ビスフェノールAの卵子への影響 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

タイトルを見て読むのをやめよう、だって「環境ホルモンのビスフェノールAなんか関係ない」からと思っていませんか。米国では全体の人口の95%以上の方の尿からビスフェノールAが検出され、血中、卵胞液中、羊水中の濃度は1~10 nMにも及びます。ビスフェノールAをはじめとした環境ホルモンの影響については、これまで何回かご紹介致しました。本論文は、ビスフェノールA添加培養液で卵子を培養したところ、卵子のインプリンティング遺伝子のメチル化異常やヒストンメチル化の変化が生じることを示しています。この事実は環境要因による、卵子の減数分裂の異常や子孫への悪影響を懸念するものです。

Fertil Steril 2013; 100: 1758(ドイツ)
要約:マウス卵子をビスフェノールA(3 nM か 300 nM)添加で前胞状卵胞から胞状卵胞まで培養し、女性由来のインプリンティング遺伝子(Snrpn、Igf2r、Mest)および男性由来のインプリンティング遺伝子(H19)のメチル化、ヒストンH3K9のメチル化、ヒストンH4K12の脱メチル化について検討しました。3 nMのビスフェノールA添加により、卵胞発育が促進され、女性由来のインプリンティング遺伝子のメチル化の異常およびヒストンH3K9のメチル化の減少を認めました。

解説:ビスフェノールAは、ポリカーボネート製のプラスチックを製造する際や、エポキシ樹脂の原料として広く利用されています。ポリカーボネートやエポキシ樹脂は現在、哺乳瓶、水道管、食品や飲料品の容器、歯科の詰め物、コピー用紙、レシートの紙などに使われています。これらのプラスチックに紫外線、酸、アルカリ、熱を加えた際にビスフェノールAが溶け出し、環境中に放出されます。それを口にすることでビスフェノールAが体内に入ります。ビスフェノールAはエストロゲン(女性ホルモン)受容体を活性化し、女性ホルモン的な働きを示すため、「環境ホルモン」という名前がつきました。

ビスフェノールAの濃度が高い方は、体外受精を含め妊娠治療の成績が悪いことが知られています。これは、採卵数減少、刺激周期のE2減少、成熟卵数減少、着床率低下、卵子発育の妨害などが関与すると考えられます。本論文は、ビスフェノールAが卵子のインプリンティング遺伝子異常をもたらすことを新たに示しています。ビスフェノールAが妊娠や妊娠治療に与える影響で良いことはひとつもありません。人類の妊孕性(妊娠できる力)低下の一因として、環境汚染の問題は軽視できません。ビスフェノールAなどの環境ホルモンは、プラスチックの登場とともに世間で広まったわけです。現代の生活にプラスチックは欠かせないものですが、誰もこのような事態を想定していなかったはずです。新しい製品が人体へ及ぼす影響は、長い年月が経ってから判明するわけです。新製品には注意が必要です。

ビスフェノールAについては、下記の記事を参考にしてください。
2012.12.15「環境ホルモンの影響 女性編 その1」
2012.12.19「環境ホルモンの影響 男性編」
2013.1.8「環境ホルモンの影響 女性編 その2」
2013.8.13「子宮内膜症と環境ホルモンの関係」
2013.9.27「☆ビスフェノールAは男性ホルモンを低下させる」
2013.12.5「☆ビスフェノールAは卵子の発育を阻害する」