YouTube動画【歩行解体新書(前編)】
[ザノースフェイス] Creston Hike WP スモーキーブラウン/スモーキーブラウン 10Amazon(アマゾン)① カカトから着いて正解歩いて交互に出される足。はたしてその前足は、どこから地面に着くのが正解なのでしょうか。そもそもは「カカト、小趾球、母趾球の順」という教えがあって、すなわち『歩行はカカトから着いて行く』というのが一般的にも専門的にも常識でした。しかし最近は「つま先が先」、あるいは「足のウラ全体で着く」が良いという意見が出てきて、つまりは「カカト着地」を否定する声が多くなったのです。「足ウラ全体着地」や「つま先着地」を上手にすると、カカト着地をした時に比べて身体が前に多く出ます。「歩幅」よりも、「身体の移動」が大事、という事ですね。しかしこれらはあくまでもエクササイズの一つ。「歩行」ではありません。歩行はカカトから着いて行きます。「歩行」とは何なのでしょうか。解説していきます。② 物理的な視点ここで少し物理的な視点になって頂きます。「物が前に倒れる」という事。これが起きる条件は一つしかありません。その物の「重心」が、その物の「支点」よりも前になった時です。「直立二足歩行」は四つ足の歩き方と違って、この「倒れる物理」を活用して前進するように仕込まれています。そしてこの物理要素を使わない歩きほど「悪い歩き方」あるいは「衰えた歩き方」と判断する事もできます。人が動く事を、筋肉や神経じゃなく「重心」で説明してしまう事に抵抗があるかも知れません。『重心だとか支点なんてのがどうだろうと人を動かすのはしょせん筋肉。重心が動かなくても、足はいくらでも前に出せるじゃないか』と。「支点」とは、みんなが重力に引っ張られて行く方向にストップをしたその場所です。そしてなんにでも必ず「バランスのポイント」が一カ所あり、そこを「重心」と言います。「重心」が「支点」の右にズレていれば右に転がるし、「支点」が「重心」の右にズレていれば左に倒れる。「運動神経がいい」とか「バカ力」とか、そういう人は倒れずに済むかと言えばそれは無い。歩く時、重心を動かさなくても足は前に出せます。『じゃあどうして進めないんだ』と言うと、前足を着いてからの後ろの足を、地面から離すことができないからです。ここに2つの体重計に乗った僕がいます。おもりを持って丁度80キロになる様にしました。この80キロが両足に分散しており、2つの支点で自分を支えている状態です。身体を動かせば体重計の針も動きますが、その偏りは「見かけの動き」でなく「重心」の位置に従っている事が分かります。表面的な姿かたちでなく、「重心」で動作を追って行く目線になってきたのではないでしょうか?想像して下さい。80キロの僕が右足75キロ左足5キロの配分で立った時、右足75キロを保ったまま左足を上げて留まる事はできるでしょうか。僕の体重は80キロでなければいけません。残った足の体重計が75キロのまま、持ち上げた5キロがどこかに有耶無耶にできるほど現実はいい加減ではありません。「1キロくらいなら平気」という事も無い。こういう事が無理だからこそ、得点を争ってシノギを削るスポーツの競技が成立できるわけです。歩こうとしても、両足に体重が僅かでも分散しているうちは、地面から足を上げれません。上げれるけれども倒れます。体重の残っている後ろ足を、蹴って反動を使えば離せますが、結局それも「重心を前足に移す行動」をしただけです。「重心」が片足に揃ったから離せただけ。「動作」とは即ち「重心への対応」が表れたものです。歌を歌う事でさえ、身体がしているのは重心と支点を揃える行為。余談ですが、「重心移動」と「体重移動」が同じな事も、ついでに理解できたと思います。「体重」とは「重心の位置が表れたもの」です。『体重は移動しているんだけど重心移動ができてない』みたいなアドバイスを散見しますが、『メルヘンチックですね』としか言いようがありません。③ カカトから着かざるをえない歩く人を見れば、そのほとんど全員がカカトから足を着いています。良いか悪いかの意見はさておき、いつの時代もどこの国でも誰でもみんな、歩き方は足首を返すカカト着地です。靴でも裸足でもゾウリでも同じ。大谷もメッシもアフリカのマサイ族も、みんな全員カカトから着いて歩く。カカト着地にダメ出しする先生方も、実演する時以外の歩きは何気にカカト着地。飛行機は着陸で、後ろのタイヤから降りて行きます。自然な感じです。しかし車の競技など、前着地を想定したセッティングなら前からでもスムーズに着地して行きます。『後ろから着くのが自然ですが、前から着いてもそれはそれで何とかなる』という話がしたいのではありません。注目して欲しいのは、車輪のタイヤの接地点。そこはグリップして固定なのです。歩行の理解で、ホントに一番重要なところ。身体の移動は線ですが、地面に対しては点で進む歯車の方式。飛行機と車のタイヤの着順がどうであったにせよ、地面との「接点」を見れば、そこは「歯車の嚙み合う場が進行した」という状況に同じ。どちらもスムーズに着地ができたのは、この局所部分の運搬に滞りが無かったから。「車が前のタイヤから先に降りて行く事」と、「人が足先を先に着いて歩いて行く事」は、前・後の順番が同じでも、移動の内容は全然違います。身体と接地点、つまりは「重心と支点」の2点。これが相互に同一方向へ進むと「移動」が発生します。「支点」はグリップして行く他に、滑って進むという手段もあり、そういう局所の状況を明確に表すため、この動画では「支点」のこの部分を「接地の点」と呼ぶことにします。そこには必然的に「丸みの形」が表れます。丸い車輪に対して、人の足は半円を繋いで行く仕組み。一つに一カ所の「重心」に対して、「支点」となりえるのは実は身体の表面全部。骨格には、足ウラ以外にも要所要所に丸みをつくる形や姿勢が仕込まれています。小学生の時にマットで「でんぐり返し」を練習したのは、こういう特性を伸ばす為のカリキュラムだったのかと、今更ですが納得してしまいます。④ フォアフット着地の構造立っている物が、重力の方向に支点と重心をずらしてしまったら倒れ始めます。いわゆる「重心の外れた状態」であり、これを「物の倒れる仕組み」と述べました。人はここで足を出して新たな支点をつくり、立ち直って倒れる事を防ぎます。この重心が外れた、「倒れる勢い」を利用して、移動に力を与えるのが歩行のメカニズム。誰もがカカトから着いて歩くのは、それが意識の必要も無いほどに自然な事だから。しかし、移動のスピードが速くなるにつれて、足が地面から離れる時間が増え、「歩く」は「走る」へと変化します。カカト着地の均衡も破られ、着地の場所は重心と支点の位置関係に応じて足の前へと移動する。「つま先着地」「フォアフット着地」は、ハイレベルの全力疾走いわゆる「スプリント」に出現する着地の仕方です。歩きの着地は後ろから届く重心をカカトが迎え入れる形ですが、スプリントの場合は「高速で移動する重心を支点が全力で追いかける」という状況になりますので、先行する重心に足首を合わせるとつま先側の着地となる訳です。短距離走の加速には二つの段階があって、重心が前に外れていながら進む段階を「一次加速」、重心が足の上に揃って進む段階を「二次加速」と言います。その一次加速の究極がクラウチングスタートです。重心を前に外して腕で支えた状態を作っておき、そのつかえ棒を外して倒れてしまう事で、初動の重さを粉砕するケタ違いに強力な移動の力を生み出します。「重心が外れている」という支えの無い空間で重心位置をキープする体幹とそこを捉え続ける脚力。そんな「極限の追いかけっこ」をする一次加速から、重心を捕まえたのち時速40キロ以上で進む重心の下に支点を置きに行く、大きなストライドが二次加速です。スプリントは前足着地。しかし同じ前足でも一次加速は「母趾球」二次加速は「小趾球」の着地です。「重心が外れているか揃っているか」の違いによるものですが、詳しくは後ほど解説します。スプリント以外にも「つま先着地」のパターンはあり、歩幅の狭い「つんのめり歩き」そして歩幅の無い「足踏み」などで、スプリントに同じ前重心のキープされた状態を作れます。ただし重心の位置が後ろに入れば、「足踏み」も「つんのめり」もカカト着地になります。ハイヒールでは、足部が実質短いですから前に乗って行きやすいですね。「階段の下り」とか「忍び足」とかでつま先から着くのは、段差や足音を解消する役目があります。ここまでの「つま先着地」は、カカトを着かずにつま先だけを着いて行く状態の話であって、「接地の点」が進む移動の仕組みとして変わりがありませんでした。しかし「つま先を着いた後にカカトを着く」という、重心と支点を真逆に進めるかのような歩き方も存在します。カンフー映画で、敵に対峙した達人が歩み寄るこの場面。つま先を着いた後にカカトを下ろしています。武道・武術に見られるこの足元は、「移動に伴う自分の重心が外れる瞬間」を警戒したもので、戦いの場で自分にコントロールが及べない状態を解消する目的があります。前足を出しても重心はそこに乗せていません。重心と支点が逆に進んだのではなく、重心をまだ動かしていない状況。「悪い歩き方」とここまで言ってきたパターンなのですが、飛び道具とか罠とかの不測の攻撃に対して、いつでも間合いを外せる、フェイントに乗ってコントロールできなくなる重心移動に対処する、「スキの無い歩き方」としてこうなる訳です。日本では「西洋歩行」と呼ばれる、正当なデフォルトの二足歩行。その倒れて生みだすエネルギーの瞬間を「自分を見失う場所」と捉え、あえて行わない云わば平常心の歩み方。ちなみに、剣道の「摺り足」はカカトを着かない移動、日本舞踊などの古典芸能にみられる「摺り足」はカカト着地の歩み方となります。日本古来の歩みが独特なのは、ある特異点のタイミングが西洋歩行と違う事にあるのですが、また改めて解説しますね。では「良い歩き方」としてレクチャーされる「つま先歩き」とは何なのか。そこにある意図は、武術の歩みと違って「重心をしっかり前に出して歩く事」となりますので、乗り込んだつま先の後にカカトを降ろすという進行方向が真逆の流れができてしまいます。大丈夫なのでしょうか。カカトではなく前足から着く事によって、同じ歩幅でもいつもより遠い着地点が設定されます。身体はそこに重心を届かせるつもりで準備をし、そこに向かって前に出ます。足を着いてから後ろ足で床を押すダメなパターンにならないよう、身体をしっかりとコントロールする。遠い着地点に重心を届かせるためには、スプリントの時と同じく、運ばれる体幹の高度な制御が必要となります。長い重心軌道のブレない放物線を描くため、必然的に「良い姿勢のキープ」というエクササイズ効果が生まれてくる訳です。そして問題の、つま先の後にカカトを着く動作。「接地の点」を後退させる行為。つま先に乗り込んだ身体に対して足元が後退しますから、重心に対して支点が後ろに動く事となり、重心が外れるほどでは無いものの、身体は支えの範囲のギリギリ前側に立たされる事となります。「瞬時に起こる支点の後退に対応する全身姿勢」というこの効果。競技選手達が、重心と支点の極限で戦う状況に通ずる、「重心の位置を決める必然的な姿勢の良さ」という機能美を獲得できるのです。「大きな歩幅」ではなく「大きな重心移動」。「良い歩き」とかけて「背筋を伸ばして腕を振って足を出して」と説いてしまうのは、どっちかというと高齢の世代でしょうか。ちょっと昭和の匂いがするこの啓蒙は、やはり隊列を組んだ行進のイメージが大きそうです。しかしこの「つま先着地」。これを普段の「移動の手段」として使う事はできません。やはり「接地の点」の逆戻りが、移動に対しては致命的となります。わずか数センチの後退が、瞬間で作り出す「前荷重」からの「姿勢矯正効果」。そこにトレードオフして「移動の連続性」は断たれます。この断絶によって、歩行に必要な通常の「スピード」、「ストライド」、そして「連続性」を作る事ができません。つま先を擦って出せば全部解消できますが、それでは意味がありません。「つま先着地歩き」は武術の歩みと違ってつま先に重心を届かせるのが命題です。着地した足先には「荷重」が掛かり、地面との「グリップ」が発生します。足が擦れてしまうならそれはダメなつま先着地。靴もすぐにダメになる。前進する身体に対し、着地足の接点を後退させる事は理に反します。この歩き方を「実用にする事はできない」という事です。カカト着地と同じ連続性でつま先着地を歩くと、足首がスラストします。カカトを下ろそうとした時に「カクっ」とした関節が折れ戻るような感触がでます。足首に発生する力の方向に逆らって、関節が無理に戻る反動が伝わったものです。社交ダンスの様に、一歩ずつ重心移動を区切って行く分には問題ないのです。しかし普段のカカト着地を否定し、生活すべてを「つま先着地」にさせるような指導は間違っています。『動物はみんなカカトを上げて歩いている。だからカカトは着地に使ってはいけない場所なんだ』という意見があります。しかしそのカカトを上げた動物の骨格全体を見ると、みんな股関節を深く曲げている姿勢です。この地球の生物史上で、人類は唯一「二足歩行」ができる動物。人が人になれたのは、カカトを地面に降ろして股関節を伸ばせたから。モモの骨が、上半身と一直線に姿勢を保つ動物は他にいません。股関節が伸び、そして膝も伸ばした人の姿。その陰の立役者が地面に降りて地に着いたカカトという訳です。そのカカトをまた上げて歩けと言われる「意味」が分かりません。股関節を曲げれば、そこにあるのは衰えた歩き方。つま先着地のエクササイズは、屋内やスタジオの平らな床で、丁寧に一つ一つする分にはとても効果的です。そして講習のあと、外に出ればカカト着地の歩きに戻って家に帰ります。それで良いのです。僕がセミナーをするならば、まずつま先着地で「前荷重」の姿勢と意識を一歩ずつ体得し、コツがつかめたらそのままつま先を空振りしてカカト着地。最後にそれを通常普段のカカト着地に還元させます。注意点として、つま先着地で母趾球には乗りません。つま先・カカトの移動は、小趾球とカカトのラインで行います。もう一つ、ヒザ下を振り出してからの姿勢は、歩行周期において重心の外れたフェーズであるという事。その重心の外れた場面の動作を、安定した姿勢で反復すると運動は悪化します。ここまでやって「つま先着地歩きのカリキュラム」は成立します。歩行は、移動の手段というだけでなく内臓機能の一端としても成り立っています。次の章では足ウラ全体着地の、残念ながらネガティブな問題を解説します。⑤ ミッドフット着地のコツ振り上げた足を、カカトから勢いよく地面に打ち付けたら痛い。ジャンプしてカカト着地したら衝撃が半端ない。カカトで立つとバランスが悪い。カカト着地はヒザ、腰、背骨に悪い衝撃を伝え、グラグラして身体を歪ませる。カカト着地を否定する意見の根拠にこんなモノがありますが、「水平移動の力学」に何の関連もない場で、自分や他人のカカトをこんなに全力で卑下したい理由が難解です。『カカト着地をしてはいけない』の解説に付き物なのが、実際カカト着地をしている有名人の歩く映像を「つま先着地」や「全体着地」だと言い切って根拠にするパターン。モノの落ちるスピードは、自由落下よりも軸のある円運動で速くなります。振り出した足先は、カカトを着いた途端に加速して地面に降りますので、特に歩幅の小さな映像などでは『だいたい全体同時の着地に見える』と判断したのでしょう。「カカトは接地の点の始まる場所に最適」というだけの話ですから、それが一瞬だろうとギリギリだろうとそんな問題ではなく、カカトで着き始める事に意味があるのです。でも『ほとんど全体同時に見える』という事で『カカト着地ではない』と主張されるなら、それはそれでいいと思います。ただしそのアドバイスを聞いて真に受けた人達が、リアルにカカト着地の無い、ローディングレスポンスの無い、本当にピッタリ足ウラ全体で着く歩き方をしようと頑張るならそこが問題です。イスに腰かけた状態から、3通りの立ち上がり方を比べてみます。カカト着地で立つ。足のウラ全体着地で立つ。前足着地で立つ。カカトの時はつま先上げ、足ウラ全体では同時に着ける、前足着地はカカトを上げて行います。足を置く場所は立ちやすい所で、身体の反動もつけていいです。カカトと足先ではスムーズに立てるのに対し、「足ウラ全体の着地」に気をつけると少し立ち辛く感じると思います。カカトや足先の手軽な着地に対し、足ウラが地面に合うように着くというのは結構難しく、かなり神経を使わされます。意識は足ウラの面合わせに集中され、その力みによって足首が固まり、移動してくる身体の流れに、柔軟に対応できない事態を起こすのです。足首は、着地で力を入れておかないと、捻ってケガをしてしまいます。足首を返せば、骨が噛み合って関節が強くなるという構造もあったりします。固めた足首の着地でも、普段の歩行がスムーズに行くのはカカトの丸みで転がるだけだから。勢いをそのままに、足首は反らすだけのカカト任せで着地は行えます。つま先着地も同じく、指を反らせて小趾球や母趾球の腹、そこの丸みで転がって進めます。「フラット着地」。練習を積めばできない事もないでしょう。しかしその上で百歩歩いて、完璧だったのは何歩くらいでしたか?というレベル。デコボコの外歩きならほぼ不可能。着地の仕方として、全く実用性の見えない「足ウラ全体着地」。しかしこれは間違った認識の「全体着地」のお話。アドバイスさえ適正であれば、この「足ウラ全体着地」にはおススメの要素が盛り沢山あります。特にランニングの時には、まず間違いなくここから取り組むべきです。「フラット着地」のポイントは、足の着き方ではなく足首の角度にあります。地面に合わせに行くのは、足のウラではなくカラダの位置。『足のウラがどう着いたか』なんて事は問題ではなく、フラットに入って行ける姿勢がつくれたのかという所が肝心な部分。結局は「重心移動」の話になるのです。ランニングの足音が大きく、着地のバタつきを感じている方は、この走りをぜひとも試してみて下さい。足ウラが地面とフラットになる所まで前に出る。足首を、下げたり起こしたりする力を入れない。足元が楽になって足音が減り、上下動するエネルギーロスが少なくなる事を実感できるはずです。ストライドとスピードを求めないランであれば、黙々と走り続ける事に最適なこの手法。前に重心を届ける姿勢の強さ、「体幹」が重要な事は言うまでもありません。この「フラット着地」を成功させるコツは、「接地の点」の移動が、地面の上ではなく足首の中にある事をイメージしながら走ること。足首の中、「距骨滑車」のその山の尾根を、スネの付け根が後ろから前へと昇って下る様子。地面に着く場所は、カカトから小趾球にかけての足の外側。カカトから小趾球にかけての足の外側。歩行では、ランニングほど着地の真上に移動できないものの、足首の力を抜いて同様の意識を持ちながら歩いてみれば、これはどちらかというと「疲れ知らずの歩き方」としての効果が高いです。足ウラ全体着地の真価が最も発揮されている場面は、体操選手がするような回転からのピタッと止まる着地の時。スケートボードや、あるいは凍った路面を歩く時も同じ。合わせに行くのは、身体の位置です。最後にもう一つ。骨への衝撃は、骨の強化や代謝促進に必要不可欠な要素となります。骨膜の内側で、骨は一体何をしているのか。もし良かったら調べてみて下さい。⑥ イチローのビモロシューズイチローがキャリア後半に愛用した「ビモロシューズ」をご存じでしょうか。道具に尋常ならぬこだわりを見せるイチローが選んだ靴。初動負荷理論の創始者にして初動負荷トレーニングの考案者である、小山裕史先生が作ったスポーツシューズです。このクツの靴底には、カカトから薬指にかけて一本の直線が仕込まれています。小山先生は、初動負荷理論についてもビモロシューズについても、その効果を謳いこそすれ、具体的なメカニズムについて教えてはいません。でもビモロシューズのこのラインを見て、僕はこれが「重心の滑走路」であるとすぐに分かりました。人の足部の骨は、縦並びの2つのユニットが合体して作られています。リスフランとかショパールとかの、横列の話ではなく縦列の話です。その分割に解剖学の名称はありませんので、まずはここを「はじかれるの分割線」と命名させていただきました。カカトから薬指と小指に至る外側のユニットは、「重心を受ける荷重の場」として身体の一番下に位置します。カカトと小趾球で構成されるこの骨列は、アンクルロッカーの場である「距骨滑車」が投影されているとも言えます。ビモロシューズのあのラインは、アンクルロッカーを誘導しているのです。対する距骨の前から生えて出る内側のユニットは、舟状骨から、親指、人差指、中指の大きな3本指で土踏まずと母趾球をつくり、「重心を前に外すフェーズでコントロールを行う場所」として作用します。内の骨列は、そこに並走する筋肉と靭帯が「握力」を生み出すと共に、ふくらはぎからのアキレス腱が腱膜としてここに連続してきて「トーションスプリング」を構成しています。人は「外の骨列」で重心を揃え「内の骨列」で重心を外します。人間が二足歩行で高いパフォーマンスを発揮できるのは、一足の中に四つ足動物の前と後ろを詰め込んだようなこの洗練された機能構造があってこそなのです。スプリンターの「一次加速」が母趾球着地なのは、重心が外れている状態だから。「二次加速」に入れば重心が揃うので、小趾球で着地の母趾球離床となり、一次と二次の加速の区別はここで判断できます。マラソンで議論されているフォアフット着地については、それは重心の外れた一次加速の走りと違いますので、母趾球でなく小趾球で着地します。「軸足としての前半相」に、土踏まずの出番は無いという事です。歩きは、「カカト・小趾球・母趾球の順」に着きます。これを歩行の国際的指標である「ランチョロスアミーゴ方式」に当て嵌めれば、イニシャ ルコンタクトからローディングレスポンス、そしてアンクルロッカーでカカトから小趾球への移動、そのあと母趾球に移動をして立脚終期となります。歩行の重心移動は、小趾球で一番高く、カカトに至って最低、そしてまた小趾球に昇るという落下と上昇の繰り返しです。ブランコと同じ、位置エネルギーと運動エネルギーの循環。二足歩行は、他の動物の歩行と違って、自らを支えるムダを削ぎ落した、力よりも物理的な要素の強い、リズムの生まれやすい移動のカタチなのです。⑦ ロボットが真似のできない動作ブランコの「上がって降りて」の重心移動。位置エネルギーと運動エネルギーの循環サイクル。人の二足歩行においても同様に、その動力の源には、筋力ではなく「上げて下げて」の力学的エネルギーの活用があります。歩行がブランコに違うのは、「重心が外れる」というフェーズが存在する事。ブランコは高みに昇った後、同じ軌道を戻って後退します。しかし歩行ではそこを戻るのではなく、イスから前に放り出されて空中を移動し、次のブランコへと渡るのです。イスを降りる前、下から上まで勢いで昇って来るのが、カカトから小趾球に至る「外の骨列」の滑走路。その小趾球という頂点に昇り詰めた重心が、勢いのそのままイスから離れて前に落ちる。この「落ちる」という動作への切り替え、イスを離れる行為が、骨列の移動、「小趾球から母趾球への移動」というわけです。落ちる寸前に、重心の軌道を微調整する僅かな「タメ」が「母趾球の大地を掴む動作」にあり、その動作をもって、滑走路としてのそれまでの役目を終えた「外の骨列」は地面を離れます。「カカトの離床」は、それが表立って現れたものです。そのあと指の力を抜くと、身体は前につんのめり、足が前に出ます。振り足は、ここまで上半身にくっ付いて、軸足に運ばれる荷物として過ごしてきました。それが、この瞬間をもって上半身との連携を解き、荷物である事を離れて、次の軸足となる姿勢に切り替わります。「振り足が出る」と同時に、股関節を前に曲げる動作。それは「骨盤を退く動作」として表れます。歩行は「重心が外れたフェーズ」として、これまでと全く異質の、荷重の無い空間を進む時間となりますが、ここで必要不可欠な条件が「足が地面にグリップする事」です。垂直荷重の解かれた、前後に剪断する力に対して縦にグリップを生むという難題。ここに活躍されるのが、内の骨列がもつトーションスプリングの構造です。内の骨列には、カカトを頂点にフクラハギと引き合う、キンや腱やらの長くて幅広い組織が集まって来ています。それらはヒザや股関節の伸びる動きと連携して、脚の長さに相応するバネを形成し、それは荷重の無い足のウラに地面との摩擦力を生み出す為の構造として力を発揮します。内の骨列は、外の骨列と違って「足」ではなく「脚」の一部と考えた方が適切かもしれません。もしもこの「内の骨列」がない場合、二足歩行はどの様になってしまうのでしょうか。発展目覚ましいロボットの二足歩行を、残念ながら欠陥のある歩き方の例に上げて説明します。一見してCGかと疑うほどに生き生きとした動きを見せるこちらのロボット、アトラス。そしてテスラが作った人型ロボット、オプティマス。ロボットの二足歩行が、ここまで凄くなってもやっぱりまだ、人にあってロボットにない歩行の動きがあります。後ろのヒザが伸びるフェーズです。ロボットが歩いてヒザを伸ばせないのは、「前荷重」ができないから。二足歩行ロボットは大きな機械を背負ってたりして色々大変だからヒザも曲がるのかと思いきや、最近はそれも無くなり、人と見た目に変わらなくなったのにも関わらず、歩き出すとやっぱりヒザが曲がります。「人にできてロボットができない動き」なんてモノがあるのでしょうか。たかだかヒザを伸ばすだけの事。機械にとってそんなに難しい事とは思えません。ヒザが曲がってしまう原因は「後ろ荷重」。「前荷重」ができないから「後ろ荷重」。「後ろ荷重」とは重心が足の後ろに乗っている状態。対する「前荷重」は、重心が足の前側に乗っている状態です。「前荷重」にも「はじかれるの分割線」の内と外の二通りがあり、この話では内の骨列である母趾球への前荷重を意味するとします。そもそもロボットの足を見れば、そこに「内の骨列」を備えたモノが、僕の見た限りにおいてはありませんでした。内の骨列が無ければ、トーションスプリングのグリップができませんので、重心を外す期間にコントロールが行えず、結果、重心を外す歩き方ができません。足のウラに高度なグリップの構造を備えても、それは垂直荷重があっての効果なお話。粘着の素材を用いては、それは求める二足歩行ではなくなりますし、最終的に移動の邪魔になってしまいます。そんなロボットが、この内の骨列の代わりに、その効果を代用する手段として「膝を曲げる」という動作を起こすのです。振り出す足を、どれだけ大きく出そうとも前に足は着けません。元の場所に戻ります。身体を傾けてみたところで、前に出れるのは足の距離20数センチだけ。歩幅は、重心を外して生み出されます。重心の外れた距離が「ストライド」なのです。ですが、重心を外さずに歩幅を作る方法が一つあります。後ろ足のヒザを曲げるのです。円の位置、その重心を動かせないのなら下に沈めればいい。ロボットの歩幅は、足の長さに随時差を作って生み出されるのです。これは人であっても同じ。衰えた歩き方では後ろのヒザが曲がります。「内の骨列」からの総合的なフィジカル、「前荷重」に対して弱ってしまっているからです。内の骨列が使えず、使うべき処でない所にヒザを使えばヒザは痛くなります。「後ろ荷重」の時、人の身体は前に出してバランスを取れる関節を沢山持っています。対する「前荷重」では、人はカウンターバランスの構造を持っていません。唯一の武器は身体の一番下で前に出る足部のアームですが、上の方で大きくバランスを調整できる「後ろ荷重」と違い、起点から重心を操作するの至難の業です。しかし、だからこそ「前荷重」では姿勢が良くなります。姿勢を崩した対応ができない分、身体を真っすぐにして重心を合わせるしかないからです。前荷重が近ければ近いほど、姿勢の矯正効果が出てきます。(ハイヒール、バレエのトゥ立ち。対して大きい靴は姿勢が悪くできる)崖っぷちに立たされたような「前荷重」の状態は、二足歩行における「重心を外すフェーズ」のお膳立てでもあります。そして重心が外されたあとに機能する、トーションスプリングの仕組みで発生させる地面とのグリップ。トーションスプリングは、ヒザを伸ばす事で得られます。ロボットが成し得ていない、このタイミングのヒザ伸ばし。「ヒザを伸ばす」と言えば、教科書的にはモモ前の大腿四頭筋が収縮して行われる動作ですが、歩きのこのフェーズにおいては、四頭筋と真逆の働きの、モモの裏とふくらはぎの二つの筋肉が同時に引き締まる事で成し得られます。もしもここのスクワットに四頭筋を使ってしまうと、この後で行う股関節の後ろ伸ばし動作に抵抗となり、腰を反って代償する悪い歩き方に繋がってしまいます。ここは続編動画の股関節の説明で、詳しく解説します。ハムとカーフの逢引きで得られた脚の後ろの構造的なテンションは、カカトで折り返して内の骨列の先まで至り、トーションスプリングの構造となって地面へグリップし、母趾球からのフェーズを有効なものにします。立脚中期の、アンクルロッカーの後半からふくらはぎに徐々に高められたテンションが、「はじかれるの分割線」を跨いで「母趾球に乗る」というスイッチをもって、別の次元の姿勢へと昇華するのです。人とロボットの歩きの違い。歩行が「内の骨列」に入った証の、「外の骨列」であるカカトが上がるサイン。歩行中のロボットの、後ろ脚のカカトがこのタイミングで上がる事はありません。衰えてしまった高齢者の歩きも一緒。「いつまでも元気に歩きたい」と願うなら、座って錘のヒザ伸ばしを頑張るよりも、立って前荷重やカーフレイズなどの、「分割線」の内と外のそれぞれの働きを訓練する方が実践的に思います。トントンと軽快に移動するアトラス君は、歩幅の代わりにジャンプで距離を稼いでいます。「歩き」というより「走り」に近い、このピョンピョンマシン的な移動方式。近年は、高度な角速度センサーのおかげで傾きへの対応がすさまじく、バイクですら自分でとどまったり動いたりできるレベルであり、歩行の複雑な重心運びをするよりもむしろ走る事、点をジャンプで繋ぐ移動の方が簡単なのでしょう。重心を外す方ではなく、合わせに行く事に関しては、一般の人間にはもうロボットにとても適いません。そして手指の作業能力は人にかなり似せて来ており、「はじかれるの分割線」から内の骨列を備えたロボットが、人の歩行周期をもって歩く姿を見る日も、もう目前なのかも知れません。⑧ 左右を入れ替える起点小趾球から母趾球に乗り移るタイミング、身体が重心を外しにかかるタイミングで、その姿勢には大きく3つの特徴が表れます。1. 立ち足のカカトが地面から上がる2. 振り足の下腿が前に出る3. 振り足側の骨盤が後ろに退く力の方向に対して、重心と支点が外れたモノは回転します。「重心が外れている」という状態は、生き物にとって特殊な時間です。対人競技の本質が「重心の奪い合い」である事からして、動物にとって重心の外れる事は「存続の危機」と知らされてしかるべきです。なので、「重心を外す事は非常に危険」と本能にインプットされているんだろうと思いきや、ジェットコースターのスリルは楽しいですし、赤ん坊からして放り上げて遊ぶと喜びます。「危険」はなぜか「快感」の回路に通じているようです。おそらく「重心を外す事の必要性」が、危険に挑む一歩に快感の報酬を与えているのでしょう。何が言いたいのかというと、歩行において「重心を外す」というこの特別なイベントの瞬間。身体の左右が、ここを起点に入れ替わるのです。ここから先、ランチョロスアミーゴ方式とは多少異なる内容の「歩行解析」となります事、専門家の方におかれましては、どうぞご承知おき下さい。⑨ 股関節の水平面1スイングと内また続編につづく[マムート] ムーンストーン ハイブリッド ミッドレイヤー クルーネック アジアンフィット/Moonstone Hybrid ML Crew Neck AF 1014-05840 claystone-blackAmazon(アマゾン)