「MTBインタビュー記事」
東洋思想家 安岡正篤
5月に伊豆で日帰りのマウンテンバイク(MTB)体験をしてきた。しかし、その日はあいにくの雨。しかも、山の上は暴風雨。風の音でガイドの声がかき消されて聞こえないほどだった。
普段の生活の中で、暴風雨の中で楽しむことってそうないじゃない?やらないとわからないけど、やってみるとぶっ飛んでいておもしろい。晴れたときにここへ来ていたら、また違った体験になっていた。だから「これはこれで得がたい体験だよね」という話になった。どんな状況でも楽しめる、それが地球探検隊 らしい感覚。
「内モンゴル騎馬遠征隊」に参加していなかったら、絶対に行っていた富士山のMTB。乗馬同様、MTBはハマる!
という状況だと思っているという点です。
ヘンな力みを生むので必要ないんです。
「福島正伸さんのセミナー案内」
今日は、午後五時まで、仕事
ではなく
今日は、午後五時まで、日本を変えていい
福島正伸
昨日、今日の2日間、香取貴信さん
から送られた「泣けるエピソード」を紹介したが、香取さんをはじめ、多くの仲間たちがメンター(師匠)と慕うのが福島正伸さん
。
オレは最近、福島さんとよく間違えられる。酔った男から「福島先生!」と言われて、突然抱きつかれたこともある・・・。福島さんが、ブログ
でオレの新刊
をこんなふうに紹介してくれた。
●福島正伸さん
私の友人の「地球探検隊」中村隊長も新刊を発行しました!タイトルは「感動が共感に変わる!」(こう書房)です。このタイトルだけで、私は買ってしまいますね~
「感動」と「共感」は、今一番必要とされているものだと思いますので。
中村隊長と私は見た目が似ているだけでなく、感じることや考えていることもとても近いんです。内容も、中村隊長の「地球探検隊」での体験談が中心になっていますが、生きる意味や価値を考えさせられるすばらしいものです。
「他人と比べるのではなく、自分のベストを尽くせばいいんだ。自分でやりきったと納得できる姿勢は仲間に伝わる」「何でも受け入れる度量を持とう。さらに強くなった自分を感じる」「目先の損得よりも、自分の人生にとってどうなのかを判断基準にすると、選択も変わってくると思う」
まさにその通りだなぁ、と、納得させられる言葉がたくさんちりばめてあります。今までの自分と何か違う自分を発見したい人には、お勧めです!そして、「地球探検隊」は、まさに新しい自分に出会えるリアルの旅を提供しています。中村隊長の生き方、ちょっとかっこいいです!
龍村仁監督とトークライブをやったオレの出版記念パーティ
では、サプライズDVDにも登場し、福島さんから「兄弟」という嬉しいメッセージももらった。
最近、友人たちが次々と福島さんの講演会を主催している。先日、紹介した(株)エムズ代表、秋田稲美さん主催の「メンター推進フォーラム」
も、その一つ。
また新たなセミナーを2つ紹介したい。
キャリッジウェイ・コンサルティング
代表 友人、ターレス今井が、また福島さんの講演を主催する。
2008年7月15日(火) 19:00~21:00 東京・「ベルサール神田」
コンサルタントの本質とは・・・。
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この3つのノウハウを知ると・・・
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もう一つの講演は知人のFeel-Alive代表 山本舵依介さんからの耳寄り情報。
「圧倒的な行動力を手に入れる5つの方法」
2008年10月10日(金)19:00~21:00 東京・練馬文化センター
福島さんの講演を2000円で聴ける機会は、最初で最後かも知れない・・・。
詳しくは⇒ http://k.d.cbz.jp/t/r781/70zq5sx0cdr1y70y7i
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福島さんの本もいいが、やっぱりライブがいい。どちらのセミナーも心揺さぶられるに違いない。経験に裏打ちされた一つ一つの言葉が、あなたの心に刺さるはず。
人は他人と出会うことで
本当の自分に気づいていく
福島正伸
「泣けるエピソード3」
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エピソード3 「サッチャン」
増田千賀子さん(パート・47歳・札幌市)
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先生、お元気ですか。M小学校での先生と過ごした三年間、今でも時々思い出します。そうそう、サッチャンを覚えていますか。あだ名は、嘘つきサッチャン。
「お父さんは外国にいっているの」
「家には、大きなピアノがあるの」
今なら笑って流せる小さな嘘が、あのときの私たちには許せなかったんですね。とうとうある日、サッチャンのことが学級会にかけられました。
「嘘をつくのは良くないと思います」
「嘘つきは、泥棒の始まりだって」
「皆に謝って下さい」
サッチャンは真っ赤になって、うつむいていました。私たちは、止まりませんでした。正義感に燃えて良いことをしているつもりだったんです。
そんな時、腕組みをして黙って聞いていた先生が静かに言いました。
「お前たちな、さっきからサッチャンの悪いところばっかり言っているけど、先生は良いところ沢山知ってるぞ」と。先生は、サッチャンの良いところを沢山、沢山話してくれましたね。
それを聞いていた私たちは、なんだかサッチャンが羨ましくなって
「先生、私にも言って。ぼくにも」小さな手が、一斉に上がりました。
先生は結局三十六人全員の一人一人の頭に、大きな手を乗せながら話しかけてくれましたね。
先生を待っている間のドキドキした気持ち、暖かかった大きな手の平の重さ、そして嬉しかった優しい言葉。
学級会の時間はとうに終わっていたけれど、夕焼けを背に、私たちはとても幸せな気持ちになっていました。大きな体で怒ると火山のように怖かった先生、もう一度逢いたいです。
(出展:「心に残るちょっといい話百選」出版:株式会社サクマ )
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香取さん 、感動のエピソードをシェアしてくれてありがとう。オレのところにも「転載してもいいですか?」というメールがいくつも届いている。もちろんOKだ。人はもっと優しくなれる。優しさを配った分だけ自分に返ってくる・・・。
あなたがあなたにならないで、誰があなたになる
相田 みつを
「泣けるエピソード2」
昨日に引き続き、友人香取さん から送られた「泣けるエピソード」を転載する。
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エピソード2
「特攻隊に行った少年の話」
徳永康起先生のエピソード
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<徳永康起先生のこと>
…徳永先生、熊本県始まって以来の若さで校長になるんですね。どこの校長先生も行きたくないという学校へ、自ら進んで行くんですね。
いろんなことが起こる。これが二十年くらい続いている学校なんですね。ところが、たちどころに問題が解決するんです。難しい学校に行きまして五年半、
「校長を辞めさせてください。平の教員にしてください。」
そういって平教員で一生を終えた人なんですね。
<昼食を食べない。>
私と出会った時に、徳永先生、昼食食べんのですよ。
「先生、何で昼飯食べんのですか。」
終戦直後のことです。昼飯の時間になるとそっといなくなる子が数人おった。ひょっと学校の校庭を見たら、木の下で遊んどるんですよね。
昼飯さえもってこれん子がいっぱいいいたということなんです。その日からぴたっと昼飯をやめられるんですね。昼飯の時間が来るでしょ。一番先に校庭に飛び出して、その子供たちと、昼飯より楽しい遊びをするようになったんですね。
<切り出しナイフ>
ある日、
「先生、切り出しナイフがなくなりました。買ったばかりです。」
と子供が言うんです。
昨日帰る時に、明日は工作をするから切り出しナイフを持ってくるように言ってあったんです。あっ、あの子が取ったに違いにない。その子は、貧乏人の子じゃなくて、金持ちの子なんですね。そこはね、お母さんの教育が間違っとったかもわかりません。
叱るときにね、お兄ちゃんはこんなにできるのにと、比較して叱るんですね。その朝ちょっとした事件が起こりまして、ナイフを買うお金をもらいそこねたんですね。
徳永先生は、子供たちを全部校庭に出すんですね。取ったと思った子の机の中を見たら、ナイフがあるんですね。
それを知ったらすぐに学校の裏門からお店に走る。それと同じものを買ってきて、取られた子の机の中に入れておくんですね。子供たちを教室に入れるでしょ。
「君、もう一度見てみよ。」
「先生ありました。」
むやみやたらに人の心を疑うんじゃないという教育をなさるんですね。取った子は涙をいっぱいためて、じっと先生の顔見つめておったが、徳永先生、何も言わんかったそうですね。
その子は特攻隊になるんですね。戦争中のことです。飛行機に爆弾を積んでアメリカの戦艦に突っ込むんです。特攻へ出る人はね、全部遺書を書くんだよ。
その遺書はお父さんお母さんあてが大方でしょ。たった一枚ね、徳永先生あての遺書があるんです。そのナイフの少年なんです。
「先生有難うございます。私はあのナイフの事件以来、徳永先生のような人生を目指すようになりました。私の一生は徳永先生に出会ったことが最高の喜びです。私は明日お国のために飛びたって行きますが、最後に徳永先生に遺書を書かせていただきます」…(後略)
(出展:「ハガキ道に生きる」著者:坂田道信)
「お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい」
友人、香取貴信さん
より泣ける3つのエピソードが送られてきた。
師匠、そして僕の敬愛する同志の皆さんへ
香取です。僕の友人から贈られてきた記事です。
泣きます。そして僕は何て幸せで、そして僕らにはこんなにも目指すべき先輩がいたんだろうと感謝したくなりました。リーダーとは、こういう先生のことを言うんだと思います。僕もこんな立派な人間になりたいって思いました。一緒に泣きましょう!!
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エピソード1
「お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい」
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今から六年前の平成十四年四月、石川県のある美術館でボランティアをしていた高崎千賀子さんという方が「母への感謝を綴った詩に涙」というタイトルの記事を産経新聞に投稿しました。
この記事が誌面で紹介されると新聞社には大きな反響が届きました。
その投稿内容とは…
『「美術館なんて趣味に合わないし、書道なんてつまらない…」
という女子高生の一団の言葉が、美術館でボランティア監視員をしていた私の耳に入り、思わず口にしてました。
「あそこにお母さんのことを書いた書があるの。お願いだからあの作品だけは読んでいって」と…。女子高生たちは不承不承、私の指した 書を鑑賞しました。
すると一人がすすり泣き、そこにいた生徒全員が耐え切れずに、泣き出したのです。その書は生まれたときから母に抱かれ背負われてきた脳性マヒの人が、世間の目を払いのけて育ててくださった、強いお母さんへの感謝の気持ちを綴った詩でした。
「今の健康と幸福を忘れていました」
と高校生たちは話し、引率の先生方の目もうるんでいました』
この詩の作者は山田康文くん。生まれた時から全身が不自由で書くことも話すことも出来ません。
康文くんは一九六〇年奈良県桜井市に生まれました。生後一二日目からの発熱が止まらず黄疸も出てきました。乳首を吸う力がない康文くん。異常に気づいたお母さんは奈良県立医科大学を訪ねました。
精密検査の結果は脳性マヒ…。
なんとかしたい。お母さんの京子さんは万一の可能性を頼りに数々の病院を廻り、ハリ、指圧、それから考えられる限りのあらゆる治療法を行ってみました。
しかし、康文くんの症状が良くなることはついになかったため、お母さんは康文くんと一緒に死ぬことを考えました。
「いっそのこと…」
それでも、最後に、生きる希望を持つことができたのは家族の支えと康文くんの生きようとする気持ちが感じられたことでした。
そんな中、養護学校の向野幾代先生が、康文君の気持ちをなんとか表現できないかと心を砕いてくれました。そして、ようやくたどり着いた方法は「投げかける言葉」が、康文くんの「いいたい言葉」の場合はウインクでイエス、ノーの時は康文くんが舌を出すというもの。
出だしの「ごめんなさいね おかあさん」だけで1ヶ月かかったといいます。このような気の遠くなるような作業を経て、この詩は生まれました。そしてその2ヶ月後、康文くんは亡くなってしまいました。
それでも、この詩を届けられた事でお母さんは随分と慰められ、強く生きていく希望をもったとのことです。
ごめんなさいね おかあさん
ごめんなさいね おかあさん
ぼくが生まれて ごめんなさい
ぼくを背負う かあさんの
細いうなじに ぼくはいう
ぼくさえ 生まれなかったら
かあさんの しらがもなかったろうね
大きくなった このぼくを
背負って歩く 悲しさも
「かたわな子だね」 とふりかえる
つめたい視線に 泣くことも
ぼくさえ 生まれなかったら
私の息子よ ゆるしてね
わたしのむすこよ ゆるしてね
このかあさんを ゆるしておくれ
お前が 脳性マヒと知ったとき
ああごめんなさいと 泣きました
いっぱいいっぱい 泣きました
いつまでたっても 歩けない
お前を背負って歩くとき
肩にくいこむ重さより
「歩きたかろうね」と 母心
“重くはない”と聞いている
あなたの心が せつなくて
わたしの息子よ ありがとう
ありがとう 息子よ
あなたのすがたを見守って
お母さんは 生きていく
悲しいまでの がんばりと
人をいたわるほほえみの
その笑顔で 生きている
脳性マヒの わが息子
そこに あなたがいるかぎり
ありがとう おかあさん
ありがとう おかあさん
おかあさんが いるかぎり
ぼくは生きていくのです
脳性マヒを 生きていく
やさしさこそが 大切で
悲しさこそが 美しい
そんな 人の生き方を
教えてくれた おかあさん
おかあさん
あなたがそこに いるかぎり
山田康文
詩出展:「『お母さん、ぼくが生まれて ごめんなさい』 向野 幾世著」
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読者と感動を分かち合いたいので、エピソード2、3は明日に続く・・・
「スイッチを押すきっかけ・・・」
人間にはそれぞれ条件が与えられていて、
多くの人は条件が揃えば
もっといい人生が送れると思っている。
だけど本当はその条件で”ぴったんこ”なんです。
その条件で見事に生きられるように
セットされているんです。
足りないものは一つもない
坂田道信(ハガキ道伝道者)
ちょうど、今、スタッフ、イクから新潟・魚沼「たんけんたい米」の情報
が入った。
機械植えと、手植えの差は歴然!下草もほとんどないし育ちが違うらしい・・・手植えのほうが凛としているとのこと。5月18日に植えたオレたちの苗は、どこまで育っているのか・・・この目で確かめたい。来週末
が楽しみだ。
オレの本を読んで探検隊の旅に参加する人が、どんどん増えてきた。本を書いた結果として、本業に直結するのは嬉しい。来週一緒に新潟・魚沼に行く、初参加いとーちゃんも、その一人だ。
●いと~ちゃん
中村隊長と地球探検隊を知ったのは、5、6年ほど前。地球探検隊というブランドネームが頭の隅に残ってとにかく印象的だった。
4月に中村隊長の2冊目の「感動が共感に変わる!」
を買った。そして、地球探検隊を知る夕べ
で初めて隊長にお会いした。翌月の出版記念パーティー
にも参加した。6月の東京交流会
にも足を運んだ。来月は、とうとう地球探検隊の隊員として初めて旅に参加する!
感動が共感に変わる!それは、連続で地球探検隊のイベントに参加していること―それが答えになるはずだ。
僕は、ひとり旅が好きだ。それは、今でも変わらない。ひとり旅ならではの感動も楽しい。そんなひとり旅が好きな僕が地球探検隊の旅に参加したいと思ったのは、仲間と感動を分かち合う旅を一緒に創りたいと思ったから。そして、一緒に共感をしたいから。
そのスイッチを押すきっかけを与えてくれたのが中村隊長とこの「感動が共感に変わる!」だ。あなたもこの本を読めばきっと心に何かを感じるはずです……。
2008年06月27日 01:49
満足度★★★★★
ありがとう!いと~ちゃん。
オレが本を書いたのは、まさに共感者を増やしたかったからだ。多くの読者が「旅が無性にしたくなる本」と評価してくれるのは嬉しい。皮膚感覚で知る・・・行動、実践して体感する人を増やしたい。
シンプルに
わかりやすく
カンタンに
武田 知之
オーディオ・ブックCD『感動が共感に変わる!』
うまくやろうとするから苦しむ
ひたすら一所懸命
福島正伸
今頃、探検隊スタッフ、イク
は新潟・魚沼で隊員たちと下草刈り
を楽しんでるはず。今年、新潟・魚沼の企画は雪遊びから始まり、田植え体験、下草刈りと全て満席。秋の収穫祭が盛り上がるのは間違いない。
オレと一緒に、沖縄ウォーク、ツリーダム、新潟・魚沼・雪遊び、新潟・魚沼・田植え体験と4回国内の旅に参加した、隊員じぶから講演を頼まれた。じぶはNPO法人えだ福祉ホーム
の所長なのだ。
24(火)初めて車椅子の身体障害者のための講演。
持ち時間は75分。微動だにしない人、突然暴れてしまう人を目の前にして、オレはいつものオレじゃなくなる。講師にとって、頷いたり、笑ったりのリアクションがいかに話の潤滑油になるのか実感。オレもまだまだだ。「ワンフレーズでもいい」なにか心に残れば・・・途中から気を取り直して話すと、いつもの調子で話ができた。少しずつ心が開かれていくのがわかった。障害者だけでなく職員や父兄も含めて最後は大きな拍手で感情を表現してくれた。出会いと新たな機会をくれた隊員じぶに感謝!
質疑応答の時間になって
「地球探検隊の旅は身体障害者でも行けますか?」
オレは、その道のプロ中のプロ、友人、高萩さん
の会社、ベルテンポ・トラベル・アンドコンサルタンツ
を紹介した。
「隊長の本を読みたくても読めないのですがCDのようなものはありますか?」
すっかり忘れていたが、出版社「こう書房」を通してオーディオブック化を許諾していたのだ。早速、「こう書房」に問い合わせると、ちょうどサイトにアップされていた。
オーディオブックCD 『感動が共感に変わる!』 より
■人と人をつなげることは、人を生かすことだ■
これらの経験から「地球探検隊」が扱っている【大人の修学旅行】のコンセプト が生まれた。
「スタッフは添乗員でもガイドでもなく、仲間として参加する旅」 家族を信じきるように隊員も信じたい。じっと待つには根気がいる。自分でやってしまう方が早いしトラブルも未然に防げるかもしれない。見守っていると旅程通りに進まないこともあるだろう。でも、スタッフがいつも「こうしましょう!」という旅は参加者が受身になってしまう。
隊員が心底楽しむことを優先するなら、隊員の判断を尊重し、その判断をサポートすることが大切だ。何でもサポートすると隊員を思考停止状態にしてしまう。「俺は隊員を仕切るのではなく、隊員を引き立てよう」そう決心させてくれた体験だった。
だから最初に発言するのは、できるだけ隊員がいい。最終的な決断をするリーダーは一人でも、リーダーシップをとる人は、どんどん変わっていいと思う。目指しているのは、参加者一人ひとりが個性を前面に出して、主役の場面のある旅。仕切りグセのついている俺は何度も言葉を飲み込むけれど。
人と人をつなげることは、人を生かすことだ。人との関係をつくっていくには、褒めることもいいが、一緒に喜ぶことの方が大切なんだと思う。完璧な旅を目指すのではなくて、個性を楽しむ旅を創りたい。自分も個性を出して、相手の個性を楽しめれば旅も人生も楽しい。だから「仲間として参加する」。隊員との関係はフラットな目線がいい。
『感動が共感に変わる!』より
CD版
の見本サンプルは、まだ届いていないが、ちょっと楽しみだ。女性が朗読しているケースが多いらしいが、オレの本の主語は「俺」だから、女性の朗読はどうなんだろう・・・。
途中でやめると失敗、成功するまでやると経験
松下幸之助
「旅の原点はトレックアメリカ」
高校生の頃、
好きなことを仕事にするのはつらいよ、
そこそこ好きな仕事を選ぶといいと助言された
僕はその言葉に逆らった
そして今それで良かったと思える
この仕事がそこそこ好きなことだったら
もう投げ出していただろう
好きなことと自分はイコールだ
自分を投げ出すわけにはいかない
井上雄彦『バガボンド(28巻)』
昨日、メルマガ156号 を発行した・・・。
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■ 隊長からのメッセージ: 旅の原点はトレックアメリカ
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
頂点は、はるか先。
ひたすらそこを目指し、闘う
すべてのサラリーマンへ!!
『課長 島耕作』
こんにちは。「地球探検隊」隊長の中村です。
冒頭の言葉は’83年に『係長 島耕作』というタイトルでスタートして25年、課長、部長、常務、そして専務と出世を続け、ついに社長に昇進した漫画、島耕作シリーズ、課長時代のキャッチコピーです。『課長 島耕作』は、シリーズの原点ともいえる作品なのです。
’83年は私が多国籍冒険ツアー
、トレックアメリカ
と出合った年でもあります。気が付くと25年もの間、トレックアメリカを日本人に紹介し続けてきました。私にとっても、トレックアメリカは原点の旅なのです。社長となった「島耕作」に終わりがないように、私もトレックアメリカを勧めることに終わりはないと思います。
「地球探検隊と出会って私の人生変わりました!」
そう言ってくれる隊員も多いのですが、何より私がトレックアメリカ
と出合って最も人生を変えられたといってもいいでしょう。この旅と出合っていなければ「地球探検隊」
も「大人の修学旅行」
もなかったのですから。
福岡、大阪、名古屋、そして東京と続いた「地球探検隊」交流会を終えて自問自答しました。
「なぜ、いつまでも熱が冷めないのか・・・」
交流会に参加したリピーターと、初めて探検隊のイベントに参加した人たちの中から、次々と新たなコミュニテイが形成される姿を見て確信しました。彼らの熱が私を突き動かすからです。
最近は多国籍冒険ツアーの参加形態も、少しずつ変わってきました。圧倒的に一人参加が多かったのですが、「探検隊コミュニティ」の仲間同士で参加する隊員、親子で行く隊員も現われました。
ブログ「東京交流会と父の日」
どんなに形が変わっても、そこにある独特の感覚は今も変わりません。
多国籍冒険ツアー体験談満載ブログ
世界中の仲間たちが集う旅、多国籍冒険ツアーは、多くの驚きと発見、刺激に満ちているのです。これを、あなたに何度でも体感してほしいのです。
【大人の修学旅行】のコミュニティが活性化しているように、今後は多国籍冒険ツアー参加者だけを集めたコミュニティもつくっていきたいと思います。
「地球探検隊」に関わる人、すべてが誇れるブランドに育てていきたい・・・自分なりの頂点を目指して、これからも挑戦は続きます。
「地球探検隊」 隊長 中村 伸一
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■2年ぶりの新刊、アマゾン・レビュー
(23件)、mixiレビュー
(70件)
あなたにレビュー頂けると嬉しいです。
■mixi(ミクシィ)会員の方へ
登録参加はすべて無料。
ミクシィ「地球探検隊」コミュ
(登録数は現時点で1,583人)
※コミュの参加条件は「地球探検隊」を知っている人です。
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あれこれ準備していくうちに過ぎていくのが人生だ。
ジョン・レノン
「新潟・魚沼の田植え体験(2)」
どんな洗練された大人の中にも、
外に出たくてしょうがない小さな子供がいる
ウォルト・ディズニー
探検隊の旅、初参加2人目はあやや。
長靴履いてもクールビューティ、あやや。
隊長、2日間という短い時間だったけど、ありがとうございました。私は、近くにきれいな川があったので、あそこで、BBQなんていうのも、いいなぁと思いましたが、いかかですか?あとは、あんな感じで満足でした。朝は一人で優雅に、鳥のさえずりなど聞きながらお茶もできたし♪
今回の旅で「旅行スイッチ」がMAXにONになり、また旅立ちたくなり、魚沼から帰ってからネット見まくりです。
あやや
あややにも「旅スイッチ」が入ったようだ・・・。
初参加の3人目はさよ。
さよです!先週は素敵な時間をありがとうございました!!コマうち、田植え…そして、皆とお酒を飲みながら過ごした時間…楽しいときから、あっという間に現実に戻ってきちゃいました~。
まだ一週間前なのに、すごく昔のことみたいです。でも、あの時間が私の中に何かを降り積もらせてくれたのだと思っています。では、また皆に会える日を楽しみにしています!!
さよ
さよはMLをつくってくれて農家民宿「青空」の森田さん所有「海の家」に行こうツアーを立ち上げ、幹事をやってくれている。うちは家族4人で行くつもりだ。
今週末、来週末の「下草刈り」
は定員10名満席!
また”たんけんたい米”成長ブログ
が更新されるのが楽しみだ。
国内の旅をやって旅の話をする場が増えたためか、多国籍冒険ツアー、大人の修学旅行など海外の旅にリピートする隊員が増えている。旅の話をする場って、意外と少ないのかも知れない。これからも、どんどん隊員たちの交流の場をつくっていきたい。
もし一年を通して太陽の日と
雲の日とを数えてみれば、
晴れた日の方が多かったということが分かるだろう。
オウィディウス
「新潟・魚沼の田植え体験(1)」
あれやこれやと何かに追われていると、
大事なことが、疎かになるものです。
「味いちもんめ 独立編」
15(日)新潟・魚沼、田植えチーム2チームが集まって、写真交換会という名の飲み会を13:00~16:00まで開催した。そこで出会ったのが、農家民宿「青空」オーナー森田さんを「おやじ」と慕うタツロウ(たっつあん)だった。翌日、すぐに「地球探検隊」メルマガを登録
してくれて、mixiの新刊レビュー
も書いてくれた。こんなふうに拡がっていくのが嬉しい。
チーム「コマうち」の仲間のうち、探検隊の旅に初参加の人はえっちゃん、あやや、さよの3人。
地球探検隊で扱う旅で、もっともゆったりとした時間が流れるのが、「ツリーダム」
と、この「新潟・魚沼”たんけんたい米”づくり」
かもしれない。
中村隊長、
先日は楽しい時間をありがとうございました。古民家の雰囲気も食事も最高でした!囲炉裏を囲んで語り合う夜がなんとも良いですね~。キノコのコマうちは初めての体験で、良い経験になったし、みんなとお喋りしながら力を合わせてやり遂げた感が良かったです。
田植えも、最初はどれだけ大変だろうとドキドキしましたが、田んぼの泥の感触が気持ちよく、一つ一つ植えながら愛着が湧いてきて、お米に対して感謝の気持ちが沸々と溢れてきました。慣れてきて「楽しい~!」と乗ってきたところで終わってしまい、ちょっと物足りない感じがしたので、もっと増やしても良いんじゃないかなぁと思います。
地球探検隊、初参加でしたが、これからドップリはまっていきそうです。スーチの様に常連さんになっちゃうかも♪また参加させて頂きますね~。
えっちゃん
まさに宣言通り、その後2つの旅に申し込みをした、えっちゃん。
出会いに感謝!
子どもだけではなく大人も含めて
すべての日本人が日本人にならなきゃいけない。
本当の日本人とは、この国の歴史を知っていることです。
先人たちが一体どういう生き方をしてきたのか、
つまりどういうことを大事にしながら
生きてきたのかという価値観を知ることが、
歴史を知ることの基本だと思います。
櫻井よしこ