James Setouchi

2026.4.14(火)

 

『孟子』18 誠は天の道にして、誠を思うは人の道なり。   離婁篇上12

 

1孟子曰く、「下位に居りて、上に獲(え)られざれば、民得て治むべからざるなり。

2上に獲らるるに道有り。友に信ぜられずんば、上に獲られず。

3友に信ぜらるるに道有り。親に事えて悦(よろこ)ばれずんば、友に信ぜられず。

4親に悦ばるるに道有り。身に反(かえり)みて誠ならずんば、親に悦ばれず。

5身を誠にするに道有り。善に明らかならずんば、其の身に誠ならず。

6是の故に、誠は、天の道なり。誠を思うは、人の道なり

7至誠にして動かざる者は、未だ之れ有らざるなり

8誠ならずして、未だ能く動かす者有らざるなり。」と。

 

(語句)

1下位に居りて上に獲られず:臣下の身で君主に信任を得られない。

4身に反(かえり)みて誠:わが身を省みて「誠」がないならば。「誠」とは何か? は大問題。(後述)

5善に明らか:是非善悪を明確にわきまえる。

6誠は、天の道なり。誠を思うは、人の道なり:有名な科白。『中庸(ちゅうよう)』には、「誠は天の道なり。之を誠にするは人の道なり。誠は、勉めずして中(あた)り、思わずして得、従容(しょうよう)として道に中る。聖人なり。之を誠にするは、善を択(えら)びて固く之を執(と)るなり。博く之を学び、審(つまび)らかに之を問い、慎みて之を思い、明らかに之を弁じ、篤く之を行う。・・・」(『中庸』第11章)とある。ここの部分は『孟子』が先で、『孟子』から『中庸』は取って後からつけ加えた(金谷治)。『孟子』『中庸』は朱子学では最重要テキストとされた。江戸期にも随分読まれた。明治以降旧制中学や新制高校の校訓で「誠実」を掲げるところも多い。だが、「誠実」とは一体何か?(後述)

 

(訳)

1孟子が言うには、「下位の臣下の身で、上の君主に信任を得られないならば、民を治めることはできない。

2上の君主に信任されるには方法がある。友に信じられないならば、上の君主に信任されない。

3友に信じられるには方法がある。親につかえて喜ばれないならば、友に信じられない。

4親に喜ばれるには方法がある。わが身に省みて「誠」でないならば、親に喜ばれない。

5わが身を「誠」にするには方法がある。是非善悪を明確にわきまえないならば、わが身を「誠」にできない

6この故に、「誠」は、天の道である。「誠」を思うのは、人の道である。

7こちらが「至誠」であって動かない相手は、いまだかつてないのだ。

8反対に、こちらが「誠」でなくては、どんな相手でも、動かすことができた相手は、いまだないのだ。」と。

 

(コメント)

 是非善悪を明らかに知り、「誠」となり、親に喜ばれ、友に信じられ、そうして上の君主に信頼されて、民を治めるに至る。こういう順番で孟子は考えている。いきなり高度な政策を技術として提示するのではなく、まずは是非善悪を明確にわきまえてわが身を「誠」にする、親や友からの信頼を得るなど、人間としての徳がまずは大事だ、と孟子は言う。「政策通」のテクノクラートなら人間性はどうでもいい、ということにはならない。

 

 あまりにも有名な箇所なのでつい口ずさんでスルーしてしまうが、立ち止まって考えれば、いくつか疑問がある。

①     是非善悪を明らかに知り、わが身に「誠」となる、の意味が分かりにくい。

②     また、「この故に、誠は天の道なり、誠を思うのは、人の道だ」という「この故に」の順接の論理が分かりにくい。よく聞く文言だが、どうしてここは「この故に」なのか?

③     当方が姿勢であれば相手は必ず動くし、当方に誠がなければ、相手を動かすことはできない、というのも、力強い宣言としては構わないが、本当にそうか? そもそも「誠」とは何であるか? 律儀に約束を果たして誠実だ、というレベルではどうやらなく、「天の道」と言われるほど巨大なもののようだ。

 

 これらについて少しく考えると、

①     ここの「誠」は、是非善悪を明らかにして始めてわが身が「誠」になるというのだから、是非善悪の中味の学習(でなければ直覚?)があって始めて「誠」になる。ただただ真面目で嘘をつかないというレベルではない。何が善であるか? この特殊な状況において何を選ぶことが善か? 一人の人間としても一国を預かる為政者としても、何が善か? を、人類史の膨大なデータの中から最適解をさがし新しいアイデアを発想して選択決断することは、そう簡単ではない。これを明察し判断する経験や知識の蓄積(または直覚力?)、つまり総合的な明察知が必要だ。これがあってはじめてわが身が「誠」になる。

②     「誠」になるためには是非善悪をわきまえる必要がある、「この故に」「誠」こそは天の道だ、このように孟子は言う。・・やはりよくわからない。「この故に」は前の文だけでなくここまでの全文を受けるとしても、やはりわからない。・・「誠」は天の道で、人間にそう簡単に実現できることではない、が、この「誠」に至ろうと思い努力するのは人間の道だ。そう考えているとしたら、わからないでもない。(「誠」は人間にそう簡単には実現できない巨大な価値あるものだが、同時に人間はそこへ向けて努力し続けるものだ、という考えの枠組みを表明したのだろう。)だが、是非善悪をわきまえる必要があるから「この故に」「誠」は天の道だ、という順接の論理がよくわからない。

③     そこまで巨大な「誠」であれば、相手も納得し感動して動いてくれるのだろう。日本人のモーレツ営業マンお得意の「ただただ真面目に熱心にお願いに行く」といったレベルの話ではない。また「大所高所から大局を見て全体として良ければ一部の者にシワヨセが言っても仕方がない」というレベルでは、まだまだ「天の道」とまでは言えまい。(梁の恵王と「五十歩百歩」だ。)「天の道」であればどの一人にも満足のいく政策が出せるはずだ。だが「天」ならぬ「人」はそこには簡単には至れない。それでも極力そこに近づけるよう努力をすることはできる。努力するしかない。孟子はそう言いたい。このような解釈でいいだろうか?

 

 それにしても、こちらが「誠意」を尽くしても相手が動くとは限らないのが自分たちの経験だ。我々の「誠意」が足りないのだろうか? 我々日本人の日常用語の「誠意」が、孟子の考える「至誠」「誠」から逸脱しているのか? 恐らく両方だろう。

 

 アメリカが「誠意」を尽くしてもイスラエルがうんと言わないかも知れない。イランが「誠意」を尽くしてもアメリカがうんと言わないかも知れない。相手を動かすのは簡単ではない。だが「天の道」と言えるほどの「至誠」であれば、相手は必ず動く。孟子はそう言っている。孟子は、楽観的に過ぎるだろうか。他者が他者であることが見えていない。どこかで中華世界の価値観を共有する相手だからいつか話が通じると思っている。そうかもしれない。だが、今は対話ができなくても価値観が全く違っていても、互いに「誠」を尽くし付き合ってみれば、動くものがあるかもしれない、という未来への見通し(期待・希望)を述べたものと考えれば、わからないでもない。もちろん自分も「明察の知」によって変わらなければなるまいが、相手も同じく変わり、同じ土俵で(世界で、地球で)ともにやっていくことができるはずだ。価値観も言語も違う相手とは、対話不可能、と断定して済ませるのではなく、それでもなお共に生きていけるすべを探る。その期待・希望(信念)の宣言だと解釈すれば何とかわかる。今でも通用する。(当時戦国時代も異民族の国もあり、一種の国際社会だった。)(現状を見ていると、強力な武器を持ってしまうと安易にそれに頼ろうとするから、やはりダメだね。とりあえず難しいことはいったん棚上げして、お互いのために最低限、人が死なないようにしようや、で合意すべきだろうが。2026.4.14)

 

 吉田松陰は、本節の原理の歴史上の具体例が、次節の文王の事跡だ、と解釈している(『講孟余話』)。そう取るならば、文王は「至誠」であったからこそ伯夷や太公の心をつかみひいては天下の大勢を動かした、となる。だが、文王・武王は「至誠」を持って天下の大勢を動かしたが、紂王その人を改心させることはできなかった。ここは、文王・武王の「至誠」にも至らぬところがあった、ということになるのだろうか? 先学はどう解釈しているのか?

 

 もしかしたら、価値観の違う同士が出会う国際社会では、ただひたすら熱心に実意を持って自己の主張を訴えるのではなく、今はいったん自己の主張を取下げて、相手と共通の土俵を探り、そこまで後退して妥協する知恵の方が有効かも知れない。自己の論理や信念に忠実でありさえすれば「至誠」に至るのではない。全然違う。もしかしたら、この知恵(自己の論理や信念、世界観、価値観をいったん取下げてみる)を含めて「善に明か」にして「至誠」と孟子は考えていたのだろうか? 「天の道」であればそこまで明察できる。人間は天ではないから必ずしも完全にはできない。・・論理的にはそう片付けざるを得ない。日本人の日常用語でしばしば言うところの、「自分の信念に忠実にひたすら熱心に一つのことを長時間かけて訴え続ける」のが「誠」ではない、ということになる。新選組と尊攘派はいずれも「自己の信念に誠実」だったが大きな「至誠」には至っていなかった、ということだ。

 

 なお貝塚茂樹は、上役の気に入る者は同僚に気に入られない、友人に人気の有る者は親に気に入られないことが現実にはあるとし、「現実には不可能なことを可能にする意志力こそ誠の本質」だろうが、「これは誠つまり善意の支配を信ずる孟子の心情とは相容れぬことになるであろう」と孟子の論の矛盾を指摘している。(『孟子』講談社学術文庫211頁)貝塚茂樹という碩学の前で小さい声になってしまうが、(1)「現実には不可能なことを可能にする意志力こそ誠の本質」とする解釈は、私たち日本人の日常用語としての「誠」に引きずられているような印象がある。(2)人間が努力するのは人為、「誠」が支配するのは自然、人為と自然が連続しているはずだ、というのが、孟子の信仰告白であり形而上学だった、人間の努力で不可能を可能にしようと理想主義的な見通しを述べて自他を励ました、しかしそこには論理の飛躍がある、と言うのならわかる。大きく言えば朱子学的枠組みで孟子を解釈した上で、人為と自然が連続するとするのは論理の飛躍ですね、ということか。だが、朱子学的枠組み(天と人、自然と人為が連続している)で孟子を解釈して、はたしてよいものか? 孟子の時代の天と人の相関について厳密に知らない。(孟子よりやや後の荀子は「天人分離」思想だった、漢代の経学は神秘主義をはらむ「天人相関」説だった、と戸川芳郎氏は書いている。(『古代中国の思想』放送大学出版協会1985年、46・48頁))

 

 付言ながら、「下位の臣下の身で・・」と語り出したが、為政者自身も「誠」を思い努力を続けよ、と孟子は為政者をも念頭に置いて言っているにちがいない、とつけ加えておこう。部下にのみ誠実さを要求し(軍人勅諭を見よ)、リーダーたちは大嘘で固めていた(大本営発表を見よ)旧軍隊は、「誠」不在だった、孟子が見たら激怒するだろう、と付言しておこう。今のリーダーたちはどうかな?

 

 本ブログ「日本の思想」→「誠の思想」(2024.10.1にアップ)参照。