James Setouchi
2026.10.14
堤未果『幸福による絶対支配 ハクスリー すばらしい新世界』
NHK100分de名著R8(2026)年9月テキスト
1 堤未果
国際ジャーナリスト。国連、アメリカの村証券等を経て現職。『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命』『ルポ 貧困大国アメリカ』『デジタル・ファシズム』『堤未果のすばらしい新世界』など。Web番組『堤未果のアンダーワールド』配信中。(NHKテキストの著者紹介から)
2 オルダス・ハクスレー Aldous Huxley 1894~1963
イギリス屈指の名門の家に生まれる。一族は優秀な科学者一家。自身は目を煩い文学の道に進む。『すばらしい新世界』は1932年、38才頃の作。(NHKテキストの紹介から)
3 ハクスリー『すばらしい新世界』 堤未果による解説
・私(JS)は『すばらしい新世界』をずっと昔、十代の時に読んだ。学校の先生が紹介して下さったのだ。(当時の学校の先生はすごかったですな。)読んで強いインパクトを受けた。十代の私にも「すばらしい」が逆説で皮肉だくらいは当然分った。ここで描かれる近未来の管理社会は恐ろしいと感じた。
今回改めて堤未果の解説でこのNHKテキストを読んで、『すばらしい新世界』の内容を思い出しつつ、現代の問題と具体的に考え合わせることができた。ハクスレーに対する堤未果の解釈が正確かどうかは、今回検証していない。なお、堤未果の本は『ルポ 貧困大国アメリカ』シリーズを始め、数冊読んだ。
以下、堤未果のNHKテキストに沿って、不正確ながら、いくつかの内容と感想を書き出してみる。(NHK放送は残念ながら見逃した。)
・世界三大ディストピア小説は
ハクスリー『すばらしい新世界』1932・・個人の快楽による支配
オーウェル『一九八四年』1949・・・・・恐怖による支配
ブラッドベリ『華氏451度』1953・・・・無知による支配
・ハクスリー一家は科学者の名門一族。祖父は「ダーウィンの番犬」と呼ばれた進化論者。長兄がイギリス優生学会の会長。異母弟はノーベル生理学・医学賞。父は編集者で作家。本人オルダスは名門イートン校在学中に病で失明の危機にドロップアウト、文学の道に進む。優生思想(当時強力だった)の信奉者一門の中で、「内部告発者」となった。
・「新世界」の管理社会では、人びとが深くものを考えないよう、歴史・文学・芸術は排除されている。だが、走り続ける私たちが行き着く未来が、幸福か破滅かを決めるものは、何か? それは、哲学だ。答えがでなくても問い続けることに意味がある。AIに駆逐されることに脅える私たち人類に残された最後のよりどころだ。
・・(JS)哲学だ、と言うとき、官製イデオロギーで社会を支配しよう、というのではない。国民道徳論や国家神道で洗脳すればいいのではない。あれ、おかしいぞ、本当かな? とめいめいが考える自由が大切だ、と堤は言っている。
・ハクスリーはこの小説で、管理された幸福よりも、自由や尊厳を重視すべきではないか、という視点を提示した。
・この時代にエリート知識人たちが理想とした社会モデルは、実は「幸福という名の専制政治」になりうる危険性を、ハクスリーは描き出した。
・この物語の舞台は、フォード紀元632年。西暦なら2540年。フォード紀元は、アメリカの自動車王ヘンリー・フォードが大量生産のT型フォードを世に出した1908年を元年とする。この「世界国家」三大モットーは、「共同性、同一性、安定性」。効率化と生産性が社会のあらゆる領域を支配して、あたかも宗教のようになった未来だ。
・人間は胎児になる前から国家によってアルファからエプシロンまでの五つの階級に分けられている。支配階級はアルファとベータで、それ以外は人為的に成長阻害処置を施され、知能と身長が低く設定され、96人のクローンへと大量生産される。彼らは鉱山や化学工場などで働くのに最適化される。自由性愛が肯定され、恋愛も結婚も一夫一婦制もなく、嫉妬も独占欲もない。「父親」「母親」という概念も猥褻な響きを持つ卑語とされる。卵子採取のための生殖機能を持つ一部の女性たち以外は避妊処置をする。人びとは自分の階級に満足し、他を羨んだりしないように設定されている。「老い」もないようにコントロールされている。甘美な「ソーマ」は多幸作用・麻酔作用・心地よい幻覚作用をもたらしてくれる。
・保育士レーナはベータ階級だ。彼女にバーナードは秘かに思いを寄せる。バーナードはアルファ・プラス階級でいながら、胎児の段階でガンマと間違われ大体血液にアルコールが投入されたせいか、発育不全になった。彼はコンプレックスに苦しみ、疎外感を抱いている。彼の唯一の友だちは、同じアルファ・プラス階級のヘルムホルツ。彼は人びとの感情を左右する技術者として触感映画の脚本を書いている。
・「野蛮人居留地」には、世界国家の管理が及ばない人びとがいる。そこは不衛生で、「老人」がいる。文明社会では30才くらいの若さを保ち続け60才で急死するよう設計されているが、ここ「野蛮人居留地」には「老人」が「いる。ここには「母親」もいる。レーナは驚く。
・「野蛮人居留地」には、偶発的な事故でたまたまここに住むようになった文明側の女性リンダと、その子ジョンがいた。ジョンは文明側の人間だが、この「野蛮人居留地」で育ち、シェイクスピアを読む。
・バーナードはジョンとリンダを文明社会に連れ出した。リンダはソーマ漬けになり、ジョンはもの珍しい見世物にされてしまう。
・ヘルムホルツは、アルファ・プラス階級で、プロパガンダの仕事をする超エリートだが、この新世界の歪みに気付き、秘かに悩んでいた。ヘルムホルツとジョンは、シェイクスピアを通じて意気投合する。
・レーナはジョンに興味を持ち、文明社会では当然とされる自由性愛を行おうとするが、ジョンは人間の尊厳を大切にするため、同意しない。その人間らしくあろうとする行動を、レーナは理解しない。
・リンダは文明社会に帰還したが、ソーマ漬けになった挙げ句死んでいく。ジョンは母親の死に嘆き悲しむが、文明社会の子供たちや看護師たちはその痛みを理解しない。
・ジョンは人びとに「君たちは奴隷でいたいのか?」と問いかけるが、人びとは理解しない。この文明社会の支配ステムを支えているのは、支配されている彼ら自身だからだ。
・堤未果は言う、私たち一人一人が、与えられるソーマを意識的に拒否する、自分たちの食べる物や仕事、教育などを、アルゴリズムの最適化から切り離す瞬間を、少しずつでも生活の中に取り戻すことが、大切だ。快適さを拒否してもなお、心の中に静けさを保ち、自分自身で選択し続けられるか。
・世界統制官ムスタファ・モンドは、今の世界は安定している、みんなは幸福だ、実はフォード紀元141年に「九年戦争」が始まり悲惨な事態となった、力による弾圧が有効でないと知った世界統制官たちは、対外発生・条件付け教育・睡眠教育を用いて「理想の管理社会」を完成させた、ここには芸術もないが血みどろの戦争もない、と語る。ジョンは、人間には苦しむ自由も必要だ、と言い返す。
・・(JS)ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』の「大審問官」にも、パンか自由か、の議論がある。私はパンも自由も必要だ。孔子は「食糧を後回しにしてでも民の信頼を優先する」と言った。孟子は「恒産なくして恒心なし」と言った。「民の信頼」「恒心」と「自由」は必ずしも同じではないが・・?
・ヘルムホルツとバーナードは島に流刑となる。そこは知的システムになじめず隔離された知的異端者の集まる場所だ。そこは禁じられた真実を追求し再び語り合える場だった。
・ジョンは、廃墟に隠れ住み、文明生活でついた汚れを落とそうと、自らの体を鞭打ち始める。人びとはそれを笑って見物する。ジョンは絶望し自死してしまう・・・
・ジョンは、自分の幸福と不幸を誰か他の人に決められることを拒否した。自分の頭で考え、自分の心で悩み、自分の手で自分の人生を選ぶことこそが、ジョンにとって「幸福の定義」だった。
・ジョンは悲劇に終わったが、作者ハクスリーは、のちに第三の選択肢を考えていた。1946年には、一種の「協同組合的体制」を語っている。
そこでは、「最大多数の最大幸福」よりも、一人一人による、人間としての「最終目標」である自由な追求が優先される。そこにはピラミッド(ヒエラルキー型の階級構造)はない。みんなが平等で、なおかつ自由な一個人だ。結果として最大幸福が実現される。
ハクスレーは、科学技術が発達した時代においては、効率的な全体主義国家、すなわち、強大な権力を持つ政治的ボスの小集団とそれに奉仕する事務方とが、隷属を愛し強制されなくとも働く奴隷の大集団を管理する国家ができる、と憂えた上で、権力を分散し、応用科学を、自由な諸個人からなる社会をつくるために利用する道をめざすべきとした。
・ハクスリーは言う、真に革命的な革命は、外の世界ではなく、人間の魂と肉体の内側で起こる、と。
・以上がハクスリー『すばらしい新世界』の大体の内容だが、これについて、堤未果は、現代の諸様相がまさにこの作品世界と照応していることを、豊富な例を用いて語る。
例えば、
医療技術によるデザイナーベイビー、
イーロン・マスクなど一部のエリートの主張する、知能の高い人間の子を増やしていこうとする営み、
富裕層による肉体の冷凍保存、SNSによる人びとの意識の支配、
人工子宮の開発、
スマートウォッチやスマートバンドによる労働者管理システム、
絶えず消費を促す感情管理ビジネス、
アンチエイジングと安楽死法制化議論の共存、
世代を超えた手仕事の喪失、
文学や哲学や芸術の消失、
「ヤバい」「エモい」のワンフレーズですませる風潮、思考の貧困化、
人びとを愚民化する3S(スポーツ、セックス、スクリーン)などなど。
・堤未果は、テキストの末尾で、アレクサンドル・チャヤーノフの『農民ユートピア国旅行記』を紹介する。ソ連の作家で、スターリンに反革命として粛清された人物だが、「協同組合」を基本とした未来の農民共和国を描いている。そこは社会主義体制ではなく、農民民主主義体制だ。芸術が価値を持ち、「お互い様」が倫理の基盤となっている。
・・(JS)ここで私は、宮沢賢治の羅須地人協会や農民芸術論を思い出した。また、二宮尊徳を継承する報徳講の報徳思想も。