☆ビスフェノールAは卵子の発育を阻害する | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

ビスフェノールA環境ホルモンの一種です。ビスフェノールAについては、これまで下記の記事でご紹介しました。
2012.12.15「環境ホルモンの影響 女性編 その1」
2012.12.19「環境ホルモンの影響 男性編」
2013.1.8「環境ホルモンの影響 女性編 その2」
2013.8.13「子宮内膜症と環境ホルモンの関係」
2013.9.27「☆ビスフェノールAは男性ホルモンを低下させる」
本論文は、ビスフェノールAは卵子の発育を妨害することを示しています。

Hum Reprod 2013; 28: 2735(米国)
要約:2011~2012年に採卵を行った121名の方から、未熟卵(GV)を352個提供していただき、ビスフェノールA添加の有無での培養成績を検討しました。1人の方から得られたGV卵1つをビスフェノールA無添加で、残りはビスフェノールA(20, 200 ng/mL, 20 μg/mL)を添加し、30時間培養後、卵をクロマチン、チューブリン、アクチンで染色しました。ビスフェノールA濃度の増加に伴い、成熟卵(MII)への発生率が有意に低下し、変性卵が有意に増加しました。MII卵の中では、染色体の分散、紡錘体形成不全、整列染色体形成低下が有意に認められました。

解説:ビスフェノールAは、ポリカーボネート製のプラスチックを製造する際や、エポキシ樹脂の原料として広く利用されています。ポリカーボネートやエポキシ樹脂は現在、哺乳瓶、水道管、食品や飲料品の容器、歯科の詰め物、コピー用紙、レシートの紙などに使われています。これらのプラスチックに紫外線、酸、アルカリ、熱を加えた際にビスフェノールAが溶け出し、環境中に放出されます。それを口にすることでビスフェノールAが体内に入ります。ビスフェノールAはエストロゲン(女性ホルモン)受容体を活性化し、女性ホルモン的な働きを示すため、「環境ホルモン」という名前がつきました。米国では90%以上の方にビスフェノールAが検出されることが知られています(平均 1.56 ng/mL)。また、卵胞液(平均 2.4 ng/mL)や羊水中にもビスフェノールAが存在します。日本では、毒性試験に基づいてヒトに毒性が現れないと考えられた量を基に、2.5 ppm以下という溶出試験規格を設けています。しかし、動物の胎児や産仔に対し、これまでの毒性試験では有害な影響が認められなかった量より、極めて低い用量の投与により影響が認められたことが近年報告され、ヒトでの胎児や乳幼児への影響が懸念されています。現在欧米では、ヒトの健康に影響があるかどうか再評価が行われています。

2008年、厚生労働省は「成人への影響は現時点では確認できない」としながらも「ビスフェノールAの摂取をできるだけ減らすことが適当」と発表し、一般消費者向けの「ビスフェノールAについてのQ&A」を公表しました。その中で、ポリカーボネート製の哺乳びんについて、熱湯を使うとビスフェノールAがより速く移行するので、熱湯を注ぎ込まないこととか、他の材質のもの(ガラスなど)に変更する選択肢があることを記載しています。また、食品缶や飲料缶について、ビスフェノールAの溶出が少ないものへ改善が進んでおり、通常の食生活を営む限りビスフェノールAの曝露は少ないものと思われるが、念のため、毎日缶詰を食べるような食生活はしないようにと記載しています。なお、カナダは2010年、世界で初めてビスフェノールAを有毒物質に指定しました。

これまでの研究では、ヒトへのビスフェノールA暴露により、採卵数減少、刺激周期のE2減少、成熟卵数減少、着床率低下が報告されています。動物では、卵子の発育過程において、染色体の分散による減数分裂途中での発育停止が知られています。本論文は、ビスフェノールAがヒトの卵子発育を妨害することを初めて示したものです。染色体の分散、両極の紡錘体形成不全、整列染色体形成低下など、動物でみられた現象と同様な事が生じています。生体内でも同様な事が起きているかは不明ですが、近年の妊孕性低下の一因として、環境汚染の問題は軽視できないと考えます。

なぜ、このような事が起きるのか、現時点では明らかではありませんが、牛の卵子では、エストロゲンに暴露すると減数分裂停止や紡錘体形成不全をきたすことが報告されています。マウスでは、ビスフェノールAが、卵胞内のCdk4、Ccne1、Trp53遺伝子発現の増加とCcnd2遺伝子の減少をきたすことで、正常な細胞周期を妨害し、閉鎖卵胞にさせることが知られています。また、エストロゲン受容体を介さない経路(GPR30、ERK)による妨害の可能性も指摘されています。

なお、GV卵は未熟のため、通常の体外受精や顕微授精には用いられないため、本研究が可能になっています。未熟卵の体外培養を行うことにより、成熟卵が得られることがありますが、当然採卵後の卵子の老化が起きています。