藤元亮太
05W2114005K 藤元亮太
今回、株式会社かいはつマネジメント・コンサルティングの取締役でいらっしゃる岡部様のご講演を聴き、開発を行うことは、個人個人の高い意識と能力が必要であり、活動は国際レベルで行いながらも、その意識は常に現地の人のためということを実践なさっているお姿に、いまだ自分に足りていないものが多すぎることを改めて感じさせられた。
私は、企業が行う開発コンサルタントは、企業であるがゆえに自らの利潤追求をせざるをえないため、開発を受ける側の人々がきちんと満足できる開発プロジェクトを立ち上げ、遂行し、結果を出すことで、会社の信用を得て、利益追求をしていると考えていたが、岡部様の開発に対する情熱の果てしなさにただただ脱帽するのみだった。利益追求などではなく、いかにして開発を進めるのか、またその影響を受ける人々にいかに満足してもらうかということを常に自問していらっしゃるそのお姿が、私の考えがいかに狭く浅かったかを教えさせられた。頭でっかちの理論や議論だけでなく、「現場」に本音で接することができることが、開発コンサルタントとしてのやりがいであると岡部様はおっしゃられた。しかし、本音で接することができるのは、岡部様が現地での苦労をなさり、私たちには想像できないほどの苦難を乗り越えてきたらこそ、本音で接して得ることができるのだろうと思う。常に問題意識を持ち、相手の立場に立って考える力は、開発に限らず、人生をおくるうえで重要な能力であるに違いないと私は考えている。岡部様の開発に対する態度は、開発だけではなく、全てのことがらにつながり、私が今後人との付き合いをするうえでも重要なことであると考え、相手の立場に立ち、そのことで精一杯苦しむだけの誠意を持たなければならないと感じた。
また「開発」を考えるうえで、開発マネジメントが、「開発」をつなぐ役割を担っていることが明確となった。これまで政府、非政府、国際機関とさまざまな視点から「開発」について見てきたが、岡部様がおっしゃったように、各々が役割を持ち、責任感と能力が重要となってくるとのお話を聴いたことで、私たちが学ぶ「開発」とは、どこかの機関が率先してやるのではなく、世界中のあらゆるアクターが同じだけの強い問題意識を持ち、解決しようという意思を共にしなければならないことを再認識させられた。開発コンサルタントは、開発のアクターであり、ステークホルダーであるさまざまな存在(政府、NGO、国際機関など)と対等に渡り合える存在であり、「開発」のありかたについて現地レベルから、国際レベルまで幅広く見られることが、最大の利点ではないかと考えた。「開発」は一つの分野のみでは決してなしえないからこそ、世界全体での取り組みが今後の躍進へとつながるのではないだろうか。
最後になりましたが、帰国されたばかりでお疲れのところを、わざわざお越しくださった岡部様に多大な感謝の意を表したい。
杉本朱
05W2116009K 杉本朱
まず、先日帰国されたばかりでお忙しい中、多摩の山奥までいらしてくださった岡部様に、感謝したい。ゲストをお迎えして講演を聞かせていただく、という形式のDevelopmentライブ!も最終回を迎え、終わってしまう寂しさと、最後だからということが関係して、いつもに増して、ゲストの話に貪欲になろうという気持ちとが入り混じった、複雑な気持ちで授業に参加した。 この、最後を締めくくる岡部様のお話は、一体どのようなものであろうかと、非常にわくわくしていた。
岡部様のお話の最中に気付いたたことは、何度も何度も頷いている自分がいるということであった。それは、岡部様が今現在やられていることが、私がALPsの授業の中で、どうにかやっていきたいと考えていることだったからである。それを強く感じたのは、岡部様がご用意してくださったパワーポイントの中にあった、「開発コンサルタントとしてのやりがい」というスライドに書かれていた項目を見た時である。様々なアクターがいる中で、それぞれと対等に接すること、そのプロジェクトに関わった人や組織が、変わるきっかけづくりができること、その変化を目の当たりにできること、現場に本音で接することができること。これらの項目はすべて、ALPs履修生との関わりの中で、私がやりがいを感じる部分である。25人ほどの人が集まって、一緒に作業をしていく時、必ず考えなければならないこと、それは、「そこにいるみんなが満足するような方法で進めていくこと」だと私は考える。最小限に偏りは押さえ、あくまで中立的な立場でみんなと接し、どの意見も同じように聞き、それぞれが満足いくような方向に持っていかなければ、みんなが満足するような授業は作れない。私はそう考える。この時、私の役割は、みんなの意見を聞き、それらをどうにか組み合わせ、みんなに提案することだと思っている。全体が何を思っているのか、どうやって進んでいきたいのか、今、どんな気持ちでこの授業に参加しているのか。それらについて、一人一人と話し合い、知ることは実に大変だが、このことをずっと念頭に置いて2ヶ月間やってきた今、ようやく岡部様のお話を通して、自分がやってきたことは間違っていない、と自信を持って言うことができると感じた。
それと同時に、岡部様のお仕事に、強く惹かれた。相手が何を考えているのか、何を本当に求めているのか、どのようにコミュニケーションをとっていったらいいのか。そのようなことを常に頭に置いてお仕事をされている岡部様が、私にとって、とても眩しく映り、非常に感動した。そして、現場の声はもちろん、それだけではなく、そのプロジェクトに関わってくるすべての人々の考えまでもをケアする。つまり、私たちが今までお会いした、すべてのゲストの方々を、つなぎ合せ、同時にコンサルトする役割を担う。こんなに素晴らしい仕事はないと思った。リサーチの際に、「企業」という言葉を聞き、岡部様にお会いするまでは、どうしても利益目的なのではないかという考えが取り払えなかった。しかし、岡部様のお話を通して、決して自らの利益だけを目的とせず、人と人とをつなぐ事、それを念頭に置いて活動なさっていると強く感じ、感銘を受けた。
懇親会でも、今、私が抱えている思いを、モモと数人の履修生とシェアできたことは、私にとってとても意味のあるものであった。今まで2ヶ月間抱えてきた思いを、つたない言葉ながら、みんなに伝えることで、それぞれが何かしら考えてくれたら、と思う。同時に私も、モモやみんなの意見を聞き、新しい考えをもらうことも出来た。この先、どのようにALPsが変わって行くかはわからないが、後悔の無いように、充実した日々を送っていきたい。
今回の授業は、懇親会も含めて、非常に充実した時間であった。最後になったが、お話を聞かせてくださった岡部様、このような素晴らしい機会を与えてくださったモモ、一緒に授業を作ってくれた履修生全員に、深く感謝したい。この先、スリランカに行くまで、様々なことが待ち受けていると思うが、岡部様を初め、今までご講演をしてくださったゲストの皆様のお話を糧に、モモと履修生と共に、力強く進んで行きたいと、心から思った。
12月16日分の投稿欄はここからになります 稲葉想
05W2111013E 稲葉想
本日の岡部様による講演会で、得られたこと、感じたこと、疑問に思ったこと、様々にあるのだが、それらを全てここに書ききることは不可能に思う。というのも、それらは、私にとって、当たり前のことであり、以前からそうだと信じていたことでもある反面、なにをするにおいても一番大切であると考えているもののうちの一つであるからだ。当然のようであるが、なによりも重要で、何よりも先に私の心の中に前提として根付いているものであり、だからこそそれは、私の中で本当に多くのものとつながっていて、本日の講演でそれらのつながりが垣間見られた時、ものすごい感動と興奮に襲われたのだった。だから、その感動を一枚のワードに書ききるなんてことはできないし、したくもないのである。
しかし、本日の講演会では、岡部様本人に、なんとしてもこの想いを伝えたくて、話聞きたさにできた人混みの中、何とか岡部様と話す機会を獲得できた。そこで、今回はその際にお話したことについて中心に書いていきたいと思う。
岡部様は、プレゼンテーションを通して、「わかりやすい言葉で説明する」ことに、重きを置いていらっしゃった。それは、「開発」を途上国で行う際に現地人と会話をしなくてはいけない時、説明を求められた時などに限らす、友達と話すにしても、先生と話すにしても、モモと話すにしても、同じことだと思うのだが、「伝わらなきゃ話したことにならない」という、ある意味で厳しいこの社会の価値観に、見事に則っていると思う。当たり前のように思えることであろうが、案外私たちはそれをできていないと思うのだ。ましてや、そのような「コミュニケーション」のレベルの事など、わざわざ意識して生活しているものは少ないであろう。だからこそ、岡部様の、その「諭し」は、すごくショッキングであると共に、どこか「地に足のついた」感があるのだった。
私は個人的に、企業経営論や、「リーダーシップ」というものにすごく興味があるのだが、その関連で話をすると、まさしく「企業」のトップで、社長という地位でもって会社の経営を管理し、また、「リーダーシップ」というツールでもって社員を巧みに動かし、動いてもらい、信頼し、信頼してもらうという作業を日々繰り返している岡部様の口から直接、「地に足のついた」お話をしていただけたことを、大変うれしく思った。なぜなら、そのような「企業」における「リーダーシップ」を兼ね備えた人物こそ、しっかりと自分を観察でき、人と会話ができ、当然のことを当然に行える、「地に足のついた」人物であるべきだと考えるからだ。そういった点で、岡部様は非常に私の理想の将来像に近く、また、現在学んでいる「開発」とい分野に携わっていらっしゃってもいる。そういった意味でも、この度岡部様と出会えたことは、私に人生においてとても大きな影響力を持つ出来事であった。
本当に、この機会を与えて下ったモモ、問題意識を持ってプレゼンをしてくれた開発班、そしてわざわざこの遠く寒い多摩までお越しくださった岡部様に、心から御礼を申し上げたい。
(まだまだ書ききれない感動を沢山持っているので、この記事を見た人は、是非とも僕と話し合って欲しいです。)
辛 尚美
05W2116004J 辛 尚美
私は世銀、そしてMDGsについてリサーチをしている中で、前回大橋様がおっしゃっていたことを思い返していた。私は大橋様のお話において、「開発」という概念そのものがいわゆる先進国側からの目線であり、偏った考え方であるということが自分の中で強く印象に残った。それまで、開発というものを当たり前の概念として捉えていた私にとって、大橋様のお話は自分の偏った考え方を見直すきっかけとなった。そして、あくまで問題を解決するのはその国の当事者であるということを再認識したのである。そのため、私は今回のテーマについてリサーチを進めるのがとても難しかった。なぜなら、前回開発についての考え方を見直したばかりであるのに、MDGsというのはまさにその名の通り、「開発」を目標としている。正直なところ、私は開発をどのように捉えてよいものかわからなくなっており、その目標を達成する上で重要な役割を担っている世銀に対しても、結局は先進国側からの目線で「援助」を行っているに過ぎないのだろうと、マイナスなイメージしか持つことができなかった。
しかし、今回大森様のお話を伺ってみて、そのイメージは壊された。まず、大森様はプレゼン班からの質問に対し、MDGsの認知度を上げるというよりもむしろ、途上国の問題についてグローバルな視点で見れることが一番大切である、とおっしゃっていた。このお言葉から、世銀が決して一方的な援助を行っているだけの機関ではない、ということがわかった。また、世銀の世銀内部でも開発についての考え方を見直す動きがあるということもわかり、非常に安心した。そして、生徒からの質問に対しては、イニシアティブはやはり世銀やその他の機関が持つべきものではなく、当事国が持つべきものである、とおっしゃっていたが、これは大橋様のお話と共通しており、当事者主権で問題を解決することの大切さを改めて感じた。また最後に、大森様の考える「開発」とはchangeであり、changeすることによって、そこには良くも悪くも当然何かしらのimpactがあるが、それを良いものにしていくかは、自分たちのやり方次第である、とおっしゃっていた。私はこのお言葉を通して、今まで自分は「開発」という考え方が良いか悪いか、そしてそれに携わっている機関の行っていることが良いか悪いか、という見方しかできていなかったことに気がついた。しかし、途上国の問題を解決するためにはやはり開発、つまりchangeは必要不可欠であり、その携わり方は、それぞれの機関によって変わってくるものである。今回は、世銀という金融機関の立場上、お金によって援助を行っているだけであり、その業務を一概に良い悪い、と考えることはできないのだ。ただ、政府、企業、NGOを問わず、どの立場においても共通して言えることは、本当に途上国のことを考え、当事者主権でそれぞれがやるべきことをやっているということであろう。このことがわかった今、私は物事を良い悪いの判断で考えることを辞めようと思った。やはり、世の中に絶対的に正しい答えというものは存在せず、色々な考え方、つまり多様性がある中で、自分が正しいと思ったことをやっていけばよいのだということを強く感じた。そして、今回このようなことを再度考えるきっかけを与えてくださった大森様には心から感謝したい。
加藤翼
05W2111014C 加藤 翼 まず、今回はテレビ会議を途中で抜け出してまで、中央大学まで起こしいただいた大森さまに感謝したい。ディベロップメントライブの世銀班として、大森さま連絡と班員で連絡をとっている時からご多忙な印象を受けていたが、メールなどの返信もスピーディであったので、時間の使い分けが上手い方なのだな、と思っていた。そういったところを是非見習っていきたいと思う。
講義の中で大森さまは、貧困生活者のことを、『貧困に苦しむ人々』とおっしゃっていた。これは、貧困といっても、十分な食物が得られないことによる貧困であるが、貧困ではないにしてもきれいな水が得られないということや、紛争によって困難な生活を強いられているという現状も世界には多く存在していることも考えると、貧困だけが問題ではないと改めて感じた。
また、MDGsを達成するにはどれくらいのお金が必要なのかということがあまり知られていないことも、MDGsが広がっていかない一つの要因であるということだったが、私自身も世界銀行からの200億ドルの融資がどのように使われているかということや、MDGsを達成するために必要なお金というものを考えたことがなかった。
以前起こしいただいた大橋さまもおっしゃっていたように、世界の軍事費を開発に投入することができれば、かなりのプラス資金になることを考えれば、先進国からさらに上の援助をすることもできるのではないかと思う。
大森さまには、懇親会の時にもお話をうかがったが、やはり一番の収穫は、ネットワークティップスについてであった。チャンスがあれば自分から積極的に行くという、考えてみればなるほどと納得してしまうが、実際にやろうと思うとなかなか実行に移せない、難しいアドバイスをいただいた。自分から相手に伝えたいものがあって、これを伝えるんだ、というものを持ってさえいればあとは自分がその後どういうコミュニケーションをするかにかかっているということを3度ほど耳にして、大森さまが今まで作ってきたネットワークの強さを改めて実感した。
最後に、お忙しい中中央大学まで起こしいただいた大森さまに感謝したい。
飯島輝美
05W2111001G 飯島輝美
最初に、大森様にお忙しいにもかかわらず今回の講演会のために、都心から中央大学という遠く離れたところまでいらしてくださった事に深く感謝したい。私は今回の講演会を聞き、私たち一人ひとりが地球市民の一員として、世界で起きているさまざまな問題に対してしっかり目を向けなければならないと感じた。
今後人口が増加することにより、食糧需要が追いつかなくなったり、水供給がさらに厳しくなったりするだけでなく、車の使用増加による温暖化の加速、温暖化による住むための土地・食糧生産するための耕作地の減少、食糧不足による物価の高騰、そして先進国だけが食糧を手に入れることができ途上国は貧困の人々が増えるという、悪循環ができてしまうという事実を聞いたとき、貧困に対する見方が変わった。私は、これまで途上国が発展できないのは途上国内の紛争や衛生管理が行き届いてないなどによって起こるのだという考えが染み付いており、先進国や国際機関がお金を貸さないといけない状態になっているのだと思っていた。しかし、実際には先進国がそのような状況を作り出している要因のひとつだと考えられた。私たち先進国の多くの人々はこのことを知らずに生活しているといってよいだろう。このように考えると、大森様がおっしゃっていたようにMDGsを知ってもらうよりも先に、途上国で起きている問題をグローバルな視点で考えてもらう事が重要だという事を理解できる。世界規模で目標を策定することによって、世界全体が問題解決に賛同して連結していこうという強い意思表示をしているのだと感じた。その中で世界銀行はIBRDとIDAの2つの国際機関は「金融」という立場において、IBRDは主にマーケティングから得たお金を、IDAは加盟政府国から得たお金を、それぞれ異なったやり方で被援助国に融資している。2つの金融機関が異なる資金集めや返済請求をすることにより、被援助国に対して援助の必要な額や期間の対処がうまく行われていると考えられた。
大森様はthe poorを日本語に訳す際、「貧困に苦しむ人々」という言葉を使っておられた。私は今までthe poorを特定した言葉を使わずに「貧しい人々」や「貧困層の人々」など、あまり深く考えずにさまざまな表現を使ってきた。大森様がthe poorの政治的スタンスを考え、「貧困に苦しむ人々」と特定していたのに対し、私は表面的な部分でしか考えておらず、言葉の意味を考えて大切に使っていなかった事に恥ずかしく感じた。前回の大橋様のお話にもあったが、その言葉がどのような意味を持つのかをきちんと考えて使用することが大切であると思った。大森様はdevelopmentというのは、常に変化し人々にインパクトしているものであるとおっしゃられていた。そのdevelopmentが必ずしもいいものになるとは限らない。一つひとつのdevelopmentのためには、私たち一人ひとりがdevelopmentを受け入れて考えながら行動していかなければならないと改めて感じた。
森田麻美
今回大森様の講演を伺うことで私の中である変化が生まれた。それは、今まで遠い存在だと感じていた世界銀行や「貧困に苦しむ人々」を、身近なものとして捉えられるようになったということである。
私がこのような変化を得たのには三つの理由がある。一つ目は大森様の「貧困に苦しむ人々」に対する姿勢である。これは世界銀行という機関そのものに対しても同じことが言えるのかもしれないが、世界銀行という巨大な組織に属し、政府への融資という大規模な仕事を扱っているにも関わらず、自分の仕事の本当のターゲットは一人ひとりの「貧困に苦しむ人々」であるというミクロの視点を持ち続けているという姿勢である。具体的には、学生からの質問のお答えとして、MDGsの認知度を上げるより、途上国の人々について知ってもらう方が重要なのではないかとおっしゃったことが挙げられる。このような姿勢から、「貧困に苦しむ人々」こそを身近に感じようとする意識的な強い思いが伝わってきた。大森様が「貧困に苦しむ人々」という言葉を用いている理由も、貧困層などの一般的に定義された言葉を使うのではなく、「貧困に苦しむ人々」と自分で解釈した言葉を使うことで、彼らのことを常に問い直しているからなのではないだろうか。
二つ目は、大森様が私たちのできるMDGsへの貢献として、意識しなければただの行為にすぎないけれども、少し考えることで同じ行為がMDGsへの貢献になると教えてくださったことである。それは、同じお金を投資するのでも、より環境に配慮した会社に投資することでMDGsへの貢献になるということであった。私はこの投資を普段の買い物にも同じように応用できるのではないかと考えた。国際社会における目標であるMDGsと個人である私を、私の普段の生活のレベルで結び付けてくださったことが新鮮であった。
三つ目は、世界銀行東京事務所の運営費を「貧困に苦しむ人々」を助けるプロジェクトを実施するために用いるのではなく、今回の私たちにしてくださったような講演を持ち、知識を広めることも、間接的に貧困をなくす行動につながっているのではという大森様の考えを伺ったことである。この言葉を伺って、私は「貧困に苦しむ人々」を助ける機会を一つ犠牲にしてこの講演を伺うことができているのだとわかり、この機会を無駄にしてはいけないという責任感を感じた。つまり、私の行動が、「貧困に苦しむ人々」に直接影響を与えていることを実感したのである。
このように、大森様は世界銀行や「貧困に苦しむ人々」を、身近なものとして考える機会を与えてくださった。せっかく与えられたこのミクロの視点を失うことのないように、私の生活レベルから意識を改善していきたい。
玉木香奈
05W5215005D 玉木香奈 まず始めに、大変お忙しい中、しかも本日は他のお仕事も抱えていたにもかかわらず、わざわざ遠い所まで足を運んでいただいた大森様に大変感謝したいと思う。
本日の講演での大森様の言葉の一貫の中で、常に直面する問題の根本的要素をクリティカルに考えることの重要性を改めて学んだ。貧困のない世界を目指すという目標を掲げる世界銀行だが、その達成のためには、そもそもなぜこのような国際機関やMDGs等の政策が誕生することになったのか、ということを考えなければならない。実際に世界ではどのような問題が発生しているのか、その問題を解決するための知識やら手段やらを本当に伝えるべきtargetは誰であるのか、という疑問を常に抱いていなければならない。開発はchangeであり、sustainableなものでなければならないとおっしゃっていた大森様だが、その言葉のとおり、単なるimpactで終わってしまうような目先の開発は容易なものであるのかもしれない。世界銀行の活動一つにしてみても、その財源の大部分が政府であるという自己の先入観が先走ってしまい、marketからの財源を考慮すること、またそのmarketに対しての返済する利息分を政府からの資金調達が賄っているというしくみ、そして投資家によって保障されている世銀債の効用等というような、多角的な活動内容について考えることができなかった。このように、Developmentライブを重ね、様々なゲストの方のお話を伺う中で繰り返し感じることは、ひとつの問題を見るにしても、自己の価値観や先入観のみでその良し悪しなどを決め付けてしまうという危険性である。実際にお話を伺えるというすばらしい機会が得られているので、このような自分の判断の誤りなどに気づかされることもあるが、常に意識を持って目の前の問題に取り組んでいかなければならないと
思う。
また、講演会でのネットワーキング・ティップスについての大森様のお考えに対し、私はとても納得させられた。ネットワークとは、誰かが用意してくれるものではなく、自分で作っていかなければならない。しかし、そのためには、相手に自分をプレゼントできるようなものをしっかりと備え、それを伝えることで自分を知ってもらわなければならない。頭では理解できることだが、実際に行おうとすると、想像以上に難しい。しかし、そうやってできた人脈ほど、sustainableなものであり、人脈が人脈を生むではないが、互いの魅力を理解できるからこそ、相手に求めるものも強くなり、そこから比例するように自分も相手に対してさらに伝えたいと思うものが形成されていき、これがネットワーキングの大きな要素なのだと痛感した。自分を表現するためには、自分を知ることがとても大事であるが、実際に考えると答えを出すことがとても困難に思える。しかし、大森様のお話を伺い、たとえばひとつの問題にたいしてみても、それについての自分なりの考えとは何であり、それをどれ程の想いで相手に伝えようとしているのかを自分で実感し、それを行動に移すことから、自分とはどのような人間なのか考えられるきっかけにもなるのではないかと考えた。これから学んでいく中で、自分なりの切り口というものをしっかりと見つけ出し、そこから自分が何を感じ、何を伝えたいのかということを、曖昧なままthroughしてしまうのではなく、積極的に考えいきたいと実感した。
小幡将吾
まず、ご多忙のなか私たちの為に貴重なお時間を割いてくださった大森様に深く感謝したいと思う。私は、大森様からのご講演から自分たちがいかに情報を鵜呑みにしているかを痛感させられた。今回、プレゼン班として講演会に参加した。私たちの班はモモから与えられた国際機関、世界銀行、MDGsというお題にこだわりすぎてしまい、世界銀行の本来の銀行としての役割に目を向けられなかった。私は、世界銀行から得た情報を当たり前のように受けてしまい、自分たちの考えに合うような情報処理をしてしまっていた。大森様がご講演してくださった内容はまさしく銀行としての世界銀行だった。ただ目の前の情報に対して、受け流すのではなく、情報の本質について考えることの大切さに気づかされた。
大森様からのネットワーキング・ティプスについてはとても参考になった。大森様がおっしゃったのは、自分から人に関わろうとすること、待っていてもネットワークというものは自分のなかに入ってこないとおっしゃっていた。どうしてもこの人と話したい、関わりたいという気持ちを持つことが大切であり、自分の中の気持ちを相手に示すことにより、ネットワークがつながっていくのだと感じた。大森様から話される言葉には、私たちに何かを伝えたいという気持ちが、私の心の芯に伝わってきた。私自身大森様からの言葉に鳥肌がたったとともに、人の言葉というものが伝わることにより、こんなにも感動するのかと思った。モモが講演会で言った、言葉を丁寧に使うことの大切さを、大森様は常に実践なされているからこそ、人に自分の気持ちを伝えようとすることができるのだと感じた。人に対して真摯に向き合うには、自分が相手に思いやる気持ち、考えを持っていなければならないことを教えてもらうとともに考えさせられた。
大森様から教わったことをこのままにするのではなく、自分自身、さまざまな経験を通して更なる磨きをかけ、少しずつ時間をかけながらゆっくりと自分の中の人に対しての考えを大きくしていきたいと思った。
沼尾 咲絵
05W2116011G 沼尾咲絵
今回わたしたちはこのプレゼンを作るために、多くの時間を費やした。情報収集をし、議論をし、個人レポートを数回書き、また議論した。尽きない議論、堂々巡りの繰り返し、また時に「世界銀行」という組織の果てしなさに狼狽し、また時に「貧困」という感じ切れない現実に苛立ちを覚えた。「国際機関とは何か」「貧困の定義とは何か、そもそも貧困を定義することに意味はあるのか」「MDGsの対象者は誰か」答えの出ない問いに遭遇するたび、ちっぽけな自分を強烈に意識させられた。知識の底を感じた。いや、知識だけでなく、これまで意識しなかった問い、やりすごしてきた問いの大きさに、「気づけなかった」自分自身の底を感じた。ひどい自己嫌悪にも陥った。ある議論の最中、確か私たちがリサーチを開始して間もないころであったと思うが(また、McMichealの読み物にもだいぶ影響を受けていたが)、「MDGsも結局は先進国的な立場に基づいているじゃないか。『先進国』が『途上国』に与える、という形式は、植民地時代となんら変わりはないじゃないか。MDGsに掲げられている目標は、現実の伴わない理想論でしかないのではないのだろうか。ではなぜMDGsは立てられたのか?」と議論が憤ったことがあった。そのときメンバーのうちの一人が「事実、これによって救われている人がいるからではないのか」と言った。例えその形式は変わらないとしても救われている人がいる…。「本質」が見えない議論の隙間の、こういった「気づき」を通し、私たちは少しずつ前進していた(ような気になっていた。)
プレゼン発表が近づくにつれ、「形にしなくてはならない」というプレッシャー、作っては途中で崩れていくロジック、投げ出したくなった。班員の足並みがそろわないことに苛立ち、信頼関係など、私たちは作れないのではないかと、絶望に似た汚い感覚も、正直感じた。何より、自分が嫌になった。
しかし、結果、わたしたちは「ひとつのもの」を「みんなで」作ることができた。後ろを振り返れば、その道は雨上がりのどろんこに、そのまま固まってしまったいくつもの足跡たちのように、決して「まっすぐ」でも「一本」でもないし、「整った」ものでもない。ぬかるんだ道は、歩きづらく、必死に進もうとすればするほど思うように進まず、靴は汚れ、疲労感だけが増していった。しかしその後に残ったものは紛れもないわたしたちの残した「足跡」であり「軌跡」である。誇らしくはないが、恥ずかしくもない。
ねえみんな、もう「世銀班」として同じ目的につながるどろんこ道はないけれど、これからはそれぞれのどろんこ道を、またがむしゃらに歩いていこう。みんながそれぞれのどろんこ道で、もがいていると思えば、先に進む勇気と元気が沸いてくるような気がします。
最後に、私たちを支えてくれた履修生のみんな、本当にありがとうございました。また、至らない私たちのせいで、モモにもたくさんの負担をかけてしまい、申し訳なく思っています。