James Setouchi
2026.5.30
スポーツ各論8 水泳
笹川スポーツ財団の「水泳」という項目によれば、
「水泳は古代から存在し、古代エジプトや古代ギリシャ、古代ローマの時代から文献や壁画にその描写が見られます。古代オリンピック競技のひとつとしても水泳が行われていたことが知られています。
近代の水泳競技の始まりは、18世紀後半から19世紀初頭にかけてのヨーロッパでの海水浴の流行と関連しています。19世紀中頃には、水泳競技が公式なスポーツとして認知され、各国で競技会や大会が開催されるようになりました。
水泳競技の国際的な統括団体である国際水泳連盟(FINA)は1908年に設立され、世界的な水泳競技の発展に貢献しています。FINA主催の水泳世界選手権やオリンピック競技の水泳競技は、世界的な注目を集める大会となっています。
日本でも古代から水泳は行われており、古事記や日本書紀には、神話や伝説の中で水泳に関する記述が見られます。
近代の水泳競技は、明治時代に西洋の文化が導入される中で発展しました。1873年には、東京の芝浦海岸で日本ではじめての水泳大会が開催されました。その後、水泳競技は学校教育やスポーツとして普及し、競技人口が増えていきました。
日本水泳連盟は1924年に設立され、日本の水泳競技の発展に寄与しています。日本の水泳選手は国際大会で多くのメダルを獲得し、世界的にもその実力を認められています。」のだそうだ。
日本では、海の民が多いので、魚や貝をとるために、泳ぐ、潜るなどのことをするのは、古来行われていただろう。
『魏志倭人伝』のマツロ国の記述に「又、一海を渡ること千余里にして末盧国に至る。四千余戸有り。山海に浜して居す。草木茂盛し、行くに前人を見ず。魚鰒を捕るを好み、水の深浅無く、皆、沈没してこれを取る。」とある。済州島の海女が日本列島各地の海女(伊勢志摩や東北の「あまちゃん」の海女)と繋がりがあることは想像に難くない。私の友人は島の出身で、子どもの時から何メートルも素潜りをしてサザエを拾っていたと言っていた。
武士の時代には、甲冑を着ての泳法があった。小堀流踏水術は学習院初等科で教える。甲冑は十数キログラムあって、水を吸ってさらに重くなる。それを着てやるのだろうか? まさかね? また、水府流古式泳法は開成で、神伝流古式泳法は日比谷高校で教えると言うが本当か?
漱石『こころ』の先生は、冒頭で鎌倉で海水浴をしている。海水浴は西洋渡来の風俗で、鎌倉の海岸には西洋人もいる。若い「私」はそこで先生に出会う。
海軍や商船の人は当然遠泳ができないといけない。今も東京海洋大学や海上自衛隊ではかなり泳がせる(はず)。但し生き延びるためには、着衣のまま泳ぐことが大切だろう。
スポーツとしての水泳競技も(陸上競技などと同様)人間のナマの暮らしに根ざしつつ、しかし、その動きを特殊化してスポーツとして取り出したものと言える。
五輪などの競泳大会では、特殊な水着を着て0コンマ何秒を競い合う。あのように理想的なプールで、理想的な水着で、0コンマ数秒を競い合って、表彰されるなど、日常生活にはない。
特にわからないのは、バタフライだ。あれは(私ができないだけなのかもしれないが)、かなり無理のある動きではないか? どうしてあのような動きをしているのか?
クロールは、短い距離を早く移動して人命救助するには、いいかもしれない。遠泳には、平泳ぎ、横泳ぎ、立ち泳ぎなど。背泳ぎも、ラッコのように浮かんでゆっくりやるのなら、わかる。でも、バタフライは、わからない。
プールと海も違う。海は流れがある。潮の流れに逆らって泳ぐのは難しい。潮の流れを読みうまく潮に乗って泳ぐのがよい。
海難事故などで助かるためには、着衣のままで、船が沈没したときに渦に巻き込まれてもうまく呼吸して浮上し、あとは漂流物につかまって長時間(何十時間も)浮かび続ける力が有効だろう。(海上保安庁などでどう教えているか知らない。正しくはそちらに聞いて下さい。)
もうひとつ、サメから身を守るには? これを学校で教えるべきでは?
これらのことの方が実生活に役に立つのであって、純粋な水泳競技で競い合うことは、実は実生活の役にあまり役立たない。
なお、アーティスティックスイミング(シンクロナイズドスイミング)という競技があるが、水中で逆立ちをして奇妙な動きをする。ほとんど苦行・ガマン大会に見える。あんなことをしなければならない理由が分からない。しかも監督が随分怒り倒していた。あれはひどい。(私の知る人でシンクロ(当時の呼称)をやっていた人は、実にいい人だったが・・)男子シンクロをやる高校は少ない。全国大会への近道だ。サブカルで『ウォーターボーイズ』という映画があった。
水球という競技がある。水球をやっている学校は少ないので、これも全国大会への近道だ。いわゆるブルー・オーシャンである。サッカーや野球で全国大会に行くのは、ライバル校が多く、厳しい。いわゆるレッド・オーシャンだ。全国大会出場を宣伝したいのなら、ブルー・オーシャンの種目を選ぶといい。西日本ならスキー、東日本なら女子水球? 是か非か。
高飛び込みはどうなのか。実生活で飛び込む場面があると大変だ。少なくとも、あのように美しく回転しながら跳びこむことは、実用的でない。
私は子どもの時夏休みは毎日海に泳ぎに行った。大学時代以降は少し屋内プールで泳いだが、あまりきれいだと思わなかった。屋内は広々としていないので気が晴れにくい。音も反響してうるさい。プールまで出かけるにも時間がかかる。今の海は汚いので泳ぐ気がしない。
高齢者がプールで歩くのはいいが、感染症は大丈夫か。コロナ以来学校のプールは閉鎖したりしている。
水泳はハードな全身運動なので、ジョギングやマラソンと同じく、配慮してやらないと、突然死のリスクが高い。「若い頃やっていた」記憶はあっても「体はすでに衰えている」のだから、急にやらず、少しずつにするべきだ。
なお、われらが大江健三郎が、子どものころは谷川で泳ぎ、大人になってからはプールで泳いで体力を増進したことは、有名である。『泳ぐ男』という短編小説がある。「ヤバイ」内容があるので純情な青少年にはあまりお勧めしない。