス―東日本大震災・牡鹿半島小渕浜の経験から 大矢根淳

アートによる創造的復興の企て―保険に支えられた移動/再建 大谷順子

復興ツーリズム―震災後の新しい観光スタイル 山下晋司

 

 

 

 

 

 

「エヴァ」「進撃に巨人」いずれも傑作ではあるが、両者の間には根本的な違いがある。

碇シンジとエレン・イエーガーの違いである。

二人は、ある意味、母親の死を引き金に、それぞれ、エヴァンゲリオン、進撃の巨人といった、大型の器に組み込まれ、得体の知れない「敵」と戦い続ける。

シンジの父はゲンドウ、母はユイ。

ユイの死を最も悲しんでいるのは、ゲンドウである。

シンジは亡き母への思いよりも、生きている父に自分を認めてもらうことのほうが、関心が高い。

しかしゲンドウはシンジには冷たい。

その結果、シンジは不貞腐れて、エヴァンゲリオンにおける闘いも、なかなか完遂しない。

他方、エレンの母の死は、エレンが引き受けている。

エレンの父は、自らの命(力)を息子に託している。

そのため、エレンは父とある意味同一化しており、父よりも母への思いに執着している。

その結果、シンジは常に内向きであり、他人とのかかわりも下手で、社会において生きてゆく術を持てずにいる。

エレンはその正反対。常に外や他者に関心があり、自分と敵対するものすべてを「駆逐」する覚悟や意志を持っている。

しかし、そうは言っても、シンジも、レイやアスカ、ミサト、ほかの他者と、共に生きる努力を惜しんではいない。

エレンはむしろ、周りの他者(ミカサ、エルミン、クリスタを除いて)には、非情に向き合うこともある。

 

一方、アスカとミカサとの対比も興味深い。

 

アスカはある意味シンジと同じように、親に対する心的葛藤をかかえつつも、シンジとは全く異なって、あくまでも一人で強く生きようと決意をしている。しかし、なぜかシンジに対する固執があり、そこから逃れることができずにいた。

 

ミカサは親(の死)に対する葛藤をあえて避けて、エレンのために強く生きることを決意する。しかし、エレンは彼女に固執(依存)させないように常にふるまうことになる。

 

****

 

全然別の話のようではあるが、突き詰めれば、自己と、自分が守るべき他者と、それからそれ以外の他者もいる世界と、どう向き合うのか、ということがテーマになっている、という意味ではきわめて似たような話であるように思えてくる。

 

しかし、エレンとシンジは表出の仕方は、全く正反対であるものの、こうしてみてみると、妙な共通性のほうが際立っている。

 

 

 

 

 

 

 

今から随分前の話である。まだ十代のころ、ある日突然、見知らぬ人から電話があった。

 

「あなただけに特別に、価値ある英語教材を紹介したいので、お会いできないか」というものである。

 

翌日、そのオフィスに行ってみると、優しそうな若い男性が待っていた。

 

話を聞くと、しっかりとした内容の教材のようであり、しかも月に1回、ネイティブの人と会話を楽しむサロンが開かれるという。

 

少々高額であるが、月払いにすれば払えないことはない。

 

何よりもそれで実力がつくのであれば、充分元はとれるはず、と思い、即決で契約書にサインをして意気揚々と帰路についた。

 

しかし、帰ってから冷静になってみると、とにかく高い。

 

しかも4年間も支払が続く。

 

――次の日、電話でおそるおそるキャンセルをした。

 

あれこれと文句を言われたが、頑なに断ったところで「クリーンオフ」となった。

 

ほっとした。

 

しかし、あのとき、そこでキャンセルしなかったらどうであろうか。

 

中身の良し悪しはさておき、自分がお金を出して使っている以上、人から聞かれれば「よい教材」と主張することだろうし、下手をすると別の人に勧めて買ってくれれば自分にもリベートが入ってくるかもしれない…というように、良くない方向に進んだに違いない。

 

自分が買ってしまったことはもう仕方のないことだとしても、それを他人に「よい」と言ったりしてしまっては、「詐欺」商法の片棒を担ぐことになるのではないだろうか。

 

万が一、その教材の中身がよかったとしても、そういう教材を肯定的に評価することはできないのではないか。

 

場合によっては、「評価」するという土俵にあげないほうがよいのではないか。

 

世の中には、こういった事例と似たようなことが無数にある。

 

さまざまな商売においても、一見純粋そうにみれる学術世界においても、そして、信仰の世界においても。
 

 

 

 

 

観た映画作品

100円の恋

2014年11月
武 正晴(監督)

安藤サクラ(主演)

 

 

ひとこと感想

なんというか、非凡すぎた。ちょっとカワイイとか、目立つ顔立ちとか、そういうのではなく、存在感、そして、役への没頭ぶり。溜息しか出てこない。

 

***

 

本作では、ひたすら「ダメ」な人間が登場する。

 

嫌になるくらい、「ダメ」である。

 

救いようがない。

 

安藤サクラも、あくまでも、その一人である。

 

しかも、ほかの「ダメ」な人間たちに「ブス」と言われ続ける。

 

「ダメ」な人間のなかでも、さらに「ダメ」出しをされている、それが本作における安藤サクラである。

 

だが、彼女は、立ち上がる。

 

「生きようとする」と言い換えてもよいのだろうか。

 

しかも、見事すぎるくらいの立ち上がりぶりを見せてくれる。

 

年齢制限ギリギリであるにもかかわらず、ボクシングにのめりこむのである。

 

しかも「勝ちたい」という一心で。

 

いや、だが、実際には「勝つ」ことはできない。

 

「勝ちたい」という思いは強かったが、叩きのめされる。

 

いや、それでも安藤サクラは、「負け」たことを背負ったことによって、はっきりと、一歩前に進むことができた。

 

結局は「勝ち」「負け」ではなく、「手ごたえ」「くやしさ」「生きている感」等をつかみとれた思うこと、それが得られたことのほうが大きいのであろう。

 

作品の冒頭から前半に登場する安藤サクラ。

 

後半にボクシングに打ち込む安藤サクラ。

 

この両者は、まったく別者に見える。

 

家に引きこもりゲームばかりしているモサモサした前半の安藤サクラ。

 

どのくらいトレーニング(練習)したのか、驚異的に機敏な動きを見せる後半の安藤サクラ。

 

この両者のギャップに萌え、愛おしく思えてしまう。

 

何ともストレートに肉体に響いてくる佇まい、語り、まなざし。

 

桃井かおりとやや近い存在感であるが、彼女よりももっとダウナー系で、「実存」の泥臭さが安藤サクラの魅力ではなかろうか。

 

稀有な役者である。感謝。

 

 

 

 

 


 

これは、私の家ではなく、私の母、すなわち実家の話である。

 

昨年の秋に保護猫を迎えていたのだが、その猫ちゃん、名前はグルにゃんと言うのだが、晴れて1歳の誕生日を本日迎えた、と実家から連絡があった。

 

元々、にゃんともネットワーク北海道の譲渡会で母が見染めた黒猫ちゃん。

 

とても元気に育ち、去勢手術を行うために病院には一回行ったが、それ以外は今のところ病院にお世話になることなく元気で暮らしている。

 

元々、多頭飼の崩壊からレスキューされた母猫から生まれたグルにゃん。

 

おそらく猫よりも人間との暮らしのほうがデフォルトになっている。

 

 

母は、元々動物が大好きであるが、高齢のため猫と暮らすことに躊躇していたが、何かあっても子供が何とかすると説き伏せたことで、今に至る。

 

母も、グルにゃんも、良かったと思う今日この頃である。

 

 

 

 

 

 

: Voix et voies de la décroissance
Les liens qui libèrent
2010

 

読んだ本

セルジュ・ラトゥーシュ

Serge Latouche(1940- )

〈脱成長〉は、世界を変えられるか? 贈与・幸福・自律の新たな社会へ

中野佳裕訳

作品社

2013年5月

 

ひとこと感想

本書はイバン・イリイチの「脱~論」の延長線上にあることは間違いない。私はイリイチの所謂「脱学校論」「脱医療化論」「脱自動車社会論」等を学生時代に知り、今なお問い続けているが、こうした論述にふれられること自体、良い刺激ではある。しかし。


***

 

1960年代後半、フレイレ、イリイチらが、社会における「学校教育」のあり方について、問いを投げかけた後、世界的に「脱学校」論が大きなうねりをつくりあげていったが、その際、イリイチは「脱」ということに用心深くあるべきだととらえていた。
 

英語では「脱学校」は「deschooling」であるので、少し丹念に言うのであれば、これは「脱学校教育」である。

「schoolong」(学校教育)に対して、イリイチは「deschooling」という語を用いた(正確には出版社がこの言葉を書名にするよう促した)。

 

de-schooling とは?

 

私は、この「de-  」とは、端的に、ジョン・レノンが「イマジン」で「天国」や「国」や「所有」がないということを想像してみてほしい、と歌ったあの「Imagine no ~」と同じ意味合いだと思っている。

 

イリイチは自ら「詩人」であると言っているが、同時に「歴史家」とも言っていた。

 

すなわち、この「歴史家」とは「物語作家」に近いと思われる。もしくは本質的な意味での「詩人」ということである。

 

したがって、その後彼が、「開発」や「経済成長」に対する批判を展開していった際にも、端的に「脱」という言葉を用いることに用心深かった。

 

さらに言えば、この「脱」とは同時に「de-   」のみならず、「ポスト post」の意味合いをも含むゆえ、どうしても、現状批判に対する、これからの指針を打ち出す際に、ごく自然に用いられている(結局のところ「de-   」はデリダの言う「脱構築」を意味することになる)。

 

それゆえ、このラトゥーシュの言う「脱成長」という言葉に私は、最初は、そのまま素朴に肯定的に受け取ることができなかった。

 

本書には「補論」として、「"décroissance"という単語の翻訳について」が挿入されている。そこでは成長を前提とした経済の縮小を目指すのであれば、同時に、経済成長という価値観の信仰をやめる、という意味合いが、「croissance」によって(すなわち「信仰 croyance」との近似性から伝わるが、英語やゲルマン語系に置き換えるのは難しいとされている。

 

近いところで「decreasing growth」や「shrinking」「shrinkage」が提案されているが、ラトゥーシュは「declining」や「decreasing」ではないため、やむなく「degrowth」を受け入れている、ということのようである。

 

不勉強だったせいで今まで気付かなかったが、この後、ラトゥーシュは、Alain Caillé, Marc Humbert, Serge Latouche, Patrick Viveret, De la convivialité : Dialogues sur la société conviviale à venir, ouvrage collectif Paris, La Découverte, 2011.という共著も出している。

 

はっきりと、イリイチの遺した思索の延長線上に、「脱成長」の新たな社会を構築しようという強い意志が見いだされる。

 

本書はこの、イリイチに加え、ジャン=ピエール・デュピュイやコルネリュウス・カストリアディスの思索が大きくとりあげられている。

 

また、アンドレ・ゴルツや、マーシャル・サーリンズ、ジャン・ボードリヤール、カール・ポランニーはもとより、ギュンター・アンダースやハンス・ヨナス、ローマクラブなど、ところどころに登場する人物や組織名もなじみのあるものばかりである。

 

それでは、ラトゥーシュの言う「脱成長」とは何か。

 

「経済成長優先社会、つまり経済成長のために経済成長を行う以外の目的を持たない経済によって構築されている社会との決別の必要性を主張するために発明さえた論争的なスローガンである」(57ページ)

 

ただし、こう定義した後で、ラトゥーシュは、この言葉が必ずしも「良い」ものとは言えないとしている。

 

意図されているのは、ともかく、経済成長や経済発展から抜け出すこと、である。

 

「抜け出す」すなわち「脱」は、「言葉」(表象)の次元と「物」(具体的現実)の次元の両方において求められている。

 

「持続可能な発展」という語も、当然、「撞着語法」「冗語法」として問題視される。

 

「発展は持続可能でも維持可能でもない」(61-62ページ)

 

具体的には、8つの「R」というものを提唱している。

 

・再評価する

・概念を再構築する

・社会構造を再構築する

・再ローカリゼーションを行う

・再配分を行う

・削減する

・再利用する

・リサイクルを行う

 

これらによって、「コンビビアルな」脱成長運動が始動可能だとしている。

 

ただし、これだけではなかなかどっぷりと「成長」のなかに生きている人たちには伝わらないとして、10の政策案を2007年にフランスに対して提案している。

 

1 持続可能なエコロジカル・フットプリントを回復させる

 

2 適切な環境税による環境コストの内部化を通して、交通量を削減する

 

3 経済、政治、社会的諸活動の再ローカリゼーションを行う

 

4 農民主体の農業を再生する

 

5 生産性の増加分を労働時間削減と雇用創出に割り当てる

 

6 対人関係サービスに基づく「生産」を促進する

 

7 エネルギー消費を1/4まで削減する

 

8 宣伝広告を行う空間を大幅に制限する

 

9 科学技術研究の方向性を転換する

 

10 貨幣を再領有化する

 

どうであろうか、この10の「指標」は、受け入れられるだろうか。

 

なお、「コンビビアリティ」について、ラトゥーシュはマルセル・モースの「贈与」論との近似性を指摘している。

 

「社会的交換の中に贈与の精神を再導入し、アリストテレスの定義するフィリア(友愛)と結びつく」(120ページ)

 

「楽しみと分かち合いにあふれる生活をつくる道具」(120ページ)が「コンビビアルな道具」であり、具体的には、自転車やミシンが挙げられている。

 

何よりもイリイチからいろいろなことを学んできた私にとって、こうしたラトゥーシュの言述は、素朴に諸手を挙げて受け入れられるものではないとしても、十分に、共感をもって受け入れられるものではある。

 

とはいえそう簡単にこうした発言が何かを変えられるかどうか、その点においては、非常に悲観的にとらえざるを得ないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観た作品

 

 

 地球最後の男
1964年

 

ひとこと感想

コロナ禍においてはじめてこの作品にふれた。いろいろと別な意味で考えさせられた。結局は他者との向き合い方が問われている。

 

この作品のポイントは、以下のようにまとめられる。

・新種ウイルスの感染によって主人公を除く全人類が死滅
・ただし、感染者は死亡後、「ゾンビ」となる
・そのため、埋葬はせずに直ちに火葬に付す
 (死体からの感染を防ぐためという説明があるが、他方で、「ゾンビ」として活動するのを防ぐためとも考えられている)
・主人公はかつて蝙蝠に噛まれたことがあり、それにより抗体がある

本作における「ゾンビ」は、以下のようなものとして描かれている。

・ニンニクが苦手
・鏡が苦手
・日の光が苦手(夜しか活動ができない)
・絶命させるには心臓に杭を打たねばならない
・十字架も苦手(ややあいまいに描かれている)

以上の性質は、「吸血鬼」と共通しているため、本作の「ゾンビ」は、「吸血鬼」の一種と言える。

言い換えれば、「人が死んで、また、生き返る」という「吸血鬼」を科学的、20世紀的に説明しようとすると、「新種ウイルス」のせい、ということになるのだろうか。

ロメロの「ゾンビ」との大きな違いは、「放射線による突然変異」ではなく「ウイルス感染」によって生み出される点である。
情報通信環境としても、本作では、回想シーンで新聞やテレビで世界の異変について知らされていることと、「国際周波数」を使った無線通信で、全世界に呼び掛ける設定になっている。

ラジオや電話は登場しない。

それはさておき、本作における「ゾンビ」は、微妙に「知性」もしくは「認識能力」と「言語活用能力」がある。

・相手を名前で呼ぶ
・遠くから自分が住んでいた家まで戻ってくることができる
・「家に入れてくれ」とか「いるんだろう?」と訴えることができる
・道具を使って車や窓ガラスを割ることができる
・車の座席シートを運ぶなど、それなりの力仕事もできる

新型コロナウイルスによる感染が拡がる今であれば、むしろ、本作のほうが、示唆に富む。

・ヨーロッパ由来で風に運ばれて拡散
・当初、化学者である主人公は、世界に蔓延するとは考えていなかった
・このウイルスは新種で、どんな方法でも死滅させられない
・周囲に感染者が出た場合、早急に保健所に連絡し、外出は控え、"密"にならない様に
・症状として、失明がある
・突然死に至る

作品のなかで、注意を引くのは、「お願いだから、ちゃんと埋葬させて」というセリフである。

もちろんこの映画作品を手掛けている文化圏では、慣習として今でも埋葬が多いことは承知しているが、ここまでこだわりがあるということに驚かされる。

少なくとも、この点においては、私が暮らしている文化圏との違いがある。

感染者の拡散を増やさないようにするためにも、埋葬よりも火葬のほうが安全性が高いことは、攻守衛生上の常識であるだろう。

にもかかわらず埋葬にこだわるのは、むしろ「復活」や「審判」を前提としているからであることは、わかるが、それでもやはり解せなくはある。

また、本作において、物語に深みがあるのは、主人公が「地球最後の人間」であるとしても、同時に、感染したにもかかわらず、ワクチン接種によって生き延びている人間もいることである。
そちら側からみると、主人公は、自分たちの仲間を毎日杭を打って殺戮する存在である。

なお、原作は、以下のとおり。

I Am Legend
Richard Burton Matheson
1954

本作以外にも、上記原作をもとにした映画が作成されている。

The Omega Man 地球最後の男オメガマン
1971年(アメリカ)

I Am Legend アイ・アム・レジェンド
2007年(アメリカ)

観た映画作品
Night of the Living Dead ナイト・オブ・ザ・リビングデッド
George A. Romero ジョージ・A・ロメロ 監督
1968年10月

ひとこと感想
「ゾンビ」映画は、この作品より以前にも現れているが、ゾンビに食われた人間もまたゾンビとなる、という、所謂「ゾンビ映画」のオリジンが本作である。ただし、ここでは「ゾンビ」という言葉は用いられず、「リビング・デッド」と言われている。「リビング・デッド」が放射線の影響により生み出されたのではないか、という設定がなされている。

 

 


ロメロは、「ゾンビ」シリーズとして、本作を含め6編をこの世に出している。

1 Night of the Living Dead (1968) ナイト・オブ・ザ・リビングデッド
2 Dawn of the Dead (1978) ゾンビ
3 Day of the Dead (1985) 死霊のえじき
4 Land of the Dead (2005) ランド・オブ・ザ・デッド
5 Diary of the Dead (2007) ダイアリー・オブ・ザ・デッド
6 Survival of the Dead (2009) サバイバル・オブ・ザ・デッド

 

40年間、ゾンビ映画を作り続けた、骨太である。

しかし、気になるのは、1作目が「リビング・デッド」だったのが、2作目以降は「デッド」となっていることだ。これでは単に「生者」に対する対立項としての「死者」に「ゾンビ」を収めることになってしまう。

 

「リビング・デッド」すなわち「生ける屍」という矛盾した表現が何とも、たまらない。

 

それはさておき、この1作目が公開された「1968年」とは、どういう時代だったのか。

 

「プラハの春」「キング牧師暗殺」「パリ五月革命」「ケネディ暗殺」「三億円事件」などが、出来事として並ぶ。

情報通信関連の環境はどうだったのか。
 

作品内では、自動車にはラジオが取り付けられており、家には電話とラジオとテレビがある。当然パソコンやインターネット、スマホはない。

ラジオやテレビは有益な情報を提供するが、あくまでも一方向である。世の中で何が起こっているのかを理解するためには役に立つが、自分のまわりで起こっていることを他者や世の中に伝えることはできない。肝心の、双方向でやりとりができる電話は、不幸にもつながらない。

登場人物たちは、一軒家に隠れるが、結局、外部とのやりとりができず、ゾンビに囲まれる。しかも、人間どうしも互いに信頼関係が結べず、対ゾンビの協力もしあえない。

すなわち、7人の人間たちは、「リビング・デッド」によって滅ぼされるのではなく、「リビング・デッド」をきっかけにして、自分たちの共同体の共同性の脆弱性によって敗北するのである。

 

おそらく、「ゾンビ」映画への関心の高さは、こうした、人間どうしが不信感を抱いて共存しているという現実に対する不安が根底にあるように読める。

この不安感に対して、そうした「他者」を同じ「人間」とみなしたくない、理解したくない、受け入れたくない、殺してしまいたい、という無意識の欲望が垣間見られる、と言うと言い過ぎだろうか。

 

ともあれ、ゾンビと向き合う人間とその社会が問われているのである。

 

ところで、本作に登場する「リビング・デッド」の特徴は、以下の通りである。

・挙動はゆっくり
・人間と意思疎通ができない
・人間を食べる
・火が苦手(身体は簡単に燃える)
・頭部への銃撃により活動が止まる

 

その後多数生み出されるゾンビものは、これらを基本としながらも、さまざまなバリエーションがある。

 

しかし、ここで注目したいことは、ゾンビの性質や本質よりも、彼らがどうしてこの世にあらわれたのか、その、生み出された原因である。

作品内のラジオやテレビで流された情報によれば、金星に向けて発射された探査衛星が地球に帰還する途中でNASAによって爆破された結果、高水準の放射性物質が地上に降り注ぎ、その結果、死体が「突然変異」を引き起こして、動き出したのではないか、と推定されている。


死者が突然変異を起こすのであれば、生者にも起こっていてもおかしくない、というつっこみは、ここではしないでおこう。

 

ともかく、死者が放射能によって突然変異を起こし、ゾンビと化したのだ――これは、一体どういうことだろうか。


1960年代後半、世界は、米ソ対立により大量の核兵器が用意され、それらがいつ用いられるか分からない恐怖に怯えていた。1968年に暗殺されたケネディも、一度は核兵器のボタンを押しそうになったことがあった(1962年、キューバ危機)というほど、緊張が続いていた。

 

それに伴い、映画やアニメ、漫画といった表象の世界においては、核戦争や放射能やその他による人類や地球の滅亡がたびたび語られていたが、それと同時に、放射線の影響で「突然変異」「奇形」「ミュータント」を題材とした作品も現れていた。

 

放射線による被曝は、遺伝子レベルで影響を与えうるが、短時間における低線量の照射など、条件によっては、結果的にはっきりとしたダメージとならない場合もあることが、現在では知られている。

 

しかし、広島や長崎における原爆被害や各地で行われた核実験、さらにはTMIやチェルノブイリ原発事故が起こった当時は、さまざまなことが言われた。

 

核に対する恐怖は、単に、死に至るかもしれないという、けた外れの破壊力というだけでなく、生存者にも、その胎児にも、深刻な影響を及ぼすのではないかという懸念があった。

 

今のように、放射線の健康被害が明確に数値で示すことができなかった時代があった。その時には、だが、その後の調査からは、はっきりとした影響がある、という結論には至っていない。

 

それゆえ、科学的には、「放射線」と「突然変異」は今では、結びつきにくくなっている。

 

しかし、当時jは、この両者は、結びつきうる懸念があった。

さらに言えば、もう一つ、気になる映画作品がある。

 

邦画で、関川秀雄の「ひろしま」である。これは、「被曝者」と「ゾンビ」との近似性を描いている、と言える。

 

 

 

 

表象の世界では、このように、ある種の「歪曲」をもって、放射線に対する恐怖心が、「ゾンビ」を生み出したと言える。

人間が人間を食らう、という「禁忌」を破るふるまいが、いわば、放射線がもたらす「影響」ということになるのかもしれない。

すなわち、放射線は、人間社会が形成してきた「禁忌」を踏み越えるのである。

その後、「ゾンビ映画」もバリエーションが増え、寄生虫、ウイルス感染など、さまざまな理由によってゾンビが生み出されるに至り、必ずしも「放射線」でなければならないということはなくなってゆく。

しかし、他方では、ロメロ以外にも、「放射能」を原因とした作品は作られ続けている。

Incubo Sulla Cittá Contaminata ナイトメア・シティ
1980

 

 

「ゾンビは放射線の影響により異常に身体能力が向上した人間であり、壊れた赤血球を補充するために血を求めて人を襲い、さらに感染していく」(Wikipediaより)

SOLAR IMPACT ディープインパクト セカンド・クライシス
2019

 


「隕石の放射線を浴びた人体のDNAが突然変異して凶暴化し、その感染者が爆発的に増殖」といった内容のようである。

なお、ゾンビ映画に関しては、数多くの研究があり、それらを参照したうえで、もう少しきめの細かい考察もしてみたいものだが、残念ながら本稿は今回はここまでにしておく。

 

 

 

 

 

 

一期生のSくんは偉い。普段はシニカルにあれこれ言っていたが、実習地の一つである箕輪町で今は働いている。

 

二期生のAさんも偉い。地道に一年の時から公務員試験対策講座をやり続け、やはり実習地の一つである益田市で働く内定をとった。

 

もちろん他にも、実習地延岡で今は働いているOくん、大学院に通いながら地域起こし協力隊として活動するHくん、登米市の地域起こし協力隊をやりながらあちこちで活動しているTくん、長井で実習をして今は群馬の地元で働いているMくん、佐渡で実習をし秩父の民俗文化を研究してやはり地元で働くSくんをはじめ、書ききれないほど、大正大地域創生学部の学生は、地域を好きになり、地域にかかわり、地域に恩返ししたくなる人間になってゆく。

 

そんなさなか、二年生は今年の実習活動は現地に行けず、オンラインマルシェを企画運営した。

 

それももう、あと数日を残して時間切れとなる。

 

どこの地域も頑張ってほしいが、私が特に関わっているのが、岐阜県中津川市。そして今年から担当となった山形県長井市。

 

ほか、


長野県箕輪町
兵庫県淡路市
島根県益田市
鹿児島県奄美市

 

も頑張っています。

 

どうかこれを読まれた皆さん、このリンクからどこか一地域、何か関連性のある地域の物産を”自分お歳暮”としてご購入いただけないでしょうか?

 

21世紀は地域を愛する時代になると確信しています。

 

レディーフォー 大正大学 で検索をお願いします。

 

最後のお願いでした。

 

 

 

 

 

ふだんはとてもおとなしいんです、我が家の猫、コロコロちゃん。

 

元々、外猫だったのです。出会ったのは、4年8か月前、そのときは、まだ生まれて6か月くらいと思われます。

 

うまく室内飼いにできたのが3年4か月前。

 

ただ、そのあと、けっこう苦労が多く、スプレー多発、尿が排せつできなくなり、夜間病院に駆け込んだり。

 

ただ、そのあとは、比較的順調で、ごはんも決められたもので、分量も正確に毎日45グラム。

 

 

かなり安定していたのですが。

 

本日、たまたま仕事が休みで、朝から自宅にいると、何度もトイレに駆け込んでいました。

 

おかしいな、と思いつつ、猫砂をチェックすると、少量ずつ、おしっこはしていました。

 

夜間病院に駆け込んだ時は、朝からトイレに何度も駆け込むものの、排せつできず、しかも、いかにも辛そうな表情でしたが、今回は、そのときほどではありませんでした。

 

とはいえ、心配になり、夕方にかかりつけの病院に電話すると、やはり、連れてきたほうが良いとのこと。

 

これまで外に連れ出せたのは2回だけ。いずれも私の手は流血、コロコロちゃんはスプレー攻撃。えらい目に遭いながらでした。

 

今回はうまくゆくのだろうか。と考える時間もなく、どうやって連れてゆくのか、勘案。

 

これまではキャリーバッグでしたが、なかなか入ってくれない。そこで、小さめのケージがあったので、何気なく用意。

 

 

コロコロちゃん、まだ寝ていました。ぼーっとしているところを抱きかかえ、一気にケージに入れました。入った!

 

扉を閉めたところで、ようやく事態を把握。ふーっとお約束。

 

ケージ上にタオルケットをかぶせると、それほど騒がず。

 

トラップインに成功しました。

 

もう一度病院に連絡を入れ、これから向かいますと伝え、続いて、三和交通のわんにゃんタクシーに連絡。動物病院送迎に配慮いただけるありがたいタクシーサービス(運賃と送迎料金以外追加はありません)で、病院に迎う。

 

1時間ちょっとしてから、診断の結果、今回は膀胱炎とのこと。膀胱炎は、侮れないが、おしっこが出ないよりはまし。

 

ついでながらにワクチン接種、検査のための尿採取。

 

帰りもわんにゃんタクシーに来ていただき無事に帰宅。

 

今後も、いつどうなるかはわかりませんが、今このとき、無事でいられることに、感謝します。

 

ともあれ、本日、たまたま仕事が休みだったことと、たまたま一発でケージに入ってくれたから病院に速やかに連れてゆけたけれど、それ自体が僥倖でした。