新しい発見は知的好奇心の充足に心地よいものです。キスペブチンは思春期発来に関係する脳内物質ですが、本論文は環境ホルモンであるフタル酸増加により、思春期発来が早くなることを示しています。「キスペプチン」とは何か詳しく解説致します。
Hum Reprod 2013; 28: 2765(台湾)
要約:2006~2009年に思春期早発症の女性73名と対照群31名の血中ホルモン値、キスペプチン54濃度、尿中のフタル酸濃度を測定しました。全7種類のフタル酸について、思春期早発症で有意に高い濃度を示しました。また、キスペプチン54は思春期早発症で有意に高い濃度を示しました。キスペプチン濃度と思春期の程度あるいはフタル酸濃度に正の相関を認めました。GnRHにより思春期発来を遅らせる治療を行っても、キスペプチン54濃度は高いまま変化しませんでした。
解説:思春期早発症は、第2次性徴(思春期)が異常に早く起きる場合を言います。具体的には、7歳6ヶ月までに乳房がふくらみ始め、8歳までに陰毛やわき毛が生え、10歳6ヶ月までに生理が始まる場合です。思春期早発症の女性は、低身長、乳癌リスク増加、アルコール•タバコ•薬物使用、妊娠中絶などが多くなることが知られています。近年、思春期が早くなりつつあるのは、環境汚染が原因ではないかといわれており、本論文の調査が行われました。本論文は、環境ホルモンであるフタル酸増加により、思春期発来が早くなることを示していますが、ここにキスペプチンが関与していることをきれいに示したものです。
キスペプチン(メタスチン)はKiss1遺伝子産物で、脳の視床下部や生殖細胞で産生されるペプチドです。
1996年:Kiss1遺伝子発見
米国ペンシルバニア州立大学の研究グループが、癌転移抑制能を持つ遺伝子をクローニングしました。「Suppressor Sequence(抑制遺伝子配列)」の頭文字と大学の所在地「ハーシー」にあるハ ーシー社の「Kiss chocolate」からKiss1遺伝子と名づけられました。
2001年:キスペプチン(メタスチン)発見
日本人の研究グループがヒト胎盤抽出物から癌転移抑制因子を見い出し、メタスチン(メタ=転移)と命名しました。これは、Kiss1 遺伝子産物であり、GPR54の内因性リガンドであることが明らかとなりました。
2003年:キスペプチンと生殖の関連が明らかとなる(Kisspeptin→GPR54→GnRH)
GPR54を欠損した人の家系では性成熟が起こらない(思春期が来ない)ことが報告されました。その後、キスペプチンがヒトを含む動物の生殖機能制御の中心的な役割を担っていることを示す証拠が次々と発表され、視床下部からのGnRHホルモンの強力な分泌促進作用をもち思春期の開始に重要であることがわかってきました。性やファーストキスを連想させる「キスペプチン」のネーミングが当を得たものとなったため、メタスチンではなくキスペプチンと呼ばれるようになりました。
最近の研究と将来の展望
メスではキスペプチン産生神経細胞には2種類(視床下部弓状核、前腹側室周囲核か内側視索前野)あり、エストロゲンによってKiss1遺伝子発現が、前者で抑制され(負のフィードバック)、後者で促進されます(正のフィードバック)。さらに、前者がパルス状のGnRH分泌を、後者がサージ状のGnRH分泌を調節していることが明らかとなってきました。パルス状のGnRH分泌は卵胞発育を促し、サ ージ状のGnRH分泌はLHサージを起こし排卵させます。この両者にキスペプチンが関与するというわけです。さらに、キスペプチンはドーパミン産生にも関与することがわかってきたため、プロラクチンの分泌にも影響を与えます。「高プロラクチン血症の際になぜ排卵がおかしくなるのか」答えが見つかるかもしれません。また、膵臓のインスリン産生細胞にもキスペプチンが関与しており、代謝との関連が示唆されます。つまり、「太ったり痩せたりするとなぜ排卵がおかしくなるのか」がわかるかもしれません。妊娠中にキスペプチンは1000~10000倍に増加しますので、妊娠維持や胎児の発育にも関与していると考えられています。
キスペプチンのアミノ酸数には54、14、13、10個の4種類があります。キスペプチンの生理効果を持つ重要な部分(コアペプチド)は、C末端側の10個のアミノ酸からなるペプチド(キスペプチンh10)であり、キスペプチンh10のアミノ酸配列は多くの動物で共通です。このように種を越えて同じ物質が認められる場合、キーポイントの物質である可能性が高いと考えられます。キスペプチンh10がhCGやGnRHaの代わりに排卵のトリガーに使用されるようになるかもしれません。おそらくそれが最も自然の排卵現象に近いのでしょう。
このように、キスペプチンの発見は、生殖内分泌の教科書を書き換えてしまうほどのインパクトの大きなものであり、今後の研究が注目されます。
思春期が早くなると卵巣予備能が低下します(2013.12.7「☆初潮が早いとAMHが低下する?」を参照してください。)ので、環境汚染が原因だとしたら「人類は自らの手で自らの生殖能力を低下させている」ことになります。
環境ホルモンについては下記の記事を参照してください。
2012.12.15「環境ホルモンの影響 女性編 その1」
2012.12.19「環境ホルモンの影響 男性編」
2013.1.8「環境ホルモンの影響 女性編 その2」
2013.2.20「心臓の先天異常は父親の化学物質暴露と関連」
2013.8.13「子宮内膜症と環境ホルモンの関係」
2013.9.27「☆ビスフェノールAは男性ホルモンを低下させる」
2013.12.5「☆ビスフェノールAは卵子の発育を阻害する」