武石 さとみ | リフレクションペーパー

武石 さとみ

05W2114011J 武石さとみ 今回大森様のお話を伺った中で、私にとって特に印象的だったのは、「世界銀行はMDGsのイニシアティブをとれる」という世銀班のプレゼンテーションに対して投げかけられた、「世銀がイニシアティブを取るべきなのか?」という大森様のお言葉であった。それは、自分の所属している組織がイニシアティブをとるべきではないという大森様の謙虚なお人柄に対しての驚きと同時に、私の未熟な物の見方に対する発見であった。

私は今まで世界銀行に対し、その組織の大きさと金融面での援助という活動内容から、「本当に『貧困に苦しむ人々』のニーズに合わせた援助が行えているのか」という疑問を持っていた。だから、「HIVの感染予防にGDLNをもっと活用すべきなのではないか」という世銀班の質問に対し、「HIV感染に対する啓蒙活動は、GDLNに参加しないような現地の村の人々こそがtargetとして行われるべきなのだ」という大森様のお言葉を、正直意外に感じてしまった。また、今まで私は「世界の貧困に苦しむ人々を救うのにおいて、どの組織が行っていることが一番正しいのか」という見方をしていた。しかし、そのような視点を持ったまま伺った講演で、毎回ゲストの方の「貧困に苦しむ人々を助けたい」という熱いお気持ちを感じ、正直何が正しいのかわからなくなっていた。シャプラニールの大橋様の「多様性と相反する政府のAll Japanという言葉に共鳴できない」というお言葉に深く共感すると同時に、外務省の上田様の、ODAがより質の高い、より現地のニーズにあったものとなるよう、そしてODAに対する日本国民の理解を得られるよう、思考、工夫を重ね、私たち学生の未熟な考えにも真摯に耳を傾けてくださった熱心な姿勢が思い出され、複雑な気持ちを感じていた。しかし、MDGs達成のためには世銀がイニシアティブをとるのではなく、貧困に苦しむ人々自身が運転席に座らなくてはいけないという大森様のお話を伺い、「貧困に苦しむ人々を救うためには、どの組織が主役になるべきなのか」という見方でdevelopmentを考えていた自分に気づかされた。そして、「当事者主権」という言葉の意味を改めて自分に問い直した。貧困に苦しむ人々を救うために、政府、JBICNGO、世界銀行など、様々な組織が活動している。そしてどの組織の援助にも、長所と短所、得意な分野と不得意な分野がある。私は今までそこから、短所や不得意な分野など欠点の部分にばかり目を向け、批判をし、「より正しいことをしている組織は何か」と考えていた。しかし、政府にしか出来ないこと、NGOにしか出来ないこと、などそれぞれの組織が特色を持っている。そのような中で世界の貧困に苦しむ人々を助けるためには、政府がやっていることが一番正しい、NGOがやっていることが一番正しいということではなく、お互いが「貧困に苦しむ人々を救う」という共通の目標に向かって、その役割を補完しあうことが必要なのである。つまり、どこか「正しい」組織が主役となり、そこに現地の人々を当てはめるのではなく、主役である現地の人々をそれぞれの組織が、長所、得意な分野を活かした援助形態により支援していけばいいのだ。だから、組織を「良い組織」と「悪い組織」に分けることは出来ない。こう考えたとき、私の中で「世界は白と黒の2色ではない、グレーなのだ」というChadさんのお言葉につながった。物事は必ずしも善悪にはくっきりと二分できないということを、今回の大森様の講演を通して学べたと思う。私は今まで、普遍的に正しいものを求めすぎていた。だから、それぞれの組織の欠点ばかりに目を向け、批判をしていたのだろう。この事に気づいたとき、欠点があると、その一面から全体までも批判してしまう自分を未熟に感じるとともに、その短絡さを反省した。欠点があるということより、長所などポジティブな面を活かし、ネガティブな面をどのように改善していくかということこそが大切なのではないだろうか。

また、「言葉の使い方」の大切さも実感した。大森様は“the poor”という言葉を訳すとき、「貧困層」や「貧しい人々」という言葉を使わず、出来るだけ「貧困に苦しむ人々」という言葉を使うようになさっているという。私はそこから、「生活が貧しいからといって、必ずしも不幸だとは言えない」とおっしゃっていた大橋様のお話を思い出した。生活が貧しいから支援するのではなく、貧困に「苦しんでいる」からこそ支援すべきなのである。また、大橋様もお話の中で、当たり前のように私たちが「開発途上国」という言葉を使い援助の対象にしていることに対し疑問を投げかけられ、言葉に意味を込めて使うことの重要性をお話ししてくださった。私たちが普段何気なく使っている言葉には、自分が特別意図していない意味が含まれていたり、偏った価値観をベースとして使われていることがある。だからこそ言葉の持つ意味に十分留意して、「言霊」を大切にしなければいけないのだと強く感じた。

最後に、大変お忙しい中、遠い所までお越しいただき私たちに講演をしてくださった大森様に、心から感謝申し上げます。貴重なお話を、本当にありがとうございました。