リフレクションペーパー -5ページ目

西村麻美

05W2115015F 西村麻美 まず、大変お忙しい中お越しくださった大森様、本当にありがとうございます。わたしは今回、大森様のお話を伺ったなかでもっとも印象に残ったお言葉がある。「国連が、あるいは世銀がイニシアティブをとれるといったような話ではなく、当事者である人がきちんと運転席に座っている必要がある。」という言葉である。わたしはこの言葉を聞いて、前回うかがった大橋様のお話から「当事者主権」のものの見方の大切さを理解し、自分でもそれを心掛けていたつもりであったが、まだ、物事を考えるときに、一方向的で未熟な見方から抜け出しきれていないということを実感させられた。「世界銀行がイニシアティブをとれる」という世銀班のプレゼンテーションに対して、果たして世界銀行がイニシアティブをとる必要があるのか、援助を受ける貧困に苦しんでいる現地の人々もイニシアティブをとる必要があるのではないかと大森様はおっしゃった。 「貧困のない世界を作る」というひとつの目標を達成するためには、率先して行動するということを世界銀行と現地の双方が行う必要がある。双方がイニシアティブをとることによって初めて成しえることなのだ。これは世界銀行に限らず、政府・JBICNGOなどあらゆる機関にあてはまることである。

また、大森様のお話からMDGsに対してのわたしの考えが改まった。わたしは、MDGsに関してリサーチする中で、MDGsとは、「貧困をなくす」という漠然とした先の見えにくい目標を、「11ドル未満で暮らす人口比率を半減する」などといった具体的な数値を明示した目標として掲げ、またその目標達成期間を定めることによって、貧困というものを、早急に解決に向けて取り組むべきものとして現実味を帯びて私たちにせまらせるという点で非常に重要なものだと考えていた。つまりわたしは、具体的な目標を掲げたという点に注目していた。しかし、そうではなく、189カ国・147元首がこのMDGsに合意したということが重要なのだと気づかされた。貧困や環境といった地球規模の問題の解決には、世界各国が心をひとつにして活動するということが非常に重要なのである。これを率先して実践することができるのは、国際機関である世界銀行だからこそだと感じた。また、国際機関としての世界銀行は、各国をまとめ、そして互いの連携を図って効率的に活動を推進させることができるという長所を持っているに過ぎず、「貧困のない世界を作る」ということを実現できるのは、それぞれの国々、そしてそこに暮らす人々なのであるということを忘れてはいけないと思った。大森様が日本でのMDGsの広報活動において重要視しているのは、MDGsについて知ってもらうということではなく、そのMDGsを掲げるにあたった背景を知ってもらうということだとおっしゃっていた。より多くの人々が、途上国で起きている問題について知り、さらにそれをグローバルな視点で考えるということが大事なのだ。そして自分には何ができるのかを考え、行動するのである。そうすることによって、国という枠でなく、世界全体として「貧困のない世界」を目指せるのではないだろうか。世界銀行は、国や、あらゆる機関を動かしている遠い組織のように感じていたが、このようなきっかけを私たちに与えるという、身近であり、重要な役割も果たしていると分かった。


岩瀬慧

05W2111017H 岩瀬慧 私は今回、プレゼン班だったからこそ、様々な知識を得た。具体的には、MDGsを策定したのは世界銀行であるという世界銀行東京事務所ホームページの記述を鵜呑みにしてしまったこと。たとえその記述があっても、本来ならばMDGsの策定された背景の動きを調べれば、国連加盟国の決定(つまり国連総会)が主体であることを考えれば、本質を捉えることはそう難しいことではなかったと思った。また、GDLNに関する質問においても、安易にMDGs達成のために活用すべきであるという内容にしてしまったが、エイズの効果的な予防とはなんなのかについて全くリサーチをしないまま質問として提出してしまったため、大森様に全うなご指摘を受けるまで自分の稚拙なやり方に気づくことができなかった。エイズに関することにしても、村単位で教育者を育むべきなのか、そうだとしたらどこに呼べば教育できるのか、一ヶ月もあれば当然調べ終えていたはずのことをご講演で指摘されてしまった。さらに、IBRDIDAの違いなど、何度も何度もチェックをしてこれ以上自分にできることはないと思ってプレゼンにもちこんだスライドが、大森様のご指摘があったからまだいいものの、オーディエンスの皆に間違った情報を教え込むところだった。私は今回、全く持って「本質」を見落としたプレゼンテーションを行ってしまった。

 では、以上のことはどうしておきてしまったのか。具体的には、世銀の総裁が変わったことに伴う世銀の動き、IBRDIDAの資本の違い、GDLNの目的と活動、貧困の指標などに関して、少なからず見聞はあった。大森様にご指摘されたところは、大方全くその通りであるのだが、既知な部分も少なくなかった。するとなぜプレゼンではあのような事態になってしまったのだろう。それは情報の取捨選択である。私たちは、世銀に纏わる圧倒的な情報の波に呑まれまいと、正当性をどこかに定めようとしていた。そうすることで本質に関する見解が傾いたものになってしまうことに気づかなかった。ただ期限に迫られて焦る気持ちが、それに拍車をかけていた。いくら話し合っても結論が漠然としてしまったときに私たちは、立体的な本質をうやむやにし、手を伸ばせばしっかりと握れるものを渇望していた。そうすることで安心を望んだ。安心は、妥協を意味し、妥協は歪曲した理解を残した。本質を見極める前に違う方向に走ってしまったのである。

 プレゼン自体に関してもそうだった。私はプレゼンが大好きだ。しかし今回は、やっていて楽しいと思えたことはなかった。不安を押し固めるだけで精一杯だった。モモに、大森様にプレゼンのやり方のご指摘を受けたとき、ひどく後悔した。もっと楽しくやりたかった。また、私たちがもっとチャレンジした内容のプレゼンができていれば、あの講演会のクオリティーもさらに高まっただろうと思うと、皆に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。だが、同時に、この境地に達せれたことと、世銀を選んで、あのメンバーでできたことだけは、私の誇りになった。大森様にはこのうえない感謝をしたい。

西林まや

05W1407024B 西林まや 今回大森様のご講義により、私はMDGsや世界銀行に対する知識をより深めることが出来た。中でもIBRDIDAのお金の流れに関するご講義は初めて耳にした内容だったので、大変興味深かった。そして、世界各国の防衛費の総額やイラクでの戦費をMDGsにつぎ込んだら、MDGsは達成されるとおっしゃられていたが、これは前回の大橋様のご講義にも繋がる部分があった。やはりMDGs拠出額がまだまだ足りない今、削るべき費用はそこに行き着くのだろうと思った。

大橋様は外務省が行っている、メモやカルタを作ったりする活動よりも、人と話しをする機械がある時に、どうしたら貧困について考えてもらえるか伝えることが重要で、大森様はなぜMDGsのような目標が出てきたのか、どのような問題点があるのか、私たちにどんな関わりがあるのか、というような事の広報をなさっているとおっしゃっていた。そして少しでも多くの人に、「なるほどそうだったのか」と思ってもらう事で後方支援しているともおっしゃっていた。確かに私も、カルタやメモをもらうより、大森様のような開発に携わっている人からお話を聞かせてもらう方がよっぽど効果的に人に襲撃を与え、貧困について考えてもらう事が出来ると感じた。なぜなら、自分自身がそうだからだ。

大森様にとって開発とは、という質問に対する回答で、「開発はgrowthではなくchangeなのである。なぜなら、開発することにより何らかのものは破壊されるからで、その破壊をどう最小限に留めるかが重要なのである。さらに、その開発は持続性があり、社会に受け入れられていなくてはならない。」と大森様はおっしゃっていた。そこで私はまた新たな開発の捉え方を知ることが出来た。そして私はこの考えに大いに納得することが出来た。これまでにもご講義して下さった方々に問いかけて来た、この「あなたにとって開発とはなんですか」という問いは常に誰かと同じになることはないだろうし、その人々の考え方が表れていてとても面白いものだと思った。私にもいつかこの答えが出せる日が来るといいなと思った。

懇親会で大森様のネットワーキングティップスのお話の最中、中身のないものを持っていくからコネが要るのだとおっしゃられ、そのことはとても身にしみた。なぜなら私は今まで、あまり何も考えずにコネは「あると有利なもの」と認識していた。しかし、その考えがとても浅はかだった事に気づくことが出来た。

さらに、モモがおっしゃられた、何かを感じて親しくなりたい人が居る場合、何も考えずにただ単に名刺を持って立っているだけじゃダメなのだということも肝に銘じておこうと思った。どのようにしたらその相手に自分に対して興味を持ってもらえるか考える事が大事なのだと気付かされた。

最後に、ご講義の終わりにモモがおっしゃられた、私たちは言葉を大事にしていないからもっと大事にしなくてはいけない、自分はどういうスタンスをとっていくのか。それからsustainabilityをどう考えるか、という事をこれから時間をかけて考えていこうと思う。

長島 慧史

05W1406016C 長島 慧史 今回、大森様のお話の中で、大森様は”The poor”という意味の言葉を表すときに、「貧困に苦しむ人々」という言葉を使って表していらした。大森様がどのような意味をこめてこの「貧困に苦しむ人々」という言葉をお使いになっているのかを考えたい。

この世界には64億の人々がいて、そのうち約12億人は11ドル以下での生活を余儀なくされている。この人たちは、”The poor”と認識され日本語では、「貧しい人々」、「貧困層」という言葉で表すことも可能である。では、「貧困に苦しむ人々」と「貧しい人々」、「貧困層」ではどのように意味が違ってくるだろう。まず、「貧しい人々」という言葉の意味について考えると、この言葉は、先進国の人々が11ドル以下での生活を余儀なくされている人々を経済的な視点で貧しい人々であると判断し決めているように感じる。しかも、それは自分たちとは関係ない遠い場所で起こっているような感覚を持たせる。では、「貧困層」という言葉はどうであろうか。この言葉は、経済力の低い人々を表す言葉であるが、その「貧困層」という言葉の中に、人々の存在感を感じることはできない。しかし、「貧困に苦しむ人々」はどうであろうか。この言葉も同じように、経済力の低い人々を指す言葉であるが、そこには経済力が低くても必死で生きようとしている人々の姿を想像することができる。そして、その人々の苦しみを思い浮かべさせる。大森様がこの言葉をお使いになられるのは、私たちに「貧困に苦しむ人々」の生活を自分たちと関係のない遠い国のこととして考えてほしくないからであると考える。さらに、大森様は、普段世界銀行の業務で世界の貧困をなくそうと努力していらっしゃる、その業務は直接人々の生活とかかわることが少ないであろう、しかし、業務中の大森様の熱い心の中には、いつも現地の人々の暮らしがあり、その苦しみを何とかして改善しなければという思いがあるのではないか。だから、そこに住む人々のことを無視するように「貧困層」というような言葉は使うことはできない、それで「貧困に苦しむ人々」という言葉を使われているのであると考えた。同じような意味でも、それを使う人の気持ち、願いによって言葉はまったく違うような印象を与えることになる。今回の大森様の話を聞いてそのことを強く感じた。言葉を選ばなさすぎるということは、モモも私たちに指摘してくださる部分である。言葉を選ぶということは、相手に対する思いやりである。今回の大森様の話を聞いてそう感じた。普段の生活の中で私は、ここまで気を使った言葉選びはしていなかった。英文を読んで、ノートに日本語を書く時も、私は辞書に出てきた言葉をそのまま使って書いていた。その言葉によって示される人々の生活などを想像して言葉を選ぶことなどはしていなかった。そして、この行為は相手にとって、とても失礼な行為であるということに気がついた。今後、私は一つ一つの言葉の意味をしっかり捉え、その言葉が示すもの、その言葉が人をどんな気持ちにさせるかを考えて選んでいきたい。

お忙しい中、遠いところまでお越しくださりありがとうございました。貴重なお話を伺うことができてとても勉強になりました。

飯野瑞穂

05W2112013I 飯野瑞穂

講演までのリサーチで、世界銀行がその目標を「貧困のない世界の実現」としていることを知った。それを知ったとき、私の中に「『貧困』とはなんだろうか」という疑問がふと沸いた。リサーチをする中では、「貧困」は11ドル未満の生活を指すようであったが、本当にこれが「貧困」であるのだろうか、と思ってしまった。自らを「貧困」と考える人々はどういう人なのだろう、どういった生活をしているのだろう。それが何であるのかわからなくなってしまったと同時に、今まで「貧困」という言葉に対して、自分は何の意識や考えを持っていなかったからこそ、今わからなくなっていることに気づいた。けれど今回、大森様がthe poorを「貧しい人」でも「貧困層」でもなく、「貧困に苦しむ人々」と呼ぶとおっしゃったことから、自分なりに「貧困」について解釈することができた。その対象を「貧困層」といった集団として捉えるのではなく、「貧しい人」といった経済的な面だけから図るのでもなく、「貧困に苦しむ人」という、現在同じ地球で苦しんでいる一人ひとりを救いたいと思う気持ちから、その言葉が発せられているのではないだろうか。

また、世界銀行が「貧困のない世界」の実現をミッションとして掲げていることに対しても、果たしてそれができているのだろうかと感じてしまっていた。しかし、大森様のお話を伺った際に、前回、シャプラニールの大橋様がおっしゃった「当事者主権」と「多様性」という言葉が思い出された。これまでの講演で、私たちは様々な組織に属するアクターの方からお話を伺ってきた。しかし毎回、私はリサーチをする度、講演を聴く度、自分がcriticalになろう、物事を考えようとしていることが、裏目に出ているような気がしていた。criticalを、その組織を批判的に捉えることだけだったり、事実を知ろうとして疑うことばかりだったように感てしまっていた。けれどここで大切なのは、大森様がおっしゃられた、誰が主役か、ターゲットは誰か、といったことだと思う。様々な組織が存在し、その考え方も様々であり、つまり多様性を持つのだから、その特徴としての長所や短所もそれぞれに存在する。だからこそ、何かひとつの組織が解決に向かって開発に取り組むことではなく、当事者が運転席に座り、それを様々な組織が補い合いながらサポートしていく、ということではないだろうか。

そのように考えたとき、大森様の開発についてのお言葉が、何においても自らがどう動くかが大事だということにつながった。開発はsocial changeであり、impactを伴うもの、そしてやり方しだいでnegativeにもpositiveにもなりうるものであり、その変化をpositiveなものにするためには、自分がどう動くかが深く関わってくると思う。これは、大森様のお話されたネットワーキング・ティップスにも当てはまるものであり、自らが動くことによって、状況をpositiveに変えていくことも可能なのだろう。「間接でも考えてもらうことによって貧困削減へとつなげることができるが、人に伝えようとするガッツがなければできない」という大森様のお言葉から、私が動こうとしたときに、ガッツや熱意を伴っていなければ、そのchangepositiveにしていくことはできないと感じ、大森様の伝えようとする気持ちに深く感動した。

 貴重なお話を伺うことができ、大変嬉しく思っています。お忙しい中お越し下さり、本当にありがとうございました。

檜垣真美

05W2115003H 檜垣真美

まず、大変ご多忙の中、都心から遠く離れている中央大学までわざわざお越しいただいた大森様に深く感謝したい。世界銀行という私の日常生活にあまり馴染みのない国際機関について、ご自身が作成したパワーポイントを通して非常にわかりやすい講演をしてくださり、今まで知らなかったIBRD(国際復興銀行)とIDA(国際開発協会)の融資金の内訳などという世界銀行の仕組みを知ると共に、その役割について考えるきっかけを与えてくださったことにも、感謝の意を述べたい。

今回の大森様の講演で印象に受けたことは、「developmentとは何であるのか」という質問に対し、大森様は「change social transformation」であるとおっしゃった。そして、それは私たち一人ひとりに受け入れられるものでなければならないそうだ。そこから私は、各々が意識し変わっていくことで、社会も変化し、貧困という地球規模の問題の解決につながっていくのではないかと考えた。また、大森様は「development impactであり、sustainableなものでなければならない」ともおっしゃっていた。「impact」であるから当然悪い影響がでる場合もある。しかし、何か新しいことを起こそうとすれば、既存の何かが破壊されてしまうことはどうしようもないことではないだろうか。大森様もおっしゃっていたが、重要なのはそれを最小限に食い止めようと努力することであると思った。そして「『sustainableなもの』とは現地の当事者に受け入れられ、positiveで、続けていく必要があるもの」と大森様はおっしゃっていた。そこから、この「sustainableなもの」とは、悪い「impact」を最小限に抑えたかたちなのではないかと私は考えた。「貧困に苦しむ人々」にとって「より良い生活環境を創造するために悪い『impact』を抑制した『sustainable な『changesocial transformation』」、これが大森様のおっしゃった「開発」なのではないかと私は推測した。

 また、懇親会の最後の大森様が築いてきたネットワーキングティップスのお話についても印象深く残っている。「自分から動からければ何も始まらない」という姿勢は、当たり前なようなことだが、実はとても難しいことなのだと思う。正直に言うと、私は「自分から動き」出すことは苦手であった。この特殊講義を履修する以前は、常に他者が行動を起こしてからその後に続いたり、自分の意見を進んで発言しなかったりしていたことが多かったように感じる。これは自分に対して自信がもてなかったからなのかもしれない。現在、この傾向は徐々にではあるが改善されてきていると思うが、まだまだである。今のままでは、ネットワーキングを作り上げていくどころか、その根底がまだできていないため始めることすらできないということを、痛感させられた。これからは、①自分というものをしっかり持つこと、②機会を自分で見出すこと、③その時々の判断を自分で決めること、④その責任を自分で負うこと、という4点を心に刻み込み、何事にも取り組んでいかなければならないと感じた。そして、この4点を実行に移せるようになるために、まず自分の意見をしっかり持ち、それを人に伝えられるように端的な言葉に出せるように努力していきたい。今後、この心構えをしっかり持ち学んでいきたいと思う


宮﨑明日香

051404013L 宮﨑明日香 


始めに、今回は大変お忙しいなか講演に来ていただき、大森様には本当に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

今回、私は世銀班としてプレゼンを担当しました。私たちの班では、発表したもの以外にも、2通りのパワーポイントを作成していました。なぜなら、私たちの中でしっくりくるものが無く、いつまでもこれだっと言えるものがなく、何を言いたいのかがはっきりしなかったからです。

私たちは班として活動しているときに、2人の仲間がそれぞれの理由で去っていってしまいました。それにより、活動に支障がでなかったわけではありませんでした。しかし、自分たちの意思を大切にプレゼンを作っていきたいと思っていました。そのため、最後の最後まで、自分たちで納得がいくものを作り上げようとしていました。結局、前日の夜まで決着せず、最終的に題目の言葉3つに縛られた、基礎的なプレゼンとなってしまいました。そのため、私たちの葛藤は、大森様にもみんなにも伝わらなかったと思います。大森様の講演内容は、基礎的なことからお話していただきました。なぜ大森様がそのような基礎的な話をしたかと考えると、私たちが、大森様にそのようなお話をさせてしまったのだと気がつきました。私たちは他と比べ始動が早かったため、3つのキーワードの情報に埋もれてしまい、その中で共通点を見つけようと必死でした。しかし何を伝えたいのか、どのようなプレゼンがしたいのかがわからなくなり、3つを遠くからみる発表しかできませんでした。大森様も、私たちが世銀・MDGsのことを実際には知らないのだと気がついていたのではないかと思います。大森様には、もっともっといろいろな話をしていただきたかったです。けれど結果、私たちが違うものを見せられなかった。そのことが、私たちの班での大きな後悔となっています。

今回、大森様にゲストにお招きし、自ら気がつくことの大切さを学びました。大森様とお話をしている中で、自分が考えさせられるヒントをもった言葉を使ってくださいました。その言葉から、自分自身の行動を振りかえることで、多くのことに気づかされました。プレゼン班として大森様をお迎えする立場として、メール送信が遅れてしまったことについてお話をした際に、一言「私はだいたい24時間メールをチェックする環境にいますから、来たらすぐに返信するけど」とおっしゃっていました。それは、遠回しに遅れてしまったことは重大なことであり、相手が私でよかったねと言っているのだろうと思いました。そうだと気がつくと、直接言われるよりも恥ずかしくなりました。大森様は、どんなお話をされるときにもあまり表情を変えません。とても客観的に話を聞いていて、私たちに全ては言わずに、ヒントだけをポンとおいて、それに気がつくか気がつかないかは私達次第だという印象を受けました。いままで、大森様のような方にお会いしたことがありませんでした。世銀班として大森様をお迎えし、お話をする機会があり本当に貴重な時間を得ることができ、大森様、そしてモモに本当に感謝しています。

前山明日香

05w2113005G 前山明日香 

 大森様のお話を聞き、世界銀行の掲げる「貧困のない世界」の実現に、本当に大切なのは私たち一人一人の行動なのだと感じた。私自身が世界銀行についてリサーチを行った中では、そのようなことを考えていなかった。

 例えば大森様がミレニアム開発目標の説明をされたときにも、それを感じた。ミレニアム開発目標は、その項目の文言を決めたりしたのは世界銀行や国際連合などの国際機関である。しかし、それを合意したのは、189カ国・147元首である。そこが大切なのではないか。つまり、国際機関が一方的に押し付けたのではないところに意義があるのだ。国際機関が提言したとしても、それを実現するのはひとつひとつの国々、そしてそこに住む人々である。また、2015年までに「貧困に苦しむ人々」の数を半減させるなどの8つの目標があるが、2015年を迎えた後はどうするのかという質問に、大森様は、このような話を始めたこと自体が重要なことだとおっしゃっていた。確かに、具体的にこのような期限・数字を決め、世界に貧困について考えるよう訴えかけたことは大きい。具体的なものであれば、このような世界の現実も、人々に受け止められやすい。

 そして、大森様によれば、日本でのMDGsについての広報活動では、まず知ってもらうべきことはMDGsについてではなく、このような貧困の現実があることだ。そう、現実を知ることから始まるのだ。私は今まで、この「目標」という枠に捕らわれすぎていた。確かに「目標」達成も大切なことであるし、もちろん世界銀行もその達成を願って活動しているだろう。しかし、もっと大切なことは、「目標」そのものではなく、この世界の現実を知ることなのだと思った。そして、知って終わるのではなく、そこから自分で何ができるのか考えなければならない。

 大森様のお話の中に、今後の50年間で、何も対策が講じられなければ食糧生産が人口増加に追いつけなくなり、二酸化炭素排出量は現在の3倍になる、というものがあった。食糧生産は、今、世界中で足りていないわけではない。にもかかわらず、なぜ飢餓という問題が起こっているのか。食糧はどこへ行ったのか。そう、私たち先進国側の人間が余分に購入し、どんどん捨てているのだ。だから、この現実を知り、行動しなければならないのは先進国側の人間、私たちである。

国際機関が行っていることなど、一般の人にとっては遠い存在であるかもしれない。途上国のことなどを考えなくても、日本で生きていくことはできる。しかし、自分が生きていられる理由を考えた時、日本という国だけで説明することは不可能である。世界中の人が支えてくれているから、自分という存在が成り立っている。世界の現状に目を向けることが大切なのだ。

 世界銀行、MDGsの役割は、何か政策を講じて国家、機関などを動かすだけではなかったのだと感じた。これらには、世界中の人ひとりひとりに、世界について考えるきっかけを与える役割も持っていたのだ。

佐野佑希子

佐野佑希子 05W2113009J 「関わる」ということ 

テレビ会議のお仕事を途中で抜け出してまでも、多摩までお越しくださった大森様に誠に感謝いたしております。また、大森様という「はてない器」を持った方と出会えるチャンスを与えてくれたモモに感謝します。

このリフレクションペーパーでは、大森様のお話とプレゼンテーション担当班として活動してきたことから学んだ、「関わる」ということについて述べたいと思います。

今回私は、「国際機関:世界銀行とMDGs」をテーマとしたプレゼンテーションの担当班として世界銀行広報担当官の大森様を迎えました。そのプレゼンを作るにあたり、国際機関という世界を対象にした機関を相手に、さまざまな「問い」は浮かぶものの、焦点が定まらないことから、表面上を述べるだけのプレゼンを大森様に見せることとなってしまいました。しかし、その「問い」から、私たちがさまざまな知識を得られたことも事実です。その知識を個々に捉えてしまい、一つ一つを結び付けられなかったことがぼんやりとした焦点にしてしまったのではないかと考えています。また、知識を結びつけられなかったことと同じように、私たちは表面上では毎回楽しくリサーチや議論をしてきましたが、その影では一人ひとりが一人ひとりと結ばれていないグループワークをしていました。確かに、一人ひとりが班に対しては関わっていたかもしれないけれど、一人ひとりに対しては十分に関わりを持っていませんでした。私自身、今あの人が何をしているか分からないだとか、何を考えているか分からないだとかを、毎回同じことを思うようになり、あの人には関わりたくないという感情が生まれていました。プレゼン2日前までは、相手が関わってこないのだから自分がその人を関わらせてあげるのはやりすぎな気がすると思っていました。しかし、班員の「グループワークやってる?」という言葉をきっかけに、一番伝えたいことの見つかっていない形のプレゼン内容やミスを犯したことの事実を前にして、グループで活動するには、一人ひとりを関わらせなくてはいけないことに気づきはじめました。

大森様やモモも懇親会の際に、私たちにお話してくださいましたが、自分の興味があることには全力で積極的に関わることでしか自分が欲している結果につながらないのだと思います。大森様は自分たちが1投げかけたものに1で返してくださる方だと私は思いました。今回、私たちが大森様に投げかけたものが、自分たちの欲した結果であれば、大森様からいただくものも自分たちの欲した答えであったと感じます。今回私が大森様から感じ取ったものは、1返していただいたものの影には、100のものが隠れているということです。その100を得るためには、自分が100投げかけなくてはいけません。その100投げかけるためには、今後さまざまな人と関わり、100を得てからではないといけないと思います。その後でまた、大森様という私たちにとっては「はてない器」をお持ちの方に関わりたいと思いました。

今回、大森様から得た1が自分色に染まっていく変化が不安であり、楽しくもあります。この1をさまざまな人と関わり、自分色に磨き上げることが、今回私に課せられた大森様からの課題であると考えます。私たちのプレゼン作成のための活動を通してと、「はてない器」をお持ちの大森様からは、「関わる」ということ以外に、まだまだ多くのこと学びました。今回は「関わる」というところに焦点を当て、このリフレクションペーパーをつづり、タイトルもつけさせていただきました。機会があれば、他の学びもみんなに共有していきたいと思います。最後にもう一度、私たちに大きな余韻を残してくださった大森様に感謝の意を表します。ありがとうございました。

田内未紗

田内未紗 05W1406004E

今回の講演会では、他の予定が入っていたにも関わらず、お忙しい中わざわざ遠いところからお越しいただいた大森様に、御礼申し上げたい。本当にありがとうございました。

 大森様は、世界銀行についての講演をされる中で、世界銀行のミッションは「貧困のない世界」の実現であると強くおっしゃっていた。私は、ご講演の内容を聞くまで世界銀行はあくまで国際機関という立場でさまざまな国へ融資をするだけだと思っており、金融面に特化しているからこそ、金融面の強さを感じていた。だから、金融機関が貧困撲滅とうたっていることが不思議と感じたが、解決への手段として最も重要な金融に特化している世界銀行だからこそ、貧困のない世界の実現を願うのだと、大森様のご講演を聞いて、改めて感じた。もちろんご講演の中には、金融機関ならではの一面も説明していただけた。世界銀行の業務形態で、ただ各国の政府からお金を貸し付け、融資するだけではなく、市場の中で世界銀行の債権を発行して、それを一般の投資家に買ってもらい、資金調達をするという面があることを初めて知った。まるで、一般企業の株や証券のようなものであると感じた。しかし、この内容はとても難しく、世界銀行の形態についてまだ完全に自分の中で消化しきれていないため、このままにしないでフィードバックをきちんとしたい。また、大森様自身が「貧しい人」や「可哀相な人」ではなくて、「貧困に苦しむ人」という言葉を意図的にとっているとおっしゃっていた。このことに関して、モモが最後に言葉の大切さについて言及されていた。その人の使う言葉によって、その人自身の政治的スタンスなどを意図するものとなるのである。そのことで普段、私がいかに軽く言葉を使っているかを改めて、感じた。少し難しめな表現やあいまいな表現をレポートなどで、よく使ってしまい、良くその言葉の意味することまで考えず、表面的なものになってしまっていた。今回の大森様のご講演とモモの話から、今後は自分が何かを伝えたいときに、その思いを伝えられる大切な媒体として、もっと言葉そのものの大切さを問いていきたい。

 懇親会の最後に大森様が申し上げていたネットワーキング・ティップスで、自分から相手に乗り込んでいくことの大切さ、相手がこちらに気づいてくれた時にどう自分の思いや考えを相手にアウトプットでき、相手に興味を持ってもらえるかが重要であるとおっしゃっていた。私はその話を受けて、自分には積極性と、自分自身の内側のしっかりした思いが足りていることを感じた。チャンスは待っていてもやってこない、躊躇するのではなくまず一歩前に出ることが鍵となることを深く感じた。今回の大森様のご講演を自分の中で、きちんと受け止め、今後へとつなげていきたい。