極めて興味深い論文が発表されました。本論文はラットの実験ですが、殺虫剤(農薬)の成分であり環境ホルモンでもあるp,p'-DDEの妊娠中の暴露が、子ども、孫、ひ孫の精液所見を低下させることを示しています。過去の環境要因が、その後の世代へ持ち越される可能性を示唆するものであり、世界的に男性の精液所見が低下している一因なのかもしれません。
Hum Reprod 2014; 29: 2512(中国)
要約:妊娠中のメスのラットの妊娠8~15日目(精巣の形成期)に、p,p'-DDEあるいはコーン油(対照群)を投与し、子ども、孫、ひ孫の精液所見、インプリンティング遺伝子(Igf2、H19)とそのメチル化状態(Igf2 DMR2)について調査しました。3世代にわたり、精液所見の悪化(精子数低下、運動率低下)、精巣容積の低下、精細管の萎縮、アポトーシス増加、Igf2低下、H19増加、Igf2 DMR2のメチル化低下が有意に認められました。この変化は、オスを通じて影響が引き継がれましたが、メスを通じての移行は認められませんでした。また、テストステロン(男性ホルモン)の変化はありませんでした。
解説:p,p'-DDEは、有機塩素系の殺虫剤や農薬としてかつてよく使われていたジクロロジフェノキシトリクロロエタンの代謝物であり、環境中に最も残留しやすい環境汚染物質です。p,p'-DDEは、ヒト精巣内に集積がみられる環境ホルモン(内分泌撹乱化学物質)として知られています。p,p'-DDEは、母から子へ、胎盤、臍帯、母乳を通じて移行するとされており、子どもへの影響が懸念されています。一方、環境ホルモンはエピジェネティックな遺伝子変化(遺伝子そのものの異常ではなく、遺伝子を修飾する部分の変化)をもたらし、その影響は子孫へ代々受け継がれていくと考えられ、特に生殖細胞(精子、卵子)により強い影響をもたらすとされています。生殖細胞では、インプリンティング遺伝子の発現のON/OFFが重要ですが、Igf2は父方の、H19は母方のインプリンティング遺伝子として精子形成に重要と報告されています。この2つの遺伝子のインプリンティング異常が乏精子症と関連することが示されています。このような背景をもとに、本論文の研究が行われました。
本論文で最も興味深いのは、妊娠中のメスラットにたった1週間だけ投与した環境ホルモンが、オスを通じて少なくとも3世代にわたり影響が残ることです(4世代以降の検討はされていません)。現在は規制されていますが、かつて使われていた殺虫剤(農薬)の成分が、その後の男児の精液所見に悪影響を及ぼすわけです。文明の進歩は、私たちの生活を便利で快適なものに変えましたが、知らない間に失ってしまたものも多くあるのだと思います。文明は環境や健康への影響を考えずに進歩するもので、環境や健康への影響は後でわかります。すでに取り返しがつかないことになっているかもしれませんし、挽回可能であることもあるかもしれません。便利なものには注意が必要だと思います。
内分泌攪乱化学物質(環境ホルモン)については、下記の記事を参考にしてください。
2012.12.15「環境ホルモンの影響 女性編 その1」
2012.12.19「環境ホルモンの影響 男性編」
2013.1.8「環境ホルモンの影響 女性編 その2」
2013.1.10「☆妊娠中にヘアカラーやパーマは大丈夫?」
2013.2.20「心臓の先天異常は父親の化学物質暴露と関連」
2013.8.13「子宮内膜症と環境ホルモンの関係」
2013.9.27「☆ビスフェノールAは男性ホルモンを低下させる」
2013.12.5「☆ビスフェノールAは卵子の発育を阻害する」
2013.12.19「☆キスペブチンとは?」
2014.2.28「ビスフェノールAの卵子への影響」
2014.3.21「ビスフェノールAの精子と胚への影響」
2014.4.18「☆パラベンの影響は?」
2014.7.17「男性のフタル酸濃度の影響」
2014.9.28「フタル酸で女児の思春期が遅くなる?」
2014.11.4「環境ホルモンは黄体機能不全の原因」
2014.12.5「ビスフェノールAと内膜症」