James Setouchi
リルケ『神様の話』 R.Maria Rilke“Geschiteten vom lieben Gott”
1 リルケ(1875~1926)
ドイツの詩人、作家。リルケはハプスブルグ朝オーストリア・ハンガリー帝国の古都プラハに生まれた。プラハはスラブ圏でドイツ人、チェコ人、ユダヤ人が住む町。リルケはドイツ系で、市の上層階級に属していた。父親は軍人だったが鉄道官吏となった人、母親は富裕な商家の出でフランスの血を引くと称していた。リルケは父の意を汲んで軍人の学校に学ぶが退学、プラハ大学、ミュンヘン大学、ベルリン大学などで学ぶ。この間詩や散文の創作を行う。1902年から長くパリ在住。ロダンの秘書をしたこともある。第1次世界大戦も経験。『マルテの手記』『ロダン』などを書く。晩年はスイスのミュゾットの館に住み『ドゥイノの悲歌』『オルフォイスへのソネット』などを完成させる。51歳で死去。1930年代、50年前後にリルケはブームとなった。日本では三好達治や立原道造に影響を与えた。(集英社世界文学全集・世界文学事典の生野幸吉の解説を参考にした。)
2 『神様の話』
1899年、24歳の時の作品。リルケはイタリアやロシアに旅行し触発されこれを書いたと言われる。ロシアやイタリアが舞台の話も出てくる。語り手はリルケらしい作家で、隣の奥さん、先生、足の悪い友人、家主のバウムさんら大人に対して、「子供たちに伝えてください」として様々な話を語る。「神様の手の話」「未知の人」などなど十いくつかの話だ。その中で語られるのは、文字通り「神様の話」。神様がいろいろな形で人間界のあちこちに存在し、働く。人間は神様を探り、神様を感じ、神様を待つ。人間の為すべき努力もある。リルケがここで描く神様はカトリックか、プロテスタントか、スラブ的な何かか、あるいは汎神論的な何かか、ここで厳密に判定することはできない。出てくる話の多くは民話的であり、はヨーロッパの各地で伝承された民話に出てくる民間信仰における神様のイメージはこうだったのか、との印象を持つ。リルケがどこかで得た題材をリルケなりに語り直しているのかもしれない。いくつか紹介する。素朴な信仰心を謳ったのではないかと思えるものもある。が、そうではないと感じられるものもある。
「正義の歌」では語り手は足の不自由なエーヴァルトに向かって語る。ロシアの男たちが歌うたいの老人の歌につき動かされ圧政を打倒するために武器を取って立ち上がる話だ。エーヴァルトは言う、「『この歌うたいの老人が神様だったんですね』『なるほど、それには気がつかなかった』と、わたし(語り手)は、ふるえながら言った。」で結ぶ。歌には人を戦闘に駆り出す力がある。歌を聞き、これこそ神の意志とばかり男たちが奮い立ち戦闘に向かっていく場合があるが、そこに本当に神様はいるのか? 人々が誤認しているだけではないのか? リルケはそう問うているかのようだ。
「暗闇に語られた話」では、語り手は暗闇に向かって語る。ラースマン博士は故郷に戻り幼馴じみのクラーラと再会する。クラーラは苦難の後、「いたるところに神様の息吹きがありました。」という心境に至る。「今は、ときどき思うんですのよ。神様はこれから存在するんだろう、と」博士は言う、「あなたはすばらしい人を待っているのです。神様を。あなたは、その人が来るだろうということを知っています。ーそこへ偶然わたしがやってきたというわけなのですねー」
この『神様の話』はリルケの青年期の作品であり、大きく言って神様への信仰が語られているが、リルケはその後曲折を経ることになる。
3 付記:有名な「秋(Herbst)」という詩は、27歳でパリに出てすぐ作った詩とされる。冒頭は“Die Blatter fallen,fallen wie von weit,(木の葉が落ちる、遠くから落ちるように)”。落ちるのは木の葉だけではない。地球も落ちる、万物も落ちる。そして末尾が“Und doch ist Einer,welcher dieses Fallen/Unendlich sanft in seinen Handen halt.(そこには一人の人がいて、この落下を/限りなく優しくその手に受け止めるのだ。)”
(ドイツ文学)ドイツだけでなくオーストリア、チェコなどのドイツ語圏も含めて、ゲーテ、シラー、ヘルダーリン、グリム兄弟、ハイネ、ハウプトマン、ゲオルゲ、リルケ、マン、ヘッセ、ブロッホ、カフカ、ブレヒト、レマルク、ケストナー、グラス、エンデら多数の作家・詩人がいる。ドイツ文学に影響を受けた人は、森鴎外、竹山道雄、立原道造、安部公房、三島由紀夫、中野孝次、北杜夫、古井由吉、柴田翔、村上春樹、多和田葉子ほか。(なお、ドイツと言えば、ルターら宗教者、カント、ヘーゲル、マルクス、ニーチェ、ハイデガー、ヤスパースら哲学者、ウェーバー、ハーバーマス、ルーマンら社会学者も有名。また、バッハ、モーツアルト、ベートーベン、ワーグナーら音楽家も有名。)