皆さん、こんにちは。
いつもありがとう。
2003年度東大日本史本試第3問を考えます。
まず問題を紹介します。
本気で向き合ってみようという受験生は、問題を少なくとも3回は熟読するよう心がけましょう。
問 題(2003東大日本史本試Ⅲ)
次の文章を読んで、下記の設問A・Bに答えなさい。
解答は、設問ごとに改行し、設問の記号を付して記入しなさい。
17世紀後半になると、歴史書の編纂(へんさん)がさかんになった。
幕府に仕えた儒学者の林羅山・林鵞峯父子は、神代から17世紀初めまでの編年史である『本朝通鑑』を完成させ、水戸藩では徳川光圀の命により『大日本史』の編纂がはじまった。
また、儒学者の山鹿素行は、戦国時代から徳川家康までの武家の歴史を記述した『武家事紀』を著した。
山鹿素行はその一方、1669年の序文がある『中朝事実』を書き、国と国の優劣を比較して、それまで日本は異民族に征服されその支配をうけることがなかったことや、王朝の交替がなかったことなどを根拠に、日本こそが「中華」であると主張した。
設 問
A
17世紀後半になると、なぜ歴史書の編纂がさかんになったのだろうか。
当時の幕藩体制の動向に関連させて、3行以内(注:1行30字)で述べなさい。
B
下線部のような主張が生まれてくる背景は何か。
幕府が作り上げた対外関係の動向を中心に、この時期の東アジア情勢にもふれながら、3行以内(注:1行30字)で述べなさい。
*解答解説は、以下で確認してください。
*東大日本史の過去問をとりあげた記事には以下のものがあります。
*掲載順などが必ずしも系統的でないのは,ブログに費やす時間が十分には確保できていないことが原因です。
申し訳ありません。
ただし、物事とは常に、実戦的であろうとすればするほど、予測不可能性を高めていくものです。
うまく活用してください。