ホテルでの2週間の隔離生活、ようやく終了、、、
これまでの話↓
①南アフリカでロックダウン その1ーコロナウィルスってなんだ?
②南アフリカでロックダウン その2-イースター休暇はヨーロッパへ
③南アフリカでロックダウン その3-振り返れば、とっても充実した2月だった
⑤南アフリカでロックダウン その5ーラマポーザ大統領、国家的災害事態を宣言
⑥南アフリカでロックダウン その6ーラマポーザ大統領の言葉は国民に届いたのか?
⑦南アフリカでロックダウン その7ーシュタイナー学校の休校対応(その1)
⑨南アフリカでロックダウン その9ー報道から見るロックダウン下の南アフリカ
⑩南アフリカでロックダウン その10ー南アフリカからもチャーター機飛ぶかも?
⑫南アフリカでロックダウン その12ーシュタイナー学校、遠隔授業(2)
⑬南アフリカでロックダウン その13ータウンシップの子どもたちに食糧の届け物
⑭南アフリカでロックダウン その14ーほんの少しの間、南アフリカとお別れ
⑮南アフリカでロックダウン その15ーエチオピア航空チャーター機の旅(申込みから出発まで)
⑯南アフリカでロックダウン その16ーエチオピア航空チャーター機の旅(出発当日)
⑰日本到着から2週間の隔離生活。 ディスタンス・ラーニング継続しています。
5月10日、ようやく2週間の自主隔離期間が終了しました、、、
成田空港近くのホテル滞在中は一度だけ、一番近くにある成田山新勝寺まで足を延ばしました。春から夏に向かっているこの季節。新緑がとても美しかったです。帰国命令が出てから、チャーター機に乗って帰国までの怒濤の3週間のストレスが、マイナスイオンでほんの少し緩和された感じです。
ホテル生活のストレスは、部屋の狭さと食事。
「ホテル住まいなんて、ホリデーだと思って!」とも言われましたが、ジム、プール、テニスコートも閉鎖されていたので、どうしても運動不足になります。特にやんちゃ男児たちは、ベッドをトランポリン代わりに飛びたがるし、、、枕投げもしたくなるし、、、「静かにして~」と、一日に何回も言わなければいけないこともストレスになる
「隔離」と言っても、そんなに厳しくなく、ホテルの中は自由に行き来できますし、レストラン使用についても禁止されていませんでした。
が、特に海外から戻ってきた人ばかりが宿泊しているホテルのレストランでの食事には抵抗があったので、2週間はホテルに併設されていたコンビニから食糧を調達していました。日本のコンビニのお弁当やお惣菜のレパートリーは素晴らしいですが、やはり飽きますし、添加物が気になります、、、新鮮な野菜と果物が欲しい。
特に、私はなぜ感染症危険度レベル2(まだPCR検査の対象にもなっていない)の南アフリカから、この日本が対応にあたふたしている時期にわざわざ大変な思いをして戻ってこなければ行けなかったのか、そしていつ戻れるのかわからないという悶々とした気持ちを拭いきれないまま過ごしていることがとてもストレスに。マインドセットがなかなか難しい。それだけ、南アフリカでの生活が充実しているということなのかもしれない。ふと南アに行ってから購入した携帯電話に登録されている電話番号を数えてみたら、ざっと300超えていたもちろん、お付き合いの度合いに濃淡はあるけれども、2年半でこんなにも交友関係が広がっていたのには自分でもびっくり。
私のストレス解消は、こうやって文字に起こすこと。もう一つは、アート&クラフトでマインドフルネス。
今回、スーツケースに、裁縫道具や水彩画材なども忍ばせてきたので、子どもたちの勉強の合間に隔離生活中にやってみたのがこちら。
まずは、南アフリカのシュエシュエ生地でマスク作り。
次に、3Dアート。これ、やってみると意外に簡単ではまります。
そして、描きかけで1年近く放っておいた水彩色鉛筆で描いた絵。こうやって見ると、もう少し水を乗せればよかったかも。
普段のバタバタしている生活の中ではとれなかった貴重な時間ですね。
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成田空港近くのホテルを出た日は、奇しくも「母の日」。
ロックダウン前に最後の外食したのが3月24日でしたから、約1ヶ月半ぶりに外食をしました。
ザ・和食で天ぷらに刺身の「口福御膳」。美味しくいただきました。
これから都内のホテルに移動して、南アの空港封鎖が解除されるまで滞在する家探しの開始です。
あー、早く南アに戻りたい