<天国からのジェットコースター!>な話〜 | 三浦岳人のブログ

三浦岳人のブログ

外資系企業勤務やエベレストからのマウンテンバイクを含むプロアスリートの後に保育園経営に失敗し、借金を抱え、どん底から起業したツアービジネスがヒット。
これらの過程の本の出版、新会社+苦学生の起業支援財団設立という、まだ見ぬ世界への冒険の旅路を紹介しま〜す♡

「はぁ….」

 

「まぁそう言わずに元気出せよ。」

 

「いやでも…」

 

「底まで行ったら、あとは上がるだけじゃない。」

 

「センパイ、そうですね、ありがとうございます! おかげで元気が出てきましたっ!」

 

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ごく普通のサラリーマン、外資系企業勤務、ドレッドヘアのサラリーマンなどを経て、エベレストからのマウンテンバイクをしたプロアスリートの後に保育園経営に失敗し、借金を抱え、失意の底から起業したツアービジネスをヒットさせ、日本のTop10にランクイン、外国人向けツアー作りのコンサルタントをしているボク、三浦岳人

 

どん底からようやく掴んだ ”しばられない自由な生き方” を話しちゃいます〜

 

さあ、自由への旅路話はまだまだ続きますよ〜

 

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スーツなブラック軍隊会社から始まった自由への旅路話の14話目♪

1話、 2話3話4話5話6話7話8話9話10話11話12話13話

 

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昨日の続き↓

 

部長として入ったグローバル企業の日本支社。

部長なので、ビジネスマネジャーってやつですね。

響きもいいじゃないですか!

 

んで、予定通りその会社が持つメインブランド以外のいくつかのブランドの日本での統括を任されることになりました。

 

その会社の本社はアメリカなんだけど、アジア本社ってのがまた別にあるの。

 

面接時に聞いていたのは、

ボクの部署がアジア本社の直轄とのことで、

ボクのボスと同僚の1人はアジア本社の人間。

 

つまり日本では、ボクは部にいるメンバーのボスで、上には誰もいないってこと。

 

やったぜ、前の会社のようにしょーもない奴もいない上に、今度は自分がマネージメントする人じゃん。

 

アジア本社がある国は赤道直下にあるから、いつなんどき行っても超暑いんだけど、そこのオフィスはなんと海の前の高層階。

 

むちゃくちゃ広々で、海側にドーンと広がるリッチな共用スペースにはビリヤード台、タダで食べられるお菓子に加え、なんとマッサージチェアもっ!

 

一人一人のスペースも2畳くらいあって、それがパーテーションで仕切られてるというアメリカのドラマに出てくるようなあの世界。

 

月1で、その国に出張で行ってたんだけど、泊まるのはいつも高層ホテルの40階くらいの部屋。

 

ひぇ〜、前の会社と天と地の差じゃないかぁ

 

ちなみに日本のオフィスはごく普通の机が部署ごとの島形態になってるよくあるやつね。

それでも文句なんてまったくない。

 

こんな話を聞くと、おととい暗夜行路に足を踏み入れたと話したばかりなのに

「どこが暗夜行路だよっ」お思いの方もいるでしょう。

 

しかし、ここから前の会社とはまた別の形で見事なまでに地に落ちますよ〜

 

転職後しばらくするとこんなウキウキな気分も落ち着き、2度目のアジア本社出張で最初の違和感。

 

そのブランドたちのどの製品をどれだけ日本が発注するかのミーティングをアジア本社にいるボクのボスと経理部門の人たちを交えてやってた時のこと。

 

んん、なんか経理部門の人たちが圧倒的に主導権を握ってるっぽいぞ。

”私たちの言うことは絶対よ”ってな雰囲気と態度マンサイ。

 

構図的には 生産部門、販売部門< 経理部門という明確なヒエラルキー になっているのでした。

 

つまりどうゆうことかというと

まず経理部門が決めた必達の数字ありき

 

んで、それからこれを達成するために“何をどれだけ生産して、どう価格設定するか?”という話の流れってこと。

 

その数字へのつじつま合わせの計画を出すという図になっているんだよ〜

もちろんこの数字について、日本の状況がどうだからって説明や交渉をするよ、でも関係なし。

 

っていうのも、アジア本社にいるボクのボスにそのことを話しても、

その彼も経理部には逆らえず、むしろその数字を押し付けてくる感じ。

 

なんじゃこりゃぁ

 

でも、高い給料ってことは、たとえこういう状態であっても結果を出せってことと引き換えか...

と自分を無理やり納得させる。

 

 

しかし、お次はこんな違和感なんてレベルじゃない話。

 

そのアジア本社でのミーティンがあって、まもない日本支社での話。

日本支社長に呼ばれました。

 

「三浦さん、実はアジア本社と日本支社の体制が変わってね、三浦さんが担当してるブランドを日本支社でも管理することになったんだ。」

 

「はぁ」

 

「それで、今まで通りアジア本社のボスにレポートするのはそのままなんだけど、あらたに日本支社のメインブランドの部長にもレポートしてほしいんだ」

 

「わかりました」

 

この瞬間はまだどうゆうことかハッキリわかってなかったボク。

 

すぐに次週から、そのメインブランドの方の毎週の営業会議にも参加することになり、そこでボクの担当ブランドたちについての営業報告をすることになりました。

 

どうゆうことかというと

ボク→アジア本社のボス(Aさん)への報告

をしながら、かつ

ボク→日本支社のメインブランドの部長へ(Bさん)への報告

もするってこと。

 

そんで、Aさんからはある指示があり、

Bさんからはまるで別の指示があるなんて状態に!

 

しかもAさんとBさんはお互いのことに直接はかかわりたくないといった感じで、

Aさん↔️Bさんの連携なし。

 

ボクの入社後、Aさんがだんだんボスっぽく振る舞うようになってきて気にはなってたけど、まぁ会うのは月1〜2回だし、日本にはボスがいないからいっか、なんて思ってたんだけど、今度はまるで違う話で、しかも複雑な構造。

 

これはどうにもならないと思って、この状態を打破しようといろいろ掛け合ったんだよ。

 

しかし結局、状況変わらず…

 

前の会社からの差とその後の変化のスピードが大きかっただけに、すっかり神経がすり減り、結果も出せないまま、あれよあれよという間にズタボロに。

 

そんな中でも奮起をしてみようとやってはみるものの、通勤中も勤務中も表情を失うまでになっていたので、今度は”ヨシ次こそは!”なんて間もなく、ただただ逃げ出したい一心で次のあてもないまま1年でその会社を辞めることにしました。

 

ねっ、天国じゃんって思ったかもだけど、暗夜行路のままでしょ?

 

さあ、これからどうなる?

明日へ続く

 

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後日改めて話すけど、

しょーもない奴がいた前の会社も、 

必達の数字ありきでつじつまあわせの計画作り、

体制も途中でガラっと変わったこの会社についても、

ボクが不運で、これらの会社が悪いなんていうつもりはないんだな。

 

日本企業、外資系企業も関係なく、

会社勤め人ならだれもが経験すると言ってもいいほどのあるあるじゃないっスか?

 

まぁ、こんなことはこれらいくつかの企業を経た後で分かったことなんだけどさっ。

 

形態は違えど似たような経験をされた方、されてる方も多くいらっしゃることでしょう。

そんな同士な方々、いつの日か語りましょう!