私が定期的に会って話をする人がいました。
私も話すのが楽しみで、会うといつも相談に乗ることが多かったので、知恵を絞っては話をしていました。
でも、実際会う友達には、私の能力については話をしていないので、本当に純粋に人として答えています。
そんな中で、ある時神様が話しかけてこられました。
普段、理由がないのに人との過去世やどのような人であるかは知らされないようにしてくれます。
それは、人間関係において知らない事の方がいい時です。
ですが、その時、神様はその人との過去世での関係を教えてくれました。
私が壮絶な人生を送った時、私をいじめていた人だと分かりました。
その人は嫉妬深く、私を深く嫌っていました。
それが、今、私を信頼し、相談をして喜んでくれている。
私も不思議でなりません。
もちろん、過去世と今では状況が全く違うので、普通に知り合ったらこうなるよなという具合に仲良しになっています。
でも…
なぜ、いじめてきていたと、今さら話をしてこられたのでしょう?
それでも私が優しくできるかを見ていらっしゃるとか?
正直、いじめをしていたその時の人の感覚を思い出すことはできました。
でも、誰もがあの辛い状況だったら心を正しく持つことなんて無理だったと思うから、恨んだりもありません。
そう、人は大変な環境においては常識的に良いと思われる心や行動はできないと知っているからです。
今でいうと、ワンオペの育児で誰も助けてくれない状況下で、まともな精神でいられなくなるとか。
周りから見たら、何でちゃんとしてあけないの?という常識が無理な環境になることだってあるんです。
だから、私はそこを理解しているから、人が悪に染まってしまったりした時、きっと何かしら辛い環境やそうなってしまう状況だったんだろうなと察します。
心から完全に理解はできなくても、誰もがそうなってしまう可能性があると理解しているのです。
そう、私も。
だからこそ、常に良い状態でいられるように、日々のメンテナンスが必要なのです。
それでも、無理な時は無理。
それは仕方ない。
そんな事が起こりうるのが、この世の中なのだから。