リフレクションペーパー -6ページ目

杉本朱

05w2116009K 杉本朱

 まず、お忙しい中、他にあった予定をキャンセルしてまで、ご講演の為にいらしてくださった大森様に、深く感謝したい。更に、いつもの授業より時間が短い中でも、ご自身で用意してくださったパワーポイントを通して、簡潔に、解り易くお話をしてくださり、今まで知らなかった世界銀行の仕組みを知ると共に、その役割について考える、非常に良いきっかけを与えてくださったことにも、同様に感謝したい。

 今回の授業で、私が一番強く興味を持ったことは、生徒の質問に対する返答の中でお話されていた、エイズについてである。私は、個人的にエイズ問題に興味があり、他の授業や、自分なりのリサーチを通して、この問題をどのように解決したらいいのか、どうしたらこれ以上の感染者増加を防ぎ、今いる患者を救うことができるのか、ということに対して、正しい知識が人々の意識の中に植え付けられなければならない、そして同時に、即にエイズに感染してしまった人々を救うための、特効薬の開発が、最優先とされるべきであると考えていた。しかし、大森様のお話を通して、「まだ、感染していない人々を、感染から守る事が最優先である。」という意見を聞き、私自身、現地の人々が何を必要としているか、という視点に立って考える事ができていなかったことに気付かされた。更に大森様は、これ以上、感染者を増やさないためには、正しい知識を広めていく事が重要であるということ、そして、その際に、世界銀行が提示している、テレビ会議がその力を発揮する可能性についてもお話してくださった。そのテレビ会議は、世界各地の人々が、同じ画面上で、同時に情報を共有することができるシステムということだが、その際に、「誰が」情報を共有する必要があるのか、または、その情報の共有は、誰でもできることなのか、ということは、私が以前から持っていた疑問だった。離れた場所から、どのように現地の状況を把握し、現地の人々の要求を配慮した情報の共有ができるのか、という点に疑問を持っていた。それに対して大森様は、「村の人全員が会議に参加することは難しいが、代表の人々が出てきて、情報をシェアすることはできる。しかし、本当に大切なのは、その先、どうやって村の人々に伝えていけるか、ということだ。」とお答えになった。その言葉を聞き、やはり、直接会えなくとも、最終的には現地の人々と繋がるような情報の共有を目指す事が大事なのだと思った。ただ情報を流すのではなく、それを現地の人々に、どれだけ伝えられるか、どれだけ彼らのためになるような情報の共有ができるか、ということを考える必要があると、改めて感じた。

そしてこれは、離れた国と国とでのやりとりの際だけでなく、私たち個人が、身近な人と話す時にも、同じ事が言えると思った。自分が、「何を伝えたいか、何を伝える必要があるのか、相手は何を知りたいのか」という点を考えながら話をしなければ、ただボールを投げつけているだけになってしまう。モモがよく言うように、「言葉のキャッチボール」をするためには、ただ単に言葉を並べているだけでは成立せず、真剣に、自分が何を相手に伝えたいのか、伝える必要があるのか、それと同時に、相手の気持を考えた言葉を選び、丁寧に伝えていく事が大切なのだと感じた。「一音入魂」。モモの、この言葉に込められた意味を垣間見ることが出来たと感じた。

飯田 彩乃

05W211009B 飯田 彩乃 

 私は今回のご講演から、あらゆる面において多くのことを学ぶことができた。 

まず大森様のお話から、どのようなことにも一つ一つ時間をかけて丁寧に説明することを大切にしている印象を受けた。それは、大森様が「世界銀行のミッション」一つを説明するだけでも、長い時間をかけ、その背景を詳しく説明してくださったことをはじめ、スライドに出てくる言葉一つ一つの意味を私たちに納得がいくように論理立てて説明してくださったからだ。また、モモの最後のコメントから、大森様は、お話の際に使われた言葉一つ一つにも、根拠を持っていたことに気がついた。これこそ、モモがいつも私たちに言う、「一○○入魂」だと感じた。そして、そのためには、時間をかけることが必要であるということを学んだ。

 第二に学んだことは、MDGsに対して私たちができることである。ODA(政府開発援助)をテーマにして行われた第1回Development ライブ!にお越しいただいた外務省の上田様は、ODAが国際社会への援助において額を上げるよりも質の向上を目指しているのは、他国との信頼関係を築く上でも大切なことであるとおっしゃっていた。しかし今回、世界銀行の大森様のお話を聞いて、MDGsのような期限の定められている一つの目標を達成するためには、やはり、額が早急に必要になってくることを実感した。それと同時に、政府に額の増加を求めるばかりではなく、私自身のお金の管理の方法を少し変えることが、MDGs達成のためにつながることを学んだ。

 大森様は最後に、使える資源つまり「お金」は限られている。その中で、各国がうまく連携をとっていくことが効率的であるとおっしゃっていた。それは、ばらばらで行うことで重複してしまうリスクをいかに減らし、有効的に使っていくかということである。

 このお話を聞いて、このALPsがなぜひとつのプログラムであるのか。それについて考えた。それは、3つのそれぞれ違った形態を持つ授業を設定することによって、そこでのつながりを考えるばかりではなく、同じ新しいことを学ぶという重複が起こることを避けているのだと考えた。だからこそ、一つの授業で学ぶことの比重がいかに大きいかに気がつき、今まで以上に一つの授業で学ぶことの大切さを考え、一つ一つの授業を大切にしていきたいと思った。

何より、大森様が、「夜中だろうと朝だろうとやる時はやる!!」とおっしゃっているのを聞いて、今、私が抱えている最大の悩みである「睡魔に襲われる」という問題の解決につながると強く感じた。人間だから、眠くなるのは当然かもしれない。しかし、眠気に襲われたときに、なぜ、自分がここまできつい思いをしてこの授業を履修しているのかを考えてみようと思った。ターゲットは何なのかを考え直すことができたのだ。自分の為だけだとしたら、健康を考えて、すぐ床に着くだろう。でもそうすると、課題を終わらせられないまま授業に臨むことになり、モモとの契約を破ることになってしまう。モモがこんなにきつい契約を私たちと結んでいるのは、私たちにそれほど、「開発」について真剣に取り組んでほしいという思いがあるからだと思った。モモが常に私たちに真剣に向き合ってくださっているのは、今日気づいたことではなない。しかし、このプログラムがきつい理由を改めて気がつくことができた今日、また気持ちを入れなおして、私を支えてくれている周りの人たちのことも考えながら、努力していこうと考えることができた。

 貴重なお時間を割いてくださったことはもちろんのこと、私にこのプログラムに対するやる気をより一層駆り立ててくださった大森様とモモに心から感謝したい。本当にありがとうございました。


武石 さとみ

05W2114011J 武石さとみ 今回大森様のお話を伺った中で、私にとって特に印象的だったのは、「世界銀行はMDGsのイニシアティブをとれる」という世銀班のプレゼンテーションに対して投げかけられた、「世銀がイニシアティブを取るべきなのか?」という大森様のお言葉であった。それは、自分の所属している組織がイニシアティブをとるべきではないという大森様の謙虚なお人柄に対しての驚きと同時に、私の未熟な物の見方に対する発見であった。

私は今まで世界銀行に対し、その組織の大きさと金融面での援助という活動内容から、「本当に『貧困に苦しむ人々』のニーズに合わせた援助が行えているのか」という疑問を持っていた。だから、「HIVの感染予防にGDLNをもっと活用すべきなのではないか」という世銀班の質問に対し、「HIV感染に対する啓蒙活動は、GDLNに参加しないような現地の村の人々こそがtargetとして行われるべきなのだ」という大森様のお言葉を、正直意外に感じてしまった。また、今まで私は「世界の貧困に苦しむ人々を救うのにおいて、どの組織が行っていることが一番正しいのか」という見方をしていた。しかし、そのような視点を持ったまま伺った講演で、毎回ゲストの方の「貧困に苦しむ人々を助けたい」という熱いお気持ちを感じ、正直何が正しいのかわからなくなっていた。シャプラニールの大橋様の「多様性と相反する政府のAll Japanという言葉に共鳴できない」というお言葉に深く共感すると同時に、外務省の上田様の、ODAがより質の高い、より現地のニーズにあったものとなるよう、そしてODAに対する日本国民の理解を得られるよう、思考、工夫を重ね、私たち学生の未熟な考えにも真摯に耳を傾けてくださった熱心な姿勢が思い出され、複雑な気持ちを感じていた。しかし、MDGs達成のためには世銀がイニシアティブをとるのではなく、貧困に苦しむ人々自身が運転席に座らなくてはいけないという大森様のお話を伺い、「貧困に苦しむ人々を救うためには、どの組織が主役になるべきなのか」という見方でdevelopmentを考えていた自分に気づかされた。そして、「当事者主権」という言葉の意味を改めて自分に問い直した。貧困に苦しむ人々を救うために、政府、JBICNGO、世界銀行など、様々な組織が活動している。そしてどの組織の援助にも、長所と短所、得意な分野と不得意な分野がある。私は今までそこから、短所や不得意な分野など欠点の部分にばかり目を向け、批判をし、「より正しいことをしている組織は何か」と考えていた。しかし、政府にしか出来ないこと、NGOにしか出来ないこと、などそれぞれの組織が特色を持っている。そのような中で世界の貧困に苦しむ人々を助けるためには、政府がやっていることが一番正しい、NGOがやっていることが一番正しいということではなく、お互いが「貧困に苦しむ人々を救う」という共通の目標に向かって、その役割を補完しあうことが必要なのである。つまり、どこか「正しい」組織が主役となり、そこに現地の人々を当てはめるのではなく、主役である現地の人々をそれぞれの組織が、長所、得意な分野を活かした援助形態により支援していけばいいのだ。だから、組織を「良い組織」と「悪い組織」に分けることは出来ない。こう考えたとき、私の中で「世界は白と黒の2色ではない、グレーなのだ」というChadさんのお言葉につながった。物事は必ずしも善悪にはくっきりと二分できないということを、今回の大森様の講演を通して学べたと思う。私は今まで、普遍的に正しいものを求めすぎていた。だから、それぞれの組織の欠点ばかりに目を向け、批判をしていたのだろう。この事に気づいたとき、欠点があると、その一面から全体までも批判してしまう自分を未熟に感じるとともに、その短絡さを反省した。欠点があるということより、長所などポジティブな面を活かし、ネガティブな面をどのように改善していくかということこそが大切なのではないだろうか。

また、「言葉の使い方」の大切さも実感した。大森様は“the poor”という言葉を訳すとき、「貧困層」や「貧しい人々」という言葉を使わず、出来るだけ「貧困に苦しむ人々」という言葉を使うようになさっているという。私はそこから、「生活が貧しいからといって、必ずしも不幸だとは言えない」とおっしゃっていた大橋様のお話を思い出した。生活が貧しいから支援するのではなく、貧困に「苦しんでいる」からこそ支援すべきなのである。また、大橋様もお話の中で、当たり前のように私たちが「開発途上国」という言葉を使い援助の対象にしていることに対し疑問を投げかけられ、言葉に意味を込めて使うことの重要性をお話ししてくださった。私たちが普段何気なく使っている言葉には、自分が特別意図していない意味が含まれていたり、偏った価値観をベースとして使われていることがある。だからこそ言葉の持つ意味に十分留意して、「言霊」を大切にしなければいけないのだと強く感じた。

最後に、大変お忙しい中、遠い所までお越しいただき私たちに講演をしてくださった大森様に、心から感謝申し上げます。貴重なお話を、本当にありがとうございました。

片山朋子

05W1407016G 片山朋子

私が今日世界銀行について感じたことは、一言では説明できない多面性があるということだ。私は恥ずかしながら、世界銀行も銀行であるということに今日気づいた。世銀班のプレゼンを聴いて、ただ、援助国の政府が世界銀行に金を拠出し、被援助国の政府に援助という形で金を受け取っているといわれても、何も疑問に思うことはなかった。

しかし、それは一部のことに過ぎず、世銀に投資する投資家もいるし、借金をした国は借金を返さなければならない。事実、スリランカは世銀から借金をしている。マーケットから資金を得るわけだから当然それら投資家に対する利益を出さなければならない。その点では普通の銀行と同じように感じた。

さらに、大森様によると、世銀から借金をした国は、もし、世銀に借金を返せなくなったら、世界から信用を失うため、本当に困ったとき以外、金を返さないことがないという。この点ではかなりの権力があるように感じた。

これらをみると、金融に特化した機関といえる。

しかし、大森様の話を聴いて、世銀はそれだけじゃないと感じた。大森様が、世銀のミッションは「貧困のない世界」の実現ということを説明していたとき、誇らしげに言っているように感じた。事実、世銀の総裁が変わってもミッションが変わらないことに安心しているようだった。私は、貧困にという問題について考える場を作っていくことが貧困に対して貢献できるのではないか。という大森様の言葉が印象に残っている。

これらのことを見るとうまく説明はできないけれど、世銀にはいろんな面がある。今まで、先進国だからよくないとか、いいとかいうように考えるようにしてきたけれど、大森様は世界はそれだけじゃないと気づかせてくれた。大森様が世銀のありのままの姿を話してくれたからだと思う。

また、モモが最後にいっていたように、言葉を大事にすることの大切さを知った。貧しくて困っている人のことを「貧しい人」と言わないで、「貧困に苦しむ人々」と呼ぶ。何気ないことだが聴く人の印象が全く印象が違うと思う。私はALPsの授業を通して言葉の大切さを何度も実感した。自分の考えや意図していることを正確に相手に伝えることは難しい。こういったら間違ってこういうふうに捉えられてしまうのでないか、そう思うと何回も直さずにはいられない。でもそれは前より読む相手のことを考えるようになった証拠である。むしろ、前は読み手側のことなど考えていなかった。読み手側の事をかんがえるようになってからは、メールを作るときやレポートを書くときに最大限自分の言葉に注意してきた。それにもかかわらず、モモから“重要”とか“1番の援助国”という言葉の曖昧さを指摘されないと気づかなかったし、毎回毎回注意していても、的確な言葉を使うには何回も見直さなければならなくてとても時間がかかる。それほど言葉を選ぶことは大変なことなのである。しかし、私がこれから必要なのは、話すときにとっさに出てくる言葉に気をつけることだと思う。クイックレスポンスが大事だと思った。

藤元亮太

05W2114005K 藤元亮太

 今回、世界銀行東京事務所の広報担当官である大森様のご講演を聞き、自分がいかに字面に惑わされていたか、また、人と人とのつながり方について、自分はまだまだ行動につなげていなかったことを痛感した。

 今回プレゼン班を担当し、世界銀行についての情報をたくさん調べていながら、自分はそこに書かれていることを鵜呑みにしているところがあったことを痛感させられた。最初にモモから与えられたお題に応えようと考え、国際機関という言葉に固執してしまい、世界銀行も国際機関の枠組みでしかとらえようとせず、その考えに合うように情報を使っていたのである。しかし、大森様から多くのご指摘を受け、世界銀行の業務はまさしく銀行の業務であるということを忘れてしまっていた。一番初めに世界銀行債券のことを調べていたにも関わらず、今回のプレゼンに活かすことができなかった。また自分たちの考えを立証するために都合のいい資料のみを追求していたことを今は恥じている。資料やエビデンスに書いてあることを丸呑みで信じるのではなく、なぜそう書かれているのかを考えなければならないことを改めて認識させられた。

そして、大森様はネットワーキング・ディップスの話のなかで、自分から動くことの大切さを説いてくださった。ネットワークというものは自分から動かなければ絶対に得られないものであり、ただ待っているだけでは広がることはありえないと大森様はおっしゃられた。人とつながるためには技術に頼るのではなく、自分が持っている確かなものや、人と話したい気持ちを示すことが重要であり、それをもって人と接しようとし、実際の行動に移すことで、ネットワークは広がるのだということを自分のなかで再認識した。言うことは簡単であるが、それは大森様が今まで築きあげてきたものがあるからこそ、言える言葉であることを、会話のなかでひしひしと感じることができた。最初は淡々とお話しをされることから、前回来てくださった大橋様とは対照的なイメージを抱いていましたが、言葉ひとつひとつが的確でありわかりやすく、さらに私たちに伝えようという情熱を持ってこの講演会に臨んでくださっていることがひしひしと感じられ、たいへんうれしく思った。モモの言った、言葉の使い方を考えるということを、大森様は実現しているからこそ、淡々とお話をされているようでありながら、真剣に人と向き合い、伝えようとする気持ちが言葉に表れているように感じた。コミュニケーションをとるきっかけはどこからかやってくるものではなく、自分から始めるものであるということを、そして真剣に人と向き合うために確固たる考えや思いを持つことを教えていただき、心から感謝したい。

最後になりましたが、トリプルブッキングというご多忙な状況のうえ、わざわざ遠いところまでお越しくださり、当たり前のことながら、その当たり前を疑うことを示してくださった大森様に感謝の意を表したい。


豊田貴志

05W212019H 豊田貴志 まずお忙しい中、遠い所お越しいただいた大森様に御礼を申し上げたい。今回はプレゼン班として、講演会に出席し、得たことも今までの講演会から得られたような知識の発見だけでなく、その発見を通じて今後リサーチや学習をしていく上での学びも得ることができた。それは大森様がIBRD(国際復興銀行)とIDA(国際開発協会)の融資金の内訳についてのお話の時であった。そのお話の中で、IBRDの融資金はほぼ民間投資家が購入する世銀債によって賄われており、そのために融資金に利息をつけることで投資家にペイバックしているという内容があった。しかし私たち世銀班のプレゼンの中での世界銀行の業務形態は、間違ったものであった。なぜ間違った業務形態を提示してしまったのかというと、私個人はイメージで捉らえていた部分、つまり当たり前と考えていた固定観念がリサーチに組み込まれていたからであると考える。今までの私の中での世界銀行のイメージとは多国間で構成されている機関のため、融資金は加盟国からの出資金であり支援の色が強いと感じていた。しかし大森様の私たちのプレゼン(つまり私の世界銀行のイメージと同じ)に対するご好評では、私たちが示した業務形態は、IDAには当てはまるが融資金を民間投資によって賄われているIBRDには当てはまらないとご指摘された。そして私は大森様のご指摘をいただき初めて自分のイメージが間違っていたことがわかり、新しい発見として得られた。また大森様のご指摘を受け、私はリサーチをする中で正当性のある情報であることに固執し、その情報を疑うことをしなかったことに気付いた。たとえば、世界銀行がMDGsを策定したという情報を世界銀行のホームページから調べ、その事に何の疑いもなく資料として用いてしまい、結果的に大森様から世界銀行はMDGsを策定したわけではないというご指摘を受け、自分のリサーチをする上での情報に対する疑ってみるという意識が低いと痛感した。つまりどんな情報であれ、疑いをもって様々な情報を照らし合わせ、事実を導き出すことが必要であると考えた。また今回のご講演の後の懇親会では、大森様のネットワーキング・ティップスにあったように、積極的に人とのつながりを持つ、ネットワークは待っているだけでは成り立たないなど、今の自分に足りていない積極性やいかに自分の気持ちを伝えるかということなど、人との関係を作るうえでの貴重なアドバイスをいただくことができた。ぜひ、大森様のお言葉を活かせることができるような人との関係を作るためには、まず自分の意識から変えていく必要があると感じた。そのためには、恥ずかしさを乗り越える必要がある。またためらうことは機会を失うということであると感じた。そして大森様はこのような機会を逃さずに出会われた方々と関係を作られたのだと思う。今回の大森様のご講演では、今後の学びの上での心構えを教えていただいたような気がした。そして今回得られたこれら心構えを今後のリサーチに反映していきたい

谷本純加

05W1404016F 谷本純加

今回大森様のお話をうかがって、私は物事を深く見るということの大切さに気づかされた。たとえば、HIV/AIDSの感染拡大を防ぐためにセミナーを開こうとした場合、私は、すべての人を対象にセミナーを開くべきだという程度にしか考えられていなかった。しかし、大森様は対象が誰であるかということ、また、誰がそれを行うのに最適なのかについて考えることが大切だとおっしゃった。大森様は、もしセミナーを開くのなら、対象はなかなかそのコミュニティーで行われる会合などに参加する機会のない人であるべきだとおっしゃった。セミナーとして、人々にHIV/AIDSのことを伝えたいなら、それを知る機会がなく、また、これから感染する恐れのある人を対象にしなくてはならないのだ。また、それを実行するのは、実際にそのコミュニティーに入り、人々を啓発できる人でなくてはならない。人々に信頼を持たれていて、また、コミュニケーションの取れる人でなくてはならないのだ。また、HIV/AIDSに感染した人は日本ではたとえ感染してしまっても、生き続けることができるのに、アフリカなどで感染した人は、医療が発達していなくて死んでしまう。だから、すぐにでも最新医療を彼らに届けなくてはならない。この考えも、私など抱いてしまいがちだが、大森様が現地で活動なさっている方のお話をされ、これが短絡的な考えであるとわかった。彼らには、たとえ最新医療があったとしても、実際に食糧がなければAIDSのためではなく、食糧難のために彼らは死んでしまう、という大森様のお話をうかがい、上記の考え方は食糧が豊富にある日本の状況を当たり前のものとして、それに典拠した考え方であるということに気づかされた。それは、モモがいつもおっしゃっている応用力がない考え方なのだ。何か物事を考えるときには、その物事の持つ背景や事情、意味を考えなくてはいけない。このことは、日常生活を生きていくうえでも、とても大切なことであり、また常に持っていなくてはならない考えであり、忘れてはならないことだ。しかし、私はこのことをわかったつもりで、しっかりとは理解できておらず、この作業を行っていなかった。大森様のご講演はそんな私にその大切さを気づかせてくれた。これから、この考えを忘れないように、そして、この考えをちゃんと活かしたいと思う。

また、大森様のご講演をうかがい、世界銀行というものの像が自分の中で以前よりはっきりしたと思う。自分で世界銀行について調べていたときには、国際開発協会が利息なしで発展途上国にお金を貸していると知っても、ただ事実としてしか受け止められなかった。しかし、大森様のお話をうかがい、いかにそれが発展途上国とそのdevelopmentにとって必要なものなのかということ理解することができた。国際復興開発銀行が行う融資だけでは、発展途上国は思ったようなプロジェクトが行えない。世界銀行が、国際復興開発銀行と国際開発協会の二つによって支えられている理由がはっきりと現実味を持ってわかったと思う。自分はもっともっと途上国の事情を考え、世界銀行の意味を考える必要があったのだと感じた。

最後に、たくさんの仕事を抱えていらっしゃり、その日も、中央大学にお越しになる前には、高校生に話をしていたとおっしゃっていた大森様、本当にお忙しい中、遠いところを中央大学までお越しくださり誠にありがとうございました。貴重なお話をうかがえたこと、本当にうれしく思います。


井上八香

05W1405026L 井上八香  今回大森様からたくさんのことを学びました。お忙しい中遠くまでお越しいただき誠にありがとうございました。改めて御礼の意を申し上げます。

 今回大森様のお話を伺うまで、世界銀行は政府から集めたお金のみで運営しているものだと思っていました。しかし、実際融資するお金は民間から世銀債として集めて運用しており、不良債権などが生じた場合に各国政府が表明した出資金額の一部が徴収され、それが返済に充てられているという仕組みを理解しました。また、政府が担保になっている以上、世界銀行は民間の出資する人々にとっては安定した投資先であることは、民間人の投資は民間企業のみであると思っていた私にとって面白い発見でした。

 世界には内戦や政治的動乱にある人は5億人いるが、何よりそうした内紛は繰り返す可能性が高く(こうした状況をconflict trapというとおっしゃっていましたが)、そうしたサイクルを止めるためにどう対処したらよいかという問題が重要であるということを理解しました。私はスリランカの紛争についてリサーチしていますが、Conflict trapをなくすという課題は、停戦協定後も情勢が緊迫しているスリランカの問題にとってもまさに考えなければいけないことであると認識しました。ひとつの課題を見つけるきっかけを与えてくださったことにも感謝したいと思っております。

私はまだ情報を何でも鵜呑みしてしまうきらいがある点で未熟なので、世界銀行はMDGsのイニシアティブをとれるという発表を聞き、是非そうした役割を期待してしまいましたが、とるべきなのかということを大森様がご指摘なさるまで問えませんでした。「それよりもドライバーがドライバー席に座っているかが大切である。」という言葉で表現された当事者主権の大切さを改めて考えさせられました。エイズの問題に関しても、私はただ単にGDLNに期待しようとしか考えていませんでしたが、実際教育したい対象(target)は村の人々、しかも家の中にいる人が大事であることを改めて認識しました。

また自分の人脈ネットワークとは創るものであるということに感動しました。よく考えてみると自分の人間関係に責任があるのは自分自身で、よいネットワークを気づくためには自分自身が動かなければならないことに気が付きました。大森様のアドバイスを早速実行に移したいと考えています。

長谷川優

05W2114018G 長谷川優

今回の大森様によるご講演は、世界銀行の仕組み、世界の状況、またミレニアム開発目標達成するための資金など、より細かいところを詳しく聞けることで今まで以上に世界銀行に対する理解を深めることができた。また、大森様の温かさが伝わってくるご講演であった。大変忙しい中、このように私達のために来てくださった大森様に感謝したい。

まず、11つの言葉には深い意味があることを知った。それは大森様がおっしゃっていた「貧困に苦しむ人々」というフレーズからである。私は今まで“貧困”や“貧困層”といった言葉を使用することに、何の気も止めていなかった。しかし、言葉というのはその人と意図が入魂され表れるものであって、やたらに使われている言葉を使うことが良いことではないことに気がついた。大森様が「貧困層」ではなく、「貧困に苦しむ人々」という言葉を使ったことで、私は、大森様がただ貧困をただ失くそうとしているだけではなく、同じ地球上に住む人々、それも飢えや飢餓といった貧困に苦しみ困っている人々を救おうとしているといった印象をうけた。大森様がどんなに彼らのことを身近に、真剣に考えているのかが分かる言葉であった。

今まで私は、アルプスにおいての読み物を通じて、世界銀行というものは、先進国の声ばかりが反映され、またマイナスという要素を生み出す中で“開発”というものを強く推し進めているものといった印象をもっていた。しかし、先ほど述べたような大森様の貧困に苦しむ人々に対する想い、また“開発”というのはインパクトを与えるものであってそれが現地を発展させるかもしれないし、また文化や破壊を壊すことにもなりかねない、つまり決してプラスだけではなくマイナスの要素も持っているといったお話しをしてくださったことで、今まで世界銀行に対してもっていた印象が良いものへと変わった。毎回ゲストのご講演を通じて思うことだが、皆様は本当に私が想像できないほどの経験や葛藤を繰り返したうえで、今の状況に辿りつけているのだと実感することできる。

大森様は、今回の講演を行うように、人々に考える場を設けること、考える機会を与えることが、自分の中で現地の事や貧困に苦しむ人々を考えた時に感じる葛藤の対処だとおっしゃっていた。人々にこういった世界の問題を考えさせることは、間接的ではあるものの、現地につながっているのである。直接的ではなく間接的というのは、手ごたえがなく実感できにくいものだが、こうして今回私は大森様のお話を聞くことでとても大きな影響を受け、考えさせられた。これはやはり間接的ではあるが、私たちが地球市民として地球でおきている問題を捉えなおし、熟考するということで、このことがまた我々の住む地球での世界平和に結びつくのである。

ミレニアム開発目標にもあるが地球上の貧困削減の為にはたくさんのやるべきことがある。その中のひとつ、Aidsにおいて、大森様はHIVにまだかかっていない人に基本的な知識、常識を教えることで感染を防ぐことが、このAids問題を解決できるものとしておっしゃっていた。現地の人々にそういった知識を教えるというのは、Aids問題に限らず、ジェンダーや子供の死亡率、妊産婦の健康、また環境といったそれぞれの問題の対策、対処法として、共通してやれるべきことではないかと考えた。我々だけではなく、現地の人々も自分自身に起きているこの問題をしっかり捉え、知識を身につけることで、みんな同じ地球上の人々が同じ問題に取り組み協力していけるのだと思った。大森様のお話を通じて人に伝える大切さ、重要さを心から実感することができた。

鈴木彩

05W2113017E 鈴木彩


今回の大森様のお話を伺い、私の世界銀行に対するイメージががらりと変わった。私は今まで、世界銀行は民間の銀行と同じく、資金を貸すだけの機関であって、どこか無機質な機関かと思っていた。しかし、「Our dream is a world free of poverty-私たちの夢は『貧困のない世界』の実現-」という世界銀行のミッションを大森様が講演の始めに見せてくださったときに、私は自分の考えが違うのではないかと思った。この言葉に私は本当に感銘を受けた。外務省の上田様、国際協力銀行の江島様のご講演の時も感じたことではあるが、私は公的な機関に対して固定観念を持っていたのだ。

私は世界銀行に対して、国際機関という立場上、マクロな視点のみで貧困の削減を目指しているのかと思っていたが、そうではなかった。むしろ、大森様はミクロな視点を重視なさっていた。私にはそれが印象的であった。それを感じたのは、GDLNによるHIV感染リスクの知識をもつ教育者の育成の可能性についての質問にご回答くださったときであった。大森様は、HIV問題で大切なのは、感染していない人を守ることであり、それは誰なのか、また、感染者の割合が多い女性や少女などは家の中にいることが多い中、テレビ会議の必要性を問うていた。私はそこから「ターゲットは誰なのか」と問い続けることの必要性、そして、国際機関や政府は開発の補助をしているだけであって、開発をしていくのはあくまでも当事者であるということを学ぶことができた。

このことは、NGOの活動として有名な草の根運動とつながるのではないだろうか。政府やNGO、そして国際機関など、各セクターの方針はやり方は一見異なっているように思えるが、まったく違うわけではなく、すべて同じ方向に向かっているのだと思った。

developmentとは何であるのか、という質問に対して大森様は「change、そして social transformation」であるとおっしゃった。それは私たちに一人一人に受け入れられるものでなければならないという。そこからも、ミクロな視点の大切さを感じた。私たち一人一人が変わっていくことで、社会が変化し、貧困という地球規模の問題を解決していくことができるのではないのかと感じた。それと同時に大森様は「development とはimpactであり、 sustainableなものでなければならず、それをpositiveなものにするかnegativeなものにするかは自分達しだいである。」ともおっしゃっていた。sustainableとはいったいどういうことなのか、developmentだけではなく、さらにその影響についても考えていきたいと思う。

今回の講演では、次回のテーマである「開発コンサルタントとプロジェクト」に関するヒントがたくさんあり、懇親会の場において、大森様の意見も伺うこともできた。次回のプレセンテーション班として、今回学んだことを十分いかしていきたいと思う。

最後に、わざわざ中央大学までお越しくださり、ご講演をしてくださった大森様に、心から感謝申し上げたい。本当にありがとうございました。